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2009-01-09 政治に関心の薄い層に残る自己責任狂

政治に関心の薄い層に残る自己責任狂

| 政治に関心の薄い層に残る自己責任狂を含むブックマーク 政治に関心の薄い層に残る自己責任狂のブックマークコメント

 今回の派遣村バッシングの特徴は、普段政治的な話題を取り上げない普通のブロガーやMixiで普段他愛のない日記を書いている人が、かなり辛辣に弱者に厳しいことを書いていることです。その意味で、ネット右翼や媚権派が騒ぐような事件とは少し様相が違うと感じました。

 そして比較的政治的な関心が薄い人の間で、政治ブロガーの間では支持を失いつつある「自己責任狂」が根強く信奉されているという事実を知らしめられました。

 ただこれは政治的関心の薄い人たちの間で、一昔前の価値観が残っているという訳でもない気がします。政治的関心の薄い人は、日本社会がどうあるべきで、そのために政治はどうすべきかとい発想をしません。現実社会で起きていることは運命と達観し、その中で自分は何をすべきかという発想をします。

 政治への関心が薄く、現実社会を不可避なものと達観している人は、本人は政治性を否定するでしょうが、受動的な保守主義者と言えるでしょう。むしろ社会を右傾化させようとしている人は愛国的革新主義者であって、受動的な保守主義者こそ本来の保守主義者かも知れません。

 彼らは社会はこうあるべき、政治はこうあるべきと主張する人を毛嫌いする傾向にあります。政府に恭順するのが是という意味で、骨の髄から保守なのです。

 ところが失業問題はほとんど政府や企業の責任の問題です。個人ができることはより質の高い労働者になるために努力することくらいで限度があります。仮に失業者が努力してもそれに見合った付加価値の高い労働需要が創出されなければ、個人の努力は無駄骨になってしまいます。そしてこれまで企業に職業教育を依存してきた日本には、失業者の職業教育に対する制度が未整備です。これですら国の責任の範疇が大きいのです。

 このように、自己責任ばかり強調して、政府や企業の責任を主張することを嫌悪する態度を取るというのは、失業問題解決には無意味なことです。ただそのことを、政治への関心が低く、現実社会で起きていることを運命と達観してしまう受動的保守主義者に理解させるのは相当根気のいることのように思えます。

AXAX 2009/01/10 05:48 >失業問題はほとんど政府や企業の責任の問題です。
その通り。
だが、「ほとんど」に入ってない部分までも政治や企業の責任にするから
無用な反発も生まれる。誰のせいでそうなってるか、人によって分けるべき。
「自己責任」や「政治・企業責任」と丸ごと括る必要はない。

いるかいるか 2009/01/10 09:14 「保守主義者」にとって重要なのは第6段落なんですね。
>個人ができることはより質の高い労働者になるために努力することくらいで限度があります。
自己責任教というよりは努力教のほうが自分にはしっくりきます。
果たして派遣村に集まった人は努力しているか。
保守主義者は努力の量で判断しているのではないのでしょうか。
派遣村に集まった人と、官僚・政治家・経営者などでは、どちらが努力しているか。
また、派遣村に集まった人と、派遣村に集まらずに自分でなんとかしようとしている失業者、どちらが努力しているか。
人はより努力しているほうを応援したくなるのだと思います。

KAKERUKAKERU 2009/01/10 21:30 派遣というのを望んでその職業になった人はいるはずで、そういった人には責任ということもあるのではないかと思っているんですよね。

まあ、個人的におかしいと思うのは、派遣村で「憲法9条の改正反対」という文字があったり、派遣村に集まっている人で、判子を持っていないという人がいるということなんですけどね。

furukatsufurukatsu 2009/01/10 21:31 >>AX氏、いるか氏
努力ですら才能のうちです。努力の習慣であったり、効率的努力(たとえば文学の研究に努力してもまず仕事には繋がりません)のスキルであったり、それらは幸運にも教えてもらえるなどして身につけたものです。
また、彼らが努力しているか否かなど、一人一人を徹底的に調査しないかぎり分かりません。それを一概に結果から類推(しかも社会学的な識見など無視の上)して決めつけて、努力をしていないと看做す姿勢こそ問われてくるでしょう。
また、彼らを批判したところで何の得になるでしょう。彼らは景気が良ければ失業をしなかったでしょうし、そもそも生産性が低い労働者は一定程度存在し、それを減らすのは根性論などより職業教育の制度的枠組みの改善という手段しかありません。
そのような意味では失業者を努力していないなどと批判するのは自己満足であり自らの識見の低さを述べているようなものであると判断せざるをえません。

furukatsufurukatsu 2009/01/10 21:36 >>id:KAKERU
派遣社員に望んでなったのであれば、クビを切られたことは自己責任であり、救済の措置は必要ないということでしょうか? 派遣社員が拡大したのは政治的、経営的な理由もあるのであって、個人の選択というのに全てを帰すことは出来ないでしょうし、そもそも派遣を自ら選んだのであれば野垂れ死にはやむをえないとは言えないでしょう。憲法25条は空文でしょうか?

また、派遣村で「憲法9条の改正反対」という主張をする人間が存在することはやむを得ないでしょう。それとも、何かしら関係ないい主張をする者は排除すべきでしょうか? 例えば企業ロゴの入った上着を着た人はその企業の宣伝をしていることになるでしょうし、そもそも服装などは自らの政治的思想的背景をあらわすことになるものです。竹島は日本の領土と主張する上着を着ていたとしてそれが大きく問題になるでしょうか?
また、印鑑を持っていない人間は救う必要が無いのでしょうか?

MERCYMERCY 2009/01/11 05:25 派遣村自体に関しては特に何とも思わないけど
派遣村に来るほど困ってる人が何故全員生活保護を申請しないんだろう?
生活保護の申請に関して問題があるって話も聞くが、それに関しては支援団体が弁護士付けるなりして「生活保護」を得る手助けをすればいいじゃないか
なんで、年が明けて以降も生活の世話をするだけで、これからの手助けをしないんだろう?

これを逆から見ると何かそれが出来ない理由があるんじゃないかと勘ぐりたくなる

poppo-xpoppo-x 2009/01/11 10:50 ↑典型的な、調べもせずに「思い込み」で発言しているid:MERCY という低脳を発見。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2009011002000073.html
・再起『次は職』『派遣村』申請全員に生活保護(東京新聞)

たとえ全員でないにしても、申請したい人間は、文字通り「支援団体が弁護士」つけてやることはやっている。

疑問を持ったら自分で調べるという初歩的なこともしないで勝手な放言をしている輩が、派遣村についてはどうこう言っている典型例。

一 2009/01/11 10:59 自己責任狂=努力狂=奴隷根性
こういう人は誰が支配者になってもオトナシク税金を払って従う。特亜が支配者になったら特亜に盲従か。

MERCYMERCY 2009/01/11 11:47 >>id:poppo-x
ちなみに申請者全員に保護が出たのは知ってる
けど272/500って書いてあるが申請して無い人がいるわけでしょ?それは何故?
ボランティアに保護されるのと国に保護されるのとどう違うんだ?

既に申請者全員に生活保護が出たなら生活保護が出た人の部屋探しの手伝い程度で解散すれば良いんじゃないの?
生活保護の申請をしなかった人ってのは、要するに保護を求めてない人な訳で、そんな人ボランティアが支援する必要有るの?

と言うことを言ってるわけ

さとうさとう 2009/01/11 12:39 失業していない私は生活保護の申請方法を知らない、これも無知
窓口でなかなか生活保護の申請を受け付けない『水際作戦』があるのを知らない、これも無知
年末年始、ハローワークが閉まっているから「派遣村」が企画されたことを知らない、これも無知
生活保護の住宅扶助にアパートを借りる際の敷金・礼金も支給されることを知らない、これも無知
無知とは怖いですね

anhedoniaanhedonia 2009/01/11 17:44 生活保護を申請しない=直ぐに働きたい。という「働く意欲」の表現でもあるんだが・・・

ほんと、無知とは怖いですね

さとうさとう 2009/01/11 19:07 無知は怖いけど、恥じる事ではないですよね
知ればいいわけですから

tttt 2009/01/11 21:27 政治に関心の薄い層については、単に「人に同情してる余裕なんかない」という空気になっているのではとも思っております。椅子取りゲーム的状況が続いて人心荒廃していることですし。

人の弱みを見たらとりあえず攻撃しとくという雰囲気の元では、左派が、弱者の窮状をうったえて同情を求めるという昔ながらの手法は逆効果のようで、むしろ集団で敵を吊し上げるなど、強さと怖さをアピールする方が支持が集まったり…?

MERCYMERCY 2009/01/11 22:06 生活保護を受けたからって働いちゃいけないなんて事はないどころか
保護基準を下回る給与の場合、働きながら生活保護を受けることも出来る
支援団体はそう言う事を教えてそれに対して支援しないのは何故だろう?
すぐに働きたくって、それが出来ると思ってて、それが出来てるんなら、もう働いてるんじゃない?

要は、支援団体に世話になるのは良いけど、国に世話になるのは嫌だって人は認めたくない
支援団体にしても生活の世話をするより公的扶助を受けやすくするために活動する団体を悪いとは思わないが
資金の背景もなく生活の世話のほうをしたがる団体ってどんな意図があるのだろうかと勘ぐってしまう

毛 2009/01/12 01:12 MERCY氏とは全く逆の考えが広がりすぎてることが1つの原因だと思います。この記事でも触れられてる自己責任派の人達からは、派遣村に来た人達が生活保護を受けようとすることについて否定的(「働く気がない証拠だ!」みたいに)ですし。
それは何も自己責任派の人だけで完結するわけではなく、派遣村に来る人達自身が「全て自分の責任だ」という罪悪感を背負う形でも返ってきます。そうなると、自分の命に関わる問題なのに(プライドが原因ではなく)罪悪感をおぼえて生活保護を申請できない人もいるでしょう。2000年代に広がりすぎた「自己責任」は想像以上にいろんな人達に影を落としていると思います。
逆にMERCY氏のように「胸を張って生活保護を申請すればいいじゃないか!」という声が大きければ、もっと変わったのかもしれません。

KAKERUKAKERU 2009/01/12 09:10 印鑑って、履歴書には絶対に必要ですし、お金の受け渡しにも必要だと思うんですけども
それに、そういったものは、消耗品じゃないですし、一度買ったら、ずっと使えるものです。それに、誰かのを借りるとか、そういったことはできないわけです。
そうであるから、所持していないというのは、変な感じがするわけです。

さとうさとう 2009/01/12 11:12 派遣村のテレビ映像は左翼・労組の団体のデモにみえますって
当たり前ですよ、スポンサーなんだもん
人・金・物を出すわけですから
コマーシャルを流してくれってなもんですよ
もやいだって、湯浅さんがメディアに露出してるからって
大きな組織でもないし
全国展開もしてないし
小さな規模ですよ

さとうさとう 2009/01/12 13:59 ネトウヨ達の主張する
失業した派遣者を支援する
支援団体が怪しいというのは
違和感としては当たり前の話でもあるわけです

そもそも、失業した派遣者を支援するための支援団体なんて
今まで皆無であったわけで
もやいがそういう対象に対して活動を始めたのが最初でしょう
手探りだろうし、関係ない人が出てきて関係ない事をするなんて
当然の事でしょう
手法も固まってないだろうし
どうなれば良いかなんてことも
これからの結果でわかる事であって

それよりも原因の小泉改革の検証が先でしょう

さとうさとう 2009/01/12 14:19 MERCYさんのように「堂々と生活保護を申請すればいいじゃないか!」というのは
自分の感覚では、ちょっと理解できない
人間をよく知らないのでは
普通、生活保護を受けるのは恥ずかしいという意識があるのではないでしょうか
堂々と主張するには、かなりの開き直りとエネルギーが必要だと思います
窓口で水際作戦をされて、引き下がる方も多いでしょうね
向こうから近づいてきて
話を聞いてくれる支援団体の人には話せるんでしょうが

MERCYMERCY 2009/01/12 16:06 そういう風に思う人が居るのは理解できるし抵抗感があるのも理解できるけど、そこまでの我が儘を支援がないと生きていけない人に認めるのは納得できない
支援団体の人に言えて、役所には言えない理由で保護して欲しいって思うなら、それはもう支援団体がしたければすればいいけど、そんなのに私は認める気も援助する気も無いしそれに税金が使われる事や宣伝のためにそう言う組織に援助する団体には嫌悪感を覚える
一生抱え込めるんじゃない限り、軽々しく人を保護したりはするべきじゃないと思うから、野垂れ死にさせればいいとは思わないが、支援団体としてやるべき事は、緊急時の一週間程度の保護と公的な扶助の受け方指導とその支援だと思う、それを自由意志で拒むなら拒む人はもう救い様はない、あくまで健康な人の場合は

Gl17Gl17 2009/01/12 18:11 まあ、ついこないだまでは生活保護申請に対する窓口撃退というのが問題化していたわけです。
家があるなら売ってから来い、家族があるならそっちに援助してもらえと、ともかく受付ないで追い返す。
小泉政権以来ずっと、福祉費用圧縮を唱えてそういう実態があり、申請を諦めて闇金融に頼る、或いは餓死するといったニュースもあったわけで。
そのへんの経緯を常識程度に踏まえていたら、安易に「生活保護があるだろ」と上から目線で言い放つのはためらわれるでしょう。

Gl17Gl17 2009/01/12 18:19 そういや、生活保護申請に行ったら「あっちは景気が良いからなんとかなるだろ」と、豊田市への切符を渡されたなんていうニュースはかなり新しい話ですよね。今や派遣切りの震源みたいになっちまった地域だというのに。

kechackkechack 2009/01/13 10:41 >AXさん

 失業問題で個人が解決しなければいけない問題は若干あります。

その部分まで「政府や企業の責任」だと言っている人。つまり失業問題はすべて政
府や企業の問題で、個人には一切の責任がないと言っている人はいるのですか? 
調べもしないで、なんとなく派遣村の人はそういう連中に違いないというレッテル
貼りでモノを語ってはいませんか?

 ありもしない極論で議論しても無意味です。

kechackkechack 2009/01/13 10:53 >いるかさん

>果たして派遣村に集まった人は努力しているか。
>保守主義者は努力の量で判断しているのではないのでしょうか。
>派遣村に集まった人と、官僚・政治家・経営者などでは、どちらが努力している
か。

 一つ言えるのは、失業者は半分の人が努力してくればそれである程度成果があり
ます。つまり全員の失業者が努力しても、今の経済状況では全員にまともな仕事を
創造するのはいくら政府や企業が頑張ってもムリなのです。ある程度「努力しない
人がやっぱり低賃金労働に就いて仕方ないですね」という状況も残さないと低賃金
を前提とした産業が潰れてしまいます。彼らは個人プレイでいいのです。
 しかし、政府や企業は全力でこの問題に取り組む責務があります。彼らはチーム
力で成果を出さなければならないのですから。
 ですから、「派遣村に集まった人と、官僚・政治家・経営者などでは、どちらが
努力しているか」というい議論は感情論として存在はしますが、現実の議論として
は無意味だと思います。

>また、派遣村に集まった人と、派遣村に集まらずに自分でなんとかしようとして
いる失業者、どちらが努力しているか。

それはもっと無意味な議論だと思います。派遣村に集まった人でも努力している
人と、していない人がいるし、集まらなかった人の中でも努力している人とそうで
ない人がいるでしょう。

 貴殿は派遣村のことを調べもせずに色眼鏡でレッテル貼りすぎです。レッテル貼
りをやっちゃうと、まともな議論になりません。

kechackkechack 2009/01/13 11:07 >KAKERUさん

>派遣というのを望んでその職業になった人はいるはずで、そういった人には責任
ということもあるのではないかと思っているんですよね。

そういう人いるでしょう。というか、昔はそういう人が多かったのです。自分で
事業やっているがそれだけでは食えないとか、役者やミュージシャンを目指してい
るとか、ある程度自由な時間を確保しながら組織に縛られずに働きたいという労働
ニーズもあるので、それでよかったのです。ただ今はほとんどの会社が派遣社員を
正社員とほぼ同様の労働条件で使っています。そのようなケースでは、望んで来る
派遣社員はほとんどおらず、正社員になれなく、失業状態が長く続くよりはとりあ
えず妥協して派遣社員になっている人がほとんどです。
 望んで派遣社員をやっている人はもはや少数派と言えるでしょう。

>まあ、個人的におかしいと思うのは、派遣村で「憲法9条の改正反対」という文字
があったり

まあ左翼団体が多く支援に来ていたのは事実でしょう。好き嫌いは別にしておか
しな話でもないと思います。

・ボランティアはしょせん売名の意図がある。
・左翼団体にしてみれば、机上でマルクス云々やっても批判されるので、具体的に
失業者救済をするアピールが必要。
・右翼団体はなぜか失業者救済には消極的。

 まあ、いくらお世話になったからといって、その団体の主張になびくとは思えま
せんけどね。昔からキリスト今日団体は貧民救済活動に熱心ですが、キリスト教徒
が日本で増えていないでしょう?

kechackkechack 2009/01/13 11:13 >MERCYさん

>派遣村に来るほど困ってる人が何故全員生活保護を申請しないんだろう?

それは単なる現状に対する無理解です。

 年末年始は、ハローワークも休み、企業の採用活動もストップ、日雇いの仕事も
ありません。
普段なんとかやっていける人でもどうにもならない時期です。そのために年越し派
遣村というのを開設したのです。

>何故全員生活保護を申請しないんだろう?

生活保護は最終手段です。

>何かそれが出来ない理由があるんじゃないかと勘ぐりたくなる。

 勘ぐる前に、現状認識の方ちゃんとして下さい。

kechackkechack 2009/01/13 11:16 一さん>

>自己責任狂=努力狂=奴隷根性 こういう人は誰が支配者になってもオトナシク
税金を払って従う。特亜が支配者になったら特亜に盲従か。

 特亜は極論ですが、政府に批判する人間を嫌悪する人たちって、もしかしたら
民主党政権になったら政府を批判できるようになるのではと期待しています。それ
はそれで奴隷解放という政権交代のプラスの成果だと思います。

よこからよこから 2009/01/13 11:31 ブログ拝見しました。
例の派遣叩きの様子を見ていると、派遣たたきをしている人たちというのは、政治や社会がどのように回っているかという基本的なことに全く頭が回っていないというか、単に知らないのではないかという印象を受けます。自分自身が生きていること自体に、どのような財源や団体から、どのような恩恵を受けているか知らないというわけです。例えば健康保険を毎月払っていても、一度も医者のお世話にならない健康人や、自動車保険を払っても一度も事故に遭わない人などは、無駄に保険料を払っていると思い込んでいるようなものです。民主的国家で税金を払っている人は、その恩恵を受けている気がしないからといっても、保険と違って解約するわけには行きません(移民する以外には)。
逆に、ちょっとでも自分よりも病気がちな人に向って「保険料を無駄遣いしやがって」というようなもの。健康も求職活動と実はよく似ていて、努力すれば最善の結果を得られるというものではありません。自己責任とは、高飛車な言い方があったものです。世の中には、自分の力だけではどうにもならないことがあるということを、思い知ってほしいものです。

kechackkechack 2009/01/13 11:31 >MERCYさん

>ボランティアに保護されるのと国に保護されるのとどう違うんだ?

国(というか実際には自治体)はお金を出すだけでしょう。
具体的な生活術や就職するための戦術までは教えてくれませんね。
ちなみに“もやい”は少し甘ったれた失業者を叱ったりもします。
そんなこと公務員に期待できます?恵まれた公務員に叱られたくないでしょう?

 なぜ貴殿は国の活動に好意的で、ボランティア活動に嫌悪を示すの?
非政府組織を活用することで、行政を太らせなくて済むのだけどね?

>既に申請者全員に生活保護が出たなら生活保護が出た人の部屋探しの手伝い程度
で解散すれば良いんじゃないの?

失業者を一人援助している間に、また新たな失業者が生まれています。
あなた現状をまったく理解していないですね。もう少し現状を認識してからモノを
言ってください。

>生活保護の申請をしなかった人ってのは、要するに保護を求めてない人な訳で

生活保護を理解していませんね。失業者が全員生活保護を受けられる訳ではあり
ませんし、本来生活保護は就労すら困難な弱者のために存在します。
もう少し勉強してください。

kechackkechack 2009/01/13 11:35 さとうさん>

>無知とは怖いですね

派遣村に来ている人は、無知が故に貧困から抜け出せない人が多くて、そういう
人に最低限の知識を与えてあげるのは重要です。

困ったことに、派遣村を批判している人に無知な人が多い。平気で間違った知識で
批判している。

彼らに、人を努力不足と批判する資格はない。彼らこそ、いざと言うときに確実に
路頭に迷うでしょう。
その時、私は彼らを喜んで見捨てたいと思います。

kechackkechack 2009/01/13 11:41 >anhedoniaさん

>生活保護を申請しない=直ぐに働きたい。という「働く意欲」の表現でもあるん
だがね・・・
>ほんと、無知とは怖いですね

こういう無知な人のノイズが間違った世論を形勢して、この国はおかしくなって
行くんですね。
 やっぱし安倍ちゃんにもう少し頑張ってもらって、教育の復興をやってもらう必
要がありましたかね…

kechackkechack 2009/01/13 11:49 >tt さん

>人の弱みを見たらとりあえず攻撃しとくという雰囲気の元では、左派が、弱者の
窮状をうったえて同情を求めるという昔ながらの手法は逆効果のようで、むしろ集
団で敵を吊し上げるなど、強さと怖さをアピールする方が支持が集まったり…?

確かに、集団で敵を吊し上げ強さと怖さをアピールする方法は政治的に有用で、小
泉や橋下がこれを使って支持を集めました。
ただ吊るし上げる相手が「巨悪」であるというのが有用性の前提で、失業した元派
遣労働者を敵視して集まる支持は限定的だと思います。
それに対して一定数の反発もあるでしょうから、ちょっと難しいでしょう。

 もちろん、今回派遣村に対して支援的な態度を取った政治セクトも、別にプラス
効果はないでしょうけど。

kechackkechack 2009/01/13 12:03 >MERCYさん

>保護基準を下回る給与の場合、働きながら生活保護を受けることも出来る
>支援団体はそう言う事を教えてそれに対して支援しないのは何故だろう?

そんなこと隠す必要ないですから、当然教えているでしょう。

 自分で調べて欲しかったのですが、失業者で生活保護を受けないのは、ほとんど
の場合失業保険を需給しているケースです。若干良心的な派遣元では離職一時金を
支給しているケースもあります。

 失業保険をもらい続ける訳にはいかないので、当然求職するでしょう。その際ボ
ランティアの力を借りるのは悪いのですか?

 また失業手当では簡易宿泊所には泊まれても、敷金礼金の工面まではできないの
で、なかなか定住できない人が多い。

>要は、支援団体に世話になるのは良いけど、国に世話になるのは嫌だって人は認
めたくない

そんな人はいないと思います。そういう主張をしている人がもしいるのなら具体
例を上げてください。

>資金の背景もなく生活の世話のほうをしたがる団体ってどんな意図があるのだろ
うかと勘ぐってしまう

勘ぐる前に、事実関係を調べてから発言して下さい。

kechackkechack 2009/01/13 13:16 >毛さん

>派遣村に来る人達自身が「全て自分の責任だ」という罪悪感を背負う形でも返っ
てきます。

心理学的には被害者は自虐的になるものです。
私も、失業者の中に多く自己責任として自責の念に捕われている人がいると思いま
す。

>2000年代に広がりすぎた「自己責任」は想像以上にいろんな人達に影を落として
いると思います。

生活保護を辞退させるための心理的圧迫作戦として多用されたようですね。

kechackkechack 2009/01/13 13:23 KAKERUさん>

>印鑑って、所持していないというのは、変な感じがするわけです。

 派遣社員をやっていた人間で持っていないケースは稀でしょう。
普通派遣会社に登録する際必要ですから。

 日雇いをやっていた人は持っていない可能性がありますね。

派遣村には日雇いをやっていたホームレスも流れているようです。
基本的に年末年始は日雇いの仕事はないですからね。

 派遣村に関して、まあ直近まで派遣社員をやっていてクビを切られた人だけ下さ
いという風にすればよかったも思いませんが…

kechackkechack 2009/01/13 13:26 >さとうさん

>派遣村のテレビ映像は左翼・労組の団体のデモにみえますって当たり前ですよ、
スポンサーなんだもん

ある意味資本主義的な割り切りですね。

 私は右翼団体もこれを利用して売名行為、党勢拡大運動をすればよかったと思い
ます。
未だに労働運動を敵視して経済界の味方をするのが是だと考えている右翼があると
したら、そちらの方がKYですね。

 あと左翼団体の場合、机上でマルクスなど理論ばかり唱えていると左派内で批判
されますから、競って失業者支援を駆り立てたという事情がありますね。

kechackkechack 2009/01/13 13:34 >さとうさん

>そもそも、失業した派遣者を支援するための支援団体なんて今まで皆無であった
わけで

 連合なんかは、正社員を守るために、派遣やパート等の非正規雇用の労働条件悪
化に加担してきたと批判されていますから、むしろ罪滅ぼしの意味があったと思い
ます。

>もやいがそういう対象に対して活動を始めたのが最初でしょう

“もやい”に関しては活動を全然理解していない人が多いですね。
旧来型の衣食住供与の貧困支援と一緒くたに、弱者を甘やかす活動だと批判してい
る人が多いですね。
“もやい”が自立支援のための組織で、時には甘えた失業者に厳しいことを言いな
がら自立を促しているような事実を知らない人が多いのが残念です。

kechackkechack 2009/01/13 13:40 >MERCYさん

>支援団体がしたければすればいいけど、そんなのに私は認める気も援助する気も
無いしそれに税金が使われる事や宣伝のためにそう言う組織に援助する団体には嫌
悪感を覚える

言っていることがよくわからないのですが…
政府がなんでも生活保護や失業対策にお金をつぎ込むより、非政府組織を使ったほ
うが、税金を使わなくて済むのですよ。
それに各種団体が売名行為であろうが何であろうが、自発的に参加するインセンテ
ィブが働く方が資本主義的ではないですか。

 貴方は民間を否定して、政府がやるべきという何だかサヨクみたいですね。

kechackkechack 2009/01/13 13:45 >よこからさん

>自己責任とは、高飛車な言い方があったものです。世の中には、自分の力だけで
はどうにもならないことがあるということを、思い知ってほしいものです

 私はそういう人は、自分の限界まで努力したり、限界まで能力を発揮したこと
がないのだと思います。
だから、自分の力だけではどうにもならないことがあるということ知らないのだと
思います。
「自己責任論者」は、努力不足の裏返し。まだ限界まで努力したことがなくて努力
するバッファーが多い人が言う戯言だと思います。

kechackkechack 2009/01/13 13:50 >poppo-xさん

>疑問を持ったら自分で調べるという初歩的なこともしないで勝手な放言をしてい
る輩が、派遣村についてはどうこう言っている典型例。

id:MERCY氏に限らず、そういう人多すぎますよね。
そういう人が多数いて、誤った世論を形成すると、亡国となる危険性があります。

とろ火とろ火 2009/01/13 15:57 派遣に怠けてる奴がいるというのら、批判してる人はみんな限界まで努力していて困っても他人を頼らない人ばかりなの?
そんなことを証明しないと派遣村を批判できないわけじゃないのに。

kechackkechack 2009/01/13 20:08 >とろ火 さん

>派遣に怠けてる奴がいるというのら、批判してる人はみんな限界まで努力してい
て困っても他人を頼らない人ばかりなの?
そんなことを証明しないと派遣村を批判できないわけじゃないのに。

他人を「努力不足」と糾弾する場合は、批判する側の現状が厳しく問われるのは
当然です。
自分のことを棚にあげて、他人を批判する人の言論には、全く説得力がありません


 私が見る限り、派遣村の人を努力不足と批判する人の中に、最低限の下調べ、労
働法規、経済認識もない人が散見され、彼らこそ努力不足と言いたくなります。

Gl17Gl17 2009/01/13 22:34 >やっぱし安倍ちゃんにもう少し頑張ってもらって、教育の復興を
>やってもらう必要がありましたかね…

こ、これは皮肉ですよね?(^^;)

MERCYMERCY 2009/01/14 02:06 あはは、面白い
もういいや、クズはクズ同士勝手にやればいいと思う

buyobuyobuyobuyo 2009/01/14 06:48 >MERCYさん
そういう捨て台詞は、句読点を正しく使ったり、まともな文章が書けたりする人が言ったほうが格好がつくというものですよ。

kechackkechack 2009/01/14 12:56 >id:iroseさん

>全責任でもないがゼロ責任でもないんだよ。臨界点がどこにあるか

十分仕事がある状態。あるいは自分の適性が合わず仕事が見つからないが、適性を高めるための社会教育プログラムが用意されている状態では自己責任を指摘してもいいと思います。
 労働需要の絶対数がない。あるいは労働者の社会性を高めるための再教育プログラムが未整備の状態では、社会全体の責任がより追求されると思います。

kechackkechack 2009/01/14 12:57 >id:munyuuさん

>これはひどい, バカ 単に思想統制をしたいだけの馬鹿。民主主義を知らないアホは平気で政府に頼れと主張するから困る。

 弱者に厳しい発言をするのは構いませんが、自分の発言に責任を持てる人間のみが許されると思います。

>自分のことは自分で責任をとるという、大人の常識は失われたのかねえ。

世の中自分の力でなんでもなんとかできると思っているとしたら、相当の世間知らずだと思いますね。

kechackkechack 2009/01/14 12:59 > id:umeten さん

>>受動的保守主義者に理解させるのは相当根気のいることのように思えます 

>理解させる必要なんて無い。むしろ大声で肯定してやるべき。「自己責任」こそ美しい日本の精神なのだから。

無責任な人間が声高に自己責任を叫ぶ光景ほど醜いものはありません。

毛 2009/01/14 21:02 id:umetenさんのブログでの主張からすると、その発言は自己責任論に対する痛烈な皮肉のようですね。

munyuumunyuu 2009/01/14 22:41 >世の中自分の力でなんでもなんとかできると思っているとしたら、相当の世間知らずだと思いますね。

あなたは世の中を自分の思い通りにできないから、拗ねているのですね。
自分のことは自分で責任を取るしかないのですよ。
自分の力の範囲を知り、その範囲を出ないように活動するのですよ。それが大人の責任というものです。

フリスキーフリスキー 2009/01/15 01:33 munyuuさんへ

個人は個人の責任を負うことは言うまでもありませんが、
同時に企業には企業の責任があり、
政府には政府の責任があります。
そこをこちらのブログ主さまは論及しておられるのです。

まさか貴殿は、政府や企業の責任あるいは、
個人の権利には目をつぶって、
個人の責任にだけすべてを押し付けようなどと
考えておられるわけでもありますまい。

ちなみに、貴殿は憲法25条および28条という規定の
存在をお忘れになっていませんか?
政府の責務と労働者の権利を規定した大事な規定を。

この国の立憲体制においては、個人を言わばジャングルに野放しにして、
弱肉強食の摂理に任せるような趣旨は無いのです。

>自分のことは自分で責任を取るしかないのですよ。

ならば、憲法改定して25条と28条の撤廃をすることを
主張されてはいかがですか?

フリスキーフリスキー 2009/01/15 02:01 憲法25条2項
国は、すべての生活部面について、
社会福祉、社会保障
及び公衆衛生の向上及び増進に
努めなければならない。

憲法28条
勤労者の団結する権利及び団体交渉
その他の団体行動をする権利は、
これを保障する。

参考まで

jakkajakka 2009/01/15 02:54 セーフティネットを張ることは国民全体の利益になる、という考えが自己責任論者には欠けているのだと思います。例として日本は未だに犯罪率の低い国ですが、思想的な部分はあるとしても中流意識が長い間あったことが犯罪抑止に繋がったというのが一般に言われています。それなら生活保護や救済措置も安全を自らにもたらしているのだから役に立っているのです。(とはいえ、貧困者=犯罪者のようなレッテル貼りはあってはならないことですが。)税金を払うだけの人ともらうだけの人がいるという考え方はあまりに単純化しすぎです。

今までの日本は結局非正規社員からピンはねすることで正規社員の給料が維持された側面もあるので、大量に低賃金労働者を切ったことで、派遣村批判をする人たちの中にも被害を受ける人が出てくるでしょう。そうなればやっと自分のこととして受け止めて考え出す人も増えるでしょうから今のような弱者批判も減っていくのでしょうね。ただ、その予想が外れて経済が上向きになることが一番望みたいところですが。kechackさんの言うようにこれからどうすれば良くなるか、情報収集を続けていくことが一番重要だと私も思います。

ポールポール 2009/01/15 04:11 > 自分の力の範囲を知り、その範囲を出ないように活動する

これを突き詰めると最終的にはロビンソン・クルーソーになることを余儀なくされる気がします(笑)。

iroseirose 2009/01/15 04:37 idコールされたのでコメントするけど時間が無いので大雑把にいきますが乱文失敬。
「社会」と抽象クラスで言わないで、「国」だか「自治体」「民間会社」「学校」「ボランティア」「オレ」「アンタ」、とにかく具体的にしてください。この文章では「社会が悪いのはそのとおりだが私は悪くない」と全員が思ってオシマイ。実際kechackさんは「自分が教育プログラムを用意し、教える」ケースを想定してないでしょ?
用意「される」って、「する」のは誰?そのコストはどこから?ペイする?
責任を追及というのは何をすること?金?制裁?誰が誰にどう?
社会が責任をとるって?仕事を増やすにも、既存作業の切り分け・ブレイクダウンには限度があるよ?(私の仕事を切り分けるならパワポ使える人までだ)。国がやるなら道路作るとかコルホーズとかだけど、そういうのでいいの?
# 個人的にはコルホーズ賛成だけどさ(笑)

とにかく。
全体的に抽象的すぎて切り口がわかんないのと、
kechackさんが「社会」と言ったとき、その中にkechackさんはいない、または何もしなくていい側にいる気がする。

iroseirose 2009/01/15 04:52 追伸。kechackさんの定義で、こういうのは「社会教育プログラムが用意されている」と言えるか言えないか、考えておいてください。
ホームヘルパー2級
http://www.sikatoru.com/guide/helper2.htm
> 国が定めたホームヘルパー養成研修132時間(講義60時間、実技42時間、実習30時間)を修了すれば取得可能な資格で、試験はありません。

WallersteinWallerstein 2009/01/15 08:48 kechackさん
この前は失礼しました。
kechackさんの言っていることをきちんと読み込もうともしないで、自分の勝手な御託を並べている人々って、根本的に人間とコミュニケーションを取ろうという気持ちがないんでしょうね。こういう人が自己責任教(狂)に染まる傾向がある気がします。そしてその職業もある程度一定の傾向がある。人と向き合って対話していく必要がない職業だろうな、と思います。あるいは学生・ニートか。ネット上でしか人と関わらない。現実の人との関わりは希薄。こういう人々は自分もいつ切られるか、というリアリティーがない。だから安直に自己責任教に染まる。もしくは自分も切られる境遇に陥るかも、という潜在的な恐怖心からあえて強い態度に出ている人もいるでしょう。ともあれ、リアルな人間関係が気迫で、ネットが全て、という人物像は強く見えます。
自分でネガブクマを付けておいて、kechackさんから論破されると逆ギレして訳の分からないコメントを載せている人々をみるとある意味気の毒な気もしますね(笑)。

mujinmujin 2009/01/15 11:15 「国は具体的です。社会は抽象的です。」

斬新な見解だなぁ。すごい。国の実体って何なんだろう。国体?

「社会の中にkechackさんはいない。」

民主主義社会では、社会といえば自動的に個々人が含まれます。もっとも、ここが民主主義社会であるかどうかは見解が分かれるかもしれませんが。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/15 17:45 「自己責任教」や「自己責任狂」という表現には違和感があります。自己責任は確かにありますから。
政府や企業の責任を誤魔化す言説には「責任転嫁教」とか「無責任政府教」とか「無責任企業教」とか言ってやるべきでしょう。

>失業問題で個人が解決しなければいけない
>問題は若干あります。

>派遣村に来ている人は、無知が故に貧困
>から抜け出せない人が多くて、そういう
>人に最低限の知識を与えてあげるのは
>重要です。

そもそも無知な人が無知なのは、自己責任ではないのですか?

憲法12条
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。・・・」
派遣村に来ている多くの無知な人は、自分の権利を守るための努力を疎かにしているのでは?

>自分で調べて欲しかったのですが

現実の物事をろくに知らないくせに手前勝手な思い込みでいい加減なことばかり書くMERCYさんのような人は、確かに無責任だと思いますが。

派遣村に来ている多くの無知な人も、己の無知については自分自身が責任を負うべきなのではありませんか。自分がろくに勉強していないから無知になっている訳でしょう?、それなら自業自得なのではありませんか。

「知識を与えてあげる」と「自分で調べて欲しかった」は反対ですよね。派遣村に来ている多くの無知な人が自分で能動的に勉強して知識を得る方が、重要だと思いますよ。

>自分の限界まで努力したり、限界まで能力
>を発揮したことがない

派遣村に来ている多くの無知な人は、限界まで自分で能動的に勉強していないでしょう。自分の権利を守るための努力も不十分でしょう。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/15 17:48 >こういう無知な人のノイズが間違った世論
>を形勢して、この国はおかしくなって行く
>んですね。

派遣村に来ている多くの無知な人も、社会の構成者ですから、「間違った世論の形成」「この国をおかしくしていくこと」に加担してきたのではありませんか。

>失業問題はほとんど政府や企業の責任の問題
>です。個人ができることはより質の高い労働
>者になるために努力することくらいで限度が
>あります。

派遣村に来ている多くの無知な人も、政治に関心の薄い層に属し、労働者である自分の権利に無頓着で、その権利が政府や企業によって侵害されていくのを支持または拱手傍観してきたのではありませんか。
もちろん政府や企業の責任はありますが、自分の権利に守るために選挙や団体交渉等を通して戦うことだってやろうと思えばできるでしょう?
そういう戦いをやっていないのであれば、そのこと自体は個人の努力不足なのでは?

>十分仕事がある状態。あるいは
>では自己責任を指摘してもいいと思います。
>労働需要の絶対数がない。あるいは
>では、社会全体の責任がより追求されると
>思います。

現状、無知な人が無知なのは、社会全体の責任が大なのでしょうか?
MERCYさんが無知なのも、社会全体の責任が大なのでしょうか?

