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図書館断想 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-10-23 白・ルーヴェン大学図書館蔵書分割事件 その2 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

――承前


 蔵書分割にあたって、まず以下のような基本ルールが決められた。

  • 寄贈本(コレクション)は、寄贈者またはその相続者の意思に委ねる:→これにより、一連のコレクションが分割されることはまずない。
  • 同じ本が複数冊ある場合は、少なくとも1冊をそれぞれの図書館に
  • その他は、いくつかの例外を除き、“シェルフマーク”の偶数奇数で分割した:→一連のコレクションは同一のシェルフマーク(請求記号のようなもの)を持つので、バラバラにならない。

完全な分割には8〜9年を要した。1971年1月1日を図書館の公式な分割(開始)の日とし、当初130万冊が対象となった。1979年まで作業は続いた。


 計画では、以上のような基本ルールの上、後年にはそれぞれのコレクションの複製をつくり、双方の大学に置くべきとしていた。しかしこの案はフランス語話者たちに拒否された。迅速に分かれるべく、計画は単純であるべきだというのが理由であった。

 よって、1971年1月1日、ついに図書館は分かたれた。ただ、まだフランス語話者たちが移転する先が未定だったため、同じ建物の中で計画はスタートした。職員たちは、どちらに所属するのかを選ばなければならなかった。仕事部屋は分かれ、備品なども分けられた。

 偶数のシェルフマークはフランス語話者に、奇数のシェルフマークはオランダ語話者に割り当てられた。寄贈本のほかに、学位論文や貴重書についても、別途ルールを設けて分けられた。分館(分室)の30万冊についても、同様に相談の上、ルールを設けて分割された。


 1971年は蔵書分割でほぼ費やされた。双方は、寄贈コレクションを手に入れるべく、積極的に寄贈者を説得して回ったようである(多くはフランス語話者が勝ち取った)。1972年の初めには大方の作業は済んでいたが、手稿(マニュスクリプト)、貴重書、古文書などのコレクションについて、どう分割するかがなかなか合意に至らなかったため、完了まで時間がかかった。結局、これらの市場価格を割り出し、それを等分することと決まった。

 こうして1972年の終わりには9割方まで進んだ。

 が、残ったいくらかの手稿、古文書、マイクロフィルムのコレクションの処遇が困難を極め、1976年に会議がもたれたものの、1979年9月まで完全解決には至らなかった。

 1980年、外国の学位論文コレクション分割の作業終了をもって、全ては終結した。そのころにはフランス語話者たちの新たな大学もできており、移転が進んでいた。


 いろいろとルールを設け、会議を開いて慎重に進めてきた蔵書分割であったが、一部のコレクションには、各巻でバラバラになってしまったものもあった。その後、多大な資金を費やして、蔵書充実が為されていったということである。

 公式の大学分割から10年強、その前の、分裂状態が明らかになってから数えると、約20年かかっている。この間、講義はどうなっていたのかまでは分からなかったが、相応に混乱していたことであろうと推測する。


 作業の大変さもそうだが、言語がいかに人々の心に影響を及ぼすものであるかを教えてくれる。日本語という「閉鎖環境」にいる身には理解はできても実感しがたいし、どちらかといえば統合するこのごろなので、ますますである。

 向こうでは、グーテンベルク聖書を持っているかどうかで図書館の格を云々されたり、ごく普通の公共図書館が立派なコレクションを持っていたりする(西洋史研究書のあとがき・謝辞を見るとこのことがよく分かる)という世情であり、歴史と伝統は自慢できてナンボといった風情で、それだけに、ルーヴェン大学においては紛糾に紛糾が重なったのだと思われる。


 一方我が国は、歴史と伝統よりは利便性を重視した国土設計で、また均質であるため、歴史の継承は土地に付着するよりも個人の経験に依拠しがちになる。これはどちらが良い悪いと断ずるのは難しい。伝統的な美しさはそれはそれで良いことだが、度を過ぎた愛着が執着になり、周囲を不幸の渦に巻き込んでしまうこともあろう。

 気に入ろうが気に入るまいが現状が一番素直な結果なのだと一旦受け入れて、何であるのが“善い”のかと考えて啓蒙するような、川をせき止める真似をするより、何であるのが“最適”か考え、川に支流をつくるなどして流れを変えるほうが、何にせよ良い結果を生むものである。途中で失われるものは多いのだろうが、何も失われないとすれば、新たに何か創ろうという気にもなるまいから、これでよいのだと思う。

 いろんなものが消え去っていくといい。なんて不良な図書館員かと我ながら思う。書庫とかちょっと燃えればいいのに、と時々思ったりする。