Hatena::ブログ(Diary)

Munchener Brucke このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-10-28 大きな政府」VS「小さな政府」という構図では理解できない最近の政治

「大きな政府」VS「小さな政府」という構図では理解できない最近の政治潮流

| 「大きな政府」VS「小さな政府」という構図では理解できない最近の政治潮流を含むブックマーク 「大きな政府」VS「小さな政府」という構図では理解できない最近の政治潮流のブックマークコメント

 最近の政治の潮流は「大きな政府」VS「小さな政府」という構図では理解不能である。最近自民党内で主流となりつつある増税路線とそれに対立する流れから、最近の潮流を紐解きたい。

 55年体制というのは、保守も革新も「大きな政府」で、それぞれが公共事業に使うことを優先する派と社会保障に使うことを優先する派で対峙していただけであった。80年代後半から新自由主義という思想が入り込み、税金も少なくして予算も減らすという「小さな政府」という考え方が入ってきた。それ以降は専ら「大きな政府」VS「小さな政府」という対立構造で語られるようになり、朝日新聞等の左派メディアも含むマスコミを通じて「小さな政府」が是であるという洗脳合戦が繰り広げられた。

 ただ新自由主義というものが非常に歪んだ形で、表面的に支持されるような虚像が続き、これが結果的に新自由主義の失敗に繋がったと思う。  

 まず自民党のスポンサーである財界だが、オールドエコノミーとニューエコノミーが混在する形で公共事業を捨てきれるまま新自由主義を支持する悪行を働き、公共事業にメスを入れぬまま社会保障や教育等の予算の切り込みが先行した。財界が公共事業の削減までアグリーを出すようになったのは、新自由主義体制が終ろうとしていた小泉政権後半になってやっとである。

 また一般国民は新自由主義の理念を理解せぬまま、単に「小さな政府」といったスローガンに惹かれていった。小手先の行政改革や僅かばかりの公共事業見直しを過剰評価する一方、本来の新自由守護の理念を具現した社会保障の削減というものは、あまり知らされずに無批判であった。中には生活保護の不正受給とか、「ニート」という言葉を「働かない・努力しない若者」といったレッテル貼りに使用し、弱者バッシングを展開し、アンチ社会保障的な世論形成を行った悪意のある報道さえあり、それに扇動された一般国民も少なくない。

 新自由主義の魔力が解け、自民・民主の二大政党がネオリベ合戦を繰り広げる状況は終焉。民主党は公共事業など無駄遣いを削って社会保障を充実させるという「予算の使い道変更」路線に転じた。元々は自民党より新自由主義信奉者が多かった政党なので、今でも新自由主義を信奉している議員も恐らくいるであろうが、小沢代表の下で沈黙を保っている。とりあえず「税金の無駄遣いを減らす」という利害を共有しているのであろう。

 自民党は新自由主義堅持派*1が守勢に回り、なぜか増税派が急激に勢いを伸ばしている。増税派の中には税収が増えた分で削減された分で法人税や相続税の引き下げ、最高税率の更なる引き下げをしようという「企業利益優先派」&「フラット税制派」&「アンチ弱者派」と、公共事業を復活させて地域間格差を是正しようという「公共事業待望派」、増税しても支出削減の手を緩めず、早期の財政再建を果たそうという「財政再建優先派」がおり、目的は大きく異なるが「増税」という入口部分で利害が一致しているので共闘しているように見えるだけである。

 それに対し、小泉−安倍時代新自由主義的な政策を主導してきた勢力が、福田内閣移行少数派となってしまい増税に反対しているが旗色が悪い。

 まとめると、自民党には4つの路線、民主党に表向き1つの路線があり、一般国民は「コンクリートから人へ派」が多く地方で「公共事業待望派」も存在する。「上げ潮派」がもう少し支持されてもよさそうだが、「企業利益優先派」と区別が付きにくいので支持が広がらない。そして財界や日経新聞を読むような都市部のエリート層等では「企業利益優先派」「上げ潮派」と「財政再建優先派」が混在し、一部オールドエコノミーが「公共事業待望派」の立場を堅持している。