「社会全体の責任」という表現は曖昧なのでよろしくないと思います。政府や企業の責任なら、はっきりそう表現する方がよろしいかと。

で、派遣村に来ている多くの無知な人が無知なのは、やはり自己責任でしょう。

>いくらお世話になったからといって、その団体
>の主張になびくとは思えませんけどね。

派遣村に来ている多くの無知な人が、政治に関心の薄い層に属し無知なまま拱手傍観を続けるのなら、やはり自業自得でしょうね。

最後にもう一度、「自己責任教」や「自己責任狂」という表現には違和感があります。自己責任は確かにありますから。

WallersteinWallerstein 2009/01/15 18:13 latter_autumnさんに質問があります。
latter_autumnさんは派遣切りにあって職も住も失い、ボランティアにしか頼れなくなった人々の「自己責任」を論うことで何がいいたいのでしょうか。意図が読めないのでご教示くだされば幸いです。
私の理解では、「自己責任教」という言葉は派遣村バッシング批判の文脈で出てきていることであり、派遣村バッシング批判の骨子として「彼らは自己責任なのだから、助けの手を差し伸べるボランティア活動は誤っている」という意見と「自己責任なのだから彼らに公的扶助をやるのは間違っている」という意見に大別されるかと思います。kechackさんの論の眼目は派遣村バッシングそのものを批判することにあり、派遣村に来た人々を救う運動の足を引っ張るべきではない、ということにつきると思います。
その意見に対し、彼らにも自己責任はある、という、ある意味当然でそれゆえ何の意味も持たない議論を展開することに、派遣村バッシングを正当化する以外の意図を読み込めません。私の読み込みがたらぬせいだと思いますので、ご教示いただければ幸いです。

kechackkechack 2009/01/15 18:22 >munyuuさん

>自分のことは自分で責任を取るしかないのですよ。

実にシンプルな自己責任信仰ですね。
でも、それは自分の実力の限界まで

自分の力の範囲を知り、その範囲を出ないように活動するのですよ。それが大人の
責任というものです

 多くの人は大人になる前に、親の力で学校に行かせてもらって、そこそこの学歴
を手にして、不自由なく働いているのですが。

 その時期になんらかの理由で早期に就労し、企業内で職業教育を受ける機会のな
いまま付加価値の低い労働に従事し続けた人が失業すると、労働弱者として再就職
が非情に困難な状況に追い込まれます。

 それを自己責任と言うのは簡単ですが、うまくいっている人も多くの部分は親や
学校のサポートのお陰で、「自分は努力したんだ」と胸を張って、失業者の自己責
任を糾弾する立場ではないはずです。

 この国にとってプラスになることは、落伍者の自己責任を追求することではあり
ません。彼らを早期に社会復帰させることにあります。

kechackkechack 2009/01/15 18:41 >jakka さん

>セーフティネットを張ることは国民全体の利益になる、という考えが自己責任論
者には欠けているのだと思います。

 自力で這い上がれなくなった社会構成員を放置することが何の国益にもならない
ということを、派遣村批判論者は理解していない気がするのですよ。
 彼らは努力しない人間には罰を与えるべきという発想なのでしょうが、能力や財
産があるのに努力しない人間に対してのみ、社会的扶助の与えずに放置する罰は意
味があるでしょうが、自力で這い上がれなくなった状態の人に対して、個人の努力
の有無がどうあれ、放置することに社会的メリットは何もないのです。

>例として日本は未だに犯罪率の低い国ですが、思想的な部分はあるとしても中流
意識が長い間あったことが犯罪抑止に繋がったというのが一般に言われています。
それなら生活保護や救済措置も安全を自らにもたらしているのだから役に立ってい
るのです。(とはいえ、貧困者=犯罪者のようなレッテル貼りはあってはならない
ことですが。)

治安改善の最大の特効薬は貧困の撲滅です。日本が貧しかった頃は誰もがこのこ
とを理解していました。

>税金を払うだけの人ともらうだけの人がいるという考え方はあまりに単純化しす
ぎです。

反福祉を喧伝したい勢力が、意図的に社会保障費の不正受給のネタを収集喧伝し
、国民の反福祉感情を煽った面はいなめません。
もちろん、社会保障の不正受給は社会保障への信頼を失墜させる最大の罪悪なので
根絶しなければなりませんが、一部の不正のために本当に必要な人が犠牲になるこ
とはあってはいけません。

>今までの日本は結局非正規社員からピンはねすることで正規社員の給料が維持さ
れた側面もあるので、大量に低賃金労働者を切ったことで、派遣村批判をする人た
ちの中にも被害を受ける人が出てくるでしょう。

派遣切りをして批判された企業にしてみれば、なら「正社員からクビを切ればよ
かったのか」という悪意と皮肉に満ちた反論が返ってくるかも知れません。企業に
とっては正社員を切った方がコスト的にはメリットが大きいのですから。
 自分は正社員だとあぐらをかいて解雇された派遣社員をバッシングしていた人間
のクビが飛ぶというのも、非情に愉快な話だと思います。悪意ある企業を擁護する
気はありませんが…。

kechackkechack 2009/01/15 19:01 >id:iroseさん

>「社会」と抽象クラスで言わないで、「国」だか「自治体」「民間会社」「学校
」「ボランティア」「オレ」「アンタ」、とにかく具体的にしてください。この文
章では「社会が悪いのはそのとおりだが私は悪くない」と全員が思ってオシマイ。

良い悪いという言葉は語弊があります。責任のなるなしというと、失業問題に関
しては「政府」「企業」「労働者」はそれぞれ責任があります。ただ失業問題に関
しては「政府」「企業」の果たすべき責任が大きく、責任が限定的である労働者個
人の自己責任ばかり指摘する議論に辟易したために、このエントリーを上げた次第
です。

 それ以上責任をブレイクダウンするのはあまり意味がありません。

>実際kechackさんは「自分が教育プログラムを用意し、教える」ケースを想定して
ないでしょ?

よくわかりません。私に私塾を開けと言いたいのですか?
仮に私が企業経営者であれば、職業教育をする責任は一部にあると思います。

 日本は長らく、企業が職業教育の責任を多く分担し、政府の役割は小さかったの
です。
ただそのシステムは終身雇用が前提でありました。雇用が流動化すると、新卒を採
用して一所懸命お金をかけて労働者教育をした企業が損をし、中途募集した企業が
その成果をただ取りすることになるため、多くの企業が職業教育に不熱心になって
しまったのです。
 かといって、政府の社会教育予算が増えた訳でもなく、総責任状態になってしい
まったのです。

 その辺は『「人を育てる」という最低限の社会的責任を放棄した企業』というエ
ントリーで言及しております。
http://d.hatena.ne.jp/kechack/20061022

  労働者をより付加価値の高い労働に従事させるための教育というのは、国益の
ために非常に重要なファクターです。
もちろん、付加価値の高い産業が発展するのが前提ですが、この視点が欠けている
から日本の国民一人当たりのGDPが先進国で最低になるのです。

>国がやるなら道路作るとかコルホーズとかだけど、そういうのでいいの?

公共事業は一次的な雇用の受け皿にはなりますが、それ以上のものはありません

付加価値の産業の成長を促す施策を実施し、同時に付加価値の低い産業から高い産
業に労働者が移動できるような社会教育を実施することが需要です。

kechackkechack 2009/01/15 19:10 >id:iroseさん

> kechackさんの定義で、こういうのは「社会教育プログラムが用意されている」
と言えるか言えないか、考えておいてください。
ホームヘルパー2級
http://www.sikatoru.com/guide/helper2.htm
> 国が定めたホームヘルパー養成研修132時間(講義60時間、実技42時間、実習30
時間)を修了すれば取得可能な資格で、試験はありません。』

  社会教育ではありますが、現状のホームヘルパーは社会人として自立できる職
業ではありません。福祉としてのニーズは多大にありますが、労働問題の解決には
ならないと思います。福祉が高コスト化するのを覚悟で、ホームヘルパーの職業価
値を上げる必要があるでしょう。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/15 19:39 >latter_autumnさんに質問があります。
>何がいいたいのでしょうか。

最初と最後に書いた通りです。「自己責任教」や「自己責任狂」という表現には違和感があります。別の表現を使うべきだと思います。

>派遣切りにあって職も住も失い、ボランティア
>にしか頼れなくなった人々の「自己責任」

>彼らにも自己責任はある、という、ある意味
>当然でそれゆえ何の意味も持たない議論を
>展開することに、派遣村バッシングを正当化
>する以外の意図を読み込めません。

>派遣村バッシング批判の文脈

私は、派遣村バッシング批判自体に異議を唱えているのではありません。その批判の中で「自己責任教」や「自己責任狂」という表現を使うことに反対しています。

私は、「彼らがいかなる場合も行政やボランティアからの生活支援を受けずに自力で何とかする自己責任」などを言っているのではなく、「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」を問うています。

>派遣村に来ている人は、無知が故に貧困
>から抜け出せない人が多くて

kechackさんもこう書いていますが、だったらまずは彼らの無知を改めないことには話にならないでしょう?、彼らの不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等も然りです。
そこが貧困脱出の第一歩ですよ。この点を強調するのは、何の意味も持たない議論ですか?
何の意味も持たないと言ってしまえば、結局棚に上げてることになるのでは?

>自分のことを棚にあげて、他人を批判する
>人の言論には、全く説得力がありません。

kechackさんもこう書いていますね。賛成です。だからこそ、派遣村に来ている多くの無知な人の自己責任も当然問われるべきです。派遣村に来ている多くの無知な人が自分の無知や努力不足を棚に上げて政府や企業を批判するのであれば、アンフェアです。

派遣村に来ている人にも自己責任はある。だから「自己責任教」や「自己責任狂」という表現で、派遣村バッシングに反論するのはよくない。別の表現を使う方がいい。
何が個人の責任で、何が企業の責任で、何が政府の責任なのか、それぞれの自己責任があるのだから、そこは正しく認識すべきです。

buyobuyobuyobuyo 2009/01/15 19:55 >latter_autumn さん
闇雲に自らの無知が故に派遣村たたいている連中が己の無知が故に罵られる自己責任はスルーなわけですね。楽しいダブスタですね。

WallersteinWallerstein 2009/01/15 20:03 latter_autumnさん
私の質問に答える義理はlatter_autumnさんにはありません。このことを確認したうえで、言わせていただきますと、何の答えにもなっていません。私の質問は明らかに立場の強さに違いのある国家や大企業と、今まさに生命の危機にある失業者の責任を同列の並べることの政治的文脈です。いわゆる「どっちもどっち」という議論なのですが、「どっちもどっち」とすることで隠蔽されるものが何であるのかをわきまえていらっしゃるのですか、という問いなのですが、残念ながら通じなかったようですね。kechackさんの発言に「賛成です」と賛意を示されるのであれば、kechackさんの「責任をブレイクダウンするのはあまり意味がありません」という前提を踏まえたうえでなされればどうでしょう。
later_autumnさんのなされていることはまさに「責任をブレイクダウンする」ことに他なりません。kechackさんの言っていることに「賛成です」というのは、こういう時に使うのです。あなたのように自分に都合のいいところをつまみ食いにする時に使うものではありません。
で、質問にもどります。職どころか住も失って生命の危機に晒されている人々に「どっちもどっち」ということに、派遣村バッシング以外の何の意味があるのでしょうか。使っている用語がおかしいというのであれば、ご自分がもっと現実を踏まえた用語を提起するべきでしょう。それをせずに単に「用語がおかしい、派遣村に来ている人にも自己責任はある」ということが、どういう意味を持つのか、考えて発言していらっしゃいますか。

WallersteinWallerstein 2009/01/15 20:26 手短に言いますと「『彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任』を問う」ことに何の意味があるのか、分かっていらっしゃいますか、ということです。これは非対称の力関係にある両者にイーブンに責任を問うことで、本来より責任を問われるべき側の責任を薄める効果がある言説なのですが、ご自分の発言されたことの意味を分かって発言していらっしゃいますか。ということです。いかがでしょう。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/15 20:49 まとめレスです。

>スルーなわけですね。楽しいダブスタ

え?
「現実の物事をろくに知らないくせに手前勝手な思い込みでいい加減なことばかり書くMERCYさんのような人は、確かに無責任だと思いますが。」
と書きましたけど?

>私の質問は明らかに立場の強さに違いの
>ある国家や大企業と、今まさに生命の危機
>にある失業者の責任を同列の並べることの
>政治的文脈です。

立場の弱い者の責任を不問にする、あるいは棚に上げるのであれば、反対です。

>「責任をブレイクダウンする」

当然必要なことです。この点についてはkechackさんに異議ありです。
「自分のことを棚にあげて、他人を批判する人の言論には、全く説得力がありません。」と言うのなら、弱者であろうが自分の責任を転嫁しない潔さを持つべきでしょう。
「無知が故に貧困から抜け出せない」と言うのなら、その無知を不問にせず、自ら勉強して改めるよう要求すべきでしょう。

>職どころか住も失って生命の危機に晒され
>ている人々に「どっちもどっち」ということ
>に、派遣村バッシング以外の何の意味がある
>のでしょうか。

繰り返しますが、私は、「彼らがいかなる場合も行政やボランティアからの生活支援を受けずに自力で何とかする自己責任」などを言っているのではなく、「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」を問うています。
これは正当な批判であり、不当なバッシングではないと思いますが。

>何の意味があるのか

そこを改めないことには話にならないでしょう?、そこが貧困脱出の第一歩ですよ。

もしもWallersteinさんが
「『彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任』とは何だ?!、そんなの改めなくていいんだ、何が悪い?、そんなバッシングする奴はけしからん自己責任狂だぞ」
という考えなら、私はついていけませんね。

>イーブンに責任を問うこと
>「どっちもどっち」とすることで隠蔽される
>ものが何であるのかをわきまえていらっしゃる
>のですか

何が個人の責任で、何が企業の責任で、何が政府の責任なのか、それぞれの自己責任があるのだから、そこは正しく認識すべきです。責任のブレイクダウンは必要です。
立場が弱いからという理由で個人の責任だけを曖昧にして隠蔽して不問にするのは、アンフェアです。

>ご自分がもっと現実を踏まえた用語を提起する
>べきでしょう。

ですから初めに、政府や企業の責任を誤魔化す言説には「責任転嫁教」とか「無責任政府教」とか「無責任企業教」とか言ってやるべきでしょう、と書きましたよ。

ちょっと頭に血が昇っているのではないですか。冷静になっていますか。
一日時間を空けた方がよろしいかと思いますが。

フリスキーフリスキー 2009/01/15 21:16 latter_autumnさん

>「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、
>権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」
>を問うています。

その彼らとは、具体的に誰が、何に対して不勉強なのですか?
また、彼らが政治的無関心と十把一絡げに言えますでしょうか?
それと、権利保持のための努力とは、
具体的にどの権利をどういう形で保持する努力を
さしているのでしょうか?

ちなみに権利というものは、労働基本権であれ、生存権であれ、
それが個人に与えられている時点で、
努力している人間(?)にも
努力していない人間(?)にも
(実はこの努力による二分法には疑問がありますが、
 ここではおいておいて。)
差別無く認められているものです。
その権利が侵害されているのなら、政府であれ、
場合によっては企業であれ
それらに対して個人が異議申し立て出来るという
ことが民主主義なんです。
憲法十三条には
「すべて国民は個人として尊重される」とありますよね。
いいですか?すべての国民ですよ。
これは自由権、社会権を含むすべての人権が保障された個人を
さしています。
そこに権力者、企業家、第三者の主観による
努力の有無などという差別は想定されていません。
この十三条が日本国憲法の中核であることは常識です。

とくに貴殿は権利のうち社会権と言われているものの性質を
わかっておられますか?
これは、個人の国家への請求権、国家による富の再分配ですよ。
それこそ貧乏を自己責任にばかり押し付けて、
労働者を貧窮させ平均寿命を短命化させた
初期の資本主義の反省から生まれた人権です。
誰がどういう尺度で決めるのか知りませんが、
努力の有無で効力が増減されるものではありませんので。

WallersteinWallerstein 2009/01/15 21:28 そもそも前提に大きな違いがありすぎます。latter_autaumnさんは派遣村に来た人に「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」を求めています。彼らを「無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄」をしていた、というのであれば、その証拠を提示しなければ、あなたの議論はただの誹謗中傷にしかなりません。むろんそういう人もいるでしょう。しかし今、困っている人に責任を求める「責任のブレイクダウン」に何の意味があるのか、相変わらず提示されていません。
おそらく私とあなたでは派遣村に来なければならなかった事情に関する認識に大きな違いがあるように思われます。
派遣という業種、派遣という雇用形態がなぜ生まれそしてここまで社会問題化するようになったのか、そもそも押さえていらっしゃるでしょうか。あなたの「「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」を問う姿勢からは、派遣村がそもそもなぜ必要になったのか、という認識が全く抜け落ちています。
「政府や企業の責任を誤魔化す言説には「責任転嫁教」とか「無責任政府教」とか「無責任企業教」とか言ってやるべき」
なるほど、それは一つの提案です。ただ「自己責任教」という言葉は、一時言論において一つのキーワードであった「自己責任」という言説の解体という意味が存在すると考えています。今の派遣村のそもそもの原因は「自己責任」をキーワードにした日本のこの数年間の政策に大きな要因があります。その問題を問ううえでは「自己責任教」という言葉は意味があると私は考えます。あなたの提案された言葉ではこの数年間の「自己責任」「規制緩和」のもとでなされたネオリベラリズム政策の帰結としての派遣村という側面が弱くなるのではないか、とも思っております。ともあれ、用語を提示されていたことに関しては「ご自分がもっと現実を踏まえた用語を提起するべきでしょう」という言葉は意味がありませんでした。

フリスキーフリスキー 2009/01/16 01:14 >latter_autumnさん

追伸

書き忘れていましたが、
今回の派遣村をはじめとする運動、
解雇された派遣労働者側の政府、企業への
抗弁というものは、
まさにイェーリングのいう“権利のための闘争”ですよ。
そうした彼らに対して、

>憲法12条
>「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
>国民の不断の努力によって、
>これを保持しなければならない。・・・」
>派遣村に来ている多くの無知な人は、
>自分の権利を守るための努力を疎かにしているのでは?


12条の条文まであげて、
こういう指摘をして批判する貴殿の
見事な自己矛盾と論理破綻にお気づきになりませんか?

他人の無知とか不勉強をなじる前に、
ご自身の無知と不勉強を自問されてみてはいかがですか?

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/16 20:47 >その彼らとは、具体的に誰が、何に対して
>不勉強なのですか?

>権利保持のための努力とは

彼らとは、派遣村に来ている人の中の無知な人々です。多いですね、無知な人。

>派遣村に来ている人は、無知が故に貧困
>から抜け出せない人が多くて

kechackさんもこう書いていますが、彼らは労働者である自分の権利に対して不勉強です。
その権利を保持するための努力も、限界までしていませんね。

>具体的にどの権利をどういう形で保持する
>努力をさしているのでしょうか?

自分の権利に守るために選挙や団体交渉等を通して戦うことだってやろうと思えばできるでしょう?、と書きましたが。

#人の投稿をちゃんと読んでからレスして頂きたいですな。

>また、彼らが政治的無関心と十把一絡げに
>言えますでしょうか?

私は「派遣村に来ている人は全員無知だ、全員政治的に無関心だ」などとは書いていませんが。

>ちなみに権利というものは
>十三条が日本国憲法の中核である

私は、「派遣村に来ている人は権利を剥奪されて当然だ」などとは書いていませんし、憲法13条を否定してもいませんが。

#人が何を言っていて、何を言っていないか、ちゃんとチェックして頂きたいですな。

>努力の有無などという差別は想定されて
>いません。

憲法12条では「国民の権利は、国民の不断の努力によって保持すべし」旨が示されていますよ。
その不断の努力を怠っているなら、それは当人の落ち度ですよ。

>初期の資本主義の反省から生まれた人権

それは戦いによって勝ち取られたものですね。

>努力の有無で効力が増減されるものでは
>ありませんので。

労働者としての権利を侵害された(されつつある)人は、自ら立ち上がって戦わなければならない。自分が何ら努力しなくても代わりに自分のために他人が戦ってくれる、という訳じゃないのですよ。

>今回の派遣村をはじめとする運動
>“権利のための闘争”

あまりに遅過ぎるのですよ。もっと早くから戦っていれば、派遣村に来る羽目にはなりませんよ。
今まで自分の権利に守るために選挙や団体交渉等を通して戦ったことないでしょう。ようやく今になって立ち上がろうとしている訳でしょう。今まで努力を怠っていたツケですよ。すなわち自業自得。

で、遅まきながら彼らがこれから戦っていくのならば、彼ら自身の無知の改善は必要です。そこは一人一人の自己責任ですから。

>見事な自己矛盾と論理破綻にお気づきに
>なりませんか?

いいえ、全然。フリスキーさんのレスの粗雑さに呆れています。

しまうましまうま 2009/01/16 22:41 >今まで自分の権利に守るために選挙や団体交渉等を通して戦ったことないでしょう。

根拠は?選挙くらいしてたかもよ。

>で、遅まきながら彼らがこれから戦っていくのならば、彼ら自身の無知の改善は必要です

だから彼らは声を上げましたよね?で?何か文句あるの?

もしかしてあなた、人にある時点で無知があってそれが原因で失敗したらその人はそれ以降も絶対に救われるべきではないとでも?「再チャレンジ」、手垢にまみれた言葉ですがそれは絶対に許されないと?あーははは。だとしたらまさにそれ「自己責任狂」と呼ぶにふさわしい思想ですな。

>もっと早くから戦っていれば、派遣村に来る羽目にはなりませんよ。

えー?どうしてそう言えるの?単なる結果論じゃん。そうでないというなら彼らの要求が通る為に何を為すべきで、それがどのくらい実現可能性があったのか、数字と根拠を持って具体的に論じてくれませんかね?

さて粗雑なのはどっちでしょうか?(笑)

フリスキーフリスキー 2009/01/17 06:55 Latter_autumnさまへ

>彼らとは、派遣村に来ている人の中の無知な人々です。
>多いですね、無知な人。

派遣村には大勢の派遣切りに会った方々が来られていましたが、
その無知な人々と言ったときのその対象が曖昧にすぎますし、
具体的に何に対してどう無知で(しかもその人々が本当にその点で
無知であったかという検証も無いですね)
そして、
その無知との相関関係で自己責任を負うべき範囲
というものへの
具体的論及がなされていません。
つまり、貴殿は、憶測で他者をこうだと決めつけ、
激しく批判しているという愚論を犯しているのです。

>自分の権利に守るために選挙や団体交渉等を
>通して戦うことだってやろうと
>思えばできるでしょう?、
>と書きましたが。

彼らが選挙に行っていないという根拠を示していません。
また
労働基本権の行使をしたことがないという根拠を示していません。

いや、そんなことよりも
貴殿の主張は論点のすり替えなんですよ。

そもそも、あの派遣村は、もやいや労働組合という
民間団体が主催したもので、
その趣旨は、年末年始の期間、路頭に迷った派遣労働者たちに
食と寝場所を提供した上で、その間に、
就労支援や場合によっては一時的な生活保護の手続きの教示など
その後の彼らの生存条件の確保をサポートするものでしょう。
いいですか?
自発的な民間の主催者による支援活動であって、
主催者と派遣労働者との関係におけるものであり
第三者が自己責任論を
差し挟む余地は無いのです。
それに加えて、あの団体が
政治家や役所との交渉において、
労働政策上の要求をしたことは、
まさに憲法上の生存権、労働基本権の
主張であって、これを否定することは、
基本的人権の否定に他なりません。

次に、
>憲法12条では「国民の権利は、国民の不断の
>努力によって保持すべし」
>旨が示されていますよ。
>その不断の努力を怠っているなら、
>それは当人の落ち度ですよ。

やはり貴殿は憲法とそこに認められた権利というものの
本質をまったく曲解されているようですね。
そもそも、
日本国憲法がその系譜に連ねている近代立憲主義における
憲法とは、簡単に言いますと、
国家権力の乱用を抑制して、そこに縛りをかけて
(現代においては国家に加えて企業や大学などの
組織も私人間適用として論じられる)、
国民の権利を保障する最高法規というのがその趣旨となっています。
そして、貴殿の上げられた12条の中のその文言についてですが、
人権というものが、歴史的には啓蒙期、革命期を通して
多大な闘いによって勝ち取られたというその重要性と不可侵性に
鑑みての国民に示された倫理的な指針なんです。
誤解しておられるようですが、
決して法的な義務の規定ではないのです。
決して人権制約の根拠でもありません。
なぜなら、これを個人に対してこうしなければならないという
義務化をした時点で、
あるいは、その義務を人権制約の根拠としてしまうと、
人権の本質である“国家からの自由”、さらに社会権においては
“国家による自由”というものの意義が損なわれるという
論理的帰結になるからです。
つまり、せっかく保障された権利というものに対して
自家撞着を起こしてしまうんです。
これは、決して私の私見ではありません。
憲法学の常識です。
保障された権利は、個人の義務云々以前に、
既に生まれながらに個人に帰属しているもので、
それが侵害されたとき、自己責任論を持ち出すことは、
とんだお門違いなんです。
手遅れも何もありません。
どんな時期であれ侵害されれば抗弁する。
それだけのことです。

>いいえ、全然。フリスキーさんのレスの
>粗雑さに呆れています。

貴殿がこういう感想をもたれるのは、
上述したように権利の本質に対して無知だからです。

貴殿の投稿を拝読していますと、
ずいぶんと他者について憶測に基づいて無知という
言葉を闇雲に連発しておられまして、
まるで親の敵であるかのように嫌悪されている
ようで滑稽で、子供じみているのですが、
やはり、
ご自身の無知と不勉強を自省するべきでしょう。

しまうましまうま 2009/01/17 08:39 >フリスキーさん
要するにこの人「派遣村に来るくるってことは努力してないってことだ」っていう極めて「粗雑」な「結果論」で叩いてるだけなんですよ。彼らがどういう人たちでどういう状況でどういう目にあってこうなってしまったのか、それに対して何にも知りも、いや知ろうともしないで(仰る通り彼の話は憶測と決め付けばかり)単に責任を彼らに押し付けてるんですな。これはまさに自身が「自己責任教」信者であることを告白しているようなもんです。

>貴殿がこういう感想をもたれるのは、上述したように権利の本質に対して無知だからです

確かにねえ。「憶測と決め付けと結果論だけで基本的人権が侵害されてもしょうがない」とした時点で憲法に関してどうしようもない無知を告白しているようなもんです。基本的人権ってそんなハードル低さで侵害されていいものだったっけ?ここはどこの北朝鮮?ということですな(笑)

WallersteinWallerstein 2009/01/17 17:37 >フリスキーさん、しまうまさん
latter_autumnさんの本音があらわになってきましたね。「自己責任教」という言葉ではなく「責任転嫁教」とか「無責任政府教」とか「無責任企業教」とか、という言葉を使うべき、という主張の裏には派遣村に来ている人の責任を無限に高くし、派遣村をバッシングすることで、「自己責任」という、まさに派遣問題を語る時のキーワードを無力化しようという意図があったようですね。
そもそも氏が挙げている果たすべき責任である「自分の権利に守るために選挙や団体交渉等を通して戦ったことない」というのがどれだけハードルが高いか、無自覚なんでしょうね。「派遣」という雇用形態において団体交渉を行う、というのがどれだけ難しいか、そもそもなぜ彼らが「派遣」という雇用形態を選ばざるを得なかったのか、それらはまさに「派遣という業種、派遣という雇用形態がなぜ生まれそしてここまで社会問題化するようになったのか」という問題なのですが、それを押さえているようには思えない。「現実の物事をろくに知らないくせに手前勝手な思い込みでいい加減なことばかり書く人は、確かに無責任だと思いますが」というlatter_autumnさんの言葉はまさに自身にこそあてはまるものというべきでしょう。buyobuyoさんの「闇雲に自らの無知が故に派遣村たたいている連中が己の無知が故に罵られる自己責任」というのは至言でしたね。

フリスキーフリスキー 2009/01/18 07:15 >しまうまさん、Wallersteinさん

同感でございます。

それと、
先の私の投稿の追記ですが、
12条前段についてですが、
国民の権利と自由を保持するために
国民の不断の努力を求めるという
倫理的な指針であるということは、
自分の権利だけではなく、
他者のそれも含めて普遍的な国民の権利を
守ろうという倫理であり、
心構えであるわけですから、
派遣村の活動はまさにこの趣旨に添ったものであり、
一方、latter_autumnさんの主張は、この規定に
明らかに反しているわけです。
にもかかわらず、
latter_autumnさんは、この条文に対して
自分に都合よく曲解を加えて、
他者の権利を愚弄する自論に誤用しているというのに、
そのことに気づかない
その愚鈍さと頑迷さにはあきれるばかりです。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/18 17:55 >その無知な人々と言ったときのその対象
>が曖昧にすぎますし、具体的に何に対して
>どう無知で

どうして、人が具体的に書いていることをちゃんと読まずに、粗雑で話のずれたレスをつけるのですか。

派遣村に来ている多くの無知な人も、政治に関心の薄い層に属し、労働者である自分の権利に無頓着で、その権利が政府や企業によって侵害されていくのを支持または拱手傍観してきたのではありませんか。
もちろん政府や企業の責任はありますが、自分の権利に守るために選挙や団体交渉等を通して戦うことだってやろうと思えばできるでしょう?
そういう戦いをやっていないのであれば、そのこと自体は個人の努力不足なのでは?
・・・と最初に具体的に書きましたよ。

>その無知との相関関係で自己責任を負う
>べき範囲というものへの具体的論及が
>なされていません。

いいえ、フリスキーさんの目が節穴であるだけです。読解力ないですね。

>彼らが選挙に行っていないという根拠を
>示していません。また労働基本権の行使を
>したことがないという根拠を示していません。

さまざまな報道で、本人の話、相談を受けた支援者の話等が伝えられていますが、選挙や団体交渉等を通して戦うことをしていない(してこなかった)人が多いことは、明らかになっていますよ。
労働者である自分の権利さえ理解していない人も多いですね。

>自発的な民間の主催者による支援活動で
>あって、主催者と派遣労働者との関係に
>おけるものであり第三者が自己責任論を
>差し挟む余地は無いのです。

私は、「彼らがいかなる場合も行政やボランティアからの生活支援を受けずに自力で何とかする自己責任」などを言っているのではなく、「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」を問うています。
・・・と書いているのですが。

>あの団体が政治家や役所との交渉に
>おいて、労働政策上の要求をしたこと
>は、まさに憲法上の生存権、労働基本権
>の主張であって、これを否定すること
>は、基本的人権の否定に他なりません。

私のどのログのどこに、あの団体の要求を否定する発言がありますか。
勝手に捏造しないで頂きたいですな。

>貴殿の上げられた12条の中のその文言
>についてですが

不断の努力はせねばなりませんよ。これは国民の一人一人の義務ですから。
紛う方なき法的な義務の規定ですよ。誤解しているのはフリスキーさんです。

>決して人権制約の根拠でもありません。

私は、「派遣村に来ている人は権利を剥奪されて当然だ」などとは書いていませんし、憲法13条を否定してもいませんが。

逆に訊きましょうか。フリスキーさんは
「労働者としての権利を侵害された(されつつある)人は、自ら立ち上がって戦わなくてもよい。自分が何ら努力しなくても代わりに自分のために他人が戦ってくれるから。」
・・・とでも思っているのですか?

>それが侵害されたとき、自己責任論を持ち
>出すことは、とんだお門違いなんです。

「労働者としての自分の権利が侵害されても、戦うべきは他人であって自分は何ら責任がない」とでも思っているのですか?

>どんな時期であれ侵害されれば抗弁する。

派遣村に来ている多くの無知な人は、今まで自分で抗弁してこなかった訳ですよ。
選挙や団体交渉等を通して戦うことをしてこなかったのですよ。

抗弁するのは誰ですか?、抗弁する一次的な責任は誰が負っていますか?
まず本人でしょう、自分自身でしょう?
まず自分が立ち上がって戦うのが、憲法12条に適った行動でしょう?
・・・という意味のことを言っているのですがね、私は。

フリスキーさんは
「労働者としての権利を侵害された(されつつある)人は、自ら立ち上がって戦わなくてもよい。自分が何ら努力しなくても代わりに自分のために他人が戦ってくれるから。」
・・・とでも思っているのですか?

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/18 17:55 >その無知な人々と言ったときのその対象
>が曖昧にすぎますし、具体的に何に対して
>どう無知で

どうして、人が具体的に書いていることをちゃんと読まずに、粗雑で話のずれたレスをつけるのですか。

派遣村に来ている多くの無知な人も、政治に関心の薄い層に属し、労働者である自分の権利に無頓着で、その権利が政府や企業によって侵害されていくのを支持または拱手傍観してきたのではありませんか。
もちろん政府や企業の責任はありますが、自分の権利に守るために選挙や団体交渉等を通して戦うことだってやろうと思えばできるでしょう?
そういう戦いをやっていないのであれば、そのこと自体は個人の努力不足なのでは?
・・・と最初に具体的に書きましたよ。

>その無知との相関関係で自己責任を負う
>べき範囲というものへの具体的論及が
>なされていません。

いいえ、フリスキーさんの目が節穴であるだけです。読解力ないですね。

>彼らが選挙に行っていないという根拠を
>示していません。また労働基本権の行使を
>したことがないという根拠を示していません。

さまざまな報道で、本人の話、相談を受けた支援者の話等が伝えられていますが、選挙や団体交渉等を通して戦うことをしていない(してこなかった)人が多いことは、明らかになっていますよ。
労働者である自分の権利さえ理解していない人も多いですね。

>自発的な民間の主催者による支援活動で
>あって、主催者と派遣労働者との関係に
>おけるものであり第三者が自己責任論を
>差し挟む余地は無いのです。

私は、「彼らがいかなる場合も行政やボランティアからの生活支援を受けずに自力で何とかする自己責任」などを言っているのではなく、「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」を問うています。
・・・と書いているのですが。

>あの団体が政治家や役所との交渉に
>おいて、労働政策上の要求をしたこと
>は、まさに憲法上の生存権、労働基本権
>の主張であって、これを否定すること
>は、基本的人権の否定に他なりません。

私のどのログのどこに、あの団体の要求を否定する発言がありますか。
勝手に捏造しないで頂きたいですな。

>貴殿の上げられた12条の中のその文言
>についてですが

不断の努力はせねばなりませんよ。これは国民の一人一人の義務ですから。
紛う方なき法的な義務の規定ですよ。誤解しているのはフリスキーさんです。

>決して人権制約の根拠でもありません。

私は、「派遣村に来ている人は権利を剥奪されて当然だ」などとは書いていませんし、憲法13条を否定してもいませんが。

逆に訊きましょうか。フリスキーさんは
「労働者としての権利を侵害された(されつつある)人は、自ら立ち上がって戦わなくてもよい。自分が何ら努力しなくても代わりに自分のために他人が戦ってくれるから。」
・・・とでも思っているのですか?

>それが侵害されたとき、自己責任論を持ち
>出すことは、とんだお門違いなんです。

「労働者としての自分の権利が侵害されても、戦うべきは他人であって自分は何ら責任がない」とでも思っているのですか?

>どんな時期であれ侵害されれば抗弁する。

派遣村に来ている多くの無知な人は、今まで自分で抗弁してこなかった訳ですよ。
選挙や団体交渉等を通して戦うことをしてこなかったのですよ。

抗弁するのは誰ですか?、抗弁する一次的な責任は誰が負っていますか?
まず本人でしょう、自分自身でしょう?
まず自分が立ち上がって戦うのが、憲法12条に適った行動でしょう?
・・・という意味のことを言っているのですがね、私は。

フリスキーさんは
「労働者としての権利を侵害された(されつつある)人は、自ら立ち上がって戦わなくてもよい。自分が何ら努力しなくても代わりに自分のために他人が戦ってくれるから。」
・・・とでも思っているのですか?

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/18 17:58 >「派遣という業種、派遣という雇用形態
>がなぜ生まれそしてここまで社会問題化
>するようになったのか」という問題なの
>ですが、それを押さえているようには
>思えない。

派遣村に来ている多くの無知な人も、政治に関心の薄い層に属し、労働者である自分の権利に無頓着で、その権利が政府や企業によって侵害されていくのを支持または拱手傍観してきたのではありませんか。
もちろん政府や企業の責任はありますが、自分の権利に守るために選挙や団体交渉等を通して戦うことだってやろうと思えばできるでしょう?
・・・と書きましたがね。

>「自分の権利に守るために選挙や団体
>交渉等を通して戦ったことない」という
>のがどれだけハードルが高いか
>「派遣」という雇用形態において団体交渉
>を行う、というのがどれだけ難しいか

だからやらなくてよいとでも?
だから自分の代わりに他人が戦うべきだとでも?

WallersteinWallerstein 2009/01/18 18:45 >latter_autumnさん
「派遣村に来ている多くの無知な人も、政治に関心の薄い層に属し、労働者である自分の権利に無頓着で、その権利が政府や企業によって侵害されていくのを支持または拱手傍観してきたのではありませんか」根拠は?彼らがどういう行動をしてきたのか、ご存知ですか?私は知らないので無責任なことは言えませんが。
「やらなくてよいとでも?」やるべきでしょうね。というか、今やっているわけで、それをあなたが思いっきり足を引っ張ろうとしているわけですが。
あなたの魂胆は見え透いています。「自己責任」というキーワードはこの十年近くの「改革」のキーワードです。この十年間の「自己責任」をキーワードにした政策が破綻していることは誰の目にも明らかなのであって、個別企業の責任や個別派遣労働者の責任に帰していいわけではありません。まさしく「自己責任」というキーワードで社会のセイフティネットを切り崩してきたツケが回ってきているわけです。あなたが「自己責任」というキーワードを温存したいという事情はわかりました。それを糊塗するために「責任転嫁教」や「無責任政府教」や「無責任企業教」という言葉を提示していることも明白です。
憲法十二条に関するあなたの「不断の努力はせねばなりませんよ。これは国民の一人一人の義務ですから。紛う方なき法的な義務の規定ですよ」という議論も憲法学の基礎中の基礎を踏まえれば、暴論としかいいようがないわけですが、latter_autumnさんには何らかの論拠があるのでしょう。しかし残念ながら伊藤博文がプロイセンで学んできた憲法学の基礎中の基礎ではあなたの憲法十二条解釈は吹っ飛ぶわけです。そもそも国民の義務として挙げられているのは「勤労の義務」「納税の義務」「子女に普通教育を受けさせる義務」です。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」というのは「自分の権利だけではなく、他者のそれも含めて普遍的な国民の権利を守ろうという倫理」であることは、憲法学に照らせば常識なのであって、その常識に反する議論が存在すること自体驚きです。伊藤博文よりも後退した議論がまさか日本国憲法で出てくるとは、といささか驚いています。
憲法について伊藤博文は「抑憲法ヲ創設スルノ精神ハ、第一君權ヲ制限シ、第二臣民ノ權利ヲ保護スルニアリ」と述べています。その前提に立ちながら憲法十二条を解釈すれば、それが個別の国民に化せられた「義務」ではなく、「普遍的な国民の権利を守ろうという倫理」であることは明白であると思われます。
「自分の代わりに他人が戦うべきだとでも?」「労働者としての自分の権利が侵害されても、戦うべきは他人であって自分は何ら責任がない」という言葉を連発されていますが、今戦っている彼らの足を引っ張っている人が言うべき言葉ではありません。
「派遣という業種、派遣という雇用形態がなぜ生まれそしてここまで社会問題化するようになったのか」という問いについてもう一遍具体的に調べてみてください。「自分の権利を守るために選挙や団体交渉等を通して戦うことだってやろうと思えばできる」というようなお気楽なものではないことが分かるはずです。
あと一つお訪ねしますがあなたは非正規雇用の労働者として、自分の権利を主張するための戦いをやったことがありますか?

