ゆきおちゃん

 「ゆきおちゃん」はいつもニコニコしていた。そして、今でも彼の思い出話をするときはだれもがみんな微笑む。小学校の同級生の共通の思い出、それは「ゆきおちゃん」でした。
 当時の小学校には、学力別クラスとか特殊学級とか、そんなのはありませんでした。先生もみんなもあれこれ工夫して学校生活をともに暮らしていたんです。


ゆきおちゃん


 三年前のある夜、そのころの私は行きつけの小料理屋さんに週二回律儀に出勤していた。もちろん客としてだが。飲み始めてすぐに携帯が鳴った。小学校以来の同級生からだった。


 「おう、俺、今、誰といると思う?」彼の声はやけに弾んで楽しそうだった。「今、小牛田の駅にいるんだが、ゆきおちゃんとバッタリ会ってさ!ここにいるんだよ。懐かしいだろう!今電話替わるぞ!」


 「かわ?(モグ、モグ、モグ・・・)」私のことは「かわ」とよんでいた。今、何を言ってるか分からないが、あの頃の微笑みは伝わってきた。小学校の同級生、我らがヒーローゆきおちゃんだ!


 「ゆきおちゃん、ひさしぶりだな〜。げんきにしてる?四十二歳の同級会以来だよな〜」このあと近況を尋ねたりして、懐かしき電話を切った。電話を聞いていた店のママさんとともに、とてもほがらかな気分になれた夜だった。


 小学校四年生までのゆきおちゃんは学校があまり楽しくなかった。それが五年生、六年生になってバラ色になった。担任の次男(つぎお)先生がすばらしい先生だったからだ。先生の一の子分に任命されたゆきおちゃんをのけ者にする奴は一人もいなくなった。彼もよく笑うようになった。


 ゆきおちゃんは年中服を着替えないのでいつも竈(かまど)のすすけた臭いがする。髪も洗わない。顔は南の島の原住民みたいだが、笑うととってもかわいい。彼のしごとは、冬は主にストーブ焚きだ。(このころは亜炭ストーブだった)それ以外の時は次男先生の助手をしている。先生が時々「ゆきお、だれかさぼっていないか見てきてくれ」とか、適当な軽い作業を考えて、いつも彼を頼りにしているふうにしているのだ。


 先生の絶大の信頼を得ているゆきおちゃんは、人柄がいいのもあって人気者だった。原住民のようにカタコトしか喋れないくせに、自分のことを「ボグ」というのがアンバランスでおもしろかった。


 だが私にはつらく申し訳ない思い出もある。ある日、ゆきおちゃんをびっくりさせて笑いを取ろうと、同級生三人で悪いいたずらをしかけてしまったのだ。ゆきおちゃんもふざけた感じでそれを先生につげ口した。この後、次男先生の顔色が変わった。「三人前に出ろ!」「並べ!」そして強烈なビンタが・・・


 ところが臆病な私は、無意識に頭を後ろにずらしてしまった。先生の平手は空を切った・・・私だけもう一度、もっと強いビンタを受けることになった。痛かった!そして皆の前でワンワンと泣いた。ゆきおちゃんは申し訳なさそうな顔で眉を八の字にしていた記憶がある・・・


 十五年以上前の同級会では、ゆきおちゃんもこのことを覚えていた。私はまたあやまった。その同級会、私が幹事として企画したのだが、こんなことへのお詫びの気持ちもあった。次男先生は、わざわざ大きな紙に書をしたため、それを掲げながらほれぼれする挨拶をしてくれた。


 ゆきおちゃんは今、小さな町の駅前にある居酒屋とかラーメン屋とかで、そのつどいろんな小さなしごとを頼まれ、重宝にされているらしい。三年前のあの日、彼の電話の声はとても弾んでいた。それがとても嬉しかった。

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