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2007-01-17 ホワイトカラー・エグゼンプション導入はなぜ失敗したのか?

ホワイトカラー・エグゼンプション導入はなぜ失敗したのか?

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 もちろん今国会での法案提出が見送られただけで、参院選後に再び導入が議論される可能性があり、導入に失敗したとは言い切れないが、世論が政権に吸い寄せられる光景を長らくみてきた私にには、久々の「世論の反発」を見た気がする。

 現時点で、何が失敗であったのか考察したい。

 小泉時代末期、特に郵政選挙以降、ネオリベラリストの中に「ネオリベ」が国民に浸透したとの過信が生まれた。だが支持されていたのは小泉の発する「小さい政府」「民でできることは民で」といったキーワードだけでたった。

本来的に「弱者に厳しく!」「企業に活力」といった思想まで支持している人は少ない。もっとも後者の剥き出しのネオリベ思想は、小泉本人の口から出たことはなく、安倍政権以降になって取り巻きの新古典派の学者連中や財界人から盛んに出るようになった。

  • 経済界が前面に出すぎることへの反発

 経団連奥田会長時代から、積極的な政策提言を行っているが、御手洗会長は自らのビジョンをマスコミを通じて発表するなど、かなり政治的な行動を行っている。秘密裏に与党に圧力をかけるというかつての財界活動に比べて健全と言えなくもないが、明らかに過信があったと言える。

 確かに、郵政選挙の頃は、財界の意見が有権者に支持されて、労働組合は「守旧派」として批判されたように見えたかも知れない。しかしそれは錯覚に過ぎない。

  • 政府の無責任

 政府の各種諮問会議の人選は近年極端である。最初から超ネオリベな結論を出して下さいと言わんばかりの面々である。最近、自民党は選挙を意識して「働くものの立場も考えなければ」等と言い出しているが、それなら最初からバランスを考えた委員選出して、バランスの取れた政策提言が出るようにすればいい。

 国民に不人気な法案でも体を張って通す気があるなら、それはそれで結構だが、やっていることが余りにもチグハグである。

  • 手法の甘さ

 私は小泉純一郎の政治手法は嫌いなので、勧めたくはないが、小泉なたホワエグを有権者に支持させるために、こういうプロパガンダを使ったであろう。例えばマスコミや金融関係などで働く高年収サラリーマンへの嫉妬心を掻き立てる方法である。又は「公務員に真っ先に導入します」なんていう言い方もあっただろう。人々は恵まれている人を妬むのは大好きであるから、ほいほいとこのプロパガンダに乗るかも知れない。

 ただ、超ブルジョア階級出身のボンボン晋三ちゃんがプチブルである高額給与所得者を叩くのは明らかにペテンであり、違和感を覚える人も多いであろう。むしろ元来自民党支持傾向の高かった高額所得サラリーマンや管理職級公務員の自民党離れを招くリスクの方が高いかも知れない。

  • ネオリベが支持されることの難しさを心得ていない。

 根本的に弱者に厳しい政治が国民に支持される状況を作るのは非常に難しい。そのためにあらゆるペテンが使われてきたのである。アメリカの場合、宗教右派に近づくことにより支持基盤を築いてきた。アメリカの保守層は自らが不利益になる政策を掲げていても、その社会的、文化的に保守的な政策に惹かれて共和党に投票する。

 日本でも、財界寄りの政策は嫌だが、安倍首相が保守的だから支持を続けている保守派の有権者は多いと思われるので、状況は似ている。経団連の御手洗会長が経済界の利益とあまり関係ない憲法や教育に言及するのは、保守的な人々にネオリベを支持してもらうためのリップサービスであろう。ただアメリカの場合は、政府の役割を小さくし自己責任を重視する考え方が西部開拓時代からの伝統であり、ネオリベと宗教右派との利害が一致しやすい。日本の場合どうかと言うと、ネオリベは外来思想であり、日本の共同体主義色の強い保守主義とは利害が一致しにくいように思われる。

 参考まで、アメリカのリバタリアンが、なかなか国民に支持されない中でどうやって支持されてきたか、以下のエントリーが詳しい。

  http://www.redcruise.com/nakaoka/?p=200 

hodasihodasi 2007/01/21 01:57 愛国心を掲げた国家社会主義のような政党が誕生すれば、支持されそうな基盤ができあがっていますね。これは、与党がネオリベ色を強くし、それが浸透し、低所得層が増え、所得ピラミッド構造が熟成すればするほど、実現しやすくなるように思えます。それを防ぐには、中間層を多くするようにするしかない、まあ、低所得層を少なくすることですね。
ただ、それとは他に、いざ、国家社会主義のような体制ができても、それが、全体主義にならないようにするには、私が常々、申し上げている、「先人に対する感謝」を土台にした、「歴史の反省」が必要であるわけです。旧来の、先人への非難、罵倒まで含む反省では、また反発の繰り返しになるでしょう。戦犯は日本のために戦った英霊で、感謝の念はあるが、敗戦責任はある、といった認識が最も妥当で健全かと思います。国家社会主義はよく言えば、福祉国家ですからね。(以下、余談)ただ、まあ、私は公共事業には基本的に否定的なので、国家福祉主義といった名称の方を望みますが。