WallersteinWallerstein 2009/01/18 19:28 追記しますと、まず切られた派遣の人たち自身自らの「責任」を考えている人がいますよね。テレビのインタビューでも答えておられますが。あとkechackさんも言及しておられますが、派遣村を主催した人々は甘い考えの人たちを叱る活動もしているわけです。それを具体的に関係を取り持っているわけではない第三者である我々が「責任を自覚せよ」と偉そうに叱りつける資格はないわけです。もしlatter_autumnさんが具体的にそういう人々と関係を持っていらっしゃるのであれば、それは個別に行なうべきで、こういうところで講釈を垂れるべき問題ではないでしょう。
そこで最初の質問に戻るわけですが、本当のところlatter_autumnさんは何がしたかったのですか?まさか派遣労働者を産み出すことになったこの十年近くの労働行政に関する無知や、憲法学に対する無知や、自分の無知を棚に上げて他人を居丈高にしかりつける滑稽さをさらしたかったわけではありますまい。

フリスキーフリスキー 2009/01/19 01:02 latter_autumnさん

貴殿のレスの内容は1から10までピントがずれています。
すべて既に投稿した私の文章をご拝読いただければ、
そこに答えが出ています。

では重要な間違いについて絞って
レスをつけさせていただきます。

>不断の努力はせねばなりませんよ。
>これは国民の一人一人の義務ですから。
>紛う方なき法的な義務の規定ですよ。
>誤解しているのはフリスキーさんです。

法学の中心は法解釈学です。憲法学においても
すべての権利、制度、概念、条文には、
制度趣旨に遡ってその意味内容を明らかにする解釈が
つけられていきます。
さて、12条前段の規定を国民に課せられた法的義務とする
学説や判例があるのならば教えていただきたいです。
芦部先生、佐藤幸治教授、伊藤正巳先生等、
憲法学界の代表的な学者によるいずれの著書によっても、
これは法的義務ではないと
明確に説明されています。
私が学生時代に受けた憲法の講義においても、
そこは明らかにされていました。
その趣旨は、私の過去の投稿をご参照ください。

しつこいようですが、重要な点ですので、
もう一度、言葉を変えてご説明します
個々の権利というのは、「〜ができる」「〜が妨げられない」
「〜が保障されている」あるいは国家が「〜しなければならない」
ということですから、
個人が個々の権利を「〜しなければならない」という
法的な義務化を加えた時点で
せっかくの権利が自家撞着を犯すということです。
ですから、論理構成上、
法的義務にはなしえないのです。
そうういうことです。
また、法的義務説を採ったとたん、
11条との自家撞着を起こしてしまうため、
整合性が取れなくなります。

第11条
「 国民は、すべての基本的人権の
享有を妨げられない。
この憲法が国民に保障する基本的人権は、
侵すことのできない永久の権利として、
現在及び将来の国民に与へられる。」

貴殿のその法的義務説のソースはどこから?
2chですか?
学説や判例があるのならば教えてください。

>>決して人権制約の根拠でもありません。

>私は、「派遣村に来ている人は権利を剥奪されて当然だ」
>などとは書いていませんし、憲法13条を否定してもいませんが。

12条前段が法的義務であるのならば、
必然的に人権制約の根拠になります。
わかりますか?
貴殿は法的義務説を主張されているわけですので、
人権制約の根拠となる主張でもあるという
論理的帰結は理解していますよね。

また、12条前段の倫理的指針としての趣旨に鑑みても、
貴殿の主張してきた自己責任論、自業自得論こそ、
この規定に反しているのです。
もう一度張っておきましょう。

「12条前段についてですが、
国民の権利と自由を保持するために
国民の不断の努力を求めるという
倫理的な指針であるということは、
自分の権利だけではなく、
他者のそれも含めて普遍的な国民の権利を
守ろうという倫理であり、
心構えであるわけですから、
派遣村の活動はまさにこの趣旨に添ったものであり、
一方、latter_autumnさんの主張は、この規定に
明らかに反しているわけです。」

>「労働者としての権利を侵害された(されつつある)人は、
>自ら立ち上がって戦わなくてもよい。
>自分が何ら努力しなくても代わりに
>自分のために他人が戦ってくれるから。」
>・・・とでも思っているのですか?

私は、そんなことは一言も言っておりません。
そうだと思ってもおりません。
ただし、
人権が侵害された場合の抗弁というものが
本人の法的な義務ではなく、法的な権利の主張であり、
義務というのならば、侵害した側にこそ問われるのだという
ことになります。
わかりますか?
ここでも侵害された側の法的な義務とした時点で、
人権制約の根拠となるということを。
人権の性質を鑑みれば、既にご説明した憲法学の常識は
当然の論理的帰結になるのです。

>抗弁するのは誰ですか?
>抗弁する一次的な責任は誰が負っていますか?
>まず本人でしょう、自分自身でしょう?
>まず自分が立ち上がって戦うのが、
>憲法12条に適った行動でしょう?
>・・・という意味のことを
>言っているのですがね、私は。

この表現の仕方が決定的に間違っています。
ここで問われている生存権なり労働基本権が含まれる
社会権というものの本質は、国家への請求権であり、
国家による富の再分配ですが、
責任を問われるのは国家
(現代においては企業などの私人間適用も論じられる)
であって抗弁する側である国民にあるのは
権利です。
12条の趣旨については、繰り返しご説明申し上げた
とおりです。
抗弁する一次的な“責任”を負っているのではなく、
抗弁する“権利”を個人が有しているのです。

>派遣村に来ている多くの無知な人は、
>今まで自分で抗弁してこなかった訳ですよ。
>選挙や団体交渉等を通して戦うことをしてこなかったのですよ

解雇通告を受けた派遣労働者たちが加入しているユニオンの
団体交渉の場面はずいぶん報道されていたじゃないですか。

http://jp.youtube.com/watch?v=asMITKM6je4

こういう交渉をしても実際には切られてしまうわけです。

ちなみに、
GOOGLEで「派遣切り 労働組合」で検索してみてください。
ずいぶんと多くの動きがあることがわかります。
また、会社に対する抗弁というのは団体交渉だけが手段ではないですよ。
個人で、使用者側に異議申し立てすることも効果は薄くても
れっきとした抗弁です。
私は、労組には入っていませんが、
個人で、会社と交渉して侵害されていた
ある権利を回復させた経験というものはあります。
団交ではないので記録には残りませんし、
第三者には知られているところではありませんが。
また認められずに会社を去っていった友人も知っています。
全国の派遣切りの通告を受けた方々からの労組の電話窓口等への
相談が殺到しているというのは去年からよく知られている
ところです。
労組加入者も急増しています。
当たり前のことですが、彼らは自ら動いているのですよ。
仕事を失うというのに
指を加えて、野垂れ死にするに任せている人が、
どれほどいると思いますか。

あの派遣村は、500人ほどの一次的なホームレス化した方々を
同じ社会に生きる市民としての互助精神によって
サポートしたということです。
あの村に来た人々はただ寄生していたのではないのです。
就労相談、場合によっては一次的な生活保護の申請等
の教示を受けていたのです。
再チャレンジへの足がかりですよ。
そのための市民としての互助の場だったのです。

貴殿は、法学の基本中の基本をまったく無視して、
条文をつまみ食いした上で
牽強付会に間違った自論をごじつけて、愚論を展開し、
人権のハードルを不当に高くして、
さらに、事実をきちんと把握する努力も放棄して
憶測と決め付けで他者を侮蔑し、
結局は、ご自身の無知と、厚顔無恥と、頑迷さと
偏狭さをさらけだしているのです。
やはり、貴殿には、“自己責任狂”という言葉が
ふさわしいです。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/19 19:56 >彼らがどういう行動をしてきたのか、ご存知
>ですか?

「選挙に行ったことがない」
「選挙に行ったことはあるが、労働規制緩和を推進している候補者に投票した」
「企業に対して団体交渉をしたことがない」
「企業の労働法規違反行為に対して抗弁をしたことがない」
等ですが。
彼らは労働者である自分の権利に対して不勉強です。その権利を保持するための努力も、限界までしていません。

>やるべきでしょうね。というか、今やっている
>わけで、それをあなたが思いっきり足を引っ
>張ろうとしているわけですが。

派遣村に来ている多くの無知な人が、今まで自分でやってなかったのは。事実ですよ。
で、私は、
「遅まきながら彼らがこれから戦っていくのならば、彼ら自身の無知の改善は必要です。そこは一人一人の自己責任ですから。」
「まずは彼らの無知を改めないことには話にならないでしょう?、彼らの不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等も然りです。そこが貧困脱出の第一歩ですよ。」
「何が個人の責任で、何が企業の責任で、何が政府の責任なのか、それぞれの自己責任があるのだから、そこは正しく認識すべきです。責任のブレイクダウンは必要です。立場が弱いからという理由で個人の責任だけを曖昧にして隠蔽して不問にするのは、アンフェアです。」
と書いたのですがね。
どうしてこれが「思いっきり足を引っ張ろうとしている」ことになるのやら。

もう一度訊きましょうか。Wallersteinさんは
「『彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任』とは何だ?!、そんなの改めなくていいんだ、何が悪い?、そんなバッシングする奴はけしからん自己責任狂だぞ」
とでも思っているのですか?

>あなたの魂胆は見え透いています。「自己責任」
>というキーワードはこの十年近くの「改革」の
>キーワードです。

私は、「彼らがいかなる場合も行政やボランティアからの生活支援を受けずに自力で何とかする自己責任」などを言っているのではなく、「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」を問うています。
これは正当な批判であり、不当なバッシングではないと思いますが。
・・・と書きましたが、何度繰り返せばよろしいので?

自己責任の中身が全然違うでしょう。どうして一緒くたにするのですか。読解力ないんですか。

>個別企業の責任や個別派遣労働者の責任に
>帰していいわけではありません。

そんなことは当たり前です。だから私は初めから、「責任転嫁教」とかの表現を使うべきだと言っているのですよ。
私は責任転嫁を否定した上で、労働者一人一人にも自己責任はある、憲法12条が記すところの「国民の権利を国民の不断の努力によって保持する」個人レベルの自己責任はあるのだから、「自己責任狂」とか「自己責任教」とかの表現はよくない、と言っているのですよ。

Wallersteinさんは
「『彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任』とは何だ?!、そんなの改めなくていいんだ、何が悪い?、そんなバッシングする奴はけしからん自己責任狂だぞ」
とでも思っているのですか?

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/19 19:58 >憲法学の基礎中の基礎を踏まえれば、暴論と
>しかいいようがない

基礎中の基礎が解っていないのはWallersteinさんやフリスキーさんの方です。

http://www.jicl.jp/chuukou/backnumber/06.html

「平和も人権も黙っていて保障されるものではありません。私たちが主張し、必死の努力によってはじめて勝ち取れるものであることを、心にとめておかなければなりません。」
「自分の考えを主張して、自分の幸せづくりには自分で参加していかなければならないのです。」

>伊藤博文がプロイセンで学んできた憲法学の
>基礎中の基礎

え?、伊藤博文?、プロイセン?、何でそうなる?!

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kennpoujyoubunnhikaku.htm

基礎中の基礎が解っていないのは、Wallersteinさんです。

>伊藤博文よりも後退した議論
>憲法について伊藤博文は

確かに、伊藤の起案した大日本帝国憲法には、日本国憲法12条に相当する条文はありませんし、日本国憲法11条や13条に相当する条文もありませんが。

「後退した議論」なるものが、全く意味不明です。おそらく「伊藤の方が先進的である」という意味かと推察されますが、何でそうなのか意味不明。
大日本帝国憲法の「臣民の権利保護」の方が、日本国憲法の国民の基本的人権の尊重よりも、権利に関して余計なこと(なのか?)を書いていない分、先進的だったとでも?

何で伊藤を引き合いに出すのか、全然理解できませんな。

>そもそも国民の義務として挙げられているのは
>「勤労の義務」「納税の義務」「子女に普通
>教育を受けさせる義務」です。

国民の義務は他にもありますよ。憲法以外の法規も含めて。

>「自分の権利だけではなく、他者のそれも含めて
>普遍的な国民の権利を守ろうという倫理」

憲法12条が規定しているのは、ボランティアのような任意ではなく、義務ですよ。国民一人一人の義務。不断の努力は義務として必要ですから。

>「自分の権利を守るために選挙や団体交渉等
>を通して戦うことだってやろうと思えばできる」
>というようなお気楽なものではないことが分かる
>はずです。

「やろうと思ってもあまりに困難過ぎて不可能、だから自分の代わりに他人が戦うべき」という意味ですかね。
どっちがお気楽なんだか。義務ですから、自分でやらなきゃダメですよ。

>派遣労働者を産み出すことになったこの十年
>近くの労働行政に関する無知や、憲法学に対
>する無知や、自分の無知を棚に上げて他人を
>居丈高にしかりつける滑稽さ

自分の権利を守るために選挙や団体交渉等を通して戦うことを怠ってきたのならば、反省と自戒は必要です。そういう無知や不勉強や努力放棄は改めないとダメ。棚に上げてはダメ。
「どれだけハードルが高いか」「どれだけ難しいか」などという言い訳は通用しませんから。

>甘い考えの人たちを叱る

国民の権利を守るための不断の努力をしている人であれば誰でも、「甘い考えの人たち」を叱る資格はありますよ。

しまうましまうま 2009/01/19 20:42 >自分の権利を守るために選挙や団体交渉等を通して戦うことを怠ってきたのならば、反省と自戒は必要です。そういう無知や不勉強や努力放棄は改めないとダメ。棚に上げてはダメ。

だから何で議論をループさせるの?あったかも問わずに「怠ってきたのならば」ってそれ単なるあなたの決め付けでしょ?そうじゃないというなら根拠を示しなよ。仮に戦ったとして彼らの要求が通る蓋然性がどれだけあったのかも含めて。まあ

>もっと早くから戦っていれば、派遣村に来る羽目にはなりませんよ。
などとヌケヌケとのたまう御仁ですから無理でしょうけど。要するにあなたは決めつけと結果論で基本的人権の保障をネグっていいと事実上そう主張しているに等しいわけです。

ところで
>基礎中の基礎が解っていないのはWallersteinさんやフリスキーさんの方です
というのは噴飯ものですな。リンク先にはそれが「法的義務」であるなどとは一言も書いてありません。伊藤氏は「心にとめておかなければなりません」と述べていますね。これは要するに「倫理規定である」ということです。語るに落ちるとはこのことですな(笑)悪い言わないから恥さらしな主張はやめて憲法学の教科書読みなよ。

WallersteinWallerstein 2009/01/19 21:49 >しまうまさん、ふりすきーさん
どうもlatter_autumnさんはご自身の議論の出発点から誤っていることの気付いていないのか、それとも意地になって引けないのかどちらなのかがわからなくて困惑しますね。
そもそも氏が述べている「選挙に行ったことがない」「選挙に行ったことはあるが、労働規制緩和を推進している候補者に投票した」「企業に対して団体交渉をしたことがない」「企業の労働法規違反行為に対して抗弁をしたことがない」ということの根拠が全く分かりません。なぜそう言えるのか。何かデータでもあるんでしょうかね。まあ何の根拠もないこういう議論を繰り返して恥じることのない無敵君にどうすればいいのですかね。
というわけで latter_autumnさんにはまずは議論の前提となる「選挙に行ったことがない」「選挙に行ったことはあるが、労働規制緩和を推進している候補者に投票した」「企業に対して団体交渉をしたことがない」「企業の労働法規違反行為に対して抗弁をしたことがない」ということの実証的なデータを提示することを要求します。それが提示されない場合、latter_autumnさんは何の根拠もなく一方的に人を誹謗中傷していると見なされても仕方がないと思います。そうでないことを示すためにもまずは議論の出発点となるデータの提示を求めたいと思います。今後の議論はそこからです。
>latter_autumnさん
「『彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任』とは何だ?!、そんなの改めなくていいんだ、何が悪い?、そんなバッシングする奴はけしからん自己責任狂だぞ」と思っているのか、という質問にお答えします。そもそも回答不能な質問であることを全くわかっておられませんね。なぜ回答不能か、といえば、あなたのその質問は、彼らが「無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄」であると根拠無く決めつけているからです。従ってこの質問が意味を持つのは、あなたが派遣労働者の相当数が「無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄」という状態であるという論証をする必要があります。まずはこれを証明する具体的なデータを提示してください。全てはそこからです。このデータが提示されない限りあなたの議論はただの決めつけでしかありません。
仮にそうだったとしましょう。そのことは彼ら自身分かっていることではないでしょうか。あるいはあなたがここで彼らに呼びかけることに何の意味がありますか?それはあなたにもわかっていることでしょう。つまりあなたが言いたいことは彼らに「自分らにも自己責任があることをわかってほしい」と呼びかけることではなく、派遣村に至る政治や財界の動きを批判するkechackさんのこのエントリを否定することが目的だったはずです。
で、こちらから三度目の質問ですが、あなたはこのような決めつけをしてまで派遣労働者をバッシングして「自己責任」というキーワードに拘泥するのはなぜですか?

フリスキーフリスキー 2009/01/19 23:12 >latter_autumnさん

伊藤真弁護士のエッセーですね。
以前、近所の図書館でこの方の憲法の本を目にして
読んだことがあります。
ここまで憲法の本質を究めて明快に、力強く、熱く語る
法律家がいらっしゃるんだと
感銘を受けた記憶があります。
さて、ご指摘の伊藤弁護士のエッセーですが、
まったく正しいことをおっしゃっておられますね。
しかし、どこにこれが法的義務だという趣旨が書かれていますか。
人権の制約の根拠だという指摘がありますか。
そもそも、貴殿は憲法の本質をまったく理解されていません。
伊藤弁護士も、このエッセーの冒頭で、こう定義していますね。
「憲法は多数派(強者)の意思を反映した国家権力を
制限して少数派(弱者)の人権を保障するものだ」と。
そして、同じく伊藤弁護士はこうもおっしゃっています。

「憲法は国家権力を制限し、人権を保障するものであって
国民は憲法を守る義務はまったくない。
守らなければならないのは天皇、大臣、国会議員、公務員
だと憲法には書いている。」

http://www.jichiroren.jp/modules/topic/index.php?page=article&storyid=484

>「法律は国民を縛り、憲法は権力を縛る」。
>だから、日本国民に憲法を守る義務はありません。

http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-901510-33-2.html

さらに、

>権利に義務なんか伴いません。
>権利は権利で、義務は義務です。
>両者は全く別物であって、伴うことはありません。

http://www.stop-yuji.jp/seimei/070419.htm

貴殿の理解の仕方だと、貴殿のコピペされたものと、
私が今あげたコピペが同じ伊藤先生の言葉としては、
矛盾しているように感じられると
思います。
しかし、憲法の本質さえわかってしまえば、
まったくそうではないのです。

憲法とは国家権力の濫用を抑制して、国民の権利を保障する
最高法規です。
つまり、この法規の体系は、一義的に
“国家VS国民”の関係において、
国家権力に向けられた制約原理であり、人権保障の体系なんです。
縛られるのは、国家権力の側であり、
国民の権利ではありません。

さて、論点となっている12条前段ですが、
latter_autumnさんは、これを国民の側に課された法的義務であると
頑なに主張され、もしこの規定に反しているのならば、
その国民は人権の侵害を受けても、それは自己責任であり、
自業自得であるという主張です。
しかし、
伊藤弁護士が指摘されているように、権利は権利、義務は義務なんです。
この憲法が権利について法的義務を課しているのは国家の側に対してです。
決して国民の側に対してではありません。
国民を縛ることが出来るのは憲法ではなく、法律なんです。

貴殿の挙げられた伊藤弁護士のエッセーですが、
これは、私が12条前段について最初にご説明した投稿の内容と
趣旨は同じものです。
「そして、貴殿の上げられた12条の中のその文言についてですが、
人権というものが、歴史的には啓蒙期、革命期を通して
多大な闘いによって勝ち取られたというその重要性と不可侵性に
鑑みての国民に示された倫理的な指針なんです。」

伊藤弁護士のエッセーの内容も、歴史的背景に遡った上で、つまり
それらが決して当初から普遍的に
存在していたものではなく、市民の側からの多大なる闘いの末に
国家権力から勝ち取られたものだということを鑑みて、
その崇高な価値、不可侵性、重要さを国民は強く肝に銘じて、
日々よく権力の側を監視し、流されること無く、
主体性を持って生きていくべきだ。
人権侵害を許してはいけないというまさに
倫理としての指針です。心構えです。マニフェストです。
つまるところ、
“国民の国民による国民のための
 倫理であり啓蒙であり決意です。”

さて、倫理と法的義務は別物です。
その違いは、端的に言うと国家権力による強制の有無です。
法的義務とは、国家権力による“こうしなさい”
という命令なんです。
それを与える根拠が法律です。
それによって権利は制約を受けます。
守らなければペナルティを課されます。
何度でも強調しておきますが、
憲法が制約するのは国家権力であり、
決して国民の権利ではありません。
伊藤弁護士が以下のように指摘するゆえんです。

「憲法は国家権力を制限し、
 人権を保障するものであって
 国民は憲法を守る義務はまったくない。
 守らなければならないのは天皇、大臣、
 国会議員、公務員
 だと憲法には書いている。」

ですから、
貴殿の12条前段を法的義務と解するのは、
憲法の本質論から言って、
決定的に間違っているのです。
何度でも言いますが、
latter_autumnさんのように12条前段を
曲解して頑なに法的義務ととらえ、
闇雲に憶測と決め付けの元、他者の人権制約の
根拠に誤用することは、
まさに、憲法を冒涜しているに
他ならないのです。

ここは、きわめて重要な点です。
“木を見て森を見ず”
という言葉をご存知ですか?
latter_autumnさんのように大事な憲法の条文をつまみ食いして、
勘違いしたまま、ご自身の我見に悪用しては駄目です。
まずは、一冊でも良いです。本を読みましょう。
コピペだけに頼っては駄目です。
お勧めは、
伊藤真氏の「高校生からわかる日本国憲法の論点」
です。

P.S

12条前段を法的義務と解する学説、判例のご紹介は
いただけないようですね。

WallersteinWallerstein 2009/01/19 23:29 latter_autumnさんに具体的に提示していただきたいのは「もっと早くから戦っていれば、派遣村に来る羽目にはなりませんよ」という議論の根拠です。つまり「派遣村に来る羽目」に陥った人々は全て「選挙に行ったことがない」「選挙に行ったことはあるが、労働規制緩和を推進している候補者に投票した」「企業に対して団体交渉をしたことがない」「企業の労働法規違反行為に対して抗弁をしたことがない」という条件を満たしていることの具体的なデータです。ハードルが高すぎるかもしれませんが、ご自身が設定したハードルです。
私自身は彼らの中に「無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄」である人々がいるのは否定しません。彼らがそれを改める必要があるのも当然だと思います。そもそもそんなことはlatter_autumnさんに指摘していただかなくても自明のことです。
私がlatter_autumnさんのコメントにこだわる理由は、latter_autumnさんがその自明のことを根拠にして「自己責任教」という言葉を批判してきたからです。前にも言及しましたが「自己責任」をキーワードにした労働法制の規制緩和の帰結が派遣村である、という認識をベースにした「自己責任教」論への異議申し立てがlatter_autumnさんの議論です。「自己責任」という言葉はここでは一つの分析概念として機能しているわけです。「自分にも責任がある」という一般的な意味で使用されているわけではありません。
「意味が全く違います」とありますが、当たり前です。とここまで書いていて今気がついたのですが、もしかしてlatter_autumnさんは分析概念としての「自己責任」と一般的な言葉としての自己責任をごっちゃにしておられませんか?まさか、とは思いますが、一応念のため確認しておきます。
このような可能性について思いついたのは、大日本帝国憲法と日本国憲法のメタレベルの議論としての伊藤博文の憲法学の理解を示したのに、それが全く通じていないことに気付いたからです。
そこで私からの質問をわかりやすくまとめておきましょう。
1 「戦っていれば派遣村に来る羽目にはなっていない」という議論の前提となる、派遣村に来た人全てが努力不足つまり「選挙に行ったことがない」「選挙に行ったことはあるが、労働規制緩和を推進している候補者に投票した」「企業に対して団体交渉をしたことがない」「企業の労働法規違反行為に対して抗弁をしたことがない」とう条件を何かしら一つは満たしていることを証明するデータを示してください。これはあなた自身の議論から導き出された条件ですから、この条件を満たせない場合、あなたの議論そのものが印象批評であることの証明になります。
2 あなたがデータを提示できた、と仮定しての質問です。あなたは「自己責任」をキーワードとした労働法制の規制緩和を批判する分析概念としての「自己責任教」と自分にも責任がある、という一般概念としての自己責任という言葉の区別ができていますか。区別できていないとすれば、そもそもkechackさんのこのエントリをはじめとして、派遣村に関する記事がそもそも読めていないことの証明になります。
3 分析概念としての「自己責任」と一般的概念としての自己責任の違いがわかっていると仮定しての質問です。派遣村に来ている人の中には実際あなたの考えるような人々が多くいる蓋然性は高いでしょうし、彼らにもそのような過去を改める必要はあるでしょう。ただそう思うのであれば、あなたが実際に派遣村に赴いて彼らを説教すればいい話ではありませんか。なぜここ十年ほどの「自己責任」をキーワードにした労働法制の規制緩和を批判するエントリのコメント欄でそういうことをいう必要があるのか、私には全く分かりません。ご教示ください。

しまうましまうま 2009/01/20 08:22 >Wallersteinさん
「もっと早くから戦っていれば派遣村に来る羽目にならない」というこのフレーズこそ彼が自己責任教信者であることを如実に示しています。

「お前が自分でもっと努力していれば〜ような羽目にはならない」(〜の部分には「解雇される」とか「病気になる」とか自分にとって不利な状況を何でも代入できます)要するにこれ「お前が不利・困難な状況に陥ったのはお前が努力しなかったせいだ」ってことですよ。これが「自己責任教」じゃなくてなんなんでしょうか。

「不利な状況に陥った」という結果を全て個人の努力不足のせいにするというか寧ろ「不利な状況に陥った」という結果から遡及的に「個人の努力不足」を措定して彼らを非難する根拠としているわけです。ま、派遣村叩きをしている人のほとんどはこの手の議論をするんですけど、何なんですかね?そうまでして叩きたいわけ?って感じです。

kechackkechack 2009/01/20 09:23 >furukatsuさん

>>id:KAKERU

>派遣社員に望んでなったのであれば、クビを切られたことは自己責任であり、救
済の措置は必要ないということでしょうか? 派遣社員が拡大したのは政治的、経
営的な理由もあるのであって、個人の選択というのに全てを帰すことは出来ないで
しょう

低賃金労働者が喉から手が出るほど欲しいというニーズがあり、一方で企業の即
戦力重視などで就職できない新卒が溢れていました。
 国策としては、製造業の海外流出を防止するために、製造業労働者の低賃金化を
是認し、それを防ごうという魂胆がありました。

 そのような思惑の一致で、製造業への派遣労働者が解禁された訳です。
 ある程度背景を知っていたら、労働者を糾弾しても意味がないことくらいわかる
はずなんですがね?

 彼らが不安定で低賃金な労働に甘んじてくれたお陰で、辛うじて輸出企業の好業
績に依存したいざなぎ超え景気が実現した面があります。
その恩恵を受けたことへの感謝の気持ぐらい持つべきなんですけどね。

>派遣村で「憲法9条の改正反対」という主張をする人間が存在することはやむを得
ないでしょう。それとも、何かしら関係ないい主張をする者は排除すべきでしょう
か? 

 失業者への支援という目的を逸脱した行為 しかしないのであれば排除すべきで
すが、単にプラカードを掲げゼッケンをしながら、目的に合致した活動をしている
のであれば、排除できないでしょう。
 売名行為をしたい団体のニーズをうまく利用して、慈善事業なんてものは成り立
っているのですから。

WallersteinWallerstein 2009/01/20 09:23 >しまうまさん
私の友人であるsirokazeさんやSokalianさんやfuku33さんが大分お世話になりました(笑)。
「彼が自己責任教信者であること」ということについてしまうまさんのおっしゃる通りと思います。彼自身「自己責任教」を否定されたくないものがあるのでしょう。他の人に比べると少しマイルドにするために企業や政府の責任も認めるというスタンスをとっていますが、基本的なスタンスとしては「自己責任」をキーワードにした労働法制の規制緩和の帰結としての派遣村、さらに言えばそれを推進した小泉改革とその背後にいるアメリカのネオリベ勢力、という図式からは目を背けたい。派遣村叩きを必死にしている人々の政治姿勢はこのラインでほぼ一致しているように思われます。瀬戸弘幸氏のイスラエル批判と派遣村における財界批判に対して「左旋回」という批判がそれを如実に表しているように思われます。latter_autumnさんはそこまであからさまに派遣村に帰結したこの十年の動きを擁護することは避け、個別企業や個別政治家の責任は追究すべき、という姿勢である、と私は理解しました。それだけにそうまでして叩きたいという理由が見えにくい、という側面があるのかな、と思っております。

kechackkechack 2009/01/20 09:31 フリスキー さん

>id:munyuuさんへ
>個人は個人の責任を負うことは言うまでもありませんが、
>同時に企業には企業の責任があり、
>政府には政府の責任があります。
>そこをこちらのブログ主さまは論及しておられるのです。

そうですね。企業や政府が何も施策を行わない状況で、個人だけが努力しても、
失業問題はほとんど解決しません。
 需給のミスマッチ分で、少しレベルの高い求職に移動できる人が若干出るだけす
ね。
 
 まず国と企業が雇用の創出をsなければ…

 たまに「起業と言う選択肢を無視している」と揚げ足取りをする人がいますが…
失業者がいきなり起業できる訳がない。ホームレスから起業した人もいますが、一
旦定職に復帰するステップを踏んでいます。
それにごくわずかなケースを普遍化して話しても意味ないですからね。

>まさか貴殿は、政府や企業の責任あるいは、個人の権利には目をつぶって、個人
の責任にだけすべてを押し付けようなどと考えておられるわけでもありますまい。

なんか古いタイプの保守主義者みたいですよね。国や企業を批判するという行為
自体をすごい敵視する…。
 独占資本主義国家主義複合体支持者でしょうかね?

kechackkechack 2009/01/20 10:12 >Wallersteinさん

>根本的に人間とコミュニケーションを取ろうという気持ちがないんでしょうね。
こういう人が自己責任教(狂)に染まる傾向がある気がします。そしてその職業も
ある程度一定の傾向がある。人と向き合って対話していく必要がない職業だろうな
、と思います。

私自身どういう人が自己責任狂に染まるのか関心があるところです。
 私もMixiをやっていて、自己責任を主張するマイミクさんを見ていると、辛うじ
て正社員だけどあまり給料をもらってないような職種の人が多いですね。接客業の
人もいますが。

 学生やニートの知り合いはいないので、その辺の意見はわかりませんが…

kechackkechack 2009/01/20 10:27 >latter_autumn さん

>「自己責任教」や「自己責任狂」という表現には違和感があります。自己責任は
確かにありますから。
>政府や企業の責任を誤魔化す言説には「責任転嫁教」とか「無責任政府教」とか
「無責任企業教」とか言ってやるべきでしょう。

私は責任転嫁という言葉にむしろ違和感を感じます。国や企業に責任がない問題
に関して、個人が国や企業の責任を主張したら責任転嫁ですが…
 失業問題に関しては、個人が責任を負う部分と、国や企業が負う部分がそれぞれ
あるのです。
 私はまず国や企業が頑張ってもらわないと、この問題は解決しないと主張してい
るのです。

 個人の努力の問題に関して、全員が頑張ってしまっても全員分の仕事はありませ
んから、7割の人が頑張れば御の字です。正直言って…

>そもそも無知な人が無知なのは、自己責任ではないのですか?

 そうですね。どの国でも法律を知らなかったからといって犯罪者が免責になるこ
とはありませんから、無知は罪になることがあり、まさに無知は自己責任です。

 ただ無知な人を放置するべしという人と、無知な人に知恵を授けるべきという二
通りの意見があったとしたら、私は前者を糾弾し、後者を支持します。その方が圧
倒的に国益に適っているからです。

>派遣村に来ている多くの無知な人も、己の無知については自分自身が責任を負う
べきなのではありませんか。自分がろくに勉強していないから無知になっている訳
でしょう?、それなら自業自得なのではありませんか。

 それって、無知な人は放置すべきという意見ですか? もしそのような意見でし
たら、私は貴殿を糾弾することになりますが…

>「知識を与えてあげる」と「自分で調べて欲しかった」は反対ですよね。派遣村
に来ている多くの無知な人が自分で能動的に勉強して知識を得る方が、重要だと思
いますよ。

これも極論で、全くの白痴の人はいないのですよ。多かれ少なかれ知識はあるけ
ど、知らないことも多くて、それで損している人はたくさんいます。貴殿だっても
し失業したら、どうすればよいか完璧には行動できないはずですよ。

WallersteinWallerstein 2009/01/20 10:33 >kechackさん
さんざんコメント欄を使ってしまい、申し訳ありませんでした。
「自己責任教」に関するkechackさんの提起に賛同します。とともに綿塩どういう人が染まるのか、関心があります。「自己責任教」を主張するブログを拝読していますと、一つ目のグループとしてIT関係者が目につくような気がしています。小泉政権において飛躍したグループと考えますが、彼らが同時に国家主義的主張をしていることにも気付かされます。まあ「自己責任教」と国家主義というのは意外に親和性が高く、もちろんそうではない国家主義者も多いのですが、「自己責任教」はほぼ国家主義に傾斜するような気がします。いわゆる「コンサバティブ」に分類される人です。
もう一つのグループはリテラシー能力が弱いにも関わらず、自分のリテラシー能力を過大に評価する「仮想的有能感の強い人々」ではないか、と思います。こういう人はネットの中で「自分が探してきた情報」を過信し、それを疑うことなく信じ込んでしまう。
このエントリでkechackさんが考察された「自己責任狂」に染まる「政治に関心の薄い人」というのは基本的に後者に属するのかな、と思っております。

kechackkechack 2009/01/20 11:05 >派遣村に来ている多くの無知な人も、社会の構成者ですから、「間違った世論の
形成」「この国をおかしくしていくこと」に加担してきたのではありませんか。

 具体的にそのような間違った世論に加担しているのですか? その結果どのよう
な間違った政策が行われているのでしょうか?

>派遣村に来ている多くの無知な人も、政治に関心の薄い層に属し、労働者である
自分の権利に無頓着で、その権利が政府や企業によって侵害されていくのを支持ま
たは拱手傍観してきたのではありませんか。
>もちろん政府や企業の責任はありますが、自分の権利に守るために選挙や団体交
渉等を通して戦うことだってやろうと思えばできるでしょう?
そういう戦いをやっていないのであれば、そのこと自体は個人の努力不足なのでは


 確かに大人しくて損している人はいますね。むしろ彼らの中にも自己責任論者が
いて、自分がこのような立場に追いやられているのは自分のせいだと、自責の念に
囚われている人もいるのです。
 そういう人には、むしろ個人は非力で団結して戦うことの必要性を説く必要があ
ります。
 自己責任の俘虜になった人の自己責任を追求するのは、鬼畜だと思います。

>現状、無知な人が無知なのは、社会全体の責任が大なのでしょうか?

両面あります。ただ現状では社会保障抑制政策が推進され、ある制度を知らせない
で利用させない方策が平気で取られています。
セーフティーネットの存在が積極的に告知されない状況で、個人の無知を糾弾する
のは意味がありません。

>「社会全体の責任」という表現は曖昧なのでよろしくないと思います。政府や企
業の責任なら、はっきりそう表現する方がよろしいかと。

社会全体の責任という方がしっくりきますね。まず政府や企業の責任ですが、個
人や学校教育などにも責任はありますからね。

フリスキーフリスキー 2009/01/20 12:09 >みなさんへ

こちらの議論で盛んに“無知”という言葉が出てきます。
しかしながら、その具体性が欠けています。
誰が具体的に何に対して無知なのかという点です。
そして、その具体性をもった無知から
本人が負わなければならない責任の範囲です。
たとえば、
自分の行為が何某の法律によって規制されているのを知らないで、
その行為をやった場合、その法律に対する無知は
まさに自己責任であって、ペナルティを甘受する義務が
発生します。
しかし、社会保障や社会福祉、失業対策、労働政策など
憲法上の生存権に基づいた要求は、無知によって
制約を受けるものではありません。
無知を権利の制約や自己責任の根拠にするのならば、
誰が具体的に何に対してどのように無知で
法律などの根拠の提示をしたうえで、
その責任を負う範囲を示す必要があります。
また
道徳や倫理を根拠に自己責任や制約を主張されるならば、
それに相応して個人の負う範囲も道徳や倫理によるものに
なりまして、憲法上あるいは法律上の権利の制約の
根拠にはなりませんので。
その点は、よく確認しておく必要があると思われます。
そうしておかないと、
まさにkechack様のおっしゃる
自己責任教のプロットに飲まれてしまう危険があります

フリスキーフリスキー 2009/01/20 13:42 以上の理由により、

誰かさんのことは言うまでも無く、
他者に関する無知という言葉を
安易に使うべきではないと思います。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/20 19:24 >国や企業に責任がない問題に関して、個人が
>国や企業の責任を主張したら責任転嫁ですが…

コイズミ時代辺りから盛んに言われるようになったいわゆる「自己責任」は、大方、本来国や企業が負うべき責任を国民、個人レベルに転嫁するためのまやかしです。
それを糾弾するなら「責任転嫁教」とか言ってやる方がいいでしょう。

一方、本来個人が負うべき責任もあります。そういう個人の自己責任は自覚しないといけない。

>具体的にそのような間違った世論に加担して
>いるのですか? その結果どのような間違った
>政策が行われているのでしょうか?

無知な人は、一連の労働規制緩和に対して支持または拱手傍観してきました。
派遣村に来ている多くの無知な人の中にも、カイカクに踊っていた人がいます。
結果、自分で自分の首を絞めた訳ですが。

>まさに無知は自己責任です

そういうことです。個人が勉強して無知を改めねばなりません。

>確かに大人しくて損している人はいますね。

>多かれ少なかれ知識はあるけど、知らないこと
>も多くて、それで損している人はたくさんいます。

>ただ無知な人を放置するべしという人と、無知
>な人に知恵を授けるべきという二通りの意見が
>あったとしたら、私は前者を糾弾し、後者を
>支持します。その方が圧倒的に国益に適って
>いるからです。

基本的なことは中学校の社会科で教わっているはずです。
学校で習ったことも身に付いていない、自分で能動的に勉強することもない、というような無知な人はどうしようもないでしょう。もはや教えても無駄というか徒労なのでは。

動機として、「無知なために損する」のと「自分で勉強したり権利保持の努力をしたりする」のと、個人的にどちらがイヤかということです。
後者の方がイヤだという無知な人は、どうしようもないでしょう。

>無知な人は放置すべきという意見ですか?

