西へ東へ、古本屋を求めて【前篇】


日曜日は朝に雑用をすませて、「古本屋ツアー・イン・ジャパン」(http://blogs.dion.ne.jp/tokusan/)で京王線の古本屋をチェックしてから、10時ごろ出発。新宿から京王線に乗り換え、蘆花公園へ。世田谷文学館で「石井桃子展」を見る。ぼくは子どもの頃に絵本や児童文学を通過しなかったので、石井桃子にさほど思い入れがあるわけではない。しかし、石井が見つけ井伏鱒二が訳した『ドリトル先生アフリカ行き』は愛読しているし、自伝的小説『幻の朱い実』は荻窪の描写が素晴らしい。その程度なので、石井が浦和生まれでのちに荻窪に移り住んだことは初めて知った(津野海太郎さんはその逆のルートをたどったわけか)。幼少時の思い出をつづった『幼ものがたり』が読みたくなった。今回の展示は、石井が関わったさまざまな本の現物がこれでもかというばかりに並べてあるのがいい。それに引き換え、図録は資料面はよくできているが、本の図版が少なすぎる。この図録の表紙は『ドリトル先生アフリカ行き』の装丁を使っている気がするのだが、現物の図版が載ってないので確認できない。


また京王線に乗る。ドコで降りようかと思案して、なんとなく携帯でジャズ喫茶を検索してみたら、柴崎という駅にあるようだ。おお、次の駅じゃないか。あまり考えずに降りてみる。駅を出た正面にたしかに〈S〉という店がある。開店までもう少し時間があるので、踏切を渡ったところの中華料理屋〈三晃〉に入る。いい感じにすすけた店内。競馬か競輪にコレから行くらしき男が数人、昼間から飲んでいる。こちらもビールとモツ炒め(野菜とか一切入らない、ホルモンだけの男らしい料理)、ラーメンを食べる。うまかった。そのあと〈S〉に戻る。普段はジャズの流れる喫茶店で、ときどきライブをやるという店。ランチを食べている客が多い。忙しいのは判るが、コーヒーが出るまでに20分以上かかった。店主夫妻(?)はずっと大きい声でオリンピックのハナシをしてるし、音楽が耳に入ってこない。あとから入って来た男性が、「なんか落ち着かないから」と出て行ったのもなんか判るよ。


電車に乗って、調布へ。水木しげるの住む町ということで、やたらポスターが目に付く。NHKの朝ドラで『ゲゲゲの女房』をやることもあり、水木で当てようということか。駅から3分ほどのマンションの中に入っている〈円居〉へ。ココは前にも来たことがあり、ネットでも購入したことがある。外の均一を見てその充実ぶりに驚く。『FUKUOKA STYLE』という大判のムックが何冊かあり、「屋台」「文学のある風景」などの特集を組んでいる。これが一冊200円。ほかにも何冊か手にし、店内に入ると、須藤真澄『マヤ』(創英社/三省堂書店)のサイン本が500円で見つかる。このヒトの絵柄がいちばん好きだった時期の作品が入っているので、買う。


全国古本屋地図』によると、もう一軒近くにあるはずだが、行ってみたら消えていた。天神通りという細い商店街に入る。この入り口に目玉おやじが座っている。小さな子をそこに座らせて一緒に写真を撮っているお父さんがいた。その商店街の終わりに、〈タイムマシーン〉という中古レコード屋がある。「古ツア」で知ったもの。ビニールののれんをかきわけて中に入る。エサ箱と床に置かれた段ボール箱で、通路はやっと一人通れる狭さ。マンガや音楽本がけっこうあったが、本は買わず、渡辺香津美[頭狂奸児唐眼]とヒカシューのリミックス盤を買う。南口の文化会館で水木しげるの展示をやっているので行ってみるが、休館日だった。近くにブックオフがあったので、ひと通り覗き、「小説検定」に使えそうな文庫を数冊買う。


