日記

2009-12-13

[]「若手研究者育成事業の削減について」について

内田樹氏が12/10のブログで「若手研究者育成事業の削減について」書いていたのを読んで、直接は関係ないけれど繋がりそうなこと、覚え書き。走り書きにて悪しからず。

学ぶことや働くことの費用対効果は(簡単には)計れない、というのが氏の常日頃からの主張で、今回も同じ切り口からのコメント

今回は「評価」の問題に触れられていたので、そこから、授業を受けることの費用対効果、というか「評価」の問題についてずらしていくと次のようになるだろうか。

授業の、最も大切な部分(その授業に於いて学習者が、どれだけおもしろい発見をしたか、どれだけ自分世界を豊かにしたか、脳内で横道にそれて知的冒険をしたか、とか…)は、評価できない。評価できるのは(瑣末な)技術的なポイントだけである。

そのような、評価可能なポイント目標に掲げる授業が、ここ最近重視されている。ちょっと前に国立教育政策研究所が示した「評価規準」を重視した授業の発想も、まさにこれと通ずるだろう。「評価規準」の重視は、評価することについて、というか、教育費用対効果を掌握することへのあくなき欲望の現れと捉えることができるように思う。(言い過ぎかしら…)

では、具体的に日々の授業に立ち返るとどういうことになるか。(自分に向けて)

授業の目標を設定するなと言うのでなく。自分が教えられること、評価可能なことを謙虚に自覚すること。評価できないことへの自覚を持ちつつ、評価できることを見定めつつ、授業を計画すること。うーん、ありきたり。ひとまずここまで。