許容される日本語 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2017-1-9

[]今日から仕事始め 22:13 今日から仕事始めを含むブックマーク 今日から仕事始めのブックマークコメント

例年1月4日には「仕事始め」に関連するニュースが放送されます。そのなかの近年おきまりの表現に「今日から仕事始めという方も多いのではないでしょうか」があります。

ただ、格助詞「から」は、「〈前略〉2 (時を示す語について)以後。以来〈後略〉」(広辞苑第二版補訂版)の意です。「仕事始め」は「新年になって始〈ママ〉めて仕事をすること〈後略〉」(同)なので、「今日から仕事始め」では意味が通りません。「仕事始め」は「今日」だけのことで、明日以降の仕事は新年になって初めてではないからです。

論理的に正しい表現としては、「今日が仕事始め」または「今日から仕事」でしょう。


超大国大統領選挙が偽のニュースに影響を受けた、誤った内容のまとめサイトが運営を停止したなど、昨年は、信頼性の低い情報の氾濫に対する懸念がより具体的な問題として顕れました。記事にニュースソースをすべてリンクする試みなど、情報の信頼性を高める努力がなされているものの、情報に全幅の信頼を置ける世界はなかなか到来しないでしょう。

そうした状況ではせめて、情報をまるのみせず、論理的に筋が通っているか考えるくせをつけたいものです。そのためには、助詞のひとつひとつにまで注意を払い意味が通る表現か確認することもよい訓練となります。論理だてて考えることが自然になれば、仕事や家事や勉強も効率的に行え、時間を有効に使えます。論理的思考を敬遠せず、その有用性に目を向けてはいかがでしょうか。

2017-1-2

[]地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子(ネタバレ19:22 地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子(ネタバレ)を含むブックマーク 地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子(ネタバレ)のブックマークコメント

昨秋日本テレビ系列で放送していたドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」を校正者が観た感想、です。


ドラマならびに原作『校閲ガール』シリーズのネタバレを含みますのでご注意ください。



ドラマのあらすじ。

ファッション誌ラッシィ(とカナで書くと『幼年期の終り』のラシャヴェラクになってしまうな。正式表記は『Lassy』)の熱烈な愛読者で、『Lassy』の編集者を夢みて同誌を発行する出版社を大学卒業後も毎年受け続ける「スーパーポジティブ」な若い女性、河野悦子。略してコーエツ。『Lassy』編集部に空席はなく不採用の連続だったが、ずばぬけた観察眼(ファッション関係のみ)と気になったことはとことんまで調べずにいられない性分に校閲部長が校正者の資質を感じ、ついに採用される――校閲部員として。

『Lassy』のバックナンバーなら、各号の特集のみならず、連載コラムの内容まですべて記憶している悦子。しかし、ファッション以外には関心がなく雑誌も本も読まないので、難しい漢字や表現はちんぷんかんぷんだ。それでも、校閲部で実績を挙げて『Lassy』編集部へ異動しようと奮闘する。もともと何に対しても真摯にとりくむ性格で、事実確認のために小説の舞台へ足を運ぶことまでする。

全力投球のあまり騒動をひきおこすこともたびたびなのだが、恋人未満の作家兼モデルの幸人との恋の成就より担当業務を優先してしまうまっすぐな仕事ぶりが、毎回ハッピーエンディングをもたらす。


縁故入社でもない中途採用の未経験者が校閲部に配属される、というのはたしかに現実離れした設定です(原作では新卒採用)。が、「おもしろくするためのドラマのうそ」であって、許容範囲でしょう。あんなはでな校正者はいない!は、客観的根拠を示さないかぎり、明言はできません。「超がつくほど個性的だけど愛すべき主人公」をよく表しており、めくじらをたてる問題ではないと思われます。

まぁ、担当編集者の指示もないのに校正者がかってに事実確認に外出することをくりかえしていたら、問題になりそうですけどね。交通費申請は通らんだろーなー。

ということで、原作のエピソードの再構成がうまいし恋愛ドラマとしてもかわいらしいと、毎週楽しんで観ていたのですが、だんだんひっかかりが多くて楽しめなくなりました。

ひっかかりの例。

・文芸において、用字や表現は作品の重要な要素。使い分けか不統一か判然としない場合にひかえめに疑問出しするならまだしも、一般的な表現じゃないからとエンピツ入れるのはいかがなものか(若者ことばが時代遅れだと指摘するのは、事実確認の範疇)。

・いくら現地の市民だろうが、だれともわからない人の発言を根拠に旅行ガイドのアップデートをするか……現実問題、ないとはいいきれないのだけれど、情報の正確性に自信をもって出版できないのでは。

・実務経験十数年の校正者が、時刻表ミステリで誤った時刻表が使われてるのに指摘しないのは、あり得ない。正しい時刻表では物語が成立しないから指摘できないと悩むって……。そんな回収確実なミス、特大付箋でも付けて指摘し、「ただし、正しい時刻表に基づくと、○○のため、物語に矛盾が生じます」とかなんとか書き添えねばならない。あとは編集者の仕事よ。