 本当は増税して社会福祉を充実させようという元来の「大きな政府」「福祉国家建設派」も存在していいのだが、社民党や共産党も増税反対でこの立場は取らない。岡田代表時代の民主党が、消費税UP&年金財源という方針であったので、ここにカテゴライズされるかも知れない。公明党は増税に慎重な立場だが、もし与党内で増税を容認することになると公明党は条件として社会保障予算の拡充を迫るであろう。そうなると公明党がこの立場を取る可能性がある。

 増税歳出
削減
景気
回復
弱者
配慮
備考
企業利益優先派*2×財界、エコノミストの一部、もしかしたら自民党の一部
上げ潮派×*3×*4エコノミストの一部、自民党小泉支持派
財政再建優先派×*5×官僚、自民党の主流派
公共事業待望派×*6地方経済界、国民新党、自民党の地方選出議員の一部
コンクリ→人派×*7最近の民主党
福祉国家×この立場を取る勢力はあまりない、もしかしたら公明党?

*1:最近では上げ潮派

*2:減税による企業利益がどこに向かうのか?労働者への還元を嫌うため、消費減退による景気後退リスクあり

*3:景気回復至上主義だが、常に好況を維持できる保証はない

*4:配慮しなくても、景気がよくばれば弱者にも恩恵というロジックだが、好況の恩恵が一部富裕層に集中する最近の傾向に対してどう向き合うのか?

*5:景気後退リスクが高い

*6:公共事業で本当に景気が回復するのか疑問視されているが、地域間格差是正の切り札として依然ニーズが高い。

*7:歳出削減のやり方によっては景気後退リスク

maangiemaangie 2007/10/29 21:51 モヒカン的指摘ですいません。
「造成」って語が唐突なので、誤植ではないかと思います。

リベラリストリベラリスト 2007/11/01 00:17 この分類が正鵠を得たものかどうかは判りませんが、とても判り易いのでド素人にはありがいです。

それにしても、これを拝見しているとどうも自分の居場所がよく判りません。私は貧乏小市民ですが、なかなかお上の弱者配慮の網にはかかりません。税金の定額控除枠拡大とか社会保険料の定率引下げとか、広めの弱者配慮ならよいのですが、本格的な弱者配慮からは大概少しはずれてしまうあたりなのですよね。

つまり、本格的な福祉、公共事業の増大、歳出削減にはあまり関係ないが、消費税増税のような大衆課税には直撃をくらい、景気回復の恩恵はよくて最後に受ける(kechackさんのお考えだと、永遠におこぼれにあずかれないとか・・・・)というのが私の立場なのですが、そうすると必然的に増税ナシ、弱者配慮と歳出削減は多分直接は無関係で、景気回復を期待するということになり、上げ潮派しか選択の余地がないことになります。

小泉さんは、キャラが日本人離れして面白かったので、彼を心情的に応援していたのですが、貧乏人として自民党を支持したことは過去一度もないのですがね・・・・・。

ちなみにここでいう弱者配慮は、大体年収幾らぐらいまでの人が想定されているのでしょうか。ここに入れるのであれば、コンクリ→人派(具体的にはどういう主張なのか判りかねるのですが・・・)の民主党も許容範囲に入ってくるので、選択の余地が広がります。

kechackkechack 2007/11/02 19:18
リベラリストさん>



>それにしても、これを拝見しているとどうも自分の居場所がよく判りません。私は貧乏小市民ですが、なかなかお上の弱者配慮の網にはかかりません。税金の定額控除枠拡大とか社会保険料の定率引下げとか、広めの弱者配慮ならよいのですが、本格的な弱者配慮からは大概少しはずれてしまうあたりなのですよね。

 自分がお金を貰えるか否かで弱者配慮の政治への賛否を決めるのは良くないと思います。
 それ程豊かでなくても「自分は行政の世話なんかにならなくても生活できる」という気概があった方がいい。ただだからといって弱者救済的な政策に反対する立場を取る必要もないと思います。
 むしろ成功者が弱者救済の必要性を認識し、逆に弱者は最後まで自立の可能性を求めている社会が一番いい社会だと思います。

>必然的に増税ナシ、弱者配慮と歳出削減は多分直接は無関係で、景気回復を期待するということになり、上げ潮派しか選択の余地がないことになります。

私も「上げ潮派」は悪くないと思ってます。ただ景気回復を絶対化できる政策というのがない。かつて景気循環サイクルを経ち、永続的好況が可能だという「ニューエコノミー論」が盛んに論じられましたが、どうも絶対ではないようで…

