くりごはんが嫌い このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2008-10-30

[]『蒸発父さん 詐欺師のオヤジを探してます』を読んだ。 18:12 『蒸発父さん 詐欺師のオヤジを探してます』を読んだ。を含むブックマーク

蒸発父さん-詐欺師のオヤジをさがしています

蒸発父さん-詐欺師のオヤジをさがしています

16時過ぎに『蒸発父さん-詐欺師のオヤジをさがしています』 を読み終わった。ぶっちゃけ読もうと思えば、かなり早く読める本だったが、映画など見たいのも重なったので、今頃の読了である。『蒸発父さん』を読んで思い出したのは、村上龍『69』だったが、村上龍のこの自伝小説は好きなのだけれど、ちょっと上から目線なのが引っかかって、それを映画では妻夫木聡がよく中和してたように思える。『蒸発父さん』はそういう嫌らしさがまったくなく、汗の匂いや夏の暑さ、男臭さがいい意味で充満している。

青年キシカワは会う人会う人に「何故に自分の親父を探しているのか?」と聞かれ、たいがいの人に反対されてしまう。だが、青年キシカワはこの問いにまっこうから答えられない。いろんな理由がぽつりぽつり出てくるのだけれど、どれが本当なのか自分でも分かっていない。目に見えない小悪党である親父の消息はまるで掴めず、彼を知ってるという人に数人会い、親父の存在が目の前に来たと思ったら、また離れて行く。『蒸発父さん』の主人公キシカワの状況は特異だが、それでも、この本で書かれてる親父の存在は私が想ってる親父に対する概念と似ている。そもそも自分にとって親父とは何なのか?親である事には変わりないのだが、ライバルだったり、越えたくても越えられない存在だったり、親友だったり、うっとうしいものだったり、飲み仲間だったり、人によっては様々だろうが、背中が見えたと思えば離れて行き、掴めたようで掴めないような、不思議なものだ。私も親父の事はよくわからない。人づてに親父の事を聞いたところでそれが本当かどうかも分からんし、「親父とはどんな存在か?」と聞かれてもまっこうから答えられないだろう。『蒸発父さん』のキシカワは卒業制作映画のために動くが、もしそれが無ければ、キシカワは自分の親父について調べる事も考える事もなかった。やっぱり同じ親のくくりであっても、母と父は全然違うもんなんだなぁと改めてこの本で思い知らされる。

『蒸発父さん』の最大の魅力は、過度に「会いたい」という表現も出なければ、自分が親父を捜す理由をあまり分かってないという主人公のスタイルが、読み手がなんとなく親父に抱いている概念とシンクロするからだと思う。

出てくる細かいアイテムはまるで自分がその場に居るかのようなリアリティがあるし、プロットとは関係ない部分が独特のリズムを持ってて、くだけた文体になったと思えば、締めるところはピシッと締めてて、急に真面目な例えが出て来たりと、非常にユニークだ。警察のくだりでは同じように泣きそうになったし、チンピラにかこまれるところではハラハラした。これが実話に基づいてるってんだから、さらに驚く。

『蒸発父さん』は絶対に映画化出来るような小説。それくらい情景が浮かびやすく、シンプルな文体でおもしろい。非常におすすめの一作です。いや、これマジで。っていうか、こういう小説読んだ事なかったよ。

あと、作者の岸川真さんがはてなダイアリーを始めました。

岸川真「蒸発父さん」の息子です

是非是非アクセスよろしくぅ。

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2008-10-29

[]『おくりびと18:15 『おくりびと』を含むブックマーク

f:id:katokitiz:20081102181511j:image

9時45分より『おくりびと』鑑賞。

プロのチェロ奏者を目指していた小林大悟。しかし、ある日突然所属していた楽団が解散、大悟程度の奏者は掃いて捨てるほどいるため、夢を諦め、1800万円出して購入したチェロを売り払い、妻とともに田舎の山形県酒田市へ帰ることにする。

就職先を探していた大悟は「旅のお手伝い」という文句と給料等の条件に惹かれ、旅行代理店か何かだろうと考えながら、その会社・NKエージェントの面接へ。即日採用決定となった大悟だが、その会社の業務内容とは納棺だった。妻にどんな会社か詳しい事を言えないまま、納棺師への道を歩む大悟。。。。というのはコピペなんで、なんも偉くないんだが、やはり各方面で言われてるように映画は素晴らしかった。

冒頭、一体納棺というのがどういう仕事なのかを美しい作法の中、映画的な誇張など一切せずに淡々と描き、その中にもオフビートな笑いを入れ、観る物に緊張と緩和を与える。

その後の展開はまさに、コピペした通りで、『おくりびと』はおもしろい事に、これと言ったプロットが存在しない。淡々と主人公は遺体と直面し、彼らを送り届ける。2週間放置された老婆、バイク事故で死んだギャル、性同一性障害に悩み自殺した男、生前もしかしたら家族とうまくいってなかったかもしれない人にも必ず死は訪れ、それぞれに後悔したり、それぞれに苦しんだりする。納棺師はただ、遺体と直面するだけ、その付近にある関係や人柄などは知る由もない。

私はお坊さんなんて信用してないし、葬式も基本嫌いで、葬式で集まるくらいなら、生きてる間に集まって、んで死んだら勝手に個人で祈ってて欲しいなぁとか思うんだが、オレが死んだら、それこそ遺灰をコーヒー缶に入れて、海に撒いてくれて構わない。だから『おくりびと』には消極的だったのだが、非常に共感出来るシーンが多々あった。私がよくブログで書いてる事がかなり出て来て、“人間は必ず死ぬ”という事と“人間は他の命を奪って生きている”という事、さらに“失ってからその大切さに気づく”という事や“人間は死んだら基本的には何も残さない”という事が、細かく丁寧に出てくる。

大悟は仕事で打ちのめされて、食欲を無くし、妻の体を求める。そして、ぐっすり寝る。仕事でうまくいくと食い物を喰らう。それはホントに字の如くむさぼり喰らうという感じだ。ふぐの白子を喰らい、フライドチキンを喰らい、パンにマヨネーズを付けて喰らい、おにぎりを喰らう。それらのシーンから、大悟は生きるという事の3大欲を死と向かい合う事で本能的に感じ取ってるように思える。

ここからは個人的な感想になってしまうのだが『おくりびと』から「命を大事にしよう」というような押しつけは受けなかった。「死に無頓着な若者たちが多いから」とかいうような事を言い出すかと思えばそんな事もなかった。まったく説教臭くもなく、久しぶりに役者の演技だけで見れる映画だったが、その中でも広末涼子のエロさには完全ノックアウト。ズボン脱がされて、胸わしづかまれて、「大ちゃん、、、こんなところで、恥ずかしいよぉ、、」で、やられますた

2時間以上あるが、笑いと泣きの比重が小気味良く、これぞ日本映画!という感じで万人におすすめです。

んで、昼頃から『ブーリン家の姉妹』鑑賞。新潟では2週間限定というふざけた公開だが、世界では6800万ドル稼ぎだしたヒット作だ。ヘンリー8世の妻であり、エリザベス女王の母であるアン・ブーリンと、妹メアリー・ブーリンの野心と恋を描いた作品。衣装やCGの使い方、さらに最小限のエスタブリッシュメントショットで、室内劇なのにスケール感を出していて、下手すりゃ舞台でも出来そうだが、妃になれるかもしれないという、普通の生活じゃあり得ない野望を女の力でもぎ取って行くアンはみていて痛快だ。いやぁ、男ってバカですよねぇ、やっぱり。

描き方はどうであれ、良くも悪くもイングランドに多大な影響を与えた人物である事は間違いない。その波乱な人生と野心の強さに、後のエリザベスを感じたりもしたが、これさ、、、、

ナタリー・ポートマンスカーレット・ヨハンソンの役、逆じゃね?

私はこの2人が大好きで、むしろ、この2人の絡みに興味あって見たくらいだから、大スクリーンで観れれば大満足なところもあるけど、ナタリーよりも、ヨハンソンの方が、なんか野心ありそうっていうか、色仕掛けで王様くらいコロッといちころみたいな?(おや?死語なのか?)なんと言っても圧巻はナタリー・ポートマンの演技だ。すごすぎる。喜怒哀楽をここまで完璧に操れる女優が居たとは…

昼ドラが好きな人たちにおすすめしたい。

おまけスカーレット・ヨハンソンの巨乳っぷり。あういぇ。

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2008-10-28

[][]あらゆる色の生命をイコールで繋ぐ 18:34 あらゆる色の生命をイコールで繋ぐを含むブックマーク

夜に殺されに行ったのだが、仕事で一緒になった人といろんな話をしたら、これがどうも、私とまったく同じ感性、趣味嗜好、思想の持ち主で、心底驚いてしまった。恐らくオタク気質なんだろうが(今のオタクと元祖オタクでは全然違うのでそこ勘違いしないように)これほどまでに物事を深く考えてるのかと思ったし、小説でも映画でもなかなか鋭い分析をしていて、「おーさすが!」って感じで、ホントに驚いてしまった。なぜならその人はそういう事とは無縁な人だと勝手に思ったからである。なので、かなり深い話をした。というか、ここまで人と深く、幅の広い話をしたのは久しぶりかもしれない。基本的に私が話してる事というのは普通の人(何をもってして普通なのかは分からんのだが)にはなかなか受け入れられず、とある友人からは「てめーみたいなヤツの相手をするのめんどくせー、基本そんな事を考えだしたらキリがない」みたいな事をミクシィ日記のコメントにかかれたりもしたが、私が一方的に話すだけで、基本的にはあまり賛同してもらえない事の方が多い。ところが、その人とは、その事でまともな会話が出来たので驚く。映画から小説の事や生と死、神についての存在論や神は奇跡を起こせるのになんで悪魔は何も起こせないんだとか、まぁ、いろんな話をしたが、最終的に行き着いたのは“人間って悪だよね”とか“人間って怖いよね”とか“なんで人間って、あんなに長生きするんだろうね”とか“なんで人間って生きてるんだろうね”とか“なんで人間ってこんなに違うんだろうね”とか、そんな話までした。それはよく妹と話してる事なんだけど、堂本光一が良く「水って不思議やんなぁ」とかTVで言ってて、「何言ってるんだ?」みたいな目で見られているが、非常に彼の気持ちがオレには分かる。

最近、死について考える事が多くなってきたが(死にたいわけじゃねぇぞ、オレは飯喰いたいし、まだまだセックスもしたいからな)私はマスコミなんかで“早すぎる死”って出ると「早すぎる死」って何?って思ってしまう。例えば松田優作は41歳で亡くなってて、それで早すぎる死とか言われているが、松田優作は激しく燃えるロウソクのように生きたのかもしれない。んで、役者として『ブラックレイン』がもしかしたらピークだったかもしれない。次の年にはどん底まで落ちて、役者として活動してないかもしれない。だから早すぎる死ってのは、世間的な倫理にねじ込んでるだけだと思う。だからこの間小学生がパンを早食いして喉に詰まらせて死んだが、それは「パンを早く食べたい!」という誰にも負けない強い想いから招いた死であり、ある意味でその小学生は人生を全うしたと言えるのだ。だからそれも早すぎる死ではない。もしかしたら運命だったのかもしれない。

私は「命を大事」にとか、「死が尊い」とかいう概念はまったく持ってない。なぜならそれは生物学的に命が終わる事とは違う、もっと別なものになってるからで、人間が死ぬという事に関してホントに神格化する必要など無いと思っている。だから 家族の死は実在論として悲しいが、実は死そのものに対して悲しいとは思わない。生も同じだ。誰しもに必ず訪れる事だし、死んだら人間は同じになる。実在論としての『いのち』と生物学的な『いのち』はまるで違うものであり、後者の『いのち』を語るには酸素があって、心臓が鼓動して、血液が運ばれて、、、とややこしい事になる。もちろん『死』もそうだ。それは藍坊主が『ハローグッバイ』で歌った『木枯らしは木枯らしで、アリはアリで、ネコネコ、けどぼくは、いまだに、ぼくになれない』とフレーズにもある。「アリ」は自分が思ってる「アリ」として存在しているが、それとは別に生物学上の「アリ」も存在するからで、生物学的な「ぼく」と実在論としての「ぼく」はまるで違うものなのだ(それを哲学用語で観念実在論というらしい。おもしろそうだから勉強してみようかなぁ)

んで、人間ってのはそういう価値観の違いや倫理観の中で自問自答して生きていて、生と死があるのだが。面白い事に人間ってのは細胞レベルで考えると、配列の違いだけで、元は全部同じである。水も木も空気もゴミも空も人間も全部、配列の違った細胞で、それは実は全部繋がっている。同じはずのものが配列と組み合わせが違うだけで、まったく別なものになり、その繋がりの中で朝が来て、風が来て、木々が揺れて、雨が降って、川になって、海に流れて、生命になって、やがて夜が来て、その中に人間は生きている。価値観の違いも、生き物も、生と死も、朝も夜も、日々も、全部物質は一緒で、=で繋がっている。日々が終わろうとも死が訪れようとも、人が人を殺そうとも、それはすべて繋がっている。だから人間は違ったとしても、根本は一緒だし、当たり前に生きている事をまずは感謝しなければならないし、その繋がりをもっと大切にしなければならない。

