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ノボ村長の「詩集ノボノボ」

2016-11-23

「かないくん」という絵本

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『詩集ノボノボ』より

「かないくん」という絵本

 一冊の本が一週間前に届いた

 「かないくん」という絵本だ

 こんなにも 心を震わせるとは思わなかった

 谷川俊太郎さんのたった一篇の詩に

 松本大洋さんが2年を費やして描いたという

 見開き24枚の絵は とても静かだ

・・・・・・・・

 小学校4年生で夭折した「かないくん」

 同級生の少年の目をとおして

 はじめて「死」というものを感覚した

 生徒たちの心象風景が描かれていく

 たった数行に 薄墨の背景を描いただけの頁は

 彼らの心の色のようだ

・・・・・・・・

 かないくんの物語は

 60数年後のホスピスへと舞台を変える

 あのとき同級生だった少年は

 車いすで点滴につながれて

 かないくんの死と まもなく来るであろう自分の死を

 重ね合わせながら 

 「かないくん」の絵本を創ろうとしている

 どう終わらせるべきか迷いながら

 彼の車いすのわきで 小学生の孫娘が

 心を通わせている

・・・・・・・・

 作品に交錯する三つめの時間

 スキー場で 孫娘は祖父の死を知った

 ゲレンデを滑り降りる彼女のこころは

 60数年前 かないくんがいなくなった

 あの日の祖父と同じであったにちがいない

・・・・・・・・

 最後の数行には 驚かされた


 「真っ白なまぶしい世界の中で

 突然私は、「始まった」と思った。」


 死と生が 「いのち」という言葉に

 まじりあったような気がした 

・・・・・・・・

 この作品に強く惹かれるのには

 もう一つ理由がある

 わが孫は小学校4年生、孫娘は一年生

 彼らが同級生たちと遊ぶ様子や表情は

 絵本の中の小学生そのものなのだ

 視線、足の曲げ具合、肩のそびやかし方・・・

 2年もかけて描いた絵には

 やはり 何度も鑑賞させる熟成がある

・・・・・・・・

 詩と絵が 強く静かに共振している

 描かれたまなざしに 深さを感じる

 毎晩 ため息とともに

 最後のページを閉じている

 理由のわからない涙が 必ずこみあげる

 その後 朝露のような一滴が

 心に落ちてくる

→「かないくん」(ほぼ日刊イトイ新聞)

2016-11-16

私のセンス・オブ・ワンダー

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(宮城県大崎市鹿島台「いこいの森」)

『詩集ノボノボ』より

私のセンス・オブ・ワンダー

 昼、帰宅の道を遠回りして

 久しぶりに「いこいの森」を歩いた

 股関節の悪い私だが

 適度に動かさないと固まってしまうので

・・・・・・・・

 両手に ノルディックウォーキング用のポール

 右手の指に 熊よけの鈴

 森の中は私一人だけ

 外は強風なのに 森の中は無風の別世界  

 道に積もった落葉が 

 秋の光に きらきらとさざめく

・・・・・・・・

 起伏が多いこの森には 様々なコース

 なので しじゅう来ても飽きが来ない

 どれも 一周2キロくらいかな

 一人暮らしの父は 車を離すまで

 この森に 毎日のように通っていた

 今では それを私が継いでいる

 たまに 父と一緒に歩くこともある

・・・・・・・・

 歩き始めは 平坦なプロムナード

 けやきの落ち葉を ザクザク鳴らし

 まずは、脚ならし

 やがて紅葉やもくれんの落ち葉にかわり

 ねむの木通りを通過して

 白樺の下り坂へ入る

 途中大きな沼や 沢の橋がある

・・・・・・・・

 今は花も葉っぱも店じまい

 ところが 枯れた季節こそ美しい

 セピア色の世界は 柔らかく落ち着いて

 渋い大人の世界だ

 夕焼けの美しさに少し近いかな

・・・・・・・・・

 歩きながら 自然の多様さを思う

 いったいどれほどの植物や動物や

 菌や土壌や鉱物が

 この森にはあるのだろう

 きっと 何十万もあるにちがいない

 それらに名前を付けてきた

 私たちも センス・オブ・ワンダーだ

・・・・・・・・

 レイチェル・カーソンが晩年に

 甥っ子と一緒に過ごしたメイン州の別荘

 その森の風景もこんなだった

 『センス・オブ・ワンダー』には

 こんな言葉があった

 もしもわたしが、

 すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に

 話しかける力を持っているとしたら、

 世界中の子どもに、生涯消えることのない

 「センス・オブ・ワンダー」

 「神秘さや不思議さに目を見はる感性」

 を授けてほしいとたのむでしょう。


 今日は 私のセンス・オブ・ワンダー

 時空を超えて レイチェル・カーソンが

 しばし この森にきてくれたのだ


→センス・オブ・ワンダーより

2016-11-15

ボケはモルヒネ


『詩集ノボノボ』より

ボケはモルヒネ

 最近悟ったことがある

 ボケはきっと モルヒネにちがいない

 水木しげるさんは 最晩年に語っていた

 「ボケも手伝って至福の状態にあります」と

・・・・・・・・

 さて 日々モルヒネの効き目が強まるわが老父

 家族は看護師のようなもの

 本人の能天気とはうらはらに

 些細なことに 日々翻弄されている

 今日も今日とて郵便局へ

・・・・・・・・
 
 雲間に一瞬 日が射すように

 突然 モルヒネが何かを見せるらしい

 ようやく通帳印鑑預かって

 オレオレ詐欺やら 紛失やらの心配を

 なくしたはずと 安心していた郵便貯金

 なんと 知らぬ間に

 印鑑変更 通帳再発行をやらかしていた

 郵便局はすぐ隣

 局員さんも 本人には逆らえない

・・・・・・・・

 お金や食い物に苦労した世代だから

 きっと 執着が強いのだろう

 所詮老父の金なので

 なくそうがどうしようが あきらめよう

 と思おうとしても やはり割り切れない

・・・・・・・・

 一晩 悶々としたあげく

 今朝 父に顛末を聞いてみた

 ところが本人は もう何のことやら

 チンプンカンプン

 これ幸いと 父をつれて再々発行手続きをした

 ヤレヤレ。。。

 雲がかかっている間は いいのだけれど

 一瞬の日射しが これからも不安だな〜

・・・・・・・・

 類は類を呼んでしまうのか

 見ていた録画は「レインマン」

 ダスティン・ホフマンとトムクルーズに

 老父とわが身が 少し重なった

・・・・・・・・

 さらに会社では

 大手プロバイダーから 突然お詫びのメール

 法人カードの情報がダダ漏れになりました。

 スミマセンと。

 (それで終わりかい!)

 いやはや。。。

・・・・・・・・

 ということで 愚痴はいったん終わりだが

 実家の周りは ほんとに長生きばっかしだ

 92歳の老父だが ここじゃまだまだ大関クラス

 96,7歳の現役は このへんにざらにいる

・・・・・・・・

 先日はたまげたな〜

 郵便局にしゃんしゃんと 歩いてきたばあさん

 私に向かってなつかしそうに

 「あら、ノボちゃん、元気すか?」

 (えっ、そりゃ逆だろう!)

 たしかこのばあさんは 96歳くらい

 たいしたもんだな〜 この世代は。

・・・・・・・・

 最近はこう思う

 天は 長生きのご褒美に

 モルヒネを与えてくれるんだと

 長生きすればするほど 死ぬのが楽になる

 と何かで読んだが きっとこれだな

 ボケは悲しいことに見えるけど

 本人には天国だ ということに

 今さらながら 気づかせられた

 今日この頃の私です

2016-11-09

トランプと孫たち


『詩集ノボノボ』より

トランプと孫たち

 変化の激しい一日だった

 初雪が降り

 しかも いっとき吹雪になった

 止んだとおもったら

 トランプが大統領になっていた

 夜には 強風がうなり始めた

・・・・・・・・

 午後は孫守りを頼まれた

 吹雪の中 2キロの道を歩いてくる

 小学生ってたいしたもんだな〜

 小一の孫娘は いつものように隣の家で宿題?

