Brazil 19:ピラーニャの実力

(Brazil 18より続く)


僕にとって記念すべきその場所はどうも他の連中のお気に召さないようで、自分たちにツキがないと見たのか、まだ大して頑張っていないのに移動だという。まだ釣れるよ、とぼそっと言うが、三(二?)対一ではかなわない。有無を言わさず移動である。まあ僕は今のところ勝者である。良きに計らえ。鷹揚に従うことにする。

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一体何を目印にしているのか分からないが、ずっと走っていると、おっさんがここだ、という。土人のお兄ちゃんがそこで器用に船を操り岸に寄せていく。

たどり着いたのは小さな川の流れ込み。小さな渦がそこいらに見える。見るからに何かいそうな場所である。船頭のお兄ちゃんは、ルアーで狙うのをやめ、ワイヤーの先のハリに持ってきた魚のブツ切りを付けて投げ込んでいる。始終エサがとられる。口は小さいかもしれないが、何か魚が随分いることだけは分かる。カンジルかもしれない。おっさんは相変わらず正月ルアーを投げている。そうこうしているうちに、お兄ちゃんは美しい緑銀色に輝くピラーニャを釣り上げる。またまもなく黄銀色に輝くのを釣り上げる。と横目で見ているうちに、二度目、そして三度目のプレタが僕の竿にかかる。やはり釣りの衝撃、本物の一瞬は最初の一匹にある。さっきほどの昂揚や震えはない。落ち着いて釣り上げ、カン、と一発、二発。

おっさん、うちのかみさんはまだゼロ匹。おっさん曰く"You are the champion." (あんたがチャンピョンだ)。答えて曰く、"So far" (今のところは、)。ちょっとかわいそうである。


うしろでトントン音がしている。振り返るとお兄ちゃんがオールの上で何か魚を切っている。ン?と思ってよく見ると、これがどうもさっき釣ったピラーニャ。これをつけてどうもさっきからピラーニャを釣っていたらしい。食いが良くなったのはそのせいか。しかし、笑ってしまう。共食いである。

中国人は、我々は足があるものなら机以外は全て食べ、空を飛ぶものなら飛行機以外ならなんでも食べると豪語するが、実際に歴史を振り返ると彼らには喫人の習慣があったことが知られている。それもアフリカや台湾の人食い人種のように戦勝の結果、相手の戦士の生命力や霊的な力を得るためではなく、あくまで食の喜びとして食べていたという驚嘆の歴史を持つ。時の支配者達は、時折サルの脳などを食べ飽きると食べていたらしい。どこから来たのか、市場に行くと二脚羊などといってぶら下がっていたのはそれほど昔の話ではないという。彼らは美食の追求の結果、食べていたのか、ピラーニャのように危険きわまりなくなった結果、必然的に同類相憐れみ人肉への食欲が芽生えたのかよく分からないが、この辺り歴史家の研究の対象から外れているように思われる。是非、漢民族の誇りをかけて調べて欲しいものである。

さて、
見ていると彼の針にまたピラーニャがかかる。と思うと逃げられたようだ。リールが妙に軽そうである。巻きあがった先を見ると、?、針がない。オパ。ワイヤが切られている。

それを見た僕は、
「、、、、、!!」

こづかれて見た妻も
「?、、、、!?」

言葉を失う。ペンチを使って、大人の男でなければ切れないようなそのワイヤがこともなげに切られている。こちらが目を丸くしていると、土人のお兄ちゃんは、いやこんなものさ、と笑っている。ワイヤをかみ切る、それもこんな小さな魚が。これはこうやって目の前で見るまで信じられるものではない。見ると、さっきから使っているルアーにも深いミゾが何本も周り中に刻まれている。その強靱さによって世界中の釣り師から絶大な信頼を受けるマスタッドの炭素鋼三本バリも、気付かないうちに開いてしまっている。何という口、何という力、これが噂に聞くピラーニャの実力である。あっぱれアマゾンの怪異、ここに顕現する。


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写真説明(クリックすると大きくなります)

1. 問題の釣り場。お汁粉のような水がところどころとぐろを巻いている。

2. ワイヤも噛み切るピラーニャの歯。出刃包丁の鋭さにペンチの怪力を秘めている。


Brazil 20へ続く

(July 2000)