ACIDMANの曲で『イコール』という曲がある。

歌詞はこちらで読んでいただくとして、この曲はまさに今私が書いた事を5分間で表現している奇跡的な楽曲である。ACIDMANの曲は難解とされているが、実は基本的に自然の摂理について、生命について唄ってる歌が多いので、今みたいな事を考えれば、自然とアレンジも言葉もすっと水のように隅々にしみ込んでいく。特に『イコール』はその中でも最高峰。静かに朝が来るように始まり、ギターソロとも違う独特のベースラインがあり、ブレイクがあり、裏打ちがあり、それらを激しいディストーションで包み込んでいく。まるでそれは生命が、細胞が蠢いてるような、まさに生きている事を感じさせるようなアレンジメントである。

こういう事を歌うアーティストはなかなかいないのだが、ASIAN KUNG-FU GENERATIONは『ノーネーム』という曲で、“冬や春などの季節、朝と夜は繋がって名前が付いてるのに人間は繋がりあえたとしても、その繋がりには星座のような名前がないじゃない、”と歌っていて、感情の方向は一緒なのだが、ACIDMANの『イコール』はただ1つだけ違っていて“価値観が違ったとしても、何もかもが違ったとしても、物質のレベルでは=で繋がってる”という、名前は付かないけど。それでも繋がってるよと歌っているところがおもしろい。これは作り手の考え方の違いだし、それはそれで正しいと思えるので、それぞれにおもしろいし、特にACIDMANはそれを3人だけで奏でて表現しているので、やっぱりロックってすげーなぁって思う。

っていうような事も長くなったが話した。いや、『イコール』や『ハローグッバイ』は持ち出してないんだけどね。それにまつわる話なんかもした。最終的にその人に言われたのは「あんたさぁ、そんなに人間の底辺ばっかり知ってるんだったら、逆に希望を持って生きたら?」だった。あんたに言われたくないよ!(笑)

いろんな事を考えすぎたせいか、仕事でミスしますた

2008-10-27

[][]ICHI 15:03 ICHIを含むブックマーク

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10時より『ICHI』鑑賞。綾瀬はるか主演の女座頭市である。盲目というハンディキャップがあるにもかかわらず、人一倍研ぎすまされた感覚と、仕込み刀による逆手の剣術で並みいる強敵を打ち負かしていくという。ある意味、ゴジラに並ぶ日本映画界が世界に誇る特殊なキャラの1人。耳が良いのと関係あるか分からないが、賭博にめっぽう強く、按摩さんをしながら各地を放浪。そこで出会う人々との悲喜劇とライバルとの一騎打ちがストーリーのメイン。演じたのは勝新太郎で、勝自身の思想や哲学が反映されたキャラクターは、勝以外の配役は考えられないと思われたが、北野武がそれに挑戦し、ベネチア映画祭の銀獅子賞をとったのは記憶に新しいところ。

勝新太郎からビートたけしが演じ、そして今回のリメイク版では綾瀬はるかが演じるという、誰もが考えつかなかった発想*1でリメイク。ワーナーブラザーズの制作、配給である事から、やっぱりアメリカ人って、女の人が刀を持ってバッサバッサと血しぶきをあげながら立ち回るのが本当に好きなんだなと実感する。

今回の“座頭市”は以下の変更点が見られる。

・当たり前だけど、主人公が女になった。

・賭博をしない(「ちょう」か「はん」か当ててるだけ)。

・按摩さんじゃない。

・「めくら」とか「あんま」などの、差別用語が一切出てこない。

・市の生い立ちから、過去、さらになぜ旅をしているのかといった理由まで出てくる。

・市と名乗りながらも、そんな強くない。

・子供はうるさく、さらに大人は薄汚いという理由で、基本的に人とのかかわり合いを避けている。

・普段ヘラヘラしているのに、いざという時に強い今までの市に比べると、普段から鋭い眼光でギラギラしている。

これが今までの座頭市からの変更点だ。この違いがおもしろいのか?おもしろくないのかは、観た人に任せるとして、良くも悪くも個人的に引っかかった点を書こうと思う。

大沢たかおのキャラ

ICHI』には主人公が2人いる。女座頭市である綾瀬はるかは口数が少なく、人とのかかわり合いを避けている為に、大沢たかおが狂言回しの役になっているのだが、この大沢たかおトラウマのせいで刀が抜けないというキャラになっていて、さらに木刀だと負け知らずの剣客という特異な設定である。そのため、ここぞ!という大事な時に刀が抜けず、気絶させられたり、市に助けられたり、という情けないヤツなのだが、刀が抜けないっていうアクションをオーバーにやるもんだから、てっきり、刀を抜くと椿三十朗のように危ないので、抜けない刀を持たされてるもんだとばかり思ってしまった。実際、最初に出て来た時は、足がガクガク震えているので、戦いが怖いのかと思ったが、そんな事もなく、後半では相手が振り回す刀をビュンビュンと避ける身のこなしである。その時点で「どっちなんだよ!」なのだが、せめて刀が抜けないならば、落ちてる刀で戦うとか、それこそ、木刀を持ち歩いて、それで戦えばいいのに!!

大沢たかお大活躍

んで、そんな大沢たかおだが、それこそ『燃えよドラゴン』におけるローパーのように市とタメを張る活躍を見せ、なんと、最後の最後では市が画面には登場せず、大沢たかおが大活躍。私は『燃えよドラゴン』は大好きな作品なのだが、ブルース・リー以外のシーンは要らないと今でも思っていて(ジム・ケリーアンジェラ・マオとオハラはいる)さらにジョン・サクソンがどう考えても要らないと思っている人なので(白人と中国人が人種を越えた友情を見せるラストに必要だったとは言え)今回の大沢たかおのポジションに疑問を感じる。『燃えドラ』のローパーはハンの事は倒さないが、今回の『ICHI』は…

「めくら」とは呼ばれない市

上記でも指摘したが、なぜめくらと呼ばれないのだろう?私は今の時代に合わせた映画の演出が好きではない。『ALWAYS 三丁目の夕日』は好きな作品だが、唯一許せなかったのは、酔っぱらった医者が原付を押して歩いて帰っていたシーン。昔の人は絶対に飲酒運転して帰ってただろ!まぁ、懐古主義というか、ファンタジーとして見れば文句も出ないのだろうが、金髪にしようが、杖を赤くしようが、下駄でタップしようが、こういう部分は徹底していた北野武は偉い。

まぁ、他にも中村獅童竹内力だったら、竹内力の方が強そうとか、窪塚洋介が明らかに2000年代の若者だったりとか、何故か野盗のくせに服がカラフルとか言い出したらキリがないので、止める。

個人的に好きだなぁと思ったのは、綾瀬はるかの横顔だ。『ICHI』で綾瀬はるか横顔しか見せていない、と言うよりは正面の表情がないのだ。そして、その横顔の美しさったらない。往年の名女優のようなキリッとした美しさがある。よく言えば『河内山宗俊』の原節子のような、輝いてて、キリっとしてて、女らしいというか、これぞ日本女優って感じの顔だ。これは『僕の彼女はサイボーグ』では感じなかった魅力である。これは監督が横顔で行こうと決めたのか?それにしても見事だ。映画のラストで市は笑顔を見せ、自分の道を歩き出す。カメラは回り込むように市を左から正面に捉えようとするのだが、、、やっぱりここでも、微妙に斜め!ここまで徹底して横顔にこだわる映画も珍しいんじゃないだろうか。

しかも冒頭で佐田真由実があんあん言ってたり、綾瀬はるかも微妙に横チチが出てたり、血はブシュブシュ出るし、微妙に切り株はあるし、『ウエスタン』のように宿場の全景をクレーンで撮ったりして、絵的にはなかなか良い。女座頭市だけにもっともっと良い作品になり得た気はするが、今の時代に作るには限界があるんだろう。それでも、もしかしたら西部劇のようにこのままでは忘れられていくジャンルになってしまうかもしれない時代劇を現在のキャストでやりきるというだけでもたいしたもんだ。海外の出資があったとは言え、もっと日本人は時代劇、いや、チャンバラ映画を見なきゃならん。だからタランティーノが『キル・ビル』作っちゃうんだよ。

とりあえず私は『ICHI』を応援します。というか、あくまでエピソード1にして、これで2を作っていただきたい。それくらい綾瀬はるかはかっこよかったと思う。

あういぇ。

あ、あと、綾瀬はるかってグラビアしてたんですね。知らんかった。すげぇかわいい。

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*1:後で調べたら「めくらのお市」というタイトルでドラマ化してたようです

あっそあっそ 2011/07/14 13:37 大沢たかおが普通に敵をバシバシ倒していったら折角の、市の強さが際立ちゃしない(笑) それくらい分かれ。

>野盗のくせに服がカラフル

傾奇者って知ってるか?(笑) それに野盗って所謂追いはぎとかだろ(笑) 派手な格好で何か問題でも?(笑)

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2008-10-26

[]JPOPサウンドの核心部分が実は1つのコード進行で出来ていた 11:26 JPOPサウンドの核心部分が実は1つのコード進行で出来ていたを含むブックマーク

JPOPの曲似ているのは理由がある

JPOPサウンドの核心部分が実は1つのコード進行で出来ていた 前編

JPOPサウンドの核心部分が実は1つのコード進行で出来ていた 後編

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ネットをしてたら、↑のような記事を見つけて、すごく共感してしまった。ニコニコ動画でも言ってるが、このFM7→G7→Em7→Amというのはホントに日本人の耳に残るというか、日本人がもっとも愛するコード進行だという事に関して、一切の反論はない。何故ならば、私もこのコード進行を愛している1人だからだ(笑)だいぶ前になるが、Macで曲を作って、それを数人に送った曲があるが、その曲のサビのコード進行はFM7→G→Em7→A7で、このコード進行にカポタストを付けて、サビの旋律に使ったからである。もっと言えば、イントロとBメロもこのコード進行4つだけで、実は曲を作った時のコンセプトが、このコード進行だけで、どれくらいのメロをがっちり作れるか?というのがあった。ある意味で、この曲は最もJPOP的な曲だと言える*1私はAmのところをA7にしていて、こうする事でシャープがかったの音も入れられるので、このコード進行はそれだけでも無限に広がりを見せていく。

確か、DREAMS COME TRUEの『朝がまた来る』もそうだし、ニコ動のコメントにもある通り、Mr.Childrenの『Tomorrow never knows』もその旋律だ。あと山下達郎の『RIDE ON TIME』の出だしもそうだった気がする。別にこれが悪いってんじゃない。ホントに良い曲ってのは歌詞も含め、アレンジメントも含めの話だから、

これはC→G→Am→Emだとか、G→D→Em→Bmとかいろんなパターンがあって、ブルーハーツの『リンダリンダ』とか、一発で覚えられる曲というのはこのパターンが多い。Oasisの『Don't Go Away』『Don't Look Back in Anger』『Slide Away』なんかもそうで、Oasis日本でウケるのはこういう理由もある。ゆずの『青』と175Rの『空に唄えば』が似てるのもこの理由だ。あと意外と思われるだろうがELLEGARDENの『Alternative Plans』と『Surfrider Association』も、こういうパターンの中で作られている。Weezerもそうだな。日本人好みのコード進行

多分、このコード進行から外れよう、外れようとしてる人たちが本当に才能のある人なんだろうなぁ、小田和正とか、松任谷由実とか、チャゲアスとか、最近だとスキマスイッチ楽曲がそうだな。あとスガシカオとか、aikoとか。

いや、別にこのコード進行に陥らなくてもいいんだよ。結局はアレンジも歌い手の声もビジュアルも含めてだから。ただ1つ言える事はエイベックスに所属してるアーティストの音は信用するな!って事。基本、このコード進行だから。あ!!しまった!the pillowsエイベックスだった!まぁ倖田來未パクリと呼ばれようが、基本的にパクりという事に関してどーでもいいと思ってるし、コード進行の事については前からさんざん言われてた事なので、どーでもいい。ただ、このニコニコ動画がおもしろかったので紹介してみた。んで、私はこれからまたGReeeeNの『愛唄』を聴くのである。

*1:欲しいという物好きな人が居たら、dontakukatokiti@livedoor.comまでご一報ください、無料で送ります

若月泰平若月泰平 2014/09/06 15:52 ?→?→?→?は王道進行ではないですよ。長調でありながら、平行短調を感じさせるのが王道進行のポイントです。

若月泰平若月泰平 2014/09/06 15:54 上が文字化けしてしまいました。すみません。1→5→6→3です。

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2008-10-25

[]再び『愛唄』に物申す 01:05 再び『愛唄』に物申すを含むブックマーク

GReeeeNの『愛唄』をですね、今、一生懸命聞いてました。再生回数は11回です*1何故聞いてるのかと言われると、「うわー若いっすねぇ」なんて、不純な動機などさらさらなく、あのハイトーンに挑戦してみたいからで、無理矢理聞いてて、やっとCメロのラップっぽいところまで覚える事が出来ました。わーい。

んで、結構聞いて、また1つ想う事があったんだけど、この歌の出だしで

「「ねぇ、大好きな君へ」笑わないで聞いてくれ「愛してる」だなんてクサいけどね だけどこの言葉以外伝える事ができない」

って言うじゃないっすか。でもね。歌の最後で「ただアリガトウじゃ伝えきれない」って歌ってるんですよ。「愛してる」以外は愛を伝えられないのに、なんで「ありがとう」じゃ伝えきれないんだ?どういう事だよ!?

