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突き抜けないブログ

2010-10-19

横歩取りの世界へようこそ。

14:42

横歩君

 「みなさん、横歩取りの素晴らしい世界へようこそ。この分野には升田賞を受賞した三人の棋士のアイディアが盛り込まれています。3三角型を整備してプロの戦法に仕上げた「空中戦法」の内藤国雄九段横歩取りに「中原囲い」という新たな囲いを創造した中原誠16世名人、そして8四飛が当たり前の世界に、初めて5段目の飛車という戦法を作り上げ、横歩のみならず、相振り飛車など他の戦法にも影響を与え、現代将棋の大きなブレイクスルーとなった8五飛の中座真七段です。

 話に入る前に、一つ文句があります。「横歩取り」という名称は本来おかしいんです。後手が誘導するのですから本当は「横歩取らせ」が正しいのです。あくまで後手の戦法なのです。

 さてわたくしには3つの長所があります。

1つは手得です。昔は「横歩取り3年の患い」なんて言葉がありました。先手は横歩を取ることによって▲2四飛→▲3四飛→▲3六飛→▲2六飛と元の位置にもどるのに3手掛かる。一方後手は△8六飛→△8五飛(または△8四飛)ですので飛車の動きで2手得しているんです。その2手を3三角〜2二銀で費やしているので単純な得ではありませんが、駒組で先行しているのは間違いないのです。

2つ目は玉の堅さです。古い相掛かりの囲いであったものを中原先生が横歩取りの世界に持ち込みました。5二玉の中住まいが当たり前だった横歩に新風を起こしたのです。横歩取りと中原囲いが互いの弱点(玉の薄さと、攻めの細さ)を補完し合うベストカップルになったのです。金銀4枚を守りに使い、金銀の連結・密着度、風通しの良さ(玉の広さ)、すべて申し分ありません。この囲いを味わったら、もう先手の中住まいなんて豆腐のごときもの。怖くて指せませんよ。

3つ目は歩の利く筋です。先手は歩得といってもしょせんは2筋にしか使えません。一方わたくしめは8筋だけでなく、2筋にも3筋にも使えます。△2五歩で飛車を押さえる、△3五歩で桂頭を攻めるなど、歩の利く筋の多さが攻撃のバリエーションを広げているのです。

 もちろん8五飛という新しい攻撃形を得たことによって、再度△8六歩からの横歩狙いだけでなく、△7五歩など飛車の横利きを使った攻めができたことも見逃せません。まさに飛車が縦横無尽の働きをするのです。銀の攻撃参加が出来ないという中原囲いの弱点も横歩では心配ありません。相掛かりの世界とは違い、横歩では左桂が使えます。超エキスパートの丸山九段はこう言います。「右桂の活用ばかり考えるが、それは違う。横歩取りは左桂が命だ。」と。丸山―谷川の名人戦の△4五桂、それが10年以上たって再び名人戦に登場した羽生―郷田、などなど、数々の名勝負はこの横歩取りの舞台で演じられました。飛角桂桂の4枚の飛び道具を使った攻めはまさに快感です。玉は堅く、攻めに困ることはない。実に面白い戦法です。皆様も是非ともこの世界を体験してください。」

―横歩君、ここで疑問があるんだけど、中原囲いが優秀ならば、何で先手も同じ囲いにしないのですか?

横歩君「それはですね。「歩の利く筋」の問題があるからなんですよ。中原囲いを崩す手筋で、▲7二歩の垂らしというのがあります。羽生―三浦の名人戦第1局では、▲7四歩と突き捨てて7筋に歩が利くようにしてから▲7二歩と垂らしました。それほどまでに▲7二歩は「指したい手」なんです。 ところが後手の場合、最初から3筋に歩を垂らすことができるのです。