自分で能動的に勉強する姿勢がないと無知の改善は見込めない(そういう怠惰な人については、どうにもならない以上、不本意でも放置するより他にない)という意見です。
例えばMERCYさんのような人ですが、放置すべきでないと思ってあれこれ試みても、おそらく無駄
だと思いますよ。

#私自身のことを言えば、不断の努力はしていますし、権利保持もできています。

>むしろ彼らの中にも自己責任論者がいて、自分
>がこのような立場に追いやられているのは自分
>のせいだと、自責の念に囚われている人もいる
>のです。そういう人には、むしろ個人は非力で
>団結して戦うことの必要性を説く必要があります。
>自己責任の俘虜になった人の自己責任を追求する
>のは、鬼畜だと思います。

まず、自己責任の中身を吟味して、中身の違いを正しく認識して頂きたいですね。
私は決して、「彼らがいかなる場合も行政やボランティアからの生活支援を受けずに自力で何とかする自己責任」などを言っているのではありませんから。

#フリスキーさんとかWallersteinさんとか、何度指摘されても区別できない人は困ります。

で、はっきりいって、自分のせいでもあります。自ら戦わなければ、泣き寝入りですから。
「黙っていたら人権はない」、それがイヤなら、無知を改め、自ら戦わねばなりませんよ。
労働者としての自分の権利を保持するために自ら立ち上がることこそ、本当の自己責任ですから。

>現状では社会保障抑制政策が推進され、ある
>制度を知らせないで利用させない方策が平気
>で取られています。セーフティーネットの存在
>が積極的に告知されない状況で、個人の無知
>を糾弾するのは意味がありません。

無知でない人は、そんな手には引っ掛かりません。

無知な人は、たやすく騙されますし、そもそも社会保障抑制政策自体に対して反対ではなく支持または拱手傍観しています。政治に関心が薄いと、自分で自分の首を絞める羽目になります。「カイカク」を容認または黙認しておいて、「カイカクの痛み」が自分に回ってきてから後悔しても、それは自業自得です。
元を質せば、無知を改め、自ら戦うことをしなかった人の自己責任でもあります。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/20 19:30 >12条前段の規定を国民に課せられた法的義務
>とする学説や判例があるのならば

成文法に義務として明記されている以上、法的義務ですよ。
で、主語は国民ですから、国民に課せられた義務。国民の義務。

>法的義務ではないと明確に説明されています。

>12条前段が法的義務であるのならば、必然的
>に人権制約の根拠になります。

「法的義務とは罰則を伴うものである」「罰則とセットになっていなければ法的義務ではない」という解釈は、唯一絶対ではありませんよ。
「罰則の有無に係らず成文法に明記されていれば法的義務、明記されていなければ道義的責任」という解釈だってありますから。

>個人が個々の権利を「〜しなければならない」
>という法的な義務化を加えた時点でせっかくの
>権利が自家撞着を犯すということです。
>11条との自家撞着を起こしてしまう

いいえ。フリスキーさんは人権の歴史的背景を無視していますね。人権は戦いによって勝ち取られたものですよ。歴史を無視した机上の空論は頂けませんな。

権利保持のためには国民一人一人が「不断の努力をしなければならない」。
不断の努力がなければ権利はたやすく奪われてしまいます。それが現実です。
「不断の努力をしなくてもよい」のではないのです。

そもそも「不断の努力をしなくてもよい」「自分で抗弁しなくてもよい」なら、結果として人権侵害が放置され黙認される法解釈になってしまいますが、そっちの方が憲法11条と矛盾しますね。

>人権が侵害された場合の抗弁というものが
>本人の法的な義務ではなく、法的な権利の
>主張であり、義務というのならば、侵害
>した側にこそ問われるのだということに
>なります。

人権を侵害した側は、それを償うように責任を問われますがね。
人権侵害に対する抗弁は、侵害された側が自らせねばなりませんよ。自分が黙っていても他人が抗弁してくれる訳じゃない、黙っていたら泣き寝入りになるだけ。
実際、派遣村に来ている多くの無知な人は、泣き寝入りの結果派遣村に来る羽目になっていますし。

>責任を問われるのは国家(現代においては
>企業などの私人間適用も論じられる)で
>あって抗弁する側である国民にあるのは
>権利です。

人権を侵害した側の責任と侵害された側の義務を混同していますね。
人権を侵害した側は、当然、それを償うように責任を問われますよ。
しかしそれにはまず、侵害された側が抗弁せねばならない、自分で怒りの声を上げ行動を起こさなければならない。黙っていたら泣き寝入りになるだけ。

権利保持のためには国民一人一人が「不断の努力をしなければならない」。その努力は国民一人一人の義務。
だから、権利が侵害される時に抗弁するのは、本人の義務です。

>この表現の仕方が決定的に間違っています。

間違っているというか混同して憲法12条の意味をすり替えているのはフリスキーさんです。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/20 19:33 >解雇通告を受けた派遣労働者たちが加入して
>いるユニオンの団体交渉の場面はずいぶん
>報道されていたじゃないですか。

派遣村に来るまでユニオンに加入していなかった人がいますし、派遣村に来るまでユニオンのことを知らなかった人もいますね。

>ずいぶんと多くの動きがあることがわかります。

それは無知でない、あるいは無知を改めた人がしていることです。私はそういう人を支持しますが。

派遣村に来ている多くの無知な人は、これまでそういう動きに参加してこなかったのですよ。私はそういう人を批判します。「それなら自業自得ですね」と。

>団体交渉だけが手段ではないですよ。

私は「選挙や団体交渉等」と書きましたが。「等」ですから、その他を否定している訳ではない。

>仕事を失うというのに指を加えて、野垂れ死に
>するに任せている人が、どれほどいると思い
>ますか。

無知な人、自ら抗弁しない人は、えてして派遣村に来る羽目になりますよ。まあ、派遣村に来る前に野垂れ死にする可能性もありますが。
多いですね、無知な人。無知ゆえに絶望的貧困から抜け出せない人。

>あの村に来た人々はただ寄生していたのでは
>ないのです。

私は「寄生」などとは書いていませんし。

「彼らがいかなる場合も行政やボランティアからの生活支援を受けずに自力で何とかする自己責任」などを言っているのではなく、「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」を問うています。
・・・と書いているのですが。一体何度繰り返せばよいのやら。

>再チャレンジへの足がかりですよ。

私は、「再チャレンジへの足がかり」を否定していませんし、「彼らが自らの無知を改めることは当然必要なことである」旨を繰り返し述べていますが。

>事実をきちんと把握する努力
>憶測と決め付けで他者を侮蔑

派遣村に来ている人の中に無知な人が多いこと、その無知な人がこれまで労働者としての自分の権利を守るための戦いをしてこなかったことは、事実ですよ。
報道されている本人の話、相談を受けた支援者の話でも、そういう事実は明らかにされていますよ。

事実に基づいて「無知な人は自業自得」「無知を改めるのは本人の自己責任」と指摘するのは、「憶測と決め付けで他者を侮蔑」ではなく、不当なバッシングでもなく、正当な批判です。

>牽強付会に間違った自論

憲法12条の記すところの国民一人一人の義務、「黙っていれば人権はない」は、正しい解釈です。

結局フリスキーさんやWallersteinさんは
「労働者としての自分の権利が侵害されても、本人が抗弁する義務はない、自ら戦わなくてよい」
という考えだと判断せざるをえませんが、そっちの方が愚論ですな。

>結局は、ご自身の無知と、厚顔無恥と、頑迷
>さと偏狭さをさらけだしている

いいえ、フリスキーさんやWallersteinさんの無責任、潔くない性根がさらけだされています。読解力もないし。

自分の権利を守るために選挙や団体交渉等を通して戦うことを怠ってきたのならば、反省と自戒は必要です。そういう無知や不勉強や努力放棄は改めないとダメ。棚に上げてはダメ。
「どれだけハードルが高いか」「どれだけ難しいか」などという言い訳は通用しませんから。

>貴殿には、“自己責任狂”という言葉が
>ふさわしい

Wallersteinさんに
「『彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任』とは何だ?!、そんなの改めなくていいんだ、何が悪い?、そんなバッシングする奴はけしからん自己責任狂だぞ」とでも思っているのですか?
・・・と訊きましたが、フリスキーさんは「その通り」ということですかね。

「彼らがいかなる場合も行政やボランティアからの生活支援を受けずに自力で何とかする自己責任」と「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」の違いを認めない訳ですかね。

それなら私はついていけませんから。

フリスキーフリスキー 2009/01/20 20:27 >latter_autumnさん

2009/01/19 23:12 の私の投稿をちゃんと
読んでおられないようですね。

伊藤真弁護士のエッセーをご自身の
自説の援用に利用したつもりが、
実はそれはとんだ勘違いで、
その当の伊藤真弁護士の言説
によって否定されたのです。
あなたは墓穴を掘ったのです。
あなたは、法学よりも、
ご自身の稚拙な我見を優位に置いたんです。

>間違っているというか混同して憲法12条の意味を
>すり替えているのはフリスキーさんです。

繰り返しますがこれは私の私見ではありません。
憲法学の識見です。
あなたは日本国憲法がよって立つところの、
立憲主義および憲法学を否定されたのです。
あなたのつまらない意地と感情と我見だけで
否定したのでは、話になりません。

>結局フリスキーさんやWallersteinさんは
>「労働者としての自分の権利が侵害されても、
>本人が抗弁する義務はない、自ら戦わなくてよい」
>という考えだと判断せざるをえませんが、
>そっちの方が愚論ですな。

はっきり言います。義務はありません。
伊藤真弁護士の記述をちゃんと読みましたか。
彼もはっきり断言しているとおりで
権利に法的義務は伴わないのです。
権利は権利、義務は義務なんです。
これは法学上そうならざるを得ないんです。
本人が抗弁する義務ではなくて、
本人が抗弁する権利なんです。

一冊でもいい、本を読んでください。

こちらがどれほど誠意を尽くして、
憲法とは、権利とは、法的義務とは
どういうものかを
基本から遡ってご説明申し上げたのに、
自分がいったん主張した内容と相違するがゆえに、
幼稚にも意地になって、引きたくなくて、
我見にしがみついて、
支離滅裂な悪あがきをしているのです。

自分が知っている事と、
知らない事をちゃんとわきまえてください。
自分が知らない事については、
知らないという認識をちゃんと持ってください。
知らないことについて知っているかのように語り、
知っている人間から正された場合、
あるいは知識に接した場合、
そこからきちんと学んでください。
反論があれば、基礎的な知識を踏まえた上で
反論してください。

そして、恥を知りなさい。

しまうましまうま 2009/01/20 21:15 >latter_autumnさん
あなたが読んだ憲法学の教科書(どれでもいいです)をあげてみなさい。そしてその何ページに「黙っていれば人権はない」などと書かれていたか引用してごらんなさい。

あなたは日本国憲法の解釈について全くの「無知」です。あなたの解釈はこの国に現在成立している法システムを完全に無視した暴論であり、職業法律家であなたの解釈「黙っていれば人権はない」に賛成する人は一人もいません(断言してもいい)。他人の「無知」を責めるあなたは自分の無知を改めようとはしない。これはとんだお笑い草です。天に唾とはよく言ったものです。

基本的人権の本質に無知なあなたに基本的人権の保障は必要ありませんな(笑)

自己責任自己責任 2009/01/20 21:51 派遣社員になったのも、正社員になったのも、我々が無知なのも全部自己責任ではあるんですよ。
しかし、「だから何なの?」「「それでどうするの?」ってことなんですよ。
クビ切られた人を放置して、彼らが犯罪に走ったりでもしたら、それこそみんな困るわけですよ。
自己責任論で突っ走るのも良いと思いますが、それとセットで何かしらの対処法を考えないといけませんね。

WallersteinWallerstein 2009/01/20 22:33 >フリスキーさん、しまうまさん
latter_autumnさんはその出発点から自分の印象だけを根拠として人を罵る性向の人である、ということがはっきりしましたね。もしかしたら、何らかの根拠でもあるのか、と思っていましたが、自分の論拠となることは何も示せないまま、自分の思い込みをひたすら繰り返しているだけ。私の問いには答えずに、議論を展開している所をみると、自身の議論が印象批評である、ということは認めたということで議論を進めていくしかなさそうです。で、印象批評というのは議論にならない。「自分はそう思う。根拠は自分がそう思うからだ」という議論に何を言えばいいのやら、ある種絶望的な気持ちになりますね。
latter_autumnさんにはまずは彼自身の憲法12条の解釈の基となる学説の提示を示してもらわなければ、そもそも議論にならないのではないか、と思います。
しまうまさんがおっしゃっている「他人の「無知」を責めるあなたは自分の無知を改めようとはしない」というのは、「私自身のことを言えば、不断の努力はしていますし、権利保持もできています」という何の根拠もない自己評価の高さをみれば全く至言であると思います。典型的な「仮想的有能感」にとらわれた人のようです。
結局氏の議論が印象批評でないことを示すための最低限の条件が自身の憲法12条に関する解釈が憲法学においては完全に通説となっていることを証明する必要があるでしょう。もはや彼の議論の前提は印象からスタートしていることは明白である以上、一つくらいは具体的な根拠があることを示してもらわなければ、どうにもなりませんね。

munyuumunyuu 2009/01/20 22:56 >なんか古いタイプの保守主義者みたいですよね。国や企業を批判するという行為
自体をすごい敵視する…。
 独占資本主義国家主義複合体支持者でしょうかね?

自分と異なる考えや意見を敵視や陰謀論でしかとらえられないのは、すごく哀れなことですね。

通行人A通行人A 2009/01/21 03:15 横から失礼します。

この「latter_autumn」さんという方、ググればすぐわかりますが、あちこちの左派系のブログに書き込んでは顰蹙を買って出入り禁止になっている御仁です。自称「日本共産党支持者」だそうですが。麻生邸デモに関しても、官憲の弾圧を正当化する書き込みを延々と行い、論争相手が根を上げるのを待つ、ということがありました。

フリスキーフリスキー 2009/01/21 09:22 >通行人Aさん、Wallersteinさん

はい。
latter_autumnさんに対しては議論が成立しません。
なぜなら、
この人の話の論法は、
私はこう考える、ゆえにこうなんだ。
私はこう考える、ゆえに私が正しいんだ。
根拠は、私がこう考えたことだ。
ということです。
こちらが、論理や学問的知見や事実の指摘から
いくら反論してもまったく通じません。
最初に提示した自分の主観こそは
不動の正義で、根拠は自分の主観です。
論理よりも、事実よりも、学問よりも
最優先されます。
つまり、論破不可能です。
だって、そこに“論”が無いのですから。
一種の病理です。
そうして相手が根を上げるのを待つ。
というか、
相手は呆れて見放すだけなんですけど・・・
話にならないんですから・・・
もっとも不誠実で、
もっとも幼稚で、
もっともエゴイスティックで
もっとも哀れで、
相手にする価値が無いですね。

P.S

ほぼ間違いなく、
このあとlatter_autumnさんはレスをつけて
例の調子で我見を通し続けますよ。
つまり、この論点については自分が
最後のコメントとなって
話を終焉させないと気がすまないのです(笑)

kechackkechack 2009/01/21 09:32 >latter_autumn さん

>私は、「彼らがいかなる場合も行政やボランティアからの生活支援を受けずに自
力で何とかする自己責任」などを言っているのではなく、「彼らが己の無知、不勉
強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」を問うていま
す。

 どっちも自己責任狂でしょう? 貴殿の言う後者の方がよりよくわからないので
「狂」な感じがしますね。
 派遣村の活動は、本来生活支援ではなくて、知恵を授けることです。

 貴殿が自分で学習することに拘って、知恵を授ける支援を否定している根拠が全
く理解できません。
 自習依存はただの時間の無駄で、経済的メリットがまったく感じられません。

>だったらまずは彼らの無知を改めないことには話にならないでしょう?、彼らの
不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等も然りです。

 全く意味不明です。
 世の中、無知な人、無知でない人の二元論で語れますか? 貴殿だってある部分
で無知な部分はあるでしょう? 私だって然りです。
そのくらい無知であったら糾弾の対象になり、どれくらい知識があれば糾弾の対象
としないのか。そんな議論は無意味です。

そこが貧困脱出の第一歩ですよ。この点を強調するのは、何の意味も持たない議論
ですか?
何の意味も持たないと言ってしまえば、結局棚に上げてることになるのでは?

kechackkechack 2009/01/21 09:50 >しまうまさん

>要するにこの人「派遣村に来るくるってことは努力してないってことだ」ってい
う極めて「粗雑」な「結果論」で叩いてるだけなんですよ。

latter_autumn は「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努
力放棄等を改める自己責任」とかよくわからないことを言ってますが、彼らが無知
で不勉強で政治的無関心だというのは、印象論に過ぎず、彼らを甘えているとかバ
ッシングしている人たちと同じなんですよね。

>単に責任を彼らに押し付けてるんですな。これはまさに自身が「自己責任教」信
者であることを告白しているようなもんです。

悪質な自己責任厨だと思います。

>「憶測と決め付けと結果論だけで基本的人権が侵害されてもしょうがない」とし
た時点で憲法に関してどうしようもない無知を告白しているようなもんです。

人の無知を糾弾する言説を唱えるのであれば、その人自身に相当の説得力がない
と…

kechackkechack 2009/01/21 09:55 >atter_autumn さん

>>どうして、人が具体的に書いていることをちゃんと読まずに、粗雑で話のずれた
レスをつけるのですか。

>派遣村に来ている多くの無知な人も、政治に関心の薄い層に属し、労働者である
自分の権利に無頓着で、その権利が政府や企業によって侵害されていくのを支持ま
たは拱手傍観してきたのではありませんか。

その前提自体が粗雑過ぎるのでお話にならないのですよ…。

派遣村に来ている人の多くが無知。政治的に関心の薄い。労働者である自分の権利
に無頓着。
全部印象論でしょ?

kechackkechack 2009/01/21 11:03 しまうまさん>

>「もっと早くから戦っていれば派遣村に来る羽目にならない」というこのフレー
ズこそ彼が自己責任教信者であることを如実に示しています。

>「お前が自分でもっと努力していれば〜ような羽目にはならない」(〜の部分に
は「解雇される」とか「病気になる」とか自分にとって不利な状況を何でも代入で
きます)要するにこれ「お前が不利・困難な状況に陥ったのはお前が努力しなかっ
たせいだ」ってことですよ。これが「自己責任教」じゃなくてなんなんでしょうか


その通りです。

Wallerstein氏は、「彼らがいかなる場合も行政やボランティアからの生活支援を
受けずに自力で何とかする自己責任」などを言っているのではなく、「彼らが己の
無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任」を
問うている。といって両者は全然違う。一緒くたにするなという話を執拗に繰り返
していますが、「お前が自分でもっと努力していれば〜ような羽目にはならない」
というロジックで語っているという点で全く同じなんですよね。まさに「自己責任
狂」です。

kechackkechack 2009/01/21 11:18 >Wallersteinさん

>「自己責任教」を主張するブログを拝読していますと、一つ目のグループとして
IT関係者が目につくような気がしています。

私も統計的なデータではないですが、私の友人やMixiの関係者を見ると、その傾
向はある程度当たっていると思います。
別にIT関係とは限らないのですが、自分のやったことがそのまま成果になるわか
りやすい職業、チームワークや職場環境にあまり左右されない仕事だと、シンプル
な自己責任論が受け入れやすいのかも知れません。

>小泉政権において飛躍したグループと考えますが、彼らが同時に国家主義的主張
をしていることにも気付かされます。まあ「自己責任教」と国家主義というのは意
外に親和性が高く、もちろんそうではない国家主義者も多いのですが、「自己責任
教」はほぼ国家主義に傾斜するような気がします。いわゆる「コンサバティブ」に
分類される人です。

本当は国家主義と自己責任は矛盾する概念なんですけどね。自己責任を重視する
イデオロギーは本来的には国家の役割を縮小する考え方ですから。
 ただ日本の場合はもっと「バカの理論」が支配していて、「国を批判するやつは
けしからん。サヨクだ」という古典的保守の感情があって、この思想が国家主義と
自己責任論を結び付けているのだと思います。

WallersteinWallerstein 2009/01/21 11:32 >kechackさん
私も国家主義と自己責任は本来矛盾する概念だと思います。例えばアメリカの共和党は自己責任論の権化で、ある意味徹底した無政府主義なんですが、日本では「公」への奉仕が共和党よりも強くなり、それだけに国家主義と自己責任論の無媒介な癒着を起こしているのではないか、と考えています。ただ日本だけではなく、サッチャー主義やレーガン主義でも同様の傾向はあり、同時多発テロ以降のアメリカでは自己責任と国家主義の結びつけもあるような気はしています。日本ではkechackさんのおっしゃるような「国を批判するヤツはサヨクだ」という感情があって結びつけられている、という見解に賛同します。付け加えると、ブッシュ政権に大きく影響を受けた小泉・安倍と続いた政権とそのもとで既得権益を築いた勢力がブッシュ流の自己責任と国家主義の結びつきをぶち上げることで自己の既得権益を守ろうとしている、という側面もあり、自己責任と国家主義の結びつきがその既得権益にすがりつく人々の拠り所となっているのではないか、とみています。

WallersteinWallerstein 2009/01/21 11:32 ところで二つ上の「Wallerstein」は「latter_autumn」の間違いですよね?

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/21 18:33 まとめレスです。

>latter_autumnさんに具体的に提示していただき
>たいのは

では後日に。

>全部印象論でしょ?

後日本人や支援者の話を書きますよ。というか、先に「派遣村に来ている人は、無知が故に貧困から抜け出せない人が多くて」と書いたのはkechackさんですが、印象論ですか?

>あなたが読んだ憲法学の教科書(どれでもいい
>です)をあげてみなさい。

とっくに挙げてますが。リンク貼ってますが。1月19日19時58分のログで。

http://www.jicl.jp/chuukou/backnumber/06.html

タイトルが「黙っていたら人権はない」ですが。
本文中に「平和も人権も黙っていて保障されるものではありません。私たちが主張し、必死の努力によってはじめて勝ち取れるものであることを、心にとめておかなければなりません。」とも書かれていますが。

>職業法律家であなたの解釈「黙っていれば人権
>はない」に賛成する人は一人もいません(断言
>してもいい)。

伊藤真氏は職業法律家ですが。しまうまさんの断言は見事に外れでしたね(笑)。

>貴殿が自分で学習することに拘って、知恵
>を授ける支援を否定している根拠が全く理解
>できません。

私は、派遣村の支援者の活動を否定してはいませんが。
派遣村に来ている人(支援を受けている人)の中の無知な人の自己責任を問うているだけですよ。
そういう無知な人は多いですが、彼らに対して、自分で勉強して無知を改める姿勢がなければダメだと批判しているだけですよ。

学校でも教師は知識を授ける支援をしていますが、それでも勉強しない生徒はいるでしょう。
私が問うているのは、学習すべき本人の向学心と努力ですよ。そこは自己責任でしょう。

そして権利保持のための戦いに自ら立ち上がることです。これも自己責任ですね。
自分が努力しないで代わりに他人が戦ってくれる訳じゃないのだから。

>貴殿の言う後者の方がよりよくわからない

>「お前が自分でもっと努力していれば〜ような
>羽目にはならない」というロジックで語っている
>という点で全く同じ

勉強しない生徒が「俺が無知なのは俺の所為じゃない、社会全体の責任だ」などと責任転嫁してはいかんでしょう。
派遣村に来ている多くの無知な人も然り。

>自習依存はただの時間の無駄で、経済的メリット
>がまったく感じられません。

無知なMERCYさんに対して、「自分の限界まで努力したり、限界まで能力を発揮したことがない」と批判したのはkechackさんですよ。
それなら、同じく無知な人、派遣村に来ている多くの無知な人にも、自分で勉強する努力を要求しないことには、ダブルスタンダードでしょう。

>世の中、無知な人、無知でない人の二元論で
>語れますか? 貴殿だってある部分で無知な
>部分はあるでしょう? 私だって然りです。

基本的人権の何たるか、労働者としての自分の権利の何たるか、権利保持のための努力の何たるかくらいは、知っていないとダメでしょう。
「無知でもいいんだ、困るのは自分だけなんだから」とでも開き直りますか(少なくとも子供がいたら自分だけでは済みませんが)。

>そんな議論は無意味です。

いいえ、無知を改めるために自分で勉強する努力、権利保持のために自ら戦う努力がなければ、貧困から抜け出すことなどまず不可能です。

無知である自分の自己責任を自覚し反省している人に対して、勉強の支援をするというのなら、まだ期待は持てますが。
一向に反省なく勉強しない人に対しては、知恵を授ける支援をしても、徒労に終わるだけです。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/21 18:44 >どこにこれが法的義務だという趣旨が書かれて
>いますか。

「義務でない」とは書いていませんよ。

で、日本語の意味を考えたら当然義務でしょう。
「することができる(=してもしなくてもよい)」なら、義務ではありませんが。
「しなければならない」のは義務です。成文法にそう書いてあるものは法的義務。

>人権の制約の根拠だという指摘がありますか。

「罰則とセットになっていないものは、義務でない」という解釈は、唯一絶対ではありませんが。

>同じく伊藤弁護士はこうもおっしゃっています。

それは彼の話を聞いた人が、一部曲解して伝えているだけです。要約する時に間違えただけ。

http://www.jicl.jp/chuukou/backnumber/20040705_2.html

「ところで、憲法は公務員だけに「憲法尊重擁護義務」を課しています(第99条)。公務員は、国や地方自治体において権力を行使する人たちです。国民の人権を侵害してしまいがちな立場にいるために、特に憲法を守らなければならないとされているのです。日本の憲法は国民には「憲法を守れ」といっていません。国民はむしろ「憲法を守らせる側」にいるからです。」

憲法の構成を見ても、国民が個人レベルで守る対象になるのは、3章くらいですから。
3章以外を守るのは、基本的に一般の国民ではなく、天皇、大臣、国会議員、公務員。
全体的には、国民が守るべきところよりも、国民から権力を委ねられ権力を行使する人(天皇はちょっと違うけど)が守るべきところの方が多いということですよ。
(もちろん、国民から権力を委ねられ権力を行使する人は3章も守らねばなりませんが。)

例えば一般の国民である私が個人レベルで、他人に対して法の下の平等に反する差別をしないようにする(憲法14条を守る)ことは可能ですし、何となれば敢えて悪意を持って差別をする(憲法14条を守らない)ことも可能ですが。
憲法9条(2章)を守るか守らないか、国際紛争解決のために武力行使をしないようにするのか敢えて「自衛のための先制攻撃」とやらに踏み切るのか等は、個人レベルの話とは違うでしょう。一般の国民には、自衛隊を動かす命令権限がないのだから、個人レベルで9条を守るも守らないもあったもんじゃない。

従って
「憲法は国家権力を制限し、人権を保障するものであって国民は憲法を守る義務はまったくない。守らなければならないのは天皇、大臣、国会議員、公務員だと憲法には書いている。」
いうのは曲解です。
「国民は憲法を守る義務がある、しかし天皇、大臣、国会議員、公務員の方が一般の国民よりも憲法を守る義務を多めに負っている」
というのが正解。

>日本国民に憲法を守る義務はありません。

それは3章以外についてオーバーに噛み砕いた(インパクトを重視する代わりに正確さを犠牲にした)説明ですよ。

>12条前段を法的義務と解する学説、判例の
>ご紹介は

ですから伊藤氏の主張は、まさにそれですよ。逆に訊きましょうか。
「国民に憲法を一切守る義務は一切ない、3章も含めて守らなくてよい」
「例えば、国民は法の下の平等に反する差別をしたければしてもよい」
「国民は権利保持のために不断の努力をしなくてもよい」
などと、はっきり説明している記述が、誰のどの学説にありますか?

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/21 18:48 ところで伊藤博文ですが。
日本国憲法は国民の権利を保障するために3章を充実させています。
しかし大日本帝国憲法の2章は極めて制限的な内容になっています。そもそも基本的人権の尊重、不可侵という理念さえ含まれていません。天皇は神聖不可侵だと書かれていますが。
大日本帝国憲法の下では、治安維持法のような法律を作り特高警察や憲兵隊で「臣民」の自由を弾圧することさえ合憲でした。

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/uekiemori.htm

伊藤の発言の真意は、単に大日本帝国憲法の2章を充実させたくなかっただけです。実際自由民権運動に対しては、弾圧する側に立っていましたし。

>論点となっている12条前段ですが、
>latter_autumnさんは、これを国民の側に課さ
>れた法的義務であると頑なに主張され、もし
>この規定に反しているのならば、その国民は
>人権の侵害を受けても、それは自己責任であり、
>自業自得であるという主張です。

人権侵害を受けても自分で抗弁しないのならば、それは黙認、泣き寝入りするということですが。

>伊藤弁護士が指摘されているように、権利は
>権利、義務は義務なんです。

彼は「不断の努力をしなくてよい」「自分で抗弁しなくてよい」とは指摘していません。
「人権保持のためには、国民が主張し続けなければならない」旨を指摘しています。
「〜なければならない」のは義務です。で、主語は国民。

>日々よく権力の側を監視し、流されること無く、
>主体性を持って生きていくべきだ。

人権侵害を受けた(受けつつある)時は、自分で主体的に抗弁しなければならないのです。

>倫理と法的義務は別物です。
>端的に言うと国家権力による強制の有無です。

倫理(道義的責任)は成文法に明記されていないもの、法的義務は成文法に明記されているもの、という解釈もありますが。
この区分で行けば、12条は法的義務です。「〜なければならない」だし。3章自体も「国民の権利と義務」であって「国民の権利と倫理」ではないし。

>法的義務とは、国家権力による“こうしなさい”
>という命令なんです。それを与える根拠が法律
>です。それによって権利は制約を受けます。
>守らなければペナルティを課されます。

「〜なければならない」は「こうしなさい(こうせよ)」と同義ですが。

というか、「義務を守らなければ、ペナルティを課される、権利を制約される」というのであれば、「義務と権利はセットだ」ということになってしまいますが。フリスキーさんが引用した「権利は権利で、義務は義務です。両者は全く別物であって、伴うことはありません。」と矛盾してますが。

義務と罰則がセットになっていない場合もありますよ。
・・・と繰り返し指摘していますが、具体例を挙げないと理解できませんか。
それなら書きましょうか。

イラク派兵違憲判決では、国側の行為が9条違反だと認定しましたが、行為の責任者(派兵を決めた政府と認めた議員等)は誰もペナルティを課されていないし権利を制約されてもいない。
「ペナルティがなければ法的義務ではない」という解釈で行けば、「憲法9条を守るのは政府の法的義務ではない」ということになってしまう。「そんなの関係ねぇー」ということになってしまう。98、99条とも矛盾。

罰則が明記されていようがいまいが、成文法に「〜すべし(すべからず)」旨が示されているものは法的義務ですよ。

WallersteinWallerstein 2009/01/21 19:17 伊藤博文発言の背景はご存知ないようですね。レスを拝読すると、伊藤発言がどういう文脈で行われたかを全く踏まえないレスだったので。あれは第二章を充実させたくない、という単純なものではありません。どうも山県有朋や桂太郎と伊藤博文・西園寺公望の関係もご存知ないようですね。
挙げられているネット情報は私擬憲法にかんするものでしかありません。伊藤博文の憲法観を直接議論する材料にはなりません。伊藤が私擬憲法、特に植木枝盛と比べて遅れているのは当たり前です。その伊藤ですら憲法に関しての認識があなたとは根本的に異なっていることを論じているのです。伊藤ですら憲法が国権の制限を基本とすることを踏まえていたわけであって、伊藤が相手にしていたのは、一つには憲法の存在をそもそも認めない超然主義の政治家であり、もう一つは、憲法に義務・権利ではなく、臣民の分際と表記すべきと唱えた森有礼です。具体的には「臣民の分際」と書くべし、と第二章を全否定する森に対して「憲法学及び国法学に退場を宣告する説だ」と批判したのが伊藤発言です。latter_autumnさんの意見とは真逆の文脈です。

河原の枯れすすき河原の枯れすすき 2009/01/21 20:17 10日から始まった「自己責任狂」をめぐる対話?論争、とても興味深く読ませていただきました。「派遣村バッシング」の問題が、今日の社会状況の混沌と言うか荒廃の原因を探るためのひとつの断面として取り上げてくださったので、そのやり取りに注目したしだいです。
「政治への関心が低く、現実社会で起きていることを運命と達観してしまう受動的保守主義者」とは見えないような方からの熱意ある反論もあり、「関心が低く」と言うより「理解が低く」と言うことから来る思い込みが強いように見えました。憲法12条の理解などもそれなり熱心な反論の試みがあったようですが、言葉尻をとらえた無理な論争と見え、理解をしてもらうには「相当困難」と言うのも本当のようです。
「自己責任」いう言葉は、最終的にはどんなことになっても、「みんな自分が悪い」「みんなお前が悪い」と言って社会と個人の人間的関係を否定するために使われてしまうことになる言葉だと思います。どんな理由があっても、現実に困難を抱えていたり、生きることの危険にさらされている人に救助の手を差し伸べることは、人間として最も大事なあり方として、人類の歴史の中で社会進歩の土台となってきたはずです。
ともかくこんなことは、ほっとけないと言って始まったことが「派遣村の」出発点としての人間的行動の現われです。これを批判することは、その批判の根底に、どんな人間的弱点を持っているのかを考える材料があるように見えます。その意味でいろいろと考えさせていただきました。

フリスキーフリスキー 2009/01/22 01:43 >latter_autumnさん

憲法および法律の解釈というものは、
条文を素人が読んで、こう書いてあるから、
こうに決まっているだろうという
決めつけと思い込みで済まされるものではありません。
それで済んでしまうなら、法学も法学者も法学部も
必要ありません。
法学者たちの営々たる学問的思索と研究の蓄積の下、
積み上げられてきた法思想と概念と論理性に貫かれた
厳密な法学的方法によって条文解釈というものは
なされてきたのです。
その成果に我々は依拠しなければなりません。
あなたのような我見と勝手な思い込みで
決め付けるのは法学への冒涜に他なりません。

さて、

>>12条前段を法的義務と解する学説、判例の
>>ご紹介は

>ですから伊藤氏の主張は、まさにそれですよ。
>逆に訊きましょうか。
>「国民に憲法を一切守る義務は一切ない、
>3章も含めて守らなくてよい」
>「例えば、国民は法の下の平等に反する差別を
>したければしてもよい」
>「国民は権利保持のために
>不断の努力をしなくてもよい」
>などと、はっきり説明している記述が、
>誰のどの学説にありますか?

私がいつ、国民は権利保持のための
努力をしなくてもよい、
と言いましたか?

