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ノボ村長の開拓日誌

2018-03-04

「オン・ザ・ロード」より抜粋

 あふれ出す言葉、疾走する文章、光、匂い、手触り、痛み・・・ボブ・ディランの人生を変えたというジャック・ケルアックのこの小説は新鮮で、野蛮で、美しく、神聖でした。もったいないので折り目をつけたページの文章を一生懸命タイプしました。

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→半世紀を経てなお時代の先端を疾走する若者たちの永遠のバイブル(河出書房新社)

 作家のユニークで偉大な才能はいわずもがなですが、あらゆる海外文学作品における翻訳者の知性、感性、能力に作家と同等の尊敬の念を禁じ得ません。

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(以下本書より抜粋)

 「初めてのニューヨークに、前の晩、美人で小柄でシャープな女メリールウと到着したのだ」

 「メリールウはすてきなブロンドで、ふんわりとした巻き毛はさながら黄金のうねる海だった」

 「とろんとした青い田舎者の目をぱっちり開いて、モディリアーニが描くうっとうしい部屋にいるひょろ長くて虚弱でシュールな女の子みたいに、様子をうかがっていた。でも、かわいい小柄の子という以外はどうしようもないおバカで、ろくでもないことを平気でやるようなところがあった」

 「ぼくにとってかけがえのない人間とは、なによりも狂ったやつら、狂ったように生き、狂ったようにしゃべり、狂ったように救われたがっている、なんでも欲しがるやつら、あくびはぜったいしない、ありふれたことは言わない、燃えて燃えて燃えて、あざやかな黄金の乱玉の花火のごとく、爆発するとクモのように星々のあいだに広がり、真ん中でポッと青く光って、みんなに「ああ!」と溜め息をつかせる、そんなやつらなのだ」

 「西部の太陽の子、ディーン。付き合うと面倒なことになるよ、とおばには警告されたが、ぼくには新しい呼び声に聞こえた。新しい地平線が見えた。若いぼくにはそれが信じられた」

 「廃屋になったかわいいイギリス風のガソリンスタンドの、雨が垂れる軒下に飛び込んだ。頭上からは、巨大で鬱蒼としたベア・マウンテンが雷鳴を轟かせて神の恐さを叩きこむ。見えるのは雨に煙った木々と、空まで延びた陰鬱な荒野のみ

 「夏の霞のなか、干上がりそうで水量も少なく、まるでアメリカそのものが自分の裸身を洗っているような、むっと鼻をつくきつい匂いがした」

 「ダイナーに入った。でかい笑い声が、世界一でっかい笑い声がして、豪快な老練のネブラスカの農夫が、若いのを引き連れて入ってきた」

 「これだよ、とぼくは自分に言い聞かせていた、この男の笑い声だ。これが西部だ。いよいよ西部に来た。男はダイナーの中をどかどか歩きながら女将の名前を呼んだ」

 「ともに手首が太く、まじめで、行く手になにが現れようと、人間だろうが物だろうが、やあ、とにっこり笑いかけた

 「だれかが安酒を、きわめつきに安いのを回してよこした。ワイルドでリリカルな小雨まじりのネブラスカの大気のなか、ぐいっと飲んだ。「よおしよおし、いいぞお!」と野球帽をかぶったやつがわめいた」

 「背の高い不機嫌そうな男どもが書き割りのような建物からこっちをながめていた。メインストリートには、四角い箱の家がずらりと並んでいる通りはどこも淋しげで、先に広大な平原がのぞいている。いままでとちがうなにかをノースプラットの空気に感じたが、なんなのかはわからなかった」

 「酔っ払っていたから、どうにでもなれ、なんでも来いだった。小柄のブロンドに向かってぼくの全存在はひたすら突き立った。全力で突っこみたかった」

 「バス乗り場の床はどこもおなじで、煙草の吸い殻と唾でいっぱいで、乗り場ならではの悲しみがただよっている

 「コロラドだ!とゴキゲンに考えつづけていた。いいぞ! いいぞ! いいぞ! やったぞ! 東部での昔のことが蜘蛛の巣のように夢に現れたが、目覚めはさわやか」

 「いま、目の前にあるのは、でっかく荒々しく膨らんで広がるぼくのアメリカ大陸だ。ずっと彼方では、憂鬱で狂ったニューヨークが塵と茶色い蒸気のクモを吐き出しているのだろう。東部には茶色い聖なるものがあるが、カリフォルニアは真っ白で、紐に干された洗濯物のようで中身がない・・少なくともそのときはそう思った」

