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ウチダカズヒロ ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-12-28

ホンダ・シビックと市民社会,そしてグローバル


 今年,読んだ本の話は書いた。このブログではクルマのことも書いてたっけな,と思いだしたんで今年,印象に残ったクルマについて書いておこう。

 いま,自動車評論家の界隈では,日本カー・オブ・ザ・イヤーにボルボXC60が選ばれたことが,その得点配分の是非や「今年の日本車」を象徴する存在の見当たらなさとして,話題になっているわけだが,選出方法は見直せばいいし,日本に限定せず東アジアで見れば,魅力的な新車はたくさん出てるんだから,バラエティが乏しくなった国産車(だんだん,この定義も難しくなってきた)だけを見ているのもどうか,とも思う。

 そんな一年を振り返ると,私には次のニュースが衝撃だった。


【ホンダ シビック 新型】受注1万2000台で タイプR の納車は2018年夏に | レスポンス(Response.jp)


子どもじみた「いかつさ」が印象的で,サイズもゆるゆると大きなシビックが,売れているのか,という衝撃である。ホンダディーラーも同様だったのでは無かろうか。きっと,ジェイドのような結果になってしまうんじゃないか,と予想した人も多かったことだろう。

 シビックとは,そもそもが私にとって気になるクルマであった。シビックを意識したのは,小学校の低学年の頃だ。昭和50年代が始まり,つまり1970年代の後半,母方の叔父の家のクルマがシビックだった。「クルマとは…」にとらわれない佇まいのハッチバックで,何より,FF車というのはこんなにも室内空間が違うのか,と驚いた。当時の実家には,紺色のカローラがあり,それはFR車だった。その後も叔父の家のクルマはシビックだった。当時としては,結婚が遅く,子どもが一人の小さな家族のクルマだった。

 80年代の半ばを過ぎた頃の「ワンダー・シビック」も印象的だった。サッチモの「ワンダフル・ワールド」に乗せた巧みなCMで,虚飾を排した大胆な造形が,ホンダ・デザインを印象づけた。この3ドアハッチの成功が,後のシビックホンダ・デザインを縛り付けることになったのだろう。


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 自分で所有してみたい,と思ったシビックがある。8代目のセダン,それもハイブリッドの。おっさん臭いらしいのだが,私はこのデザインが好きだった。これ見よがしじゃないハイブリッド・カーってイイナ,と思ったのだ。

 このシビックの経過(凋落?)については,次の記事に詳しい。


シビックは05年の8代目以降、国内ではまったく売れなくなり、ほぼ「いないも同然」だった。つまり、実質12年ぶりの復帰だ。この間に、シビックというクルマに対するイメージそのものが曖昧になった。子供だって12年も会わなきゃ別人になるっしょ?

新型「ホンダ・シビック」に試乗。「タイプR」ではない、“素”のモデルの実力を探った。 - webCG


正直、『シビック』を国内に再投入するのは疑問だった。すでにコンパクトカーは『フィット』が定着して人気を得ているし、国内Cセグメント市場に参入しても支持を得られる可能性は少ないと考えていた。

【ホンダ シビック 試乗】ワンダーシビックの時代を知る大人にも…丸山誠 | レスポンス(Response.jp)


新型シビックの受注が、予想に反して好調だという。これは大どんでん返しというべきかもしれない。なにせ、これほど売れない売れないと言われつつ発表を迎えたモデルも珍しいから。売れないと予想された理由は、「あまりにも大きすぎてシビックじゃない」「イギリスからの逆輸入で値段が高くなる」といったあたりだ。

新型「ホンダ・シビック」に試乗。「タイプR」ではない、“素”のモデルの実力を探った。 - webCG


決して裕福ではなくとも,健全な良き市民社会がめざそうとする流れが見失われた頃,シビック存在感を失った。市民的であろうとすることよりも,個の欲望の最大化を謳う社会にシビックの居場所が無くなった,ということなのだろう。「失われた20年」に合わせたクルマは,「フィット」だった。そして今,移動のみの道具としてコモディティ化が進み,ペットネームがついたクルマではなく「N-Box」という無機質な名前のクルマが,もっとも売れるクルマとなる日本社会となった。