京王線に乗り、新宿方面に戻る。つつじヶ丘で降りる。「古ツア」によると北口に古本屋があるようなので、行ってみるが休み。駅前に〈書原〉があった。阿佐ヶ谷の店を広くしたような店だが、人文系に強いのは同じ。書評で取り上げたい文庫を買う。南口に出て、改札で音の台所さん、たけうまさん、ドンベーブックス夫妻、モンガ堂さんと待ち合わせ。これに南陀楼を加えると、異様な名前ばかりだ。一箱の店主さんと実行委員という組み合わせ。一人でシャレた店に行くのは気が重いので誘ったら、平均年齢40代の御一行様になってしまった。まあ、気の置けないヒトたちなので楽しい。


殺風景な大通り沿いを歩くと、巨大な団地が見えてくる。公団神代団地といって、昭和40年代にできたようだ。この一角にスーパーや郵便局があり、それを抜けると大きなヒマラヤスギのある中庭に出る。その端にコンクリートの長屋みたいなのがある。これは団地の商店街で、その右端の空き店舗を借りて営業しているのが、〈手紙舎・ヒバリ〉(http://www.mc-books.org/tegamisha_hibari/)なのだ。手前にテーブルがあり、壁際に本棚、奥が厨房となっている。客は若い世代が多いが、中年の男性もいる。あとから外国人もやって来る。団地という閉ざされていて、高齢者が多くなっている場所を、外に向かって開くためには、こういう店をつくることは有効なのだとおもう。


ドアのところで〈古書モダンクラシック〉(http://www.mc-books.org/)の古賀さんが出迎えてくれる。以前取材させてもらっているが、今日はテンガロンハットをかぶって西部劇風のいでたち。奥さまもいらっしゃる。このモダンクラシックが集めてきた古本をココに並べて販売している。そして、手紙舎は編集ユニット「手紙社」の仕事場所でもあり、ココで本づくりをしている。さらに、「ヒバリ」が喫茶や食事を提供する。こういう風に複数の人が、それぞれの得意技を生かして共同で運営している店なのだ。これからはこういうスタイルの店が増えてくるだろうという予感がする。


奥のテーブルに落ち着き、飲み物を頼むとすぐに古本の棚に取りつく我々。ビジュアルものに強いモダンクラシックだけあって、東京の写真集にイイものがあるなあ。ナニを買おうかと悩んだ末に見つけたのが、幸田文『驛』(中央公論社、1959)。函入りで、レールの転轍機(でいいのかな?)を撮った写真が使われている。この写真が素晴らしい。濱谷浩の撮影だ。本体の背と平には、箔押しで書名が入っているが、緑色の地を箔押ししたうえ、「驛」という文字を白抜きしているのだ。思わずなでさすってしまういとしさだ。この箔押しも本文も精興社によるもの。このたたずまいに一目惚れして買う。二階堂和美の〈イワト〉のライブに出店を出していたヒバリさんとも話す。変った料理を出すイベントやライブもやっているので、こんどまた来てみたい。


来た道をまたてくてくと戻る。一人だと寂しかっただろう。京王線でひとつ隣りの仙川へ。商店街を歩いていて、なんか見た光景だとおもったら、以前に学校取材できた街だった。ココにも〈書原〉があり、品揃えに感心した。やはり一度行ったことのある〈ツヅキ堂書店〉へ。店内は広く、「小説検定」に使えそうな本が続々見つかる。けっこう買ってしまった。ここで、たけうま妻が合流し、商店街の居酒屋へ。7人で飲みながら、あれこれ話す。定年退職したモンガ堂さんとその娘のようなドンベー妻が、タメ口で会話するという、よそから見ればちょっと不思議な光景。ところで、たけうま妻とかドンベー妻とか書いているのは、夫の名前しか覚えてないからではなくて、夫の名前も覚えてないから、屋号で呼んでいるだけです。男尊女卑ではありません、念のため。10時過ぎだったかにお開きになり、新宿から山手線で帰る。久しぶりに古本屋を回った、という気がする。10年前だったら、あと5軒は回れただろうが、そこまでの気力と体力はなし。確実に年取ってるなあ。


さらっと書きとめるつもりだったのが、なんか、詳しく書いてしまいました。翌日の千葉については、あらためて書きます。