 「線路脇のダイナーで制動手たちがぶすっとした顔で飯を食う。列車はしゅっしゅと吠えながら谷の彼方へ向かう。陽が沈むときはどこまでも真っ赤に染まる。魔法のような名前の谷がつぎつぎとつづいた。・・マンテカ、マディラ等々。まもなく日が暮れてくると、葡萄色の夕暮れになり、紫色の夕暮れがタンジェリンの木立ちと長いメロン畑の上に広がった。太陽はブルゴーニュの赤が一条走った葡萄をつぶした色で、畑は愛とスペインの神秘の色になった

 「「どちらまで」「LAです」その「LA」と言う言い方が気に入った、西海岸の連中が「LA」というときの言い方が大好きだ。いよいよせっぱつまったときの、究極にして唯一の黄金の町というかんじが。「ぼくもです!」と叫んでいた」

 「リッキーは酒瓶を持っていた。「今日は飲んで、明日は働く。さあ、行こう・・ぐいっと行け!」テリーは子どもと後ろに座っていた。振り向くと、彼女の顔に故郷に戻った歓びがあふれているのがわかる。カリフォルニアの十月の美しい緑の田園風景が烈しくくるくるまわった。むくむくと元気がみなぎってきて、どこへでも行ける気分になった」

 「映画の封切りを告げるハリウッドのすごい照明が空を、ぶんぶん唸る西海岸の空を突き刺した狂ったような黄金海岸の騒音がぼくを取り囲んでいる」

 「人生は、父親の庇護のもと、疑うことを知らないかわいい子どもとしてスタートするというのはきっとほんとうだ。そのあと、無関心な人々のなかに放りこまれる日々が来て、自分がみじめでちっぽけで貧弱で盲目で素っ裸であるのを知ることになるのだ。そして悲惨に嘆く幽霊のような顔でぶるぶる震えながら悪夢の人生を歩む

 「詩集を小脇に抱えてやってきたカーロ・マルクスは、安楽椅子に座り、きらきらしたビーズのような目でみんなをながめた」

 「おばは一度、男が女の足元にひざまずいて許しを乞うまでは世界は平和にならないよ、と言ったことがある」

 「なにか、だれか、精霊みたいなのが人生という砂漠を進むおれたちみんなを追いかけてきて、天国までもう一歩というところでつかまえるんだよ。もちろん、いまを振り返ってみると、それは要するに死だ、とわかる。死が、天国の手前で追いつくのだ。ぼくらには生きているあいだ求めつづけているものがひとつあって、それが溜め息や嘆きやさまざまな甘い吐き気の原因になっている。それは子宮のなかで味わっていたにちがいない失われた至福の思い出で、それがふたたび得られるのは(みんな認めたくはないのだが)死のなかでだけなのだ。でも、いったいだれが死にたいと思うだろう?」

 「メリールウはベッドのなかだった。エド・ダンケルはじぶんの幽霊を追いかけてニューヨークを歩きまわっていた

 「ディーンには、メリールウの完璧な愛を浴びて甘い死を何回も何回も味わう権利がある。邪魔したくはない。ただ後をついていきたい

 「ディーンは急にやさしい人間になっていた。「いいか、おい、安心していいんだ、万事順調なんだよ、なにも悩む必要はないんだ。なにも悩まなくっていいってわかってることのありがたさを、よおく噛みしめろ。わかるか?」異議なし、と答えた」

 「空気を吸いにいっしょ外に出ると、暗闇のなかが香りのいい緑の草とフレッシュな堆肥とあったかい水の匂いでいっぱいだ、ふたりとも急にゴキゲンになった。「南部だよ! やっと冬とおさらばだ!」夜明けのかすかな光に道路脇の緑の芽が輝いている」

 「おれがカリフォルニアまで乗ったのは長い貨物列車でさ、ほんと、飛んでるみたいに速い、ファーストクラスの貨物列車で、まさに砂漠のジッパーってところだったなあ」

 「ディーンは、メリールウは淫売だ、と決めつけていた。あいつの嘘つきは病気だ、とぼくに言っていた。しかし、こんなふうにやつを見つめている彼女の姿は、愛そのものでもあった

 「ディーンのカリフォルニア・・野性的で、汗ばむ、大事な土地、淋しい、行き場のない、エキセントリックな恋人たちが鳥のように群れる土地、だれもがどこか落ち目のハンサムな退廃した映画俳優のように見える土地」

 「みんなが落ちぶれた映画のエキストラに、しおれたスターの卵に見えた。夢やぶれたスタントマンたち、ミジェットカーレースのレーサーたち、大陸の果てまで来てしまった淋しさを抱えた切ないカリフォルニア人たち、ハンサムで退廃的なカサノヴァを気取る男たち、目のあたりがむくんだモーテルのブロンド女たち、ペテン師たち、ヒモたち、売春婦たち、マッサージ師たち、ベルボーイたち・・酸っぱい臭いを放つ集団。そんな連中のなかでどうやって生活していったらいいんだ?」