 こうして,シビック=市民的なるものを欠いた日本社会の一方で,ホンダシビックは,世界各国で売れていた。アメリカで,ヨーロッパで,東南アジアで。日本が一人勝手にデフレに陥っている中,世界ではシビックが売れていた。モデルチェンジを重ね,シビック像も塗り替えながら,違う姿となってもシビックなるものを具現化して見せていた。そして,そのカタチは,日本人にとっては,少しエグいものにもなっていた。でも,これが今,世界で通じているシビックなんだぜ,と言われているようでもあった。

 そんなシビックが,国内市場に帰ってきた。目を覚ませよ,と言っているかの如くである。もう,デフレは,終わってるんだろう。21世紀の安全,環境,快適などの性能の基準や標準とは,こういうことだろう,だから,このサイズだし,このパフォーマンスだ,と。そして,責任ある個としての存在を示すことが,より一層,流動化する社会にあって市民社会を成り立たせる要素であるから故に,この外観を持ったのだ,と。

 それは,僕らの市民社会像と,世界のシビック=市民的なるものが,ホンダシビックが退いている間にずいぶんとかけ離れてしまったということだろう。世界が豊かになることに僕らは置いていかれ,小さな家族の車という前提は世界中で,よりパーソナルな存在の移動手段へと世界共通に変わっていくことに対し,日本はクルマにノスタルジー投影してしまうために,変えられず,変われずにいたのだ。そのため,国内マーケットからシビックが退場したのだ。

 いま,世界のシビック=市民的なるものとして,ホンダシビックは日本でも予想外の受け入れられ方をしている。iPhoneを手にし,NetFlixを眺め,Amazonでモノを買い,Facebookで互いにつながるのは,日本も世界も等しく同じである。そうして社会が均質化していく中で,支持されるクルマが同じであることは不思議なことではない。

 今年,日本デビューしたホンダシビックは,世界からシビック=市民的なるものを日本に照らしている存在だ。そして,このシビックに抱いた違和感とは,シビックがいなかった時間含め,世界と日本との意識のズレであり,滞っていたものごとが存在しているのだ,と気づかせてくれるのだ。


シビック』自身が迷走し、新しい価値を掴み損ねているのと同時に、自動車全般が提供できる価値と社会が期待するものとの間に少しづつ乖離が生じて来たことを図らずも体現していたのではないか。いま思えば、そう思えてくる。

(略)

 ホンダは他の日本の自動車メーカーに較べて、クルマのこれからの大きな変化を認識していることを隠していない。『シビック』のCMで庵野秀明を起用し、「Go Vantage Point」と言ったり、軽自動車のCMで「ママの忙しい日常をサポートする」といったようなコピーを全面に押し出したりしているのも、その現われではないか。

新しい価値を創造するホンダの4代目『シビック』の進化(2017.12.24)|@DIME アットダイム


自動車評論家の金子浩久も言っている。自動車におけるシビックなるものとは何か?これが悩ましく,考えさせられた年だった。


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2017-12-20

森 絵都著「みかづき」を読んだ話し


 2017年が終わろうとしている。今年をどう振り返るとよいのか,うすら曇っていたような年だな,とも思うし,まあまあだったんじゃないかとも思う。どうなんだろ。国政選挙があったんだぜ,と言われりゃ,「そうかも」とは思うはね。西暦と元号が,いよいよ,わかりづらくて困る。奇数偶数は揃っていて,2年違うという理屈はわかっているのだが,えーっと末尾が9年の方はどっちで,7年の方はどっちだったっけ,となる。

 さて,今年,読んだ本の話だ。いくつか,印象深い本はあったけど,あえて「今年,読んだ本」をあげると,「みかづき」(森 絵都著)かな,と思う。

 どんな小説?「みんな,そうやって仕事に取り憑かれちまうんだ小説」。

 主人公はギフト形容してよい才能を持った男。そして,その才能を見い出し,自分自身の夢の実現の糧とするべく情熱を燃やし,やがてパートナーとなる女。そんな彼らの話と言えば,そう。才能は発揮する場所,情熱を傾ける場所が,産業として時流に乗り,隆盛を誇るようになっていく。その充実と言っていい渦中において,彼らは狂う。多忙が理由というよりも,仕事が仕事として,人間がやるもの,人間がやった成果ではなく,その人間が独立して,仕事という存在がその人を覆い尽し蝕む。すると,男は挫折し,女は一層,のめり込む。

