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ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2015-01-05

少子化が日本のアセットになる時代が来る(?)

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Leica M7, 1.4/50 Summilux, RDPIII, @Route66, Amboy, CA


少子化が我が国の大問題だという話がまことしやかに語られるようになって久しい。


なぜそれが問題なのか、と聞けば、

  1. ただでさえ老人が増える時に、働く若い人が少ないんじゃ支えられない
  2. 警察、消防、国防とかは誰がやるの?お店も中高年ばかりが売り子じゃつらい
  3. 国が元気じゃなくなる、、実際、若者たちが都市に行くので、多くの田舎は活力がない

という辺りが普通に聞く大半の答えだ。なんだか凄そうな論説も、結局のところ上のどれかということが大半だ。


これ本当にそうなのだろうか?


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少子化自体は、3年以上前にちきりん女史の本をご紹介した時に触れたとおり、よく言われてきたような、社会が子供に寛容じゃないからとか、働く女性にとって優しくないからとかというそういう理由ではなく、基本的に「晩婚化」(とそれに伴う生物学的理由)、加えて、「少子化自体の負のサイクル」(=親世代の人口が減り続けること)でほとんど説明しうるのでは、とかねがね僕は思っている*1が、それはさておき少子化がそれほどひどい話なのか、というのがここでのポイントだ。


自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう


以前も少し触れたことがあるが、秋にOECDのglobal forum on knowledge economyというイベントのあるセッション*2パネリストの一人として出ることがあった。そこで欧州の出席者から、まことしやかに、そして深刻な顔で議論が投げ込まれていたのは、労働人口の多くが要らなくなる未来において、働くところがなくなる多くの人たちに対して社会はどうするべきなのか、という話だった。その理由はデータ社会になれば、人間しかできないと考えられてきた労働のかなりの部分が機械に置き換わってしまうから、少なくとも5-6割の人の仕事がなくなる、というものだった。


実際、ドイツのあたりではunconditional income*3の是非について議論がすでに始まっているそうだ。つまり我が国では、既存のしくみを前提に議論をし、彼の国ではこれからのしくみを前提に議論をしている、ということだ。


下に見る通り、ヨーロッパ系のOECD諸国*4の大半は、日本に比べれば失業率は高い。(Wikipediaによる。計測タイミングが微妙に違うのであくまで参考。)ちなみに緑が北欧EU、赤がその他の旧西側EU国、灰色はそれ以外のEU、青はEU以外のOECD国だ*5


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とは言うものの、半数以上の人の労働が要らなくなる社会を想定するというのはなんとも強烈だ。ただ、車の運転から、ウェブやロゴデザイン、法律相談、医療における画像診断、手術に至るまで自動化に向かう中においては、そのぐらいのことを想定するのは確かにありなのかもしれない。つまり、今の半分以下の人で同じだけの付加価値を社会が生み出せるようになるということだ。高度な付加価値を生む人と、比較的ヒマな人に分かれていくということでもある。


ちなみに、1次、2次の産業革命を通じて農業漁業生産が増える一方、それまで労働人口の大半を占めた農業、漁業従事者は、かつて劇的に減った(言い換えれば、従事者一人当たりの生産性が激増)。平行して、多くの人達が、新しく生まれた蒸気機関や電気を利活用したモノづくり、サービス業に次々に従事するようになり経済は桁違いに発展した。


このように、そう短絡的に考えるのはどうかと思うし、そうその場でも反論(?笑)したのだが、仮にそうなった場合には、労働人口が軽い社会の方が実は、社会が食わせる人たちの負荷が減る分、軽い社会ということになる。つまり少子化がある程度、進む社会の方が実はよい可能性がなくはないのだ。


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仮にそうなった場合、冒頭のコンサーンの最初の二つに対しては、以下の通りになる。

  1. 働く人一人一人の生産性が(シンガポールのように)激増し、老人を支える働く人口は劇的に少しで良くなる。一方、大量に生まれる働く仕事のない若い人も支えなければならない社会になるので、失業率の視点から見ても、若い人は(質の高い人の数を保てるなら)余らない程度の数が実はよい
  2. 警察、消防、国防とかはそもそも現在も人口の一部しか従事しておらず、自動化されない部分は、残った若い人たちの一部がやればいい。小売店も同様

三つ目に対しても、そもそも今の60代、70代は30年前の同世代、現在、田舎で本当に老人に見えている80代、90代以上とは全く別の存在。同じイメージで語ることは危険。また、アメリカでは人の採用の時、人種や性別、年齢を聞いてはいけないように、日本の今の採用の仕組みは若干、時代錯誤的。いずれ消えると思うのが筋。さらに言えば、シニア層の人口は当面、確かに増え続けるだろうが、一時的なものに過ぎない。シニア層の相対的な人口割合は、国の人口動態シミュレーションを見ても、max値で4割にしかならない。


どうだろう?


捨てる神あれば拾う神あり。禍福はあざなえる縄の如し。


負の課題にしか見えないこの少子化も、このように見方によっては、日本の大きなアセットと言える。僕らにむしろ今求められるのは、このように少しの労働で回る社会を、世界に先駆けて作り上げることであると思うのだがいかがだろうか?



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ps. 産業構造がどういう風に劇的に変わるかについては、ぼくもぼくなりに妄想するものがあるので、近々余力があるときに書いてみたいと思う。



(関連エントリ)

*1:たぶん割と簡単な計算で示せると思う。晩婚化はようやく最近、真因の一つとして取り上げられるようになってきたようだ。

*2:promoting skills for the data-driven economy

*3:どの人に対しても無条件に配る所得、、、人頭税の逆

*4経産省によると現在34カ国

*5:いずれも私のうろ覚えによるものなので、もし間違っていたらお知らせ頂けると幸いです