 「深夜になると、すっかり消耗したかれがジャムソンズ・ヌックでめちゃくちゃなジャズ・セッションに聴き入っている姿が見られるが、目は大きくてまん丸で、肩はくた〜っと落ちて、ドリンクは前に置いたままぬるっとした眼差しでぽかんと虚空を見つめている」

 「でも、ぼくは結局ぼくなのだ。サル・パラダシウ。この菫(すみれ)のような闇のなかを、耐えられないくらい甘い夜のなかを淋しくふらふらさまよいながら、ハッピーでほんとうの心を持ったエクスタシーを知っているアメリカの黒人たちと世界を交換したいと願っている男」

 「とつぜんぼくは気づいた、ディーンは山のように罪を重ねたがために、馬鹿者に、愚者に、仲間たちの聖者(セイント)になったのだ、と」

 「苦情、叱責、忠告、訓戒、悲哀・・そういうのがぜんぶやつの後ろにはくっついて回る、しかし、やつの前方に広がるのはピュアに存在していることのざらりとしたエクスタシーの歓びだ

 「二日したらニューヨークに行く、とぼくらは言った。「それはいい。おれは行ったことないが、すげえジャンプしている街だって話じゃないか」

 「テナー吹きはコーナーのテーブルの前にみじろぎもしないで座り、目の前のドリンクには手もつけず、東洋人のような目で虚空を見つめ、両手を両脇にだらりと床につくほどに垂らし、舌をべろんと出したみたいに足を広げ、体をぐったりと疲労困憊のなかに、失神したような悲しみのなかに、自分の思いのなかに沈みこませていた。この男は毎晩自分をノックアウトして、他人にとどめを刺してもらっているのだ

 「夜明けのジャズ・アメリカでは、こういう疲れきったいくつもの顔が空中に浮かぶ聖なる花だった」

 「そう訊かれてもなあ、うまく言えねえよ・・えへん! まず、やつがいて、みんながいる。いいか? やつ次第で、みんなの心にあるものは抑えられる。ファースト・コーラスをスタートし、だんだん自分のアイデアを並べていく。すると、聴いているほうはヤアヤア言いながらノッてくる。そしたらそこで運命に任せて昇っていくんだ。運命に負けないように吹いていく。すると、いきなりコーラスの真ん中で、アレが現れるんだ・・みんなが見上げ、納得する。耳を傾ける。あとはそのアレをつかまえて離さない。時間は止まる。なにもない空間を、みんなの血と肉の命で、自分の下っ腹にみなぎるぶちまけたい思いで、いろんなアイデアの記憶で、昔に吹いたのをちょっと変えた音で、いっぱいにしていくんだ。吹きながら橋を渡り、また引き返し、そうしながら無限に感情をはたらかせて魂を探りながら瞬間の音色を求めていくと、徐々にみんなにもわかってくるんだよ。大事なのは音色じゃない、アレなんだってな・・」

 「数分後にはもう、やつはまったく別の車で、ぴっかぴかの新車のコンパーティブルで戻ってきていた。ぼくの耳元でささやいた「今度のはかわいいぞ!」「前のはやたらゴホゴホするんでよ・・十字路に置いてきた。あのかわいいのは農家の前に停まってた。デンヴァーをひとっ走りしてきたよ。なあ、おい、みんなで出かけよう」これまでのデンヴァーでの生活から生まれた怨恨と狂気がやつの体(システム)からナイフのように吹き出していた。彼は真っ赤で汗ぐっしょりで邪悪だった

 「ワイオミング州でもそうだったが、夜は、星々がローマ花火のようにでかく、まるで先祖の森を見失った達磨王子が北斗七星の柄のなかの空間を転々とひたすら旅して森をふたたび見つけようとしているかのように孤独だ。そんなふうに星々がゆっくり夜を回しているうち、じっさいに朝日が昇る時間よりもずっと早くに、大きな赤い光が、西カンザスのほう、灰褐色の荒涼とした土地のはるか向こうに現れ、鳥たちがデンヴァーで囀り(さえずり)を始めた」

 「それもそのはず、ディーンもぼくもいままでお目にかかったことがない空前絶後の美少女だった。年の頃は十六で、顔は大草原の野バラの色で、目はどこまでも青く、髪は最高にしなやかで、野生のアンテロープの品の良さと機敏さがある。ぼくらの視線に怯んでいた。カナダのサスカチュワンからまっすぐに吹いてくる大きな風に、髪がかわいい頭の上ではためき、舞いあがり、生き生きとした巻き毛をつくりあげていた。顔をしきりに赤らめている」