 昭和−平成の時代をちょうど切り取った小説と言えるだろう。ある産業が伸張する。だが,時代が転換する。その産業もカタチを変えながら時代に呼応する。そうした盛衰に,才能が飲み込まれる。才能が天真爛漫に開花していた微笑ましい様子は無くなる。そこにヒリヒリする。世の中というザラツキが表面をなぜる。同様に,怨念とも言える情熱のやり場が時代状況の変化によって,拠り所が怪しくなる。根を持たずに,どこかに吹き飛んでいってしまう危うさを感じずにはいられない。そこが寂しい。

 妙な軽さを伴う時代になって,男も女も「成功」を手にしている。だが,もの悲しい。この主人公も,パートナーも仕事に生きたのか。「成功」という場所から見れば,そうだろう。その「成功」とは自らつかみ取ったモノか。時代の潮流に乗って,たまたま得たポジションだったのではないか,艱難辛苦,刻苦勉励はもちろん,あった。重大な決断もしたことだろう。しかし,人口ボーナスによる上げ潮と才能という運が与えてくれた「成功」だったと言えちゃうんじゃないか。そうすると,時代状況によってモクモクと成長する仕事そのものが,彼らをつかって大きくなった。彼らは仕事に使われたんじゃないか。

 振り返ると,仕事をしたのは自分だったのか。仕事が自分をつかったのか。主体はどっちだったのか。その正体は一体…。そうした上り坂の時代を,歴史として乾いた地点から見返すと,どうしても行き当たるもの悲しさが,この小説全体を覆う。ああ,そうそう「カオナシ」の存在がもの悲しかったように

みかづき

みかづき

2016-12-14

「小倉昌男 祈りと経営」を小倉の意志の結実とみる


 「小倉昌男 祈りと経営」(森健著)を図書館に予約してずいぶんと経って,ようやく私の順番が来た。読んだ。久しぶりにブログを更新するくらいだから,思うものがあった。

 この本は書評でもずいぶんと話題だった。


[書評]『小倉昌男 祈りと経営』 - 中嶋 廣|WEBRONZA - 朝日新聞社

書評:小倉昌男 祈りと経営 ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの [著]森健 - 荻上チキ(「シノドス」編集長・評論家) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

東京新聞:小倉昌男 祈りと経営 森健 著:Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)

小倉昌男 祈りと経営 森健著 福祉活動にたどり着いた背景|エンタメ!|NIKKEI STYLE


中には,ネタバレ書評もあるが,まあご愛嬌だろう。少々のネタバレがあっても印象深さは変わらない。


ただ,私自身,小倉昌男フリークで,彼の著作は,「『なんでだろう』から仕事は始まる!」,「経営はロマンだ!私の履歴書小倉昌男」を持っており,これらを予備知識にあらかじめ人物画の輪郭線はすでにあったため,それを確かめながら本書を読み進めていた。

印象深かったの2点ある。一つは,小倉昌男自身が佐川急便について語っていた点。二つ目は,やはり病気についてである。

一つ目は,東京佐川急便事件をおこすにいたった経年的な違法な営業を繰り広げて来た佐川急便を社内報で糾弾し,あくまで正々堂々,それこそ国に対してだって行政訴訟を繰り広げてまで,「正しい心で経営すること」を追求していた,ということ。

二つ目は,小倉の妻と娘が罹患した病である。社会の進歩によって,症状に対して病名がつくようになり,そして薬が開発される。他界した小倉と妻,そして,互いに語りあうことが稀であった息子と娘。この4者にとって,病を含む小倉家の内幕が開かれることが世の中に役立つんだ,という思いが通底していたのだからこそ,この本が登場したのではないか,と思う。

小倉家の家族4人の年表でもつくってみようか,とも思った。時代と彼らのライフイベントを並べてみようか,と。確かにそれはそれで照らし合わせて,もっともらしい理屈をつけることはできるかもしれない。ただ,それでは,なぜ,こうした本が登場したことにつながらないだろう。会社経営者から福祉財団の運営に転身し,福祉や障害に目を向けさせるような社会への働きかけを生んだ小倉とその家族が,家族を襲う「病」にも社会の目を向けさせること,そのものを結果として望んでいたからだろう,と私は結論づけたい。