もうこの時点で歌詞に整合性が無いというか、まぁしょうがないんだけどね、もう音楽を携帯でダウンロードする時代だから、歌詞に整合性なんていらねぇんだよ。1つのフレーズで1つの事を言い切るっていう事じゃないと、今の歌って受け入れられないんだよな。聴いてる側から、前のフレーズなんて忘れてるだろうし、歌詞全体の事を考えるんじゃなくて、とりあえず一小節を埋めて、んで、あとの事はあとで考えようみたいな?例えばスピッツとかアジカンみたいに言葉のコラージュだったらいいわけ。単語単語、1つ1つのフレーズが感情なり、情景なりを描いて、んで、それが、全体で1つの意味になるっていう方が本当はね、いいと思うんだよね。そこに比喩なりメタファーなりを入れればさ、でも『愛唄』にはそれがまったく無いでしょう。もうはっきりと「「泣き」「笑い」「悲しみ」「喜び」を共に分かち合い生きて行こう!」って言い切っちゃってる。いえば『愛唄』は、この一言だけでいいわけだ。っていうか、これもしかして、歌詞全員で書いてるのか?だとすると、それぞれの感情がただごっちゃになってるだけで、冒頭で言った事と、最後に言った事は、別々なヤツが書いててってややこしい事になるなぁ。それぞれが勝手に分担して書いて、それを当てはめていくだけっていう作り方なんだろう。アーティストというか表現者じゃないな。ここまでくるとGReeeeNはJポップの商人ですよ。逆にすごいね。

いや、待て、違う、そうじゃない。

早合点した。そう言えば人間ってのは矛盾だらけの生き物じゃないか!身近な人が死ねば悲しいのに、その辺にいる横柄なババアは死んでも悲しまないし、純粋でありたい一方でセックスするし、正義と悪は常に表裏一体だ!つまりGReeeeNは人間の中にある矛盾を『愛唄』の中で表現しようとしたんだ!しかもそれを“アイシテル”と“ありがとう”という身近な言葉を使って!、、、、、、、、って、んなわけないか。

ただ、私は『愛唄』をこれからも聞きますよ。なぜならカラオケで歌いたいからです。ただそれだけです。いえーい。

愛唄(あいうた)

愛唄(あいうた)

*1ASIAN KUNG-FU GENERATIONの『藤沢ルーザー』はもう62回になってる

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2008-10-24

[]谷原章介舞台挨拶と『レッドクリフ』試写 05:22 谷原章介の舞台挨拶と『レッドクリフ』試写を含むブックマーク

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『ハンサムスーツ』の舞台挨拶谷原章介が来たのだが、これがものすごく気さくなあんちゃんで驚いてしまった。沢尻エリカも同じように、笑顔が素敵な人で、手を振ったら振りかえしてくれたくらいだ。あの『別に…』の2日前だったので、信じられない人もいるだろうが、やはりスターと呼ばれる人には気さくで居てもらいたいものだ。

レッドクリフ』を試写にて鑑賞。

80万の兵を率いる悪しき曹操軍に対し、劉備と孫権が結託して、っていう有名すぎる赤壁の戦いを、あの、あのジョン・ウー映画化。待ちに待った待望の映画である。

結構、三国志待望の映画化って銘打ってるけど、これ実際は、ジョン・ウー初の大作武侠映画という方が正しい。アン・リーが『グリーン・デスティニー』を、チャン・イーモウが『英雄』をツイ・ハークが『セブンソード』を(というか第3次武侠映画ブームの仕掛人はこいつなんだが)撮れば、あとはジョン・ウーしか残って無いじゃないの!という事で、待ちに待ちました。実際、武狭小説を映像化したわけではないが、広く言って、そういう武侠映画と言ってもいいだろう。しかもこれが大好きな三国志を下敷きにしてると言ったら、つまらないわけない!

最近『三国無双』のヒットで三国志好きが増えたらしいが、オレに言わせればそんなの邪道で、本当に三国志好きな人ほど、実際は『三国無双』やってなかったりする。私の周りでもホントに三国志好きは多いのだけど、オレのいとこも前の店の主任も妹も『三国無双』はやらない。かく言う私もだ。やっぱり三国志は敵をバッサバッサと倒すんじゃなくて、個々のキャラクターの心情だとか、策略とか、そういうのがおもしれーんだからさ。

という事で、感想なんだが、三国志映画化したというよりは、あくまで三国志を下敷きにしたジョンウー映画で、漢と漢の熱い仁義や負け犬の復活、血みどろのアクションに、全員の決めポーズもバシバシ出れば、アクションは当然の如くスローモーションとストップモーションをモンタージュさせ、鳩も今までで1番かっこいい使われ方をしてるってんだから、ジョン・ウーファンは泣ける。

銃によるアクションが多かったウー作品だが、今回は槍と剣になった事で、黒澤明時代劇キン・フーを下敷きにしたような、一撃の重い、アクションを披露。場面転換でワイプを使うなど、凝りに凝っている。馬がスローで転けるというのはサム・ペキンパーを彷彿とさせ、三国志映画化と言いつつ、しっかりジョン・ウーのショーケースに仕上がっている。

役者だが、金城武の孔明は見事だと思う。だって、、、


諸葛亮孔明にしか見えねー!(笑)

冒頭から超雲の大立ち回りがあって、見せ場はたっぷり、友情的な部分を過剰に描いてる点もさすがジョン・ウーで、本来ならば孔明暗殺計画を企てる周瑜でさえも、孔明と互いに尊敬し合ってる関係になっているのだから驚く。超雲と関羽はバリバリ機能しているのに、ただ声がでかいだけの張飛というキャラ設定はいかがなものかと思ったが、机の角をぶった切って、「逆らう物はこれと同じ目に遭う!」と言った、三国志でおなじみのシーンも、しっかりと映像化してくれているので、ウーファンも三国志ファンも納得の仕上がりなのではないか。

私は三国志って言っても、小説は全然読んでなくて、横山光輝とか本宮ひろ志とか、最近の『蒼天航路』とか『龍狼伝』くらいしか読んでないし、しかもハマったのが、今から10年くらい前のことなので、よくわからん節もあるのだが、

今回の『レッドクリフ』であった、八卦の陣のくだりって、、、、

あれ、ホントにあった??

今、三国志読み返しても書いてなかったし、実際、三国志マニアである私の妹(全キャラの名前と詳細な情報をパソコンを買う前に大学ノートに書き記し、本気で勉強していた)に聞いても、

『は?そんなのあったか?』と言ってるくらいだぞ。

まぁ、歴史上で、ホントにあった事なのかもしれないし、小説とかでは出てくるのかもしれないが、映画であそこまで見せ場にされると、すげぇ出来事だったのかもしれん。

いや、っていうか、『レッドクリフ』ってタイトルだけど、、、

赤壁の戦いやんねーんだもん!

これから赤壁の戦いだってのに、次回に続く!だもん!


すげーショック!


あ、あとかんけーないけど、ヴィッキー・チャオがなんか微妙に老けてて、


すげーショック!


それにしてもリン・チーリンが恐ろしくきれいだった。さすが台湾スーパーモデルだなぁ。『ペイチェック』や『ウインドトーカーズ』にがっかりしたウーファンは、絶対に必見。生と死が隣り合わせにあるという状況での漢と漢の熱いドラマに泣け!

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2008-10-23

[]サランドラ 18:02 サランドラを含むブックマーク

サランドラ コレクターズ・エディション [DVD]

サランドラ コレクターズ・エディション [DVD]

昼までがっつし寝てしまって、12時から『サランドラ』鑑賞。本当は『おくりびと』を観ようと思ったんだけど、さすがに起きれず、よろっと映画がたまってしまうなぁ。

サランドラ』はホラー映画の巨匠、ウェス・クレイブンの作品で、カリフォルニア砂漠地帯を舞台に、退職警官一家と食人一家の闘争を描いた作品。逃げ場の無い、ある意味閉鎖された空間での緊迫した、、、というよくあるヤツではあるが、あのちょー大傑作である『ヒルズ・ハブ・アイズ』はこの『サランドラ』のリメイクなのである。

私はリメイク版から観てる体たらくだが、だってビデオレンタルないんだもん!しかも2しかないんだもん!

なんて事を書いていたら、マイミクのごあさんに「よかったらビデオお送りします」と言われたので、ご好意に甘える事にした。わざわざ、すいません。

さて、これね、オリジナル版観て分かったけど、

明らかに作品としてはリメイク版の方が上だね。

これは『スカーフェイス』を観た後に『暗黒街の顔役』を観たとか、『ドーン・オブ・ザ・デッド』の後に『ゾンビ』を観たとか、『ブレード/刀』の後に『片腕必殺剣』を観たとか(いや、これは『ブレード』の方が作品は上だ)「お前は所詮後追いじゃねぇか!」とか、そういう事ではなくて、客観的に観ても、『サランドラ』は言っても佳作だけど、『ヒルズ・ハブ・アイズ』は大傑作なんだな。

もちろん『サランドラ』無しでは『ヒルズ・ハブ・アイズ』は生まれない。『サランドラ』を観れば分かる事だが、『ヒルズ・ハブ・アイズ』はオリジナル脚本にウェス・クレイブンがクレジットされてるだけあって、オリジナル版に沿って実直なストーリー展開だ。まるまる完コピと言ってもいいくらいなのだ。

じゃあ、何が違うのか?まず深みが違う。リメイク版では危険な目に遭う家族の描写が丹念だ。今、この家族はなんでこういう旅をしているのか?どういう状況なのか?この家族は普段どんな親交があるのか?どういう位置関係なのか?誰が強くて、誰が弱いのか?オリジナル版では簡潔になってる部分が、リメイク版では異常と思えるほどに深く丹念に丹念に描き込んで行く。それはまるで鉛筆で下書きをし、しっかりと絵の具を1つ1つに塗り込んでいくようだ。そういう意図は無いにしろオリジナル版が「餌食になる家族は誰でもいい」という風に見えてしまうほどに細かく描写している。

さらに「何かが起こりそう」という雰囲気、空気感がリメイク版では抜群。顔ににじむ脂、ハエ、砂埃、遠くから見られてるという視線、これらが実はオリジナル版にはない。『悪魔のいけにえ』のリメイク版もそうだったが、細かい部分での雰囲気作りを丁寧にしている映画は素晴らしいと思う。『007 カジノ・ロワイヤル』も服の汚れや傷の付け方がリアルだったが、そういうのは映画を夢中にさせるアイテムとして重要だ。

“全米38州が上映禁止を決定した”という触れ込みだが、オリジナル版の残虐描写はかなり控えめで、オリジナル版をバランタインだとすると、リメイク版はボウモアの12年ものと言った感じ。ごめん。わかりにくかった。言い換えると、オリジナル版がロッテのミルクチョコレートだとすれば、リメイク版は99%カカオのチョコだ。

さらに奇形の人食い人種も被害者であるという側面がリメイク版では強い。リメイク版は2つの家族の物語でもあり、人間によってこのような醜い生き物に変えられてしまったという、悲しい話でもあるが、それも薄い。

決定的に違うのは赤ちゃんが誘拐された後にひと盛り上がりあるか、ないか。『ヒルズ・ハブ・アイズ』はペキンパーの『わらの犬』を彷彿とさせる迫力のバイオレンスがあり、携帯しかイジってないひ弱なアンちゃんの通過儀礼があるのだが、オリジナル版には無い。というか、リメイク版の家族は繋がってるようでバラバラで、それがこの殺し合いを通して1つに繋がるというのもあるが、そういうのもオリジナル版では薄く感じてしまう。

言ってしまうと、オリジナル版は“何か物足りない”映画なのだ。まぁ、これはリメイク版から観てしまった悲しい性かもしれないが、普通、これだけの要素が足されると、それは“長い”とか“いらない”とか思ってしまう。『ヒルズ・ハブ・アイズ』にそれを感じなかったのは、その付け足された要素が、オリジナルへの敬意を感じさせたからだ。

これは勝手な憶測でしかないのだが、監督は『サランドラ』を観て、「オレなら、もっとこうする!そうすればもっともっとおもしろくなる!」と思ったかもしれない。「オリジナルはとても偉大だけど、オレがもっとおもしろくしてやるぜ!」という心意気すら感じるのである。

それは「好きだけど、何か物足りないと感じた」曲を後世のミュージシャンがカバーして、それがオリジナルを越えてしまった事と類似する。The Crashの『I Fought the Law』のように。

私はリメイクを作る意味が分からないとかいう考え方には殺意すら覚える。もちろんリメイクだらけでオリジナルの企画が生まれない事はダメなのだが、「あの偉大なオリジナルを冒涜してる」とかいうふざけた考え方はまったくない。むしろリメイクは大歓迎だ。あのアーティストのあの名曲のカバー!と同じくらいワクワクする。そんなリメイクに否定的な人でも『ヒルズ・ハブ・アイズ』は傑作だと絶対に言うはずだ。

誰がなんと言おうと『ヒルズ・ハブ・アイズ』はオリジナルを越えている。これに関して、「リメイクなんて…」という、どうでもいい考えは払拭すべきだし、リメイク版が作られる事に嫌悪する人ほど、そのリメイク版を見てない人が多いので、それにはがっかりさせられるのだった。

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2008-10-22

[]007/カジノ・ロワイヤル 18:19 007/カジノ・ロワイヤルを含むブックマーク

昼までがっつし寝てしまった。月に1回はこういう事がある。

早いところ『おくりびと』だとか、最近始まった映画を観なければならないのに。しかし、本も音楽もそうだが、もっともっと今の内に吸収しておきたいなぁ。NHKのTVでやってたけど、アイデアって今までの経験と吸収した知識を組み合わせる事で出るって言ってたよ。経験が少ない分、他の事で補わなくちゃ。ダラダラ過ごすのはもったいないんだよなぁ。

12時頃から『007/カジノ・ロワイヤル』鑑賞。007が出来るまでのお話。というか原作の第一作目の映画化。『バットマン・ビギンズ』みたいなもんっすね。

これが無茶苦茶おもしれー!!!

