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ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2018-05-26

未来にかけられる社会にしたい

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Leica M (typ240), Summilux 1.4/50 ASPH, RAW @St Paul de Vance, France


僕は政治家でもなければ官僚でもない。さらに言えば、つい数年前まで、長らく国とかそういうものとは距離をおいてきた人間だ。国には頼らない、必要な変化は自分で起こす、というのがいままでの生き方だった。心のスタンスとしては今もそれは変わらないのだが、昨今は、やたら多くのデータとかAI関連の仕事に巻き込まれている。


曰く、人工知能技術戦略会議、人間中心のAI社会原則検討会、経団連のAI原則タスクフォースなどだ。少しでもまともな未来に繋がる可能性があるのであればと、なけなしの時間を投下している。


で、そんな場であるとか、はたまた人前で話すことがあるときなどに最近強く訴えていることの一つに僕らの社会、国(普通に考えれば最大のコミュニティ共同体)の未来にかけている度合いが少なすぎるという話がある。以前、とあるインタビューでも答えた話だ。一言で言えば、僕らの国はかなりの規模のお金があるのに、未来に賭けられていないという話だ。


この話をすると大半の人に??とされることが多いので、昨日、とある日本を代表する企業グループのトップマネジメント向け講演の前に少しチャートにまとめてみた。


まずこれが、通常ニュースに流れる一般会計予算。


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ここで注目すべきは約100兆もの予算の中で、普通に国家予算としてイメージされている部分が約26兆しかないという部分*1。そしてその理由は、借金(国債)の支払いが1/4もあるということと、社会保障予算が1/3も占めているからということだ。


社会保障予算?、、少し変だと思わないだろうか。働いている人ならみんな、我々の一人ひとりがかなりの額の社会保険料を支払っていることを知っている。そして知らない人も多いが、実は会社も同額払っている。月に7万払っていたら実は14万払っていることになる。これがあるのになぜ?である。しかも医療費だって40兆ぐらいあるはずなのになぜそれよりも小さいのか?


これはそのベースである社会保険収入が外れているからだ。なので社会保険の収入を明確に入れて、それで支払われるべき社会保障系の予算の全体を含めてまとめてみると次のようになる。(国の財政の専門家ではないので細部は理解しきれていませんが、数字が噛み合っているのと、政府系の結構な数の人に話をしても大枠同意してもらっているので、概ね正しいと思います。)


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なんと2016年段階でこの国の予算は170兆円もあり、かなり立派な額だ。金がないわけではないことは明らかだ。


しかし、社会保障関連の支出は約120兆円、一般会計予算よりも遥かに大きく、70兆円近い社会保険でも全く足りていない。あまりにも巨額のために、運用で7兆円も補填しながら、一年に45兆円も足が出ているというのが実情だ。


これを国と地方財政で補填している。地方交付金が15兆円あるが、地方財政から13兆円は社会保障費を補填しているので、言ってみれば、地方交付金も半ば、社会保障費の補填と言っても差し支えない状況にある。


国債の支払いは実際には、過去に社会保障費で足が出た分を借金(国債発行)によって補填したものがほぼ全てなので、これも社会保障費の残債を払っていると考えても良いものだ。


この社会保障費の内訳を可視化すると次のとおりだ。


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国家功労者だが引退層に年金で60兆円近く、加えて医療費約40兆円の約2/3が使われていると推定され、ここに過去の社会保障費の残債を合わせると100兆円を超す額が、シニア層および過去に使われている。


一方で、財務省の資料にある通り(リンク先 p.5)、国の正味の予算(真水部分)は過去30年近くほとんど増えていない。というかむしろ、国の機能を維持するためのギリギリのラインを、官僚の皆さんが自らも犠牲にして(給与レベルも数十年にわたって据え置きにして)死守してきたので削られていないだけと言っても良い。このままでは優秀な人は資産家以外は研究者になったり、国のために働こうとは思わなくなってしまう。これが上に書いたインタビューでも次のように答えた背景だ。*2


若い世代への投資、未来の成長力に使うお金が削られ続けています。


研究機関や大学にかけるお金は、主要国の中で貧弱過ぎます。国を支える大学同士で比べると、東大・京大の学生辺り予算は米国主要大学の3〜5分の1です。科学技術予算を見ると、この歴史的な技術革新期に、2004年以降、韓国は倍、ドイツは1.4倍にしている中で、日本は増やすどころかむしろ減少傾向です。将来の研究、技術開発および教育を担うPhDを、借金しないと取れない主要国は日本ぐらいです。大学教授の給与は世界的には日本の倍以上が現在水準になっているのに、30年以上据え置きで、PhD学生と共にトップレベルの才能の流出が顕在化しています。今、技術革新を引き起こしている一つの中心である情報科学系の国研の予算も削られています。

(この辺りの多くは、年末に財務省内のシンクタンクである財務総研で、主計官の皆様および財務総研の先生方の前でお話させていただいた内容のp.64以降をご参照)


シニア層は本当に我々の社会を支えてくださった大切な人たちだ。特に戦争に行った世代、戦後の焼け跡の二年で200倍と呼ばれるインフレをしのいだ世代、その後の混乱期から高度成長期につながるまで幼少だった世代のご苦労はもう言葉にはいい付くしがたいものがある(ちなみに現在、国民の5人に1人が古希を超えている、これらの苦労を少なからず体験した世代だ)。彼らの恩義に出来る限りお応えすることに異論はない。そもそも年金は国としての約束でもある。