あなたは、論点をごまかさないでください。
12条前段について論点になっているのは、
ここで上げられている義務が、
“法的義務”なのか、
それとも“倫理的指針、道義的責務”なのか
ということです。
道義的義務と言っても良いでしょう。
あなたは、これが法的義務だと断言され、
ゆえに人権制約の根拠としたのです。
つまりこの法的義務を怠ったのならば、
人権が侵害されても自己責任であると。
人権保障は国家の法的義務ですが、
個人の人権保持義務を法的義務と
することでこれを
怠った場合、人権侵害も自己責任だと
主張されているのですから
人権制約原理に他なりません。
さて、

伊藤真弁護士のエッセーのどこにも、
12条法的義務説が主張はされていません。
これは紛れも無い倫理的指針、国民の道義的責務、
心構えを説いたものです。

「法律は国民を縛り、憲法は権力を縛る」。
だから、日本国民に憲法を守る義務はありません。

これは伊藤氏ご自身の言葉です。
ですから彼の本を読んでくださいと言ったでしょう。
彼の真意はあなたとは全然別のところにありますので。
彼は至って通説的理解によっています。

http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-901510-33-2.html

さて、
この論点における対立点を確認したうえで、具体的に憲法学の
代表的学者の著作から引用します。
あなたには初めて聞く名前だと思いますが
大家による著作で憲法を学んだ人なら
知らない人はいないでしょう。

「この責任(12条)は、強い保障をうける人権の主体としての
 国民に対して倫理的な指針を示したものであり、
 これを根拠にその責任を法的に強制し、人権を制約しうるという
 法的な意味をもつものでないということである。」
    (伊藤正己「憲法」弘文堂 P190より) 

「本条(12条)の定める責務は、
 多分に精神史的意味合いにおいて
 理解されるべきもので、本条のみを根拠に具体的な
 法的義務を帰結することは適当ではないと解される。」
    (佐藤幸治「憲法」青林書院 P399より)

また、国民の3大義務とされる、
教育の義務(26条)、勤労の義務(27条)、
納税の義務(30条)についても

「人権規定の中に義務を定めることは、
 憲法の本質と矛盾することになる。
 ただ伝統的に諸国の憲法の人権規定中、
 一定の義務規定が置かれることがある。
 その規定は、国民に倫理的指針を与えたり、
 法律によって具体化されることを
 予定するといった意味を持つに過ぎず、
 それ自身としては
 法的意味はほとんどもたない。」
   (伊藤正己「憲法」弘文堂 P387より)

あなたは、憲法という成文法に義務と書いてあるから、
それは法的義務だという主張ですが、
そんな決め付けは、噴飯もの扱いされます。
憲法とは、国家権力の濫用を抑制して、
国民の権利自由を守る最高法規というのが
通説的定義です。
ですので、伊藤教授が解説されているように
憲法に挙げられた国民の義務とは、
義務と書かれていても、その法的意味は
それ自身としてはほとんど持たないのです。

これが憲法学の識見です。

ですから、伊藤真弁護士は、

>「法律は国民を縛り、憲法は権力を縛る」。
>だから、日本国民に憲法を守る義務はありません。

こうおっしゃったのです。
重ねて確認しておきますが、
伊藤正己教授が解説したように、憲法における国民の義務の
規定はすべて、人権を制約する
具体的な法的根拠にはなりえないのです。
なりえるのは、憲法ではなく、
具体的な権利を制約する具体的な法律の条文だけです。

ですから「黙っていれば人権はない」という表現は、
紛れも無く倫理的指針、心構え、マニフェストなんです。
なぜなら、
もし実際に“黙っていると、人権が無くなってしまう”という
ことになるのなら、
それは法的義務であり人権制約以外の何者でもありません。
しかし、伊藤正己、佐藤幸治両教授の著作からの
上記の引用を読めばわかるように、
憲法における国民の義務に関する規定は
その根拠にはならないのです。
もし根拠が欲しいなら法律が必要です。
三大義務についていえば、
納税の義務については税法、
義務教育については教育基本法、
勤労の義務については、
これを強制する法律は存在しません。
ただし生活保護法や失業保険の要件等によって
間接的に勤労の義務が内在されるに過ぎないと
理解されます。
繰り返しますが、
権利保持義務を法的義務にしたいのならば、
法律による具体化が必要で、そこで
その要件と効果が厳密に
規定される必要があるんです。
12条前段では、その根拠にはなりえないのは
上記で詳述したとおりです。

よって、
あなたの法的義務説は
我が国の憲法学通説によって明確に否定されるのです。

P.S

私はこのように、学者による専門書からの
具体的なページをご紹介したうえで
解説申し上げました。

あなたの解釈される法的義務説が主張される
学者とその専門書からのページ、判例は
ご紹介いただけないようですね。

ESDESD 2009/01/22 03:24 横から失礼します。
>>letter_autumnさん

上記のようなフリスキーさんの説明が通説であるとして、それがたかだか日本の通説にすぎないのではないかとお考えかも知れませんね。
そこでMerriam-Websterをちょっと引いてみました。
constitution:(5a) the basic principles and laws of a nation, state, or social group that determine the powers and duties of the government and guarantee certain rights to the people in it

ここに明記してあるとおり、欧米においても、the governmentのthe powers and dutiesをdetermineして且つthe peopleにcertain rightsをguaranteeするものだ、と定義されております。the peopleのdutiesについては触れないのです。

しまうましまうま 2009/01/22 08:01 >本文中に「平和も人権も黙っていて保障されるものではありません。私たちが主張し、必死の努力によってはじめて勝ち取れるものであることを、心にとめておかなければなりません。」とも書かれていますが。

やはり語るに落ちていることがお分かりにならないようだ。「心にとめて」ってそれこそ「倫理的指針」ってことだろ?「法的義務」=法による強制なら、「心に留めようが留めまいが関係ない」のだから。
それにしてもこの程度の日本語も読めないのか。それでまあよく努力不足だのなんだので他人を責められるねえ。

WallersteinWallerstein 2009/01/22 08:43 >フリスキーさん、ESDさん、しまうまさん
latter_autumnさんはどうもご自分の極めて初歩的な知識が全てであり、ご自分の初歩的な知識から外れた知識を「誤っている」と決めつけているようですね。伊藤博文のやりとりで感じたことです。確かに中学程度の歴史知識では、伊藤博文も自由民権運動に反対した反動的な人間、として一括されるかもしれません。ここには自由民権運動対国家権力という単純化された図式しかありません。しかしlatter_autumnさんのような見方では大井憲太郎の大阪事件や、福沢諭吉の「転向」は説明できませんし、桂園時代も理解不能でしょう。
同じことが「法的義務」と「倫理的指針、道義的責務」の未分化にも言えそうです。latter_autumnさんは「〜しなければならない」とあれば、必ず「法的義務」と考えているのでしょう。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/22 22:15 >具体的なデータです。ハードルが高すぎるかも
>しれませんが、ご自身が設定したハードルです。

簡単ですよ。以下、報道されている本人の話の例を列挙します。各々の本文は、各新聞社の記事検索で確認できます。

朝日新聞2008年12月31日
「いまこそ連帯 労働者・ボランティア「年越し派遣村」」
大手自動車メーカーの群馬県の下請け工場で派遣の仕事を切られたという男性(41)

朝日新聞2009年1月6日
「年越し派遣村、都内4施設に移転」
千代田区役所で生活保護を申請した男性(56)

朝日新聞2009年1月10日
「「住まいを」「働きたい」…派遣村から再出発への一歩」
東京都中央区の小学校跡「十思(じっし)スクエア」の体育館で寝泊まりしていた長崎県出身の男性(43)
千代田区役所で生活保護費を受け取った男性(46)

毎日新聞2009年1月2日
「年越し派遣村:利用者、予想の倍 厚労省講堂なども開放」
自動車マフラー製造の請負を10月末に解雇された男性(41)

毎日新聞2009年1月5日
「年越し派遣村:失業者ら「今日からが勝負」撤収作業開始」
静岡県内の自動車関連工場で派遣社員として11月末まで働いていた男性(40)

毎日新聞2009年1月12日
「年越し派遣村:暮らし再建少しずつ…170人は「再転居」」
静岡県内の自動車工場に勤務していて昨年12月中旬、派遣契約を中途解除された独身の男性(41)

東京新聞2009年1月10日
「再起『次は職』 『派遣村』申請全員に生活保護」
元派遣労働者の男性(46)
勤め先が倒産し、家賃滞納でアパートを出たという男性(36)
七年前から日雇い労働で暮らす男性(60)
東京・山谷地区で段ボールを敷いて年を越した男性(36)

以上、
「企業に対して団体交渉をしたことがない」
「企業の労働法規違反行為に対して抗弁をしたことがない」
等の実例ですが。
いずれも、契約期間中途解雇が原則禁止されていること、経営上の都合による解雇は「整理解雇の4要件」を満たさない限り無効であること等を知らずに、泣き寝入りですね。

派遣村以外でも、以下のように、各地に似たような話はたくさんある。無知な人が多いのは事実。

朝日新聞2008年12月20日
「ハケンの旅、九州、北海道…「また飛ばされんでしょ」」

朝日新聞2008年12月22日
「「なんで自分がホームレスに」 派遣切り、急増の年末」

朝日新聞2008年12月26日
「派遣切り、届いた0円の給料明細 「寮費不足分払え」」


「選挙に行ったことがない」
「選挙に行ったことはあるが、労働規制緩和を推進している候補者に投票した」
等の実例としては、

朝日新聞2009年1月11日
「派遣切り、限界集落…そこに「共産党」―ルポにっぽん」

派遣村以外の記事ですが、実態は共通しています。

労働規制緩和に反対している候補者を選べるくらいの知識があれば、「どこの誰が支援してくれるのか」「自ら立ち上がって戦うにはどのようにすればよいのか」も調べられますし、労働法規違反行為に泣き寝入りしなくて済みますし。途方に暮れて派遣村に流れ着く羽目には滅多になりませんから。
派遣村に来ている人の中に無知な人が多いのは、事実であり、必然の結果でもある。

ということで、「多くの無知な人は、労働者としての自分の権利を守るために選挙や団体交渉等を通して戦ったことがない」ということの根拠となる具体的なデータの提示は完了。

>あなたはこのような決めつけをしてまで派遣
>労働者をバッシングして

現実に報道されている本人や支援者の話に基づいて、無知な人の自己責任を問うているだけです。
無知な人が無知なのも、権利保持のための努力を放棄しているのも、自己責任ですから。

>「派遣村に来る羽目」に陥った人々は全て

全て?
私は「派遣村に来ている人は全員無知だ、全員政治的に無関心だ」などとは書いていませんが。
・・・と1月16日20時47分のログで指摘しましたが。

私は初めから一貫して、kechackさんの「派遣村に来ている人の中には無知な人が多い」という指摘に沿う形で、その多くの無知な人の自己責任を問うているだけですよ。一度も「全て」なんて言ってませんよ。
人の発言を勝手に捏造しないように。

>仮にそうだったとしましょう。そのことは彼ら
>自身分かっていることではないでしょうか。

多くの無知な人が、自己責任を自覚し反省している、自ら立ち上がって戦いを始めている、ということですか?
「大逆襲」の話は知っていますが、自己責任を自覚している人は、さてどれだけいるやら。
「彼ら自身分かっている」ことの根拠となる実証データが何かありますか。例えば、派遣法改正のために次の衆院選どうするとか。
私の見聞きした限りでは、今のところそういう実証データはないようですが。

>あるいはあなたがここで彼らに呼びかけること
>に何の意味がありますか?

彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任を自覚していなければ、「大逆襲」は失敗しますよ。

>派遣村に至る政治や財界の動きを批判する
>kechackさんのこのエントリを否定すること

派遣村に至る政治を作った責任は、派遣村に来ている多くの無知な人にもあります。
「選挙に行ったことがない」
「選挙に行ったことはあるが、労働規制緩和を推進している候補者に投票した」
人は、そういう政治を支持または黙認した訳ですから。
そこを棚に上げていたのでは、説得力はありませんし、現実の改善も見込めませんよ。

WallersteinWallerstein 2009/01/22 22:58 あなたはご自分で「戦っていれば派遣村に来る羽目にはなっていない」とおっしゃったわけでしょう?派遣村に来る羽目になったのは「戦っていない人だけ」ということではないんですか?言いがかりに見えますか?多分言いがかりなんでしょう。しかしあなたの文章が印象批評を基に組み立てられていることを指摘したかったわけです。「自己責任を自覚している人は、さてどれだけいるやら。」もずいぶん印象批評ですね。さらに言えば私のこの問いに対するあなたの努力は無意味のみならず、あなたが具体と抽象の違いを理解できていない、ということをさらけ出しただけです。個別のデータを出しても、それはその人の場合、ということを表すに過ぎません。あなたがご自分のお考えをデータに基づき立証したいのであれば、ネットで検索するのではなく、最低限数量的に信頼のおける量のデータを集積する必要があります。それを専門的な数値処理を行ない、そのデータが偏ったものではない、ということも示す必要があります。あなたが一人一人の話を持ってきても「それはあなたのつまみ食いだ」とイチャモンを付けられて終わりです。
あなたが議論というものを全く分かっていらっしゃらないことは「「彼ら自身分かっている」ことの根拠となる実証データが何かありますか」という言葉からも明らかです。私がいつ「分かっているはずだ」と言いましたか?私はそれについては「分からない」と言っているはずです。あなたの議論は全く議論のマナーを知らない人なのか、それとも悪質な印象操作をしようとなさっているかのどちらかです。どちらですか?
「彼らが己の無知、不勉強、政治的無関心、権利保持のための努力放棄等を改める自己責任を自覚していなければ、「大逆襲」は失敗しますよ」いや、だから「ここ」でいくらあなたが力説しても、彼らに届かないじゃないですか。あなたはそう思うのであれば、こんなところでクダまいてないでさっさと彼らに直接呼びかける努力をすればいいではないですか。ここで憲法12条に関しての無理解をさらそうと、伊藤博文と森有礼の憲法論争についての無知をさらそうと、彼らの「大逆襲」には何も寄与しないでしょうに。そんなに彼らのことが気になるのであれば、とっとと派遣村に駆けつけて彼らを説教すればいい話ではありませんか?
だから私は聞いているわけです。あなたは「ここ」で何をしたかったのですか?と。あなたがいくらここで力説しようと彼らの「大逆襲」には何の関係もない話です。それとも彼らのことを思っている、というのはお題目ですか?
ちなみに私は彼らがどう行動すべきかについては私が喋々すべき問題ではない、と思っておりますので、ここでクダをまいているわけですが。あなたの眼目は彼らがどう行動すべきかにあるわけでしょう?ならばここでクダをまいているのは無意味ではありませんか?それともフリスキーさんのおっしゃる通りにただただ意地になっているだけですか?
もう一回だけ言います。あなたの問題関心がもし「大逆襲」に何らかの寄与をなしたいのであれば、「ここ」で語ることには何の意味もありません。kechackさんの問題関心も、過去のエントリをごらんになればわかるように、「自己責任」をキーワードにした労働法制の批判にあるわけで、彼らが今後どうすべきか、を彼らに説教する、という場ではないはずです。

WallersteinWallerstein 2009/01/22 23:43 で、latter_autumnさんにぴったりの捨てぜりふを用意してあげます。「Wallersteinのような空理空論を吐いていても現実の人々を救済できない。それで空しくないですか?さようなら」ってどうですか(笑)。

しまうましまうま 2009/01/23 00:25 彼らは彼らなりに戦っていたのかもしれないしそうでないかもしれない。それは「分からない」。でも基本的人権は全ての人に保障されるべきだから、彼らが生存の危機に瀕しているのであれば手を差し伸べられるのは当然だよね?という話をしているのに

「戦っていれば派遣村に来ることはなかったはずだ(戦っていれば派遣村に来ることはありえない)」「戦っていなければ人権はない」「反省しろ」とか抜かし始めたのはあなた。

ならばまず「派遣村に来た人全てが戦っていなかったこと」をあなたがまず根拠をもって示すのは当然。それが議論をする上で当然のマナー。それを「戦っていたという証拠を出せ」と抜かすのは完全な逆切れ。それが出来ないのならつまりあなたの議論の前提が崩れているわけだからあなたの議論は完全なインチキであるということです。

また「戦ったかどうか」に関係なく「基本的人権の保障」が「当然に」全ての人に及ぶということに関してあなたは完全に無知をさらけ出した。なので二重の意味であなたの議論はご臨終。

繰り返すよ。あなたが自分の議論に説得力を持たせたいなら「基本的人権は少なくとも選挙に行った人間にだけ保障される」、「派遣村に来た人間に選挙に言った人間は一人もいなかった」をソースをつけてきちんと論証してくれ。じゃなかったら単なる「たわ言」。

WallersteinWallerstein 2009/01/23 01:22 >しまうまさん
latter_autumnさんはご自分でも何が言いたかったのか、もはや分からなくなっていらっしゃるのでしょうね。そもそも彼は「自己責任教という言葉はおかしい」ということが眼目のはずで、その論拠として「彼らにも責任はあるからだ」と言っていた程度のはずなんです。しかし「責任」という一般概念と「ここ」で使われている、労働法制改悪のキーワードとしての「自己責任」を分離して考えていなかった点を問われて引っ込みがつかなくなったんでしょうね。そこからグダグダになっていった、というところではないでしょうか。いつの間にやら憲法12条に関する法的義務説、という訳の分からない議論を始めてしまった、というところでしょうか。
彼がそもそも議論をする資質が根本的に欠落しているのは、直近のエントリの書き出しで私の「具体的なデータです。ハードルが高すぎるかもしれませんが、ご自身が設定したハードルです」という意地悪に非常に素直に「簡単ですよ。以下、報道されている本人の話の例を列挙します」と応じて、そのあとで「「派遣村に来る羽目」に陥った人々は全て」というのが目についたのか「「一度も「全て」なんて言ってませんよ。人の発言を勝手に捏造しないように」という言い訳をしています。ここで「私の言葉は言葉の綾だ、そこの揚げ足を取るWallersteinは汚い」と逆ギレでもすれば傷は浅くて済んだのに、なぜわざわざ自分で墓穴を掘るかな、と少し気の毒になってきました。多分一事が万事彼はそういう人なのでしょう。悪い人ではないのでしょうが、根本的に議論をするのに向いていない人のように思われます。まあ私の友人に多いタイプなのは、しまうまさんご存知だと思いますが(笑)。だから私はlatter_autumnさんのことも嫌いではないんですよ。彼の過去の発言をググってみて、そう思いました。

しまうましまうま 2009/01/23 03:21 >Wallersteinさん
そういや
>全て?私は「派遣村に来ている人は全員無知だ、全員政治的に無関心だ」などとは書いていませんが。

これもまさに語るに落ちた発言ですな。「全員が無知でも政治的に無関心でもないかもしれない」を認めるなら「彼らなりに戦っていた人がいるかもしれない」ってことも認めたってことです。つまり
>「戦っていれば派遣村に来る羽目にならない」
というlatter_autumn論は完全に破綻してしまいました。ちゃんちゃん。

ま、この人も自分の発言の含意が分からない人なんでしょうな。そういう人はこういうwebでの議論は向いてないと私も思います。webでは一言一句きちんとログが残って整合性が問われますから。
>悪い人ではないのでしょうが
ちなみに私、性格「ものすごく悪い」です(笑)お分かりかと思いますが(笑)

WallersteinWallerstein 2009/01/23 07:25 >しまうまさん
性格はお互い様、ということで(笑)。
もう一つ種明かしをしておくと、伊藤博文のくだりは私はlatter_autumnさんはバックレるかと思いました。バックレとけば「ああこの人は憲法の本質論を知らないんだ」で済んだのに、下手に抗弁して「知らないことに対して知ったかぶりをする」という人であることが分かってしまったわけです。
latter_autumnさんに解説しますと、あの伊藤博文発言は森有礼と伊藤博文の議論で、森が「臣民の権利義務というのを憲法で定める必要はない、憲法は臣民の君主に対する責任を載せればいい」と伊藤の憲法草案を論難したことに対して、「その意見は憲法学及び国法学に退場を命じたかのような説だ。憲法と言うのは君権を制限し、民権を保護することが要諦である」と答えたものです。つまり第二章を宣言したかった、というものではもちろんなく、第二章の存在意義を全否定する森の意見に伊藤が反論したもので、latter_autumnさんは最初の「伊藤を引き合いに出すのか、全然理解できませんな。」という返答にとどめておけば、無知なだけで済んだのですが、「伊藤の発言の真意は、単に大日本帝国憲法の2章を充実させたくなかっただけです。実際自由民権運動に対しては、弾圧する側に立っていましたし」という返答を付け加えたことで「無知なくせに知ったかぶりをする」「小学校で学ぶ程度の議論をもとに知ったかぶりをする」ということが白日の下に晒されてしまったわけです。私もまさかここまで見事に自爆するとは思っていなかったわけで、それこそ「自己責任」なんですよ。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/23 18:24 >「戦っていれば派遣村に来る羽目にはなって
>いない」とおっしゃったわけでしょう?

いかにも。
多くの無知な人は戦わずして派遣村に来る羽目になってしまった。もし彼らが戦っていれば、派遣村に来る羽目にはまずならなかった。

>派遣村に来る羽目になったのは「戦っていない
>人だけ」ということではないんですか?

「戦ったけど派遣村に来る羽目になってしまった」という実証データは、見当たりません。
本人の話とか拾っても、戦ってない人ばかりですから。「多くの無知な人は戦わずして派遣村に来る羽目になってしまった」ということは、実証データに裏付けられた明白な事実。

自分たちで団体交渉して、自分たちの権利を守り、派遣会社等の違法行為をやめさせた人はいますし、そういう無知でない人は派遣村に来る羽目にはまずなりません。実証データもあります。
一方、無知でない人が戦ったけど派遣村に来る羽目になってしまった、という例外的ケースが僅かながらある可能性は否定しませんが、実証データは見当たらない。

で、私は初めから、「多くの無知な人」を批判しているのであって、無知でない人とは区別している。無知でない人も含めて「全員」「全て」などとは一度も言っていない。

>個別のデータを出しても、それはその人の場合、
>ということを表すに過ぎません。

サンプリング調査でも全体の傾向を把握することは可能ですが。統計学の基本ですね。
まあ、サンプルが偏っていたらダメですけどね。もし私が、「戦ったけど派遣村に来る羽目になってしまった」人の方が多いのに戦ってなかった人ばかり挙げてるのなら、私はズルをしていることになりますが。
サンプルが偏っていると、データを挙げて反証できますか。

報道されているデータで拾う限り、「戦ったけど派遣村に来る羽目になってしまった」人はさっぱり見当たらない。本人の話とか拾っても、戦ってない人ばかり。だから「派遣村に来ている人の中には無知な人が多い」のは、事実と見て差し支えないでしょう。kechackさんも「無知な人が多い」という認識は同じですし。
私が挙げた一連の報道は、一応信頼できるものだと思いますが(日経とかの記事なら怪しいかもしれないけど)。違うというなら、Wallesteinさんが実例挙げられますか。

>「それはあなたのつまみ食いだ」とイチャモン
>を付けられて終わりです。

根拠なしにイチャモンつけたらダメでしょう。議論のマナーに反しますよ。
データを挙げて反証して下さい。「戦ったけど派遣村に来る羽目になってしまった」人の方が多いというのなら、証拠を出して下さい。

Wallesteinさんは
「あなたの議論そのものが印象批評であることの証明になります。」
「自分の印象だけを根拠として人を罵る性向の人」
「自分の思い込みをひたすら繰り返している」
とも言いましたね。データを挙げて反証しないと、印象論ということですね。

>Wallersteinのような空理空論を吐いていても

根拠なしにイチャモンつけたらダメでしょう。議論のマナーに反しますよ。
「戦ったけど派遣村に来る羽目になってしまった」人の方が多いという証拠を出して頂ければ、潔く謝罪と訂正をさせて頂く所存です。

>あなたが議論というものを全く分かっていらっ
>しゃらないことは「「彼ら自身分かっている」
>ことの根拠となる実証データが何かありますか」
>という言葉からも明らかです。私がいつ「分かっ
>ているはずだ」と言いましたか?私はそれに
>ついては「分からない」と言っているはずです。

発言内容が変わっていますね。Wallesteinさんは
「仮にそうだったとしましょう。そのことは彼ら自身分かっていることではないでしょうか。」
と言いました。
「そのことは彼ら自身分かっているか、私には分からない。」
とは言っていない。
この二つでは意味が全く違います。Wallesteinさんの真意は、どっちなんですか。

私は「自己責任を自覚している人は、さてどれだけいるやら。」と書きましたが。
これは言い換えれば「多くの無知な人が派遣村に来て今や自己責任を自覚するようになったのか、私には分からない。」ということですが。

Wallesteinさんの真意が「そのことは彼ら自身分かっているか、私には分からない。」なら、その点は私と同意見ということになりますね。

>むろんそういう人もいるでしょう。しかし今、
>困っている人に責任を求める「責任のブレイク
>ダウン」に何の意味があるのか、相変わらず
>提示されていません。

自分が戦う努力をしないで代わりに他人に戦ってもらおうとか思ってたんじゃダメでしょう。
自分の無知を改善する努力も然り。

>派遣という業種、派遣という雇用形態がなぜ生まれ
>そしてここまで社会問題化するようになったのか
>労働法制の規制緩和を批判する分析概念としての
>「自己責任教」

派遣村に至る政治を作った責任は、派遣村に来ている多くの無知な人にもありますが。
多くの無知な人は、労働規制緩和に反対してなかったでしょう。支持または拱手傍観していたのなら、それは自分も加担したということですよ。その結果派遣村に来る羽目になったのなら、自業自得。
責任のブレイクダウンは必要です。自分も加担したのだから、自己責任はある。それを棚に上げてはいかんでしょう。

>私は彼らがどう行動すべきかについては私が
>喋々すべき問題ではない、と思っておりますので

kechackさんは「日本社会がどうあるべきで、そのために政治はどうすべきか」「個人ができることはより質の高い労働者になるために努力することくらいで限度があります」と書いていますが。

私は「個人ができることは他にもある」と思っておりますので、異議を書いただけです。
「そもそも多くの人が労働者の権利に無頓着で自ら戦っていないから、日本社会は今のようなワーキングプア社会になっている」
「ワーキングプアの現状を変えるには、まず彼らが自ら立ち上がるべき」
「国民一人一人が、憲法12条の義務を守るべき、権利保持のために不断の努力をすべき、無知を改めるべき」
「派遣村に来ている多くの無知な人は、そういうことができないというより、そういうことを怠ってやっていないだけ」
と反論しただけ。

>ここで憲法12条に関しての無理解をさらそうと、
>伊藤博文と森有礼の憲法論争についての無知を
>さらそうと

いいえ、無理解と無知はWallesteinさんやフリスキーさんです。
憲法12条が国民の義務だということは、伊藤真氏も述べていますし。「国民は権利保持のために不断の努力をしなくてよい、そんな義務はない」などという解釈の学説は存在しませんし。
伊藤博文の真意が「臣民の権利保護」ではなく、その点言行不一致であったということは、歴史の事実ですし。大日本帝国憲法の運用実態として、「臣民」の権利はろくに保護されなったのですから。森有礼の憲法論争なんて、屁の突っ張りでしかない。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/23 18:46 >欧米においても、the governmentのthe
>powers and dutiesをdetermineして且つ
>the peopleにcertain rightsをguarantee
>するものだ、と定義されております。the
>peopleのdutiesについては触れないのです。

英英辞典の記述なら、欧米じゃなくて英米なのでは。
少なくともドイツやイタリアの憲法では、国民の義務について触れていますし。
フランスの憲法では、国民の義務について触れていないけれど、国民の権利についても直接明記してはいませんし。

普遍的な定義とは言えないと思いますが。

しまうましまうま 2009/01/23 21:15 >latter_autumnさん

>憲法12条が国民の義務だということは、伊藤真氏も述べていますし

なるほど都合の悪い反論は全て無視するという戦略ですか。じゃあ視点を変えましょう。

「戦うことが法的な義務」とおっしゃるなら
選挙権は「選挙へ行く義務」労働三権は「団結する義務」、「交渉する義務」、「行動する義務」となります。

で、これらが「憲法上は権利と書かれているが実質は義務である」とする学説を教えてください。無理だと思いますが、あなたが言い出したことです。さ、どうぞ。どこの教科書の何ページに書かれてます?(笑)

しまうましまうま 2009/01/23 21:34 >本人の話とか拾っても、戦ってない人ばかりですから。「多くの無知な人は戦わずして派遣村に来る羽目になってしまった」ということは、実証データに裏付けられた明白な事実。

全く裏付けられていないが。「選挙にすら行っていない」人がほとんどなんていつ誰がどう裏付けたのよ?個別の報道だけ拾って「明白」とか言い募るナイーブさに呆れますな。

で、「彼らなりに闘っていた人がいるかもしれない」について認めるのかね?認めないのかね?認めるんであれば「戦っていても派遣村に来てしまった人がいるかもしれない」ことについてどう思うね?それでも自己責任を言い立てるのかね?

恨みや恨みや 2009/01/23 21:47 >レター氏
通して読んだが、あんたの主張は正論だと思う。筋も通ってるし。ま、あんたの主張読んで凹む奴はいるだろうけど。無知な奴が無知なのは自己責任だから仕方ねえよな。

>kechack氏
俺にとっちゃ無知な奴は敵だ。俺はずっと前から労働規制緩和に反対してた。でも無知な奴は俺らと連帯しなかった。団体交渉くらいは俺ら自分でやるけどよ、選挙はそうはいかねえ。余計な規制緩和しやがるのは国会議員だからな。規制緩和反対派の議員が大勢当選しねえと勝てねえ。緩和されちまう。その時無知な奴らは何してやがったか。無視か緩和賛成だよ。マジで腹立ったよ。お前ら俺らの味方じゃねえのかよって、マジで悔しかったよ。奴ら敵だったんだよな。無視した奴らも敵だ。俺思ったよ。今にお前らも悲惨な目に遭うぜ、地獄見るぜってな。それが今どうだ。やっぱり俺の思った通りになった。あの時俺らと連帯してりゃ今みたいにはならなかったんだよ。奴ら馬鹿野郎だ。いい気味だ。ざまあみろだ。って言い過ぎか? でもよ、マジで俺の敵、俺の恨みだからな。今さら同情する気にはなれねえ。今度は俺が奴らに冷たい態度とったって、おあいこだろ。連帯?分断? 何だよ、それ。今さらふざんけてんじゃねえ。奴らが先に俺らと連帯すんの拒否したんじゃねえかよ。だから俺らは俺らで戦ったんだよ。奴らも奴らで勝手にやりゃいいんだよ。奴らのことなんか、もう俺の知ったこっちゃねえや。奴らのためにカンパするくらいなら、野良猫に猫缶買って毎日食わせてやるよ、ってな。
だから俺はレター氏の言うことが解る。自己責任って奴だな。連帯する相手を間違えた奴らの自業自得だろ。和解?水に流す? それなら誠意を見せるのが筋だよな。奴ら反省してるのか。テレビと新聞と派遣村HP見たけど、とても反省してるようには見えねえんだよ。

>フリスキー&Wallestein
お前ら馬鹿杉。相手の書いてることちゃんと読め。相手の書いてないことに反論すんな。つか、そういうの反論じゃねえし。捏造もすんな。
特にフリスキー。レター氏のイラク派兵裁判の話は決定打だよ。あれで詰み、お前の完敗。

>しまうま
お前は大馬鹿杉。リンク読め。自爆すんな。
「手を差し伸べるのは当然だよね」だと? 俺にとっちゃ冗談じゃねえよ。

しまうましまうま 2009/01/23 22:29 長文乙。だが全く無内容。
>お前は大馬鹿杉。リンク読め。自爆すんな。
どのリンクを読めば私が自爆してるのかね?具体的に反論できないの?

ESDESD 2009/01/24 02:59 >>latter_autumnさん

>英英辞典の記述なら、欧米じゃなくて英米なのでは。

確かに英辞書のみであるというのはやや弱い所と
言えなくもないですが、世界中の人が読み、しかも
権威あると言われている英辞書の定義ならば、普遍的な
定義を視野に入れていると考えるのが妥当ではないですか?
もしあなたにそれが可能なのであれば、「欧米」の定義を
反証としてお見せ下さい。

>少なくともドイツやイタリアの憲法では、国民の義務に
>ついて触れていますし。

うーん、中学校の公民で日本の「納税・労働・教育」の
義務について勉強したのを思い出してくださいね。憲法は
あくまでこれらを国民に課す法律を作りなさいと国に
命令しているのです。まあこれも形式主義だといえばそんな
気もしますが、ともかく形式的にはそうなっています。
脱税をすると憲法違反なのか?答えははっきりとNOです。
まあ「税金はきっちり払うんだぞ」というような倫理的な
ものであるとは言うも言わぬも自由かと思いますが。
またたとえばドイツ基本法12条a:「男子に対しては、
満18歳から軍隊、連邦国境警備隊または民間防衛団に
おける役務を義務として課すことができる。」これも
政府に、義務を課しても良いよと言っているだけです。
憲法に書かれる義務ってのは、ホント、こんなものしか
ないんです。
国はリソースの限り、馬鹿な国民にも基本的人権を
例外なく守らなくてはならないのです。というか我々が
憲法を通じて守らせているのです。近代憲法というものは、
我々国民が国家に命令している文書であることを
忘れてはいけないと思います。憲法に書かれている国民の
義務を振りかざす人というのはお上意識が抜けて
ないのです。他に法律の定めていない国民の義務は、
ただ各人が大切にすればいい。

>フランスの憲法では、国民の義務について触れて
>いないけれど、国民の権利についても直接明記しては
>いませんし。

既にフランス人権宣言(と第4共和国憲法)という憲法が
人権について明記しており、それを継承しているからです。
第5共和国憲法だけがフランスの憲法ではありません。
わざわざ調べたんでしょうけれども、ご苦労様。


>普遍的な定義とは言えないと思いますが。

以上の事から、何か具体的な根拠を示していただけない
限りはそれはあなた他数名の勝手な考えです。

WallersteinWallerstein 2009/01/24 15:10 「伊藤博文の真意が「臣民の権利保護」ではなく、その点言行不一致であったということは、歴史の事実ですし。大日本帝国憲法の運用実態として、「臣民」の権利はろくに保護されなったのですから。森有礼の憲法論争なんて、屁の突っ張りでしかない。」
これは小学生レベルの知識です。小学校では確かにこのように習うでしょうね。小学生に明治憲法体制下における「護憲運動」の異議を話してもややこしいだけですから。まずは大きな話として日本国憲法と大日本帝国憲法の違いを教えるところから始めなければなりませんから。で、あなたは明治から昭和にかけての護憲運動と超然主義の関係についての無知をさらけだしているわけです。歴史学に関しては私はあなたの知識レベルが小学生のそれであることは断言できます。私は一応アカデミズムの歴史学研究者ですから。知らないことに対して知ったかぶりをするのは止めた方がいいと思います。あなたには基本的に自分の知識に対する謙虚さと専門家に対する敬意が欠落しています。
とりあえす基礎的な中学生レベルの知識として大日本帝国憲法下における政党政治の動き程度は押さえられた方がいいのではないでしょうか。

WallersteinWallerstein 2009/01/24 15:40 その上でlatter_autumnさんと私との論争点を押さえておきます。伊藤博文の話はこれは論争点ではありません。latter_autumnさんの歴史知識の欠落とそれを認めない意地っ張りなところが出ているだけで、私の上のコメントはlatter_autumnさんへの情報提供です。
「そのことは彼ら自身分かっているか、私には分からない」という点で同意点が見つかりました。この共通認識が得られたことはお互いにとっての議論の到達点と言えると思います。
次にlatter_autumnさんの一連の発言の真意としての「私は「個人ができることは他にもある」と思っておりますので、異議を書いただけです」という点については私も全面的に賛成とはいきませんが、理解はできます。「個人ができることは他にもある」ということだけならば、私とてもその点に意義を唱えるつもりはありません。
対立点としては「戦っていれば派遣村に来る羽目にはならない」という言葉の妥当性だと思います。私はこの言葉は言葉の綾でしかない、と思っており、latter_autumnさんの議論の妥当性を底値こそスレ、latter_autumnさんがこだわる理由が理解できません。この「戦っていれば派遣村に来る羽目にはならなかった」という言葉を外したからと言ってlatter_autumnさんの議論は破綻しますか?むしろここにこだわることでlatter_autumnさんの議論が説得性を失っているのではないでしょうか。ここは潔く「戦っていても派遣村に来ざるを得なかった人の存在可能性」を認めてもいいのではありませんか。というよりも「戦っていても派遣村に来ざるを得なかった人は存在しない」という証明はいわゆる「悪魔の証明」です。何も好き好んで自らに「悪魔の証明」を課さなくてもいいでしょうに。繰り返しますがここを修正した所でlatter_autumnさんの議論が無意味になることではありません。ここで意地を張るのはご自身の主張のためにも止めた方がいいと思います。
私との対立点は「自己責任教」というkechackさんの言葉の妥当性であり、さらに言えばkechackさんが「自己責任教」という言葉を使った含意を認めるか認めないか、ということになるでしょう。「自己責任」をキーワードにした規制緩和を批判するためのテクニカルタームである「自己責任教」という言葉を使うことの是非ですが、私は仮に派遣村に来た人にも原因があることを認めるとしても、「自己責任教」というテクニカルタームは有効であり、他の「責任転嫁教」などの言葉では表せない側面があると考えています。
憲法12条の解釈をめぐっては、法学の常識ではフリスキーさんのおっしゃる通りです。伊藤博文をめぐる議論と同じ図式なのでここではこれ以上述べません。
ともあれ、「自己責任教」という言葉をめぐって議論が起こったのはlatter_autumnさんの提言がきっかけだったとは思うので、その点においてはlatter_autumnさんの議論も有益だったと思います。

WallersteinWallerstein 2009/01/24 15:45 恨みやさんに関しては「かわいそうな人」としか言いようがありません。

河原の枯れすすき河原の枯れすすき 2009/01/24 15:52 latter_autumnの主張に対するWallesteinさんやフリスキーさんはじめ派遣村問題での論争、討論、多くの問題提起がありました。
「自己責任」をいかにとらえるべきか、権利と義務、国家と個人、社会連帯など憲法論を交えての真剣な討論は、意義あるものと考えています。
思えば、「自己責任」と言う言葉が日本国民の間に一気に広がったのは、5年前小泉政権が最も勢いづいていた2004年4月はじめの頃、イラクの日本人人質問題が発生してイラク派遣自衛隊の撤退を迫られたときのことでした。
衝撃的なテレビ映像の放映を見せられ米国追随の国策か、イラク戦争犠牲者への救援ボランティアの命をどうするかと言う国論の中で、政府筋関係者からの「自己責任論」と同時に激しい人質叩きのメディア報道があったことです。以来、「自己責任」いう言葉は日常生活のさまざまな場面で、今日の社会状況のなかで生きる人間の道徳的基礎のような形で、特にいわゆる新自由主義的思想として好んで使われてきたと言うことができます。
今日の社会では、自由な独立した人間が誰からの支配も受けない自立した行動によって能力を競い、自らの力を発揮することによって社会の発展を目指すことになるのだ、その一番基礎にあるのが「自己責任」なのだ、これに反対するものは他者への依存と怠惰への道を歩むことになる、なんの努力もせず既得権に安住するような生き方こそ保守的な社会、固定と閉塞の中に人々を閉じ込める不幸な社会の壁となっている・・・、こういう理念が新自由思想の上で自信を持って主張されてきたことでした。
まさにキーワードは「自己責任」と言う理想化された道徳的観念というべきでしょう。
「自己責任」は誰も反対してはいけない道徳律であり、それは人間としての誇りと自信を裏付けるもの、矜持として、これを失った者は卑怯な人間、自己を高めることなく人間としての独立と自由を投げ捨て、社会の厄介者として生きることになるのだ・・・という観念が、しっかりと植え付けられてしまった社会になったと言うことができます。
「自己責任」と言う観念が否定できないとなると、日常生活の中に起きるどのような失敗も許されない、その失敗からら生ずる損失を「自己責任」として受け入れるかどうか、失敗への非難にどのようにこたえるのか、競争と効率優先の社会、勝ち組と負け組み、敗者に対する容赦のないさげすみの広がりのなかでは、「自己責任」はきわめて深刻な問題として、日常の生き方のうえで自らを脅かすものとして考えさせられることになったのです。
自分には失敗などありえないという自信によって、どんなことでも他人に責任を負わせていくか、どんな失敗もしないように注意深く生きていくか、失敗の危険があるかどうか、他人の失敗が自分の損失を生じさせることにならないかどうか、常に気を配っていなければならないという、と言う無意識の緊張状態が静かに深く人々の心を占める時代が作り上げられたと見ることができます。
こうした「自己責任」が「他者責任」によって脅かされることのないよう日常行動の緊張を迫られるという中でわが身を守りながら生きていくことになってしまったのです。つまり強度の自己防衛意識の中での行動が、セキュリティ、個人情報保護を最大の価値観とする社会を生み出したともいえるのです。
「派遣村叩き」に加わる人の多くは、このような緊張の毎日の中で「自己責任」の道徳律を振りかざすことが強く生きていくうえでの「気魄」として自らを支えようとしているのかもしれません。他者への警戒心の裏返しが、派遣村に依存してくるような、あの連中こそ「自己責任」を「他人責任」に押し付け、他者依存のなかに生きているような人間であり、そのようなものを助けるわけには行かない、これを許すことは利己的な人間、他人の努力を食い物にして生きていくような不正を認めることになる、と言った強い正義感のもとに自己を位置づけると言う確信が、派遣村叩きへの行動を駆り立てていると見るべきでしょう。
これは、正社員として働くチャンスを失ったという不幸の中で、派遣と言う身分にあるながらも誇りをうしなわずに生きている自分の努力こそが、最も尊いものであるという困難さに立ち向かうの孤軍奮闘の姿としてもとらえることができるのではないかと言うことです。
このような考えから抜け出すためのあと一歩の努力をどうしたらよいか、latter_autumnさん、恨みやさんとも一緒に考えてみたいと思っています。

WallersteinWallerstein 2009/01/24 17:24 >河原のかれすすきさん
非常に当を得たまとめ、参考になります。「自己責任」という言葉に関して全く同意です。

恨みや恨みや 2009/01/24 19:28 >河原氏
あんたの言ってる意味がいまいち解らねえ。俺が言ってるのは、無知な奴らは俺らを見捨てた敵だってことだ。裏切り者みたいなもんだ。俺らは10年以上も前から労働規制緩和に反対してたが、無知な奴らはずーっと知らん顔してたんだよ。それは俺らの孤軍奮闘だろうけど、別に今さら抜け出すも何もねえって感じだな。「抜け出すためのあと一歩の努力」って何だ? よく解らねえ。俺は今までの努力を続けるだけ、別に不足はねえよ。俺らは俺らで戦ってきた。奴らは奴らで勝手にやりゃいい。連帯を拒否したのは奴らだ。共闘を拒否したのは奴らだ。努力が不足してるとしたら奴らの方じゃねえの。俺らは派遣村に行く羽目にはなってねえし。団体交渉もやってきたし。正社員じゃないけど法律の範囲内で自分の権利保持はできてるよ。ま、その法律には大いに文句あるけどな。それでも俺と無知な奴らとでは違うからな。今奴らが四苦八苦してやがるのはマジでいい気味だよ。自分で掘った墓穴に嵌ったってなもんか。ハハハ。

WallersteinWallerstein 2009/01/24 19:54 馬鹿杉なのでわからないところがあります。
「共闘を拒否した」「俺らを見捨てた敵」であるところの「無知な奴ら」とは具体的に誰のことですか。「俺ら」とは具体的に誰のことですか。
それは現在派遣村に来ている人々とどれくらい重なりますか。あなたが具体的に共闘を呼びかけた人々が現在全国で派遣切りにあってあなたから「マジでいい気味だよ」と言われている人とどれくらい重なるのかを御教えください。

atomatom 2009/01/25 06:20 別に派遣村がどうこうと言うよりは、
以前の自己責任狂を『自己責任』って言葉を使って馬鹿にしたいだけなんじゃないですかね?。

「自由がいい。」
「自由は自己責任。」
「規制緩和に大賛成。」
なんて喜びながら大多数の国民が小泉政権を作ったわけですし。
小泉を良しとしなかった人から見れば、
「ほら見たことか、今頃になって騒いでザマァー見ろ。」って感覚があるんじゃないのかな?。

まさかここにはいないと思いますが、
あの頃は特に「派遣労働の規制緩和は良いことだ。」なんて抜かす無知無能な馬鹿が大多数いたように思います。
今回、それが派遣村のバッシングに余計拍車をかけたのではないでしょうか?。

> そして比較的政治的な関心が薄い人の間で、政治ブロガーの間では支持を失いつつある「自己責任狂」が根強く信奉されているという事実を知らしめられました。
ここの部分、
政治ブロガーを馬鹿にした感じが出ていて良いですね。
支持を失いつつあるって、
「自己責任狂」を支持していた政治ブロガーってどれ程の馬鹿なんでしょうね。(汗

しまうましまうま 2009/01/25 11:39 「恨みや」さんは今回手を差し出してきた人の手を振り払って「ザマアミロ、おまえはオレの敵だ」と罵って連帯を拒否したわけですから、次に自分が苦境に陥っても同じことを言われるのは自己責任なんでしょうな。実に不毛でよろしい(笑)

>ま、その法律には大いに文句あるけどな
文句があっても彼らと協力して戦おうという気はないと。なるほど。latter_autumnさーん!基本的人権の保障の必要のない人がここにもいましたよ!

