第13回伊豆文学賞  優秀賞

この冬、天然氷のことを知りたいと、氷室に取材においでになった女性作家、富岡美子様(千葉県)

天然氷を題材にした小説「守り氷」を書いているとの事だったが、優秀賞の栄冠を得たと、喜びの知らせを頂いた。



四代目徳次郎の説明を、熱心に書き留めていた様子が思い出される。


最優秀賞 
かい えん
「海煙」(小説)

 僕とブーヤンは熱狂的な釣りマニアであり、アオリイカのパラダイスと言われる伊豆半島に釣り遠征する。僕は、別れた女の思い出から逃れるために釣りにハマり、ブーヤンは精神病の奥さんを抱えつつも、釣りへの欲望を抑えきれない。
 二人は海の美しさに感動しつつ、海岸線を車で飛ばし、方々の港で竿を出すが、なかなか釣れない。ストレスから二人はケンカをするが友情も深まる。
 やがて僕の竿に巨大なアオリイカがかかる。しかし、もう少しの所で逃し、自分もテトラポッドの隙間に転落してしまう。ブーヤンは少し離れた所におり、気づかない。潮が満ちて溺れそうになり、僕はようやく女との思い出に向き合う。別れてしまったが、女は僕のことが好きな瞬間もあったのだと思い至る。あきらめかけた頃、ブーヤンが探しに来て、僕を助け上げる。死なずにすんだ僕は、ブーヤンという新しい友達もいるこの世界で、また新たに生きていこうと思う。

 
優秀賞

「タバコわらしべ」(小説)

 失業中の男は、交通量調査の仕事で食いつないでいた。調査は、道端に椅子を置き、二十四時間眠らずに道行く車両や通行人の数をカウントする過酷な作業だが、日払いの賃金を求めて定職を持たない人々が集まってくるのだ。
 伊豆での調査のため、作業のバスに乗り込んだ男は、途中の休憩所で一人の老人と知り合い、タバコを恵んでやる。
 休憩時間を利用して男は、周辺の土地を観て歩く。早咲きで知られる河津川の桜を見ながら、いつしか彼は羽振りの良かった過去のことを思い出していた。
 二月の寒波に凍えながら調査を続けるうち、体調を崩した老人が倒れた。
 だが、調査会社の人間は身元の知れない老人に冷たかった。
 男は救急車に同乗し、老人の親戚に連絡をとった。駆けつけた老人の親戚から、男は老人が伊豆の出身で、二十年以上も行方をくらませたままだったことを知る。老人は一命をとりとめ、家族から謝礼を渡された男は、ひとり桜の下を歩くのだった。



「守り氷」(小説)

 大正十二年九月一日、大地震が発生する。天城屋の奉公人次郎は、峠の氷室と氷池に被害がなく安堵する。それなのに、若旦那の平太は、天然氷造りはやめると言う。なぜ?
 平太の嫁が産気づく。難産で、氷が必要だが店には一つも無い。次郎は夢中で馬車を走らせ、氷室の守り氷を持ち出す。しかし、疲れた馬はびくとも動かない。そのとき、天城の峰から聞いたこともない遠吠えが……。
 氷を届けた次郎は、全てを売れとの命に背いたと首を言い渡される。平太の妹が必死でとりなし、病の親方に代り氷を造ることに。氷室をいっぱいにするように言われる。
 いい氷を造りたい。しかし、厳しい寒波はやってこない。やっと張った氷を汚す雪が降り続く。力尽き諦めかけたとき、木樵衆が雪かきを手伝いにきた。皆の力で、氷を造らせてもらっているのだと気付くが、氷の生長はピタリと止まる。これでは売り物にならない。
 親方に教わった造り方しか知らない次郎だが、氷を合わせるという方法に挑戦する。天城山の秘めたる力を信じて……。
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