 小四の孫は 庭で同級生とバドミントン

 子供はほんとに風の子だ

 風邪の子でもあるけどな〜

・・・・・・・・

 痛い股関節をだましだまし

 いつものように家政婦しごと

 掃除機かけ、おかずつくり

 共稼ぎ夫婦へのお手伝い

 家とか、父親宅とか、こことか

 私は毎日 どこかでおかずを作っているな〜

・・・・・・・・

 すっかり暗くなったので

 孫たちが家の中に入ってくる

 母親が来るまで 孫娘とトランプ遊び

 孫は私がつけたニュースを眺めている

 テレビでは トランプ勝利の映像

 「トランプかった!?」と私

 「えっ、じいちゃんどこにあるの?」

 トランプ候補とトランプカードを

 間違えた孫娘に トランプしながら

 皆で大笑い

・・・・・・・
 
 小四の孫が突然たずねる

 「じいちゃんはクリントンとトランプどっちがいいの?」

 ここから私のうんちく話がはじまった

・・・・・・・

 そのうちに話が大きくなってきて

 「どうして戦争なんかするんだ、おれはぜったいいやだ」

 と孫が独り言をつぶやく

 孫は最近 戦国武将にえらくご執心で 

 中学校では剣道部に入りたいらしい

 臆病たかりがひっくりかえって

 国士になったら少し怖いな〜

 なんて もっけやみ(取り越し苦労)してたので

 実は ホッとした

・・・・・・・・

 さて、また孫がたずねる

 「じいちゃん、なんで戦争なんかするの、人殺しなのに」

 よくぞ言ってくれたと思いつつ

 「そのとおり、だけど。。。」

 と、ろくなことを言えない自分

 物心ついてから

 ほぼ毎日考えてきたことなのに

 しまいには、兄弟げんかの話にかえて 煙に巻く

 ろくに答えられない自分が情けない

 だから 本能にしたがって 単純で強い言葉を

 発するトランプが勝つんだよな〜

 情けない自分が そうでなくなるような気がしてさ
 

2016-10-23

『蠅の王』という少年漂流記

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『詩集ノボノボ』より

『蠅の王』という少年漂流記

 『蠅の王』は実に印象的だった

 なにかを書かずにはいられない気持ちになった

・・・・・・・・

 この話の前段になるが

 『ロビンソン・クルーソー』をまた読んだ

 小学校から数えてたぶん7,8回目くらい

 それにしても こんなに面白い本はない

 著者デフォーは当時六十に近かった

 しかも彼の処女作だったとは

 なんと自信を与えてくれることだろう

・・・・・・・・

 漂流ものや冒険ものが好きなので

 続けてあれこれ読んでみた

 その中の一冊

 ゴールディング著『蠅(はえ)の王』

 本の名前にたがわず実に衝撃的だった

 そして名作だった

・・・・・・・・

 第三次大戦が起きたらしい近未来

 疎開先へ向かう飛行機が無人島に墜落した

 生き残ったのは少年たちだけ

 下は7歳、上は12歳くらいの十数名

 聡明で正義感の強いラーフがリーダーとなって

 サバイバルが始まった

・・・・・・・・

 ある日 ほら貝をひとつ見つけた

 ラーフはルールをつくった

 発言する者は必ずほら貝を持つこと

 交替で烽火の見張りをすること

 幸運にも野生の果物が多い島で

 しばらくはなんとか順調だった

 しかし 森には魔物が住むという恐怖が

 皆を支配していた

・・・・・・・・

 野生の豚が破局のきっかけだった

 豚狩りに熱中していたジャックとその一味は

 烽火を消してしまいラーフにたしなめられた

 獣を狩る喜び、肉を得る欲望に憑かれた彼らは

 ラーフたちと決別する 

 泥や染料で体を塗りたくり、獣のごとくになっていく彼ら

・・・・・・・・

 サイモンという少年が森の中で『蠅の王』と遭遇する

 彼は呪文にかけられたように狂い走り死にいたる

 『蠅の王』は豚の頭に蠅がたかったものだった

 ジャックらが森の魔物にささげた供物なのだ

・・・・・・・・

 理性に従おうとするラーフたち

 欲望に身をまかせるジャックたち

 ついに対立が激化する

 対立はやがて少年とは思えぬ残虐性を帯びていく

 肉の味、太鼓のリズム、野生のジャングル

 皮肉なことに 戦いの中で

 ラーフたちも感化されていくのだった

 弱虫でど近眼だが頭の良いピギー

 彼はラーフの親友だったが

 追いつめられたすえ崖から転落死する

 理性、謙虚が情念、暴力に侵されていく暗喩だ

・・・・・・・・

 手負いの獣のように逃げるラーフ

 彼をジャングルに追い詰めていくジャックたち

 火を放ち 殺戮の熱狂はエスカレートしていく

 まるで高速度カメラを用いた映画のように

 猛烈なスピード感を覚えさせる後半だ

 もうこれまでか、と思った瞬間

 最後の救いが現れる

・・・・・・・・

 ただただ泣きくずれるラーフ

 ほかの子供らも嗚咽する

 しかし、真の救いはない

 彼らは知ってしまったのだ

 人間の心の「暗黒」を

 彼らは失ってしまったのだ

 人間の心の「無垢」を

 そして この世界で行われている戦争も

 明日も明後日も続いていくことだろう

2016-10-21

秋の野原は陣取り合戦

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『詩集ノボノボ』より

秋の野原は陣取り合戦

 栗駒山の紅葉は中腹まで下りてきた 
 
 里の木々が色づくのももうすぐだ

 絶好のサイクリング季節

 いつもの土手道を 夕日に向かってペダリング


 川原や野原は一面が 黄色と白のツートンカラー

 セイタカアワダチソウとススキの陣取り合戦だ

 ここ数年 黄色が白を圧倒していたが

 今年は黄色六分に白四分 

 ススキが少し盛り返している感じ


 判官びいきのわけではないが

 私はススキの応援団

 セイタカアワダチソウはどうにも苦手

 どう猛な繁殖力と 矢じりのような攻撃的相貌

 政治や社会のある集団を連想してしまう


 ススキ派の私はだからいつも負け戦

 昭和生まれの枯れススキ

 あ〜、あらゆるところがいつの日か

 このど派手な黄色に染まってしまうのか

 と、横目でため息をついていた


 ところが ある文章を読んでハッとした

 北米からやってきた黄色のエイリアン

 最近少し態度を改めているそうな

 他の植物を絶滅させるために

 根から出していたアレロパシー

 自分しかいなくなったために 自家中毒

 それで背丈も短くなってきたらしい


 もうひとつ

 ライバルのススキが免疫をつけたらしい

 かつて日本の秋を 一手に引き受けてきたススキだが

 セイタカアワダチソウに押され押されて

 まもなく絶滅か、と心配されていた

 ところが苦節十数年

 黄色の根っこの出す毒薬に

 耐性、いや逆に栄養とする新種がうまれ

 カド番脱出の希望が出てきたらしい

 それで今年の秋場所は 六分四分の戦いらしい

 
 もうひとつ嬉しいことがある

 セイタカアワダチソウの 知られざる善行を知ったのだ

 私にはジンクスがあって どういうわけか

 私が嫌っているものが必ずのさばってしまうのだ

 ところが善行を知ったから もうジンクスは破れそう

 善行はミツバチに対して行われていた

 晩秋の花蜜が乏しい時期に

 冬を越すミツバチの貴重な蜜源になっているらしい

 調べたら 葉や茎は食用や薬用にもなるらしい


 というわけで

 毎秋恒例の 黄色と白の陣取り合戦は

 私の人間修行にもなっている

 猛く勇める威勢人たちは まるでセイタカアワダチソウ

 敵がいなくなると共喰いするから心配ない

 盛者必衰のことわりなり

 忘れちゃいけないのは 彼らの善行

 いいところをきちんと見てあげれば

 生態系での身の程を きっとわきまえることだろう


 秋の野原の陣取り合戦

 来年はどんな勝負になるだろう

 五分五分や 少し勝ったり負けたりや

 そんな 棲み分けバランスの絶妙を

 人間に教えてくれたら 嬉しいな〜

2014-12-10

人間もアンドロイドも同類だな〜

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(映画「ロボジー」より)

『詩集ノボノボ』より

人間もアンドロイドも同類だな〜

 私は現在、股関節の障害で自宅療養中。。。

 具合の悪いことは重なるようで

 数日前に 高齢の父がタンスに衝突

 脇腹を強く打撲した

 なので(私が)整骨院に行った帰り

 父の湿布薬を買ってきた

・・・・・・・

 さらにその日は孫娘まで耳下腺炎

 看護婦役の女房と孫娘

 それに折良く帰省していた東京の姉

 私を含めて4人が一人暮らしの父宅に集まった

・・・・・・・・

 さっそく父に湿布薬を貼ってやった

 脚がヒドイ状態の私が買ってきたことが

 とても印象に残ったのか

 父は姉にこう話したらしい

 「信雄も大変だ

 脚が悪いのに、『薬』を毎日売リ歩いている

 このご時世、どれだけ売れることやら。。。」


・・・・・・・・

 翌日電話で姉は笑いをこらえながら

 この話を私に聞かせた

 最初苦笑した私だが

 「おもしろうて やがて悲しき 老父の妄想」

 という心境におちいった

 認知症がだんだん進んできたなーと

・・・・・・・・

 さてあれこれ認知症を考えていたら

 どうも人間はロボットとそっくりだな〜

 と、私も妄想にとりつかれた

 ロボットじゃ機械的すぎるから

 アンドロイドとそっくりだな〜、か

・・・・・・・・

 人間の素子は 細胞という有機物

 アンドロイドの素子は シリコンという無機物

 違いはあれども 動く原理は大体いっしょ

 どういうわけか 劣化の仕方さえそっくりだ

・・・・・・・・

 アンドロイドの脳みそは 

 コンピュータという人工知能だ

 記憶装置のハードディスクは

 古い記憶でいっぱいになると

 新しい記憶はもう入らない

 直前記憶のメモリーは 

 リセットしないと劣化して

 今今の記憶を保持できない

・・・・・・・・

 アンドロイドも人間も

 それでもなんとか生きていけるのは

 ソフトウェアがあるからだ

 ハヤブサがギリギリのリソースで

 大宇宙から戻ってきたように

・・・・・・・・

 ソフトウェアは三階層

 人間の本能は「バイオス」だ

 人間としてのふるまいは「OS」だ

 そして計算や問題処理が「アプリケーション」だ

 認知症とは「アプリケーション」が

 メモリー不足でハングするようなもの

・・・・・・・・

 お年寄りは 年を経た旧世代のパソコンだ

 若い連中は ハイスペックの最新マシンだ

 図形描画が今は1秒 昔は一昼夜

 そういう新旧世代のパソコンが

 並存している世界が人間社会

・・・・・・・・

 いみじくも コンピュータの祖ノイマンは

 現代コンピューターの原理を生殖にたとえた

 それは「オートマトンと自己増殖」という論文

 オートマトンとは 人工知能のことだ

 コンピューターは自己増殖をしていける

 つまり 人のように出産できるのだ、と

・・・・・・・・

 認知症から飛躍したが

 未来の人類は きっとハイブリッド化するだろう

 何億年、何十億年という時間をかけて

 自然は「生物」という自己増殖機能を生み出した

 それは果てしなき変容の歴史

 人間は「コンピュータ」という自己増殖機能を生み出した

 つまり「人」と「アンドロイド」とは

 自己増殖機能どうし とても近しいのだ

・・・・・・・・

 さて 第二のノイマンはいつ現れることだろう

 人間アンドロイド化の世界なら

 痛みも不自由も 今より少なくなるに違いない

 だけど。。。

 かなり引いてしまうな〜

 たぶん 私の生きる時代には実現しない

 かえってホッとするのはなぜだろう?

2014-11-25

道路はミクロの決死圈

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→映画「ミクロの決死圈」

『詩集ノボノボ』より

道路はミクロの決死圈

 道路は血管とそっくりだ

 四方八方、縦横無尽、日々新生される道路網

 道路は地べたに張り付いている

 だから血管と違うって?

 それがそうじゃない

 高速道路を空から写したら

 それはかつて少年たちが、未来予想図に描いたとおり
 
 空中を走る高速チューブのよう!

 やはり道路は血管なのだ

 そして、走る車は血球や血小板だ

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・・・・・・・・

 乗用車やトラックは酸素を運ぶ赤血球

 血管のところどころにあるスタンドで

 ガソリンというエネルギーを補給して

 人や荷物という酸素を、すみずみまで運ぶ役

 血管道路を24時間365日走り続ける

・・・・・・・・

 時に事故や災害が発生する

 血液の流れは寸断し、このままだと身体が危うい

 そんな時、サイレンを鳴らしてやってくる車たち

 事故や災害現場に直行し

 流れを回復しようと奮闘する

 その白血球やリンパ球こそ

 パトカーや救急車だ

・・・・・・・・

 ところが道路の損傷が激しく、すぐには直らない

 出血を止めようと、血小板が集まってくる

 それが工事車両、つまり重機ってやつだ

・・・・・・・・

 こうしてみるとミクロもマクロもそっくりだ

 だったら究極の人口爆発対策は

 宇宙移民よりも人間ミクロ化がいい

 そうすると細菌との戦い方も変わるな〜

 なにせ細菌が、犬や猫と同じ大きさになるのだから

・・・・・・・・

 そうなったとしたら、時代劇や西部劇の出番だな

 日本刀でバッサバッサと滅多切り!
 
 二丁拳銃でバキューン・バキューンと乱れ打ち!

 懐かしの銀幕が復活だ

 三船敏郎、ジョン・ウェイン、ジュリアーノ・ジェンマ!

 戦い好きにはたまらないだろう

 マクロの時代、人同士の殺し合いとは共食いだった

 これからは、疑いなき悪党細菌たちと一騎打ち!

 これが真のヒーローってわけさ

・・・・・・・・

 待てよ?

 アリンコはゴジラよりはるかに大きくなるな〜

 犬猫なんて大きすぎて視界に入らないな〜

 というか、彼らの身体が地球になるんだな〜

 本末転倒して何かと大変そうだ

・・・・・・・・

 『ミクロの決死圈』の出演者はこう言うだろう

 「ミクロの世界も楽じゃないぜ。。。」

 そして、こう続けることだろう

 「戻ったマクロ世界も大変で、結局どこもおんなじさ」

 それにしてもあの映画は、昔の傑作だったよな〜

2014-05-18

星の見方

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『詩集ノボノボ』より

星の見方

 星取り、星占い、星飛雄馬?

