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突き抜けないブログ

2011-07-02

定跡を創った棋士

23:37

「あなたの将棋にはいつも新しい手が出てきますね。家で研究しているんですか?」

「いえ、逆に不勉強だからです。相手の研究にはまらないように手を変えているわけで。たいていその場の思いつきです。」

横歩取りの分野では山崎流、新山崎流と次々と新対策を生み出しているではないですか。それは事前研究じゃなかったんですか? 」

「そうです。新山崎流の1号局は畠山鎮七段との王将戦(平成15年1月31日 王将戦)ですが、 あれはいつもで同じ形ではつまらない居玉でなんとかできないかとその場で思いついたのです。ただあの1手、持ち時間3時間の将棋なのに、▲3六歩には52分も考えたんですよ。」

「最初の山崎流(8七歩を保留して戦う指し方)もですか?」

「ええ、どうせ8五飛と引くのなら、8七歩なんて打たなくても良いじゃないか。そう前々から考えていただけで、盤上で研究していたわけではありません。」

「そもそも昔の関西には研究熱心な若手なんて居ませんでしたよ(笑)関西が研究で関東と互角に張り合えるようになったのはこの3年くらいではないですか。」

これは2年前にインタビューしたときの会話。彼の天才的なアイディアが名人の座を左右するほどの定跡に育ったことは言うまでもないだろう。だが新山崎流そのものは難しいのでちょっと説明を。



「歩のない筋を突け」というのは歩得したときにセオリー。なので横歩取りの先手は3筋の歩を伸ばすことをまず考える。そして囲いが中住まいから中原囲いになり、住所が5二→4一と移転して3筋に近づいたため、それがより厳しくなった。

そこで中座七段はその3五歩を防ぐために8五飛という構えを編み出した。つまり8五飛は当初はディフェンシブな構えだった。

そして8五飛の誕生以来、3五歩を巡る攻防が続く。なんとかして▲3五歩を成立させたい。そのために6八玉―3八銀や5八玉―3八銀など速度重視のフォーメーションがいろいろ編み出されたが、右桂を使う余裕がないため決め手にならなかった。そしてついにスピードアップのため玉の移動を削るというアイディアを山崎が編みだし、ここに横歩取り界の「藤井システム」こと新山崎流が誕生する。

(ここらへんの8五飛の歴史は拙書「最新戦法の話」を読んでください。中座へのインタビューも載っています。浅川書房のHPでちょっと立ち読みもできます。アドレスはhttps://www.asakawashobo.co.jp/book2/016/

居玉のまま4八銀―3七桂を急いで図で新山崎流の構えは完成する。

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そして図で△7四歩と突けばすかさず▲3三角成△同桂▲3五歩と動く。△同飛なら▲4六角(図)が飛車香両取りになる。

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または▲3五歩では▲7七桂△8四飛▲2三歩△同銀▲2四歩△1四銀▲3五歩(図)という攻めもある。

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いずれも△7四歩と突いたその一瞬しか成立しないし、また右桂を参加していなければうまくいかない。

で、名人戦第7局では後手の羽生は、「△7四歩と突く前に▲3五歩と突いてもらう」という手段にでた。すなわち△8六歩▲同歩△同飛で横歩(7六の歩)を狙い▲3五歩と飛車の横利きを通したところで△8五飛(図)とする。

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図で▲8七歩は△3五飛で、このとき7四歩が突いていないので▲4六角が両取りにならない。

また▲3四歩は△8八角成▲同銀△4四角がある。つまりわざと手損して△7四歩の「前に」▲3五歩と突かせたのだ。

だが新山崎流の真価はここからの手順にある。玉の移動と引き替えに右桂が跳ねてあるので攻めが速い。そこで図から▲7七桂△3五飛▲2五飛と決戦して積極的に戦う。通常この世界は後手の桂が活躍するのだが、新山崎流の場合は逆に先手の桂が活躍するのだ。新山崎流の詳しい手順については高橋九段・豊島六段・村山五段の本を見ていただきたい。

そして棋聖戦。第3局で羽生が用いた腰掛け銀対策は新山崎流と同じく古くからある。

 腰掛け銀で、後手が7三桂と跳ねずに(同型にせずに)専守防衛でいると、先手は4八飛〜2五桂〜2八角の構えから猛攻する。

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これが飛車先保留(2五歩と決めず2六歩型でいること)腰掛け銀の狙いだ。6四を守るために△6二飛とすると▲4五歩から銀交換した後に▲5一銀の割打ちがある。この角打ちに後手は長い間悩まされていた。それへの対策を編み出したのは郷田九段だった、

舞台は平成14年8月1日、郷田棋聖VS佐藤挑戦者の棋聖戦第5局という大一番で△7五歩▲同歩△8四飛(図)という新手順は披露された。

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 歩を付き捨てじっと飛車を浮いて手を渡す。なんとも不思議な手順だが、これが今まで定跡となる受け。▲4五歩から攻めても飛車が4五に来たときに△5四角の反撃があり、なかなか先手良くできないのだ。なので今日の第3局では△7五歩に対し取らずに▲4五歩と攻めたのだった。

http://live.shogi.or.jp/kisei/

ちなみに▲2五桂でなく▲2五歩としたのが昨年の渡辺―羽生竜王戦第4局である。

http://live.shogi.or.jp/ryuou/23/kifu/ryuou20101125-26.html


8年前に生まれた新山崎流で名人を奪取し、9年前の郷田対策で棋聖を防衛する。こういう定跡の歴史を知れば、タイトル戦を見るのもまた楽しくなるのではないでしょうか。

名人戦棋聖戦の理解の助けになって頂けたら幸いである。



PS 郷田はこの腰掛け銀だけでなく、あらゆる戦型で新手を出している。将棋世界の「突き抜ける!現代将棋」で対振り飛車の急戦5七銀左戦法を取り上げていて、そこで5七銀左ワールドにおいて重要な郷田新手についてインタビューした。事前研究で生まれたと思ったあの手が実は…

是非とも読んでほしい。