Brazil 17 : 到着、第一投

(Brazil 16より続く


船首にすわったガイドのおじさんが指をさす。それを見て後で舵を切っている土人の彼がスピードを落とす。

近づいたようだ。ここまでの疲れ、不安、倦怠はたちまち消える。心が躍ってくる。

深い深い立木の群の奥のそのまた奥、そこに何本もの木々が横たわって沈んでいる。淵である。霧が残っているために何だか怪しげな雰囲気の場所である。そこにそっと近寄り、おもむろに竿を取り出し、ルアーをセットする。雨がしょぼしょぼ降り始めるが、これはむしろ我々にとっては好機。魚というのは、およそ人間が嫌だと思うときに活性化する。朝まずめ夕まずめ、嵐になりかかっている時、海だと更に、潮が急に引き初めて船を同じ所に停めておくのも大変な時。

逆に、魚が目の前で泳いでいるのが見えるような時、晴れ渡った日、凪で泳ぐには最高の時、そんなときにはすべからくダメである。この辺り、何かに通ずるものがある気がするが、まあそんなことは今はどうでも良い。

ガイドのおっさんも、僕も、かみさんも、船頭をやっているハズのお兄ちゃんも、みんな一斉に投げ始める。

うちのかみさんは、生まれて初めての釣り。ここでの経験が一生心に残るに違いない。何か釣れて欲しいものである。しかし、おっさんもお兄ちゃんも、ここまで来るとただのライヴァル。そんなにムキになって投げなくても良いのに。

僕の方はルアーを彼女の竿に付けてやり、投げ方の基本を教え、一振り、二振りやって見せたあとは、まあとにかくあとは実践やで、と自力で取り組ませる。結構筋がよい。子供の頃から、随分多くの野郎共に釣りを教えてきたが、往々にして投げると右の果てに飛んでいったりするものである。がこいつは取りあえずちゃんと前に飛ばしている。少しホッとして自分の釣りに立ち向かう。


釣れない。

もう何十回かありとあらゆる方向に投げたが、ウンともスンとも言わない。そうこうしているうちに水中の木に引っかけ、一つ二つルアーを失う。

移動。なかなか立派なジャングルの前に移る。今度はさっきよりポイントが広い。岸に向かって投げるのではないので少し気が楽である。立木が少ない。ちょっとした池ほどの広がりがある。

一般的に池や湖での釣りでは、立木の周りはポイントとされている。が、こうも立木が多いと、どこがポイントやら分からない。むしろ立木などないところの方が良いのではと思ったりもする。結局の所、魚の心など分からない。取りあえず基礎調査のつもりで、右に左に場所を変え、上に下にたな(深さ)を変え、試すのみだ。ルアーだってどれが当たるかなんてちっとも分からない。おっさんは二十センチほどもある大きな紅白の正月みたいなルアーでやっているが、僕は取りあえずもっと魚に似ているので狙うことにする。色々変えるが効果ナシ。


"マカク"

船頭のお兄ちゃんがつぶやく。ガイドのおっさんの指先の方向を見ると確かに何か動いている。黒い。あそこにも、ここにも、あの茂みにも。

どうも我々の釣りは、サルの群れに見守られているらしい。周囲数十平方キロメートルに人口四人、サル無数。多勢に無勢だが、ここは負けていられない。アマゾンのサルに人間の威厳(君にそんなものあるのかネ、という声が聞こえてきそうだが)を見せねばならぬ。

そう思ってやっているが、やはり釣れない。まあ釣りなんていうのはこんなもんさ。特にルアーはどんなに良くても餌釣りの何分の一しか釣れないもの。これまで何にもつれなくて帰ったことなんていくらでもあるさ、などと自分にうそぶいていてもしょうがない。せっかくこんな秘境としか言いようのないところまで来たのだ。手ぶらでは帰れない。


何投目だろうか。

ルアーに向かって何か大きな白い?魚が体当たりしようとして去っていくのを目撃する。おっさんに言うが、ウンウンと頷くだけ。彼は彼で無心に投げている。いい商売なもんだゼ。本気(マジ)でうらやましくなる。

その何投目後か、同じポイントである。少し沈めて、疲れ気味で巻き初めて間もなく、ギュンと糸が張る。また木かァ、と思って更に少し巻くとグィーンと急に引き始める。!?!!


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写真説明(クリックすると大きくなります)

1. マカクの見守る森

Brazil 18へ続く

(July 2000)