真実を求めて

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  • 2013-01-14

    最近の研究成果と今後の展望

    自分が何をしたいのかの説明と、その経過報告的なもの。

    そもそも、最初、私は今の社会が、何かしらおかしい、それは特に「正直者が苦しめられている」点において、そう思い始めた。

    論語などを読んでいた影響か、不可知的なものの影響かわからないけれど、自分は、この「一見どうでもいいこと」「一見どうしようもないこと」をなんとか解決したいと思い始めた。そうして、したいで止まっていればいいものを、それをくそまじめで本気に実現しようとし始めた。

    これにはいろいろ理由がある。こういったことから手放しになろうと心に決めるとき、今までで二度あったのだけど、自分にとって大変ショッキングな事件や事故が起こった。偶然にしてはできすぎているとしか思えなかった。この他にも、いろいろな精神的な理由がある。とにかく、自分でそうしているのか、何者かによってそうさせられているのか、それはわからないのだけど、私はこの問題と正面から向き合わなければならないらしいという覚悟をするほかない状況となった。

    しかし、私が相手にしているのは、全人類であって、地球全体であって、普通の精神で考え、判断すれば、どう考えても及ばない事である。しかし、先にも述べたように、どうやら、私は死ぬまでこの問題と向き合わなければならないと覚悟を決めるほかない状況であったし、今もその状況に置かれていると感じざるを得ないという感じになっている。

    この全人類と地球全体を相手にした問題とは、具体的には「資本主義社会をひっくり返すこと」と言うと少し分かってもらえるかもしれない。要は、今、金というものに対してほとんどの人が「洗脳」されているわけだけど、この金というものの存在自体を変え、その「洗脳」を解きたいと思っているわけである。あまりにもスケールがでかすぎる上に常識から外れ過ぎていて、意味が分からないかもしれない。

    しかし、自分にはどういったわけか、この問題をこのスケールで正面から受け入れて思考するだけの能力が備わってしまっていて、このことも更に自分の使命感というものに上乗せを加えている。

    例えば、最近で言うと、「仕事がない」という問題を抱えた人が多くいると思う。普通は、それが身近な人で無かったら、「大変ですね」で終わりだろうけど、私の場合だと少し違う。私はそもそも、「どんな社会の仕組みがその人の仕事がない状況を作り出しているか“知っている”」から、そういった話を聞くと、とても心が痛むのだ。それは例えばこんな感じである。家族の誰かが病気になって、自分は医者で、その病気がどんな病気であるかも知っていて、その病気を治す方法までわかっているのに、家にお金がなかったり、家が僻地にあって薬や設備のあるところに移動できなかったりして、家族が病気で苦しんでいるのを横で見守るしかない、そんな感じの気持ちというと分かってもらえるかもしれない。

    いや、そんなこと言うのは簡単だろう。このような大きな問題にどう取り組んで何を知っているのか?言うだけなら誰でもできるぞ。と思われるだろう。

    だから、どのように、その問題に対する研究をしたのか、少し示したいと思う。

    まず、私は「日本の社会が何らかの理由で限界にきている」と思った。それで、これが「日本だけの問題なのか」「海外でも同じ問題があるのか」確かめるために、ドイツに行ってみた。なぜドイツかと言うと、「資本主義の成熟度」「敗戦国」「ゲルマン魂」と言ったような、日本との多くの共通点が見出されたからである。もしも、日本とドイツで違うならば、その理由は「宗教」にあったことになる。その可否を確かめるために、ドイツを選んだのだ。結果としては、「日本もドイツも同じ」だった。確かに多少の差異はあったけど、根本的には同じであった。人間の構成要素のほとんどは、「生活基盤」によって形作られるに過ぎない。ということが分かった。そして、「生活基盤」とは、現在の資本主義社会のことである。

    こうして、資本主義に何らかの重大な欠陥があることを確信し、資本主義について調べることとなった。資本主義の仕組みを理解すればするほど、資本主義とは、民主主義や、現在の法律や、その他もろもろの社会での常識が密接に関与していることが分かり始めた。

    こうして、資本主義の概要が分かり始めたので、次は、資本主義の根本的矛盾を探すこととなった。そして、私は資本主義の根本的矛盾を理解することとなった。

    だが、これで研究が終わるわけではない、駄目なことが分かっても問題は解決できないからだ。今度はこの問題を解決するための方策を考えなければならない。例えば、病気の人の治療は、「手術による切除」が最適とは言えない。もしも、人間の体で言うなら、脳全体ががんになってしまっていた場合、それを切除することは人間でなくなることを意味する。だから、切除以外の処置をしなければならない。資本主義もこれと同じで、切除によって治療することはできない。部分的には切除もあろうが、基本は投薬でなんとかしないとならないのだ。

    それで、この処置を考えているうちに、この処置というのが、「人類が自分の生存させられている権利に目覚めること」であると分かった。これはかなり最近のことである。

    しかし、この薬を人類は簡単に受け入れてくれない。なぜなら、この薬は、数千年以上も前から、仏教教団やキリスト教教団、その他もろもろによって投与されている薬であるからだ。近くで言うと、ダライラマが毎日のように訴えかけている。

    人類はこの不滅の特効薬を拒み続けてきたのだけど、どうやら、最近、ついにこの特効薬を“飲まなければならない”ときが来たのである。

    しかし、前から述べているように、この特効薬を人類に飲ませることは簡単ではない。そこでどうやって飲ませるのか?という方法論のところにいるのが今の私の状況である。

    この特効薬を飲ませるためには、「説得」より他に方法はないと思う。そして「説得」するために必要なものは、1.この薬のことをしっかりと理解すること、2.この薬を飲むべきことを伝える表現を知ること、であると言えよう。さらに言うなれば、この説得方法は絶対に「宗教的」であってはならない。あくまでも「科学的」でなければならないのだ。だから、難しい。

    こういった理由から、今、荀子を詳しく読んで、説得方法を学ぼうとしたりしているわけである。そういった意味で、表現もかなり無機質だと思う。

    さらなるメッセージ
    http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20120925/1348584979

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