開拓のきっかけとなった本

 みんなの独創村の開拓を始めて半年。
この村を開拓するきっかけになった本が2冊あります。
ひとつは「エンデの遺言」、もうひとつは内山節(たかし)著「戦争という仕事」です。
「エンデの遺言」についてはみんなの独創村で何回かに分けて掲載しました。
「エンデと地域通貨」 
 今日はもうひとつの内山節(たかし)著「戦争という仕事」から抜粋してご紹介したと思います。全章実に考えさせられる名著ですので、今後も継続して取り上げていきたいと思っています。
 内山節さん
 1950年生まれ。哲学者。
 1970年代に入った頃から、
 東京と群馬県の山村・上野村との二重生活をしている。
 現在、NPO法人・森づくりフォーラム代表理事など。
 http://www.uthp.net/index.htm より

 「戦争という仕事」という書名について彼は「錯覚」という章でこのように書いています。

 この本のはじめに、私は「戦争という仕事」をとりあげた。現在ではつねに、世界のどこかで戦争が行われている。そして、その戦争を仕事にしている人たちがいる。自分の行く手を阻むものを破壊しながら、占領地を拡大していく仕事。といっても今日ではそれは、異端の仕事ではない。なぜなら、競争相手を倒し、自己の支配権を拡大していく戦いは、市場のなかで日常的におこなわれていることであり、この市場での戦争をソフトな戦争というなら、戦地での戦争はハードな戦争にすぎないからである。こう考えるなら、私たちはたえずソフトな戦争のなかで仕事をしていて、だからこそハードな戦争に対しても一定の理解を示す心情をもってしまうのである。
 ハードな戦争では、戦場となった地域に大きな破壊がもたらされるが、市場を介したソフトな戦争でも、それは自然や地域、あるいは人間の精神のなかの多くのものを破壊してきた。この仕事の状況の中に現代世界がある、といってもよいだろう。そして、そのなかに身を置いて生きる人間の状況が。・・・・・・
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私たちの仕事はどうあったらよいのか。現在ほどそれを問い直さなければならない時代はないだろう。仕事が退廃していくなら、人間も社会も退廃してしまうだろう。逆に述べれば、働き、生きるという人間の生命活動の根本のところで、私たちが新しい可能性をみつけだしたとき、社会は退廃の時代を超えていくのだと思う。