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ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2015-10-11

AIはproblem solvingマシンではない


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Leica M7, 50mm/F1.4 Summilux, RDPIII @UC Berkeley


この夏の研究のように書いていたDiamondハーバードビジネスレビュー(DHBR)2015年 11 月号への寄稿論文がようやく昨日発売になった。「人工知能はビジネスをどう変えるか」というタイトルだ。


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NewsPicksのコメント欄*1にも書いたが、この論文のきっかけは7月末のバケーション前日に編集長の岩佐氏が突然相談があると言っていらしたことから始まっている。「いまディープラーニングなどAI周りで起こっている本当のこと、そしてそのビジネスとマネジメントについての意味合いについてまとめてもらえないか」という話だった。


実はその1-2カ月前に、私の前職の恩師の一人であり、東大EMP(executive management program)の責任者でもある横山禎徳さんにもAIという言葉がなんというかhypeになっているが、本当のところAIは何ができて何ができないのか、ということについて数時間、うまいワイン数本とともにガン詰めされたこともあった。


その後に、陸上の為末大さんと対談することがあり*2、そこでもAIには何ができて、何ができないのかという話が大きな話題の一つになった。仕事がAIによってなくなるとかなくならないという話が随分と話題に上がっているせいもあったと思う。


そういう前置きがあったこともあり、お話が来た時は、とんでもないテーマだと思う一方、これは自分が書かなければ、誰も書かないない内容なんだろうなとも思った。(実際、発売前日の金曜日に編集長にお聞きしたのは、僕が受けなければ、この内容は代替の人が全く見当たらず落とすつもりであったということだった。)


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とんでもないと思ったのは、このテーマはそもそも(1)編集長も含めた、ほとんどの世の中の人が誤解していること、ディープラーニング(深層学習/DL)への幻想を紐解くところから始まる必要がある。なおかつ(2)今起こっている変化のすさまじさとAIがおこなっている取り組みの本当の広がりを整理しなければいけない。それでありながら、(3)AIと我々の知覚そして知性との対比を行うという荒業が必要。その上で、(4)ビジネス全体、マネジメント全体に対して意味合いを考える、という深淵かつ広大なものであったからだ。


(1)自体が誤解に満ちて整理されておらず(業界の人はわからない人は流石にいないと思ってか、あるいは確信犯的に説明しない)、(2)もガサツでほとんどまともに整理されていない(業界の人は自分の取り組みには詳しいが、俯瞰して一般人に分かる言葉で話してくれない)。


(3)に至っては、世にあるのは、機械学習(Machine learning: ML)およびその一種のDL、人工知能(AI)側からの知見のみが広がっていて、ほとんどの人には全く手がかりがない。本来、脳神経科学認知科学も分かる人が知覚と知性の広がりとの対比をしなければいけないが、そちら側の人はML/AIがよくわからないのでコメントしない。また、「知覚と知性についての広がり」についてそもそも体系的に整理した人などそもそもいない。


いわんや(4)については、そもそもビジネスやマネジメントを俯瞰するような能力を持った人が、AI・脳神経科学を合わせた意味合いを議論することなど普通不可能で(そもそも議論できるほどよくわかっていない)、部分的に仕事がなくなるんだろう的な論説があるだけ、というのがこれまでだったからだ。


正直、編集長自身もこのテーマの本当の奥深さを僕に相談された時は理解されていなかったと思う。あいにく、自分はこれらのすべての領域にそれなり以上に深く関わってきたために、瞬時に上の広がりを認識し、やりますともやりませんとも言わず、持ち帰りそのままバケーションに入った。


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僕はもともと知覚(perception)に興味があり、脳神経科学全般の体系的な訓練を受け、研究し、かたやビジネスではある種 perception technologyというべき消費者マーケティングに出会い、人のものの感じ方とニーズの生まれ方について長年取り組んできた。現職に来てからは、もともとの市場インサイト、インテリジェンス的な活動に加えて、直接的にもマネジメントとしてもビッグデータやデータを利活用したR&D的な取り組みに深く関わってきた。(実は社内で基礎研究を行う研究所長を担っていた時期もある。)


なんというか、そういう経験の集大成的な論考になるんだなと直感した。


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このテーマはそもそもAIと騒がれている現在のブームの本質が単に機械学習だとか深層学習(ディープラーニング)といった情報科学(データサイエンス)の話ではないことから始まる。これらのキカイに学習させるための手法は、たしかに大切だが、データが大量にないとそもそも始まらない。(上の1の話だ)


僕の周りでも笑い話が一つある。ディープラーニングについての話を耳にした人が、あるこういうデータサイエンス系の人のところに来て、「鳥の鳴き声をディープラーニングを使ってどの鳥なのかわかるようにしたいんですが」といって来たという。


「了解です。ではまずは各鳥の鳴き声をとりあえず五万回ずつ録音したものを用意してください。オスメスだとか、状況などの属性データも一緒に。そうすれば手伝いますよ」


こう答えたら、その相談にやってきた人はディープラーニングが魔法の箱か何かだと思っていたらしく、うなだれて帰っていったらしい。


より深くはDHBRの論考を見てもらえればと思うが、軽く数万のパラメータを扱う深層学習は当然の事ながら数百、数千のデータでは教育できない。膨大なデータ(ビッグデータ)があることによって初めてファンクションする。そしてそのためには、極めて高速な計算環境が必要だ。この3つを分けて考えているあたりに現在の世の中の危なっかしさがある。*3