kechackkechack 2007/01/21 03:48  id:kechack:20061226で無産保守政党の出現に言及しております。私は自民党が財界をスポンサーとする限り、保守層の受け皿であり続けるのは困難と見ております。対中問題で既に保守層と財界の意向の離反が見られ、今後「外国人労働者受入れ問題」で離反は決定的なものになるでしょう。
 日本も欧州のように低所得者層をリベラル政党と無産保守政党が、保守層を従来保守政党と無産保守政党で奪い合う、欧州のような政治構造になるのではと考えております。
 今後自民党は都市部のビジネスエリートや地方の富裕層や穏健保守などを基盤とする政党に以降するのではないでしょうか。

>それを防ぐには、中間層を多くするようにするしかない。

 残念ながら、自民党には中間層を崩壊させるような政策が多いですね。英国の保守党は中間層を育成し、労働者の階級意識を払拭させることで政権を奪取したのですが、自民党にはその意思を感じることができません。

>旧来の、先人への非難、罵倒まで含む反省では

 hodashi氏のお話は最終的にここに行き着きますね。
私も歴史は先人を罵倒するものではないと思います。昭和50年代頃までは、戦争指導者に対する憎悪に満ちた言説が多く散見されましたが、その頃はまだ戦時が歴史ではなく昨日の事として生きていて、歴史的に冷静な言動ができなかったのでしょう。直接戦争体験をした方々が様々な意見を持つことに対しては、戦争を知らない世代がどうこう言うべきものではないと思っております。
 ただ戦争を知らない世代は、冷静に歴史として学ぶ必要があると思います。

hodasihodasi 2007/01/21 13:57 >>直接戦争体験をした方々が様々な意見を持つことに対しては、戦争を知らない世代がどうこう言うべきものではないと思っております。

ここに、ついては、
戦争を経験した世代の、否定史観と、肯定史観(あるいは、弱い否定史観)を比較するぐらいの自由はあってもいいと思います。


今後の自民党は、
今の選挙制度のままでは、現状の多用な思想が入り混じった、いい意味でも悪い意味でもリベラル、という路線をしばらく維持するように思えます。
短いスパンで、ネオリベに傾いたりもするでしょうが。
小泉政治のような、手法をとっても、
そういう手法を連続しなければ、政党色を強く出す事はないのではないでしょうか。

kechackkechack 2007/01/22 23:35  私は戦争体験世代が戦争を肯定的に話すことには、まあ止むを得ないのかなという感じはしますが。人によって戦争体験は様々ですから、必要以上に否定するとアイデンティティを維持できなくなる人もいるでしょう。他人に自分の価値観を強要しなければ、そのままの考えで生涯をまっとうしてもらってもいいと思います。
 ただですね。戦争を知らない世代の肯定史観には違和感を覚えます。

hodasihodasi 2007/02/01 00:51 私は、戦争はできればしない方がいい、ただ防衛力は必要だという、おそらく貴公と同じ考えです。
要するに、
戦争を経験した世代の、否定史観と、肯定史観(あるいは、弱い否定史観)を比較するぐらいの自由はあってもいいと思います。
という事です。
結果としては、日本がアメリカの策略に、負けてしまった。力不足だったおいうことは確かですが、その中でも忘れてはいけないものを見つめればいいんじゃないかということですね。

kechackkechack 2007/02/02 17:45  自己主張する人は、自分の意見を理解して欲しい、賛同して欲しいという気持ちが前提で主張するでしょうから、戦争体験世代の肯定史観(あるいは、弱い否定史観)を聞いてシンパシーを覚える戦後世代の人は当然いるでしょう。それはそれで止むを得ない。
 問題は戦争体験世代なら当然体験している戦争の悲惨な側面をスルーして、英雄論的な美談に終始するような態度です。

 先の大戦で、私もアメリカの戦略は実に巧妙でかなりズルいと思っています。日本のパールハーバーよりワンランク上だと思います。最後は日本を追い込んだのも事実でしょう。
 かといって相手がずるいからといって戦争が正当化される訳ではありません。あくまでも悲惨な人殺し合戦ですから、きれい事より自国民を守るのが最優先です。極端な場合は、あきらかに自国が正義で相手に非がある場合でも、降伏することが最も被害が少ない場合には選択肢に入れなければなりません。
 民主主義というのは相当痛い目に遭うまではきれい事に傾斜するきらいがありますから、世論の徹底的反対に遭おうが軍部に刺されようがベターな判断を政治ができる状況を我々は維持しなければならないと思います。