 ちょっと余談ですが、14年前の谷川―羽生王将戦第4局は、横歩取りになり、後手の羽生が中住まい、先手の谷川が中原囲いと逆に囲っていました。この将棋羽生は△3四飛から△3八歩と垂らし、後に△3九歩成〜△3七飛成を実現させて快勝したのです。そう、前人未踏の七冠誕生の1局ですね。ということで、先手は後手と同じようにはいかないのです。」

―なるほどなるほどよく分かりました。では今度は先手君の反論を聞いてみましょう。

先手君

「みなさん、横歩君の言うことにダマされては行けません。横歩取りは無理の多い戦法なんです。こちらのメリットは2つです。

1つ目は「歩得」、森下九段の名言「駒得は裏切らない」という言葉は知っていますね。序盤早々歩損して良くしようというのがおかしい。

2つ目が「狙いやすい8五飛」5段目は駒がぶつかる場所、いわば戦場です。そこに本来後ろから狙うべき主力選手がいるのはどう考えても理に合いません。しかも桂を跳ねればすぐ飛車取りになるではないですか。 そんな高飛車な態度で無事にすむわけがありません。的確に弱点を突けば必ず攻略できます。」

横歩君

「ちょっと先手君、用語の使い方が間違っているよ。「高飛車」という言葉、8五の飛車を指す言葉ではないんです。「タカビー」の語源である「高飛車な態度」の「高飛車」の語源とは現代で言えば浮き飛車のとこを指します。江戸時代は引き飛車が当たり前で、浮き飛車に構えただけで「高圧的な態度」と見られていたのですよ。これは木村14世名人の全集に記述があります。だから5段目に飛車が構えるなど、将棋の400年の歴史始まって以来、初めてのこと。とても偉大な手なんですから。」

先手君

「いくら飛車の横利きで攻めるのが好きだからといって、僕がしゃべっているときは横から口をはさまないの!」

―まあまあ先手君、押さえて、ではどんな作戦で望んだらいいのかアドバイスしてくださいな。

先手君

「分かりました。ではまず1つ目は歩得したときのセオリー「歩のない筋を突け」です。なので3筋の歩を伸ばしていきます。もちろん飛車の横利きが邪魔なので、それに注意しながらです。私の心強い味方、山崎七段が編み出した新山崎流が有名ですね。居玉のまま▲3六歩〜▲3七桂を急ぎ、△7四歩の瞬間▲3五歩を狙う。あの羽生名人だってこの戦法相手に今期2敗しているんです。

 また中住まいからじっくり組むのも有力です。▲3七桂〜▲4六歩〜▲4五歩(飛車の横利きを止める)〜▲3五歩が理想の進行になります。後手はその前に動いてくるから、そこをとがめておいしくいただきます。5八玉―3八金型の他、5八玉―4八金や6八玉―3八銀型というのもあってどちらも有力ですね。」

「もう1つが8五飛自体をとがめる指し方で、8筋逆襲がメインになります。

 8七歩を保留→角交換から▲8八銀から▲7七桂→▲8五歩から8筋に飛車を回る、という最初の山崎流が有名です。 その後色々な工夫やマイナーチェンジが行われています。▲8七歩打った後で角交換から▲7七桂〜▲7五歩〜▲8六歩という作戦もあります。これは3八金型が普通ですが、それを2六飛型へ改良したのが、我が陣営の頭領ともいうべき佐藤康光九段のアイディアです。羽生―三浦の名人戦第1局がこれですね。後手も8筋保留を見て△8四飛型にシフト(同名人戦第3局)など工夫はしていますが、いずれ先手の軍門に降りますよ。

さて、ここまでたくさん対策を紹介しました。先手はどれか一つ指せる形を持てば良いのです。しかしあちらさんは全部に対応しなければいけないからとても大変です。全ての形の定跡を覚えるだけで定跡書1冊ではすみませんよ。それでもあなたは横歩と取らせますか?」


横歩君と先手君二人の演説を聞いて頂きましたが、いかがでしょうか。8五飛が生まれて13年が過ぎました。最初は対応が分からなくておたおたしていた先手も、様々な手筋・様々な対策を編み出しました。しかしまだ結論は出ていません。本当に将棋って面白いけど難しいですね。


