ユーザサポートでめちゃくちゃ感謝された経験について話す

もう15年前にぐらいになるが、僕の仕事のやりかた、ユーザにたいしてどうやって向き合っていけばいいかについての信念を決定づけたある事件について語ってみようと思う。ほぼ懺悔にも近い。


ぼくが企画したモデムがバカ売れした。無名のブランドだったのにもかかわらず発売した瞬間に、秋葉原のショップで1番の人気モデルになった。理由は他者のモデムが無骨な段ボール箱にはいっていて、いかにもコンピュータの部品っぽかったのに、ぼくのモデムはカラフルな化粧箱をつけて、とても初心者が使いやすそうに見えたからだ。実際、簡単そうにみえる化粧箱をつくるのに何回もつくりなおして半年以上もかかった力作だった。


当時windows95が登場してインターネットが話題にのぼりはじめたあたりで、いままでマニアのパソコン通信ぐらいしか用途がなかったモデムをインターネットという単語に引き寄せられた大量の初心者が買い始めた時期で、とにかく簡単そうに見えた僕の企画したモデムは売れまくった。


ところが簡単そうに見えたのは外側だけで、中身をあけるとマニュアルは貧弱な8ページのマニュアルがはいっていた。僕が週末の土日を2日間潰して、一太郎でつくったやつだ。版下はプリンタで印刷したものをそのままつかったみすぼらしいものだった。ようするに簡単そうにみえて買ったユーザから、つかいかたがわからないという電話が殺到したのだ。


なにしろ買うのは初心者だ。とにかく一日中サポートセンターの電話がなりっぱなしになった。10時から、17時までのサポート時間。2回線しかなかったサポートセンターの電話はつねにふさがってしまった。いろいろしらべてみたが、どうも電話回線を10倍の20回線ぐらいにしてもさばけないぐらいの電話がかかってきているということがわかった。そもそもスタッフがぼくをいれても4人しかいないから、20回線つないでもどうしようもない。


それでぼくがどうすればいいのかを必死に考えた結論として、まず、急ぎの対策として、2回線のサポート電話を1回線にへらしてみた。95%のひとがつながらないのも97.5%のひとがつながらないのもどうせ大差ないと思ったからだ。


サポート電話がつながらないという販売店からの苦情をきいた社長が僕の机まで飛んできて怒鳴りつけられた。4人全員で電話を受けろ、サポート時間を延長して残業してでもできるかぎりの電話を捌け、それが客に対する誠意だ、と叱責された。そんなに激怒した社長を見るのは初めてだった。


いや、ぶっちゃけそこまでやっても無駄ですからやりませんと僕は初めて社長と喧嘩をした。強引に社長の指示を拒否して、ぼくがやったのはマニュアルのつくりなおしだった。サポートを1回線にしたことで浮いたスタッフひとりといっしょにわかりやすくてカラフルなマニュアルを大急ぎでつくりなおして登録ユーザ全員に発送した。また、それだけでは不十分だと考えて、当時、でたばかりのショックウェーブをつかって、音声と写真でモデムの接続と設定をナビゲーションしてくれるマルチメディアマニュアルをつくってユーザへ無料配布するCDROMに同梱した。


結果、どうなったかというと、配布して直後に大量の感謝の手紙がサポートセンターに届き始めた。買ったあとにもサポートされるなんて思ってもみなかった。パソコンを買って、こんなに親切な対応をしてもらったのは、はじめてだ。自分みたいな初心者にも本当にわかりやすいマニュアルでありがとうございます。など。


そしてサポートにかかってくる電話も急激に減り、たまにかかってきた電話も、みんな恐縮した電話ばかりになった。こんなに丁寧なマニュアルがついているのに、つかえないのは自分が悪いんだと思っているからだ。


実際には当時としては画期的にわかりやすいようにみえるマルチメディアマニュアルもケーブルをつなぐところをコネクタの写真から説明するあたりは衝撃的にわかりやすいが、Windowsの設定になるとやっぱりわかりずらく自動とはいいがたいつかいずらさだったんだけど、そのことも初心者のユーザには判別できない。だから、設定できないのは自分が悪いせいだと思いこんでメーカーへの不満は生まれない。


もちろん、ヘビーユーザにはあまり評価されることのないモデムで、ぼくがユーザだったら買わないだろう商品だったが、大多数の初心者ユーザにはサポートも含めて顧客満足度のずばぬけて高い商品になったのだ。結果、1年足らずのうちにリテールマーケットではシェアがトップになった。


この一連の出来事は、僕のマーケティングに関する考え方を決定づけた大事件だった。ぼくがつくづく痛感したのは以下のようなことだ。


・ ユーザへの真摯な対応はたんなる自己満足であって伝わるとは限らない。
・ お客様本意のサービス設計をするときに重要なのは、お客様が本当に得をするかどうかではなく、どう感じるか、どう行動するかを想像することが重要だ。そのとき想像が具体的なほど、全員がそうじゃないので、対象となるお客様の人数も想像すべき。
・ 細かいことをいくら一生懸命やっていても、基本、否定的・懐疑的なユーザには効果はない。ユーザの意識を一変させるには、よほどの明確な差別化をしないとだめ。いったん味方になったユーザは細かい気配りに感動してくれる。


 われわれは、サービス・商品を設計する場合に、漠然とした空想の中のお客さん像をつくりがちになる。よくよく考えると、自分で現実にいるとはイメージできないお客さんは、やっぱり現実世界にも実在しないことがほとんどだ。でも、まわりから教わったビジネスのノウハウ、常識・マナーといったものを無意識のうちにどんどんあてはめると、気がついたら、架空のお客様像相手にマーケティングをしてしまっている。現実にいそうなお客さんを想像し、次にそのお客さんがどのぐらいの割合でいるのかを考えることがとても重要になる。


そういったことをできるためにベースとなるスキルは人間に関する知識を持つことだ。多くのマーケティングもどきをやるひとはユーザを想像するときに、自分のなけなしの知識と上司からの指示・同僚からのアドバイスをよせあつめた架空のユーザをつくるか、自分の趣味をあてはめるか、どちらかのパターンしかできない。どういう育ち方、経験をしてきたひとがどういうことを考えて、どういう気持ちになるか、それをたくさんのパターンで想像できないといけない。でも、ほとんどのひとって他人の気持ち、行動っていうものをあまり真剣に考えない。


そこで、ぼくが思うのは人間が本当に他人の気持ちを考えるのは恋愛をしているとき、それもまだ実っていないときとか、ふられそうなときぐらいじゃないんだろうかということだ。そういうときって同じことを何時間、何日間、何週間も考える。10秒ぐらい考えたら出る答えが気に入らなくて、受け入れることができなくて、1万回ぐらい考えたりする。人間は普段、とくに仕事では、そこまで集中して、他人の気持ちは、なかなか考えない。


なので、ぼくはマーケティングを仕事にしたいと志すなら、出会い系サイトでナンパしてみるのが有効じゃないかとアドバイスをすることにしている。それも必勝法的なノウハウをおぼえるんじゃ意味がなくて、自分で考えて、何度もひどい目にあうのがいいんだと思う。メールの相手の女の子が、サクラだったり、同じサクラでも、女の子のバイトじゃなくて男だったり、そもそも人間ですらないロボットかもしれないという世界は、現実のマーケティングで遭遇するだろう世界ととても近いと思う。