泣かせる隙すら与えない『さよならもいわずに』

このマンガがすごい!2011」で3位になった『さよならもいわずに』を読んだ。

作者の妻が亡くなったときのことをまるまるマンガにしてしまったというすさまじい作品。うつになってしまった妻が回復の兆しを見せた矢先、倒れてそのまま亡くなってしまうというお話。この手のストーリーを作品にする際、うつになってしまった妻との生活を淡々と描き、ラストに感動的に亡くなってしまうという構成が定石なのだろうが、なんとこの作品は冒頭でいきなり奥さんが亡くなってしまう。

緻密に描き込まれた絵にひたすら主人公のモノローグが続いていき、セリフもかなり少ない。正直言ってこれという展開もなく、マンガというよりはエッセイにも近い内容だ。実際Amazonレビューでも「奥さん亡くなってからダラダラ長過ぎ」というのがあったり、このマンガを貸してくれた後輩くんも「マンガっぽくない」という感想を述べていた。

ではこのマンガでは何が描かれるのか?それはずばり大切な人を亡くしてしまった主人公の喪失感と絶望である。というかこのマンガは主人公の一人称でそれしか出て来ない。そして、その絶望はやがて狂気となり、主人公を追いつめていくが、彼は現実と向き合わなければならない。

主人公を襲う延々続く絶望や喪失感を作者はたくみに絵だけで表現していく。基本的に妻を亡くしてしまったことで喋ることすら苦しくなっているという状態なのでセリフは少ないのである。代わりにあるのは「張り裂けそうな胸の痛み」であったり、「どうしようもない切なさ」といった言葉に書いても伝わりにくい感情だが、主人公が作者故、その伝わりにくいものを表現者として見事に絵にして切り取っていく。

奥さんが亡くなってしまうと分かったときは水の中にいるような視界になったり、セリフをわざと塗りつぶしていたり、映画のワンシーンを模してそのまま主人公の気持ちに代弁させたり、コマの枠線が歪んでいたりと、とにかく淡々とした日常の中に飽きさせない工夫が多々見られるのはさすがと言ったところ。

マンガ的表現は多種多様でたくみだが、そこに描かれるリアリティはハンパじゃなく、ホントに作者の生活や日々、感情がストレートに叩き付けられていく。その力たるや読んでて手が震えるほどであった。泣けるという意見も多々見られるが、この作品が真にすごいのは泣かせることすら許してくれない絶望を描いている点だ。言ってみれば泣いて泣いて涙も枯れ果てるくらい泣いた後の感情が続いていくので、実のところ作中ではこちらに泣かせようという隙すら与えてくれないのである。徹頭徹尾暗く、ハードで、重い。そう言った意味では読む人を選んでしまうし、これを読んで同じような思いをした人はまたその時の記憶に引き戻されるかもしれない。

そのあらすじから表現まで絶対に映画化は不可能だが、マンガでしか得られない何かがたくさん詰まった作品だ。本来ならばこちらが一位になってもおかしくないんじゃないかと思うくらい素晴らしい傑作。普段マンガを読まないという方にもおすすめ。あういぇ。

さよならもいわずに (ビームコミックス)

さよならもいわずに (ビームコミックス)