Brazil 11 : 悪魔ののど笛

(Brazil 10より続く)


合流地点に達する前、甲板の上をうろついているうちに、ロンドンからの三人組と仲良くなる。二人がブラジル人、一人がイラン人。遊び仲間でヴァケーションのようだ。珍しく英語を話す人に会い、お互いうれしくなって盛り上がる。とても愉快な連中だ。どの男もブラジルに来てから食べまくって、お腹がぽんぽん、ぱんぱん。俺は二ヶ月、おまえは四ヶ月、あいつは(隣の椅子で腹を抱いているのを指さして)もうすぐ六ヶ月だ、なんて言い合っている。じゃあ俺は三ヶ月半だな、なんて言って笑い合う。イラン人のアリは、地元マナウスのサッカーチームのユニフォームを着ている。俺はあんまりブラジルが好きになったから、ブラジル人になろうとしているんだ、そんなことを言って、エノケに笑われる。漫才のような二人である。

ひとしきり話したあと、じゃあまああとでと席に戻る。すると、それまで晴れていた空から唐突に突風が吹いてくる。その瞬間、横殴りの滝のような雨が身体を打ち付ける。全員が逃げまどう。ガイドや船の乗員があわてて、船の屋根の所に巻き上げてあるプラスティック製のおおいを下ろす。二階の最前列などという所に座っていた僕たちは直撃を受ける。とにかく、かみさんを階下に下ろす。カメラを隠す。ようやくガイドと必死になっておおいを下ろし終わってから後を振り返ると、他の乗客が思わず僕を見て笑う。気が付くと僕は、まるでたらいで水を被ったようにずぶぬれになっていた。どうもこれが、いわゆるスコールである。

てんやわんやの結果、取りあえず雨は船内にあまり入ってこなくなり、階下に降りて相棒を捜す。誰も彼もびしょぬれ。なのにみんな楽しそうである。体制をようやく取り直したガイドのおっさんはどこからかマイクをとってきて、実はこのスコールもツアーに含まれていたんだ、といって笑いを誘う。アマゾンに来たんだからこのぐらいの目には遭わないと、と。文字通り強烈な洗礼である。

こうやって濡れていると、マナウスの直前に寄った、Foz de Iguacu、あるいはCataratas del Iguazuこと、イグアスの滝のことが、目の前によみがえってくる。イグアスの滝は、水量、全長共に世界最大の滝。ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ三国の国境に位置する。この滝が他の滝に負けるのは落差しかない。とは言うものの、かなりの落差である。大きな段差、時には二段で落ちる、ここから流れ出すイグアス川の水が、いずれパラナ川となり、日本の1.5倍にも達する世界最大の湿原、パンタナルを潤すことになる。

山根先生の好意で、僕らはイグアス国立公園の中にある唯一のホテルに滞在していた。コロナ(植民地)時代の提督の屋敷のような建物。ホテルの前がいきなり崖。全面に滝が広がっている。崖のこちら側がブラジル側、向こう側がアルゼンチン側。そして河はどこかパラグアイの方へ流れて行っているようだ。とてつもないスケールである。歩けども歩けども眼前に滝が続く。ブラジル側を何十分か歩くと、滝と言うより世界中の水をみんなここに持ってきて今落としています、という感じのかなり近寄るのも無茶な感じのところにたどり着く。最深部である。Garganta del Diablo、悪魔の喉笛である。確かに不気味な音が響いている。そこの売店ではフィルムより何より合羽を売っている。そんなところで頑張って「対象に肉薄」などと叫びつつ、写真を何回か撮ると、我々は二人ともどこに行ってきたんだというくらい濡れていた。その後、ガイドのお兄さんを雇って、アルゼンチン側にも行くが、あれほどの目には遭わずに帰る。全長2.5km、ここに比べれば、ナイアガラは子供、華厳の滝はその子供の涙と言うところか。世界最強のスプラッシュ・マウンテン。但し、心臓の弱い人、冷え性の人にはあまり勧められない。

そういったことを思いだしつつ、同じくびしょぬれの妻と顔を見合わせる。嵐はまたたく間に収まる。何事もなかったかのように、空には青空が見えてくる。


写真説明(クリックすると大きくなります)

1. スコールに直撃された直後。
(すいません写真ファイルを喪失しました。見つかり次第アップします。)

2.「対象に肉薄」と叫びつつ撮ったDiablo(悪魔)の喉元。雨でもないのに凄まじい霧に包まれている。

3.アルゼンチン側に行って上側から見た喉笛。咆哮の中に全ての声が吸い込まれる。


Brazil 12へ続く

(July 2000)