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/25 18:58 まとめレスです。

>「欧米」の定義

文字通りヨーロッパとアメリカでしょう。反証も何も、ドイツ、イタリア、フランスは、ヨーロッパですが。

>うーん、中学校の公民で日本の「納税・労働・教育」
>の義務について勉強したのを思い出してくださいね。

日本の憲法は国民の義務について触れていますが、ESDさんが書いたのは欧米の話でしょう。

ESDさんは「欧米においても・・・the peopleにcertain rightsをguaranteeするものだ、と定義されております。the peopleのdutiesについては触れないのです。」と書きましたが、ヨーロッパとアメリカの憲法で、国民の義務について触れているものはありますよ。
具体例を挙げて反証しましたよ。ドイツとイタリアは触れています。スペインも然り。

>憲法に書かれる義務ってのは、ホント、こんな
>ものしかないんです。

直接的かつ具体的に書かれていれば、それは「触れている」ということです。欧米の憲法で、国民の義務について直接的かつ具体的に書かれているものはあります。だから「欧米においても・・・触れない」とは一概に言えない。

>フランス人権宣言

フランスの場合、憲法では人権宣言について間接的に言及しているだけで、憲法で人権の中身を直接的かつ具体的に明記してはいませんし。人権宣言自体はconstitutionとは別物です。

>脱税をすると憲法違反なのか?答えははっきり
>とNOです。

脱税は違憲じゃなくて合憲ですか?
脱税が合憲だとすると、脱税を犯罪行為とみなしている法律は違憲ということになりますが。

>あんたの主張は正論だと思う。筋も通ってるし。

どうもです。
でも私より恨みやさんの書いてることの方が、厳しいというかキツイというか凹ませパワー強烈だと思いますけど。私は、前から労働規制緩和に反対してましたが、恨みやさんのように「敵」を深く恨んでいる訳じゃありませんし(私が正規雇用だから?)。

まあkechackさんも
「困ったことに、派遣村を批判している人に無知な人が多い。平気で間違った知識で批判している。彼らに、人を努力不足と批判する資格はない。彼らこそ、いざと言うときに確実に路頭に迷うでしょう。その時、私は彼らを喜んで見捨てたいと思います。」
と書いていますから。

かつて労働規制緩和に反対していた人を無知な人が見捨てて、今その無知な人が路頭に迷ってるなら、労働規制緩和に反対していた人が無知な人を喜んで見捨てても、不思議はないでしょうね。
恨みやさんの恨みは理解できます。

ESDESD 2009/01/25 23:29 >>latter_autumnさん
>ドイツ、イタリア、フランスは、ヨーロッパですが。

そもそも大陸法をモデルとする日本においても英米法をモデルと
する英語圏においても、憲法は市民に命令するためのものでは
ないという読みが通説であることを紹介したのです。そうでない
憲法モデルの存在を反証をもって示さなくてはならないのですよ。
ちなみに、「人権宣言自体はconstitutionとは別物です。」というのは
いったいどこの大先生の学説ですか。それともあなたの思いつきですか。


>日本の憲法は国民の義務について触れていますが、ESDさんが
>書いたのは欧米の話でしょう。

その日本において、上に紹介されたように、あなた自身が引用した
伊藤弁護士や、その他あらゆる法学の研究家が、憲法は国民への
命令ではないと書いております。
憲法にある「国民の義務」は、国民が国家に対して、国民に義務を
課すような法律を作っても良い、ないしは作りなさいと述べている
だけであり、直接的に国民に義務を示すものではありません。
何しろ民定憲法ですからね。もし国民が国民自身に何かを命じたと
して、それは誓いと呼ばれる物でしょう。国家が何かをするときの
根拠にはならない、倫理的な規定と呼び変えても良い。

>直接的かつ具体的に書かれていれば、それは「触れている」と
>いうことです。

ですから、義務に関する記述は政府に対する命令としてしか
出てこないのです。ドイツの例に示したとおり、「政府は…義務と
する法律を作ってもよい」という形式です。国民を直接に縛る
法的根拠とはなっていないしなり得ないのです。つまりこれは
政府に対する仕事の割り振り、the governmentのdutiesに他なりません。

>脱税が合憲だとすると、脱税を犯罪行為とみなしている法律は
>違憲ということになりますが。

ナリマセン。個人の脱税行為が合憲か違憲かというと、そもそも
憲法が市民を対象としていない以上、合憲も違憲もないのです。
ホント、中学校の公民の時間からやり直して下さい。

フリスキーフリスキー 2009/01/26 02:21 >ESDさん

数日、このコメント欄を見ないうちに、
ほぼ予想通りの展開になっておりまして、
笑ってしまいました。

さて、

>ナリマセン。個人の脱税行為が合憲か違憲かというと、
>そもそも
>憲法が市民を対象としていない以上、合憲も違憲もないのです。
>ホント、中学校の公民の時間からやり直して下さい。

おっしゃる通りなんです。
私が、伊藤正己教授、佐藤幸治教授の著作から引用したとおりで、
また、伊藤真弁護士の言葉にあるように、
憲法は国家を縛るものであり、法律は国民を縛るものなんです。
ですから憲法に示された国民の義務とは、
法的義務ではなく、倫理的指針、道義的責務、義務である
ということは憲法学通説の帰結です。
ですので、そのような日本国憲法における法解釈について、
それに反する学説があるのなら、
その学者の著作、論文を紹介してほしいのですが、
かの人は一向に紹介せず、
ただご自身の思い込み、我見を通すのみ。
判例についても、我が国においては数多の憲法訴訟が
起こされてきましたが、
国民については、憲法の義務規定違反を適用した
判例など聞いたことがありません。
そもそも、
違憲訴訟とは、国家の立法、処分の合憲性が争われるもので、
国民の行為についての合憲性が争点となるものでは
ありません。
国民の行為については、違法性が争われるのみです。
つまり憲法ではなく法律、条例という裁判規範が
なければ国民の権利の制約はなしえません。
latter_autumnさんは、否定されるでしょうが、
そんな判例ありませんよ。(苦笑)
あるというのなら、たった一つでも
上げて欲しいのですがね。
せめて憲法判例百選でも当たって欲しいところです。
あるいはたった一冊でも憲法の教科書を
読んで欲しいところですが、
その程度の努力も惜しまれているようです。

しまうましまうま 2009/01/26 09:15 >latter_autumn
まとめレス?私の質問だけネグってんじゃん。
繰り返すよ。
「戦うことが法的義務」っていうなら「選挙権と労働基本権」は「権利じゃなくて義務」であるとする学説をとっとと引用してくれよ。

フリスキーフリスキー 2009/01/26 09:32 先の私の投稿に追記しますと、
法的義務ではなく、倫理的指針、道義的責務、義務である
ということは憲法学通説の帰結であり、
または、法律によって義務化されることを
予定化しているに過ぎず、
これ自体を根拠に具体的に法的義務としているもの
ではないということですね。
30条の納税の義務についても、
国民としての当然の義務を明示するとともに、
“法律の定めにより”とあるように、
84条と合わせて租税法律主義を示しているのです。

これは否定するなら、
その学説を紹介してほしいということです。
判例をたった一つでも
紹介して欲しいということです。
紹介できないならなんの説得力もない。

フリスキーフリスキー 2009/01/26 10:08 >しまうまさん

>「戦うことが法的義務」っていうなら
>「選挙権と労働基本権」は「権利じゃなくて義務」
>であるとする学説を
>とっとと引用してくれよ。

ここですが、
latter_autumnさんも、参政権、労働基本権は
権利であると認めたうえで、
この権利を行使したり、保持のための努力
(その基準は不明)をすることは
法的義務であり、これを怠るものは
その権利が侵害されても法的に自己責任である
という主張です。
つまり、権利を主張することが倫理的指針や
道義的義務にとどまらず、
法的義務であり、
権利の制約原理になるということです。

で、その根拠となる著作、論文、判例を
たった一つでも上げて欲しいのですが、
今のところ、
挙げられないようです。

図書館に行けば、
いくらでも調べられるんですけどね・・・

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/26 19:03 >憲法は市民に命令するためのものではないと
>いう読みが通説であることを紹介したのです。

そもそも私は「憲法は市民に命令するためのものである」などと書いてはいませんが。

>伊藤弁護士や、その他あらゆる法学の研究家が、
>憲法は国民への命令ではないと書いております。

憲法について私が言っているのは、「日本の憲法には、一般の国民の義務も書いてあるが、全体的には一般の国民以外の義務の記述の方が多い」ということですが。
憲法3章は「国民の権利と義務」であり、国民の義務についても触れていますよ。

そしたらESDさんが「欧米の憲法では国民の義務には触れない」旨を書いたのでしょう。
言っていることと言っていないことを正確に認識して頂きたいですな。

>そうでない憲法モデルの存在を反証をもって
>示さなくてはならないのですよ。

ですから、ESDさんは「欧米の憲法では国民の義務には触れない」旨を書いたでしょう。
私は「欧米の憲法で国民の義務に触れているものがある」と課いただけですよ。
ドイツ、イタリア、スペインはその「触れているもの」の反証です。

フランスの憲法は、国民の義務について触れていないけど、国民の権利についても直接的具体的に明記してはいない。これも例の英英辞典の説明に反する例です。

>「人権宣言自体はconstitutionとは別物です。」と
>いうのは

http://www.servat.unibe.ch/law/icl/index.html

これのフランス。

http://www.servat.unibe.ch/law/icl/fr__indx.html

constitutionとconstitutional documentsは区別されています。
人権宣言自体はconstitutionとは別物、constitutional documentsです。

人権宣言自体は、国民の義務についても触れています。

>憲法にある「国民の義務」は、国民が国家に
>対して、国民に義務を課すような法律を作って
>も良い、ないしは作りなさいと述べているだけ
>であり、直接的に国民に義務を示すものでは
>ありません。

言っていることと言っていないことを正確に認識して頂きたいですな。

日本の憲法は国民の義務に触れていますし、欧米の憲法で国民の義務に触れているものがあります。
だから「触れない」とは一概に言えません。

で、日本の憲法は国民の義務を示しています。直接的具体的に触れていますから、それは言い換えれば示しているということです。

フランス憲法は、確かに国民の義務を直接的具体的に示していませんが。
日本の憲法は、国民の義務を直接的具体的に示しています。

>何しろ民定憲法ですからね。もし国民が国民自身
>に何かを命じたとして、それは誓いと呼ばれる
>物でしょう。国家が何かをするときの根拠には
>ならない、倫理的な規定と呼び変えても良い。
>義務に関する記述は政府に対する命令としてしか
>出てこないのです。

ただの屁理屈ですね。義務と書いてあるもの、「しなければならない」と書いてあるものは、義務です。主語が国民なら、それは国民の義務。日本の憲法は、国民の義務を直接的具体的に示しています。

>ドイツの例に示したとおり、「政府は…義務と
>する法律を作ってもよい」という形式です。国民
>を直接に縛る法的根拠とはなっていないしなり
>得ないのです。

いいえ、憲法で示されている国民の義務は、国民を直接縛る根拠に「なりえます」(必ずなる訳ではないけど)。

>the governmentのduties

例えば憲法30条の納税の義務は、国民の義務であって政府の義務ではありません。
政府は徴税の権限を有していますがね。

>ナリマセン。個人の脱税行為が合憲か違憲かと
>いうと、そもそも憲法が市民を対象としていない
>以上、合憲も違憲もないのです。ホント、中学校
>の公民の時間からやり直して下さい。

憲法30条が国民を対象としてるのではなくthe governmentのdutiesなら、脱税を犯罪行為とみなしている法律は違憲ということになりますよ。脱税犯人が「俺に払う義務はない、払うのは俺じゃなくて政府の義務だ、憲法上そうなっているのだから、俺が払わないから逮捕するというのは違憲ではないか」と抗弁したら、裁判所は「確かにそうだ、犯人を釈放して政府が払いなさい」と認定しなければならない。
・・・そんな馬鹿な話がある訳ないでしょう。ESDさんの方がやり直すべきですね。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/26 19:20 >これは小学生レベルの知識です。
>明治から昭和にかけての護憲運動と超然
>主義の関係

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/KENNPOKANNRENN.htm

これは大学の先生のページですが、「伊藤博文が心底臣民の権利を保護しようとしていた」などいうような解説は全くありません。伊藤の真意は「大日本帝国憲法の2章を充実させたくなかった」、歴史の事実は「伊藤は自由民権運動を弾圧した」です。

「それは憲法および憲法学に退去を命ずる説だ。そもそも憲法を設ける趣旨は,第1に君権(公の権力)を制限し,第2に臣民(国民)の権利を保全することである」(権力者を制約し,国民の権利を守るのが憲法の役割)
・・・それなら権利について明記する必要がありますが。欧米では宣言や法典に明記してきましたが。

「およそ権利なるものは,人民の天然自然に所持するものにして,法により与えられるものにあらず」(国民が生まれながらにして持っている基本的人権をあらためて憲法に書くと,書き方しだいで権利が消長してしまう。だから憲法には書くべきではない)
・・・欧米の思想進歩の歴史を無視した考え方です。天賦人権説の手前勝手な切り抜き。戦いの結果勝ち取られた権利について明記して確認しないとダメなのに。

東洋のルソーといわれた中江兆民は,「われわれに授けられた憲法が果たしてどんなものか。玉か瓦か,まだその実を見るに及ばずして,まずその名に酔う。国民の愚かなるにして狂なる。何ぞかくのごときなるや」と書生の幸徳秋水に嘆息した。そして憲法を読んでただ苦笑するのみであった。もとより,天皇の大権があらゆる分野で認められ,反面,国民(臣民)の権利は「法律の範囲内」にきわめて狭い範囲に限定されていたためである。
・・・思想的に遅れていたドイツを参考にしたから、こういう結果になったのです。そして弾圧。

>とりあえす基礎的な中学生レベルの知識として

Wallesteinさんは読解力を培った方がいいですね。伊藤博文の言行不一致が理解できる程度にはならないと。「伊藤博文はロックやルソーの思想に倣って臣民の権利を保護しようとした」「大日本帝国憲法の2章は臣民の権利を保護する優れた内容だった」みたいなこと言ったら、歴史の先生に笑われますよ。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/26 19:31 まとめレスです。

>権利を主張することが倫理的指針や道義的
>義務にとどまらず、法的義務であり、権利
>の制約原理になるということです。

「権利は権利、義務は義務・・・」と引用しておきながら、「法的義務を守らなければ、ペナルティが課される、権利が制約される」と主張しているフリスキーさんは、矛盾しています。

「法的義務を守らなければ、ペナルティが課される、権利が制約される」と言ってるのは、私じゃなくてフリスキーさんですから。
私の主張は、
「法的義務を守らなくても、ペナルティが課されない、権利が制約されない場合がある」
「法的義務は権利を制約するとは限らない」
「法的義務と罰則がセットになってない場合もある」
ですから。何度も書いていますけど。

罰則が明記されていようがいまいが、成文法に「〜すべし(すべからず)」旨が示されているものは法的義務ですよ。

>で、その根拠となる著作、論文、判例

「法的義務を守らなくても、ペナルティが課されない、権利が制約されない場合がある」
「法的義務は権利を制約するとは限らない」
「法的義務と罰則がセットになってない場合もある」
ことの根拠は、イラク派兵違憲判決の話で実証済み。

>「戦うことが法的な義務」とおっしゃるなら

国民の自由と権利は国民の不断の努力によって保持されなければならない。
自由と権利が危うくなる場合は、それを脅かすものと戦わなければならない。

自由と権利が危うくなっても戦わなければ、自由と権利を侵害されて泣き寝入りする羽目になる。
それが「黙っていたら人権はない」ということ。罰則はないけどね。

>選挙権は「選挙へ行く義務」労働三権は「団結
>する義務」、「交渉する義務」、「行動する
>義務」となります。

自由と権利が危うくなっていない場合は、戦うまでもない。
脅かすものが現れていなければ、警戒は必要だけど、戦いは必要ない。

30年前なら派遣は禁止で規制緩和の動きもなかったから、緩和反対の戦いは不要だった。
しかし10年前は規制緩和の動きがはっきりあったのだから、緩和反対の戦いが必要だった。

戦いが必要な時に戦わなければ、泣き寝入り。黙っていたら人権はない。職業法律家の伊藤真氏もそう言っている。罰則はないけどね。

>「彼らなりに戦っていた人がいるかもしれない」

少数の無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースは、可能性としてはありうるが、推定の域を出ない。報道されている実例がない。

>彼らは彼らなりに戦っていたのかもしれないし
>そうでないかもしれない。それは「分からない」。

多くの人は無知ゆえに派遣村に来る羽目になった、というのは、報道されている実例に基づく事実。先に挙げた新聞記事は、尽く無知で戦っていない人の例。
無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースは、報道の中から全然拾えない。

で、私は無知な人を批判しているだけ。無知でない人については批判していない。

>「戦っていても派遣村に来ざるを得なかった
>人は存在しない」という証明はいわゆる「悪魔
>の証明」です。

私は「戦っていても派遣村に来ざるを得なかった人は存在しない」などとは言っていませんが。そういう人がいる可能性は考えられる、しかし仮にいたとしても少数である。
派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人です。根拠は新聞記事を提示済み。

そしたらWallesteinさんが「データが偏っているから当てにならない」とイチャモンつけたのですよ。
ならばWallesteinさんは「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人でない」「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースの方が多い」ということを実証せねばなりませんね。
これは「戦っていた無知な人が存在しない」じゃなくて「戦っていた無知な人が存在していて、むしろ彼らの方が多い」なのだから、悪魔の証明ではない。多ければ見つけるの簡単でしょう。幾らでも拾えるはずですよ。さあ、根拠となるデータを提示して下さい。

>「戦っていれば派遣村に来る羽目にならない」

派遣村以外で、戦っている人の実例は報道されている。
無知でない人は、「どこの誰が支援してくれるのか」「自ら立ち上がって戦うにはどのようにすればよいのか」も調べられるし、労働法規違反行為に泣き寝入りしなくて済む。
途方に暮れて派遣村に流れ着く羽目には滅多にならない。報道されているデータで実証済み。

>「選挙にすら行っていない」人がほとんどなんて
>いつ誰がどう裏付けたのよ?

もちろん、取材した記者が本人から聞いた。「多くの無知な人は、選挙に行ってないか、行っても労働規制緩和賛成の候補者に投票した」ということは、取材から明らかになっている。

>国はリソースの限り、馬鹿な国民にも基本的人権
>を例外なく守らなくてはならないのです。

労基署が労働者の訴えを握り潰したらダメだけど、訴えずに泣き寝入りする人は当然守りようがない。
自分が戦わなくても代わりに他人が戦ってくれる訳じゃありませんから。自分で権利保持のための不断の努力をせねばなりませんよ。

WallersteinWallerstein 2009/01/26 19:57 「伊藤博文はロックやルソーの思想に倣って臣民の権利を保護しようとした」「大日本帝国憲法の2章は臣民の権利を保護する優れた内容だった」
いつ誰がそんなこと言いました?該当個所を上げてください。挙げられないのであれば、まさにあなたは私の発言を捏造したことになりますが。あるいは私の発言をどのように演繹したら彼がロックやルソーの思想を受け入れていたのか、ということになるのか、是非具体的に私の記述に合わせて論じてください。
私の含意が全く読み取れていないようなので、ここではっきり言います。
あなたは憲法12条に依拠して「憲法12条では「国民の権利は、国民の不断の努力によって保持すべし」旨が示されていますよ。その不断の努力を怠っているなら、それは当人の落ち度ですよ。」と述べられました。憲法に記載された義務を履行しない以上、権利を保護されないのも「落ち度」とする考え方が君主権の強い欽定憲法を制定した伊藤博文に比べても後退している、と皮肉を述べたわけです。
まずはあなたは私が最初あげたあなたの議論を私の記述に具体的に跡付けて証明してください。私が伊藤博文を「ロックやルソーの思想に倣って臣民の権利を保護しようとした」とする根拠です。人に「笑われますよ」「読解力を培った方がいい」とまで言っているのですから、簡単な話でしょう。

WallersteinWallerstein 2009/01/26 21:26 上の問題をクリアした、として、次にlatter_autumnさんにお訪ねしたいのは、超然主義と護憲運動、桂園時代の意義について、latter_autumnさんにまとめていただきたいと思います。
私の伊藤に関する評価は超然主義と護憲運動、桂園時代の意義を踏まえた理解なので、そこの理解に食い違いがあるように思われます。そこでlatter_autumnさんの理解の根底となっている超然主義と護憲運動と桂園時代の意義、それから伊藤が立憲政友会(旧自由党)の総裁となったことの意義をご説明くださるようにお願いします。私との議論はまずはそこからです。

WallersteinWallerstein 2009/01/26 22:49 http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/itouhirofumi.htm
の中の「日清戦後は自由党と提携し、1898(明治31)年1月第3次伊藤(連立)内閣を組織し、地租増徴等増税案を議会に提出したが憲政党の反対に遭遇して総辞職、元老たちの反対を押し切って大隈、板垣を後継に押し、日本最初の政党内閣(第1次大隈憲政党内閣)を成立させた。1900(明治33)年9月に立憲政友会を結成して総裁に就任、第4次伊藤内閣を組織したが、山県有朋(やまがたありとも)系の官僚派と対立した。」
まずはこれの解釈をお願いします。あなたの引かれたサイトと同じサイトです。大学の先生であなたのような単純な理解だけで議論している人はいません。伊藤の制定した憲法が制約の多いものであったことは当然ですが、憲法のメタなあり方としては、国家権力の制約にその存在があり、憲法に依拠して国民の具体的な義務を云々するのは誤っています。だからこそ大日本帝国憲法も臣民の権利の制限を法律によって定めることになっているわけです。それに対して日本国憲法では「侵すことの出来ない永久の権利」として定めているわけです。憲法にあることを「法的義務」である、というあなたの説明は伊藤より後退した議論である、という皮肉は通じなかったようで、残念です。私の力不足を痛感しました。
で、一番知りたいのは、あなたが本来言いたかったと私が考えている「派遣村に来るようになった彼らにも原因はないとはいえない」という見解が、憲法における「義務」が「法的義務」ではない、と考えても、否定されるわけではないように思うわけです。なぜ自分の発言は常に無謬でありたいのか、そこが不思議です。自分が言いたいことをもっと大事になさってほしいと切に思います。
思い込みを根拠に自分の無知を晒し続けるとご自分の主張もぼやけるように思います。
私があなたの議論にこだわるのは、誤った根拠の上に成り立った議論は百害あって一利なしと考えるからです。
そこでもう一回聞きます。あなたにとっての主張点はどこにありますか。派遣切りにあった人々にも原因がなかったとは言えないことの確認でしょうか。それとも憲法12条や伊藤博文に関するご自分の知識の正当性の主張でしょうか。私は前者だと思うので、後者にこだわり続けます。私は一貫してあなたの憲法理解を問うているわけです。あとは「派遣切りにあっている人は全てやるべきことをやっていない自業自得」というのはそういう人も多いだろうが、決めつけはよくない、ということだけです。
今のところあなたは自分の言ったことに引っ込みがつかなくなって自分の言いたいことを忘れて、自分の意地を張っているようにしか思えません。
確認したいと思います。
派遣村に来た人全ては自業自得である、という見解にどの程度こだわりを持っていらっしゃいますか。
伊藤博文が一貫して自由民権運動を敵視していたというご自分のご意見にどの程度こだわっていらっしゃいますか。
憲法12条の「不断の努力」が「法的義務である」という見解にどの程度こだわっていらっしゃいますか。
以上3つのこだわりはあなたにとって「派遣切りにあった人々にも原因はないとは言えない」という見解に比べて重視すべきものですか。
私はあなたの根本的な主張点は派遣切りにあった人々にも原因はないとは言えないゆえに自己責任教という言葉はおかしい」と思っていましたが、それは間違っていて、上に挙げた3つの論点なのでしょうか。その点についてlatter_autumnさんの見解をお尋ねします。

WallersteinWallerstein 2009/01/26 23:23 まあややこしいことはしばらく時間がかかるかもしれませんが、さしあたり「伊藤博文はロックやルソーの思想に倣って臣民の権利を保護しようとした」という記述の「ロックやルソーの思想に倣って」という文言が私のどの発言に依拠したのか、早急にご提示願います。

フリスキーフリスキー 2009/01/27 08:01 >「権利は権利、義務は義務・・・」と引用しておきながら、
>「法的義務を守らなければ、ペナルティが課される、
>権利が制約される」と主張している
>フリスキーさんは、矛盾しています。

権利は権利、義務は義務・・・を引用したのは、
latter_autumnさんの主張される
12条前段の権利保持義務が法的義務であり、
これを怠った場合、個人が人権侵害を受けても
それは自己責任だという説は、
権利と義務を混同しているからです。
憲法の基本的人権をいったん認めておきながら、
人権の侵害があった場合に抗弁をしなかったなら、
その侵害は自己責任だという主張は立憲主義を無視した
混同以外の何物でもありません。
何度でも言いますが、人権侵害を受けても自己責任だと
主張した時点で紛れも無く人権制約原理の主張です。

さらに憲法には国民に憲法上の義務を法的に強いる制度が
統治機構における規定によっても想定されていないのです。
(81条、99条)
私は憲法に記された国民の義務は法的義務ではなく、
権利の制約原理ではなく、倫理的な指針、道義的責務
あるいはマニフェストであって、法的な意味はほとんど無い、
というのが憲法学通説であることは、以前の投稿で
伊藤、佐藤両教授の著作からの引用で根拠を示しました。
しかしながら、
憲法によって保障された権利は無制限に認められるものでは
ありません。
なぜならそれを認めると個人の権利と権利が
ぶつかる事態が生じることがある。
たとえば表現の自由を無制限に認めると他者のプライバシーを
侵害する、営業の自由を無制限に認めると他者の営業の自由と
抵触するなど。
国民に保障したはずの人権が自家撞着をおこしてしまう。
そこで、人権相互の矛盾、衝突を回避して調整することで、
各人の権利の共存と調和をさせるための
公平の原理である公共の福祉の原理が
要請されるわけです。(12条後段、13、22,23,29条)
そして具体的に法律、条令によって制度化されることで
権利の制約の根拠となり、法的義務となります。

補足しておく必要がありますが、
個人が法的義務を怠った場合のペナルティについての
私の記述は、その二つ前のkechackさんの

>そうですね。どの国でも法律を知らなかったから
>といって犯罪者が免責になることは
>ありませんから、無知は罪になることがあり、
>まさに無知は自己責任です。

この記述を受けてのもので、kechackさんを含む皆様へのレスという
趣旨で書いたものでした。ここでは刑事法上の
法的義務を指していることを補足させていただきます。

刑事罰に限らず民事法における不法行為、
債務不履行に基づく損害賠償、遅延利息などを含むすべての
法的義務には それを怠ったことによるなんらかの
法的な不利益が発生します。
憲法が国家を縛り、法律が国民を縛るものなんですから、
公共の福祉の原理のもと、
その原理を具体化した法律によって
権利が制約されるということになります。

逆に言うと、いくら憲法に義務と書いてあっても、
その国民の義務を具体化した法律、条令が無ければ、
法的義務は発生せず、人権の制約原理とはならず、
法的な不利益は発生しないということです。
繰り返しますが、これが通説。
つまり、国家による人権制約を法律によって制限するのです。
なんら矛盾はしていません。

>私の主張は、
>「法的義務を守らなくても、ペナルティが課されない、
> 権利が制約されない場合がある」
>「法的義務は権利を制約するとは限らない」
>「法的義務と罰則がセットになってない場合もある」

声を大にして確認しておきますが、
憲法の国民の義務規定は、法的義務ではない、
というのが通説です。
以前の私の投稿において、伊藤正己、佐藤幸治両教授の
著作からの引用、さらに
有斐閣「憲法?」野中俊彦、高橋和之、中村睦男、高見勝利著
のp534からも参照できます。
あなたがどれだけ法的義務だと主張しても、
成分法に書いてあるから、法的義務だという
幼稚な根拠以外に
裏づけとなる学説の提示が一向に出てきません。
重ねてお聞きしますが、
12条前段を法的義務規定とする学説を唱えている
憲法学者の名前、その著作名、論文名、その説が載っている
ページを教えてください。
挙げられないのならば、あなたの我見と曲解以外の
何物でもないと受け取らせていただきます。

そこを確認した上で、つまり、
法的義務とは法令の根拠に基づかなければならない
という法学の当たり前の大前提を踏まえた上で、
国民が法的義務に反する行為を行なっても、
あるいは法令で義務づけられた行為を行なわなくても、
上記のケースがあるとは、具体的にどういう場合ですか?
ここで、1、3番目のケースについては
罰則ですから基本的に刑事法上の法的義務となりますが、
3つに分けられたケースをまとめて刑事、民事双方において、
罰則およびそれ以外の権利の制約が
セットになっていない場合とは
具体的にどんな場合ですか?
根拠条文と共にお願いします。

>「法的義務を守らなくても、ペナルティが課されない、
> 権利が制約されない場合がある」
>「法的義務は権利を制約するとは限らない」
>「法的義務と罰則がセットになってない場合もある」
> ことの根拠は、イラク派兵違憲判決の話で実証済み。

あれれ?何でそこに行く?(笑)
憲法上の国民の権利と義務についての論点を私とあなたは話して
いたんですよ。(苦笑)
イラク派兵違憲訴訟は、統治機構における行政権の行使としての国の行為の
合憲性が争われた憲法訴訟ですよ。
国の行為ですから、為政者の個人的な法的義務を争ったものでは
無いです。
被告は国です。
ですから原告は国家賠償請求をあわせて訴えているのです。
為政者個人への賠償請求はしていません。
訴状をちゃんと見てください。
被告が国であって、国は憲法上の国民の権利義務の享有主体には
なりえませんので、実証にも何にもなっていません。
憲法典をよーく見てください。
国民の人権保障に関するチャプターと
統治機構に関するチャプターを
分けて論じているのです。

ですから、

>義務と罰則がセットになっていない場合もありますよ。
>・・・と繰り返し指摘していますが、
>具体例を挙げないと理解できませんか。
>それなら書きましょうか。

latter_autumnさんは、過去の投稿でこうおっしゃりながら
上記の内容を自信満々に具体例として挙げられたわけですが、
今度も思いっきり墓穴掘っちゃいましたね・・・

P.S

あなたは一冊でも憲法の教科書に目を通したこと
ありますか?
あれば、その著書名と著者を教えてもらえますか?

フリスキーフリスキー 2009/01/27 08:19 先の私の投稿の中で、

>罰則およびそれ以外の権利の制約が
>セットになっていない場合とは
>具体的にどんな場合ですか?

この部分ですが、
罰則またはそれ以外の権利の制約が・・・
と訂正します。

しまうましまうま 2009/01/27 09:47 フリスキーさん。
>この権利を行使したり、保持のための努力(その基準は不明)をすることは法的義務

そうです。まさにlatter_autumnは「行使することが法的義務だ」と述べているわけです(彼は行使しなかったと決め付けて非難しているわけですから)ですから「選挙権・労働基本権を行使することが法的義務だ」などと主張している学説を提示して欲しいわけです。

さあ、latter_autumnよ。いつまで私の質問をネグるんだ?

ESDESD 2009/01/27 23:48 >>latter_autumnさん

>ですから、ESDさんは「欧米の憲法では国民の義務には触れない」
>旨を書いたでしょう。

ああ、そういう引っかかり方をしてらしたのですね。私は、定義には
のぼらないと書いただけです。書き方が良くはないですが、
「憲法は国家の権能や責務を規定するためのものであって国民の
義務を規定するための物ではない」という意味です。よくよく読み返して
いただければ、「憲法は国民の義務に言及してはならない」という
意味ではなかったことがおわかりいただけるかと思います。

>人権宣言自体はconstitutionとは別物、constitutional
>documentsです。

屁理屈ですね。constitutionalなdocumentsということはconstitution
としての性質を帯びるわけで、憲法に組み込まれています
(人権宣言はBloc de constitutionnalité「憲法の塊」の一部です)。
実際に、フランスでは人権宣言を根拠としていくつもの法律が
却下されたりしているのです。

>国民を直接縛る根拠に「なりえます」(必ずなる訳ではないけど)。

なるほど。あなたがそうしたいと思えば根拠となるわけですね。
だからこんなに自己責任自己責任言うわけだ。
…もちろんただの皮肉です。そんな学説は存在しません。

>例えば憲法30条の納税の義務は、国民の義務であって政府の義務ではありません。

確かに、私個人としてはあの30条の文言はあまり憲法らしくないと
思っていますし、実際そういう学説もあるそうですが、ともかく今
主流の憲法解釈は、「法律がない限り国民は納税の義務を負わない」
という租税法律主義(フリスキーさんの言う通り)ですね。

http://www.tkcnf.or.jp/19ao/kaityou1203.html
なお、こちらは国民の義務ではありますが、倫理規定としての
解釈を強く打ち出していますね。


>払うのは俺じゃなくて政府の義務だ

日本語大丈夫ですか。政府は国民に対して「納税を義務とさせるような
法律(当然憲法ではありません)」を整備する義務を負っているのです。


一度、中学校の公民の教科書を勉強し直して下さい。話はそれからです。それではさようなら。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/28 19:56 >いつ誰がそんなこと言いました?

「伊藤博文は「抑憲法ヲ創設スルノ精神ハ、第一君權ヲ制限シ、第二臣民ノ權利ヲ保護スルニアリ」と述べています。その前提に立ちながら憲法十二条を解釈すれば、それが個別の国民に化せられた「義務」ではなく、「普遍的な国民の権利を守ろうという倫理」であることは明白であると思われます。」
・・・と書きましたね。

伊藤が起案したのは、大日本帝国憲法であって、日本国憲法ではない。

君権あるいは国家権力について記述するのは当たり前。しかし国家権力の制限は、大日本帝国憲法の方が緩く、日本国憲法の方が厳しい。そもそも「天皇は神聖不可侵」などと書いたら、君権制限は骨抜きになってしまう。

人権について記述するのも当たり前。しかし人権の保護は、大日本帝国憲法の方が後進的で、日本国憲法の方が先進的。臣民の権利を保護すると称した伊藤は、大日本帝国憲法の中で、日本国憲法11、12、13条に相当する条文を書かなかった。伊藤が書かなかったのは、そんなのは書く必要なし、という解釈だったから。

「伊藤博文がプロイセンで学んできた憲法学の基礎中の基礎ではあなたの憲法十二条解釈は吹っ飛ぶわけです。」
・・・とも書きましたね。

>憲法のメタなあり方としては、国家権力の制約
>にその存在があり、憲法に依拠して国民の具体
>的な義務を云々するのは誤っています。

で、国民の義務だけど、憲法に記述してはいけないという訳ではない。憲法学はそんなことを言っていない。
伊藤は大日本帝国憲法に「臣民権利義務」を設け臣民の義務について具体的に触れた。それらは紛れもない法的義務。日本国憲法12条に相当する義務は書かなかったが、それは日本国憲法11、13条に相当する権利さえ認めていないのだから当たり前。伊藤は、「侵すことのできない永久の権利」なんて認めていなかったから、「その権利を不断の努力によって保持しなければならない」とも書かなかっただけ。
これが思想的に遅れていたドイツ流に倣った結果。

国家権力を規制し人権を保護するという思想は、ロックやルソーが発展させたもの。王権神授説への反対、「第一君權ヲ制限シ、第二臣民ノ權利ヲ保護スル」のルーツは、英仏等であってドイツではない。
「およそ権利なるものは,人民の天然自然に所持するものにして,法により与えられるものにあらず」という天賦人権説も、然り。ルーツはドイツではない。
伊藤の書いた大日本帝国憲法は、王権神授説そのままだし、人権保護が骨抜き。

>私の発言をどのように演繹したら彼がロック
>やルソーの思想を受け入れていたのか、という
>ことになるのか

さてと、Wallesteinさんの書いた「伊藤博文がプロイセンで学んできた憲法学の基礎中の基礎」って、何ですか?
伊藤の口にした「第一君權ヲ制限シ、第二臣民ノ權利ヲ保護スル」や「およそ権利なるものは,人民の天然自然に所持するものにして,法により与えられるものにあらず」は、プロイセンの誰から、何を手本にして学んだことですか?
ロックやルソーではないんですよね?、プロイセンの誰ですか?

歴史や公民の先生に訊いたら普通は「そういう天賦人権説や社会契約論は、ロックやルソーが源流である」という答えが返ってきますがね。

>憲法に記載された義務を履行しない以上、権利
>を保護されないのも「落ち度」とする考え方が
>君主権の強い欽定憲法を制定した伊藤博文に比べ
>ても後退している、と皮肉を述べたわけです。

私は「日本国憲法12条に従って国民が権利保持のための不断の努力をするのは当然のことだ」と思うのですが。
日本国憲法が12条を定めているのと、大日本帝国憲法がそれに相当する条文を定めていないのと、どちらが後退的で人権保護に反する内容ですか?
Wallesteinさんの考えでは「国民がそんな努力をせねばならないというのは、とんでもない、伊藤博文の意図した臣民の権利保護よりも後退した言説、人権保護に反する言説だ、大日本帝国憲法を見よ、そんな努力が必要などとは書いていない、これこそすばらしい人権保護の内容だ、だからそんな努力はしなくてもいいんだ」ということになるんですかね?

