世界でいちばんひどい生放送サイトをつくったらわりと流行った件

そろそろ話しても害はないと思うので昔話をしてみる。


2年前ぐらいにCGMベースの生放送サイトをつくったときの話だ。


すでに生放送のシステムは1年前に運用開始していて、いろいろな番組をつくって配信していたのだが、自前で番組までつくるモデル(公式生放送)ではスケールして成立するビジネスモデルをつくるのが難しい。だから、もともとユーザが自分で生放送ができるサイトで勝負するというのが当初からの戦略で、1年間やっていた公式生放送は、成功できるユーザ生放送システムとはどう実装すればいいのかを探るためのプロトタイプという意味合いが強かった。


年末を目標としてサービスを立ち上げるという目標でユーザ生放送企画開発チームが発足したのは2年前の夏前ぐらいだ。開発期間が半年ぐらいしかなかったが、すでに公式生放送のシステムは1年ぐらい運用していてベースとなる技術は蓄積されていたのでそれほど不可能な目標ではなかった。ただ、楽なスケジュールでもなく、スタッフも予算的に使えるリソースも限られていたので、サービス開始予定の2ヶ月ぐらい前にこれでサービスを開始したいと企画開発チームがもってきた最終案はひどかった。


サーバとか構築する時間も予算も限られているという理由から提案されたプランの骨子はいかのとおりだ。


・ 同時に放送できる番組数(枠数)を一定数に制限する。当初は50番組のみ。

・ 枠数が不足することが予想されるので当初は放送できるのは月額500円の有料会員のみとする。

・ 放送できる時間を最大30分間に制限する。

・ 番組あたりの最大同時視聴者数をできるだけ制限する。(コミュニティの人数によって10人から最大500人までレベルアップ)

・ 生放送番組のアーカイブの保存期間は一週間のみ。ただし、これは公序良俗に反する放送などの事後チェック用や、事件がおこったときに警察に提供するためであって、ユーザはアーカイブを利用することはできない。


すでに海外ではustreamがサービスを開始して日本でも利用者は増えていた。また、日本国内でもstickamの人気がではじめており、ライブストリーミングサイトというジャンルは先行している競合が存在していた。ustreamstickamに上記の制限はないし、完全無料だ。最後発のサイトでこんなに機能が低い状態で戦いを挑むというのは無謀というか、面白い冗談にみえた。


ただ、ユーザ生放送の企画開発チームはあとづけの言い訳みたいなのを用意していた。こういう制限は一見マイナスに見えるけど、実はこのほうが生放送番組の質があがるんじゃないか、というのである。


ユーザが生放送できるライブストリーミングサイトはustreamstickam以前にもいろいろあったように思うが、いまいち流行ったものはない。ぼくらはその原因を番組がつまらないからだと分析していた。いざユーザが生放送しようと思っても、別に放送する内容がないのでデスクトップとか、家の前の道路とかを24時間うつしっぱなしにする視聴者も0人とかいう放送がこれまでの生放送サイトの全番組の半分ぐらいというのがぼくらの認識だった。こんなんで流行るわけがない。


なので、世界ではじめて成功するCGMの生放送サイトをつくるための必要条件とは、特別なスキルもないだろう一般の放送主に対して、面白い放送ができるための武器をいかに提供できるかにかかっているだろうと、当初からぼくらは予想していたのだ。


だから1年間の公式生放送ではユーザ生放送主の武器になるような機能をいろいろ実験していて、放送画面の枠外上部に放送主のコメントが表示される機能とか、動画サイトにある動画を簡単に紹介できるような機能がつくられていた。


そういう方針がもともとあったので、一見、むちゃくちゃな言い訳にみえる放送枠も放送時間も制限したほうが番組の質もあがるという仮説も、十分検討に値するようにみえたのだ。


ただ、この言い訳を採用する決定的な要因はビジネスモデルだった。実は、そのときまで、ぼくはユーザ生放送を開始することが本当にビジネスとして正しいかの確信が持ててなかったのだ。