 「夢みたいな速度で通過していくなか、邁進し、おしゃべりしつづけた。すばらしい車だった。船が海をつかまえて放さないように、道をがっちりつかまえる。ときどき現れるカーブは心地よい歌のようだった」

 「素晴らしい車が風を轟々と鳴らして、平原を巻紙のように広げていき、熱いタールを恭しく(うやうやしく)吹き飛ばした・・堂々たるボートだった。目を開けると、夜明けが扇のようだった。そこへまっしぐらに突入していった。ディーンのいつになく決然とした岩のような顔がダッシュボードの明かりの上に突き出されて、骨っぽい風情をたたえた」

 「そしてディーンとぼくは、バッタを食って生きのびてきたかのような薄汚いボロボロの姿で、デトロイトに着くとバスからよろよろ降りた」
 
 「ディーンはほかの写真も出した。こういうスナップ写真をぼくらの子供たちはいつの日か不思議そうにながめて、親たちはなにごともなくきちんと写真に収まるような人生を過ごし、朝起きると胸を張って人生の歩道を歩んでいったのだと考えるのだろう、とぼくは思った。ぼくらのじっさいの人生が、じっさいの夜が、その地獄が、意味のない悪夢の道(ロード)がボロボロの狂気と騒乱でいっぱいだったとは夢にも考えないのだろう。なにごとも内側は終わりもなく始まりもなく、空っぽだ。無知がさまざまな悲しい形になる」

 「昔の映画みたいにディーンは到着した。金色にまぶしく輝く午後で、ぼくはベイブの家にいた。この家について一言。彼女の母親はヨーロッパに出かけていた。お目付役のおばはチャリティといい、七十五歳でニワトリのように元気だった

 「最高にわくわくした。今度はもう東西ではない。魔法の南なのだ。アメリカ両大陸がごつごつした姿をさらしながらはるか下のティエラデルフェゴまで延びているさまが、ぼくらがその世界の曲線に沿って飛んで別な回帰線と別な世界に入っていく様子が見えた「おい、今度こそいよいよアレに到達だぞ!」ディーンが自信満々に言った。ぼくの腕を叩いた。「楽しみだな。フーッ! ウイーッ!」

 「地平線に月が浮かんでいた。それはまるまると太り、大きくなり、黄色っぽくなり、やわらかくなり、ころころ転がり、やがて明けの明星に座をゆずると、露が窓に吹きこんできた」

 「1950年製の新型のジュークボックスもあり、でっかくてごてごてと飾りのついた豚の鼻みたいなしろものに10セントを入れるとひどい曲がどっと飛び出す」

 「メキシコの煙草も数箱買ったが、一箱六セント。なかなかがんばるすてきなメキシコの金をぼくらはまじまじとながめ、いじくり、まわりを見回し、みんなに向かってにっこりした。アメリカはぼくらのうしろにあって、人生について、路上(ロード)の人生についてディーンとぼくがいままで学んだことはぜんぶ、そっちにあった。いまやぼくらはついに道(ロード)の果てに魔法の地を見つけたのだ。その魔法がこんなにすごいとは夢にも思っていなかった」

 「麦わら帽をかぶった地元の牧場で働いているヒゲのピンと立った男たちの集団がいて、アンティークなガソリンポンプの前で怒ったり冗談を言ったりしていた。畑では老人が長い棒の先でロバを操りながらのろのろ進んでいる。ピュアな古代的な人間の営みの上に太陽がピュアに昇っていく

 「車を停めると、あたりは想像を絶するほど穏やかだった。六月の夜のニューオーリンズのパン屋のオーヴンのなかにいるみたいに暑かった」

 「鉄のベッドに戻って、体を伸ばし両腕を広げた。木の枝や広大な空が上にあるのかどうかもわからなくなっていたが、そんなことはどうでもよくなっていた。口を開けてジャングルの空気をいっぱいに吸った。いや、それは空気ではない。空気というものではぜんぜんなく、木々や湿地帯から出てきた、手でも触れそうな生きている発散物だ

 「そういうことで、アメリカで陽が沈むとき、古い壊れた川の桟橋に腰をおろしてニュージャージーの上の広い、広い空をながめていると、できたての陸地がぐんぐん信じられないほど大きく膨らんで西海岸まで広がり、その大きくなったところにあらゆる道(ロード)が走り、あらゆるひとが夢を見ているのをぼくは感じるようになった」