やばい!最高!よく出来た香港アクションを観てるようなカタルシスに、ハリウッド製のスケールのでかさを組み合わせたような超極上の娯楽作。っつーか、これ『007』の中でも最高峰だろ?いや、最高傑作と言ってもいいかもしれん。

といいつつ、全部観てないが、私の中で昔の方がよかったぁというのは大嫌いなのでね。昔の方がよかったぁ!ってそういうヤツに限って最近の映画ほとんど観てなかったりするからさ。音楽だって、今のロックの方が格段に進化してるもん。機材しかり方法しかりだからおもしろくなってもらわないと困るんだよ、『007』も。

いやぁ、ピアーズ・ブロスナンのイメージ強かったけど、完全にハマった。ダニエル・クレイグこそ、ボンドのイメージっていうか、これぞ男って感じするでしょ?漢字の「漢」と書いておとこと読むみたいな。だから拷問される時にちんぽをいたぶられるわけで、もうボンドが男の塊、男の象徴、もう言えば、ちんこみたいなもんだからさ、彼をいたぶっても、ちんぽいたぶっても、あんまし変わらんみたいなとこありますわな(笑)

それよりも何よりも、すっげーのはアクション!全盛期のジャッキーか!と思うほどの怒濤の追っかけっこ。『プロジェクトA2』のように建物をよじ上っては飛び降りて、最高の度迫力。というか、アクション映画全般の原点回帰かも。CGを多用した無茶苦茶な見せ場じゃなく、スタントアクションでぐぐっと魅せてくれる。いわゆる007と言えば、秘密兵器だろ!みたいなのは一切無い。カーチェイスも無いし、人妻じゃないとダメって言ったり、ラストは女とセックスしながら、カメラがぐーっと上に行くっていうのがイメージとしてあったけど、それもなくて、もっと女に冷たい印象がある。

007大けがするし、っつかー全編傷だらけだし、何回も死にかけるし、Mにこっぴどく怒られるし、ポーカーに負けて、勢いで相手の事刺し殺そうとするし、酒ばっかり飲んでるし、女に惚れて、仕事辞めようとするし、なんか、人間味溢れるというかね。今までのボンドってこう、人間っぽくないっていうか、そういうのが魅力だったんだけど、個人的には本作みたいに人間味溢れてた方が好きだなぁ。

最初から最後まで「待ってました!」ってのと、「こんなアクション、今出来るのか!?」っていう驚きに満ちていて、ポーカーのシーンでは『麻雀放浪記』を思わせるハラハラ感があり(だって負けると政府の金がテロリストに渡るんだよ!)演出もモノクロになったり、スローがあったり、カメラが緩やかだったり若返った印象があって、すべてが新しいと思わせる『007/カジノ・ロワイヤル』は、

とにかく最高過ぎ!最高の一言!

オレ、ブルース・リーになりたかったけど、やめた!今日からジェームズ・ボンドになる!

なので、バイトなんて行ってらんねーんだけど、今からイギリスの諜報部員がオレの事をスカウトしにくるわけでもないので、チャリこいで、仕事場に向かうのであった。

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2008-10-21

[]『イーグル・アイ』と『ディスタービア18:09 『イーグル・アイ』と『ディスタービア』を含むブックマーク

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8時より『ディスタービア』鑑賞。D・J・カルーソ監督&シャイア・ラブーフ主演の映画

ディスタービア [DVD]

ディスタービア [DVD]

教師を殴って、自宅軟禁処分となった主人公がご近所さんを覗いて、んで、お隣さんがもしかしたら、殺人犯かもしれねーっていう、、、、、

これ、誰がどう見てもヒッチコックの『裏窓』なのだけれど(『裏窓』知らない人はすぐに検索だ!)まぁ、そんな事はどうでもいいとして、

おもしろいなと思ったのは、主人公達が1つの行動をする理由がものすごく丁寧に説明されてて、妙に説得力があった事。

例えば、現代で『裏窓』的なシチュエーションを作るとすると大変だ。まず、家から出れないという状況。これが大変だし、仮に出れない状況を作ったとしても、退屈だから、ご近所さんを覗こうという気には絶対にならない。むしろ、外に出かけるよりも、家でDVD観たり、ネットしてたりする方が楽しいと考える人もいるからだ。

ディスタービア』に至ってはもっともっとすごい。X-BOXでのオンラインゲームiTunesダウンロードMac。携帯。パソコン的な事に強い、言えばオタクのような青年が主役で、いくらでもヒマつぶせるだろ!?という感じ。

でも、ちゃんとそれらがダメになってる事を簡潔にさらに細かく説明していて、おもしろかった。別に映画の中だから、そんなのはどーでもいいだろという感じなんだが、恐らく、この脚本を書いた人はものすごい几帳面な人なんだろう。女と別れるときも、「なんで別れるのか理由を教えてくれ!」って言いそう(笑)

だから、主人公が、なぜ教師を殴ったのか?というのにも理由があるし、なぜ家から出れないのか?というのにも理由があるし、なぜ隣人が殺人犯かもしれないと思うのか?にもちゃんと理由がある。

さらに説明しなければならないシーンの演出がすごくて、ホントにまったく知らない友人を呼んで、その友人に全部説明するという、ある意味でまっとうな説明の仕方をしていておもしろい。

だから破綻してるようで実はしっかりした部品でくみ上げられてるわけだ。もちろん、つっこみどころも多々ある。主人公は明らかにオタク青年なのだが、そんなオタク青年が、ナイスバディで知的な美女とフォーリンラブなのだ!思わずありえねーと言ってしまうが、これは男の夢だ!脚本家の妄想だ!最高!

裏窓』のパクリと言われてるらしいが、個人的にそれはまったく思わなかった。それは何故かと言うと、明らかに『裏窓』よりもハイテクだからである。

使ってる物がiPodに携帯にMacに、ありとあらゆるデジタルのマシン。しかもそれが手に入るもんばかりだから、非常に共感しやすい。なんで軟禁中なのに、そんなものが手に入るんだよ!というツッコミは置いておいてください。

シャイア・ラブーフの演技が素晴らしいのはいわずもがななのだが、それよりもデビット・モースが素晴らしい。母親役のキャリー・アン・モスも母親のオーラが出てて、適役だと思った。ちょっと前まではトリニティーだったのだが、彼女は元々こういう役の方が似合ってたのかも。

窓から覗くというシーンが肝になるだけに、そのシーンでの光の使い方やカメラアングルは凝っていて、特に照明の使い方が見事。ビデオカメラ片手に行動するシーンは思わず手に汗握った。

サスペンスというのは、「あー!そんな事したら危険だよぉ!」って言いながら観るのが一番。バカでラブストーリーで青春ものでスリラー。これヒットしないわけない。

悔しいのは、これDVDじゃなくて、やっぱり映画館で観たかったよぉ!

絶対に1200円でビール飲みながら観て、おもしろかったぁ!って言って帰って寝るっていう映画だからさ。『バンテージ・ポイント』と一緒。楽しんだもん勝ち!

10時半より『イーグル・アイ』鑑賞。監督と主演が『ディスタービア』のコンビ。

一般人が携帯電話の指示通りに動かなければならないという、いわゆる観客巻き込み型のジェットコースタームービー。ぶっちゃけ途中で話の展開が読めてしまったのだが、それもそのはずで実は映画に取り込まれてるパーツは古典的なものばかり。『北北西に進路を取れ』や『2001年宇宙の旅』が下敷きになってるが、一般人が息子を人質にとられて、携帯電話の指示に従って、走ったり、盗んだりするって…

『ニック・オブ・タイム』ですやん!

なんか歴史から忘れられてる感がある映画だけど『ニック・オブ・タイム』はここにも影響があったか!恐るべし!


何もないところで電線がぐおー!って襲ってくるところは『北北西』のトウモロコシ畑を連想させたりして、他にも見せ場がてんこもりで、ハラハラドキドキの展開なんだけど、一番感動したのは『2001年』でHALが読唇術で会話を盗み聞きするシーンのオマージュ。機械も進化すれば、シーンも進化するのかと感動。というか、他にも元ネタ的なもんはいっぱいあるはずなんだが、ものすごいスピード感でそれを考えさせるヒマもない映画だったんで、やっぱり楽しみましたよ。映画は違えど『フォーン・ブース』や『バンテージ・ポイント』と同じように勢いとノリとスピード感。

これは絶対に、レイトショーで1200円でハラハラしながら観て、喉からっからにして、帰って、ビールがぁぁぁって飲んで、寝る映画だ!

絶対にDVDダメよ!映画館で観なきゃダメ!

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2008-10-20

[][]唐揚げレモン 18:23 唐揚げにレモンを含むブックマーク

f:id:katokitiz:20070501192056j:image

こんなニュースを見つけました。

「エロゲーは危険な社会を作り出す凶器」


「エロゲーで人間性失う」 規制求め請願 円議員の掲示板に批判数百件


あー!こういうのマジでうぜぇ!

改めて書く事ではないが、こういうのがある前から猟奇的な殺人事件は山ほどあったし、今更、こんな事を規制したところで、絶対に殺人なんて無くならないんだよ!エロゲーが危険な社会を作り出す凶器だって考えるんなら、じゃあ『マトリックス』も『ファイトクラブも『Vフォーヴェンデッタ』も革命への危険思想を増幅させるのでとか、マンガだとか、ゲームだとか、なんでもかんでも当てはまるだろうが!ボケ!

とりあえず、批判数百件は非常に正しいのだが、これに投票したヤツに隕石降れ!それがダメなら、ゾンビ化するウイルスを播け!オレがかたっぱしからショットガンで頭を打ち抜いてやる!

あとネットしてたら、唐揚げレモンをかけるか?かけないか?という事でコラムが書いてありまして、

おまえ、勝手にレモンかけるなよ 鶏から大戦争「レモン OR DIE」

ミクシィニュースだけなのかな?ちょっと笑ってしまったんですが、私はちなみに、レモンをかけても、かけなくても好きです。かけたらかけたでうまいし、かけなくても充分にうまいです。マヨネーズとかもいいね、もちろん、唐揚げ粉みたいな、もうすでに味がついてるのもうまいです。あー。唐揚げ喰いてぇ。

でも、鶏の唐揚げよりも、エビフライの方がレモン合うでしょ?正直、エビフライのときは絶対にレモンが欲しい。あとタルタルも。無ければマヨで。実際、そこまでレモンかけて嫌な人居るのかな?あればあったでさっぱりいただけるのだが、オレがレモンよりも気になるのは、唐揚げの種類。

フライドチキン

唐揚げ

竜田揚

チキンナゲット

チキン南蛮

違いがわからねぇ!いや、分かるんだけど、細かい違いが、、、、グランジオルタナパワーポップギターロックくらいの違いがあるんでしょうか?唐揚げ竜田揚げの違いがとにかくわからんな。確か、小麦粉と片栗粉だっけ?まぁいいや。

とりあえず、オレが言いたいのは、レモンかけようがかけまいが、鶏の唐揚げの時に無ければならないのは、

ビールなんだよ!ビールないなんて言ったら、ぶっ生き返しちゃうぞ!

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2008-10-19

[]藤沢ルーザー 12:03 藤沢ルーザーを含むブックマーク

藤沢ルーザー

友人とコーヒーを飲みに行った時に、ヒマだったから、KELUNのニューアルバムでも無いかなぁと思って探しに行ったんだけど、ASIAN KUNG-FU GENERATIONが新曲出してて、タイトルが『藤沢ルーザー』って書いてあって、あ、いっつもカップリングでやってる湘南のヤツじゃんと、一発録りかなんかでやってるヤツじゃんと、カップリングでやってたヤツを、シングルA面に持ってくるという事は、これ、かなりおもしろい試みだなぁと思って、視聴したんだけど、これが、

やばいくらいにかっこよくて、マジでそのままCDを買いそうになってしまった。

正直、アジカンは『アフターダーク』と『転がる岩、君に朝が降る』も意外と好きで、でも『或る街の群青』がとにかく最高すぎて、頭1つ抜けてるから、それを越えられないってのがあって、

んで、新曲の『藤沢ルーザー』なんだけど、マジでほんっとにいい!楽曲の完成度は高いとは言えないんだけど、何がいいって、やっぱり、アレンジとメロと歌詞と勢いが同じ方向を向いてるというか、なんか、すべてがあるべくしてある。みたいな?空気があって、水があって、土があって、太陽があるから、植物は育つみたいな?なんか、がつんと来たよ、うおー!ってヘッドフォンから溢れ出る楽器と楽器の柔らかなぶつかり合いが、オレの心を見事にエレクトさせたよ。ちょーかっけー。マジでバリヤバだぜ!