 星はいつも人生とともにあり。

 太陽よりも月よりも

 暗くか弱きまたたきなのに

 その実、太陽よりも遙かに大きいお星さま。

・・・・・・・・

 かつて お星様に教えていただいた

 それは貴重な処世訓

 ものごとをまじめに考えすぎるケッペキくん

 彼は牡牛座生まれ

 星座にあるスバルを数えようと

 眉間にしわ寄せ 眼をこらす

・・・・・・・・

 ところが にらめばにらむほど

 スバルはかすみ、
 
 まなこの奥が痛み出す

・・・・・・・・

 ところがある日のケッペキくん

 生物の授業で いいことを知った

 目には二種類の細胞があるんだと

 明るい光を感じるのは

 黒目にある円錐細胞で

 暗い光を感じるのが

 白目にある棒状細胞だということを

・・・・・・・

 そこである夜 目をそらし

 白目でスバルを見たならば

 なんと!

 六つ星を数えられるじゃないか。

・・・・・・・・

 彼はそのとき悟りました

 人生 何かを真剣に見極めようと思ったら

 少しだけ 目をそらすのがいいんだと

・・・・・・・・

 つまり 人間の脳みそも

 円錐?脳細胞と

 棒状?脳細胞とがあって

 使い分けなくちゃいけないんだなと

 大切なか弱き光を 見失わないために

・・・・・・・・

 ところが今じゃ 同意になってしまったな

 「そらす」と「逃げる」が

 同じようだが大きな違い

 そらすとは 実は見続けることなんだ

 真正面じゃなくて横目でね

 そう、おんなじ!

 きれいな彼女を そっと見るときと

・・・・・・・・

 子どもたちには

 いの一番に 教えてあげたい

 こんな 小さな知識でも

 人生の大嵐に 自分を救ってくれる

 救命胴衣になることを

・・・・・・・・

 親や先生も

 人がすでに考えたことを教えるよりも

 自分で考えぬくための こんな知恵こそ

 教えてあげるといいと思うんだ

・・・・・・・・

『見上げてごらん夜の星を』

歌:坂本九/詞:永六輔/曲:いずみたく

 見上げてごらん 夜の星を
 小さな星の 小さな光りが
 ささやかな幸せを うたってる

 見上げてごらん 夜の星を
 ぼくらのように 名もない星が
 ささやかな幸せを 祈ってる

 手をつなごう ぼくと
 追いかけよう 夢を
 二人なら 苦しくなんかないさ

 見上げてごらん 夜の星を
 小さな星の 小さな光りが
 ささやかな幸せを うたってる

 見上げてごらん 夜の星を
 ぼくらのように 名もない星が
 ささやかな幸せを 祈ってる

2014-04-28 窓辺の天国

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『詩集ノボノボ』より

窓辺の天国

 のどかな春の夕方

 お日さまが 

 空気をうすいオレンジ色に

 優しくけむらせている

 まだまだ眠りませんよと

 明るい日射しはそのままに

・・・・・・・・

 座敷の障子を開けてみた

 待ってました、というように

 夕方の少しひんやりとした

 さわやかな風が

 さあ〜〜っと入りこむ

・・・・・・・・

 夕方は鳥たちがとても忙しい

 レッドロビンの垣根の向こうで

 賑やかなさえずり

 飛ぶのがあんまり速くて

 なに鳥なのかわからない

 この時間 世界は鳥たちが主人公だ

・・・・・・・・

 なんかとても癒やされて

 肘掛け椅子を窓辺に持ってきた

 ついでにいつもの日本酒も
 
 今日は 窓辺の独り酒場だ

 飛びまわる鳥を肴に、いやBGMにして

・・・・・・・・

 お気に入りのグラスに

 お酒を満たし

 クイ〜っとまずいっぱい

 はあ〜。。。

 カサカサの土に

 慈雨がしみこむようだ

・・・・・・・・

 いつか読もうと積んでいた本を開き

 お日さまをスタンドにして

 ページをゆっくりめくっていく

 そうしたら、

 活字に生命がやどったように

 著者が私に語りかけてきた

・・・・・・・・

 ふと垣根に目を向けると

 わが畑の上で

 数十ものブヨたちが

 ダンスを踊っている

 同じ場所を 一生懸命飽きもせず

 いつまでも いつまでも

 ブヨたちも 踊り続けたいほど

 今が至福の時なのだろうか

・・・・・・・・

 人の声も車の音もなく

 鳥の声はにぎやかで

 芽吹いたばかりのレッドロビンと

 ブヨのダンス

 たぶん いつでも、どこにでもあった

 当たり前の風景なのだろう

 それが天国のように思えるなんて

 実に不思議なことだ

・・・・・・・・

 農家の縁側に腰を下ろし

 キセルをふかすじいさんも

 テラスの揺り椅子で

 編み物をする欧州のばあさんも

 畑の畦で一休みする

 もんぺ姿のばあさんも

 みんな同じ想いをしていたのだろうな〜

 たぶん オレンジ色の日光は

 天国を透かしてみせる

 フィルターなんだろう。。。

2014-04-15

妹(いも)の力

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(東京の姉妹、古川の兄妹)

『詩集ノボノボ』より

妹の力

 先日の春爛漫

 独創村仲間二人が会社にやって来た

 今日は天気がいいぜ、外で飯食おうや

 ということで

 近くの公園 小高い丘の芝生で

 パンを食べる

・・・・・・・・

 桜の花は まだつぼみだが

 風もなく、あたたかく

 小鳥の声やら、子供の声やら

 のどかで もう動きたくない

・・・・・・・・

 はしゃぎまわる子どもを見ながら

 仲間の一人がこんな話

 先日夜も更けてから、

 小5の娘が相談をしにきた

 深刻な顔をして 娘が言うには

 「妹が怖い!」

 ということだったらしい

・・・・・・・・

 「どうして?」 と、たずねたら

 いつもの喧嘩をしたら
 
 小3の妹が 本気で怒り

 かかと落としを 思い切り食らった

 あんまり強くて 怖くなったらしい

・・・・・・・・

 かかと落としと聞いて

 もう一人の仲間が感心する

 「下の娘さん、すごい技持ってるな〜」

 彼は昔 空手をやっていた

・・・・・・・・

 私も孫のことを思い出した

 先日娘が語るには

 今度小2のユウキは

 まだまだ甘えん坊

 ときどき妹に悪態ついたり

 悪さをするという

・・・・・・・・

 学校なのか 児童館なのか

 悪い言葉を覚えてくる

 「死んでしまえ」

 「消えてなくなれ」

 それを4歳の妹に浴びせるらしい

・・・・・・・・

 ところが 弟、妹っていうのは

 兄や姉より めっぽう強い

 そのまんま 言い返したらしい

 「ユウキ死んでしまえ」

 「ユウキ消えてなくなれ」

・・・・・・・・

 兄のユウキは なんたることか

 「ナオちゃんにいじめられた」

 と、泣いて母にすがってきた

 とのことだった

 もちろん 皆で大笑い

・・・・・・・・

 これらの話で ふと浮かんだ言葉

 「妹の力」

 いもって 妹のことと思っていた

 昔から 兄や姉よりも

 妹のほうが 強かったんだろうな〜って

 まわりを見れば そりゃおおいに納得だ

・・・・・・・・

 よくよく調べたら違うらしい

 「妹の力」って「女性の力」なんだって

 ま〜、どっちにしても

 女性は強いってことだな

・・・・・・・・

 小野妹子って昔習ったな

 たしか最初の?遣隋使だった

 かなり長い間 女と思っていたが

 豪壮な男だったのには びっくりしたもんだ

・・・・・・・・

 どうして男が「妹子」って名乗るのか

 いやもっと 女性の力をどうして

 「妹の力」って言ったのか

 やはり大昔から 妹こそが

 最強だったからじゃないのかな〜

 お姉ちゃん、お兄ちゃん

 もう少し根性出して頑張りな!

2014-02-14

女と男のシーソーゲーム

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(北斎漫画より)

『詩集ノボノボ』より

女と男のシーソーゲーム

 男は仕事 女は子守

 男は挑戦 女は忍耐

 男は度胸 女は愛嬌

 と、言われた時代もあったよな

 いったいいつのことだっけ。。。

・・・・・・・・

 そんな世界にあこがれる

 レトロ・ロマン系がけっこう多い

 マッチョな政治家 親分社長

 おっと、強面ばあさん評論家まで

 正直言うと 私も少し惹かれるな〜

 絶対、男が得そうだもの

・・・・・・・・

 ところが気づいた

 これは大いなる妄想だったよと

 男と女 主役と脇役は

 時代はもとより 人生さえも

 シーソーゲームであったのだ

・・・・・・・・

 チャンバラ劇を見過ぎのせいか

 江戸時代を暗黒時代と思う人がいる

 実は、歴史上希有な平和社会だったらしい

 お江戸の警察官はたった二十四人

  →江戸の警察官は24人

 殺人事件など 年に一度あるかなし

 これまたびっくりするのだが

 女性上位社会でもあったらしい

 しかも戦国時代の昔から

  →戦国時代はカカア天下

・・・・・・・・

 男が家出の三行半(みくだりはん)

 キッチンドランカー 粋な浮気は女の特権

 男は赤子をおぶってご飯炊き

 誰の子かって 野暮は聞かぬが長屋の掟

 知れば知るほどたまげてしまう

 女が主役の江戸時代

 そのせいなのかな〜

 お江戸のお人は よく笑っていたらしい

・・・・・・・・

 弥生時代はどうかといえば

 これまた 女にスポットライト

 邪馬台国のナンバーワンは

 あの卑弥呼さまじゃないですか

 今の世だって

 エリザベス女王もいれば

 メルケルさんもいる

 忘れちゃいけない、

 あなたや私のカミさんだって(?)

・・・・・・・・

 人生はどうだ?

 家路に急ぐ小学生を見てふと思う

 幼稚園や小学校は

 ぜったい女の子が大人だったな〜

 知力、体力、いや度胸さえ

 女のほうに分があった

・・・・・・・・

 逆転するのは中高から二十歳まで

 どうにもならぬは身体の構造

 女は出っ張りの栄養補給にいそがしい

 男はここぞと 頭と筋肉へ栄養を

 それゆえ少しだけ 男のほうがリードする

・・・・・・・・

 ところがまたも逆転の二十歳過ぎ

 化粧という妖術を覚えた女たち

 男たちを大いにたぶらかし

 女性上位がしばらく続く

・・・・・・・・

 男と女のラブゲーム(騙しあい?)

 やがて結婚 

 ようやく美女を囲い込んだ男たち

 子どもが生まれて女は家に

 男は会社という戦場へ

 ヤワな男も戦士に変貌

 まともな給料を運ぶうち

 男はこの時期 一点リードする

・・・・・・・・

 やがて子どもも手を離れ

 亭主の給料だけじゃ不足する

 ここで女も戦場へ

 なんとしても行きたがる

 なにせ 死ぬことはない戦場

 気晴らしできて 気持ちいい

・・・・・・・・

 アラフォーから50代

 男と女はシーソーゲーム

 とっくに忘れた青春時代

 かくして三組に一組が

 ほなサイナラと 別の道

・・・・・・・・

 さ〜 最後はどっちがリードする?

