ショートSF「 守られた約束」

ショートSF

守られた約束

 明治の中頃、ラフカディオ・ハーンは妻小泉節子の献身的な助力を得て、日本各地に残る怪談、奇談を収集した。

 彼はそれらを英語で再編集し新たな作品に仕上げたが、その後日本語に逆翻訳され日本の古典となり今日にいたる。

 実はそのいくつかの作品が、宇宙や未来と何らかの関わりがあるらしいことが明らかになってきた。

 彼の作品集「小泉八雲集」に収録されている「守られた約束」という一篇もそのひとつである。

 話のあらすじをここに紹介する。

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 「この秋のはじめには必ず戻ってまいる」と、いまより数百年前、赤穴宗右衛門は、義兄弟の、若い丈部(はせべ)左門に別れを告げながらいった。

 時は春。場所は播磨の国加古の村。

 赤穴は出雲の武士であった。

 彼は生まれ故郷をたずねようと思ったのである。

 赤穴は丈部と丈部の母に重陽の節句9月9日に帰ることを約束して旅だった。

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 やがてその9月9日が来た。

 その日の早朝から丈部は義兄を迎える用意をした。

 いろいろさかなをととのえ、酒を買い、座敷をかざり、床の間の花瓶には二色の菊の花を挿した。

 彼の母は、大変な遠路ゆえ赤穴がその日に帰ってくることに懐疑的であったが丈部は赤穴の信義を疑わず、必ず今日帰ることを確信していた。

 ところが夜遅くになっても赤穴は帰ってこない。

 夜は更けたが昼のように澄みわたっていた。

 大空には星がまたたき、天の川はいつにない光で輝いていた。

 夜のしじまの中、彼は辛抱強く待ち続けた。

 しかし淡い月が近くの山かげに沈もうとする頃、彼はあきらめて家にもどろうとした。

 と、そのとき、とおくに背の高い男が、いかにも軽々と足早に近づいてくるのが見えた。

 丈部は「おお!」と叫んで、飛びたつように彼をむかえた。

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 赤穴は丈部の母親が目を覚まさぬよう、声をひそめて語りはじめた。

 彼が故郷出雲へ帰ってみると、城は謀反人に盗られていた。

 彼も謀反人に従うよう強要されたが、それを断ったために投獄されていたという。

 信義厚い赤穴は帰る日の約束を守ろうと、牢から逃げようとしたが、たえず見張りがついていてできなかった。

 「そして今日まで約束を果たす方法を見つけることができなかったのだ。。。」

 「今日まで!」と丈部は、とまどいながら叫んだ。

 「城はここから百里以上もあるではありませんか!」

 「さよう」と赤穴がこたえた、「生きている人はだれしも足では一日に百里を行くことができない」

 「しかし『魂よく一日に千里を行く』ということわざを思い出した。さいわい私は帯刀をゆるされていた、、、そこでようやくここへ参ることができたのだ、、、母上にくれぐれもよろしく」

 そういって、立ち上がると同時に、姿はすっと消えた。

 赤穴は牢で切腹していた。

 (その後丈部は出雲へ行き赤穴の仇討ちを果たす)

 
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 さて、この話は実話なのである。

 赤穴は実は未来社会からのタイムトラベラーであった。

 この時代、この国、丈部ら親しい人たちをこよなく愛するようになり、同時代人として彼らとともに生きることを選んだのだった。

 彼はこの時代に生きた侍たちの信義を何よりも大切に感じていた。

 約束を守るために、彼は最後の手段を使った。

 9月9日の夜牢番が帰った後に、彼は二度と使わないと自らに誓ったトランスポーターを小刀の柄から取り出した。

 トランスポーターの目盛りを9月9日の真夜中に合わせ、彼は数時間未来へ時空移動したのだった。

 丈部との再開後、彼はトランスポーターの目盛りを9月9日の夜に戻して牢へと戻った。

 だから切腹したのは丈部と会った後であったのだ。
 なぜそこまでせねばならなかったのだろうか?

 赤穴はこの時代の信義だけではなく、タイムトラベラーとしての信義もつらぬいたのである。

 タイムトラベラーは過去と未来を守るために、決してその秘密を知られてはならないのであった。
 
 信義というものは、人間が存在する限り時空を超えて永遠に存在し続けるものであるようだ。