ただ、今のこの国のリソースの張り方はあまりにも過去に向いている。国を家族に例えるならば、稼ぎ手の稼ぎよりも多くの金を借金までして、おじいさん、おばあさんに使っていると言っても良い状況だ。ただでさえ、国の競争力が下がって、生産性が上がらない中、我々の未来の世代に対して、そして新しい未来を生むためのR&Dに十分に投資しなければ、ミゼラブルな未来が待っていることは間違いない。そもそもストラテジスト的な視点から見ても、目先をしのぐことばかりを考えて、未来に向けて仕掛け、投資しない事業に成長などないことは明らかだ。*3


できれば10兆、たとえあと5兆でもいいから未来に向けて振り向けることができたらどれほど大きな事ができるだろう。国立大学の運営交付金ですら1兆数千億しかないのだからそのインパクトは計り知れない。仮に今の真水部分が50兆円(それでも一般会計の半分にすぎない)になればこの国は5年ほどで見違えるほどすごい国になるだろう。


しかし、いま財務省の予測を見ると、なんと2025年には社会保障支出は約150兆円になるという(リンク先のp.10)。真水の26兆円をゼロにしても足りない額だ。デフォルトを起こす可能性すら高まっている*4。一日も早く社会保障支出の伸びにキャップをかけて、もっと未来に向けてかける国にしなければいけないのではないだろうか。プライマリーバランス(国債の支払いと発行の差分:つまり借金が増えていくかどうか)も大事だが、それに加えて、出費に占める占める未来と現在、過去のバランスも議論すべきだ。


それに合意さえできれば、打ち手はいくらでもありえる。状況が改善して、日本が未来に十分かけられる状況が安定するまでは、年金を現金ではなく7割がたクーポン払いにすることや(使われた分だけを国の支出にする)、年金への課税消費税へのシフトはこれを目指したものと推定されるが、ゆうちょ預金やタンス預金には無力)、医療費負担の見直しの検討も必要だろう。


少しでも希望を持てる未来を次の世代に残したいし、手なりで行くよりも少しでもマシな未来に変えていくことこそが生きている大切な意味の一つに思う。「来たときよりも美しく」というのはヤフーの前CEOである宮坂学さんの言葉だが、これは国や地球など僕らが生きる共同体に対しても正しく当てはまる。


  • 我々はこのまま過去にだけリソースを使い続け、未来への可能性を捨てるのか、それとも未来を信じ、未来に向けてリソースをもっと張るのか?
  • そのためにどのように社会保障予算の増大に伴う支出に歯止めをかけるのか?

この2つの問いこそが真にいま、国のレベルで議論すべき、そして一刻も早く方向性をクリアにすべき論点だと思うのだが、皆さんいかが思われるだろうか?



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★もしかしたら考える材料になるかもしれない本のご紹介


財務省の方による基礎資料


ベストセラーになった前書の続巻。具体的に考えうることが色々あって思考材料として価値があります。


小黒先生はじめ財務省、経産省出身の専門家による濃厚な論考。財政破綻とは何なのかの理解を得たい人にオススメ。


アルゼンチンのような財政破綻社会をもたらさないためにラディカルな財政再建を試みる首相直下チームの戦い。(娯楽物ですが国について考える材料として勉強になります。)

*1:うち5兆円は国防費で25万人の自衛隊を維持するためにかなりミニマムな額。米国は約60兆円。中国は約30兆円、PPPベースでは米国と匹敵

*2:加えて、本来作るべきSoftware Engineering Institute (SEI) のようなサイバーセキュリティの専門機関すら置けていない上、日本の霞が関のビルの大半がリノベすらされておらず、主要な会議室の大半がこのデジタル化の時代にHDMI(デジタル)接続できず、VGAアナログ)出力しか対応していない。これは英国シンガポールなど国外の省庁を回ると異常なことだとわかる。同じ理屈で大学を見ても国の旗艦であるはずの東大京大すらリノベも不十分で、ある東大医学部教室にはいまだにブラウン管のテレビが置かれていたりする。アメリカの大学であれば日本の大学より古い建物であっても、普通medical schoolの建物の中はピカピカだ。

*3経済成長につながる投資を今のように絞り続ければ、国がこのまま人材育成的にも、科学技術的にも経済的な再生力を失った状態になる。今すで日本はトップ科学論文数で人口が2.5分の1の韓国に並ばれ世界6位。GDP/capitaの世界ランキングは約60年前の1960年以来の水準で世界35~40位。

*4:国として肺炎になったような状態で仮に破綻すれば、年金だとか医療システムなどはちゃんと機能しなくならなくなるのはもちろん、再生すらそう容易にできなくなる可能性がある。財政破綻とはいまのような単なる支出に見合った収入がないこと(いわゆる赤字。国の場合、これを補填するのが銀行からの借り入れではなく「国債」発行)ではなく、国なり公共団体が、必要な金が調達できなくなることで(企業であれば資金繰りができなくなることで「倒産」)、そんな国の通貨の価値は大きく下がりハイパーインフレは必然的に起こる。かつて世界のトップ5に入るほど豊かだったが、戦後、財政破綻したアルゼンチンでは、ゴミすら回収されなくなったという。また第一次世界大戦後のドイツが敗戦の結果、歴史的なハイパーインフレになったあと、ナチ党とヒトラーが生まれ世界大戦に突入したように、ある程度以上の経済規模を持つ国が破綻することは、世界的に非常に望ましくない不安定な世界につながりうる。

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