 答えはそう、女です。

 長生き、友人、老後の趣味

 生命の源、食欲だって

 どれをとっても男は負ける

・・・・・・・・

 かくして男性優位社会など

 昔からあったためしはないのです

 あこがれのマッチョな男尊女卑社会

 実は、か弱い男の夢物語なり

 さ〜 現実にかえりましょうや。。。

2014-01-21

スローモーション人生へ

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(原始的火おこし体験中の孫)

『詩集ノボノボ』より

スローモーション人生へ

 「天の配剤」は たしかにありそうだ

 一見それは 反対に見える

 不調、後退、低下、マイナス。。。

 しかし よくよく考えてみると 

 これらは「よきもの」であるようだ

・・・・・・・・

 身体が固くなりすぎて

 もう機敏な動作は全然できない。

 手指の湿り気はなくなって

 ページをめくるのも大変

 二つの仕事は一緒にできない

 三つ覚えたら一つは必ず忘れてしまう

 お目々は眼鏡を三種類

 生まれつきの不具合も嵩じ

 足腰肩は 日々痛みとの闘い中

・・・・・・・・

 こりゃ大変だ、と思っていたが

 暮らしの速度を落としてみれば
 
 これでも十分いけるじゃないか!

 なんだ、自分の身体に合わせりゃいいんだな

 と、思えてきた今日この頃だ

・・・・・・・・

 作業は必ず一度に一つだけ

 それなら一度に一つの記憶でできる

 だから 同じ場所を何度も行き来する

 これが運動にもなるんだな〜

 仕事の前には準備をぬかりなく

 決してショートカットはしないこと

 細かい仕事は息を止め〜

 のろまそうだが結局早い

・・・・・・・・

 そんな自分を外から見たら

 スローモーション映画のようだろう

 なぜ「天の配剤」かって?

 たぶん 天の声はこんなだろう

 「せわしく動く人生はもう終わり

  ゆっく〜り考えなさい これからは

  だから

  ゆっく〜り動作に切り替えてあげました」

・・・・・・・・

 使い方さえ工夫すりゃ

 古い道具だって役に立つ

 新しいものはもう覚えられないわが父などは

 半世紀以上前の道具がまだ健在だ

 さすがに電化製品は危ないが。。。

 年取れば 身近な道具も

 自分の身体と一心同体なのだろう

 ようやく私も入ったのだ その世界に

・・・・・・・・

 今までの速度こそ 何だったのだろう?

 世の中に合わせ 他人に合わせ
 
 結局 ゆっくり考えることなどできなかった

 でも ゆっくり考えられる今になったら

 別なお悩みが出てきたよ

 ゆっくり考えようと思っても

 いいアイデアが 出てこない

 考える材料を さっぱり貯めてこなかった。。。

 まずは 材料集めから始めなくっちゃ!

・・・・・・・・

 材料探しをしていて ハッと気づいた

 食料、燃料、道具のもとは「自分の里山」にあり

 その里山とやらはどこにある?

 私は発見した

 それは「社会に出る前の自分の人生」にあるのだ

 その頃は「社会人」でも「会社人」でもなく

 「人間」だったから

 これからはその時代を こうよぶことにしよう

 「人生の里山時代」と

・・・・・・・・

 スローモーション人生はたしかに悪くない

 しかし 世にすべてオーライは

 やはりない

 週末は 娘が新年会とやらで孫見を頼まれた

 スローモーション世代の私と妻じゃ

 孫の速度に付いていくのは大変だ!

 オンボロ車で高速道路を走ったように

 もうヘットヘト

・・・・・・・・

 やっと寝かしつけて ヤレヤレ。。。

 ところが真夜中に起きた孫娘

 まだ帰らぬ母親に気づき 大きな声で泣き出す

 あ〜〜、寝不足の翌日よ。。。

2013-12-10

川を下る船たち

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『詩集ノボノボ』より

川を下る船たち

 『川原の石ころ図鑑』を開いた

 見たことある石がいっぱい

 堆積岩、火成岩、変成岩・・・

 学校時代の理科や地学の教科書を思い出す

 天気がいい日 石ころ観察したいなと思う

・・・・・・・・

 やがて 石ではなくて

 川についてのあれこれが

 脳裏のスクリーンに現れてきた

 私のふるさとの川は 江合川(えあいがわ)

 小さい頃は泳いだり、魚釣りしたり

 遊びのネタがないときは石ケリも

・・・・・・・・

 時代は変わり、川岸には河川公園

 土手道は舗装された自転車道

 ところが

 まわりはいくら変わっても

 川は流れ続けている

 昔のままに ゆっくりと

・・・・・・・・

 私の生まれ育ったところは
 
 「御蔵場(おくらば)」という地名

 昔はここで 米を船に積み

 石巻まで下ったらしい

 上りはどうしたのかといえば

 船に長い縄をかけ

 土手道から 人や馬でひっぱたらしい

・・・・・・・・

 川と船 想像はふくらんでいく

 昔のいかだや丸木船

 黄河を下るジャンク船

 ミシシッピー川を下る蒸気船

 さまざまな船が 川を下っていった

 人の歴史や文明とともに 

 人のあこがれや 欲望とともに

・・・・・・・・

 同じ川を いろんな船が下っていたら

 どんなだろう

 少し似てるんじゃないか?

 社会や人生のありさまと

・・・・・・・・

 ここは空想の大きな川。。。

 私が乗っているのは 小さなポンポン蒸気船

 まわりには カヤックや手こぎのボート

 ヨットもあるな〜

 それぞれ いろんな工夫や飾りで楽しそう

 川岸にも 停泊する船や休憩する人たち

・・・・・・・・

 さまざまな船が行き来するこの川は

 まさに この世そのものだ

 川に浮かぶ いろんな船は 

 一人一人の生き方だ
 
 ゆっくりと自然に親しみながら進む船

 手作りの操縦を楽しみながら進む船

 多くの荷物を積み 一刻も早くと進む船

・・・・・・・・

 ふと思いだした

 何十年も前 友人と松島湾で

 手こぎのボートをこいでいた

 そのとき遊覧船がやってきて

 大きな波が ボートを揺らし

 とても怖い思いをした

・・・・・・・・

 この空想の川にも

 突然大きな波が立ち始めた

 小さな船が大きく揺れて

 いっせいに 緊張感が走る

 鋼鉄の大きな蒸気船が

 すさまじい速度で 川を進んできたのだ

 何隻も何隻も わがもの顔をして

 黒煙を上げ 汽笛を鳴らしながら

・・・・・・・・

 時代は進む

 船はますます巨大化していった

 川はもう 大きな船だけになってしまった

 小さい船は あおられて転覆してしまうのだ

 だから今では 

 みんな大きい船に乗っている

・・・・・・・・
 
 船員も乗客も

 景色がどうであろうと

 川や川岸の生態がどうであろうと 

 一向に気になどしない

 気にするのは

 いつ河口に着くかと 船の料金だけ

 自慢するのは

 自分が乗っている

 船の大きさと 船の速度だけ

・・・・・・・・

 もはや 思いだす人などいない

 かつて この川に

 様々な船が 浮かんでいたこと

 川岸からは 鳥の声、笑い声が

 聞こえていたことなど

・・・・・・・・

 しかし 川は流れ続けている

 昔も今も変わりなく

 実に ゆっくりと

 世の中がどう変わろうとも

2013-11-21

俊足風邪小僧

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(山城新伍「風小僧」)

『詩集ノボノボ』より

俊足風邪小僧

 孫から風邪をもらうジジババは

 実は多いと噂に聞いた 

 実証実験ではないのだが

 きっとそうだ、と実感した

 孫の風邪菌は元気がいいのだ!

・・・・・・・・

 どうでもいい連想が また始まった

 「風小僧」

 小学校の頃、日曜朝にあったよな

 山城新伍が 忍者のように

 白黒画面の中で 跳ね回っていたな

 今では元気な「風邪小僧」か

・・・・・・・・

 木曜日 久しぶりに孫娘の看病へ

 いつもは女房の仕事なんだけど

 午後から外せない用事があるという

 今日は父親が看るのだが

 帰る時間で 看病人の空白ができるらしい

 それじゃ30分くらいなら看てあげよう

 と、行きました。

・・・・・・・・

 小一のやろっこ孫なら

 同性のせいか 全く心配なくて

 いそいそ行くのだが

 三歳の孫娘だと ちと心配

 なにせ 仕事だけが人生であったこの私

 やくざな仕事世界の 大波小波にゆらゆられ

 顔つきも 実は気性も

 険しくなっていることを

 子供は 敏感に感じ取る

 私と二人っきりになったなら

 きっと めそめそしだすだろうな〜〜

・・・・・・・・

 ところが 予想は大外れ

 風邪引いてるくせに ニコニコと

 とっても嬉しそうに なついてくるよ!

 「じいちゃん、これ食べて」

 「じいちゃん、お母さんのお顔描いて」

 飼ったばかりの 兄の文鳥を指さして

 「ユウキ(兄)のピッピ、かわいいでしょう」

 ついつい だっこして一緒に遊ぶ私

 一緒にお昼ごはんも食べました

・・・・・・・・

 やがて父親が帰宅

 「じいちゃん、もう帰っていいから」

 なんて現金なんだろう、子供は

 なんて思って、実は安心する

 「これならすぐに治るだろうな」

・・・・・・・・

 仕事場に戻ったとたんに

 くしゃみが10連発!

 「変だな〜、ホコリかな?」

 なんて思っていたら

 次の日から のどの腫れ

 そして週末は一歩も外に出られませ〜ん

・・・・・・・・

 たった30分やそこらなのに

 移るなんておかしい、と女房は言う

 しかし それは違うということを

 私は知っている

 いや感じている

 子供の風邪菌は俊足なのだ

 「俊足風邪小僧」なのだ

・・・・・・・・
 
 子供の「感性」とそっくりで

 子供が人の本性を

 一瞬で感じとるように

 一瞬にして 乗り移ってしまうのだ

 かわいい孫にはまったく無防備の

 私たちのようなジジババに

 まるで風邪菌までが甘えるようにして

 みなさん 気をつけましょう!

