ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

ノボ村長の開拓日誌

2016-05-11

ゲーテ 「相手を否定しない」

 「他の連中は思考して、考えたことを吐露するという感じだけれど、ゲーテの場合は人生とか、人間とか、すべてを含んだ発言なんです。幅が広いから参考になるわけですよ」(水木しげるさん)『ゲーテとの対話』(エッカーマン著)を抜き書きしながら今日も「なるほどな〜」と納得のため息です。

 「ゲーテの深い言葉」第4話を書きました。

f:id:kawasimanobuo:20160511210019j:image:w240
(水木しげるさん『ゲゲゲのゲーテ』より)

 とても常識的なことなのに、深く納得してしまう文章です。

 ゲーテは彼が敬愛する同時代人バイロンの偉大さ、そして破滅的であった彼の末路についてエッカーマンと話しています。

岩波文庫『ゲーテとの対話』上巻p224

1825年2月24日

 「また、不断の反対と否定が、われわれの見ているように、すぐれた作品までも台なしにしてしまっている。

 つまり詩人の鬱憤(うっぷん)が読者にもつたわるだけでなく、手当たりしだいに反抗していればどうしても否定的にならざるをえなくなり、否定的であることは、無に通ずる。

 私が悪いものを悪いといったところで、いったい何が得られるだろう?

 だが良いものを悪いといったら、ことは大きくなる。

 本当に他人(ひと)の心を動かそうと思うなら、決して非難したりしてはいけない。

 まちがったことなど気にかけず、どこまでも良いことだけを行うようにすればいい。

 大事なのは、破壊することではなくて、人間が純粋な喜びを覚えるようなものを建設することだからだ。」


 この日の話は、なんと!文庫本10ページにわたります。

 バイロンの偉大な才能、彼の性質、彼の人生について、ゲーテはエッカーマンに滔々と語り続けました。

 ゲーテのとても常識的に思える言葉は、「才能の発揮」について私が持っていた無意識の誤解を解いてくれました。

 「常識的であることは偉大な才能の発揮をさまたげるものではない、むしろ才能に広い視野を与え、他人への影響力を強めるものである」と。

 ただし、知性も想像力も創造力もなく、ただ常識的であるだけ、つまり「自分」がないなら、それは「衆愚」といわれるのものでしょう。

 参考→「ゲゲゲのゲーテ」より抜粋
   →ゲーテ「趣味について」
   →ゲーテ「わが悔やまれし人生行路」
   →ゲーテ「嫌な人ともつきあう」