こうした、ドラマの本筋とは関係のないところにひっかかるようになっちゃったのは、原作のだいじな台詞が割愛されたあたりから。

人間は外見でなく内面で評価すべしという「常識」を承服しかねる悦子が、ならファッション業界も美容業界もいらない、文章がへたでも内容に誤りがあってもかまわないなら校閲なんていらない(大意)、と独白するんです。で、ああ校閲ってそういうことか、と、腰掛けのはずの仕事を新たな目でみる。第1作の肝腎要の場面です。

おしゃれな服や靴や化粧や髪型は文化。正確な事実の積み重ねを根拠として美しい文章を綴るのも文化。書きたいことを書きなぐる、のは文化じゃない。


紙に印刷されたインクという物品でなく本という作品を上梓するためには、出版社の片隅で黙々と赤ペンと黒鉛筆を走らせ、社外はもちろん、社内でも存在を忘れられがちな人々が必要だ。幸人の新作は、そんな「地味にスゴイ!」仕事人を紹介するノンフィクション。ドラマの後半、小説家としてゆきづまっていた彼は、「地味にスゴイ!」を取材することで作家としての輝きをとりもどします。そこでドラマタイトルが活きてくるわけですよね。なんだけど。

悦子は、こんなスゴイ!本を書く幸人くんてすてき! でも、正式に恋人同士になってしまうと(たぶん彼女の性格上)『Lassy』の編集者になるという夢を追えないから、恋愛はおあずけ、みたいな宣言をする。

あれ?

原作では、『Lassy』別冊編集部で短期間だけ編集者を務めた悦子が、自分は熱愛する『Lassy』にかかわりたい読者であって、雑誌制作がしたい編集者志望者ではないのだと気づきます。校閲部長が彼女に校正者の資質をみてとったのは正しかったのです。

仕事への憧れと適性はかならずしも一致しない、て結論も、お仕事ドラマとしてはアリだと思うんですけどね。「だめ、夢をあきらめちゃ!」じゃないとイカンのか。

で、それまで、細部にまで目のゆきとどく校閲を淡々とめだたずに(校閲がめだつのはミスをみのがしたときなので)こなしてきた先輩校閲部員たちが、地味な殻を破っていきいきと働き始める。……えーと、とつぜん「地味にスゴイ!」がどっかいっちゃったよーな。

「ぼくらは、クロコ/でも、ものづくりってそういうこと」(日本ガイシCMより)的な職人の矜持の話じゃなかったのか〜。

ちょっとあてが外れました。






いつもは大晦日に締のポストをするところ、ばたばたしてて年が明けてしまいました。2015年12月31日23時59分にリセットしたカウンターは、2017年1月2日19時20分には229232になっていました。

旧年中は、ほぼ開店休業blogをご覧くださいましてありがとうございます。

新年はもっと頻繁に記事を書きたく存じます。毎年ことばだけですが。

政治経済社会に山積する問題がすこしでも解決され、新年が佳い一年となりますよう。

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2016-10-17

[]デマゴーグデマゴギー 01:04 デマゴーグ/デマゴギーを含むブックマーク デマゴーグ/デマゴギーのブックマークコメント

北海道日本ハムファイターズが今季のクライマックスシリーズチャンピオンとなりました。

遡って、ファイターズのレギュラーシーズン優勝祝賀会のようすを伝える9月29日付スポーツニッポンの記事には「今夜は生が最高だ〜」――大野奨太選手会長の挨拶なのですが、ほかのスポーツ新聞5紙では「なまら最高」でした。「なまら」といえば、他都府県民の認知度が最も高いであろう北海道方言です。ファイターズ番記者が聞きちがえてはいけません。


さて、これも旧聞に属しますが、安倍晋三首相国会答弁に「まったくいっていないことをいったかのごとくいうのはこれはデマゴーグなんですよ/あり得ないことをあり得るかのごとくいうのはデマゴーグというんですよ」とありました。

【デマゴーグ】煽動政治家。民衆煽動家。

【デマゴギー】→デマ

【デマ】(デマゴギーの略)1 事実と反する煽動的な宣伝。悪宣伝。2 ためにする噂話。中傷。

広辞苑第二版補訂版)

「まったくいっていないことをいったかのごとくいう」だけで「煽動的な宣伝」「中傷」にあたるのかは疑問のあるところです。また、「デマ」ということばは、隠れて事実と異なる噂を流す場合に用いるのがふつうですから、面と向って発した皮肉のことを表すのに適当とも思えません。

しかも「デマ(デマゴギー)」は物事、「デマゴーグ」は人物です。「それは事実でないからデマだ」どころか「煽動政治家だ」ときめつけられては、質問者の長妻昭衆議院議員(「デマゴーグ」を「煽動政治家」といいかえています)が撤回を求めたのも当然といえます。