2013-11-14

笑いのお風呂

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(北斎漫画より)

『詩集ノボノボ』より

笑いのお風呂

 露天風呂には三人 

 私とパパと子供の二人組

 ま〜るいお風呂のへりには何ヶ所か
 
 オーバーフローの排水口がついている

 ゴボゴボゴボッ。。。と

 しじゅう音を立てている

・・・・・・・・

 小一くらいの子供が

 何の音だろうと不思議がる

 パパは笑い顔で教えてあげた

 「そこに温泉飲み込む人がいるんだよ」

 子供は神妙な顔をして おそるおそる見に行った

 そして自分も飲んでみようとする

 「しょっぱ〜い!」

 「ハハハ、嘘だよ。ひっかかったな」と

 パパは大笑い 私も思わず大笑い

・・・・・・・・

 この子供にはもうひとつ笑わされた

 「パパ ここのお風呂の素は何使ってんの?」

 パパが何と答えたか 忘れました

・・・・・・・・

 前の日に 私は超名作映画を観た

 もう4回目だ

 ウォルフガング・ペーターゼン監督作品

 『Uボート』

 最初は映画館

 それからはDVDや映画専門チャンネルで

 実に重く、人間臭く、張りつめた

 静かな感動作だ

・・・・・・・・
 
 サウナの中で この映画を思い出した

 Uボートの幅って これくらいだろうか

 50人もの乗組員は

 こんな具合に 密室にいたのだろうか

 大汗かいたオヤジの群れが

 密閉された潜水艦で 獣のように暮らす

 ひげ面の士官や兵士たちを彷彿とさせる

 そんな想像に つい一人笑ってしまった

・・・・・・・・

 脱衣場では 別なパパと子供

 露天風呂のパパとは正反対

 「こら! ちゃんと身体拭け」とか

 厳しいお父さんだ

 人生いろいろ 父親もいろいろだな

・・・・・・・・

 そういや、いつぞや変わった大人がいたっけな〜

 入れ墨をした若い男と 甥っ子の二人連れ

 若い男が脱衣場で 大きな声で甥っ子に言う

 「俺はな〜 ヒーローになりてえ〜んだよ」

 なんども叫ぶようにして言うから ちと怖かった

 今思うと笑ってしまうな〜

 甥っ子は きっとこう思ったことだろう

 「おじさんはきっと仮面ライダーになるんだ!」

 おじさん、まちがってショッカーにならないようにね

・・・・・・・・

 久しぶりの日帰り温泉

 開湯13年目のお祝いが先月あった

 でもどうして13年目の祝いなのだろう?

 13回忌ならわかるけど。。。

 これはちょっと笑えないよな〜

2013-10-18

子供の台風

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(ブラマンクの絵)

『詩集ノボノボ』より

子供の台風

 小学生の頃 私は台風が大好きだった

 横綱の露払いをするように

 初陣の風が ササーと草木をなぜまわすとき

 とてもワクワクして

 風にむかって 近づきつつある猛獣の

 気配をかごうとしたものだ

・・・・・・・・

 木造の貧弱な家々ばっかしの その頃は 

 窓が飛ばされないように

 父親たちは 外から斜めに材木を打ち付けた

 準備は万端 備えも上々

 子供らは意気揚々

 台風よ どこからでもかかってこい!

 決して負けぬと 戦いに挑むような高揚感

・・・・・・・・

 親に知られぬように 土手へと走る

 川の水が 風にあおられ波立っている

 いつもの落ちつきなどかなぐり捨てて

 まるで川が呼吸しているようだ ドクドクと

 木の枝も 自分の髪も

 旗のように ちぎれそうにあおられる

 こんな風なんかへっちゃらだい!

 風に向かい 体を倒して押していく

・・・・・・・・

 やがて空はかき曇り

 大きな雨粒が 顔にぶつかる

 よし、ひとまず陣地へ退却だ

 走って家に帰る

 あっというまに 風に加勢する雨の軍団 

 生き物を怖がらせようと咆哮する

 戸や窓に大粒の雨粒が打ち付けられ

 砦は 悲鳴を発しながら攻撃に耐えている

・・・・・・・・

 母親は 心配そうな表情

 父親は 落ち着いて新聞を読んでいる

 しかし、やがて停電

 親も私も まず押し黙る

 暗い部屋のように 気持ちも暗くなる

 懐中電灯、ろうそく点けて
 
 父親は安全器のヒューズを見る

 外の様子もうかがうが 雨風でよく見えない

 しばらくして電気が点灯

 ほっとして 不安も 高揚感も

 どこかに行ってしまった

・・・・・・・・

 子供時代の 台風経験は

 あれやこれやに 引き継がれていった

 キャンプや 探検ごっこ 冒険旅行

 台風は 読書にだって影響したものだ

 私は 台風の本が好きだった

 夏目漱石『二百十日』

 阿蘇山で 台風に向かう圭さんのたくましさ

 私はこの本で ほんとに「豆腐や」にあこがれた

 しかし 思春期以来の不眠症、昼夜逆転で

 早朝に起きて仕事する豆腐やは

 ぜったい無理と悟ったのも早かった

・・・・・・・・

 昨日の台風

 子供の頃のワクワク感など 

 もう、これっぽちもない

 鍵を閉めたか 明日の出勤は大丈夫か

 交通機関は動くのか

 各地の被害はどうだろうと

 めったに見ないニュースもつける

・・・・・・・・

 何よりも心配することは

 「フクシマダイイチは大丈夫か?」

 味気ないこと 恐ろしいことこの上ない

 それだけの

 「大人の台風」になってしまった

2013-08-31

いろんな仕事

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(孫の陽介を描く中川一政 1971年・78歳)

『詩集ノボノボ』より

いろんな仕事

 昨日の午後は 風邪ひき孫の子守を頼まれた

 午前中のセカセカ仕事で疲れたせいか

 孫を寝かせる前に

 自分が早々と寝てしまった

 孫が 後で母親に話したらしい

 「じいちゃん、今日もユウキより早く寝てしまったよ」

 孫には もう、いつものことだと思われている

・・・・・・・・

 未来の仕事人である ちっちゃな子らに

 大人は誰でも よく問いかける

 「おっきくなったら何になりたい?」

 女の子なら

 「花屋さん!」「パン屋さん!」「お嫁さん!」

 男の子なら

 「サッカー選手!」「新幹線の運転士!」「消防士!」

 問う大人も 問われる子どもも

 笑みを浮かべての 楽しきやりとりだ

・・・・・・・・

 大人は子どもに こう教え諭す

 「どんな仕事にだって夢があるぞ」

 「自分の気持ちの持ち方次第、工夫しだいさ」

 夢に向かって努力する人の顔を見て

 子どもは仕事にあこがれ

 勉強したり 運動したり 努力する

・・・・・・・・

 それが「仕事」というものだ

 と、私は思っていた

 ところが 今朝方偶然

 自分の過去ブログを読んでしまった

 自分で書いたくせに 

 まるで初めて見たように ショックを受けた

・・・・・・・・

 その記事には こんな内容が書かれていた

 (いや、書いていた)

 一年前、床屋の息子さんから聞いた話だった


 彼の同級生は 福島第一原発で働いている

 二人は 時々連絡を取り合っているのだが

 現場ならではの 過酷な状況を

 あれこれ私に話してくれた

・・・・・・・・

 私は息子さんにたずねた

 「そんな職場にいると彼の家族も心配だね」

 「いいえ、彼はまだ独身なんです」

 床屋の息子さんは話を続ける

 「でも彼は、以前から語っていました。。。」

 「『結婚しても子供は作らないと決めている』と」

 「あの職場では、もともとそんな覚悟の人が多いそうです」

・・・・・・・・

 私はこの後何も言えなかった。

 そんな悲しい仕事がこの世にあるのかと。。。


2013-08-29

小さな縁側

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(宮崎駿『トトロの住む家』より)

『詩集ノボノボ』より

小さな縁側

 毎夕、老父の飯つくりに通っている

 晩飯、翌朝の飯をつくるから

 不器用男の私には けっこう大変だ

 いや、大変だった

・・・・・・・・

 最近は ようやく腕が上がり

 ま〜ま〜残さず食べてくれるものを

 つくれるようになってきた

 大根、人参、菜っ葉をきざむ音も

 タタタタタンと リズミカルになってきた

 毎夕、親孝行ができるのは 

 実に嬉しいことだ

・・・・・・・・

 一昨日 父が二階から降りてこない

 もしかして?

 と不安に思って 行ってみたら

 二階の座敷に腰掛けをおいて

 車うるさき道路を風景に

 窓を開けて 夕涼みをしていた

・・・・・・・・

 猫の額ほどの土地に建つ

 小さく古い家なので

 庭も 自然豊かな風景もないのだ

 じ〜〜っと 外を眺めている父は

 何を回想していたのだろう

・・・・・・・・

 その日帰って 私も夕涼みした

 我が家の座敷の障子を開けて

 蝉の声を聞きながら

 ちょっとした庭を眺めながら

 日本酒をチビチビいただくと

 ノスタルジーの懐かしき匂いが

 涼しき風に運ばれてくる

・・・・・・・・

 テラスに置いてある小さな縁台

 ふと 思い出した

 小さき頃の実家のことを

 たった24坪の土地に建つ 小さな店と家

 立て替えする前 やはり小さな縁側があった

 長さはたぶん一間半(3メートルくらい)

 幅はたぶん半間ほど(90センチ)

・・・・・・・・

 信じられないくらい狭かったはずだが

 小さい頃は 狭いと感じたことはない

 縁側は 遊び場、涼み場、いろんな場だった

 縁側で カナリアも飼っていた

 「いためふき」という雑巾がけを

 おふくろから よくさせられたものだ

・・・・・・・・

 縁の下は 飼い犬チビの部屋だった

 縁側の外には 路地ほどの

 細長い庭みたいなものがあり

 父とそこでキャッチボールさえしたものだ

 鶏も飼っていたな〜

・・・・・・・・

 一階は 

 六畳ほどの店 三畳ほどの「お勝手」

 四畳半の居間 六畳の寝室

 つまり2Kだ

 二階は
 
 六畳一間

 そこに下宿の学生がふたりいた

 こんな狭い家なのに

 大人が四名 子どもが二名もいたわけだ

 どの家もみんな 似たようなものだった

 自慢といえば

 我が家には風呂があった

 近所の子どもが 湯をもらいにやってきた

・・・・・・・・

 あの頃は 

 どんな小さな家にも縁側があった

 だからかもしれない

 狭かった 暮らしにくかったという

 思い出はあまりないのだ 

 たぶん 同じ世代のだれでもが

 そう感じている

・・・・・・・・

 どんなに小さな庭でも

 そこに縁側があれば

 瀟洒な坪庭になったのだ

 縁側は 住居と外界とが交錯する

 不思議で 魅力的な場所

 「自然」を感じる場所でもあったのだ

・・・・・・・・

 いつからなのだろう

 広さ狭さを 面積で考える習慣となったのは

 魔法瓶のような住まい

 城壁のように閉ざした家を

 ほしがるようになったのは。。。

2013-08-21

結びのお盆

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(鬼首カブトムシ園で。89歳の父と東京のひ孫りゆちゃん)

『詩集ノボノボ』より

結びのお盆

 毎年恒例 夏の参勤交代が終わった

 たった一週間ほどの とても短い参勤交代

 江戸時代なら 五街道をゆっくり

 「下に〜 下に〜」だが

 今の世は あっという間の韋駄天移動

 地べたは高速道路に新幹線

 空なら飛行機、海ならフェリーで瞬速移動

・・・・・・・・

 現代の参勤交代は

 将軍様の江戸へ参るんじゃない

 全国津々浦々 わがご先祖様の故郷に参るのだ

 それを称して「お盆」という

・・・・・・・・

 墓から実家へと ご先祖様をお迎えし

 しばらくの間 盆棚で寝泊りしてもらう

 私たちと寝起きをともにして

・・・・・・・・

 ご先祖様がこの世に来るのは 夕方らしいので

 行き先、帰り道 迷わないようにと 

 昔なら迎え火、送り火の目印たいまつ

 今ではとんと見ることはない

 きっとあの世にもナビができたのだろう

・・・・・・・・

 さてさて

 私たちの多くが まだ知らないでいることがある

 ご先祖様が毎夏やってくる その意味だ

 みんな ご先祖様を供養するのだと思っている

 ところが違うと 私は気がついた

・・・・・・・・・

 ご先祖様は 線香の香りや盆棚の供え物に

 誘われてくるんじゃないんだと

 お経で癒やされに来るんじゃないんだと

 ではいったい何をしに?

