Miscellaneous notes of the world criticism

2006-08-14 チャレンジ精神を抱け?

園芸療法 07:20

「植物栽培」は非常に良いメンタルヘルス治療だ

http://www.mypress.jp/v2_writers/beep/story/?story_id=1455520

サボテンでも買ってこよっかな。

世の中のはなし 07:19

YouTube著作権 - ルール改変を迫るための社会的影響力

http://c-kom.homeip.net/review/blog/archives/2006/07/youtube_1.html

法律は学校の先生の 「こたえあわせ」 ではありません。法律は、

過去にこうした力と力のぶつかり合いがあった結果に出来あがった「仮の線引き」です。

力関係が変われば、法律もまたあっさり変わります。社会感情の変化のスピードに

法律改正のスピードが追いつかないことも多々ありますが、だからといって、

現在の社会感情と大幅にずれのある判決を古い法律を以って強行することなど

できはしません。一太郎問題を見れば判るように、それは社会が許さないでしょう。

 

私たちが常に注意しておく必要があるのは、法律の文面ではなく、

現在の 「社会的支持・不支持」 の関係なのです。どれだけのヒトに好かれ、

どれだけのヒトに嫌われるか、それがビジネスを考える上で最も大切な部分です。

大変参考になります。「社会」を的確に言及されてます。是非一読すべき。

社会人の大学院選び 07:14

http://blog.love-bears.com/archives/2006-0728-0723.php

最近、こういった『IT業界から足を洗う』ハナシをよく見かけるのですが、実践してる人ってどのくらいなんでしょうか。

実際に流出が続いていけば、居残り組はかなり優遇されることになるんじゃないかな、とか思ったり。より深刻になる人材不足と、劣悪環境改善、世間の認識刷新の相乗効果で。

まぁそれはまだしばらく先の話なんでしょうけど、ITが不要になる世界はしばらく来ないでしょうから、ワリとマトを射てるんじゃないでしょうか。

きもいよね 07:02

自信を持ってるというのは貴重な才能なのかもしれない

http://d.hatena.ne.jp/w_o/20060808#p1

最近思うのだけど、使えない奴(例えば、僕のような)の特徴として、「どうせ自分が何をどうやっても、何もどうにもならない」的な思考があると思う。

例えば、上の一行で言うと、「使えない奴(例えば僕」とか、そういったような思考。

こういった思考は、いったん根付いてしまうと、循環するので、なかなかやめられない。「どうせ自分は何もできないんだ→何もできないから何もやらない→何も成果を残せない→どうせ自分は何もできないんだ」とかいった感じで。

矯正しようと思っても、「いや、こういう性格だから、矯正は無理だし。」と、いう思考になってしまい、なかなかなおらない。

(余談として、さらにキモいことに、こういった思考の持ち主は「自分は何もしないのは、何もできないからである。何もできないのは、そういう性格だからである。そういう性格なのは、生まれ育った環境が大きく影響しており、もはや本人の努力ではどうしようも無い決定事項だった」とかいうような感じで、自分のキモさを社会の責任にしている部分があるのでキモい)

きっもー。こうならんように努力と尽力は継続しようっと。

手紙とかのアナログ媒体は、デジタルにはないぬくもりがあるよね 07:00

手紙を書く機会があって、数年振りに手紙の投函とかしました。

手で書かれた手紙は、電子媒体とは比較にならない良さが凝縮されてるんじゃないかなって思いました。

チャレンジ精神を抱け? 06:57

http://jibun.atmarkit.co.jp/ljibun01/special/chinaoff/chinaoff01.html

これだけのスキルが求められていながら、賃金は最低ライン。

そんなんで世界と勝負する人材が育つわけねーだろ。

やりがいを提供できず、人材の流出を食い止める手立てを考えようともしないIT業界に未来はないと思います。

まーそれは国のせいなのかもしれませんが。

なんだかとっても理不尽を感じてしまったので、殴り書き。