北海道の球団を担当する記者なら北海道方言をまちがえない。政治家(政治学科卒業ならなおさら)なら政治用語をまちがえない。

そうした期待がなかなか満たされない今、米国大統領候補放言により注目されるファクトチェック(事実確認)が重要です。webのみならずマスコミで流布される情報も、一つだけを鵜呑みにしない習慣をつけましょう。



附記。

「クライマックスシリーズ」って固有名詞だからそう記すしかないんだけど、頂点は日本選手権でしょ、とか、英語圏の男性に近畿グレートリングと同種の冗談の種にされたら厭だなぁ、とか、ほんとは使いたくない。

2016-8-30

[]人は、人から育てられる 20:47 人は、人から育てられるを含むブックマーク 人は、人から育てられるのブックマークコメント


先日、民進党岡田克也代表が、自身についての蓮舫代表代行の「ほんとうにつまらない男」との発言を受け「妻にいわれればショックを受けるでしょうが」蓮舫氏の冗談だから気にしない旨を語りました。

この会見を扱った記事やニュースの見出しの大半は、妻「に」いわれれば云々。ただし一部は、妻「から」いわれれば、でした。岡田代表が助詞「に」を用いなければ、「から」の見出しがもっと多かったのではないでしょうか。



格助詞「に」と「から」を、広辞苑第二版補訂版は下記のように説明します(用例は省略、「<」以下は引用者補記)。


「に」

1 時を指定する。

2 所・方角を指定する。

3 対象を指定する。

〈中略〉

5 資格を指定する。…として。

6 受身・使役の相手を示す。

7 目的を指定する。イ 行為の目的を示す。ロ 目的地を示す。

8 原因を示す。

9 結果を示す。

10 状態を示す。いわゆる形容動詞連用形、たとえば「あきらかに」「ゆたかに」などの「に」も、これに相当する。

11 手段・方法を示す。…を用いて。…によって。…をたよって。

〈中略〉

13 比較の基準を示す。…よりは。

14 累増・添加を示す。<「泣きに泣いた」など


「から」

1 (場所を示す語について)出発点や通過する経路を表わす。

2 (時を示す語について)以後。以来。

3 手段を表わす。…で。…によって。

4 原因を表わす。…によって。…のために。

5 理由を表わす。…ゆえ。

6 それを先にする意を表わす。

7 起算のはじめを示す。…ないし。…をはじめとして。

8 以上。うえ。<「千人からの人」など


「に」は近年、意味が一部重なる「から」に置き換えられることが増えました。「から」には「受身・使役の相手を示す」用法はなかったのですが、いまやこの用法でも「から」が優勢かもしれません。

今回の記事タイトルは、公共広告機構(当時)の2008年のキャッチコピーを借りました。2008年にはすでに受身・使役の相手を示す「から」がかなり許容されていたとみられます。2016年現在、「犬○噛まれた」の助詞としてはまだ「に」が選ばれると思われるものの、そのうち「犬から噛まれた」が一般的になるのでしょうか。

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2016-5-22

[]オバマ大統領への謝罪を求める 17:28 オバマ大統領への謝罪を求めるを含むブックマーク オバマ大統領への謝罪を求めるのブックマークコメント

先日のNHKのニュース「日本被団協 米大統領に原爆投下への謝罪も求める」中に「オバマ大統領への謝罪を求める」との表現がありました。

ニュースの内容はタイトルのとおり、日本原水爆被害者団体協議会日本被団協)が広島を訪問するオバマ米国大統領原爆投下についての謝罪を求めた、というものです。「オバマ大統領への謝罪を求める」では意味が変ってしまいます。


「に」…動作の対象を示す格助詞

オバマ大統領「に」謝罪を求める=「オバマ大統領」が謝罪することを求める

*「オバマ大統領」は「謝罪」の主語

「への」…動作の対象を示す格助詞「へ」+連体助詞「の」

オバマ大統領「への」謝罪を求める=「第三者」がオバマ大統領に対して謝罪することを求める

*「オバマ大統領」は「謝罪」の修飾語/目的語


求められているのは「オバマ大統領が(被爆者に)謝罪する」ことです。これを体言にするなら「オバマ大統領『の』謝罪」です。

「オバマ大統領『への』謝罪」では「(だれかが)オバマ大統領に謝罪する」ことになります。



助詞は、「てにをはなんて些細なこと」と軽んじられがちですが、ことばとことばの関係を示す重要な機能をもちます。誤用によって文意が変る場合も多いので、助詞もおろそかにせず、意図が正確に伝わる文章を書きましょう。




学校のリポートやビジネス文書であっても助詞に気を配りたいものですが、今回とりあげたのは、唯一の戦争被爆国の公共放送のニュースです。米国の国内事情等も勘案したうえで、それでも已むなく出された被爆者の要望について、こともあろうに謝罪の対象が変ってしまうような助詞を使うとなると、些細な誤りでは済みません。報道や出版に携わる者には、日本語に真摯に向き合う心構えも必須です。

自戒をこめて。

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