  ☆

 実は 私たちを「結び」に来るんだな〜

・・・・・・・・

 お盆の花火 村や町の夏祭り

 浴衣を着た若い子や 小さい子らが

 ニコニコしながら祭りに繰り出す

 これぞ ご先祖様の腕の見せどころ

・・・・・・・・

 (いったい この町のどこに若者が

 こんなにもいたんだろう?)

 友達同士で花火見物

 親や祖父母やいとこ同士との 楽しき語らい

 お国なまりが賑やかに飛び交い

 縦横斜め いろんな「結び」ができてくる 

・・・・・・・・

 ご先祖様の演出は心にくい

 自分をネタにしながら その実は

 此岸のわれわれに とても大事なことを

 思い出させにやってくる

・・・・・・・・

 一人一人の命の由来

 だれもが歩みゆく命の終点

 命のはかなさ 切なさ いとおしさ

 なくなった命の追憶 懐かしさ

 そして 

 ふと漂ってくる

 心安らぐ 私たちの「遺伝子の匂い」

・・・・・・・・

 深層意識は感じていく

 一人一人、たった一つ一つの

 貴重な生命の喜びを

 生命同士がつながる喜びを

 家族や親戚や仲間たちと

 それこそ縦横斜めに 格子のごとく

 結び目でつながる喜びを

・・・・・・・・

 お盆の大移動はとても大変だ

 でも 決して徒労じゃないと思う

 渋滞だったにしても

 列車がぎゅうぎゅう詰めだったにしても

 たった数日の出会いだったにしても

 きっと 多くの「結び」を得たはずだから

・・・・・・・・

 ただし ご先祖様はとても「粋」なので

 決して思わせぶりなことなどしない

 彼らが「結び」を与えたなんて

 ほとんど気づかず 盆が終わる

・・・・・・・・

 私たちがそれに気づくのは ずっと先

 じいちゃん、ばあちゃんと言われるようになった頃

 実は 気づいた人は内緒で協力しているのだ

 ご先祖様の「粋な結び」のはからいに

 このようにして 去年も、今年も、たぶん来年も

 彼岸と此岸が結ばれていく

2013-08-14

へそ曲がり

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『詩集ノボノボ』より

へそ曲がり

 へそ曲がりだと思う、自分は。

 なにせ大腸が曲がっている

 毎年健康診断で 大腸内視鏡を差し込んでるが

 名人と言われる先生も 私の蛇腹にはお手上げだ

 盲腸まで行けるのは三回に一回くらいだ

・・・・・・・・

 何から何まで曲がっているらしい

 数年前、周囲がうるさいので耳にちり紙を詰めた

 そうしたら とれなくなってしまった。。。

 耳鼻科に行ってとってもらったが

 先生があきれて独り言を言う

 「えらく曲がってて、大変だこりゃ」

・・・・・・・・

 姿勢も曲がっているし

 きっと「つむじ」も曲がっているに違いない

 ところが もう確かめられない

 頭頂部が今や消失寸前で。。。

・・・・・・・・

 へそ曲がりのオヤジのことを思い出した

 仙台にあった屋台

 三十数年前は仙台に住んでいたので

 たまに寄っていた

・・・・・・・・

 オヤジの生まれ故郷 九州のある県名を

 屋号にしていた

 「ラーメンひとつ!」と言えば
 
 ムカッとした顔でこう言う

 「そんなのね〜よ、うちは支那そばだ!」

・・・・・・・・

 「お冷や一つください」と言えば

 ぶっきらぼうにこう言う

 「どんぶり洗う水もね〜のに

  飲ませる水なんか あるわきゃね〜べ」

・・・・・・・・

 ある日は オヤジが酔っ払って寝ていた

 常連の学生がかわりに「支那そば」をつくっていた

 ネギを屋台の屋根からとって

・・・・・・・・

 こんな店だが いや、だからこそ

 人気があった

 実は値段もめっぽう高い!

 まさに究極のB級グルメ

 その走りといえなくもない

・・・・・・・

 その後仙台は 屋台は一代限り

 新規開店は認めませ〜ん

 っていう悪法ができてしまった

 だから今では ほとんど見かけない

・・・・・・・・

 ところがだ!

 もしかして?と思ってネットで検索したら

 このへそ曲がりオヤジの屋台は

 まだやっていた!

 食べログとかに「グルメ」扱いでのっていた

 しかも夫婦でやっているようだ

・・・・・・・・

 でも実物見かけないし。。。

 ネットを詳しく読んでみたら

 「気の向いたときだけしか開店しない」

 なるほど。。。

 へそ曲がりは一生直らないらしい

 きっと私もだな

・・・・・・・・

 お冷やの代わりに

 最後は蘊蓄はなしでしめます。

 ここで言う「ヘソ」というのは人間の体の中心にある「臍」ではなく、布などを紡ぐときに使う麻糸などを機械にかける前の糸巻きで巻いた状態を指し(簡単に言うと、毛糸玉みたいな状態)、漢字では「綜麻(へそ)」と書きます。つまり「へそ曲がり」も正しくは『綜麻曲がり』なのです。


2013-08-07

フカフカまんじゅう

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『詩集ノボノボ』より

フカフカまんじゅう

 夏こそ娘たちの季節だ

 ひまわりが 華やかに生き生きと咲き誇る

 陽ざしもまぶしいが 

 娘たちは もっときらめいている

 瑞々しい生命の滴がしたたりおちるようだ

・・・・・・・・

 久しぶりに わが田舎駅から電車に乗って通勤した

 朝の7時半 いつもなら通勤通学でごったがえす頃

 同じ服装、同じ髪型、同じしぐさの学生たちで

 ところが もう夏休みの真っ最中

 いつもと感じが全然違う

 白黒画面がカラーに変わったような鮮烈さだ

・・・・・・・・

 おしゃれをつくした娘たちのにぎやかな笑い

 仔猫か 小鳥か 蜜蜂か!

 これから このとっても小さな田舎の駅から

 小牛田で乗り換え、仙台にでも行くのだろう

 畑から採れたて 朝摘みの野菜のように

 とっても新鮮で どこか土の匂いがするようだ

 話しかければ

 「ジェジェジェ」ってでも言いそうな

・・・・・・・・

 それにしても 今の娘たちは屈託がない

 張りのある「ももた」(太もも)を

 惜しげもなく大胆に 陽にさらしている

 おもわず西東三鬼の一句が

 言葉を換えて ひねりでた

 「おそるべき 君等のももた 夏来る」

 (原句「おそるべき 君等の乳房 夏来る」)

・・・・・・・・

 向かいの座席に座った娘の

 はちきれそうなももたを チラッと見たら

 数十年前の思い出がよみがえった

 それは フカフカまんじゅう

 これから向かう小牛田駅のすぐそばで

 たしか伊勢や?という食堂でつくっていた

 評判のまんじゅうだった

・・・・・・・・

 そのまんじゅうは 白と黒の二種類があった

 中国で食べる饅頭とおなじで

 ふわふわフカフカで 中には餡も何も入っていない

 白いのは白砂糖、黒いのは黒砂糖でつくっていたのだろう

 白いほうはケーキのように 頂にでこぼこがあり

 てっぺんに 一個レーズンが乗っていた
 
 黒いほうは 供え餅のように丸かった

 対照的な二種類のまんじゅうは

 東西の横綱のように 互いに相乗効果を出していた

 まんじゅうケースから出る蒸気も新鮮だった

 白い前掛けをした 店の主人も思い出す

 矢沢永吉風だったな〜

・・・・・・・・

 思い出は連鎖していく

 五十数年前、母の実家は大きな「店や」

 今ならスーパーマーケットだな

 その頃 砂糖は量り売りで売っていた

 縦横一メートルくらいのタンスのような木箱

 表は縦三列のガラス張り

 一列目は白砂糖 二列目はザラメ 三列目は黒砂糖

 ザラメは茶色のビーズのようで

 黒砂糖はゴロゴロした黒い砂岩の塊みたいだった

 それを小さなスコップで取り出し、目方を量る

 ときどき盗みなめしたことを思い出す

 ニコニコしてたしなめる 恰幅のよかった祖母。。。

・・・・・・・・

 ふと列車の窓に目を向ければ もう小牛田駅

 あったぞ! まんじゅうを出していた食堂の看板が

 すごいものだ。。。

 この店は たぶんもう一世紀近くも続いているはずだ

 多くのおしゃれビギナーの娘らとともに

 向かいのももた娘たちも ここで降りた

 はちきれそうな笑顔で 列車からゴロゴロと

 新鮮な夏野菜たちが 賑やかに転がり出て行った

2013-07-24

ダース・ベーダーになっていく。

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(『ダース・ヴェイダーとルーク(4才)』より)

『詩集ノボノボ』より

ダース・ベーダーになっていく

 参議院の選挙が終わった

 予想通り。。。

 そして 新しい時代がやってくる

 あのスターウォーズの

 「ダース・ベーダーのテーマ」とともに

・・・・・・・・

 ダース・ベーダーが この日本に

 恐怖とともにやってくるわけではない

 なんと!