さて、竜王名人の頂上決戦でも横歩取りが登場しましたが、羽生名人の横歩取りはちょっと違っていましたね。ここには色々なアイディアがあるのですが、それを語る前に、ここで中原囲いの間取りを見てみましょう。

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普段は4一の地点に玉が居ます。ここが居間です。5一金―6二銀の美濃囲いのライン(壁) 3二金―2二銀のカニ囲いのラインに囲まれて、QB(クオーターバック)である玉は安全に守られて指令を出しています。3一の地点は廊下で、敵が右辺から侵入してきたら△3一歩でシャッターを下ろして遮断します。4二は通気口で、いざというときの金や玉の逃げ場になります。

 そしてて中原囲いは4一の地点の他に2部屋あり、これが最大の特徴になっています。5二の「美濃の間」と2一の「カニの間」です。先手から見て右辺を攻められたら5二玉と美濃の間に避難し、左辺を攻められたら2一玉と右辺に逃げるのです。この玉の広さが中原囲いの売りです。「腰がある」陣形なのです。

タイトル戦で2一玉と逃げた代表例が羽生が1勝2敗から防衛した昨年の木村との棋聖戦第5局で、5二へ逃げた将棋としては三浦羽生名人戦第3局ですね。

ですが、最近は4一が安全とは言えない時代になりました。新山崎流のように3筋を攻められた時に、4一は危険なのです。

 そもそも8五飛が生まれたきっかけは3五歩を防ぐためでした。中原囲いが誕生してすぐに羽生・森内らトップ棋士は3六歩〜3五歩が中原囲いの弱点であることを見抜きます。5二玉型に比べ玉が一路近いから効果的だと。それに苦しんでいた中座当時三段は、三段リーグで▲3六歩と見て△8五飛と浮き直す手を指し、そしてでは最初から△8五飛としたらどうだろうということで生まれたのです。一見攻撃的に見える8五飛ですが、実は当初は受けの手で、野球で言えば前進守備だったのです。

 ここらへんのいきさつは拙書「最新戦法の話」で中座七段にインタビューしていますので、よろしくお願いします。浅川書房のHPから注文できます。

https://www.asakawashobo.co.jp/products/detail.php?product_id=22

英訳もされています。

http://wiki.81squareuniverse.com/index.php?title=Lectures_on_the_Latest_Strategies,_Chapter_9

また、将棋世界将棋年鑑があるととても便利です。特に今年の名人戦は横歩シリーズでしたから。

http://www.shogi.or.jp/publish/sekai.html

http://www.shogi.or.jp/publish/nenkan.html

 

ということで、横歩取りに中原囲いが持ち込まれた平成5年から現在まで17年以上も、ずっとずっと▲3六歩〜▲3五歩を巡る攻防を続けていたのです。

ここであるアイディアが再評価されます。「居間でなく美濃の間にいたほうが安全ではないか?」5二玉型なら3筋から攻められた時に玉の安全度が違います。発端となったのは松尾七段が3月に片上六段に指してからです。ですが最初に指したのは10年も前のことで、内藤九段が最初で、その後桐山九段が指しています。それがなぜ今頃まで流行らなかったのか。それは4一玉が5二玉となったことで3二の金が浮いてしまうこという弱点にあります。横歩取りにおいては玉自らが守備駒となって陣形のバランスを取る必要があります。先手の中住まいなどはその典型的な例です。すなわち玉はゴールポストでもありゴールキーパーでもあるのです。4一玉は3二金を守る存在でもあったのです。

