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ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2010-12-23

組織で働くということ

「知識労働者は、組織があって初めて働くことが出来る。この点において彼らは従属的である。しかし彼らは、生産手段すなわち知識を所有する」. . . . . 『ポスト資本主義社会』P.F.ドラッカー(上田惇生・佐々木実智男・ 田代正美訳、ダイヤモンド社


前職のプロフェッショナルファーム時代から、今に至るまで友人や知人から、よく受ける質問の一つに、どうして独立しないのか、というのがある。


これだけの経験、実績があれば、一人でも十分食べていけるだろうし、その方が自由が効いて、楽しいだろう。一つの会社でやっていく意味などそれほどないのではないか、というのだ。また独立してしまえば、会社による中抜きもなくなるし(笑)、更に手取りも増えるのではないか、という。


それは確かに表面的にはそうかもしれないが、僕はちょっと違うと思っている。


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Leica M7, 50mm C-Sonnar F1.5, RDPIII @ London, England


第一に、仮に知的プロフェッショナルとして働こうと思うと、常に最前線の知識と経験、もっとも際どい課題、テーマに挑んでいない限り、必ず力が鈍る。これ自体は、組織に属していなくても、すぐれたクライアントの方さえしっかりとした関係がいくつかあれば、確かに一見可能だ。ただ、実際には、自分が独立してメシを食べていくとなると、そういうエッジの効いた(=多少以上のリスクがあり、能力的な限界が問われる)仕事がメインになるというより、生活、収入の安定の観点から、日常のコメ的なお仕事がメインになる。結果、力はどうしても鈍る。


また、第二の理由として、結局のところ、そのようなエッジの効いた前人未到系の仕事は、そもそも組織の内部で処理を進めることが多く、仮に外力を使うとしても、一人でやっている人には依頼も来づらい。組織的に、その分野や課題領域について経験を積み、知見を貯め、総合して解決する人たちにはかなわないことが多いからだ。仮にきたとしても、余程のことがないと1人で飯を食べている人には解決できない課題であることが多い。結果、特定の狭い領域に専門を絞っていれば別だが、僕のビジネス上の専門である消費者マーケティングのような、かなり広範なマネジメント課題の半分近くにからむような領域全般を対象にして、本当のピンの力を個人で保ち続けることはかなり難しい。


第三に、上の知的集積の背景でもあるのだが、そもそも考える環境の土壌の豊かさの問題がある。単に専門誌、専門書一つをとってみても、ライブラリー的に個人の財力でそろえることはかなり困難だ。また、ちょっとしたことで相談できるプロの仲間が近くにいるのといないのでは、考えの展開のスピードが桁違いだ。これが大学と言う、様々な分野の専門的研究者、教育人の集団による組織が、人間の知的生産の主な中心の一つであり続ける最大の理由の一つであり、ある程度のグローバルな規模と人の質を持つプロフェッショナルファームが他の追随を許しにくい理由でもある。特定分野の専門会社が単なる一発の新興会社につぶされにくい大きな理由の一つも実はここにある。


更に、知的プロフェッショナルとして生き続けるためには、絶え間なく、自分のスキル、知見を向上させていく必要があるが、これは組織的なバックアップがないとどうしても偏る傾向がある。目線をしっかりとあげ、上のレベルとは何かを考えていき、同じような問題意識を持つ、それなりにスキルレベルの高い人間の中で、磨き合わなければ、ある種の自己満足の世界に到達する可能性が高い。*1 自分のスキルレベルに合った体系的なトレーニングも、自分を磨き、成長し続けていくためには、本来不可欠だが、個人では、今よりも上のレベルに上がるために、そもそも何をどうやっていくべきなのか自体がクリアにならない。これが第四の理由だ。


また、最後に、これは上のプロフェッショナルとしてのピュアな能力、成長の視点とは違うのだが、ビジネスの世界では、余程時流に乗り、また突出した強みがない限り、ある程度力のある組織に属さずに、大きな目に見える変化、インパクトを産み出すことがかなり困難だ。同じ100億円の売り上げのインパクトを出そうとしても、ベースが5千億円の場合と、10億円の場合では、それにかかる負荷は雲泥だ。仮に、あなたが人の20倍ほどの仕事ができる超人的な人であっても、それは20人力に過ぎない。その人が1000人の組織を動かして同じようにやれば、1万人力の結果を生むことも不可能ではない。、、、ある程度の力のある組織をベースに行うことで、自分の限られた力でも、組織をテコにすることで、自分一人では決して不可能な変化、デルタを産み出すことが出来る。


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ということで、冒頭に引用したドラッカーの指摘は実に正しいのではないかと僕は思っており、これまで組織の中で属してきたし、これからも事業サイドにいるにしても、縁があってアカデミアに戻るとしても、一人で生きていくことは当面ないだろうなと思う。(また、結果、大学にも、事業体や研究所などの組織にも属さずに、フリーランスとして、一流の仕事をし続ける人を僕は純粋に尊敬している。)


現在も、一つの分野におけるある種の中心的な場所にいるために、実に多くの、正直なところ外部のプロフェッショナルの頃では体験できなかったほどの密度かつスピードのテーマに数多く触れている。そのおかげで、僕一人では決して起こすことの出来ない大きな変化を起こす現場に立ち合うことも出来、これまで考えなかったタイプの負荷を受けて、成長の必要性も肌で感じることが出来る。


以上が、一見、よく知っている人から見ると組織人とはほど遠い僕が(笑)、今も組織の中で仕事をしている理由だ。


そういう質問をしてくる友人や知人たちが、このウェブの片隅の小さなブログの記事を読んでくれるとは思わないが、この間、本を出したために、またこの類の質問を随分受けることが増えたので、取りあえず、僕は基本として今はこう考えているというのを、自分のメモもかねて残しておこうと思う。



皆様、良いクリスマスを!



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ps. 文中でも触れましたが、これまで、沢山頂いたみなさまの声に少しでもお応えできればと思い、一冊の本をまとめました。(2010.11.24発売)知的生産に本格的にご興味のある方は、どうぞ!内容については、次のエントリをご覧頂ければと思います。


イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」


ps2. twitterでのアカウント、2年以上ほとんど止まっていましたが、徐々に使い始めました。ハテナと同じハンドル名です(@kaz_ataka)。よろしければご笑覧ください。


*1:余談になるが、どれほど偉大な人間であったとしても、組織力なしに、若く才能のある人たちを集め、育て、結果を産み出し続けるのは難しい。ジョン・D・ロックフェラーほどの国家に匹敵する富と力があっても、特定の何人かにどんと投資するのではなく、シカゴ大学や、ロックフェラー医学研究所のようなまとまった機関を作ることにしたのも、このように持続性のあるインパクトの視点から見たら当然と言える。シカゴ大学が数多く(80名以上)のノーベル賞学者を産み出した世界のトップスクールの一つであることは多くの人がご存知だと思うが、マンハッタンの超一等地にあるロックフェラー医学研究所は、野口英世博士の研究していた場所といえば、あそこかと分かって頂けるかもしれない。現在は、生命科学分野に特化した世界屈指の教育・研究機関、ロックフェラー大学として知られている。

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