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ノボ村長の開拓日誌

2012-11-12

「小さな家」の大きな夢

 『大きいことはいいことだ♪』このCMソングを覚えている方はおりますか?1960年代後半の森永何とかチョコのCMで、気球に乗る山本直純さんが出ていました。

 CMソングは時代を映す鏡です。

 あの時代は高度成長期(晩期)で、なんでも誰でも大きい物にあこがれる時代だったんですね。

 あれから40数年後の今、『小さいいことはいいことだ♪』が似合う時代に変わってきた感じがします。

 今日は「小さな家」についてあれこれ考えてみました。

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 田中優子さんが、『大江戸生活体験事情』という本でこのように語っています。

江戸の長屋と昭和の家

 まず、長屋の一軒分の標準面積は、普通<九尺二間>というように、間口が九尺(2.7メートル)、奥行きが二間(3.6メートル)から三間(5.4メートル)程度である。つまり、踏み込みの土間を除いて、四畳半から六畳の部屋の感覚だ。二階つきの長屋も割合多いが、階段室はなくて、二階の床に開いた穴にはしごをかけて上がり下がりする。穴蔵に入るようで、落ち着いたのではないのだろうか。

 長屋の面積について書いてある事典に、「当時は一世帯平均四人であるから極端に狭いといえる」と解説してあるのを読んだことがある。私は、その時、「この執筆者は、きっと極端に恵まれた生活を送ってきた人なのだなあ」と思ったものだ。

 家族五人だった私の子どもの頃の生活は、このスペースとほとんど同じだった。江戸の長屋の方が、押入れがなかったり台所が狭い分余裕がないだけである。いずれにせよ、自分の生活を基準にして、他人の生活を狭いとか貧しいとかいうのは、ずいぶん失礼な話だ。

 私の場合、まわりの子供たちも、同じような生活だったから、貧しいとも狭いとも思ったことはないし、不幸でもなかった。大人になってから、さまざまな人に会ったが、やはり同様の、あるいはもっと狭い生活を送っていた・・・いる人は案外多いものだ。

 戦前や前近代の日本をなるべくみじめにとらえたがる人々の価値観には、共通した点が三つある。(続きは本でお読みください)

 著者の田中優子さんは同世代です。そのせいもあってか、考え方にとても共感します。

 そして私自身もこのような(狭い)家で育ちました。とても愉しく。

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 最近私は「小さな家という考え方」にとても興味を持ち始めています。

 それは、コストが安いという経済的な理由だけではありません。

 「小さな家」だからこそ生き方の新しい可能性が開ける、と感じるからです。

 「懐かしき善きことの回復」につながるような気がするからです。

 それは、私たちが「効率教」「会社人間」「成長神話」のなかで失ってきたものなのですが。

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 さっそく本や写真集をあれこれ取り寄せ、読み始めました。

 びっくりしました!

 なんとすばらしい「小さな家」が世にあふれているんだろう!と。

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 あの有名な建築家「ル・コルビュジェ」が年老いた両親のためにレマン湖のほとりに立てた家は、なんと奥行き4メートル、長さ16メートル、高さ2.5メートル、床60平米(18坪)の長方形の家でした。今の基準からすればずいぶん小さい!

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 彼はこの家をとても吟味しました。その結果が、あえて「この小ささ」なのです。

小さな家

 この小さな家は、長年にわたって働き続けた私の両親の老後の安らぎの日日を想定したものである。

 母は音楽家で、父は自然をこよなく愛している。1922年、1923年と、私は幾度となくバリーミラノ間を往復する特急列車、もしくはオリエント急行(バリーアンカラ間)に乗った。そしていつも、この家の図面をポケットに入れて持ち歩いた。敷地に先立った設計ですって?そう、その通り。この家に通した敷地を見つける計画だったのだ。

 計画の諸条件。その第1の条件は、太陽が南にあること(ありがたいことだ)。さらに山並みを背景に、湖が南に向かって広がっていること。また、東から西にかけて見渡せば、湖とそこに映えるアルプスの山々が君臨していること。こうした条件はこの家の設計方針を決定している。つまり奥行きは4mしかないが、南に面して長さ16mの正面をもつ家が横たわっている。その正面にあるただひとつの窓は、11mもの長さがある(私は“ひとつ”の窓と言ったのだ)。

 第2の条件、それは「住む機械」であること。つまり最小限の実用性が得られるように、適切な寸法をもつ簡明な機能に分かつこと。さらに空間が有効に活用できるように、それらを効果的に組織すること。各機能には許される限り最小の面積を充てること。その結果、床面積は合計54平米になった。最終案では、この家は平屋建てで、あらゆる通路を含めて延べ床面積60平米におさまった。

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 本にある様々な写真を見ながら、私もこんな家作ってみたい! そして(たまに)住んでみたい!と思いました。

 ログハウス以外にも、自然と調和する現代工法の様々なスモールハウスがあるんですね。

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 (モダンですが「自然」とマッチしていますね)

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 多くの人が、もうひとつ、いやもう幾つかのじぶんの居場所を持てたら、何と世界は多様化かつ多層化することだろう!と私は思うんです。

 どんなことがあってもそこで命を養うことができるなら、一人ひとりの「人生のシェルター」にもなりうるのではないでしょうか。

 「小さな家」なら、コストの面でもデザインの面でも立地の面でも「無理のない(少ない)方法」「独自の棲み家」を作ることができるような気がするのです。

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 そこからはじまる創造は、きっと一人ひとりの生き方の選択肢を増やしてくれることでしょう。

 今私たちがこれしかないと思いあきらめていることだって、解決の可能性が開いてくるのではないでしょうか。

 「今どうしようもないことは『創造』でしか解決できない」


参考
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