許容される日本語 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2013-10-6

[]手軽/手頃 20:26 手軽/手頃 - 許容される日本語 を含むブックマーク 手軽/手頃 - 許容される日本語 のブックマークコメント

「手軽な夢から、でっかい夢まで。」と書かれたポスターが貼ってあったのは宝くじ売場。そういえば先日「価格がお手軽になりました」という宣伝もみかけました。

どうも昨今、「手軽な」が「手頃な」と混同して用いられているようです。


「手軽」は「手数がかからず、簡単なさま」(Yahoo!辞書:大辞泉)。

「手頃」は「1 大きさ・重さなどが、手に持つのにちょうどよいさま。取り扱いに便利なさま。2 能力・経済力や望む条件などにふさわしいさま」(同)。


ニュアンスの違いは、たとえば「料理」の形容に使うなら、「手軽に作れる料理」と「手頃な値段の料理」といったところです。

「簡易な夢」も「手間がかからない価格」も意味を成しません。前述の宣伝コピーが「身の丈に合った夢/価格」を意図するのであれば、「手頃な夢から」「価格がお手頃になりました」とするのが適切でしょう。

「軽い」のか「いい頃合い」なのか。ことばをきちんと使い分けなければ意図が正しく伝わりません。


意味が異なる似たことばは誤用につながりやすいものです。そして誤用は誤解をまねきかねません。自分が表現したい内容を頭のなかで明確にし、正確にその意味を表すことばを選択することが、誤解を避けるための第一の手段です。

2013-5-6

[]散々たる 19:07 散々たる - 許容される日本語 を含むブックマーク 散々たる - 許容される日本語 のブックマークコメント

「敬愛なるベートーヴェン」という映画の邦題がありました。注意をひくため文法上の誤りをわざと犯した、とみることも可能ではあります。ただ、あまり巧みな広報戦術とは思えません。印象に残ればなんでもよいわけではないでしょう。与えたのが悪い印象では、映画の鑑賞や商品の購入につながらない可能性があるからです。

形容動詞の活用(口語)では、基本形が語幹+「だ」となりますが、「敬愛だ」という形容動詞はありません(名詞「敬愛」+助動詞「だ」なら、「この感情は敬愛だ」など、文脈によってはあり得ます)。

また、名詞「敬愛」は、「尊敬しつつ親しみをもつこと」(新潮国語辞典新装改訂版)であって、人の行為を表す語です。「事物の性質や状態などを表す語」(Yahoo!辞書:大辞泉「形容動詞」の説明より)ではないので、サ行変格活用動詞「敬愛する」の語幹にはなっても形容動詞の語幹にはなりません。

(「親愛」ならば、「人に親しみと愛情をもっていること。また、そのさま」〈Yahoo!辞書:大辞泉〉ですから、行為でなく状態を表します。「もつ」と「もっている」の違いを理解しましょう)


形容動詞の文語活用はナリ活用とタリ活用の2種類です。口語でも主に文章語として連体形が使われます。

ナリ活用は「に+あり」が変化したものです。「静かなり」ならば、「静かに+あり」で、静かにしているといった意です。

同様にタリ活用は「と+あり」からきていて、「堂々たり」ならば堂々としているようすの形容です。

ナリ活用かタリ活用かは語によって異なります(どちらの活用かは辞書に載っています)。形容動詞「散々」は、口語では「散々だろ-散々だっ/で/に-散々だ-散々な-散々なら-―」、文語では「散々なら-散々なり/に-散々なり-散々なる-散々なれ-散々なれ」と活用します(ナリ活用)。TVなどでよく「散々たる」というのを耳にしますが、「惨憺たる」と混同したのでしょうか。

文語活用の連体形「散々なる」は、現在ではあまり用いられません。「物事の結果や状態がひどく悪くて、目も当てられないさま」(Yahoo!辞書:大辞泉「散々」の説明より)を口語活用の連体形「散々な」でなく文語調で表したい場合は、「いたましくて見るに忍びないさま。見るも無残なさま」(Yahoo!辞書:大辞泉「惨憺」の説明より)を意味する「惨憺たる」を使いましょう。



*当blogは原則として学校文法準拠です。

2012-8-12

[]漠然と/漫然と 15:52 漠然と/漫然と - 許容される日本語 を含むブックマーク 漠然と/漫然と - 許容される日本語 のブックマークコメント

「漠然と勉強しても身にならない」などという表現をよく耳にします。当初は若者ことばかと思っていましたが、昨今では大人もごくふつうに使い、かなり許容された段階のようです。

「漠然」は「ぼんやりしてはっきりせぬさま。とりとめのないさま」(広辞苑第二版補訂版)、「漫然」は「心をとめて深く考えず、またはっきりとした目的や意識を持たぬさま。とりとめのないさま。しまりのないさま」(同)です。

どちらも「とりとめのないさま」ではあるものの、「漠然」は「漠然とした不安」「漠然たる大海原」など正体がはっきりしないようすの形容、「漫然」ははっきり意識をもたないようすの形容であって、ニュアンスは異なります。

つまり、はっきりとした目的や意識をもって行うべき「勉強する」に係る形容動詞は、「漠然と」でなく「漫然と」になるはずなのです。

豊かな日本語を的確に使い分けて状況や感情にぴったり合った表現とするには、漫然とことばを用いるわけにはいきません。