>誤った根拠の上に成り立った議論は百害あって
>一利なし

人権は戦って勝ち取られたものです。人権が侵害される時に自ら戦わなければ泣き寝入りになるだけ。
伊藤真氏も「黙っていたら人権はない」と言っていますし。
伊藤博文は、そもそもそういう戦いを弾圧する側に立った。労働運動も弾圧。「戦わなくてもよい、というか、戦うな」という考え。伊藤博文の権利保護なんて有名無実。
歴史の先生に笑われますよ。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/28 19:57 >上の問題をクリアした、として

派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人です。根拠は新聞記事を提示済み。
・・・と私が書いたのに対して、Wallesteinさんが「データが偏っているから当てにならない」とイチャモンつけた以上、「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人でない」「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースの方が多い」ということを実証せねばなりませんね。
さあ、根拠となるデータを提示して下さい。

Wallesteinさんは
「あなたの議論そのものが印象批評であることの証明になります。」
「自分の印象だけを根拠として人を罵る性向の人」
「自分の思い込みをひたすら繰り返している」
とも言いましたね。データを挙げて反証しないと、印象論ということですね。

「誤った根拠の上に成り立った議論は百害あって一利なし」なら、根拠示して下さいよ。「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースの方が多い」という実証データですよ。

>次にlatter_autumnさんにお訪ねしたいのは

「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人でない」「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースの方が多い」という実証データが示されれば、答えてあげます。

>「派遣村に来るようになった彼らにも原因はない
>とはいえない」という見解が、憲法における「義務」
>が「法的義務」ではない、と考えても、否定される
>わけではないように思うわけです。

派遣村に来ている多くの無知な人は、憲法12条の不断の努力を怠った人です。努力しなければならなかったのに、その義務を果たさなかった。12条の法的義務を守らなかった。
罰則はないけど泣き寝入り。それは自業自得ですよ。

>「派遣切りにあっている人は全てやるべきことを
>やっていない自業自得」というのはそういう人も
>多いだろうが、決めつけはよくない、ということ
>だけです。

私は初めから「無知で努力してない戦ってない人が多い」と言ってますが。「全て」などとは一度も言ってない。
Wallesteinさんは
「派遣村に来ている人は無知で努力してない人が多い、などいうのは根拠のない印象論だ」
と言って、私が新聞記事の実証データを挙げたら、
「そんなのはダメだ、データが偏っているから信用できない」
とイチャモンつけたのですよ。
「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人でない」「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースの方が多い」という実証データを挙げて下さい。

>自分の言いたいことを忘れて

Wallesteinさんは自分の訊かれていることを忘れているのですか。
「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人でない」「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースの方が多い」という実証データですよ。
データあるのでしょう?、出し惜しみしないで書いて下さいよ。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/28 19:59 >いくら憲法に義務と書いてあっても、その国民の
>義務を具体化した法律、条令が無ければ、法的
>義務は発生せず

憲法に「義務」「〜なければならない」と明記してあるものは法的義務です。

フリスキーさんの1月19日23時12分のログ。
「この憲法が権利について法的義務を課しているのは国家の側に対してです。決して国民の側に対してではありません。国民を縛ることが出来るのは憲法ではなく、法律なんです。」
「法的義務とは、国家権力による“こうしなさい”という命令なんです。それを与える根拠が法律です。それによって権利は制約を受けます。守らなければペナルティを課されます。」

これは要するに
「憲法の定める義務は、国家が守るべき義務であって、国民が守るべき義務じゃない」
ということですね。

憲法は、国家の義務も書いてますが、国民の義務も書いてますよ。どちらが多いかと言えば、国家の義務ですが。国民の守るべき義務は3章くらいしかありませんから。

で、その義務には、罰則があるものとないものがあります。

>国民が法的義務に反する行為を行なっても、
>あるいは法令で義務づけられた行為を行なわ
>なくても、上記のケースがあるとは、具体的
>にどういう場合ですか?

国民が憲法12条の定める不断の努力を怠っていても、罰則はありませんし。
憲法27条の勤労の義務を果たしていなくても、罰則はありませんし。

憲法の下の法律でも、義務だけど罰則がないものはいくつもありますよ。まあ、それはさておき。

一方の国家の義務ですがね。

>あれれ?何でそこに行く?(笑)
>憲法上の国民の権利と義務についての論点を
>私とあなたは話していたんですよ。(苦笑)

憲法に書いてあるのは国民の義務ではなくて国家の義務だ、と言ってるのはフリスキーさんですが。
だから国家の例も挙げたのですよ。

憲法9条を守る義務は、国民の義務というより、国家、閣僚や国会議員等の義務でしょう。
イラク派兵裁判では、派兵は違憲、9条違反と認定された。しかし違反した責任者は何のペナルティも受けていない。権利も制約されてない。
国家、閣僚や国会議員等が9条に違反しても、罰則はない。

「法的義務と権利の制約はセットになっているものだ」というのなら、「国家、閣僚や国会議員等は9条を守る法的義務がない」ということになってしまう。「そんなの関係ねぇー」と一緒。
98条や99条とも矛盾する。フリスキーさんの書いた「この憲法が権利について法的義務を課しているのは国家の側に対してです」とも矛盾。

>国の行為ですから、為政者の個人的な法的義務
>を争ったものでは無いです。

いいえ、法的義務は問われています。
国の行為って、派兵を閣僚が決めて議員が承認したということですよ。一般の国民と違って自衛隊を動かす特別な権限を持っている彼らは、派兵の責任者ですから。

>為政者個人への賠償請求はしていません。

イラク派兵差し止め訴訟は、そもそも原告が自分たちに賠償して欲しくて訴えたのではありません。

結論というか再確認。
憲法には、国家の義務がたくさん書いてあるが、国民の義務も書いてある。その義務には、罰則があるものとないものがある。
「憲法の定める義務は、国家の義務であって、国民の義務は一切ない」というのは間違い。
「法的義務と権利の制約はセットになっているものだ、守らない場合のペナルティがなければ法的義務ではない」というのも間違い。
憲法12条の「不断の努力」は国民の義務。罰則はないけどね。

WallersteinWallerstein 2009/01/28 20:43 latter_autumnさんに確かめもせず私が一方的に決めつけた書き込みを削除させていただきました。おわびします。
その上で改めて質問させていただきます。
1 latter_autumnさんは本当に伊藤博文がプロイセンで誰に憲法学を学んだのか、ご存知ありませんか?
2 latter_autumnさんには憲法学における君権の制限の基礎はロックとルソー以外にはいないという認識なのでしょうか。
以上、私自身の決めつけと捏造を排するためにお尋ねしたいと思います。

WallersteinWallerstein 2009/01/28 21:01 その上でlatter_autumnさんには是非山川出版社『詳説日本史研究』の以下の記述(360ページ)を論破されることを期待します。
「伊藤博文ら政府の指導者たちの多くが、憲法の実際の運用においては君主権の制限と民権の保護という立憲主義の精神を重視し、統治権の濫用を戒めた点は注目に値しよう。憲法発布当時、日本政府は憲法のなかで国民に大きな自由と権利を与えすぎているという外国人の批判も多かったくらいである」
latter_autumn さんに笑われるべき歴史学研究者のリストを挙げておきます。加藤陽子東京大学准教授、倉本一宏駒沢女子大学教授、五味文彦放送大学教授、桜井英治東京大学准教授、佐々木恵介聖心女子大学教授、佐藤信東京大学教授、設楽博己駒澤大学教授、白石太一郎奈良大学教授、高埜利彦学習院大学教授、鳥海靖東京大学名誉教授、藤田覚東京大学教授、本郷和人東京大学准教授、山形真理子早稲田大学客員准教授。

WallersteinWallerstein 2009/01/28 21:06 ちなみに私は上の『詳説日本史研究』は伊藤の過大評価であると思います。その点ではむしろlatter_autumnさんと私の方が私と歴史学の通説よりも近いかもしれません。

WallersteinWallerstein 2009/01/28 21:24 伊藤博文の西洋での研究について同書では次のように述べられています。ちなみにこの著書は高校生向けの参考書です。私自身の見解に比べて伊藤博文に対する評価は過大であり、私の意見はこちらよりもまだlatter_autumnさんに近いことをお断りしておきます。
伊藤はドイツでグナイスト・モッセ、オーストリアでシュタイン、イギリスでスペンサーの指導を受けましたが、その時について以下のように述べています。
「立憲政治の実現に意気込んでいた伊藤らを困惑させたのは、ヨーロッパ諸国の政治家や学者たちが、明治維新以来の日本政府の改革が急進的すぎることを懸念して、立憲制採用に否定的な見解を示し、たとえやむなく議会を開いても、軍事権や財政権に議会の介入を認めてはならないとする予想以上に保守的・専制的な考えを説いたことである。伊藤らはそこに、有色人種には真の立憲政治を行えないとする蔑視を感じたが、そのことは立憲政治の運営が必ずしも簡単ではないことを理解するうえでは役立った。しかし日本側が、ヨーロッパ側の助言・忠告を鵜呑みにしていたわけではない。例えば、憲法起草に際してドイツ人顧問ロエスレルは、政府提出の予算案が議会で否決された場合でも、天皇の裁断で政府がその予算を施行できるように憲法で定めておくことを主張した。もしこの意見が取り入れられていたならば、議会の予算審議の権限は有名無実になり、議会や政党の力はずっと弱くなっていたであろう。しかし、起草者の一人井上毅は、そのような立憲主義に反する条項を取り入れるわけにはいかないと強く反対し、結局日本側はロエスレルの意見を受け入れず、予算案不成立の場合は前年度の予算を施行することと定めた」
ここまで歴史学の通説が伊藤評価に固まると、私としては「歴史の先生に笑われますよ。」というlatter_autumnさんには是非この教科書を執筆した歴史学研究者にも「歴史の先生に笑われますよ」という評価を差し上げてほしいです。今の歴史の先生はこの教科書を使って授業をするわけですから。

WallersteinWallerstein 2009/01/28 21:50 それと私は「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人でない」「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースの方が多い」ということは一度も言った覚えはありませんが、どこから私が断定した、と判断されたのか、ご教示いただければ幸いです。私の主張点は「多かったか、少なかったか」は断定できない、ということです。想像で言うならばlatter_autumnさんのいうことは間違っていないとは思いますが、私はその点について責任を持てない。latter_autumnnさんの「戦っていれば派遣村に来る羽目にはなっていませんよ」という言葉は「戦っていれば派遣村に来るわけがない」つまり「派遣村に来る人は戦っていない」というように演繹できたので、揚げ足を取りましたがlatter_autumnさんの「「全て」などとは一度も言ってない」という言い分を確認して私としてはlatter_autumnさんの「戦っていれば」云々については真意を理解しました。ご説明ありがとうございました。
あとは憲法12条の解釈の是非ですが、私としては今のところフリスキーさんとESDさんの説にまだ説得性を感じています。latter_autumnさんの伊藤評価には次の二つの側面があると思います。わたしの見解にむしろ近い、というのは、私自身伊藤が大日本帝国を代表する政治家であり、私自身は大日本帝国を全く評価する気はありません。その意味では現在教科書の代表である山川出版の『詳説日本史』や参考書である『詳説日本史研究』の記述は伊藤を高く評価しすぎで、私自身の見解とはかなり異なります。しかし一方でlatter_autumnさんの評価とは立憲政治の本質に関する点で一致できません。
問題はそこだろうと思います。そこのズレが何なのかを考えたいと思っています。
いや、はっきり言ってlatteer_autumnさんの言い方は腹が立ちますよ。しかしその原因はおそらく私が最初に絡んだことにあり、latter_autumnさんと私との関係で言えば私に主因がある。弁解になりますが、当初私はlatter_autumnさんがもっと悪意をもって議論をふっかけたと思っていました。お名前をググってみて感じたのは、latter_autumnさんはご本人としては真剣に疑問を感じて議論なさっていることを知り、しかし言い方に腹が立って私自身がlatter_autumnさんに対して無礼な言い方を改められなかったのは事実です。さぞご不快に思われたと思います。申し訳ありませんでした。
その上で私はやはりlatter_autumnさんとは対立というよりはズレがあるように思えて仕方がない。おそらく論点がずれているという気がするわけです。フリスキーさんとESDさんとしまうまさんと私は「立憲主義」の根本の話をしている。それに対してlatter_autumnさんはもっと実際的な話をしている。そこのそもそもの論点がずれているのではないか、という気がするわけです。
それともやはりlatter_autumnさんも「立憲主義」という憲法の根幹を論じていらっしゃって、そこで対立しているのでしょうか。

WallersteinWallerstein 2009/01/28 21:57 それとこれは上の論点とは全く関係がない、単純な確認なのですが、「泣き寝入り。それは自業自得です」という時、彼らに対して行政もしくは企業はどうすべきとお考えでしょうか。

しまうましまうま 2009/01/28 22:35 >latter_autumn
なんで逃げるんだよ。早く職業的法律家の学説を示せよ。
「戦うことは法的義務」なんだろ?戦うこと=「選挙にいくこと・団結すること・交渉すること・行動すること」は義務なんだろ?じゃあこれが「権利」という形で記述されているのはなぜか説明してみろよ。

しまうましまうま 2009/01/28 22:40 >Wallersteinさん
非常に興味深いコメント、どこかのおバカさんにはもったいないくらいです。怪我の功名というか楽しみに読ませていただいております。

フリスキーフリスキー 2009/01/29 06:53 >latter_autumnさん

今回も国民の義務について今までと同じ内容を
繰り返し話しておられますね。

>これは要するに
>「憲法の定める義務は、国家が守るべき義務であって
>国民が守るべき義務じゃない」
>ということですね。

ESDさんも言われていましたが、
あなた日本語大丈夫ですか (^^;

私はこう言っています。

「この憲法が権利について法的義務を課しているのは
国家の側に対してです。」

単なる義務ではなく 法的義務ですよ。
何度も言いますが、
今まで、私とあなたで交わしてきた話の論点は、
“憲法12条前段が法的義務か否か”ということです。
いいですか?
単なる義務ではなく、法的義務であるか否かということです。
この義務の趣旨について、延々と論じてきたんです。
話をわざとループさせないでください。
呆れて話になりません。

>国民が憲法12条の定める不断の努力を怠っていても、
>罰則はありませんし。
>憲法27条の勤労の義務を果たしていなくても、
>罰則はありませんし。

法的義務ではないのですから当たり前でしょ。
そうやって
ご自身の誤謬に意地になってしがみつくのは
みっともないですよ。
みっともなくないというのであれば
学説や判例を根拠に論理的な記述をしてください。

憲法について、私は以前、
「憲法とは国家権力の濫用を抑制し、国民の権利と自由を
 守るための最高法規」だという通説的定義を
書いたと思います。
現代憲法学通説を牽引した第一人者、
芦部信喜先生の「憲法」岩波書店にも、

「憲法学の対象とする憲法とは、近代に至って一定の
 政治的理念に基づいて制定された憲法であり、
 国家権力を制限して国民の権利・自由を守ることを
 目的とする憲法である。」と定義されています。
            (P5より)
「それは(国家の機関を定め、それぞれの機関に国家作用を
 授権すること)は、より基本的な規範、すなわち自由の規範
 である人権規範に奉仕するものとして存在する。」
            (同書P10より)
「最高法規としての憲法の本質は、むしろ、憲法が実質的に
 法律とは異なるという点に求めなければならない。
 つまり、憲法が最高法規であるのは、その内容が、
 人間の権利・自由をあらゆる国家権力から不可侵のものとして
 保障する規範を中心として構成されているからです。」 
            (同書P12より)

こう説明してあるとおりです。
国家の統治機構とそれに授権された国権は、人権規範に
奉仕するものとされているのです。
つまり、“人権規範の保障のために”
国家の統治機構と国権は
活用されることを憲法は想定したとしているのです。

まず立憲主義の基礎を理解しなければなりません。
私が何度、憲法に規定されている国民の義務は、
法的義務ではないという通説を説明しても、
理解できないのは、
latter_autumnさんは
このような憲法の土台を知らないからです。

そもそも、

「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が
憲法に適合するかしないかを決定する
権限を有する終審裁判所である。」

この81条の条文を見てください。
これは違憲審査制度を規定したものです。
裁判所が合憲か違憲かを審査する対象はすべて
国家権力によるものです。
ここに国民の行為というものは入っていないのです。
憲法に書かれている国民の義務がもしlatter_autumnさんの
おっしゃるように法的義務ならば、
それを守らないことは違憲となります。
しかし、81条には国民の行為が入っていないということは、
国民の行為の合憲性を審査する機関がどこにも
存在しないことを意味します。
その証拠に、
国民の行為について、
あれは合憲だ、あれは違憲だなどという判決があったことが
ありますか?

違憲審査はすべて国家側の作用に向けられています。
(現代においては、私人間適用の論点がありまして、
 企業や大学などの大組織が含まれる場合がありますが、
 いずれもそれらが国家に準ずる権力を個人に及ぼしている
 という観点であって、国家権力に擬制してこれを
 適用しようというものです。)
納税の義務に関しても、税法という法律があって初めて
法的義務が発生します。脱税裁判においては、
個人の行為について違憲性が争われるのではなく、
違法性が争われるのです。
そもそも、先ほども申し上げたとおり、
国民の行為についての違憲性を審査する機関が
存在しないのですから。
ESDさんが、脱税に合憲も違憲も無いといったのは
そういう趣旨でおっしゃっていたのです。
あなたは憲法の制度趣旨をまったく
わかっておられず、そのことに無知だから、
理解できないだけです。
信用できないなら、少しは憲法の教科書で
勉強してくださいね。

latter_autumnさんは、頑なに
憲法上の国民の義務は法的義務であり、
これを怠った場合、人権侵害を受けても自己責任だという
立場を堅持していますが、
あなたの無知に基づいた我見と認定させていただきます。

次に、

>イラク派兵裁判では、派兵は違憲、9条違反と認定された。
>しかし違反した責任者は何のペナルティも受けていない。
>権利も制約されてない。
>国家、閣僚や国会議員等が9条に違反しても、罰則はない。

latter_autumnさんは、訴状と判決文を
まともに読んでいないようですね。
12条の解釈もそうですけど、どうして
自分が議論する上での情報を
きちんと確認しないのですか?

>いいえ、法的義務は問われています。
>国の行為って、派兵を閣僚が決めて議員が
>承認したということですよ。
>一般の国民と違って自衛隊を
>動かす特別な権限を持っている彼らは、
>派兵の責任者ですから。

latter_autumnさん、あなた大丈夫ですか?

この訴状および判決文のどこに被告人としての
為政者個人の名前が出てきますか?
原告が被告として訴えたのは国です。
原告が要求したのは裁判所への違憲確認と、
国がイラク派兵をやめること。
あとは国家賠償です。
訴えられてもいない個人が、
要求されてもいない損害賠償を
償わないといけない法的根拠はありません。

いい加減、根拠無き暴論はやめましょう。(笑)

この裁判において原告が求めた訴えは、
次の四点。

?国が、イラク特措法により派兵したことは、
 違憲であることを確認すること。

?国が、イラク特措法により自衛隊をイラク
およびその周辺地域、周辺海域に
派遣することを差し止める請求。

?国が、原告に一人当たり1万円の賠償金を支払うこと。

?国が、訴訟費用を負担すること。

それに対する判決文は、

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080428151610.pdf

かなり長いのですが、判決理由から
重要な点をコピペすると、

「そして,平和的生存権の侵害は,
憲法9条に反する国家行為がなされ
たときに発生する。」

「まず,平和的生存権の複合的性格に関して,
自衛隊を海外に派遣し,外国軍と一体となって
戦争遂行に加わる国家行為は,
憲法9条に明白に違反し,個人の平和的生存権を
重大かつ根本的に侵害するものであるから,
当該国家行為の違憲無効確認の訴えも承認され,
当該国家行為が完結する以前の時点であれば,
その差止めの請求をすることもできる。
そして,当該個人が当該国家行為によって
憲法の基本理念である平和主義を侵害されたことで,
自己の種々の自由や権利を侵害されたり,精神的
苦痛を被ったといえる場合には,
侵害行為の違法性及び被侵害利益のいずれも明白であって,
国家賠償請求権も認められる。」

としたうえで、

「現在イラクにおいて行われている航空自衛隊の空輸活動は,
政府と同じ憲法解釈に立ち,
イラク特措法を合憲とした場合であっても,
武力行使を禁止したイラク特措法2条2項,
活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し,
かつ,憲法9条1項に違反する活動を含んでいることが
認められる。」

たしかに、イラク派兵が9条に違反する活動を含んでいると
判決理由に記されています。

しかしながら、
主文においては、
原告の求めた上記4点の訴えは
すべて“棄却”されているのです。

?違憲確認の訴えを棄却しています。
つまり
イラク派兵が9条違反であると裁判所で
判決を出してくれという原告の訴えを
退けているのです。
たしかに判決理由では上記のように
違憲性について考察されていますが、
主文、つまり判決としての結論は、
違憲確認の求めを退けたのです。
これは、
憲法訴訟の理論上の根拠があるのですが、
知りたければ憲法の教科書を
読んでください。

?イラク派兵差し止め請求も棄却。

?損害賠償請求についても、

「本件派遣によっても,控訴人Aらの
生命,自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ,
あるいは,現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされ,
また,
憲法9条に違反する戦争の遂行等への
加担・協力を強制されるまでの
事態が生じているとはいえないところであって,
全証拠によっても,現時点において,
控訴人Aらの具体的権利としての平和的生存権が
侵害されたとまでは認められない。」
         (同判決理由より)

として、これも棄却。

?国が訴訟費用を負担することの訴えも
 もちろん棄却

「第4 結論
以上のとおりであって,
原判決は結論においていずれも正当であるから,
控訴人らの本件控訴をいずれも棄却することとし,
主文のとおり判決する。」

こう判決理由は結論づけられています。

違憲判決と一般には言われていますし、
マスコミもそう報道したと思います。
あたかも原告が勝訴したようにイメージされますが、
当時の福田首相をはじめ政府関係者が、
口をそろえて
これは“傍論”だと言って意に介さない態度を
取ったのは、
違憲と言われたのも飽くまで
判決理由の中でのもので、
主文は、違憲判断を下していませんし、
差止請求も、損害賠償請求も却下され、
国が勝訴していたからです。
(判決文は、“主文”と”判決理由”に分かれていて、
 当該裁判において、その当事者に対して
 判決としての効力があるのは、“主文”です。)

ですから、正確には“違憲判決”というよりも、
“違憲判断を伴う判決”と表現するべきでしょうね。
判決主文は、違憲だという判断をしてくれという
原告の訴えを却下したんですから、
前者では誤解されがちです。

ただし、、
この判決によって、

?前文に依拠する
平和的生存権が具体的権利として認められたこと、

?もし今後、国の9条違反の立法や行為によって、
国民の平和的生存権が侵害されたと司法府が判断した場合、
今回の原告の訴えた内容が認めらる可能性を開き、
国の責任を追及できる道筋をつけた

という意味で
画期的な裁判だったとされているのです。

「まず,平和的生存権の複合的性格に関して,
自衛隊を海外に派遣し,外国軍と一体となって
戦争遂行に加わる国家行為は,
憲法9条に明白に違反し,個人の平和的生存権を
重大かつ根本的に侵害するものであるから,
当該国家行為の違憲無効確認の訴えも承認され,
当該国家行為が完結する以前の時点であれば,
その差止めの請求をすることもできる。
そして,当該個人が当該国家行為によって
憲法の基本理念である平和主義を侵害されたことで,
自己の種々の自由や権利を侵害されたり,精神的
苦痛を被ったといえる場合には,
侵害行為の違法性及び被侵害利益のいずれも明白であって,
国家賠償請求権も認められる。」
       (判決理由より)

9条違反に対して、
上記の判決理由で記されたような形で国の責任を追及して
行く道を可能性として開いたということです。

latter_autumnさん、
今まで議論をしてきて理解に苦しむのは、
どうして、あなたは自分の主張を頑なに
正当化して相手を批判する前に、
事実の確認を怠るのですか?
学ぶことを拒むのですか?

それとね、latter_autumnさん、
憲法を含めて法によって法的義務と
されたものは一つ残らず権利(憲法においては権力)
の制約原理となっているんです。
制約原理となっていない法的義務など無いですよ。
権力や権利の制約原理になっていないのなら、
そもそも法の存在意義が無くなってしまいます。
よーく心を澄まして、頭脳を働かせてください。
論理で考えれば自明のことです。
そもそも、latter_autumnさんが、
憲法学を無視してまで意地でも、12条前段が
法的義務だと言い張ったのは、
法的義務とすることで、派遣労働者たちの人権侵害を
自己責任だとの根拠にしたいからでしょう。
12条前段を根拠に自己責任説を展開したのです
これは人権の制約原理の主張に他なりません。
もしこの論理がわからないなら、小学校レベルのところから
勉強してくださいとしか言えません。

日本国憲法を含む近代憲法の特質は三つあります。
一つは、自由の基礎法
二つ目は、制限規範
三つ目は、最高法規

ここで二つ目の制限規範についてですが、

「憲法が自由の基礎法であるということは、同時に
 憲法が国家権力を制限する基礎法であることを意味する。」
       (芦部信喜著「憲法」p10より)

「憲法においては、人権保障と権力分立をさだめ、
 むしろ憲法の本質的な部分は、
 このような国家の権力作用を
 制限することに置かれており、まさに制限規範としての
 憲法の特質が重要性をもつことになる。」
       (伊藤正己「憲法」p9より)

さらに、

人権保障とは、国家に対して人権を保障せよという要求であり、
統治機構に関する規定は、この人権保障に奉仕するためのもので
あるということは、先ほどの芦部先生の説明にあるとおりです。

そのために国家権力に縛りをかけるのです。
伊藤真弁護士が、
「憲法は国家を縛り、法律は国民を縛る。」と言ったのは
そういうことです。
縛りをかけるとは、憲法によって国家権力に縛りをかける
ということ。

憲法の存在自体が既に権力への制約原理であり、
それこそが、憲法のレーゾンデートルなのです。

私とあなたはずいぶんと長く話してきましたね。
あなたが私の解説にまったく理解を示せないのは、
憲法の本質をわかろうとしないからです。
latter_autumnさんは、憲法を単なるルールブック、
規範集の類だと曲解されているきらいが大いに見受けられます。
しかし、芦部先生がこうおっしゃっていることの
意味をあなたは学ぶ必要があります。

「最高法規としての憲法の本質は、むしろ、憲法が実質的に
 法律とは異なるという点に求めなければならない。
 つまり、憲法が最高法規であるのは、その内容が、
 人間の権利・自由をあらゆる国家権力から不可侵のものとして
 保障する規範を中心として構成されているからです。」

フリスキーフリスキー 2009/01/29 06:54 >latter_autumnさん、

あなたは私の説明に対して、
ことこごく、間違っているだの、矛盾しているだの
頭ごなしに否定してきましたが、
私は、決して私見を語っているのではなく、
憲法の常識と通説をここで
解説しているに過ぎません。
つまり、あなたにとっては、
憲法学は間違っているのであり、
憲法学は矛盾したものであり、
あなたは憲法学を否定しているのです。
信用できないなら実際に勉強してみてください。

どうして、そこまでしてご自分の我見にしがみつくの?
どうして、一冊でも憲法の教科書に学ぼうとしない?
もしかして、今さら本を開いて自分の誤謬を
否応なしに突きつけられのが怖いから?

無知や無学であることが恥ずかしいことではありません。
誰でも知っていること、知らないことがあります。
いや、どんなに天才的な頭脳の持ち主でも
知らないことのほうが圧倒的に多いはずです。
恥ずかしいのは、
latter_autumnさんのように
ご自身の意地や我見や虚勢を、
常に知見や学問や事実よりも優位に置いて、
意地でも前者にしがみついて、
無知と誤謬をあらためて、学ぼうとしないことです。

これは私の印象論ですが、あなたは、
相当に、悲しいほどに劣等感の強い方だと
お見受けしました。
他者に対して我見を通すことが、
あなたのネット活動における
レーゾンデートルなんでしょう。
そうでもしていないと、
あなたの自尊心は崩れ去ってしまいそうで
不安なんじゃないですかね。
あなたの言葉にはあなたの強い怯えを感じます。

そう推察しております。

ではでは。

フリスキーフリスキー 2009/01/29 07:09 >Wallerstainさん

>あとは憲法12条の解釈の是非ですが
>私としては今のところフリスキーさんと
>ESDさんの説にまだ説得性を感じています。

私の説ではありません。
憲法の常識と通説でしか話していません。

はっきり言って、これは議論にもなっていません。
議論をするには、憲法の基本を前提としてその上で
なされなければなりませんが、
その前提条件つまり極めて基礎的な知識の確認さえ、
latter_autumnさんは頑なに拒んでいるのです。
彼の主張の仕方は、
「自分がこう思う、ゆえにこれが正しい。」
「自分はこう理解した、ゆえにこれが正しい。」


“まだ説得性を感じています”云々の下りですが、
そもそも間違った前提条件の元に
彼は話を進めていて、いっこうに知識の確認を
することさえ拒んでいるので、
これはもうめちゃくちゃなやり取りなんですよ(笑)

今回のこのコメント欄でのやり取りは多くの方々が
見ていると思いますが、
少しでも憲法を学んだことがある方なら、
あまりものレベルの低さに投稿することさえ
気がうせると思いますよ。
latter_autumnさんは立憲主義の根本を論じるどころか、
根本をまったく理解できていないのです。

latter_autumnさんの一連の投稿を見ていて
感じたことがあります。
印象論であり、推論ですが、
これはネット検索の負の側面があらわれている
一つの現象だと思います。
自分がまったく無知の分野でも、
ネット検索で断片的な用語や制度、概念を取り出すことは
瞬時にして出来る。それを自分の主張したい内容に都合よく
組み込んで、利用してしまうんです。
ところがその分野の全体構造や、
各々の概念や制度の趣旨、連関性、
そららが生まれた思想的、歴史的、社会的背景を知らないで、
それらを無視して、
つまみ食いした上に曲解に基づいて自論に利用するのです。

こういうやり方は、
ネット上で多く見受けられる不毛な論法です。

用語や制度、概念を使って語る人は
ごまんといますが、
その主張の土台をしっかりと見極める必要があります。
良質な言説は、土台がしっかりしています。
良質な言説は、見識と良心と、知識への敬意に基づいています。

こういうと語弊がありますし、
怒られてしまうかもしれませんが、
こうしてlatter_autumnさんのような人と
延々と言葉のやり取りをしてきた
私やWallersteinさんは、
ある意味、
よっぽどの物好きで暇人なのかもしれません(^^;

WallersteinWallerstein 2009/01/29 09:11 >ふりすきーさん
確かに物好きで暇人かもしれませんね(苦笑)。
一つ彼に対して申し訳なく思うのは、「伊藤博文はロックとルソーに倣って」とした彼の記述に対して「悪質な印象操作」と断罪してしまい、すぐに削除したのですが、私がこのように彼に対して根拠なき悪罵を投げつけた事実は消えないわけで、その点に関しては反省しなければならない、と思うわけです。
弁解を重ねることになるのですが、私自身の認識として伊藤がヨーロッパで誰に学んだかを知らないことや、君権の制限といえばロックやルソーしか思い浮かばない、ということが想定外だったわけで、伊藤がだれに学んで、ヨーロッパにおける立憲主義の系譜に関する基礎知識をおさえていれば、そもそも出るわけがない言葉だったので「悪質な印象操作」と思い込んだのですが、彼のコメントをみているとどうも本当に知らなかったようで、「悪質な印象操作」とレッテルを貼り付け、結果として私自身が悪質な印象操作をしてしまったことは反省しなければならない、と思ったわけです。
私自身が感情的になってしまった一つの理由として、山県有朋と伊藤博文の差異を無視して歴史学研究者であり「歴史の先生」である私に向かって「歴史の先生に笑われますよ」と言いきる彼の言い分に苛立ってしまった、というのがあるわけですが、そもそもその原因を鑑みるに、私が最初に彼にきつい言葉を投げつけてしまったことに主因があることは上のlatter_autumnさんへのコメントで言った通りなわけです。
彼が我見にしがみついて歴史知識の欠落をさらしているのは、昨日の高校教科書の引用でも明らかであり、彼が私の意見を「歴史の先生に笑われる」というのであれば、山川出版社の『詳説日本史研究』も、それを執筆した歴史学研究者も、これを検定で通した文部科学省も「歴史の先生に笑われる」ことになるわけですが、彼がそもそも我見にしがみつかざるを得ない状況に追い込んだ責任は痛感しているわけです。
翻って彼とフリスキーさん、ESDさん、しまうまさん、私の違いは、彼がベタな話をしているのに対して、こちらがメタな話をしている点にあるのではないか、と思いました。我々は「そもそも立憲主義とは」というところから話を始めています。立憲主義の清心に照らせば、そもそも彼らの人権侵害がおかしい、ということになり、彼ら自身の不勉強を問題にする、という発想はまず出てこない。従って彼らのどれくらいが戦わなかったか、あるいは戦ったのか、というのはそもそも問題外なわけです。
そもそも私が問題にしていない「どちらが多いのか」という問題に対して、彼が私にデータの提示を求めてくるのは、彼が問題にしているのが何かを如実に示しています。彼の問題関心は派遣村に来た人々一人一人が派遣村に来た理由にあるわけです。そこに関心を持つ限り、一人一人が戦ったか戦わなかったか、ということに原因を求めるし、無責任なことしか言えませんが、おそらく「戦わなかった人々が多い」ということは想像に難くありません。
ただ私たちの関心はそこにはない。だから立憲主義の基本を彼に教えるよりも先にやらなければならなかったのは彼の関心の所在を最初に聞くべきだったかな、と私自身に関して言えば反省があるわけです。その上で論点を設定するべきだった、と。そこに食い違いがあり、その後は彼も私も意地になって自分の立場の応酬になる。特に彼が意地になって我見にしがみつくのは、そもそも私が自分の立場を一方的に押し付けたからかな、と思い直しているわけです。
彼の立憲主義に関する知識、歴史に関する知識、憲法解釈に対する知識がつまみ食いではないか、ということに関しては全く同感です。ネットでよくみられる不毛な論法を彼が使っている、という論点に関しては私もフリスキーさんに同意します。
まあ私自身の責任としてそもそも彼が意地になってしまう原因を作ったのではないかなと、彼の無知を論う前に彼の言い分を理解する努力は欠けていたように思います。ただこれは私自身の反省点です。
>しまうまさん
どうもありがとうございます。実は私も伊藤に関してはそれほど高く評価する気にはなれないわけです。しかしもっとも権威のある教科書に書いてあることに逆らうわけにもいかないわけで、実際大日本帝国を抑圧的な側面だけで評価したい気持ちはlatter_autumnさんと私は共有するわけですが、そこにしがみつくとそれこそ「歴史の先生に笑われる」わけです。そこが辛い所です(笑)。しかも社会学の小熊英二氏に言わせれば、大日本帝国を百パーセントの悪で塗りつぶす戦後の歴史学のやり方が、逆にタブーに挑戦する形の歴史修正主義に存立の基盤を与えてきた、ということですし、歴史学研究者の東島誠氏も戦後歴史学が歴史修正主義に勝てない理由を、戦後歴史学の硬直した姿勢に求めているわけです。さらには歴史学研究者の網野善彦氏も歴史修正主義は戦後歴史学の鬼子と位置づけ、戦後歴史学の姿勢そのものに歴史修正主義が発生する地盤を求め、さらに非常に学界ネタで恐縮ですが岩井忠熊氏と小関素明氏の論争でもやはり戦後歴史学と歴史修正主義の関係についての問題が戦わされています。
私自身伊藤をlatter_autumnさんにようにみたい願望はないわけではありません。しかし大日本帝国を悪の権化のように見なす硬直化した歴史像そのものが、歴史修正主義に存立の基盤を与えている、という問題もあり、私自身伊藤博文論に関しては試行錯誤が続いています。伊藤暗殺と韓国併合の問題も一口には言いきれない複雑な問題もありますし。そもそも立憲政友会も幸徳秋水のように「自由党死す」と評価することも可能であり、latter_autumnさんの伊藤に関する見方は憲法解釈とは異なり、それ相応に説得性を持ってきた議論ではあるわけです。ただしマルクス主義歴史学限定ですが。自由民権運動に関しても、それが本質的に膨張主義的、対外硬的な側面を持った国権主義的運動とみるべきという見解もあり、実際自由民権運動も私擬憲法草案をみれば植木枝盛のような徹底した民権論もあれば、大井憲太郎のように国権主義的な動きもあるわけです。板垣退助や大隈重信も単純にロックやルソーの影響を論うとそれも「歴史の先生に笑われる」ことになるわけで、その辺は「民権」対「藩閥」という二分法で分類できるものではない。西園寺公望から原敬や加藤高明につながる護憲運動の動きの源流は伊藤にあることも事実で、その点をどう評価するのかは、実は単純なものではない。おそらく今から20年ほどまえはlatter_autumnさんの理解でも必ずしも「笑われる」レベルではなく、左傾化した公式的な歴史認識だったわけです。少なくとも高校レベルでは。もちろん史学科の一回生のレポートではすでに不合格レベルですが。最低限藩閥政治における山県有朋と伊藤博文の差異に関しては押さえなければ単位は難しいでしょう。もちろん自由民権運動に関してもロックやルソーだけで議論してはやはり大学の教養レベルでも難しい。もちろんお情けで単位認定にはなるでしょうが。
ただ現在ではそういう認識が高校の教科書レベルでも語られる、というのは単純に喜んでいいのか、どうか、というのは私にとっては複雑なところはあります。やはりlatter_autumnさんの単純なレベルをまずは小学生レベルでは押さえておかないといけない、と思ってもいるわけです。そこをあいまいにして私のようにややこしいことを押さえると、戦前の大日本帝国をあたかも理想的な国家であった、という錯覚に陥る児童もいるでしょう。私の姪がそうでした。
ただ大日本帝国を百パーセントの悪で塗りつぶすのも、逆に大日本帝国の正当化を行う言説に対抗する時に足かせとなりかねない。そこのジレンマは私にはあります。

WallersteinWallerstein 2009/01/29 11:32 latter_autumnさんの話から離れて一般論としてフリスキーさんのご指摘なさった「ネット上で見られる不毛な論法」というのは鋭いご指摘だと思います。加えるにネットでそういうつまみ食いをする人は、ネットで自分の意見を見る人も同じレベルだと思い込んでいて、自分の意見がもはや破綻していてもとりあえず我見を押し通せば何とかなる、と考えている節はあるかな、と思います。「ネット検索で断片的な用語や制度、概念を取り出すことは瞬時にして出来る。それを自分の主張したい内容に都合よく組み込んで、利用してしまう」という側面は歴史の分野でもよくみられます。もっともこういう手合はむしろlatter_autumnさんとは逆の意見を述べて大日本帝国を理想郷とする側に多いんですけど(笑)。

河原の枯れすすき河原の枯れすすき 2009/01/29 17:15 latter_autumnさんの憲法条文の権利と義務という言葉についての独特の強牽付会、乃至は誤解に基づく主張に対する、Wallesteinさん、そしてフリスキーさん、しまうまさん達のとても丁寧な解説、論考をよむとよい勉強になります。

権利は闘いのうちに実現するのだと言うことも事実ですから、誰もがこれを否定しているわけではありません。そして自由や人権の歴史は、それによって成り立っていることも学んできたはずです。latter_autumnさん、恨みやさんだって、その立場からの主張を持っていることは確かです。

ただ問題なのは、このブログに前にも書いたことがありますが、「どんな理由があっても、現実に困難を抱えていたり、生きることの危険にさらされている人に救助の手を差し伸べることは、人間として最も大事なあり方として、人類の歴史の中で社会進歩の土台となってきた」ことについてlatter_autumnさん、恨みやさんにも考えてみてほしいと言うことです。

人間が生きる上で、自然との闘いもあれば社会との闘いもある中で、自由のための闘いは人類の歴史の進歩を貫く土台だったことも確かなことです。歴史の勉強でも「国家からの自由、国家への自由」と言う言葉を近代市民社会の憲法理念として確認されてきたことは、誰も否定しないことだといえます。日本国憲法もこの流れの中にあるのであって、みんなで論じ合ってきたことは、このことの再確認にあったものと思います。

latter_autumnさんは、たしかwallesteinさんの「国はリソースの限り、馬鹿な国民にも基本的人権を例外なく守らなくてはならないのです。」と言う説明に対し、「労基署が労働者の訴えを握り潰したらダメだけど、訴えずに泣き寝入りする人は当然守りようがない。」と言う反論をしていますが、これは、憲法の中の労働保護条項に対する誤解によるものです。この27条の「労働条件は、法によって定める」とした上での、実定法としての労働基準法は、罰則による使用者への強制が行われているのです。

たとえ労働者自身が、使用者に対し時間外賃金の不払いを請求しない場合でも、労働基準監督署はこの不払いは労基法違反に当たるとして、支払いを命じるか、応じない場合は罰則により強制が行われることになっているのです。これが今野放し状態にあることは確かですが、このことをもって、このような法律を理解してない人間、誤解している人間、権利を主張しない人間はみんな馬鹿なのだから、自業自得だといってはいけないのです。働く人たちみんなの権利侵害を広げることになると言えるのです。

「どのような契約によっても決して奪うことのできない人間としての権利」は、国家と個人と言う時代から、社会、企業との関係の上でも新しい人権として闘い、創造していかなければならない時代です。現に今、困っている人、苦しんでいる人には、人間の権利、社会の義務として助けの手を差し述べなくてはいけない時代になっていると思います。そんな人間の中には、タカリがいるぞと指摘する人が居るかもしれませんが、そういうタカリの人は、とても少ないのが実態です。Latter autumnさん安心してください。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/29 21:11 まとめレスです。

>「戦うことは法的義務」なんだろ?
>戦うこと=「選挙にいくこと・団結すること・
>交渉すること・行動すること」は義務なんだろ?

