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ノボ村長の開拓日誌

2012-05-23

愉快な町の「ユカイ塾」

 愉快な町ではどんな教育をしているんでしょう。愉快な町シリーズ第8話は、子供たちに「知識」ではなく「知恵」を学ばせる「ユカイ塾」のお話です。

 初めての方はこちらからお読みください。(下から上に連載してきました)
 愉快な町のエネルギー
 愉快な町の「地域コンビニ」
 愉快な町の「住宅街」
 愉快な町のショップハウス
 愉快な町のヘルプハウス
 愉快な町 その2
 愉快な町 その1

 今では小学校高学年や中学生になると、みんな「塾」通いです。ピアノとか習字とかそろばんとかのお習い事の塾よりも、進学塾が圧倒的に多いのが実態です。

 子供ばかりじゃありません。政治家もやたら塾をつくって新聞を賑わせています。それらの塾は何か大したことをするわけではありません。単なる「選挙予備校」です。

 考えてみれば、子供も大人も同じです。塾というのはみんな「予備校」になりさがっています。

 江戸の昔なら「適塾」やら「松下村塾」やら、大した学問やら思想やらを学んだり育んだりと、塾自体に大いなる価値がありましたが、今の時代は「競争」という「相対価値」を追い求めるだけで。。。

<「ユカイ塾」の誕生>

 さて、考え方の多くを共有できる人たちが集まってつくられた「愉快な町」の町民会議(町議会みたいなもの)では、こんな教育方針が決議されました。

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(「非電化工房」でのスナップ)

 「一人ひとりの創る力を育もう」

 「創るべきものを自ら知る感性を育てよう」

 「共に創る愉しさを経験させよう」

 愉快な町では「現在」よりも「未来」を大事に考えます。その「未来」を担うのは子どもたちです。

 ですから町全体のあれこれを決議するときは、子供を一番大事なものとして考えていきます。

 たとえば、愉快な町では外部から自動的に速度制限されるスマートカー以外の車は市街地を走れません。

 こんな工夫も子供たちのためです。昭和の子供たちのように群れをなして遊び、そこからいろんな知恵や人間関係を学べるようにと。

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 やがて、町の中心部につくられた人工的な「里山」のてっぺんにツリーハウスやログハウスとして塾の建物が作られました。

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(「奇跡のむらの物語」より)

 しかし、そこは単なる集合場所であり、「ユカイ塾」とは町全体、各家庭すべてを含むものでした。

<「ユカイ塾」を取り巻く社会情勢>

 この教育方針を決議した背景にはこんな社会情勢がありました。

 それは従来の塾(=有利な進学)が目標としているエリート連のつぎのような実態でした。

 一つめは「社畜」のような「カネゴン会社人間」の蔓延。これは大会社、しかも幹部や創業者以外の経営者層に顕著です。

 二つめは「学畜」のような「危険なロボット学者」の蔓延。これは一流大学、しかも企業と結びついた教授連に顕著です。

 三つめは「国畜」のような「私利詭弁政治家」の蔓延。これは現代の宦官といえる官僚や弁護士出身の政治家に顕著です。

 こういう人間たちが、主語が「人間」ではない社会づくりに日々邁進しています。深い考えもなく、ただ「効率教」のお題目を唱えて。

 何が主語か?それは「経済」であり「効率」であり「国(抽象的な)」なのです。

 そのための「人」の犠牲はコストなのです。そのコストに「質」の違いはありません。金と時間による「量」的把握だけです。

 これらのエリートが、「原発」などにも強い未練を捨てきれず、危険かつ倒錯したものをそのまま続けようとする社会をつくっています。

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 能弁で、過激で、若いカリスマ的政治家も、その教育方針は「現状生活レベルを維持するための対外的競争力の向上」を教育方針に掲げました。

 それは、国際的な相対的競争性能をあげるために、「知識競争ロボット」を選抜して育成するという従来教育の強化延長モデルでした。

 このような自分にも他人にも危険な「立身出世」の道を子供たちに歩ませたくない、というのが住民の意志でした。

 「それで学力劣化と言われるなら、それでもいいじゃないか。知恵の劣化でさえなければ」と。

 さらに「今や大学はどこかに誰でも入れる時代だ。これからは社会に『学歴』以外の別な尺度が必要になってくるはずだ」とも。

<「ユカイ塾」で行うこと>

 それでは具体的にどんな教育をするというのでしょうか?

 こんな具体的な教育指針をみんなで決めました。

 <自然の中で一定期間共同生活をする>

 <ご飯を自分で作れるようにする>

 <一緒にエネルギーを創る>

 <大人と一緒のことをする>

 <人を扶ける(たすける)>

 <先生役は大人も子供も交代で行う>

 そして特筆すべきことは、すべてに「お金」がまわる、まわすしくみを組み入れたのです。

 「愉快な町」はお金を否定しているのではないのです。むしろその逆です。

 「お金本来の価値」を取りもどそうとしているのです。

 それは「交換の道具」として人間の生活のために役に立つお金の使い方、ストックの仕方、その量を皆が理解することです。

 「金の奴隷」にならないように、「金の主人」になれるように、小さい頃から「真の金銭感覚」を仕込もうとしているのです。

 さらに、お金というものが、人間の相互扶助関係の中でどのような価値変化を生じるのかを理解させていきます。

 つまり、「たすけあい」と「金のストック量」との逆比例関係を身体で理解させるのです。

<ある日の「ユカイ塾」>

 朝、「地域コンビニ」には登校前の子供たちがたくさん働いています。

 ある子は店で商品のそろえ方、ある子は畑からリヤカーで野菜運び、ある子は足の悪いおばあさんの荷物運び。。。

 ちゃんとお給料も支払われます。大人と同じです。

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(「奇跡のむらの物語」より)

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 さて午後、学校の授業が終わると里山の頂上までみんなで競争です。

 里山にある小水力発電機のゴミ取りとかしたり、ある子はミツバチの世話もしています。

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(「奇跡のむらの物語」より)

 元気なおじいさんやおばあさんが一緒に働いていますから、安心です。

 子供会のリーダーが「ピーッ!」と指笛を鳴らします。

 「さ〜、みんな宿題かたづけるぞ! きょうはユウキ君は年下のタダオ君の算数見てあげて。ナオちゃんはともこちゃんに漢字を教えてあげてくれ〜」

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(「奇跡のむらの物語」より)

 つまり、家庭教師はみな上級生やその学科が得意な同級生。もちろん退職した先生がそっと見守っています。ほかの親たちも交代でサポート役をします。

 「終わったら、今晩は野外炊飯です!」

 お母さんたちも、この日は子供たちが作った料理を食べられるので大助かりです。

 このようにしてこどもたちは、人生のとても早い時期から大人の仕事のあれこれを経験します。

 こういう繰り返しの中で、自分が進みたい仕事をイメージしていけるようになるのです。

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 里山の上からみる夕陽はとても綺麗です。

 町の中のそこここに、自分たちが創っているエネルギーで灯された明かりが螢のようにつき始めました。

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(私の親友が撮った宮城県船形連峰泉ヶ岳の写真です)

参考
 「非電化工房」見学会
 奇跡のむらの物語
 森で育つ子どもたち
 森と風の学校 続編
 森と風の学校
 森と風のがっこう
 里山生活学校