D

ASIAN KUNG-FU GENERATION/藤沢ルーザー

藤沢ルーザー』のイントロがいいというか、最近のアジカンの音はすごくいい。それを最初に感じたのが『桜草』なんだけど、明らかにエフェクターでガチガチに歪ませた音ではなくて、アンプとギターそのものの音で歪みもちょい柔らかでさ、しかもパワーコードにして気持ちがいい音に設定してあって、ホントに最近のアジカンの音はくるりのように職人と化してるんだけど、だから楽器と楽器の柔らかなぶつかり合いという風に書いた。

『桜草』から、音の変化が見られて(個人的な印象だけど)『アフターダーク』でやられたよね、今度はオクターブの音がすごくキレイに鳴ってた。んで、『ワールドワールドワールド』で完全にアジカンは自分たちの音を手に入れたんだと思う。

そんで、気持ちいい音。ロックにおける気持ちいい音。それ追求していって、その最高峰が『藤沢ルーザー』だと思う。『ワールドワールドワールド』は緊張感があって、正座して聞く感じの重苦しいテーマがあった、楽曲自体はポップで分かりやすかったけど。歌詞がとにかくずばぬけてレベルが高い。いわゆるJポップ的なバカバカしい事は書かれてない。

戦争をなくす」とか「炸裂 目も眩む熱さで何もかも吹き飛んだ」など、反戦という大きなメッセージを直接的な言葉と抽象的な言葉の両方で紡ぎ、それをロックンロールで変えようと、変えたいけど、結局は変えられないじゃないか、でも何か出来るじゃないか、っていうもがきと、それでも「朝は降る」という希望を歌っている。「朝が来る」んじゃなくて「朝が降る」ってのがいいよね、朝日が降ってくるって誰も考えない。

今回の『藤沢ルーザー』はまったくそれとは違う、緩い、私が思うロックのバカっぽさが全面に押し出してて、ああ、そう、ロックってこうだよなと、

アジカンって言うのはホントにネガティブな歌詞が多くて、歌詞のほとんどが“繋がり合えない”事だとか、挫折、でもそれが現実という事をメインに歌ってるんだけど、今回はルーザーというタイトルそのままに負け犬の歌。自分の持ってる夢を抱えるものの、会社勤めをしてしまうというPVの内容そのままの歌詞になってる。アジカンも全員がサラリーマンを経験してるだけに、もしそのまま会社勤めをしてたらどうなってただろう?という視点から書いたのかもしれない。まぁ、歌詞の真意はアーティストが語ってくれないとね、ただの解釈だからさ。

ああ、とにかく欲しい。マジで買おうかなぁ、ただアルバムが来月に出るから、それまではyoutubeで我慢するのだ。

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2008-10-16

[]ビッグピーチ 11:48 ビッグピーチを含むブックマーク

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例えば、自分の奥さんや彼女の好きなところはどこ?と聞かれて、「すべすべの肌」とか「ほっそりした足」とか「つやつやした髪」とか「おっぱい」とは言わないでしょう。言っても「顔がタイプ」くらいなもんで、基本は「一緒に居て楽」だとか「優しいところ」とかでしょ。私の場合は「趣味が合う」というとこが大事ですから、そういう事になるんですが、まぁ「おしゃれな人」とかぬかすボケはほっておくとして、いくらおっぱいが好きだとしても、おっぱいだけで惚れはしないでしょうし、足が好きだとしても、足だけで好きになる事なんてまずない。言い方悪いけど、そういうのはオプションですよ、ホントに、やっぱり一緒にいて楽しくないと、リスペクト出来ないとね。そういうのを重要視するのはホントにセックスの時だけですよ。もはやフェティズム。今日はそんな話。

リア・ディゾン結婚した。いや、正確に言うと、リア・ディゾン避妊せずにセックスをして妊娠した。なので、結婚した。ショットガンウエディングというヤツだ。


リア・ディゾンの旦那様がリアディゾンの好きなところ、それはビッグピーチだそうです。尻ですよ、ケツですよ、

なんか、どうなん?

確かにさ、日本語によるコミニュケーションはそこまで深くとれなさそうだし、いや、言葉を越える恋愛もあるだろうけど、それにしても、

バカですな。

リア・ディゾンは無茶苦茶かわいいけど、どういう人なんかは分からないでしょう。男としては、セックスの対象というか、妄想の対象というかですね、つき合いたいなぁっていうのはないんですよ、オレはね、だからショックはショックだけど、オレさまのズリネタを手元に引き寄せたな!みたいな(笑)ある種、夢を叶えやがったこのボンクラ!みたいなショックですよね。いや、だからってホントにズリネタにしてるわけではないんだけども。一発お願いしたいのに!っていう人をどこぞのボンクラ野郎に!という悔しさというか、まぁ、ああいう人は、どうしても頭ん中では素っ裸にしてるわけで、今の旦那様もいわゆるそういう方向でつき合ってたんじゃないかなぁと。

マイミクの人もちらっと「バックが好き」みたいな事書いてましたけど、ケツが好きって公言してる時点で、セックスの対象にしか見てないでしょ。


まぁ、ここからは私の勝手な妄想なんですが、


その男もですね、まぁ、セックスしてですね、


「ああ、オレ、お前のおしり好きだよ、桃みたいにキレイだ、お願いだから、後ろを向いてゆっくり下を脱いでくれないか?そうそうもっともっと左右に揺らしながら、そうそう、。。はぁはぁ、、、、むしゃぶりつきたい、、もっと食べたい、とりあえず、後ろ向いてくれ、後ろから、後ろからお尻をもっと見せてくれ、もっとお尻を揺らしてくれ、こんなにムチムチだなんて、ああ、もう我慢出来ない、、、、」


ってなもんで、それ以外にリア・ディゾンに対して、お前のここが好きだよって言ってなかったと思うんよね。


「お前の優しいところが好きだよ」


「お前のおもしろいところが好きだよ」


とか、なくて、もう、多分、飯喰いにいくとか、公園に散歩しにいくとか、デートというデートが全部前戯になってましてですね。人目を盗んで、ケツ触ったりして、んで、盛り上がって後は家に呼んで、ひたすらセックスをするだけという。そんな感じで日々過ごして行ったら、子供できますた!って感じだったんじゃないかなぁと。


このニュース見てね、ブライアン・デ・パルマの『ファム・ファタール』思い出したよ。デ・パルマの『ファム・ファタール』でストリップしてさ、そのままバンデラスとファックするシーンあったけど、


あれも異常にケツにこだわってたでしょう。


ケツ振ってケツ振って、さらにケツ突き出して、んでもって、騎乗位でもケツのアップで、さらに女がその場を去る時も、やっぱりケツで、


もうケツケツケツケツケツのオンパレード!


レベッカ・ローミン=ステイモス(今はステイモス無いらしいけど)はケツだけの女だ!と言わんばかりの演出。


なんか、今回のリア・ディゾンの会見もそんな事を思わせたなぁ。

というか、この旦那様は『ファム・ファタール』好きでね、きっと、一緒にリアと見たんだよ。んで、「こういう事、オレにもしてくれよぉ」ってなってね、その時に、

「お前のケツはこの女優以上だよ、まさに桃だよ!ビッグピーチだよ!」って言ったのかもしれん。

いや、まぁ、これはオレの妄想に過ぎないんだが、いずれにせよ、男の夢を叶えたこの大バカやろうはセックスの事しか頭に無いという事を露呈してしまいましたな。「基本表に出ない人間なんで」ってもう出れないだろ!バーカ!バーカ!


はぁ、、、、、、それにしても、、、、、、、うらやま、、、、、しい、、、、、、


なんて、バカな事書いてる間に仕事。仕事。

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2008-10-14

[][]『容疑者Xの献身』のすごい演出 15:58 『容疑者Xの献身』のすごい演出を含むブックマーク

おでんを喰らいながら、酒を飲む。日本酒が最近無茶苦茶うまく感じる。と言っても合成酒とかではなく、良い酒を飲んでるからというのもある。今の若い人は日本酒離れが多いというか、日本酒嫌いな人が多いが、それは良い酒を飲んでないだけだと思う。というか、ホントにうまい酒を飲んだら、どの種類でもうまいと感じるものだ。だからオレに高いワインを飲ませてみてください。たぶん、うまいというはずだから。

さて、昨日は久保田雪中梅を飲んだのだが、これを定価で買えるというのは、新潟に住んでる人の特権だと思うなぁ。これで日本酒が嫌いな人が居るってんだから、かわいそうだ。こればっかりはホントにかわいそうというか、哀れである。人生半分損してるぞ、まったく。

酒で思い出した。そういえば、『容疑者Xの献身』で湯川が旧友である石神を訪ねていくシーンがあって、そこで湯川が酒を持って行くんだけど、確か、その時に持って行った酒ってのが、スコッチボウモアで、ちらっとラベルが見えた気がして、気になってたんだけど、検索してみたら、結構10件くらい引っかかってね、酒好きな人の酒に関するブログに引っかかったんだけど、日本で気づいたのはオレだけだと思ってたんだが、さすが見てる人は見てるなぁという感じだ。

ボウモアってのはシングルモルトなんだけど、かなりピートの香りがきつくて、それはそれは、ラフロイグなんてもんじゃない。旧友である天才数学研究者を訪ねて、ボウモアという、言えば、変わり者の酒を持って行くなんて、なかなか粋な演出なのだが、オレがもっとびっくりしたのが、

寿司をつまみにボウモアを飲んでるんだね。

これ実際、知ってる人は知ってる事だけど、

スコッチウイスキー寿司って無茶苦茶合うんだよ。

これを聞いて、『えー!?』って半信半疑のヤツは、一生カキを喰いながらシャブリでも飲んでろ!と言いたい(白ワインとカキは合わないと「美味しんぼ」でも「もやしもん」でも書いてたよ、そんな事言うのは食通気取りのバカですな)

湯川はすべての物事を科学的に解明していく。料理をする時も、既成概念にとらわれず科学的にウマい物を突き詰めて行く。恐らく、ボウモア寿司科学的に分析してたどりついた結果だろうが、

このシーンは小道具の人が偉いのか、美術の人が偉いのか分からんが、これを演出した人は、とにかく飲む事と食べる事がすげぇ好きな人なんだと思った。

もしかしたらそれは偶然の産物かもしれないが、だったら寿司じゃなくても、ピーナッツでもいいんだもんね。「なんで、寿司ウイスキーなんだよ、合わないじゃんか」と言う人がいたら、その人の舌だとか感覚はまったく信じない方がいいです。しかもブレンデットじゃなくて、ボウモアみたいな一本芯の通ったシングルモルトの方が合うんだよ。寿司って。正確にいうと、刺身醤油が合うんだと思うんだけど、

このほんの数秒のシーンにも気を抜かない、美術、小道具、監督は偉い。もしかしたら福山雅治アイデアかもしれないが、このシーンだけで湯川の性格や石神に対する想いなど伝わってくるではないか。

映画ってホントにおもしろいもんですねぇ。

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2008-10-13

[]GReeeeNの『愛唄』に物申す 11:18 GReeeeNの『愛唄』に物申すを含むブックマーク

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KELUN(当時UTARI名義)の名曲『シュナ』

「オレンジのライトが霧雨の中で凍えた二人を包む」という出だし一発のフレーズが秀逸。この場合のオレンジのライトは車のヘッドランプか?違う、夕焼けの色だ。なぜならば、Cメロで「夜が街を包んで 涙が星に変わる」と歌ってるからである。

『シュナ』は、雨が降り続いてる日、夕暮れから夜にかけて、部屋の中に二人で居るという歌。歌の中に出てくるのは男目線の優しさや感情。情報はそれしかないが、個人的な解釈をすると、この歌の中にあるものは、

女は別れようとしていて、女から別れ話を切り出したんだけど、それに耐えきれなくなって泣いてしまって、本当は男も泣きたいのだけれど、それを我慢して女の涙を男が拭っているという感じだ。「二人の張り裂けそうな心」と出てくるからそうだと思うが、「今はこのまま時よ止まってほしい」というのは、別れたくないとかそういう感情じゃないかと。サビで「君の痛みを分けておくれよ」と歌うが、これは別れたくない一心で男が言ってる精一杯の切り札というか(笑)

アルペジオからディストーションの効いたエモーショナルな音。アレンジからメロまで素晴らしいと思うが、歌詞も含めて、とにかく1曲の完成度が高い。

ただ、このブログを読んでる人でKELUNを知ってる人。そして『シュナ』を知ってる人はどれくらい居るだろうか?

今日はそんな話。

最近、GReeeeNの『愛唄』を聞いている。私はカラオケでキーが高い歌を歌って気持ちよくなりたい人なので、声が高いと言えばGReeeeNになるから、iPodに入れて聞いてるのだけど、

どうも、頭の中に入って行かないというか、覚えられないというか、

これすげぇ有名な曲で、恐らく、若い人だったら誰もが知ってる曲だろう。タイトルを知らなくても、口ずさめば、GReeeeNだ!というはずだ。

ただね、、、、、、

この歌さ、そこまで、言うほど良い曲じゃないよね?

いや、全然聞くよ。聞きますけど、手放しで絶賛するほどでもないでしょ。いや、これホントに。よーく、冷静に考えてみてよ。もちろん平均点高いし、極上のサウンドだと思うし、でも、言うほど突き抜けてないというか、あえて平均点狙ってますみたいな?いわゆる、R-15とかじゃなくて、誰もが楽しめるように作ってあるというか、

「愛してるだなんてクサいけどね だけどこの言葉以外伝える事が出来ない」って言いながら、「ただありがとうじゃ伝えきれない」って歌詞の整合性がないし、もう、何かを伝えるんだ!っていう意志がまったく感じられない。

今日の昼、ヒラシタの家でラジオ収録して、その時にも1時間近くその事を喋ったんだけど、その時に、二人でホントに偶然なんだけど、出て来たのが、

サザンの『TSUNAMI』ってあんなにメガヒットする歌か?