>小泉さんは、キャラが日本人離れして面白かったので、彼を心情的に応援していたのですが、貧乏人として自民党を支持したことは過去一度もないのですがね・・・・・。

私の場合、自民党の中に政策の幅があり過ぎて、その中に絶対許せない主義主張が介在していることが多く、支持する気になれなくなるのが常です。議員個人を支持する場合はありますが…。

>ちなみにここでいう弱者配慮は、大体年収幾らぐらいまでの人が想定されているのでしょうか。

一概に言えませんね。扶養してくれる人がいれば行政による支援より家庭内扶助のようなものに委ねた方がいいかも知れませんし、逆に扶養しねければならない立場の人には、ある程度の収入があっても配慮が必要でしょう。

>ここに入れるのであれば…

 自分が行政の保護の対象になるか否かは、別問題で考えて欲しいのですが…
 
>コンクリ→人派(具体的にはどういう主張なのか判りかねるのですが・・・)の民主党も許容範囲に入ってくるので、選択の余地が広がります。

コンクリ→人派と上げ潮派の差は実はそれ程大きくないんですよね。むしろ上げ潮派と公共事業重視派との断絶の方が遥かに大きい。
マスコミも自民党VS民主党という切り口で報道するので、変な対決構造を煽るけど、実は自民党内での意見差の方が遥かに大きい。
 違いは「上げ潮派」が歳出削減に関してできるだけ聖域を作らないのに対し、コンクリ→人派は公共事業や行政コストにメスを入れるが社会保障費にはメスを入れないというのが違いでしょうか?

sunafukin99sunafukin99 2007/11/04 17:20 いろいろとねじれ現象が介在しややこしいのですが、上げ潮派の中にも単なるサプライサイドバカ(構造改革原理主義)と少数ながらマクロ金融政策重視(リフレ派)の一派がいて、後者も小泉型改革路線に表立っては異議を唱えていない状況ですが、かなりニュアンスは異なるようです。一方の財政再建派には日銀の金融引き締め路線支持を明確にする与謝野氏のような人がいて、これまでの経済成長はもう期待できないと諦め基調なのが特徴です。私はその考えには反対で、そこまで言うならまだ上げ潮派(サプライサイドバカまでひっくるめるのはきついですが・・)の方がマシかと感じるぐらいです。最近の民主党にしても景気や経済成長へのスタンスではどうもはっきりしない面があって、むしろ財政再建派に近い部分もあるようなので気がかりなんですよね。

自民党では依然財政ケインジアン(公共事業派)vsサプライサイダー(構造改革派)という図式で見られているようですが、実はこの図式は先進国では時代遅れなんじゃないかと思われ、アメリカなどではかなり以前より金融政策をマクロ経済政策の中心に据えて政策が実施されています。財政政策はその維持可能性という点では問題が大きいからです。かといってサプライサイダー的な改革原理主義がマクロな観点に欠けることも事実で、わが国では彼らの金融マクロへの理解の少なさが災いしたのが尾を引いていると考えます。

私はもともと財政ケインジアン支持者からの(インフレ目標重視派への)転向組なので、心情的にはサプライサイドバカより公共事業派に近い面があるのですが・・・。整理すると、上げ潮派の中にも需要側重視か供給側重視かで対立があり、前者は公共事業派と部分共闘も可能とも思えます。あと、基本的には経済成長は出来るか出来ないかではなく先進国政府の義務とさえ言っていいので、これをはじめから否定する思想には同意できないんですよね。これを低く見積もってしまうと、弱者配慮も画餅になってしまうからです。

kechackkechack 2007/11/05 18:40

sunafukin99 さん>

>上げ潮派の中にも単なるサプライサイドバカ(構造改革原理主義)と少数ながらマクロ金融政策重視(リフレ派)の一派がいて、後者も小泉型改革路線に表立っては異議を唱えていない状況ですが、かなりニュアンスは異なるようです。

本当はリフレ派を独立させようとも思ったのですが…
私自身、今の日本におけるリフレ派のコアな政策が見えないので、見送りました。
具体的には田中秀征がこの部類に入るのでしょうが、森永卓郎なども入るのでしょうか?

