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2010-01-28 「新しい公共」とは何か。多少のいかがわしさを不問にすれば画期的な

「新しい公共」とは何か。多少のいかがわしさを不問にすれば画期的な発想だ。

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これまで「大きな政府」「小さな政府」の二項対立で語られることが多かったが、最近よく耳にする「新しい公共」とは何か。

「新しい公共」は政府の役割を小さくしようという意味では「小さな政府」の類型であり、リベラルなリバタリアニストや、自由競争とセーフティネットの充実を併用する「第3の道」などと親和性が高いが、私的な弱者救済も罪悪視する極端な競争論者*1はこれに否定的である。

「新しい公共」の問題点

 一つは、「新しい公共」の担い手の不偏性の問題である。ある程度宗教関係者や政治団体の影響は覚悟しなければならない。タダより高いものはないから、高い人件費を払っても中立な公務員を雇って「従来の公共」でやるべきだという考えも起こり得る。

 もう一つは「民間営利団体」の不利益だ。「従来の公共」は民業圧迫せずという原則があるが、「新しい公共」には歯止めがない。競合する民業が圧迫衰退する可能性がある。また残ったとしても、無償奉仕のNPO等と競合するために民業側の賃金水準低下が否めない。福祉産業の低賃金は無償奉仕活動と競合しているために構造的に改善できないという指摘もある。

既に宗教団体によって「公」が担われている

 既に宗教団体に依存している「公」は存在する。それは行刑における教誨活動だ。行刑はかなり以前から既に「新しい公共」によって担われている。教誨師以外にも保護観察に携わる保護司などはボランティアだ。保護司も宗教関係者が多く従事している。もはや日本の行刑システムはボランティアなしに維持できない。宗教団体は経済的な見返りは否定するものだが、受刑者を布教対象にしているという点は否定できない。これをいかがわしいと拒絶していたら「新しい公共」の議論は始まらないのだ。

 「新しい公共」は、実は自公政権時代から総務省を中心に議論はあったのだが、なかなか進まなかった。どうしてもNPO=サヨクという先入観を持つ自民党議員が多かったためである。NPO法人の政治活動、宗教活動は禁じられているが、NPO法人の代表者が特定の政治団体と密接だったりするケースは多く、実際にサヨクも多い。

 年越し派遣村といった活動も、多くのボランティアに支えられたある意味「新しい公共」だが、あれは「サヨクの宣伝の場だ」との批判が自民党議員や保守論客から挙がった。あながちその事実は間違いではないのだが、宗教団体もNPOも何らかのメリットを期待して「新しい公共」を無償で担っているのだ。細かいことには目くじらを立てていると議論は始まらない。

地方自治の民主化としての「新しい公共」への期待

 「新しい公共」はリバタリアニストや財政論から行政コストを下げる期待にばかり注目が集まるが、もともとはNPO団体などから、地方自治の民主化という期待が大きかった。日本の地方自治は地縁血縁による地域有力者支配が蔓延り、地方公務員も縁故採用がまかり通っている。そういった枠から外れた人たちからの期待だ。

 ただこれは既にあまり意味がないと思っている。過疎化や平成の大合併や自民党の下野で、その存在基盤は既に大きく揺らいでおり、崩壊は時間の問題だからである。それより崩壊しつつある地縁・血縁のネットワークすら「新しい公共」の担い手として再構築することを薦めたいくらいだ。

 古い地縁ネットワークの類型である日本青年会議所では、会員が地元の学校に赴き、「誇りある日本の歴史」を教えようという活動をしたことがある。そういうのはどんどんやればいい。日本の保守系団体はボランティアやNPOをサヨクの温床だと批判する暇があったら、自らボランティアをやりNPO法人を立ち上げて、利用すればいいのだ。

「新しい公共」はいろんな団体が下ごころを持ち、それが無償労働を可能にしているのだ。そのリスクを承知で割り切って認めることによって「新しい扉」が開けるのだ。

*1:日本でも税金が一銭も使われていないボランティアによる慈善活動であっても、その活動に否定的で、弱者は死ね的な言動をする人は少なくない。

kechackkechack 2010/02/03 19:48 >nohohonn68さん

 私も日本の農業は高付加価値で生き残る考えには賛成です。
その場合、あまり大規模化に拘らない、自給率を上げることに拘らない、の2点が
大前提になると思います。

 高付加価値の食材を購入できるのは、富裕層や高級飲食店に限られます。多くの
一般庶民向け食料の自給を優先すると、どうしても大規模化によるコストダウンと
いう議論になってきます。いきなり農業大革命的な政策に邁進するより、まず付加
価値の高い農作物を作り収益を上げる農業ビジネスモデルを確立して、農業経営者
のモチベーションを上げるのが優先だと思います。

 ただ高付加価値食品は需要が限られるので、こぞってすべての農家が同じ方向を
向いたら、供給過剰で農作物価格が暴落し、ビジネスモデルが崩壊するというリス
クがありますが…。輸出するという手もありますが、高い食材を買える国は限られ
てますからね。