 私たちが ダース・ベーダーになっていくのだ

 愛くるしかったアナキン・スカイウォーカーが

 あまりの痛みと絶望ゆえに

 黒カブト黒マントをはおったように

・・・・・・・・

 うっすらと気づいていないだろうか

 私たちの多くがすでに

 暗黒面に魅了されつつあることを

 いや 気づいていないふりをしている

 私も あなたも 彼も 彼女も

・・・・・・・・

 原子力技術の巨神兵 

 一度爆発したデス・スターを

 もう一度 再建しようとしている

 銀河帝国に強大な権力を

 維持していくために

・・・・・・・・

 かつて宇宙を 破滅的に汚したことなど

 皇帝も 将軍も ベーダ卿も

 そして そろそろ私たちでさえも 

 気になどしなくなってきた

・・・・・・・・

 かつてジェダイと思った政治家に

 大きく期待し 政権交代までしてのけた

 ところが ジェダイは偽ジェダイだった。。。

 あまりのひ弱さに幻滅し 

 私たちにはもう 選ぶものがなくなったのだ

・・・・・・・・

 ダース・ベーダーは息子ルークに説いた

 「おまえも 暗黒面の底知れぬ力を知ったなら

 きっとわかる」

 「私と一緒にこの銀河帝国を支配しよう」

・・・・・・・・

 私たちは知ったのだ

 幸せには「力」が必要だということを

 原子力のすさまじきエネルギーも

 統率された軍隊も 殺戮の勇気も

 果てしなき経済競争も

 それらをなくして 幸せはないと

 たとえ暗黒面の力でも 力は力だと

 だから 早く忘れてしまいたいのだ

 3.11デス・スター爆発のことなど

・・・・・・・・

 時はオーウェルの「1984」に向かって

 ゆっくりと逆進を始める

 「1984」の世界を知っている者は

 とても少ない

 実際に存在した地獄「1945」を経験した者は

 さらに少ない

 ヨーダのように オビ=ワン・ケノビーのように

 ジェダイは もうこの世にはいない

・・・・・・・・

 今この政治世界を

 スターウォーズ世界にたとえるなら

 エピソード3『シスの復讐』だ

 元老院最高議長として

 本音を隠し暗躍していたパルパティーンは 

 実はシス卿ダース・シディアス

 後の「皇帝」であった

 万雷の拍手の中 絶対権力を得た彼は

 ついに正体を現していく。。。

・・・・・・・・

 スターウォーズ世界は変転する

 この後「新たなる希望」「帝国の逆襲」

 そして「ジェダイの帰還」へと

・・・・・・・・

 私たちはいつか悟り 救われるのだろうか

 ダース・ベーダーが

 ルークによって救われたように

 彼を救ったものはなんであったろう

 それは「力」や「富」ではなかった

 それは自らに残っていた「父親の愛」だった

・・・・・・・・

 私たちダース・ベーダーの亜流にとって

 ルークとはいかなる者であろう

   ☆

 考えるまでもないのだ

 目を横に向ければ

 そこに幼き子や孫たちがいる

・・・・・・・・

 彼らに 正義や誇りの名のもと

 「死んでこい」と言えるのだろうか

 時代に守られてきた私たちのくせに

・・・・・・・・

 私たちは その時代に対して

 まるで 母親につばをはきかけるようにして

 今、その出自を恥じている

・・・・・・・・

 ダース・ベーダーのように

 子や孫に言うのだろうか

 「幸せになるには力がいる たとえ暗黒面でも」と

 自分の幸せを 子や孫の幸せに偽装して

・・・・・・・・

 新たなる希望を信じて

 銀河系のはるか辺境に 身を隠さねばならない

 そんな時代の幕が開いた

 「1945」の時代、支配者層であったのは

 パルパティーンのような人々

 そのクローンのような子孫たちが

 これほどまでに復活し、権力を得たのだから

・・・・・・・・

 自分自身を取り戻さねばならない

 いたいけな子や孫らのためにも

 ダース・ベーダーのように 

 とことん 暗黒面に墜ちてしまう

 その前に。。。

2013-07-09

回転寿司とビリンコ

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『詩集ノボノボ』より

回転寿司とビリンコ

 人は食べ物によって育てられる

 いや、身体は言うまでもないんだが

 精神のほうまでそうらしい

・・・・・・・・

 おっぱいの味や、はじめてのごはん

 さすがにこれらは記憶にないが

 その後に体験した 通過儀礼のような食べ物たち

 酢のもの、納豆、ウニ、ほや、ナマコ・・・

 生ものや発酵食品は

 実は やろっ子たちには大の苦手

 精神的成熟が伴わないと食えないものだった

 (女の子はやろっ子とは違うようだ)

 それは 高い峰をひとつづつ征服するに等しいことだった

・・・・・・・・

 だったら寿司が苦手のはずなのに

 それが年に一度のごちそうだったのは

 海苔巻きや卵焼きが こどもにとって楽しみだったから

・・・・・・・・

 そんな寿司でびっくりした思い出がある

 中学校1年生の頃、仙台ではじめて外食をした

 友人数名と塾の先生に連れて行ったもらったのは

 駅前の小さな寿司屋

 「元禄寿司」という看板が出ていた

 初めて入った寿司屋さん

 びっくりした!

 カウンターで皿にのった寿司が回っているのだ

 今から50年くらい前 仙台ではじめて生まれたらしい

・・・・・・・・

 そして現代。。。

 回る寿司は 日本はおろか世界にまで広まっている

 私もたまに行き ガリをたくさん食べてくる

 女の人たちも多いな〜

 いつも感じることがある

 トロ、ウニ、エンガワ・・・

 女性は 実に脂っこいものが大好きだな〜と

 そして思い出した。。。

・・・・・・・・

 13年前、脳梗塞で赤子に戻ってしまったおふくろ

 ある日 お袋の妹であるおばさんが見舞いにきた

 持ってきたのは手料理

 「なめたがれいの煮付け」だった

 「たいちゃん(母の愛称) 大好物だから食べさせて」

・・・・・・・・

 言葉も表情もなくしたおふくろだったが

 そのとき反応した!

 食べさせてあげるときに 目や口の動きで

 なにやら部位を指示するようだった

 妹であるおばさんはさすがにわかった

 「やっぱり たいちゃん わかんだっちゃね〜

  なめたのビリンコ 好きだったからね〜」

 「ビリンコ」とは、つまり「エンガワ」である。

 いちばん脂がのっている部位である

・・・・・・・・

 その後のある日

 私はテレビで「熊の鮭取り」を見た

 産卵のため 石狩川を遡上する鮭の群れ

 熊の親子が おもしろいように鮭をつかまえる

 そして鮭を豪快に食べるのだが。。。

 ここでおふくろのことを思い出した

 熊がまっさきに、というか、そこしか食べないのは

 「鮭のビリンコ」だったのだ

・・・・・・・・

 その後しばらくして帰らぬ人となったおふくろだが

 この「ビリンコ」のことを思い出すたびに

 若い頃 とても元気で明るかった母のあれこれが

 好物や食事の様子とともに 思い出されてくるのだ

 だから おふくろの思い出は

 今になっても いくつになっても

 私には 実に鮮明なのだ

2013-06-24

子供のバネ

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『詩集ノボノボ』より

子供のバネ

 他人事なのか、自分事なのかで

 人の心は まるで反対に動く

 最近そんなことを実感した

・・・・・・・・

 ピカピカの小学校一年生

 わが初孫ユウキくん

 ここ一週間ぐらい 暗い日々のようだった

 らしい。。。

 娘や、お手伝いさん代わりの女房から

 あれこれ話を聞かされていた

・・・・・・・・

 学校いやだと言って朝泣き出す

 放課後の児童館には行かない

 数日前は腹痛で学校を休んだし

 帰りは一人で歩いてきた

・・・・・・・・

 あれこれ原因を調べると

 保育園から仲良しで

 スーパーヒーローのお友達が

 最近ユウキの頭をたたくらしい

・・・・・・・・

 これが他人事だったとしたら

 きっとこう思っただろう

 「子供はそんな経験をしながら成長するものさ」

 ところが、DNAの共振とでもいうべきか

 「うわ〜〜〜いじめか、何とかしなければ」

 心がとても痛んでしまったのだ

・・・・・・・・

 たぶん小学校時代は

 人生最高の幸福の時代にちがいない

 と、私は思っている

 そんな時代がもし黒雲で覆われるなんて

 なんて悲しいことだろう。。。

・・・・・・・・

 さっそく、娘にメールした

 「お友達のお母さんにきちんと話しなさい」

 「担任の先生に話しなさい」

 「私がそのお友達を叱ってあげると言いなさい」

 「しばらく様子を見ます」と返信が来た

・・・・・・・・

 そしてきのう、

 久しぶりに放課後の孫見を頼まれた

 テラスで帰りの様子を見ていたら

 なんと、

 みんなではしゃいで帰ってきた

 となりの同級生の奥さんが

 皆を集めて何か笑わせている

・・・・・・・・

 ユウキに聞いてみた

 「今日は楽しかったかい?」

 じじの心配とは反対に

 たたいた子の名前もいれて

 みんなで遊んだことを 話すのだった

 ニコニコと

・・・・・・・・

 思い切って聞いてみた

 「○○君が叩くんだって?」
 
 そうしたら落ち着いた表情で

 「もうユウキの頭叩かないって言ってた」

 たぶん、親が察して諭したのだろう

・・・・・・・・

 そんな子供の世界を垣間見て ふと思う。
 
 「子供のバネっていいな〜〜」

 縮んでも また思い切り元に戻る

 この歳になるとそうはいかない。。。

・・・・・・・・
 
 それに、ヤンママたちもなかなかだ

 しばらく前にもあったな〜

 ユウキが一人で帰ってきたのを見て

 自分の子供(同級生)をつれて

 誘いに来てくれた

 「ユウキくん、おやつ交換しよう」

 うれしそうに玄関から走りだしたっけな〜

・・・・・・・・

 世の中には、思いがけず優しい目が

 満ちあふれているものだ

 まだまだ捨てたもんじゃないな〜

 そんなことを感じながら

 自分事が一段落してほっとした

 それで 

 孫見の代わりに昼寝をしてしまった。

 ありゃりゃ〜〜〜


2013-05-31

あったかい日の丸

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(友人のアーティストMidoriさんより拝借しました。「ベニスの日本祭」スナップ)
 Midoriさんの作品はあったかギャラリーでどうぞ!(クリック!)

『詩集ノボノボ』より

あったかい日の丸

 イタリアのベニス  日本の祭り

 たこ焼き屋さんとか 屋台がたくさん出たらしい

 そこにはためく日の丸が素敵だった

 そんな写真を見た

 「あったかい日の丸」だ!

・・・・・・・・

 遠い異国の地で 日の丸に感慨を覚えるのは

 右寄りの人も左寄りの人も きっと同じだろう

 そんなとき ふとよみがえるのは

 いったい祖国の どんな思いだろう 匂いだろう

 もしかしたら 涙をこぼした日の丸弁当の

 しょっぱい味かも知れない

 そこには きな臭さなど みじんもないはずだ

・・・・・・・・

 ほとんど日本人だけしかいない この祖国

 それなのに 日の丸を始終揚げないと 

 感情が鎮まらない人々が とても多くいる

 いったいどうして

 日の丸をこんなにも渇望するのだろう

 自分も家族も周りの人も 皆日本に住んでいて

 空気のように 日の丸と同化してるのに

・・・・・・・・

 考えてみるといい

 自分の家柄や財産や能力を誇りすぎたり

 自分の出身校や会社や経歴を誇りすぎる人

 自分がそんな人を見たら いったいどんな気がするか

 国や歴史を誇りすぎることだって

 それと同じことだ

 他の国がしているって?

 なにも真似しなくたっていいじゃないか

・・・・・・・・

 ふたことめには「誇り」という人がいる

 日の丸を 水戸黄門の印籠のように使いたいらしい

 日の丸は 私たちを土下座させるものではない

 日の丸は 国土であり 自然であり 風習であり

 つまり 私たちと一体のものなのだ

・・・・・・・・

 だから 本当の日の丸は旗ではない

 日の丸は 黄色い顔をして ずんどうで

 おにぎりが大好きで 熱しやすくて冷めやすい

 私たち一人一人そのものだ

 決して消せはしない私たちの刻印

 私たちの存在そのものが 一つ一つの日の丸なのだ

 旗を揚げなくたってすぐわかる

・・・・・・・・

 日の丸を わざわざ誇らなくてもいい

 そうしなくたって 誰でも愛おしいはずだ

 どうしても誇りたいなら

 己の人間としての生き様を 自分自身に誇ればいい

 宇宙の日の丸 太陽を見上げながら

 誇りとはただそれだけのものなのだ

 決して「群れ」を誇ることではないはずだ


2013-04-18

値切りと漫才の世界

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(北斎漫画より)

『詩集ノボノボ』より

値切りと漫才の世界

 おばちゃんたちの値切りわざ

 どこの国でもよく見る光景

 たくましいな〜

 まるで なにわの漫才だ


 漫才といえば

 ボケとツッコミ

 思えば世の中 すべて正と反

 男と女 陰と陽 凹に凸 空に海 

 
 ボケとボケでは眠くなる

 お互いツッコミ同士なら 

 毎日喧嘩のしっぱなし

 ボケとツッコミ 二つ合わせて

 丸くなる


 人間関係だけかと思ったら

 国際関係まで 同じよう

 値切りを予測し ふっかける

 世間の値切りと違うのは

 どっちもふっかけぱなしで

 いつも一触即発 

 全然商売になりましぇ〜ん


 まずは大きくぶちかます

 ミサイル、原爆、火の海だ!