>一方の財政再建派には日銀の金融引き締め路線支持を明確にする与謝野氏のような人がいて、これまでの経済成長はもう期待できないと諦め基調なのが特徴です。

いわゆる低成長神話ですね。

>最近の民主党にしても景気や経済成長へのスタンスではどうもはっきりしない面があって、むしろ財政再建派に近い部分もあるようなので気がかりなんですよね。

一部でリフレ派に近い主張をする人もいますが、現在主流の「コンクリートから人へ」的な使い道論は昔の社会党に近いような。それに元々はネオリベ信者も多い党ですから、表面的に一致しているようでかなり幅があるようですね。

>自民党では依然財政ケインジアン(公共事業派)vsサプライサイダー(構造改革派)という図式で見られているようですが、実はこの図式は先進国では時代遅れなんじゃないかと思われ、

 と言いながら、現実的にはどちらとも言えない財政再建至上主義が主導権を握るのはどうしてなのでしょう?
 尤も小泉時代等は構造改革派と財政再建派が増税議論」を封印することで共闘してきたので、財政再建至上主義者が構造改革派の仮面を被って潜伏していただけなのでしょうが…。
 昨今の増税議論でようやく両者が異床同夢であることが明らかになったのでしょうが…

>上げ潮派の中にも需要側重視か供給側重視かで対立があり、前者は公共事業派と部分共闘も可能とも思えます。

そうですね。現実的には「上げ潮派」で括らない方がいいでしょうかね。

>基本的には経済成長は出来るか出来ないかではなく先進国政府の義務とさえ言っていいので、これをはじめから否定する思想には同意できないんですよね。これを低く見積もってしまうと、弱者配慮も画餅になってしまうからです。

昔に比べて、政府に期待する政策としての「景気」の優先度が低下しているのが気がかりですね。
現在を好況と見ているのでしょうか?

リベラリストリベラリスト 2007/11/06 00:04 kechackさん>

まぁ、いつもは天下国家を論じていても、いざ選択の場においては個人の損得勘定で決めるってところが小市民の小市民たるところなんですがね・・・・

私も、
>成功者が弱者救済の必要性を認識し、逆に弱者は最後まで自立の可能性を求めている社会が一番いい社会だと思います。
というお考えには全く同感です。単純なバラマキは弱者をスポイルだけでなく、自尊心をも破壊しますから。ただ、その上で弱者配慮を受けることは、恩恵ではなくて、権利だと思いたいですね。制度上の欠陥であるとか、物理的なハンデによって否応なく弱者の立場に立たされた人に対して何がしかの配慮をすることは社会の要請であると同時に受ける側にとっての権利でもあると考えたいと思います。

あとは、私が、配慮を受けるべき弱者かどうかなのでしょうが、ここが微妙なところですね。絶対的な所得レベルからすると、何らかの配慮があってもおかしくない気もするのですが、私が含まれる階層はボリュームが大きいので、ここまで弱者に含めると弱者層が比率的に大きくなりすぎるような感じもします。生活苦でにっちもさっちも行かないというほどには限界点に達していませんし、物理的ハンデがあるわけでもなし、制度的欠陥というより単なる能力不足によって敗者のポジションにあるようなものなのですが、ただ能力の差以上に格差が広がっている、というのが実感でしょうか。

sunafukin99さん>

私も基本的にはケインジアン的有効需要の創出政策を支持しているのですが、一方ケインジアン的政策、特に財政出動というのは麻薬と同じだ、というのが実感でもあります。確かに効き目は、あるのですが、強度の依存性があり、一旦手を染めるとやめられないし、やめるとひどい禁断症状におそわれる。また、連続して使用していると効き目が落ちてくるので、量を増やさざるを得ない、と言った辺り、まさに麻薬と同じだと言う気がします。

ですので、需要側重視ばかりを続けるというのには問題があると思いますし、それなりに構造改革的政策を採ることにも一定の賛成票を投じたいと思います。特にマクロ的には需要側重視が正しくともミクロレベルでは構造改革政策が必要、というケースは多々あるように思います。

ただ、リフレ派か公共事業派といわれると、この点はまだ迷いがありますね。公共事業の有効性にはおおいに疑問をもっているのですが、だからと言って金融政策にそれだけの影響力があるのか今ひとつ信じられないところがあります。現代の企業や家計の行動に対する金融の影響力の大きさを考慮したとしても・・・・・。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kechack/20071028/p1