 で、3二の金が浮くとなれば、横歩取りで良くある手筋が浮かびますね。そう、

角交換し、端を突き捨て1二歩と叩いて▲2一角です。この筋は8四飛型の時代から常に警戒されていましたが、8五飛型ではより厳しくなっています。というのも2三銀と上がれば3二金1二香を同時に守れますが、その時▲2四歩の叩きがあります。つまり飛車の横利きがないと受からないのです。ということで5二玉+8五飛を見た瞬間、プロならまず端に目がいくのです。 過去の将棋は△2四歩と打ったり△2三銀と上がったりして受けていたのですが、あまりうまくいきませんでした。 しかしここで全く別のジャンルのアイディアが融合したのです。

それは▲1六歩〜▲1五歩と来たら、△4一玉と定位置に戻るというもの、角換わりの分野から飛び出した1手損の思想が、なんと8五飛と合体したのです。

 最初に△4一玉と戻ったのは西尾五段で、(西尾―中田宏八段戦 竜王)この将棋を西尾五段が勝ったことで俄然注目されたのです。

つまり、「相手が3筋を狙ってきたら5二玉のままで、端を狙ってきたらその時は4一玉と戻す。」という作戦なのです。1手損しても3筋攻略さえされなければ良い。先手は▲1六歩〜▲1五歩で2手、後手は4一玉と戻す1手だから、手損ではなく逆に1手得だ!、というのが後手の主張なのです。

 新戦法がでるたびに将棋に新しい思想が生まれました。

 その流れを私自身も将棋世界でずっと書きつづってきて、もう大抵のことには驚かなくなりました。しかし、まさか8五飛と1手損が合体するとは夢にも思いませんでした。

 ただ、8五飛側も新山崎流などの攻撃的な構えとの戦いに疲弊していましたから、ここで目線を変えてみたいと思うのは自然かもしれません。もう20局以上も指されているのはそのためです。ちなみに新山崎流は平成22年1月から10月19日までだけで27局も指され、先手16勝10敗1千日手と先手が勝ち越しています。羽生の今期数少ない負けのうち2敗がこの新山崎流相手の敗戦でした。(竜王・丸山戦、棋王・糸谷戦)


ここでその竜王戦第1局を私なりに会話に直してみます。

http://live.shogi.or.jp/ryuou/

▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 「1局目は横歩取りで行きましょう。」

▲5八玉 「私は新山崎流は指しません。8五飛をとがめる形が得意なので、(8七歩保留型か佐藤流角交換7七桂型で、平成20年8月から負けなし)そのどちらかで行きます。」  

△5二玉「新山崎流はやらないのですね。それでも私は5二玉型で戦います。」

▲8七歩「分かりました。8七歩保留型はやめます。」

そして△7四歩がターニングポイントとなった問題の1手です。5二玉型は2一角の筋があります。なので何で5一金〜6二銀を急がないのかと思うでしょう。それに前述した飛車の横利きという意味でも、△7四歩を後回しにしておけば△8四飛と引いて2四をケアできますから。なのになんで△7四歩を先に指して△5一金を後回しにしたのでしょうか? それは渡辺の得意戦法にあります。

「渡辺竜王は高橋九段とのA級でも康光流で勝っている。もし△5一金だと▲3三角成△同桂▲7七桂△8四飛▲7五歩になる可能性が高い。そうなると、7筋〜8筋が戦場になるので5二玉型はマイナスになってしまう。なので△7四歩で阻止します。端攻めは覚悟の上です。」

▲1六歩「そこまでするのならば引けません。端攻めで決戦します!」

ということだったのです。なので竜王が攻めたと言うよりも名人が攻めを誘ったというのが正しいのです。

 △4五角〜△2三歩!

「この手順が私があたためていた手です。△2五歩と打たずじっと△2三歩で手を渡すのは私の最も得意とする手です。」

▲2一金

「手渡し術では羽生名人が最強なのは重々承知しています。しかし私も細かい攻めをつなげさせたら日本一を自負しています。この無骨な金打に命運をかけます」

結局勝負を分けたのは研究手順の後の指し手であり、終盤です。今回の竜王戦はどんな将棋になっても終盤勝負になるでしょうね。 

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