しかもこのことから分かる通り、どんな用途に対しても動くAIなるものは普通存在しえない。十分に速い計算環境に対し、特定の用途に合わせて、必要な情報科学*4を実装し、大量のデータで教育をすることで特定用途のために使えるAIになるからだ。このことぐらいはもう高校生以上の人たちには教える時代になったのではないかと思う。(p.46 図表1)


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(2)もちゃんとやる必要があった。人工知能は万能みたいに思われている人たちに対して、いま、最先端の世界で何が起きていて、どういう広がりで急速に用途が広がっていっているのか、その整理をする必要があるとかねがね考えていたからだ。(p.47 図表2)


僕の周りには幸い詳しい人、専門家が多いが、彼らは頭が良すぎて普通の人に自分たちが思っていることをうまく伝えられない。その橋渡しも含めて、自分が俯瞰して感じている広がりと、その意味合いをなんとか伝えようと努力した。これまでにないすっきりとした整理を行ったので、一定の成功をしたように思うが、判断は読者の皆様に任せたいと思う。


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(3)は真のチャレンジの一つだった。そもそもAIについて僕ら(この領域の内側にいる人)からすると当たり前、空気のように思っているが、一般の人(外の人)がわかっていないことを整理する必要がある。これを課題解決プロセスの全体に置くとどのような意味合いがあるか、それをさらに俯瞰すると、どういうことが浮かび上がるかをそこでは議論している。(p.50 図表3)


これを見ると明らかにわかるのは、AIはproblem solving machineではないということだ。AIが広がると仕事がなくなるとか、仕事が劇的に楽になると思って期待している人がこの世に多くいるが、残念ながらそんな都合のいい話はない。なにしろ、AIは課題解決において最も大切な能力であるイシューを見極める力、構造化する力がないのだ。課題をフレームする力も、人に伝える力もない。実際にはAIは人間を代替するのではなく、人間を幅広くアシストする存在になる。


ここではさらに、知覚と知性の広がりをフレームワーク化する、その中でAIの現状を人間と対比するという大きなチャレンジに取り組んだ(p.52 図表4)。もしかすると世界初かもしれない。


脳神経科学をおこなっている人であれば自明で、それ以外の人にとってはほぼ全く認識されていないことだが、我々の脳神経系のほとんどは実は思考とか高度な知性というより、知覚そのものと体を動かすことに使われている。そもそも1000億と言われる脳の神経細胞ニューロン)の8割は小脳に存在する。大脳皮質もほとんどが感覚処理と運動に使われている。その下の視床(thalamus)は知覚のゲートウェイだ。


そういうことも踏まえ、知覚についても脳神経科学的にもほぼ正しく、それでいて、人間の知的活動の本質的なポイントも外さないようなフレームワーク化と、その上での評価を試みた。実はこの図表づくりに最も時間をかけたが、一定の成功を収めたことを祈る。


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(4)はチャレンジ以上のチャレンジというか、(3)までの議論自体がないないづくしで大変だったが、もう二踏ん張りした。編集長からはビジネス自体がどう変わるか、あと、ハーバード・ビジネス・レビューなのでマネジメントへの意味合いを是非書いて欲しいと言われたからだ。


ビジネスの方の意味合い自体がかなり興味深いものであるとは思っていたが、世の中的には上の感情的、妄想的な仕事の喪失論(本質的には間違っている)以上の議論が殆ど行われていない。そこに何らかの知的な楔を打ち込めればと思って努力した。なんとなく感覚で思われていることの中で本当に起きると思われることをかなりストレッチして書いた。


マネジメントについて書くのは、更に無謀感があったが、長年トップマネジメントコンサルタントとして働き、自分自身がそれなりの規模の会社の経営に関わっている以上、逃げられないと思って踏ん張って書いた。かなり大胆だと思うことも書いたが、今の主要なmarket cap上位の会社がどのような位置づけにあってどのような方向性を目指していこうとしているのか、我々の社会がどのような方向に進もうとしているのかについても一定の方向性を打ち出せたのではないかと思う。


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以上、長くなったが、このDHBRでの論考発表にあたってのあとがきとして書いてみた。


本当に文字通り、仕事の合間を縫って、渾身で書きおろしました。ご興味を持っていただいた方は、ぜひ手にとって読んでいただければ幸いです。そしてブログでもFacebookでもTwitterでも良いので、ご感想などお聞かせいただければ本当にうれしいです。


これほどの充実感のある仕事を依頼していただいた岩佐編集長に感謝をささげつつ。


良い夏でした。



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★本エントリに関連する書物

ご紹介した論文はここに掲載されています。


こちらには昨年ビッグデータとマーケットリサーチとの使い分けについてまとめた論文を寄稿しました。

*1https://newspicks.com/news/1197124/

*2:NewsPicks上の関連記事は、https://newspicks.com/news/1137152/body/

*3ブクマコメントを見て誤解がないように補足。Pre-trainしているのであればその事前訓練に必要なデータ量も含めて考える必要がある。

*4:機械学習や深層学習以外にもコンピュータに言語を扱わせるための自然言語処理、あるいは画像処理するためのコンピュータビジョンなど

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