ぶっちゃけ『TSUNAMI』は良い曲だと思う。歌詞も桑田圭祐って感じだし、かんなりレベル高いし、サザンの中でもトップクラスの名曲なんだけどさ、

希望の轍』とか『旅姿六人衆』の方が良い曲じゃないかい?

ランキング作ったら『TSUNAMI』って17位とか、いっても11位とかだと思うんだけどなぁ。でも『旅姿六人衆』ってサザン好きを公言してる安部兄やんも知らなかったんだよね。いや、だからってオレもサザンをそこまで知ってるかといわれると、ぜんぜん知らないんだけど、

レミオロメンの『粉雪』も、ORANGE RANGEの『花』も、Aqua Timezの『決意の朝に』もいうほど良い曲じゃないというか、流れてくる分にはいいけど、買ってまで聞かないというか、

っていうか、音楽って高いよね。ぶっちゃけ、映画も1800円ってあり得ないけど、CDもさ、3000円って高すぎだと思うよ。んで、その3000円に見合うアルバムって今出てないでしょ。

はっきり言って、音楽が無いと生きて行けないってのはちゃんちゃらおかしい話で、無くなったら困るが、そこまで正座して、ぴしっとして聞くもんじゃない。モッズ達のように、ロックンロールをかけて、暴れ回るとか、通勤の途中とか、酒飲みながらとか、そういう、生活に添えてあるものでしょ。だからその曲に人生救われたっていうのはあり得なくて、自分が経験した事とシンクロするとか、その人の思想が分かるくらいのものだというか、

音楽を守りたい」ってCMありましたけど、そんなCMは殺意すら覚えるっていうか、音楽を守りたいならば、もっと音楽を安くしろって言いたいですよ。

違法にダウンロード出来てしまうのは、今の音楽がそういうものだからでしょ。例えば、ラーメン一杯1000円以上だと高いって思うくせに、なぜアルバム1枚3000円が高いと思わないんだろうか。iPodの普及でCDが売れないって言ってるけど、違うよ、音楽クオリティが下がってるのに、値段がそのまんまだからだよ、音楽に高い金を払う価値が無くなって来たんだよ。それは紅白のメンバーやレコ大の権威低下にもかかわってると思う。

奥田民生が『サウンド・オブ・ミュージック』で歌ってたもん。「たやすく手に入るぜ たとえばそのラジオで」って、音質だとか関係なく、良い音楽はやっぱり良いし、それは高い金を払わなくても、その辺にあるもんなんだよ。その歌の通り「なくなったら困るぜ」なのだが、生きてくうえで必要ないものなんだから、庶民の娯楽として、もっと手に入りやすいもんじゃないと困る。

まぁ、日本にはレンタルという制度があるからいいけど。

話を戻そう。ストレイテナーエルレが売れてるのに、なぜ藍坊主KELUNがもっと売れないのか?

アンダーグラフの『ツバサ』は本当に良い曲だと思うし、確かに売れたけど、これはもっともっと売れても良い曲だと思う。それくらいのレベルに達してる曲だと思う。サビの転調とコード進行ジョン・レノンでも思いつかないくらいのトリッキーなもので、

この一曲で、彼らは天才だと分かるんだけど、それが伝わるとかその前にもっと、もっと売れるべきなんだよなぁ。

メガヒットになったシャ乱Qの『ズルイ女』だけど、ホントにそこまで良い曲だろうか?

これはあくまでホントにホントに個人的な意見なので、聞き流してくれてかまわないが、GReeeeNを知ってる人は多数居るけど、KELUNを知ってる人は少ないし、エルレガーデンが活動休止するとトピックが立つほどビッグニュースになるけど、P2Hが解散しても、オレなんて解散した事すら知らなかったくらいニュースにはならない。ましてやP2Hの児嶋亮介が新しいUTARIというバンドを組んで、それが改名してKELUNになった事など、まったく知らなかった。

今、売れてるとされる曲よりも良い曲はいくらでもあるし、「ここまで売れる曲ではないよなぁ」という曲も山ほどある。これはオレの勝手な意見なのだけれど、なぜこれが売れるんだ!?と嘆いたところで、日本ロックシーンは何も変わらないんだろう。今までもこれからも。

愛唄(あいうた)

愛唄(あいうた)

Astral Lamp

Astral Lamp

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2008-10-12

[]蒸発父さん-詐欺師のオヤジをさがしています 02:57 蒸発父さん-詐欺師のオヤジをさがしていますを含むブックマーク

蒸発父さん-詐欺師のオヤジをさがしています

蒸発父さん-詐欺師のオヤジをさがしています

9月9日。僕は仕事場の同僚である男の家に行き、小規模の酒盛りをしながら、いつものようにバカな話に華を咲かせていた。ビールを1本とチューハイを2本ほど空けたが、既に酩酊状態にあり、箸が転んでもゲラゲラ笑うという、おっぱいの話しかしない中学生の放課後のような気分で話し続けた。

話も一段落したころ、酩酊した頭にて、携帯電話をいじくり、携帯からミクシィを開いてみたら、マイミク申請があった。

実は私にマイミク申請してくる人というのは少ない。いわゆる人数増やしたいです的な人や、怪しいネットビジネスしてます的な人や、セックスフレンド募集中という人などは何故か申請してこない。そういう足跡もまったくない。さらに自分からマイミク申請をするという事もほぼなくなってしまったので、マイミク申請が来て、さらにそのメッセージが『ブログ読んでます』というようなものだと嬉しいのでOKしてしまう。

今回のマイミク申請も同じように、「映画評大変興味深く拝見致しました。よろしければマイミクに」とメッセージが来た。その時は携帯からだったし、酩酊状態にあったので、どこの誰というのもよくわからないまま、もしかしたら、文章だけでは「冷たいかな?」という印象を持たせてしまったかもしれないまま、返信をし、マイミクをOKした。

翌日、その人から、メッセージが帰って来た。僕はその人のトップページを見たのだが、基本的に人のトップページを細かく見ない僕はその人がどういう人かも調べず、日記を読んだりした。どうもその人は出版社関係の人らしい。「らしい」という時点で失礼なのだが。

僕がミクシィを辞めない理由は、思わぬ職種の人とコミュニケーションがとれるところにある。それは自分にとって非常に楽しく、ネットでしかありえないコミュニケーションだし、それ故にまったく知りもしないで失礼しまくりなところもあるわけだが、僕はそういう素性を知らない状態でいろんな人と意見交換したり、時にはガチでやり合ったりもする。

どうもミクシィにメッセージをくれた方はある本の出版にかかわってるらしく、日記もそれ関連のものだった。

時を経て、マイミクのぱてんさんが、“秋ですもの!本読んどかないと。”というタイトルで日記を書いた。内容はこうである。


というわけで,

いよいよ明日10/3(金)リリース!

『蒸発父さん-詐欺師のオヤジをさがしています』

どんなお話かって言うと,,

映画学校の卒業制作の題材にと、26年間生まれてこのかた会ったこともなく、詳しい事情を聞いたこともなかった親父の話を、

母親にはじめて問い糺したところ、判明したオドロキの事実。

お袋(ミス長崎にもなった評判の美人)二十歳のときに、共同通信の記者に一目ぼれされ結婚。長男(俺の兄)をもうけるも、夫は記者を辞めてはじめた事業が失敗し失踪。お袋はキャバレーに勤めて子どもをやしなう。キャバレーに勤めていた時期に、常連客がつれてきた「親父」と知りあう。兄とともに実家に身を寄せていたお袋のものに、「親父」がころがりこんできて、俺が生まれる。

お袋と俺を残して親父は単身東京へ職探しに。職に就いたという親父をたよって 母子で上京するも、どうも様子がおかしい。ある夜親父に「出て行こうと考えているなら殺す」と包丁でおどされたお袋は、これはヤバいと感じ、親父から逃げ実家に戻る。その後警察から、親父を結婚詐欺の容疑で追っている旨の連絡。お袋もまた被害者の一人だとの見解を警察は示したきり、

親父がどうなったかは知らされることはなかった。

家族は親父のことを忘れようと考え、息子の俺にもそのことは伏せておくことにした。

親父はいまどこでなにをしている?急遽結成された「親父さがしロードムービー」撮影隊による、詐欺師の親父の足跡をたどる珍道中を描くドキュメンタリー・ドラマ。

デカ、ヤクザ、親父と同業の小悪党らとのやりとりから、親父の被害者たる異母姉弟たちと出会う泣けるエンディングまで、一気に読ませるおもしろさ。

実話デスよ!!実話!!

実話でリアルに蒸発父さんスよ!!

皆さん,どうしますか?!

これを読まずに何を読みますか!ってんだ!!

日記を読んだ僕は率直にお、おもしろそう!!!!という感想を持った。そういえば、僕が本を読んだのはハインラインの『夏への扉』が最後だったなぁ、などと思い返しつつ、秋なんだから、読書の1つでもしておかないと、という妙な義務感にかられるのと同時に、『蒸発父さん』という本への興味は常に頭の片隅にあった。

そして、日々更新される日記を照らし合わせてみると、友人の家に居る時にマイミク申請してくれた人の内容と類似していて、ぱてんさんの日記にもその人のコメントなどがある。恐らくその人が関わってる本と同じようだ。『蒸発父さん』の作者は岸川真さん。んで、マイミク申請してくださった人も岸川さんという。

おや?もしや???

そう、この時に気づいたのだが、マイミク申請してくださったその人こそ『蒸発父さん』の作者である岸川真さんだったのだ。僕は、この妙な縁と、妙なタイミングに惹かれ、『蒸発父さん』をAmazonで注文する事にした。

僕はあまり本を読んでる方ではないと思う。好きな作家もかなり限られるうえに、海外文学はほとんど読んでないという体たらく。でも、そんな本をあまり読んでなくても、どういう本が自分にとって好きかという事はわかる。自分にとって、おもしろい本とは。

ツカミがおもしろい。

文章にスピード感がある。

小難しい言い回しや、ややこしい比喩などがない。

この3点にしぼられる。純文学であっても、村上春樹のように複雑な言葉の使い方をしていなければ好きになる。

『蒸発父さん』はこの3点すべてをクリアしている。単純にとにかくおもしろい。それだけでなく。ハッキリ言える事は、僕は岸川真さんの文章が好きだ。自分の身を削って、難しい言い回しを使用せず、ストレートにスピードと勢いで勝負してる気がする。まだチャプター3までしか読んでないが、これから先が非常に楽しみな作品だ。映画化も絶対になりそうな内容なのだ。

というわけで、本屋『蒸発父さん-詐欺師のオヤジをさがしています』

を見かけたら、

即レジへGO!!!!

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2008-10-11

[][]諦めないからいつかきっと何かを掴むんだ 11:06 諦めないからいつかきっと何かを掴むんだを含むブックマーク

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KELUNの新曲『Chu-bura』ちゅうぶらりんという意味です。ハッキリ言って傑作と思わないけど、いい歌です。正直「ちゅうぶらりん」という言葉がすごくいいから、もっともっと突き詰められた気はしますが、ちまたに溢れてる曲よりはぜんぜんいいです。今日はそんな話。

妹がいきなり、「FUNKY MONKEY BABYSアルバムある?」と聞いて来たので、「1枚あるよ」と答えたらば、「それ貸して」と言われたので、「好きなん?」と聞いたら、

全部同じ曲に聞こえて、あんな歌詞が薄っぺらいヤツら好きなわけない。

という、さすがオレの妹と言うべき答えが返って来て安心した。

特にオレの妹は『告白』って曲が無茶苦茶嫌いらしい。「なんか純粋な想いを歌ってるように見せかけて、顔もスタイルもすごくタイプって言ってんだよ、けっきょくそこかよ!」という感想を言っていた。あいかわらずナイスなヤツだ。

まぁ、オレは基本的に、FUNKY MONKEY BABYSがよくわからないのであまり偉そうな事は言えないというか、言わない。

でも彼らの歌で「諦めないから何かを掴むんだ」みたいな歌あったじゃん?いや、彼らに限らず、そういう歌が妙に多い気がする。いわゆる応援歌的なヤツ。

オレ、ああいうのダメなんだよね。

だって、お前らは何か掴んでるじゃん。夢的なもんをさ。

別に間違ってるとかじゃないよ。オレはダメだって話だから。そこ勘違いしないように。

BUMP OF CHICKENがさ「隣人は立派 将来有望 才能人 そんなヤツがさぁ 頑張れってさぁ」って歌ったのは偉いよ。アレがたいがいの人の本音だと思う。お前らに言われたくないよみたいな。Mr.Childrenも「誰のマネもすんな君は君でいい」って歌ってるけど、そうだよ、君は君でいい。夢掴まなくても、挫折しても、壁が高くても、どんな道だったとしても未来へ向かっていけばいいんだ。