それは客単価の問題である。


ぼくは、生放送サイトに先立ってつくった動画サイトのビジネスモデルを考えるとき、とても簡単な数理モデルをつかっていた。(これはぼくが自分で思考を整理するためのモデルなので社内できちんと共有されていたものではない)


それはユーザひとりあたりの回線費用で考えるモデルだ。動画サイトの場合は一番コストがかかるのは回線費用である。サーバ費用は回線費用にくらべれば桁がひとつふたつちがうぐらいに小さい。また、開発、企画スタッフの人件費なども極限まで絞ればほとんどかからない。


だから、動画サイトのビジネスモデルを考える場合は、ユーザひとりあたりの回線コストがいくらで、それをうわまわるだけの収入を得られるかどうかで考えるのがいちばんシンプルでわかりやすい。


そうやって計算すると動画サイトをはじめた当初のユーザひとりあたりの回線コストは30円から40円であることがわかった。ぼくは広告モデルのビジネスをやったことがなかったので、広告収入のユーザ単価(ARPU)がどれぐらいになるか予想できなかったのだが、その当時いろいろ調べるとどうやら50円から200円ぐらいのARPUを広告収入で実現しているサイトがあるらしいといういくつかのデータを入手して、とりあえずユーザひとりあたりの回線コストを20円ぐらいに抑えれば、あとは大ヒットさえすればなんとか帳尻あうんじゃないかと思った。(ちなみに実際は広告ビジネスはもっと厳しい世界だった)


つまりサービス開始当初からの動画サイトの基本戦略はユーザひとりの回線コストをいかにさげるかだったのだ。だから回線調達コストについての価格交渉は非常に重要で力をいれたテーマとなった。また、回線コストはピーク時のアクセスに比例するのでピーク時のアクセスを減らすためにピーク時の画質をさげて低ビットレートで動画を配信するようにした。これは3割ぐらいは回線コストを削減したと思う。そしてサーバ側でのストリーム単位の帯域制限もおこない動画を最初の数秒だけみてページを閉じるユーザに余計な帯域を消費させないようにした。また、動画にみえて実際は静止画に音をのせているだけの動画は静止画+音声ストリームだけでいいんじゃないかということで専用の動画フォーマットと動画作成ツールを用意した。この独自フォーマットの動かない動画の利用率はすぐに全体の再生数の10数パーセントとなり、当初はトラフィックを1割程度削減する効果があった。


こういう施策の結果、すぐにひとりあたりの回線コストは20円を切った。ここで、予定外の収入が登場する。たまたまはじまった有料会員の制度がうまくいき、新規ユーザの5%以上が500円の月額会費を払うようになったのだ。つまり新規ユーザ全体でならすとひとりあたりの収入が25円で回線費用の支出が20円となる。つまりユーザが増えれば増えるほど利益がでる構造にその時点でなっていた。ユーザが増え続ければどこかで固定コストを吸収して黒字になる。


実際にはもっと厳密な議論が必要なのだが、世間の動画サイトは黒字化できないという思い込みとは逆に、サービス開始後半年もたたないうちに、動画サイトを黒字化できるビジネスモデルの目処はたっていたのだ。現実ではコスト削減を強いられていた携帯部門のエンジニアをほとんど動画サイト部門でひきうけたりプロモーションにお金をかけたりしていたので黒字化はしなかったが、やろうと思えばいつでもできただろう。


さて、生放送の話にもどる。動画サイトのビジネスモデルにおいてユーザひとりあたりの回線費用が重要であることは説明した。ライブストリーミングサイトの運営においては、動画サイト以上にビジネスモデルを成立させることが難しい。それはライブストリーミングを配信すると、ユーザひとりあたりのサーバのコストが動画を配信する以上にかかるからだ。