 本格的に自給率を上げるとなると、生産性向上という問題から避けて通れません
。この辺は30年くらいかけて、リタイヤ農家の農地を別の農家に継承させてゆっく
りと規模の拡大をはかるのが現実的だと思います。

kechackkechack 2010/02/04 19:25 >nohohonn68 さん

政策は二者択一ではありませんから、中付加価値というのも当然存在するでしょう
ね。
所得が低い人でも、安全な食品を食べたいという気持に変わりはありませんから。

都市近郊の葉モノ野菜は、基本的に今の農業規模でも採算ベースにのせることは可
能だと思います。
葉モノは痛みやすいので輸入が難しいですからね。

 ただ米以外の穀物はどうしても難しいですね。小麦、大豆、小豆、蕎麦などは輸
入品と価格差がありすぎるので、一部のこだわり高付加価値商品用に国産品を作っ
て、大衆向けは引き続き輸入するしかないかと。

 どの国も特異な農作物と不得意な農作物があって、カロリーベースで自給率100%
を超えている国でも、一部の農作物を輸出し、一部を輸入して、トータルで自給率
を維持している形です。日本も一部の食品を輸出しない限り、自給率100%にはな
りません。

 まあ私は目標60%ぐらいで、100%を目指さなくてもいいと考えてますが…

kechackkechack 2010/02/09 18:30 >nohohonn68さん

 農業は経済問題の一つとも言えますが、経済には納まりきらない問題です。

経済学者は農業の大規模化による国際競争力の確保をいきなり議論のスタートにし
てしまいますが、それがどういうことかまで責任も持ちません。

エントリーのように規模拡大は村落人口の減少と直結し、日本の歴史的村落基盤は
大きな変革を余儀なくされます。
これは日本の伝統的村落基盤を理想化する人にとっては相当のストレスになります


ついでに言えば、日本は農業経営上効率のいい平野部を市街地にし、効率の悪い山
間部で農業をやっています。
本当に効率だけ考えれば、平野部の市街地化を抑制し、大規模な農場に優先的に利
用し、住宅地は山間部の狭猥な谷地に集約という考え方もあります。

農業問題は入口からは見えない、いろいろな問題がまだまだあると思っています。

kechackkechack 2010/02/15 12:11 >nohohonn68 さん

お大事に。ひびはやっかいですね。

 明治以来公共事業に依存してきた北海道の構造改革はなかなか大変です。

 北海道は観光で生きてゆくという方向感に異論はないのですが、観光産業の賃金
水準の低さはなんとかならないのかと常々考えています。
このままでは、観光産業に依存する地域ほど、貧しいということになってしまいま
す。

 サービスを簡素化した宿泊施設を増やせば、経営効率は向上し、賃金水準を上げ
られる可能性はりますが、そうすると雇用支持力が落ちますし、悩ましいところで
す。

kechackkechack 2010/02/16 12:00 >nohohonn68 さん

観光施設を作るという発想自体、「観光」でなく「公共事業」の発想なんですよ
ね。北海道には豊富な観光資源があるのですから、まずそれを有効活用することを
考えるべきですね。税金で観光資源を作る話は、単に工事ネタを一つ増やすだけで
、そんな予算があったら民間の宿泊施設の改修費用の利息補填や信用保証などに使
うべきですね。

 ネット工作員は昔から居ますが、最近増えているのが、成りすましウヨクや成り
すましサヨクです。ウヨクやサヨクの印象を悪くするために、サヨクがウヨクに、
ウヨクがサヨクに成りすまして、わざと攻撃的、差別的、感情的、稚拙な発現をし
て憎悪感情を喚起させるのです。あまりにも痛い発現をしているネットウヨクやネ
ットサヨクがいたら、成りすまし工作員と痛がったほうがいいですね。 ただ本当
に痛いだけの人もいるので、工作員だと断定できないケースが多いのではあります
が…

kechackkechack 2010/02/23 12:00 >nohohonn68さん

観光については別に専門家ではないので、素人意見をいったまでです。

ただ、公共事業が欲しいがために他の問題を利用するロジックは、根拠のない地方
や議員の要望を予算獲得のために理論武装する手段として官僚が生み出し、それを
ベタに信じているマスコミや有権者も多いので、注意が必用です。

 典型的なのは

・これからは観光産業で観光拠点が必用→ 観光施設の建設工事が欲しいだけ
・これからはアニメコンテンツが成長専業→ アニメの殿堂の建設工事が欲しいだ

・子ども手当てを止めて待機児童を減らすために保育所を建設すべし →保育所建
設工事が欲しいだけ。廃業する幼稚園がたくさんあるのに、幼保一体化で解消でき
る部分が多い。
・農業の大規模化が必用だ→農地改良のための農業土木の正当化。改良された農地
は工場用地や商業用地に転用しやすくなり、農業予算で改良された農地が短期間で
別用途に転用された事例は多々。

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