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ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2008-08-27

「大人たちにほめられるような馬鹿にはなりたくない」

f:id:kaz_ataka:20081031000526j:image

Leica M7, 50mm Summilux F1.4 @Singapore


これは昨日のエントリ(「青年よ、狭き門より入れ」)の続編、補足です。

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実は、僕らの同期の誰もが、親や周りの人からなんでわざわざそんな会社に行くんだ、もっと「ちゃんとしたところ」どこにでも行けるのに、という話を何度となくされている。会社の名前が未だにちゃんと発音できない親を持っているやつだって別に珍しくはない。


でも僕は本当に正しい選択をしてきたと思っているし(きっと同期のみんなもそうだろう)、こんな人もろくに知らない会社に来て、奇獣、珍獣たちと実に面白い日々を送ることが出来て本当に良かったと思っている。


そのあと、やっぱり研究するために大学に戻ったが(教授が退任していたこともあり、教授の奨めもありアメリカに行った)、これもいかにもビジネスエリートのビジネススクールに行くような人生を送らなくて本当に良かった。かなりユニークな経験の掛け合わせのおかげで随分変わった感じ方をするし、決してひとくくりにされないので楽。(向こうも僕みたいな変なやつを受け入れるとは思えないが。笑)



20年前のバブル末期の学生当時(今でも)僕の愛したブルーハーツの歌に、


「大人たちにほめられるような馬鹿にはなりたくない」


という素晴らしい(しかし過激な)言葉があったが、全くそれを地でいってきた。そうやってある種のリスクをとり続けてきたことで随分まれな苦労と、随分楽しい思いをした。



ウィキペディアヤフーグーグルとともにこんな「第三の波」(トフラーの情報化社会のこと)すらもう終わりつつあるこの時代に、古い世代の言うことなんて聞いていてもまず絶対に失敗するのではないかと僕は思う。


まもなく、単なる知識とその再生産で飯を食べる時代は終わる。古典的なプロフェッショナルである医者や弁護士会計士ですら、単なる基礎的な診断レベルで飯を食うことは困難な時代になる。それはアメリカのクイッケンなどを見ていると、ぼくが米国在住当時からかなりクリアな流れだ。


単なるホワイトカラーの仕事が、エクセルや業務アプリ、つまりソフトウェアに取って代わられたように、いまはついに知識層の基本的な仕事が根底から破壊されつつあるのだ。(だからこのウェブの片隅の僕のブログで、極めてハイブラウな脳神経科学の質問の応答などがなされていたりする。)いわゆるWeb2.0はこれを決定的に加速するために存在していた、と後世の人は語るだろう。


会計士や弁護士の資格を誇る人は、ちょっと時代遅れのレッテルを貼られる(そのために才能を浪費した人として見られる)時代が来てもおかしくないのだ。



これからは自分の目で見て、自分の肌で感じたことをベースに、単なる分析、分解論を越えて語れ、それを引き起こせる人の時代になる。佐藤可士和氏などがもてはやされ、PENのようなスタイル、見立てを売り物にする雑誌が安定して伸びているのは単なるファッドではない。


僕は僕なりに次のフェーズのねらいどころについての考えがあるが、それは若い人たちにゆだねたいと思う。考えるなら今だ。実に面白いダイナミックな局面だと思う。


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(関連記事)



ps. たまにはこんな話題もいいかなと思って触れました。

ps2. もしよろしければクリックしてもらえるととてもうれしいです。

AkikoAkiko 2008/08/28 01:49 こんにちは。初コメントです。同じファームのサポートスタッフ@11Fです。今日もオフィスで議論になってましたが、知識とその再生産で食べていける時代は間もなく終わるという話。二次情報を大量に扱う仕事をしているなかで、かなり痛烈に肌に感じています。情報のコモディティ化+アクセシビリティの向上によって、知識がある、情報を持っているということの価値はどんどん下がっており、私の価値は、日本語がわかる、日本標準時で稼働している、検索キーワードを思いつくひらめき力がやたら高い、ぐらいなのではないかと思ったりします。そういった価値も翻訳ソフトが本気で改良されて普及し、インドや中国が日本時間に合わせてシフト制で働き、中国人が漢字を駆使してひらめき力をアップさせればあっという間に追い抜かれてしまうでしょうね・・・。恐らく第4の波に飲まれないためには、情報の選別力とどこまで知識をつけるかの深堀度の見極め力ではないでしょうか。情報量があまりに多いために逆に自分の仮説にsupportiveな情報に気をとられ、否定的な情報を見落とす可能性が高まっている。或いは情報をすべて見つくすことができないがために、氷山の一角しか見ていないことに気付きにくい時代が来ているような気がします。特に二次情報に触れた場合、それがどれくらい正しいのか、極論なのか見極める嗅覚。しかし、あるアナリストレポート検索ポータルでは、ヒットしたレポートのうちどれくらいがsupportiveでどれくらいがnegativeかを表示させる機能まで持たせつつある・・・。マシンと人間のいたちごっこですね・・・。

kaz_atakakaz_ataka 2008/08/28 18:34 深いですね。

僕はここは選別力もあるのですが、肌で感じる部分、本当の生の生の一次情報的な感覚がとても大切になるのではないかと日に日に思っています。

それがholisticな全体感を見うしなわない、何らかの構造的な、あるいは一塊のインサイトを出すのではないかと。

そのアナリストレポート検索ポータルはかなりやばいですね。あとで教えてください。(笑)

sobajimasobajima 2008/08/31 13:59 sobajimaと申します。
noguchiさんに導かれてブログ拝読しております。
atakaさんには、数年前あるお仕事でお世話になりました。ご無沙汰しております。その後紆余曲折を経て、現在私は携帯電話キャリアのマーケティング部門で顧客分析等を担当しています。
(今の職場には2年半前に転職してきたのですが、このメンバーの一部が、これまたatakaさんとお仕事ご一緒したことがあるそうです。)

ブログ拝読し、その質の高さに驚かされています。
特に「最小の単位はoccasion」というお話、目から鱗が無数にこぼれ落ち、衝撃のあまりコメントもできませんでした。

今後5年間で、勉強のし直しとキャリア再構築を目論んでいます。今日のお話は身につまされました。
今後も、愛読させていただきたく存じます。

kaz_atakakaz_ataka 2008/09/02 21:45 sobajima-san, お久しぶりです!お元気ですか?

とてもうれしいコメントありがとうございます。ぜひ今度お気に入りのエントリがあれば(はてなで登録されていればですが)hatenaブックマークなどして頂けるととっても励みになります。今面白いと思っている、右下の散布図の場合、livedoor readerとかfastladderの購読をして頂いてもいいみたいです。(笑)

「市場の原子」の項は、長年の思いを綴ったつもりなのですが、なぜかブックマークがなくて、ちょっと寂しく思っていたところでした。

そのモバイルの方(どの人だろう?笑)にもぜひよろしくお伝えください!今度お暇があればメールでも頂ければ幸いです。

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