権利を脅かす敵がいる場合は、義務だね。まず自分が立ち上がって抗弁しないとダメ。
でも戦うことは常に必要とされている訳じゃない。警戒は常に必要だけど。

>じゃあこれが「権利」という形で記述されて
>いるのはなぜか説明してみろよ。

敵がいない場合は、戦い自体が発生しない。
例えば、仮に良心的な企業が労働者の権利を尊重した待遇を提供していれば、特に団体交渉とかする必要性は生じないし。
仮に良心的な政府が国民の権利を尊重した政治をしていれば、特に戦う必要もない(監視は必要だけど)。

敵がいない場合は一応可能性としてありうるからね。
だから、12条と、15条や28条を分けて、前者を義務にして後者を権利にしているだけ。

>constitutionalなdocumentsということは
>constitutionとしての性質を帯びるわけで、
>憲法に組み込まれています

日本国憲法では、人権に関する規定が組み込まれている、直接明記されていますが。

フランスでは、人権宣言は切り離されたままです。憲法では、人権について直接的具体的に明記せず、間接的に人権宣言を引用しているだけ。だから人権宣言自体は憲法とは別物。

>日本語大丈夫ですか。政府は国民に対して
>「納税を義務とさせるような法律(当然憲法
>ではありません)」を整備する義務を負って
>いるのです。

大丈夫じゃないのはESDさんです。
税金に関する具体的な法律を整備するのは、政府(正確には国会)の権限です。義務じゃない。
the powers and duties of the governmentのpowersの方ですよ。

例えば、「国会としては、納税を義務とさせるような法律を作る義務があるから、消費税を上げる法律を作るのもその義務のうちだ、消費税を廃止するのは義務に反する」なんてことはありませんから。

「国会は、消費税を上げる法律を作る権限があるが、消費税を下げる法律を作る権限もある」
というなら、何もおかしくはありませんが。
「国会は、消費税を上げる法律を作る義務があるが、消費税を下げる法律を作る義務もある」
では、日本語の意味がおかしいでしょう。

税金に関する具体的な法律を整備するのは、国会の権限であって、国会の義務じゃない。

>「法律がない限り国民は納税の義務を負わない」

政府の徴税の権限の行使は法律に基づく、法律なしに権限行使できない、ということ。

憲法上、国民の納税の義務自体がそもそもない、ということにはなっていませんから。
義務と権限を区別しましょう。

>あなたがそうしたいと思えば根拠となるわけ
>ですね。

憲法で示されている国民の義務は、国民を直接縛る根拠に「なりえます」(必ずなる訳ではないけど)。
例えば、勤労の義務は縛る根拠ではありませんが、納税の義務は縛る根拠ですよ。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/29 21:20 >伊藤はドイツでグナイスト・モッセ、
>オーストリアでシュタイン、イギリスで
>スペンサーの指導を受けましたが、その時
>について以下のように述べています。

>ヨーロッパにおける立憲主義の系譜に関する
>基礎知識

それは大日本帝国憲法の3章や4章の話でしょう。人権保護とは直接関係ない、何故なら議会にしても、ほとんどの臣民はまだ選挙権さえ認められなかったのだから。

私が訊いているのは、人権保護の話、大日本帝国憲法の2章の話なのですがね。
議会と政府の関係のあり方を伊藤が誰から習ったかを訊いているのではありませんよ。

>私自身の認識として伊藤がヨーロッパで誰に
>学んだかを知らないことや、君権の制限と
>いえばロックやルソーしか思い浮かばない

伊藤の口にした「第一君權ヲ制限シ、第二臣民ノ權利ヲ保護スル」や「およそ権利なるものは,人民の天然自然に所持するものにして,法により与えられるものにあらず」は、プロイセンの誰から、何を手本にして学んだことですか?
ロックやルソーではないんですよね?、プロイセンの誰ですか?
プロイセンの誰から思想的な影響を受けて、臣民権利保護やら天賦人権説を口にしたのか、そして言ったことを現実に実行したのか、ということを訊いているのですよ。

私が言っているのは
「伊藤が口にした天賦人権説や社会契約論(君権制限・民権保護)は、伊藤と対立していた自由民権運動からの借り物で、源流はロックやルソーである」
「しかし伊藤は、人権保護とか言いつつ、本気で実行するつもりはなかったし、事実実行しなかった」
「森有礼とのやりとりと保安条例等の弾圧行為は、伊藤の言行不一致の証拠である」
ということですが。

Wallesteinさんは違うという意見なのでしょう?
「伊藤はロックやルソーの思想に倣って大日本帝国憲法を起案し人権保護に尽力した、立派な有言実行であった」
でないとしたら
「伊藤はロックやルソー以外のプロイセンの啓蒙思想家に倣って大日本帝国憲法を起案し人権保護に尽力した、立派な有言実行であった」
ということなんですよね?
そして、
「大日本帝国憲法は、日本国憲法12条に相当する条文がない点で、人権保護上より優れた内容である」
ということなんですよね?

プロイセンの誰ですか?、伊藤に「臣民ノ權利ヲ保護スル」とか「・・・権利なるものは,人民の天然自然に所持するもの・・・」とか教えたのは?

>以下の記述(360ページ)を論破される
>ことを期待します。

例のサイト、松山大学の田村氏の記述で、既に反論としては十分足りてます。

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/REKISI.htm

歴史の事実は「人権弾圧しまくり」ですから。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/29 21:24 >私は「派遣村に来ている人の多くは、無知で
>戦っていない人でない」「無知でない人が
>戦っていたけど派遣村に来る羽目になった
>ケースの方が多い」ということは一度も言った
>覚えはありませんが

私が
「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人である」
「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースはほとんどない」
と言ったのに、反対したでしょう。根拠なしに印象批判するな、と。
Wallesteinさんが私の指摘を否定する以上、
「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人でない」
「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースの方が多い」
と反論しているのと同じことですよ。

>想像で言うならばlatter_autumnさんのいう
>ことは間違っていないとは思いますが

今さら何を言っているんですか?

Wallesteinさんは
「条件を何かしら一つは満たしていることを証明するデータを示してください。」
と言って、私が実証データを挙げたら、
「データが偏ったものではない、ということも示す必要があります。あなたが一人一人の話を持ってきても「それはあなたのつまみ食いだ」とイチャモンを付けられて終わりです。」
と言ったのですよ。「つまみ食い」だと!

もし私が「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケース」があるのに無視していたら、それは確かに「つまみ食い」「データが偏っている」ですから。

そこまで言った以上は
「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人でない」
「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースの方が多い」
という実証データを挙げて下さいよ。「想像で言う」のではなくて根拠示して下さいよ。

>latter_autumnさんの「「全て」などとは一度
>も言ってない」という言い分を確認して

ちょっと、ちょっと!
私が
「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人である」
「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースはほとんどない」
と言ったのに、反対したでしょう。Wallesteinさんは。
「何の根拠があるんだ?、いい加減なことを言うな!}「データのつまみ食いはダメだ!」
みたいに反論したのですよ。

私「派遣村に来ている人は無知な人多い」、Wallesteinさん「違う、多くない」
・・・という対立ですよ。
私「派遣村に来ている人は全て無知な人」、Wallesteinさん「違う、全てじゃない」
・・・という対立じゃないのですよ。

すり替えないできちんと「違う、多くない」の実証データを挙げて下さいよ。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/29 21:28 >今まで、私とあなたで交わしてきた話の論点は、
>“憲法12条前段が法的義務か否か”という
>ことです。
>学説や判例を根拠に論理的な記述をしてください。

国民の法的義務です。伊藤真氏も「〜しなければならない」と言っている。
法学者の誰が「〜しなくてよい」などと解説していますか。

フリスキーさんの1月19日23時12分のログ。
「貴殿のコピペされたものと、私が今あげたコピペが同じ伊藤先生の言葉としては、矛盾しているように感じられると思います。しかし、憲法の本質さえわかってしまえば、まったくそうではないのです。」

憲法の構成を見ないでオーバーな表現を鵜呑みにするから誤解する。

憲法の構成を見れば、国家の義務の方が多いのは一目瞭然。しかし国民の義務がない訳ではない。
3章は国民の義務について触れている。それらは国民の法的義務。
例えば、一般の国民である私にも14条を守る義務がある。

>みっともないですよ。
>みっともなくないというのであれば

「一般の国民が14条を守る義務はない、法の下の平等に反する差別をしてもよい」
「法の下の平等に反する差別をしてはいけないのは、天皇、大臣、議員、公務員だけだ」
・・・みたいな解説をしている学説や判例を根拠に論理的な記述をしてください。

>法的義務ではないのですから当たり前でしょ。

「罰則がないものは法的義務でない」「ペナルティを受けなければ法的義務ではない」という主張は、既に破綻しています。

>私はこう言っています。「この憲法が権利に
>ついて法的義務を課しているのは国家の側に
>対してです。」

だから私は、反証となる国家の例、すなわちイラク派兵違憲判決を挙げた。
国家は憲法9条を守る義務を負っているが、9条違反を犯しても罰則はない。
国家の中で派兵を進めた直接の責任者は、誰も権利を制約されていない。

「法的義務ならペナルティがある、ペナルティがなければ法的義務でない」のならば、「国家は憲法9条を守る義務なんかない」ということになってしまう。
ゆえにフリスキーさんの解釈は破綻。

ペナルティがあろうがなかろうが、成文法に明記されているものは法的義務。
その主語が国民なら、国民の義務。

>あれれ?何でそこに行く?(笑)
>憲法上の国民の権利と義務についての論点を
>私とあなたは話していたんですよ。(苦笑)

これには本当に呆れましたよ。
フリスキーさんが「憲法の義務は国民の義務じゃなくて国家の義務だ」とか言うから、私は国家の話も書いたのに。
他人の書いたことを読まないばかりか、自分が書いたことも忘れてるんですね(笑)。

>あなた日本語大丈夫ですか

おかしいのはフリスキーさんの方。せめて自分が何を書いたかくらいは覚えときましょう。

latter_autumnlatter_autumn 2009/01/29 21:31 >訴状と判決文をまともに読んでいないようですね。

>この訴状および判決文のどこに被告人として
>の為政者個人の名前が出てきますか?
>訴えられてもいない個人が、

読まないのはフリスキーさんの得意技です。「国家の義務」「国家が守る義務」という話をしてるんですよ。

「日本政府は、諸外国が米英のイラク戦争に反対する中、いち早く米英軍のイラク攻撃を支持しました。そして、フセイン政権崩壊後も、米英支持の立場をとり続け、間接的に米英によるイラク侵略・占領を支援し続けてきました。8月1日には、いち早く「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(以下、イラク特措法といいます)を成立させました。そして12月9日には、イラクに対する自衛隊派遣の基本計画を閣議決定し、同月18日、実施要項を定め、26日、ついに航空自衛隊の先遣隊をイラクに派兵しました。」
「憲法は、たとえ「国権の最高機関」(41条)とされる国会であっても、憲法に違反することを認めていません。もし、政治部門が憲法を破壊しようとするときには、憲法の指し示す秩序を守るために、裁判所に違憲審査権(81条)を与えて、憲法を守る権限と責務を担わせています。イラクへの自衛隊派兵は、明らかに武力行使にあたり、憲法違反の中でも、最も許されない憲法秩序の破壊行為です。」

国の行為、すなわち国会がイラク特措法を作ったこと、内閣が派兵計画を決めたことを、違憲だと訴えたのですよ。
しかし違憲判決が出ても、国のペナルティは何もない。国会も内閣も、何らペナルティは課されていない。国家賠償もない(というか賠償目当てじゃないけど)。

>訴えられてもいない個人が、要求されても
>いない損害賠償を償わないといけない法的
>根拠はありません。

「国家の義務」「国家が守る義務」という話をしてるんですよ。国会や内閣ですよ。

フリスキーさんの解釈で行けば、
「国会と内閣が9条を守る法的義務があるなら、違反したら国会と内閣はペナルティが課される」
「現実には違憲と判断されてもペナルティは何もなかった、ゆえに国会と内閣が守る義務はなし」
ということになってしまう。
これはフリスキーさんの当初の主張「憲法を守るのは国民じゃなくて国家の義務」と矛盾。

>かなり長いのですが、判決理由から重要な点
>をコピペすると、

「国家の義務」「国家が守る義務」という話をしてるんですよ。話を逸らしてはいけませんね。
国会と内閣が9条守る義務はあるんですか、ないんですか?
フリスキーさんの当初の主張「憲法を守るのは国民じゃなくて国家の義務」でいけば、「ある」ということになるけど。
フリスキーさんの別の主張「法的義務を守らなければペナルティが課される」でいけば、「ない」ということになる。

>差止請求も、損害賠償請求も却下され、国が
>勝訴していた

それで、フリスキーさんは9条についてどう解釈してるのですか?
国会と内閣が9条守る義務はあるんですか、ないんですか?

>9条違反に対して、上記の判決理由で記された
>ような形で国の責任を追及して行く道を可能性
>として開いたということです。

国の義務とペナルティの話をしてるんですよ。国側のペナルティはありませんでしたが、国の義務はあるんですか、ないんですか?

>法的義務とされたものは一つ残らず権利(憲法
>においては権力)の制約原理となっているんです。
>制約原理となっていない法的義務など無いですよ。

イラク派兵裁判では、国会と内閣が9条に違反しても制約はありませんでした。ペナルティ何もなし。
結局「9条について、国会と内閣が守る義務はない、国の義務もない」という解釈なんですか。

>よーく心を澄まして、頭脳を働かせてください。
>論理で考えれば自明のことです。

フリスキーさんの当初の主張と矛盾しますよ。論理で考えれば自明のことです。自分の矛盾を自覚しましょう。

WallersteinWallerstein 2009/01/30 00:30 一旦いろいろ書き込みましたが、整理できていなかったので少し整理したものを書き込みいたしました。みなさまご了承くださいませ。
まずはlatter_autumnさんに少し確認させていただきたいことがあります。
1  具体的に私が「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人でない」「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースの方が多い」と言っていた記述をお示しください。latter_autumnさんの演繹は私には意が取り辛いです。もう少し具体的に私がデータで証明できることを主張している記述をご教示ください。私はそういうデータでは実証できず、実証できないことを論拠にすることはできない、ということを申し上げたつもりなのですが、私の記述に「派遣村に来ている人の多くは、無知で戦っていない人でない」「無知でない人が戦っていたけど派遣村に来る羽目になったケースの方が多い」というところが具体的にあることをご教示くだされば幸いです。
2 「泣き寝入り。それは自業自得です」とおっしゃいますが、そうだとして、彼らに対して行政もしくは企業はどうすべきとお考えでしょうか。
以上質問させていただきます。もしよければご回答願います。
>フリスキーさん、ESDさん、しまうまさん、河原の枯れすすきさん
私が誤っていました。議論していくうちに接点が見つかるかなと思っていましたが、多分議論はすれ違ったままでしょうね。
しかしlatter_autumnさんにご紹介いただいた松山大学の田村先生は尊敬すべき先生です。労働法の研究者で憲法問題でも非常に鋭い論考を載せていらっしゃる。勉強になります。『詳説日本史研究』に載せられた通説も多分批判的だろうな。
田村氏も賛同されている日本弁護士連合会「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」の「立憲主義」のところ。「立憲主義とは、もともと権力者の権力濫用を抑えるために憲法を制定するという考え方のことをいい、広く「憲法による政治」のことを意味している、とされる。そして、近代以降に、国民主権・権力分立・基本的人権保障の基本原理を伴った近代憲法が成立して立憲主義が定着したため、これを近代立憲主義の意味で用いることが多い。日本国憲法の根本にある立憲主義は、近代立憲主義の考え方を継承し発展させ、「個人の尊重」と「法の支配」原理を中核とする理念であり、国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義などの基本原理を支えている。」
「改憲論の中には、憲法を、国家権力を制限する規範とすることにとどまらず、国民の行動規範としようとするものがある。また、天皇や国務大臣、国会議員、裁判官などの公務員の憲法尊重擁護義務(憲法99条)を廃止し、新たに国民の憲法遵守義務の明記を求めるものがある。あるいは、「個人の尊重」(憲法13条)の考え方は、利己主義を助長するものであるから、制限すべきであるとするものもある。しかし、近代憲法は、すべての人々が個人として尊重されるために、最高法規として国家権力を制限し、人権保障などをはかるという立憲主義を基盤として成立したものであり、日本国憲法においても立憲主義は核心をなす理念である。上記のような改憲論の考え方は、この立憲主義の理念の変容・後退を迫るものと言わざるを得ない」
>latter_autumnさん
皮肉ではなしにはっきり言います。あなたと伊藤博文をめぐる討論をしていて私自身の迷いは吹っ切れました。田村先生のサイトをご紹介いただき、そこで勉強させていただくことで日本国憲法の理念をとことん守り抜くこと、大日本帝国憲法の歩みに理解を示すという日和見的な記述や大日本帝国を正当化する歴史認識に断固として拒否をすること、という覚悟は定まりました。私が参考になったのはlatter_autumnさんがご紹介くださった所よりも以下のところです。ほとんどが憲法問題であったのは、氏が歴史学の人ではなく、労働法を研究されている法学研究者であることが大きいかもしれません。一応アドレスも書いておきます。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/jiyuudannatu.htm
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/miyatakegaikotu.htm
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kennpouhappugeigoto.htm
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/dainihonnkokukennpou.htm
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/risshisyakennpou.htm
歴史学に関して言えば少し認識が古い、という側面も否めませんが、それは氏が法学研究者であることも関連してくるかもしれません。しかし氏の憲法論の立場からの歴史把握は、ともすればクソ実証主義に頼りがちな歴史学研究者にとっては見習うべきところもあります。
私とあなたの討論があなたにとっては実りあるものにならなかったのは私の不徳の致す所で、おわび申し上げねばなりませんが、私にとっては実りの多い討論となりました。「憲法を、国家権力を制限する規範とすることにとどまらず、国民の行動規範としようとする」「天皇や国務大臣、国会議員、裁判官などの公務員の憲法尊重擁護義務(憲法99条)を廃止し、新たに国民の憲法遵守義務の明記を求める」ような「立憲主義の変容・後退を迫る」改憲論とは断固として戦っていかなければならない。伊藤博文を持ち上げる通説などに遠慮する必要はない、と思い直すことができました。
ついでに反骨のジャーナリスト宮武外骨の伊藤博文評をご紹介しておきます。まあご存知でしょうが。
「明治十三四頃、國會願望者なる者全國に蜂起して東京に押寄せ、若し之を聴かずんば極端の暴動も起こるべき輿論の大勢に迫られ、餘義なく十年後を期して輿望を達せしむる事にしたのであって、在朝伊博の輩は、只其時代の要求に屈服したに過ぎないのである。斯かる輩を指して立憲の大元首と賞揚するが如きは、往事迫害を恐れずして自由民権の論を主張せし民間の志士を無視するの甚だしき者である」
これは伊藤が死んだ時の宮武の評価です。これを読んでいると、私が大学に入った時に聞いたマルクス主義歴史学の大家の講義を懐かしく思い返すことができました。今は古い、とか階級闘争史観だ、とかけなされ、さらにこういう硬直化した歴史学こそが歴史修正主義の温床だ、とか批判されても、やはり大日本帝国を徹底的に批判することが根本だと言うことを再認識させられました。立憲主義については私は明確に田村先生がリンクされている「日本弁護士連合会」で再確認でき、latter_autumnさんに教えられてこの決意を新たにすることができましたこと、お礼を申し上げます。私としてはlatter_autumnさんとは関心の所在の違いこそあれ、根本的な歴史認識については一致し得ることを確認でき、喜ばしく思っております。
次に立憲主義に関する論点ですが、今のところフリスキーさん、ESDさん、しまうまさん、河原の枯れすすきさんと私は立憲主義とは「権力者の権力濫用を抑えるために憲法を制定するという考え方」と把握しています。 latter_autumnさんはどうお考えでしょうか。そこの大前提をまずはっきりさせることが建設的な議論の第一歩と考えます。
次にフリスキーさん、しまうまさん、ESDさん、河原の枯れすすきさんと私は「憲法を、国家権力を制限する規範とすることにとどまらず、国民の行動規範としようとする」「新たに国民の憲法遵守義務の明記を求める」動きは立憲主義の原則に反すると考えます。つまり現在の憲法は「国民の行動規範」ではないし「国民の憲法遵守義務」はないものと考えております。 latter_autumnさんはその点についてどのようにお考えでしょうか。
まずは大原則としてのこの点の一致がとれましたら、細かい論点である、切られた派遣労働者の「自己責任」についての実りある議論ができるのではないでしょうか。そこが一致できるのか、できないのか、という点が一番大事だと思います。これもlatter_autumnさんにご紹介いただいたサイトによって私自身が感じた大前提であるので、このサイトに依拠して私の迷いを断ち切ってくださったlatter_autumnさんとも一致が取れる、と勝手に考えております。

WallersteinWallerstein 2009/01/30 00:34 そうそう、上の日本弁護士連合会「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」のアドレスはここです。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/nitirennbennkennpousengenn.htm

WallersteinWallerstein 2009/01/30 00:45 一応歴史学を学んでいる人に忠告しておきますと、歴史学の現在の議論の到達点は『詳説日本史研究』の方なので、私の偏向した歴史認識には付き合わないように釘を刺しておきます。伊藤を単純に藩閥政治として自由民権運動を弾圧しただけの政治家ととらえて単位を落としても私は一切責任を持ちません。現に田村氏も「日清戦後は自由党と提携し、1898(明治31)年1月第3次伊藤(連立)内閣を組織し、地租増徴等増税案を議会に提出したが憲政党の反対に遭遇して総辞職、元老(げんろう=重要な政治問題について天皇の諮問に答える国家の最高機関的役割を果たした政治家。詔勅を受けて元勲優遇とされた者。実際は黒田清隆・伊藤博文・井上馨・西郷従道・大山巌・松方正義・山県有朋・桂太郎・西園寺公望の9人で、西園寺の死をもって消滅した)たちの反対を押し切って大隈、板垣を後継に押し、日本最初の政党内閣(第1次大隈憲政党内閣)を成立させた。」(http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/itouhirofumi.htm)と言っていることを申し添えておきます。念のため。田村氏と私は一応その辺は宮武外骨の見方だけでは歴史を判断していません。歴史学を学ばれていてレポートや試験を抱えている方はご注意願います。

WallersteinWallerstein 2009/01/30 01:17 田村氏は「憲法とは、権力を縛り、国の平和と国民の権利を守るもの」という文章の中で次のようにおっしゃっています。
非常に感銘深い文章なので引用させていただきます。私自身の決意も新たにさせられます。
「そもそも国の基本法である憲法は、誰に対して命令しているのか? それは権力者である。憲法第99条(最高法規)が、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と規定したのは、権力者が、国民の基本的人権を侵害して、侵略戦争を開始したためである。そもそも、権力者が改憲を言うこと自体が問題である。国家権力の不当な行使から国民を守る憲法の改正要求を、憲法で権利が守られている国民からではなく、憲法に縛られている権力者が求めている事実が、危険なのである。戦争をするな(戦争をするのは個人でなく国。だから憲法は国に「戦争するな」と言っている)、国民の基本的人権を擁護せよ、と権力に命令している憲法の改正は、「戦争をするぞ、国民の権利は守らない」、と言っているのと同じである。」この点もフリスキーさんやESDさんやしまうまさんや河原の枯れすすきさんや私だけでなく、労働法の専門家である田村氏のサイトに依拠して歴史学の通説を否定したlatter_autumnさんにも賛同いただけるのではないでしょうか。私が田村氏の歴史認識に従おうと思ったのは法学者としての田村氏の姿勢に深く打たれたからで、従って歴史学の通説的な見解とは言いがたい氏の歴史認識に従うわけで、その意味では歴史を学んでいらっしゃる学生のみなさんにはお勧めしがたいいわば異説であるわけですが、氏の憲法認識は法学者として非常にオリジナルな議論に基づいた護憲論であるように思えます。あえて歴史学の通説を否定する時に労働法の専門家を持ってくるほど田村氏の見解に賛同していらっしゃるlatter_autumnさんにも田村氏のこの見解は受け入れやすいものだと思います。いかがでしょうか。

WallersteinWallerstein 2009/01/30 03:39 恐縮ですが、歴史学を学んでいる方へ。私は伊藤が「ロックやルソーに倣って」なんてことは一言も言っていません。第二章をロックやルソーに学んだ、という研究も仄聞したことはありません。伊藤が第二章を自由民権運動からパクった、という学説も寡聞にして知りません。間違ってもテストやレポートの答案に書かれないようにお願いします。国権を制約するための立憲主義という考えはルソーやロックだけではありません。ロックやルソーは代表的な論者として挙げられるだけです。ちなみに憲法起草者の一人である井上毅に大きな影響を与えていたのはロエスレルで、彼は国家権力の強化を重視する一方で立憲主義の原則を重んじる側面もあり、伊藤は井上のロエスレルへの傾斜を警戒しています。伊藤自身はマルクスにも影響を与えたウィーン大学のシュタインの影響を強く受けますが、井上毅はシュタインの学説を嫌ったため、実際の憲法はシュタインよりはロエスレルの影響を強く受けたものになっていきます。
大日本帝国憲法起草過程にロックやルソーは一切関係なく、また立憲主義をロックとルソーに限定するのは明らかに少なすぎます。一応補足しておきます。
さらにもう一つ、この一連のコメントをみて勘違いする人があればいけませんので、あくまでも歴史学の通説は『詳説日本史研究』の記述です。東京大学の歴史学の研究者が総出で書いている『詳説日本史研究』の記述は簡単には覆りません。私は覆したい、という希望を持っていますが(笑)。特に大日本帝国憲法の記述は。しかし悲しいかな、いかに私大教員の私が力んでも、匿名のネット論客latter_autumnさんが力んでも、残念ながら覆りません。これは非常に左傾化した特殊な歴史観であることをご承知の上でお読みくださるようにお願いします。なおlatter_autumnさんは「歴史の事実は「人権弾圧しまくり」ですから」として『詳説日本史研究』を否定して折られますが、人権弾圧の歴史はもちろん『詳説日本史研究』には非常に詳しく載せられています。その上でなお、歴史学的には大日本帝国憲法を評価するのが定説です。ただ私としては『詳説日本史研究』はある種の相対化に陥ってはいないか、という危惧を持つわけで、当時においては非常に画期的であったかもしれないが、今日的な価値観で過去を裁くべきである、という立場に立つならば、いささか大日本帝国憲法に対して甘い、と言わざるを得ない。ということですよね、latter_autumnさん。「歴史の事実は「人権弾圧しまくり」ですから」という言葉はそのように解釈させていただきましたがよろしいでしょうか。その意味で現在でもデモやビラ配りなどで弾圧が行われており、それらについても「人権弾圧しまくり」と過去を今日的な視点で批判されるlatter_autumnさんに見解の披瀝をお願いしたい所です。私も過去はやはり今日的な視点で論じられるべきであるという点でlatter_autumnさんに同意します。伊藤が発令した保安条例第二条に「屋外の集会又は群集は、予め許可を経たると否とを問はず、警察官に於て必要と認むるときは之を禁ずることを得」とありますが、この保安条例を「弾圧行為」と批判なさるlatter_autumnさんからすれば、現代におけるデモを「警察官に於て必要と認むるときは之を禁ずる」ことは弾圧行為であり、大日本帝国憲法下におけるさまざまな人権弾圧と同根のものを抱えていると考えます。論者によっては「人権の制約は止むを得ない」「人権の行使にはルールに則るべき」という議論が散見されますが、こういう物言いは伊藤の「保安条例」による民権運動家の弾圧にも「民権論者はルールに従うべきだった」という物言いが許されてしまいそうです。実際民権運動は過激化し、武力蜂起もみられ、秩父事件では軍隊を出して弾圧するまでに高揚していましたから、権力にとってはかなり危機感を抱いたことでしょう。いわゆる民権激化事件に対して軍隊を出して弾圧し、その経験を口実に保安条例を施行して民権運動家を「ルールに則っていない」ことを理由に弾圧する行為を見逃してはいけません。歴史学における通説的見解においてはそこが決定的に欠落している、というlatter_autumnさんの指摘には私自身ハッとさせられました。ある意味私の目を覚まさせてくださったと言ってもいい。通説だから、通説だから、と歴史学における通説を振りかざしていた自分を省みれば、さらに現代における「民権運動」たるデモのことに意識が向かいました。そういえば学生の頃はデモもまだあったなぁ、と。ただかなり小規模化し、しかも警察は凶暴化していましたから、かなりの覚悟で臨まねばならず、臆病な私は天皇在位60周年反対デモや、沖縄国体反対デモには参加せずじまいだったな、と忸怩たる思いをもっています。直近では麻生邸見学ツアーが一旦許可を受けた、とデモ側が認識していたにも関わらず「不許可」として逮捕者が出た、という事件がありました。ああいう事件についてはどのように思われるでしょうか。私はあれは「保安条例」によって民権運動を弾圧した伊藤の行為と変わらない行為であると思っています。「保安条例」を「弾圧行為」と批判されたlatter_autumnさんの直近の「民権運動」に対する「弾圧行為」に対するご見解を承れれば、と思います。

しまうましまうま 2009/01/30 07:31 >latter_autumn
>でも戦うことは常に必要とされている訳じゃない。警戒は常に必要だけど。
何を言っているのか分からんのだが。おまえさんは「〜しなければならない」という記述を根拠に義務だと吼えてたわけだろ?「法的義務」なのにいつもはする必要ない=破っていいこともあるんだー。へー。法的義務ってずいぶん軽いんですね(笑)

>だから、12条と、15条や28条を分けて、前者を義務にして後者を権利にしているだけ。

あのさ。自分だけの珍解釈を披露したって無意味ってことに何故気づかない?私はあなたの主張を支持するような「学説を提示せよ」と言ったの。誰かいるわけ?選挙権と労働基本権についてあなたと同じ主張をしている職業的専門家が。

恨みや恨みや 2009/01/30 20:41 >河原氏
ああ、そういう意味の「あと一歩の努力」ね。無理だな。つか、俺には必要ねえし。俺らは自力でピンチ凌いだし。「どんな理由があっても」ね。そりゃお花畑だよ。「現実に困難を抱えていたり、生きることの危険にさらされている人」ね。俺にとっちゃ「人」じゃねえよ。「人でなし」だよ。先に奴らが俺らを見捨てた。別に俺ら、寄付しろとか金くれとか食い物よこせとか言ったんじゃねえんだよ。労働規制緩和に反対しようぜって呼び掛けただけだ。それを奴らは無視しやがった。ピンハネ屋とピンハネ屋の客と政治屋がグルになってカイカクの痛みとか既得権益にメスとかふざけたことぬかしやがるのに味方しやがった。それこそどんな理由だよ? 奴らはどんな理由で冷血強欲野郎共に味方したんだ? どんな理由で労働者の権利削って痛み押し付けて知らん顔してたんだ? それは奴らが人でなしだからだろ。奴らは自分で大事なものをたくさん捨てたんだよ。知識も権利も信義も捨てたんだよ。だから俺は人でなしに情けかけねえ。奴らに「救助の手を差し伸べる」なんてマジでありえねえよ。勝手に路頭に迷ってろよ。人でなしには生き地獄がお似合いだよ。樹海に逝くのもありだな。アキバかどっかで通り魔ってのも、人でなしらしい末路だよな。奴らの好きにやればいい。俺は知らねえ。俺は関係ねえよ。

>レター氏
俺は奴らのことは凹め凹めって思ってるからね。ざまあみろ、だよ。

>Wallerstein
「無知な奴ら」とは具体的に誰のことですか、だと? 俺はちゃんと書いてるよ。読解力つけろ。つか、お前国語教師じゃねえのかよ。マジで信じられねえ。かわいそうなのはお前に教わる生徒だな。
どれくらい重なるのかを御教えください、ってのもよ。お前がレター氏に絡んで逆に実証データ要求されてんのと同じことだよ。お前はデータなしでほとんど重ならないとでも想像してるんだろうがな。

>フリスキー
お前は大馬鹿杉に格下げ。

>しまうま
よかったな、大馬鹿杉の仲間できて(笑)。

WallersteinWallerstein 2009/01/31 19:20 >フリスキーさん
この話がかみ合わないのは、「通説」という言葉に対する我々とlatter_autumnさんのズレにあるような気がします。
伊藤博文を例にしますと、近年の通説では伊藤博文は立憲主義の基本に基づき大日本帝国憲法を起草したことになっています。私自身は大日本帝国憲法及び伊藤博文に対する過褒であると思いますし、その点ではlatter_autumnさんの意見に近いです。しかし私の見解は少数派となっていることも事実です。私がここで説明していたのは私の見解ではなく通説というよりは教科書的理解です。私自身の見解は田村譲氏に近いです。
しかしlatter_autumnさんは私が説明した教科書的理解を批判するのに、労働法の専門家の田村氏の記述を持ってきて「歴史の先生に笑われますよ」とおっしゃる。そして私がまさに教科書の中でももっとも権威があり、大学入試には必須と言われている『詳説日本史研究』の記述を持ってきて、さらにそこの著作者リストを並べ、それが現在の日本の歴史学研究のまさに本流であることを示したのですが、latter_autumnさんは労働法の専門家の記述(それ自体私にとっては妥当と思う)を持ってきて批判したわけです。教科書的理解を自分が妥当と思う歴史記述を持ってきて批判する手続き事態に何の問題もないのですが、私が引っかかったのは「歴史の先生に笑われますよ」という言葉で、彼の考える所の「歴史の先生」とは誰だろう、と思わざるを得ないわけです。「歴史の先生」は『詳説日本史研究』の記述に従って授業をやることが多いわけであって、その記述を「歴史の先生に笑われる」というのは、普通に解釈したら、latter_autumnさんの力で教科書の記述も歴史教育者の観念も変えてくれるのかな、と期待してしまうわけです(笑)。私自身私のここで延々書いてきた記述が「歴史の先生に笑われる」ものであれば、どれほど嬉しいか。事態は逆の方向に進んでいて、これからますます伊藤と大日本帝国憲法の評価は大きくなっていき、田村氏やlatter_autumnさんや私の意見はそれこそ「歴史の先生に笑われる」ことになっていくのでしょうが。
「歴史の先生に笑われますよ」という「教科書的理解」とは異なることを批判する言葉で以て、「自分が妥当と思う説」とは異なる「教科書的理解」を批判していらっしゃることから判断するにlatter_autumnさんは「自分が妥当と思う説」と「教科書的理解」を分けて考えていないのではないか、と思います。
憲法のことは詳しくは知りませんが、例えば国民の憲法擁護の義務を明記するように求める改憲論議の中ではlatter_autumnさんのような学説が存在する可能性などはないのでしょうか。憲法を国民をもしばるものとして考える見解は大日本帝国の中でも伊藤と対立した山県有朋の流れを引く政治家にはありました。伊藤は一方では民権論と戦い、一方で超然主義とも対立し、最終的には立憲政友会の総裁になる、という形で民権運動家と手を結ぶわけです。ただそれに関しては宮武外骨や幸徳秋水のように伊藤の偽善を非難する見解もあったわけで、田村氏やlatter_autumnさんや私はその見解を重視する少数派の見解にたっているわけですが、伊藤と対立した流れの中に憲法を国民への規範と考える見方があった、ということを考えると、それが現在の改憲論議にも影響を及ぼしているのかな、という気もしますね。さらに言えば大日本帝国憲法を起草したグループの中でも対立があったりして、井上毅と伊藤博文はシュタイン路線かロエスレル路線かをめぐって対立していますし、最終的に影響を及ぼしたモッセは伊藤が国家主義的すぎると嫌ったグナイストの弟子ですから。まあこういう問題を過大評価しすぎるのは危険なのですが。大日本帝国憲法を懐かしむ人の憲法観は少し論ぜらるべき問題かもしれません。

たかしたかし 2010/01/30 14:53 皆さん、「たかしズム」のたかしと申します。
現在latter_autumnを名乗るパラノイアが私のブログで面白いことになっております。興味のある方はどうかいらっしゃって下さい。たかし
http://takashichan.seesaa.net/article/139143645.html#comment