「何かを掴むんだ」って何を?って話だし、掴むんだって、言われても、じゃあ、夢を持って、それを掴みにいかなきゃいけないのか?って事になるじゃん。「今それがやりたい事なの?」ってお前らには言われたくない。それが分からなくてさまよってる人も大勢居るはずだから。夢無くて、KELUNの『Chu-bura』みたいに、それこそ"ちゅうぶらりん"に生きてる人だってたくさんたくさん居る。もちろんそれと同じように夢を掴む為に頑張ってる人だって山ほど居るんだが、いや、そういう人はそんな事言われる前に、無茶苦茶努力してるだろうし、ありふれた人生を送る事が幸せという考え方もあるし。世の中そんなきれいごとばっかじゃないし。

Mr.Childrenも「救いの歌は聞こえちゃこないさ」って歌ってるもん。そっちが現実だもん。

オレが言いたいのは、そういう潔い事を言うのも大切だ。というか、オレが嫌いというだけで、むしろ、オレは嫌いなもんの方が多いから、オレの言う事なんて正しくもなんともないんだ。

でもそういう曲も良いけど、それよりも、さらにもっともっと良い歌はたくさんあるという事だ。アジカンの後藤曰く「若い連中はライブとかにこないけど、でも若い連中がロックを聴くんですよね」って言ってたもん。

なかなか、ゴミみたいな音楽が売れて、それに埋もれてしまってるから、そこから良い音楽を見つけるには、いろいろ聴きまくるしか無いんだけど、たまに若い人がまっとうな音楽を聴いてると安心してしまうんだなぁ。

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2008-10-10

[][][]復讐するは我にあり 16:03 復讐するは我にありを含むブックマーク

復讐するは我にあり [DVD]

復讐するは我にあり [DVD]

9時に起きて麻婆豆腐を喰らい、DVDで『復讐するは我にあり』を鑑賞。弁護士大学教授と偽って、5人を殺害し、80万円をだまし取った実際の殺人犯西口彰の逃亡劇をモデルにした小説の映像化。今村昌平と緒形拳の代表作にして、日本映画史に残る傑作中の傑作である。

復讐するは我にあり』は父を信じ、神を信じたクリスチャンである榎津巌が、両方に絶望する。軍の為に船を差し出せと命じられた父は、最初は断固拒否するものの、お国のためにという言葉を言わせられ、最終的に船を差し出してしまう。神よりも軍人が偉いのならば、それを信じてる父やオレはなんなんだ?と、人や神など、何もかも信じられなくなった榎津巌。劇中で榎津巌の妻が言う。「絶望は一番の罪」

神に、そして父に絶望した男。絶望する事さえも罪になるならば、一体何を信じればいい?

根津巌は神に逆らうように人を殺し、騙し、女を喰い物にする。彼の殺人には動機がない。恨みもない人を殺して金品を奪う。

それはまるで神はこの世には居ないという事を誇示するかのようだ。神の存在を信じつつ、心のどこかでは神の不在を感じ、自分の事を裁いてくれと願いつつ、神に裁かれない事を分かっている榎津巌。彼が逮捕されるシーンから始まるこの映画だが、まるで自分が死刑になる事を恐れてないような態度で刑事と話す。それはまるで、オレは神に復讐される前に人に裁かれて死ぬ。ほら、神はオレの事を裁かなかったじゃないかと言わんばかりの態度だ。

復讐するは我にあり』という言葉は新約聖書に登場する。

愛する者よ、自ら復讐するな、ただ神の怒りに任せまつれ。

録(しる)して『主いい給う。復讐するは我にあり、我これを報いん』

という言葉である。

悪に対して悪で報いてはならない。悪を行なった者に対する復讐は神がおこなう

という意味があるらしい。というか、コピペなのだけれど。

榎津巌は悪だろう。しかも恨みや妬みなどない、殺人を犯す、純粋な悪だ。彼は人を殺す事などなんとも思ってない。さらに彼が殺した人の中には過去に殺人を犯したものまでいる。そんな被害者だって、罪の無い人じゃない。やはり悪なのだ。

人が人を殺すとき、そこには必ず恨みや妬みなど理由がある。いわゆる動機と呼ばれるものだ。ところが、倫理感や道徳のかけらもない殺人が行われたとき、マスコミは必ず“加害者が抱える心の闇”という言葉を使い、その犯行が行われた理由を突き詰める。そこに理由が無かったとしても。

悪に対して悪で報いてはならない。悪を行った者に対する復讐は神がおこなう。

榎津巌は死刑になる。だが、これは神の復讐じゃない。法律の名の下に彼は死んだだけだ。

榎津巌には妻がいる。一度刑務所に入り別れたのだが、獄中に居る間、巌の父が戻って来てくれと懇願し、彼女は巌の父が経営する温泉旅館に戻ってくる。だが、戻って来た理由は巌でなく、義理の父の為、、、そう、彼女は義理の父を愛してしまうのである。巌と結婚しておきながら、、、、

巌は父にも妻にも裏切られ、一番憎んでいたはずの2人を何故か殺さない。自分にとって殺すに値する人間(映画の後半にも出てくるのだが)は殺さず、彼は理由なき犯行を続ける。つまりそれが父に対する彼の復讐であり、それが神に対する挑戦なのだ(と、思う)

今村昌平はまるで狂気を全身に帯びたように映画を演出する。実際に殺人が行われた場所で殺人シーンを撮ったり、駅をまるまる横浜に作り替えて、電車の中から駅を出るまでワンカットで撮ったり、ある意味で凝っている。

役者はその演出に応えるように極限の演技を披露する。やはり緒形拳はホントにホントに素晴らしいのだが、三国連太郎倍賞美津子など、キャスト全員が、ヒース・レジャー松田優作級の演技をする。

こうやって観ると緒形拳が亡くなったというのが未だに信じられないのだが、『復讐するは我にあり』って好きだなぁ。

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2008-10-08

[]ジャージの二人 18:50 ジャージの二人を含むブックマーク

f:id:katokitiz:20081102185011j:image

10時に『ジャージの二人』鑑賞。私の職場の連中は口を揃えていまいちと言ってたが、

いやぁ、すげぇいいよ!これは現代に生きる人が絶対に観るべきだと思う。

アヒルと鴨のコインロッカー』を観た時も思ったけど、中村義洋監督は絶対にジャームッシュが好きだと思う。『アヒルと鴨のコインロッカー』には『ダウン・バイ・ロー』っぽさがあったけど、『ジャージの二人』には『ストレンジャー・ザン・パラダイス』がある。主人公達がジャージというのも『ブロークン・フラワーズ』に影響されたのかもしれない。というよりは原作から得たインスピレーションが結びついたのか…

昨今、『どうぶつの森』がヒットしたり、スローライフという言葉が流行ったりしているが、『ジャージの二人』にはそのスローライフの中で他者とのつき合い方と人間同士の繋がりについて提示する。

ジャージの二人』の中で、こんな台詞がある。兄妹らしい歳の離れた二人が会話するシーンだ。

兄『お父さんとお母さん仲良くやってるの?』

妹『知らない』

兄『一緒に住んでるんだろ?』

妹『一緒に住んでたって分からないよ』

兄『オレだって、離れてるんだから余計わからないよ』

細部は違ったかもしれないが、『ジャージの二人』が言いたい事はこの台詞の中に込められている。

だって、よく考えると、オレ、親父達の事とか友達の事なんもわかってないもん。

1回、友人のおかんに、

「あんたんとこのお母さんホントにおもしろいよねぇ、私大好きらわぁ」

と言われた事があるが、オレはおかんの事はちっともおもしろいと思った事ないので、おかんって家じゃああだけど、外じゃ違うんかな?とか考えた事がある。それはおかんもオレに対して同じ事思ってるだろう。

親父が会社でどういう立ち振る舞いしてるとか、過去に何があったとか、全然分からない。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』でも出て来たが、過去にお父さんが殺し屋だった可能性だって否定出来ない。ヤクザやってたかもしれないし、実はムショに居た事があるかもしれない。

最近『迷子の警察音楽隊』という映画でもこういうテーマはでてきたが、家族とか、血がつながってるとか、何十年一緒に居たとしても、

やっぱり人間って絶対に分かり合えない生き物なんだと思う。

んで、人間って絶対に一人じゃ生きられないけど、死ぬまで孤独というか、他人とは分かり合えないまま、虫けらのように死んで行く生き物なんだなと。

これは私だけの考えじゃなくて、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの『ノーネーム』とか、ZAZEN BOYSの『半透明少女関係』でも歌われて来た事だ。前者が言いたかった事は、人が繋がり合うという事は、星座のように、点と点が結び合って、線が出来て、それがたくさん出来て、1つの形になるけど、星座には名前があるのに、人と人とのそれには名前がない。という、結局つながっても名前すら付かない。歌の最後に「名前をくれよ」と出てくるが、これはアジカン後藤の本音だと思う。

後者では、もっとハッキリ出てくる「オレと貴様は関係ない」でも「関係持ちたい」と。その他者との関係性はハッキリ見えないものだけど、だからといって、無いわけじゃない。だから透明じゃなくて、半透明なんだと。アジカン後藤は星座に例え、向井秀徳は半透明という言葉で歌う。

Mr.Childrenも『名もなき詩』で「どれほど分かり合える同士でも 孤独な夜はやってくるんだよ」って言ってるし。

ジャージの二人』はジャームッシュ映画のように、立ち入った関係を持たなければ、そこにある空間を楽しく過ごそうとするだけの付き合いがあり、それは家族であっても、夫婦であっても根本は同じ。ジャームッシュ映画の主人公達は一見親友に見えて、些細な事で関係が壊れる。それは女だったりするんだけど、

人間同士が持つ繋がりって実は緩くて、ホントに些細な一瞬で全部壊れる。

裏切りとか、妬みとか、欲とか、そんな事で、

彼らの家にトウヤマさんという人が訪ねてくるが、彼女がそれを象徴していて、

トウヤマさんは絶対に主人公達の家に入ろうとしない

そう、昔から知ってるし、付き合いは長いけど、家にあがりこむまでの関係は持ってないのだ。人と人とがつながる関係というのは不思議なものである。

他にそれを分かりやすくしてるのは携帯電話だ。『ジャージの二人』は避暑地で夏休みをすごす親子の話だが、携帯がつながらない場所に別荘があって、それがホントに象徴してるというか、携帯がつながらなかったら、誰ともつながってない感じになるじゃないっすか。「連絡とれないや」で終わるでしょう。心配するかもしれないけど、家にまで行かないもん。

っていうか、携帯だけでつながってる人は家も知らないし。

んで、映画の中である場所に行くと、携帯がつながるっていうシーンがあるんだけど、そこがかなり遠くて、わざわざそこに行って、携帯の電波を探すんだけど、そこで分かるのが、ほんとに重要な人だったら、やっぱりそこまで行って連絡するんだよね。映画の中ではそれは重要な人物との連絡なんだけど、それは別に誰であれ、連絡録りたければ面倒でもいくもん。

だからネットだけでつながってる人も携帯だけでつながってる人もいるけど、やっぱり人間って分かり合えないだろうし、顔もしらないコニュミケーションがあるけど、

それでも繋がらないよりはいいじゃねぇか!

ジャージの二人』には説明がいっさい無い。だからさっきも「兄妹らしい」と書いた。まず主人公達がどういう家族なのかまったく分からない。夏の間何しに行ってるのかも分からないし、いったい、この人たちは何者なんだろう?というのが連発される。

でも、ホントにそうだもん。実はみんな家族の事、全部知らないでしょ。そういう事なんだよ。多分、監督も分かってないと思うよ、あのキャラ達の事。親父がジャージにこだわりがあるとか、毎日ファミコンしてるとか、よくわからないもん。

だからよくわからない事が、映画の肝というか、自分が体験してる何かで、『ジャージの二人』はそういった意味でよく出来た映画だと思う。傑作とは呼べないがいい映画。というか、これを「緩い」とか「何も起こらなすぎ」って言うのは間違った感想じゃないかなぁ。

演出がおもしろくて、ジャージを着るシーンとかわざわざスローにして、ガイ・リッチーの『ロックストック〜』みたいな音楽かけて、これから仕事だ!みたいな感じにしたり、スーパーにジャージで行く時もタランティーノの『レザボア』のようにストップモーションにして音楽かっこ良くしたり、分かってるねぇ!みたいなギャグが小気味いい。

あと筆写体を軸に回り込むようなカメラワークを得意とするが、それも出て来て、1枚の絵としてもおもしろいシーンが連発されてて、絵としてもおもしろかった。

続けて『ひゃくはち』鑑賞。野球部の補欠を主人公にした映画

井筒和幸監督が本来映画ってのは隅っこで虐げられてるヤツにスポットを当てるもんなんや!って言ってて、それはホントにその通りだよ!って思ったが、まさにそんな感じで、

スラムダンク芸人の時に、アンガールズの山根が小暮のキャラを説明する時に、

「みんなこの人に感情移入してたと思うんすよ、だって、生きてる人のほとんどが、レギュラーじゃなくて、補欠なんですから」

と言ってたが、いや、ホントにその通りで、

いやぁ、それ以外に説明出来ないが、『ひゃくはち』観て号泣しました!

破綻してる部分もあるし、一本筋の通ったプロットじゃないから散漫な印象も受けるが、レギュラーになれないのに練習に打ち込む主人公達は、、、

ROOKIES』よりも輝いてたぜ!