 値切られ相手のこっちの国も

 なにくそ まけちゃいられない

 なめるんじゃないぜ!

 おいらのほうが強力さ

 いつのまにか

 値切りが値上げに様変わり
 

 漫才も夫婦も友達も

 ボケとツッコミならば うまくいく

 そうでないのが国同士

 どっちも いつでも 

 ツッコミだけしかしたがらない

 これが男と女なら 

 子どもは決して生まれない


 世の中は 

 矛と盾があって ちょうどいい

 押したり引いたり

 どっちもどっちが あたりまえ

 勝ち負けなんかを決めたなら

 きっとどっちも おしまいなのさ

 相方がいないなら

 値切りも漫才も 成り立たぬ

 
 人間社会も お国どうしも

 しょせんやってることはみな同じ

 延々と何千年も続く 値切りの漫才

 だから ほどほどにしよう

 あまりに危ないものを持つことは


 持たずに値切ること考えよう

 それが 大人の知恵、

 いや庶民の知恵、

 いや歴史の知恵って

 いうもんじゃないのかな〜〜

2013-03-26

タイムマシンで旧友と再会

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(中学二年。左から二番目が直哉君、右端は私)

『詩集ノボノボ』より

タイムマシンで旧友と再会

 お釈迦様はさすがだ!

 今に至るまで

 タイムマシンは動いている

 年に三回 彼岸と盆に

 霊界パワーが全開となって 

 時空を超えた再会がある


 そして私も 懐かしき友と再会した

 それは 彼岸明けの日

 仙台市の葛岡霊園で

 
 高速を飛ばし一時間

 久しぶりの広大な霊園

 この前墓参りしてから もう十年

 やっと探し当てたよ 君の墓

 ご無沙汰のしすぎだね〜〜〜


 たむける線香の煙が

 墓石のまわりを

 おだやかに漂いはじめ

 ふと感じる 懐かしき君の気配


 互いによびかけた

 「ひさしぶり〜!」


 私は 供えられた彼岸の花を見て

 山形に住む君の母上、妹さん

 お二人の顔を思い浮かべたよ

 お元気にしていらっしゃるだろうか?


 君とは親友だったよな〜 
 
 小学校のときに転校してきたっけ

 中学校では テニスのパートナーだったよな

 私が前衛、君が後衛だった

 
 やがて 君とご家族は仙台へ引っ越す

 社会人となった私たち

 高校の先生となった君は

 若いのにもう指導主事

 無理をしたのか させられたのか

 ある日自宅で 突然死んでしまった

 四十二歳という若さで。。。


 私は手を合わせて対話する 

 「直哉くん、ずいぶんご無沙汰したね」

 「カワ、待ってたよ。でもどうしたの?」

 「実は君の母上のことを思い出してさ」

 「それでついでにかい。ハハハ君らしいな

 ぜひ聞かせてくれよ」


 私は前日、録画したある映画を見終わった

 それは「カラマーゾフの兄弟」

 三編に分かれ、延べ四時間以上の大作映画

 高校一年生のころ、君の母上と話が合って

 仙台で一緒に観た映画だった

 私も友人も 君の母上にはとても大事にされていた


 「そうか〜、おふくろには

 俺の分まで長生きしてほしいな〜」

 「そうだよね。。。」

 君の顔は いつも微笑んでいる


 私の宝物だ 君と親友だったことは

 実は、あまりあの世も怖くないんだよ

 君とまた あれこれ話ができると思うから


 彼は私のとても良き理解者だった。

  →知恵ある友

 だから こんな言葉が聞こえてきた 

 「カワは元気で暮らしてくれよ、

 以前のように いろんな楽しい挑戦してくれよ

 俺は楽しみにしているよ!」

 
 やはり 君は(今でも)思いやりあふれる

 とんでもなくいい奴だ!

 線香のせいか 花粉のせいか

 やけに涙目に悩まされる日だな〜 きょうは


 こんな至福のひとときも あっというまだ

 タイムマシンは エネルギーがとてつもなく必要

 だから 線香の煙がたなびく間だけ稼働する

 ・・・・・・・・

 ところがだ!

 その日帰ってから 実家の押入で見つけたんだよ

 小型タイムマシン

 それは 四十六年前のこと

 君と私たち悪友どもで一緒に撮った

 もうセピア色に変わった カラー写真だ

 君が仙台に転校する前

 中三に上がる年の春

 土手やお墓で記念に撮ったレアものさ


 このタイムマシンに向かって 

 私はつぶやいた

 「また会おうな〜 直哉くん 元気でな〜」


 →中2の思い出アルバム

2013-03-19

おだやかなお彼岸

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『詩集ノボノボ』より

おだやかなお彼岸

 お彼岸の入り日は快晴だった

 墓地は色とりどりに お彼岸の花で満ち

 まるで生気を感じるような 大賑わい


 子どもからお年寄りまでのユニットが

 彼岸にそのつど結成されて

 一座が車に乗ってやってくる

 
 ひとつしかない水場は大混雑

 桶やバケツに水を汲み

 雑巾で墓石を丁寧にふきあげる

 ご先祖様のお背中を

 やさしく 流してあげるよに

 
 お茶をあげ お菓子を供えて

 線香をたて 手を合わす

 そして心で あるいは声に出し

 ご先祖様に話しかける

 見守ってくれてありがとう

 そして ちょっぴりのお願いを


 目をつむり 手を合わせれば

 閉じた目の前に 現れる面影 

 懐かしき親や祖父母たち

 あるいは 旅の出発を急ぎ過ぎた家族たち


 私の場合は この墓にただ一人眠る母の

 とても懐かしき おだやかな顔

 目を開けたとき ふと感じる安心感

 なにか 責任を果たし終えたような


 さて カラスが待ち遠しそうだ

 墓のまわりを何度も旋回し

 はやく行け、はやく帰れと せかしている

 そうはいくかい カラス天狗め

 供えたお菓子を 父と私が無理して食べる


 このあと 父が一緒に行こうと誘う

 四十年前に亡くなった 祖母の墓参り

 教員だった父は 米寿を超えて

 金曜日 瑞宝なんとか章を授与された

 その報告もしたいらしい


 大病やら手術やらを何度も繰り返し

 まさかこの父が ここまで長生きするとは

 私も家族も だれも思っていなかった

 ところがだ どんな大病をしたときも

 本人だけは 考えたこともなかったらしい

 あの世への宇宙旅行

 
 今でも なんとか元気に独り暮らし

 本人は いよいよその気らしい

 よし、百近くまで行ってみようかと

 
 墓参りのお付き合いをしながら

 つくづく思う

 あ〜 俺も欲しかったな〜

 父のこの遺伝子が

 楽天的で おだやかで 

 一人ぼっちを苦にしない つよい気持ち


 祖母の墓で手を合わせながら

 ふと思いだした

 そういえば 父のお袋も

 似たところがあったな〜と

2013-02-27

あったかい新聞バッグ

f:id:kawasimanobuo:20130222171223j:image:w360

『詩集ノボノボ』より

あったかい新聞バッグ

 四万十川で生まれた手仕事が

 人のハートに運ばれて

 被災地宮城のおばちゃんたちに やって来た

 それは「新聞バッグ」


 えっ、何それ?

 古新聞でエコバッグを作るんです

 売るんです

 そんな「なりわい」プロジェクト
 

 私は二つびっくりして この詩?を書いている

 ひとつめは 「銀行もいいとこあるじゃない」

 地元の銀行が応援し 買い取りし

 年一回の講演会で 大々的な紹介をしたんです

 その会場で 私もひとついただきました


 銀行って 絶対お相手しないと思ってた

 零細コミュニティビジネス 内職仕事

 そこに 南風がふいてきたような。。。

 ミニミニ・クリスマルキャロル?


 ふたつめは 「古新聞もアートに変身」

 新聞って 実は豊かなアート素材

 読むんじゃなくて 眺めてみれば

 切り抜くページで いろんな表現ができるんだ


 墨も絵の具もデザインもプリセット

 英字新聞は アルファベットで溌剌リズム

 モデルの写真は インパクト強きメッセージ

 新聞小説は 小粋で知的な大人の遊び


 わが大崎市岩出山 四十歳農家の若大将が

 鳴子温泉に避難したおばちゃんたちにと

 探して つないで はるばる四国から

 もってきてくれた 手しごとプロジェクト


 古川駅に降りたった 四万十川から来た面々
 
 ニュースに映ったある顔を 私は見逃さなかったよ。

 あの丸めがね 四万十川のカリスマデザイナー

 たしかに彼は梅原真さんだった!
 
 なるほど 海外にも広まったわけだ


 それにしても不思議なもんだな

 一見こんなものが? と思えるものが

 デザイナーや企画で大変身

 「みにくいアヒルの子」「シンデレラ」

 逆境にめげず 清くけなげな主人公

 読む人の心をあっためる

 だから この商品も企画もあったかい?


 これからは 「熱き情熱」よりも

 「あったかい真心」のほうが

 ずっといいと思うんだ

 社会も 会社も 製品も サービスも

 だれでもが 無理しなくてもできるから


 そうしたら きっと満ちてくるだろう

 おだやかな微笑みあいが 世の中に

 たったそれだけで

 どれほど救われることだろう

 人も 仕事も 世の中も 


2013-02-12

ほほえみがえし

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 (杉浦日向子『江戸アルキ帖』より)

『詩集ノボノボ』より

ほほえみがえし

 「ほほえみ食堂」と 私が勝手に呼んでる店がある

 店の主人も姉さんたちも いつも変わらぬ微笑みで

 おいしい蕎麦をつくってくれる

 蕎麦も美味いが その微笑みが絶品で

 何度か食べに行っている


 大風のふく先日の午後遅く

 名物セり蕎麦を食べたくなって 行きました

 手ぬぐいを被った無精ヒゲのマスターが

 丁寧に たった一人を迎えてくれました

 顔に似合わぬ 柔らかいほほえみで


 いつも調理場にいるほうのお姉さん

 忙しい昼飯時が去り 一見疲れが見える目の辺り

 ところが そんな疲れがあるくせに

 やさしく微笑んでくれました


 つらいときだってあるだろうにな〜

 やさしい芯のはいった そのおもてなし

 とっても心が あたたかくなりました


 ほほえみは きっと南風

 帰りぎわ 思わず出ましたこの言葉

 「とっても美味しくいただきました」

 私なりの 精一杯の微笑みで


 いつも仏頂面で パソコンばっかり見てるので

 きっと ひきつっていたかもしれないな〜

 でも 私なりの 「ほほえみがえし」

 
 そうしたら 嬉しい発見がありました

 ほほえみがえしをしたあとに

 やまびこのように かえってきましたよ

 感謝のほほえみが

 これがまた ウルルっとくる絶品で


 それから一週間後のある昼間

 ある人と二人で また行きましたこの店に

 そうしたら 再々発見

 ほほえみの バージョンが違うんです


 ほほえみは 口ほどにものを言い

 私には 伝わってきたんです

 (この前は ありがとうございました)

 感謝の気持ちが

 ほほえみに乗せて 届けられたのを


 もうすぐ春だな〜〜