これは前述したとおりに世の中のライブストリーミングサイトで生放送されている番組のほとんどが屑みたいなものばっかりであることに起因する。放送主の部屋や庭を写しているだけの再生数0で長さが24時間ある動画ばっかりアップロードされているyoutubeを想像してもらえれば理解できると思う。ちなみにyoutubeといえばライブストリーミングサイトの開始が近頃アナウンスされたが、どのユーザでも利用できるustream型のサービスではなく、パートナー企業のチャンネルでの利用を想定したものだという。これもインフラのコストパフォーマンスを考えた結果だろう。


なのでぼくらは世界でもはじめての面白いユーザ生放送サイトをつくれる自信はあったものの、ライブストリーミングサイトの高コスト体質を本当に打破できるビジネスモデルがつくれるかどうかの確信がもてずにいたのだ。


半分はシステムの都合できまった冒頭のユーザ生放送の仕様は、これを解決する要素をもっていた。


放送できる枠数が制限されているので放送したいひとは枠を奪い合う必要がある。そうして獲得した放送枠では30分間しか放送ができない。サービス開始当初はその30分間の放送枠を獲得するために平均1時間もクリックしないといけないという時期もあった。だから、その30分間を有効につかおうとするから、番組も自然と面白くなる。枠数も制限されているし、番組も面白いから、他サイトにくらべて、番組ひとつあたりの視聴者数は断然多くなる。


CGM サイトを設計するときに重要なのはコンテンツの数の確保だと思っているひとが多いが、優先順位は視聴者の確保のほうが上だ。クリエイターは観客のいるところにコンテンツを出したがる。ライブストリーミングサイトの場合、コンテンツの数を絞ることで観客が集まり、ますますいいコンテンツが集まる。


こうなったらもう好循環の連鎖がはじまる。他サイトに比較してインフラの投資コストが異常に効率のいいCGM型のライブストリーミングサイトができたのだ。


結局のところライブストリーミングサイトのビジネスモデルにとってコストを下げるのに、もっとも本質的に重要なのはつまらない生放送をいかに減らすかなのである。ustreamなどとりあえずなんでもつかえる便利なインフラを提供しましょうというサービスには根本的にこの概念がない。


収入面でいうと、放送主を有料会員に限定したことは非常に効果があった。ネットの場合、ネットサービスに課金するユーザを馬鹿にする傾向があることが、とても邪魔になる。しかもネットに詳しいオピニオンリーダになりやすい熟練ユーザほど課金なんてありえないと思っている。ところがユーザ生放送のコミュニティの場合には、オピニオンリーダになりやすいのは当然のことながら放送主である。彼らは全員課金しているのだから、コミュニティ内で課金を馬鹿にする雰囲気は生まれにくい。むしろ逆だろう。満員時の有料会員の優先制度によって、視聴者側も有料会員になるメリットを定期的にアピールする仕組みと相まって、生放送サイトのユーザの有料課金ユーザの比率は動画サイトにくらべても、さらにとても高くなった。


結果的には動画サイトよりも収益化がむずかしいライブストリーミングサイトなのに、そっちのほうが儲かる構造になった。


…………


んー、なんか、このブログ記事をどうやって終わればいいかわからなくなってきた。


ただの自慢話だな。これじゃ。


なんか、適当な教訓ぽいはなしを最後につけて格好をつけることにします。


…………


冒頭の生放送サイトのめちゃくちゃな仕様と言い訳を考えた企画開発チームの中心となったのは、在学中にもかかわらず正社員で就職して、大学を卒業できなかった馬鹿な奴だ。もともとはオタクではなくスポーツマンのリア充だったのにネットゲームにはまってしまって人生を踏み外したと主張するが、そのわりにはコミュニケーション能力がまったくなく、なにをいっているのか理解するのが難しい。現実から逃げ込んだネットの世界でもスニモとか呼ばれていじめられていた。


そういうひとでも画期的なアイデアを出したりするもんだ。ようするに人生も人間もまったくわからんねー。


という結論がでたということにする。