という事で、2本観たけど、今日はさらにレイトショーの『容疑者Xの献身』を観ようと思います。

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2008-10-07

[]ZAZEN BOYS4 11:18 ZAZEN BOYS4を含むブックマーク

ZAZEN BOYSのニューアルバム『ZAZEN BOYS 4』をがっつしと聞き込む。結構聴いてから記事を書こうと思っていたが、音的にも楽曲クオリティとっても、文句なしの最高傑作と言っていいだろうなぁ。つーか、これ作ったら、次ホントにどうなっちゃうの?感じだし、ここまでバンドが急激に進化し続けると怖いよ、階段3段飛ばしくらいで駆け上がって来てる、ロックの高みまで。

1枚目は自身のスタジオで録って向井秀徳自身がミックスして出したんだけど、妙に音が悪いというか、やっぱり限界があって、それで2枚目、3枚目はちゃんとしたスタジオで録るようになって、んで4枚目にして、NUMBERGIRL時代のプロデューサーであるデイヴ・フリードマンに依頼すると、アメリカレコーディングだし、自分でレーベルも運営してるから、金ないかと思ったけど、そうか、ZAZEN BOYSアメリカレコーディングが出来るようになったか。よかった。よかった。

ZAZEN BOYS 4』は全9曲、前回よりもキャッチーな分かりやすい曲は減ったものの『Pink Heart』だとか『Lemon Heart』みたいな明らかな捨て曲は無くなり、ぐっと、いい曲だけを集め、その曲数には潔ささえ感じるし、目標にしているレッドツェッペリンに法って、4枚目は9曲で行くというような事も感じられる。(ZAZEN BOYSは目標にしているレッドツェッペリンと同じようにアルバム名をバンド名が同じで、さらに2枚目からは、2、3と名付けており、レッドツェッペリンの4枚目は無題だが、通称4と呼ばれており、ZAZEN BOYSの4枚目と同じように9曲入りである。)

ZAZEN BOYSになってから向井秀徳のボーカルが全面に出始め、言葉そのものをがつんと聞き手にぶつけるようになってきたんだけど、今回はよりもっと全面に出て来てるというか、シンセを使った曲以外はダブっぽいミックスをスパイス程度にして、もっとエッジが効いてるサウンドになり、音のクオリティは郡を抜いて良い。NUMBERGIRL時代だとギターの曲でも、もっともっとダブっぽい感じだったのだけれど、そこでZAZEN BOYSとの違いを明確にさせる。

変化で言うと一番はギターの音でテレキャスターなのは変わらないのだけれど、ジャキーンっていう音から、もっと柔らかい歪みの方にシフトしていて、カッティングを多様する曲が増えたからなのか、ギターの音がすごくファンキーになっている。

私は『ZAZEN BOYS 3』の時のメンツが一番好きで、町田のヤンキーこと日向っちが抜けてしまったのは痛い。ところが、新しいベースは音がボンボンいう感じで、ちょっと専門的な事は分からないのだけど、ベンベンベケベケからボンボンという音になったというか、音がもっと丸くなったというか、そりゃ弾いてるヤツが違うんだから音が違って当然なんだけど、もっとブーストが効いてるというか、そういう専門用語分かんないから、ホントにあれなんだけど、またその音がいいんだよね。ドラムがアヒトイナザワから柔道二段松下に変わったのは大正解で、だからこそ『Riff man』とか『usodarake』のテイク2とか出来たりしたんだろうし。とにもかくにもリズム隊の面で日向っちが抜けた穴は問題ないように思える。でもオレ日向っちのパワフルなステージングが好きだったんだよなぁ、、、、

シンセリフと打ち込みメインの『Asobi』というイントロダクションから『Honnoji』『Weekend』『Idiot Funk』『Memories』『Fureai』『Taratine』という6曲の完成度が高すぎて、聴いてる側から、こんなにクオリティの高い曲をこんなに並べていいのか?という感じ。

オアシスでいうところの『モーニンググローリー』レベル。『The Drifting / I Don't Wanna Be With You』というタイトルに変わったシングル曲は、なんと10分以上の大作になり、アレンジもがらっと変わっている。『Asobi』と同じようなシンセメインの『Sabaku』で締めくくるなど、アルバム1枚の流れとしても完璧。しかも『sabaku』はZAZEN BOYSには珍しい歌メロの曲である。

あ、言ってなかった、ZAZEN BOYSメロディが存在しないバンドなので、歌が入ってる曲っていうのはホントに珍しいのである。

私は元々熱狂的なナンバーガール信者だったので、ZAZEN BOYSは今ひとつ入って行けなかった感があり、それで『2』も買ってなかった体たらくだが、『Himitsu Girl's Top Secret』という曲のかっこよさにしびれて、シングルを買い、アルバムを聴き、今ではナンバーガールよりもZAZEN BOYSの方が好きだ。むしろ、ZAZEN BOYS日本でもトップクラスのバンドである事は私が言うまでもないだろう。

とりあえずZAZEN BOYSを知らない方はこの曲からどうぞ。『Himitsu Girl's Top Secret』↓

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向井秀徳本人は

エキセントリック・エイトビート&7/4ビート&5/4ビート&16ビート・ツェッペリン・ロックグループ"ZAZEN BOYS"のニュー・ダンス・ミュージック

と名付けてるが、聴けばそれも頷ける最高峰ロックミュージック。

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ニューアルバムから『Weekend』

あとZAZEN BOYSがすごいのは、これだけ複雑なブレイク変拍子を使ってるのに、レコーディングはオーバーダビングなしの一発録り。どういう事かというと、マイクに向かって、メンバーが、いっせーのせ!で録る。まぁスタジオでライブするみたいなもんだ。だから、ライブでもCDと同じクオリティ、もしくはそれ以上、さらにライブによって、曲が進化していくので、ライブそのものがもはや大道芸みたいな、職人技になってしまっている。

そのいい例がこちら↓

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ZAZEN BOYS音楽性は、バンドのグルーヴ感を全面に押し出すという事を突き詰めたものである。その為に、メロディは一切不要。だが、向井秀徳には言いたい事があるので、そこに言葉を羅列するようになった。この音楽性は最初聴いた時に、拒絶反応を起こしそうになるが、初めて聴いて、その音楽性の意味が分かる人は実は少なくて、私も全然最初は何がやりたかったのかわからなかったが、ZAZEN BOYSがどういう事をやろうとしてるのかというのを、バックボーンを知らずに聴いただけで当てたヤツは私の周りでは、カナデフウビの翔と、あと、オフ会に行く時にお世話になってるいとこだけだったりするので、この2人の音楽的なセンスは信じざるを得ないなぁ、と思ってるんだが、まぁZAZEN BOYSロックっちゅーのは絶対に売れるわけないんで、ZAZEN BOYSが好きだって人を地道に探すとしようか。

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2008-10-06

[]加勢大周逮捕 11:29 加勢大周逮捕を含むブックマーク

加勢大周が逮捕されましたねぇ


なんか「自分の弱さから手を出してしまった」って、やったばっかりでっすって感じですが、


これ見てよ!


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栽培してますよ!



これ…





ある意味でプロだろ!

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2008-10-02

[]パリ、恋人たちの2日間 18:39 パリ、恋人たちの2日間を含むブックマーク

パリ、恋人たちの2日間 [DVD]

パリ、恋人たちの2日間 [DVD]

10時に起きて『パリ、恋人たちの2日間』鑑賞。もうすぐDVDが出るのに、今頃の公開。新潟恐るべし。その前の日は0時まで働いたのに、なんで、朝一で映画観るかって、、、、それは、、、、、

映画を観るのが死ぬほど好きだからさ!

んで、死ぬほど映画を観るのが好きなんだが、それは金のかかってない豊かな映画を観た時に余計に思う。『パリ、恋人たちの2日間』を観ると、ホントに映画を観る事が幸せだと思えるし、こういう映画がこれからもどんどん出来てほしいなぁって思える。『JUNO』とか『迷子の警察音楽隊』もそうだけど、映画にしか出来ない表現、映画だからこそ感動が深いという題材、映画しか持ち得ないカタルシス。それは戦闘機が出て来て、ドーンとかそういうのではなく、もっと繊細な映画で発揮されるもんだが、感情の移り変わりとかを表情だけで写したりするのはやっぱりこういう映画ならではだよなぁ。

カラックスの『汚れた血』でお人形さんのような容姿で登場したジュリー・デルビーだが、にゃんと!知らぬ間に映画なんぞを撮っていたのだね!

パリ、恋人たちの2日間』はパリ出身で写真家をやってる女とインテリアデザイナーをやってる男が、彼女の実家に旅行ついでに帰ろうとするところから始まる。つき合って2年になる35歳のカップルだが、彼女は2年間も人と付き合った事がないという、これは奇跡らしい。英語が通じず、慣れない街でストレスが溜まる彼氏、彼女の母親は元ヒッピーでフリーセックスを楽しんだ人、さらに彼女の父親は裸の男女やセックス関係を絵にしている芸術家、そんな家族と一晩過ごした後、彼女の友人と言う男たちに立て続けに会う彼氏、友人という男は実は元カレフランスでは一度別れたカップルが友人に戻る事に抵抗はないという(映画の中の話)カルチャーショックを感じた彼氏だったが、セックスに寛容な家族で育った彼女に対し、ある不信感が…

ストーリー自体は倦怠期カップルのゴタゴタ。ところが、これを知的でエッチというセンスいい会話と、生々しいカメラで切り取った恋愛映画の佳作。ジュリーデルビーはウディアレンよろしくのスタイルでさらにアダムゴールドバーグもアレンばりの神経症で登場。写真のスライドショーを使ったり、ジュリーデルピー自身の言葉がそのまんまナレーションになるなど、明らかに『アニー・ホール』の現代版。というか、女性版というのが正しいか。倦怠期のカップルでお互いに妙に頭がよく、会話が知的というのもばっちし当てはまる。パスティーシュとまではいかないけども、かなり似ている。恐らく影響は大だろう。

猫の名前がジャン・リュックだったり、フリッツ・ラングの『M』を劇中で観てたり、『ラスト・タンゴ・イン・パリ』の冒頭と同じシーンで撮るなど、映画ファンへの心配りも忘れていない。

二人のやりとりに爆笑必至だが、スクリーンで笑ってるのオレだけだったぞ!どぎつい会話もあって、正直、下品なのが嫌いな人にはお勧め出来ないが、かなりおもしろい。まさに監督の才能あっての佳作だ!

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2008-10-01

[]ガチャ!キュイーン!『アイアンマン』最高! 18:35 ガチャ!キュイーン!『アイアンマン』最高!を含むブックマーク

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仕事が終わりまして、15時45分の『アイアンマン』鑑賞。

軍事顧問として南ベトナムにやってきた天才武器商人(いわゆる死の商人)のトニースタークが、北ベトナムに拉致され、兵器を作らされるが、そこでパワードスーツを作って脱出し、ベトナムソ連という共産主義を蹴散らすという原作を、アフガン戦争、敵をアルカイダに置き換えて、現代風にした作品が今回の『アイアンマン』だという事はウィキペディアからの引用なんだけど。

“悪”は人間の中にあるもので、“悪”は“敵”ではないという『ダークナイト』そんな“敵”とみなしてる相手をはちゃめちゃなやり方で倒し、世界中からアメリカは嫌われてるという『ハンコック

じゃあ、そんなアメリカはこれからどうすればいいのか?それが『アイアンマン』の中にある。

大量に人が死ぬ兵器を作る事の天才が、新兵器のプレゼンにアフガニスタンに行くのだけれど、アルカイダに拉致されて、新しい兵器を作れと言われるのだが、アイアンマンになれるスーツを作って脱出。

その時に、主人公のトニースタークはアルカイダが自分の作った兵器を使ってる事に衝撃を覚え、自分のやってる事は果たして正しいのか?と自問自答する。

そこでトニースタークの出した答えは…

というのが、映画の肝になっていて、そのせいでアイアンマンは新たな敵と戦う事になる。ここからは映画を観てのお楽しみという感じなんだけど、なんのメタファーもなく、誰にでも分かりやすく、ホントにアメリカがこうすれば世界はちょっと平和になるのかもと思わせる。もちろん、そんな事はあり得ないし、ホントに映画の中だけのお話という感じなのだが、実際に、アフガンソ連戦争になった時にアメリカは大量の武器をアフガンに送り込んでいるので、この映画の中で出てくる事はホントの事なんですねぇ。実際、戦争で金儲けしてる国だし。

さて、映画の方だが、ちょー最高である。主人公は死の商人で女ったらしで金持ちでジョークが次から次に出てくる軽い男。実際にセックスしまくりで、自分の事を責めに来た記者ともセックスをする(セックスというよりもFUCKに近い)こういうタイプの主人公ってよく見かけるパターンだけど、それで死の商人なんだから、無茶苦茶に極悪人というか、いいタイプの主人公じゃない。んで、それが実にいい!しかも演じるのがロバートダウニーJr.いいのか?なんか素に近いんじゃないか??だから秘書役がグウィネスパルトローで納得。セクシーさはないが清純な色気っていうんですかね?

デザインすげぇかっこ悪いけど、それを補って余りあるパワードスーツ装着のシーンがとにかく最高で、ガチャ!キュイーン!ゴゴゴゴ!燃える!音楽もノリノリ、パワードスーツを着てすごいパワーが出るというのは、ぶっちゃけ、、、、ボンクラ中学生のノリなので、やっぱりボンクラ男子にはおすすめ。トランスフォーマー』同様、男の子の夢を叶えますよ。

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