栃木の生活。大田原という街。家族。


栃木県大田原市から、最後の半年の大学院生活を修了するため、千葉県千葉市に戻ってきました。一つの区切りとして、文字に残しておきたいと思い、ここに綴って行こうと思います。

昨年末に実家のごたごた、会社からの退任がほぼ同時に起こり、僕は一度実家へ帰る事にしました。
25歳になって、ようやく見えて来た「社会(仕事)・将来と夢・家族・生まれ育った街」についてこんな場所だからこそ正直に思った事を吐露していきます。

産まれた街、大田原。そこから18歳の高校三年生までこの街に育てられてきました。
街を感じる程僕の視点は広く?なくて、もっぱら家具や髪型やファッションにしか興味が無かった自分ですが、あの大地にたって食べて風を感じて育って来たのは間違いなく事実です。
そして父・母・姉2人。そしておばあちゃんや従兄弟達、かけがえの無い友達達に支えられてきました。

そんな自分も大学でここを離れ、様々な人もの事に出会い、25になってあらためてこの場所等等を振り返る機械だった8ヶ月の間、沢山の事を考えさせられました。
何から書いて行けば良いか全然まとまっていないけれど。
僕が一番頭の中でぐるぐるぐるぐる回っていたのは、《街と父と家業と将来》の事だった気がします。
何から書こうか、いくらblogでも自分の心のむずがゆい部分を振り返る作業は少し躊躇してしいます。


僕の実家は「厨房設備業」をしています。あんまり一般の人には慣れ親しみの無い仕事だとは思います。
メインは「住宅以外のキッチン作り」って感じ。その他農家さんの冷蔵庫や、工場の特殊機器の修理とか工事をやったりしてます。

僕は父親が嫌いです。

仕事人としても、男親としても、なんでだろう。ただただ父親だからこそどこか他の年上の人とは違う尺度で考えてしまうのかもしれない。どこか理想が強いのかもしれない。
そうなんだとは思う。けれど間違いなく仲良い親子ではありません。

うん。今日はここまで、明日以降編集していきます。