映像化不可能部分とは別に映像化には成功している『イニシエーション・ラブ』

イニシエーション・ラブ』をレンタルDVDで鑑賞。

Mr.Childrenの曲で「ありふれたLove Story」というのがあるが、まさにそれを地でいく超普通の恋愛の話。

87年の静岡が舞台。学生のときに合コンで出会った童貞と処女が付き合うことになるが、社会人になると彼は東京へ転勤になる。静岡と東京間の微妙な遠距離恋愛になってしまい、さらに環境の変化もあってかふたりはやがて破局を迎える……

原作は筒井康隆の『ロートレック荘事件』や綾辻行人の『十角館の殺人*1』と同じく、最後の二行でもって物語の意味がガラッと変わり、もう一回頭から読み直すことで本当のおもしろさが味わえるというもの。別に誰かが死ぬわけでも幽霊が出るというわけでも夢オチでもなく、たかだか二行でもって「超普通の恋愛の物語が普通じゃなくなる」という点がおもしろかった。

とはいえ、いかんせん250ページ以上も普通の恋愛話が続くだけなので、かなり読むのが苦痛であり、この二行があろうが、なかろうが、そもそも小説としていかがなものか?という感想をもったのも事実である。もちろんやや退屈に設定することで細かな部分をスルーしてしまう精神状態になり、ある意味ですべてが計算されたものではあるだろうが、ハッキリいうと最後の二行を読むまではまったくおもしろくない。

その点、この映画版『イニシエーション・ラブ』は「映像化不可能問題」とは別に原作がもっていた「普通の恋愛ものすぎて苦痛」という部分がおもしろくなっている。

よくよく考えれば旬のスターが普通に恋愛をするドラマというのはひとつのジャンルともいえ、それこそ80年代以降トレンディドラマブームとしてピークを迎える。『イニシエーション・ラブ』はその時代の恋愛ものをストレートにオマージュできるという利点があり、堤幸彦が監督するというのは必然だったともいえるのだ。ある世代にとっては懐かしさすら感じるのではないだろうか。


しかし、それでもいくつか気になるところはあった。ここからは内容についてネタバレありで箇条書きにしていく。


・原作通りとはいえ、音楽の使い方がなんかダサい

有名な主題歌を自分の作品の主題歌にしてしまうというのはタランティーノがよくやるが、この作品もそういうことをしている。ぼくはこの世代とはズレるので気にならなかったが、そこに違和感を覚える人がいてもおかしくない。さらに小説では音は鳴ってくれないので、映像にしたことでその音楽が鳴るのは嬉しいが、意外とキャラクターの心情を歌詞が代弁するという演出は日本でやるとダサいんだなということがわかった。というか、「都会の絵の具に染まらないで帰ってね」と歌詞の内容をキャラクターが喋るということが間違っているんだろうが………


・CGがなんかダサい

トレンディドラマ風に演出するのであれば前半のコミカルなCGシーンは絶対にいらなかったと思う。あれはなんのためにしたのだろうか。


・映像化不可能部分を映像化したことにより起きる違和感

これを書くと反発を覚える人もいるだろうが、アイドルとしてセンターを勤めた前田敦子が、そのバックグラウンドを利用し、ひとりの男を夢中にさせていく様子を段階を追って演じていて、ハッキリいってこの作品は彼女の一挙手一投足を観ているだけで成立しているとさえいえるが、まぁその相手が………ね?………やっぱり無理あるでしょう。劇中で「オレがもっとかっこよければ恥をかかせることはなかった」と言っているが、もうひとりの相手は松田翔太であり、なぜ前田敦子があんなキモデブに惹かれるのか、その動機や理由がトリックを成立させるためか、かなり薄い。いちおう、同じ趣味を共有していて、さらにさりげない優しさも見せるというシーンがあるが、松田翔太のほうは木村文乃が二股の相手なのである。超深読みすれば、イケてない男でも前田敦子のような女の子と付き合えるという夢を映画で叶えてくれるということになるのだが、いやいや、そこで待ち受ける悲劇を思うと……でも、悲劇ではないのか、一応前田敦子松田翔太は恋愛に決着をつけているのだから。


・原作にはなかったオチ

映画で付け加えられた三人が出くわすというオチだが、一度決着つけたはずの恋愛なのに修羅場にはならないだろうかとはちょっと思った。ただ原作のオチだと1800円払って観て、ポカーンとして帰ることになるため、いちおう分かりやすく謎めいて終わるというのは正解なのかもしれない。そのあと時間がさかのぼってどういうことだったのかを映像で見せるが、いちいち読み返す作業をする必要がなく、ぼくは楽しいかなと思った。


・解説にあった「“鈴木”という名字がやたらと多い町、静岡」

文庫で読んだのでハードカバー版にあったかどうかはわからないが、原作は最後に解説として80年代に流行ったものと共に彼らの行動やセリフについてヒントが書かれている。映画はそれをエンドロールで再現するのだが、その解説にあった「静岡は鈴木という名字が多い町」というのをカットしてしまったのはいかがなものか。そもそもこの作品のトリックはふたりの「鈴木」がいることで成立しており、偶然とはいえそれはできすぎだろうというツッコミを静岡を舞台にすることでカバーしているというおもしろさがあるわけで、そこは最後の最後に入れてもよかったのではないかなと個人的には思った。


と、いろいろ文句はあるが、なんだかんだで2時間かなり楽しい時間をすごしたのは事実。もし小説を読もうかなと思っているのならぼくは映画の方を観ることをすすめたい。ただ、トリックそのものは小説の方が圧倒的に優れてはいるけれども……

噂通り二度読みたくなるが……『イニシエーション・ラブ』 - くりごはんが嫌い


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実は前田敦子が妊娠を告白するのウソなんじゃねぇか?とか、元ネタはこれじゃねぇか?とかコメント欄の深読みが楽しい。

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*1:原作では主人公が『十角館の殺人』を読んでおり、彼女に貸すというシーンがある