Hatena::ブログ(Diary)

Lucky one & Ebi このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-12-03

夫婦を超えてゆければ

恋 (初回限定盤)

恋 (初回限定盤)

今日星野源エッセイを2冊読んだ。移動中はもっぱら「恋」を聴いている。

恋をしたの あなたの 指の混ざり 頬の香り

夫婦を超えてゆけ

星野としては型どおりの恋じゃなくてもいいじゃん、という思いがあると。指の混ざりってなんていい言葉

夫婦を超えてゆけ〉というフレーズを思いついたときに「あ、もう大丈夫だ」みたいな気持ちになれました。ラブソングって、どうしてもある特定の条件を歌ったものが多いじゃないですか。片思いだったり、カップルだったり、夫婦だったり。その特定シチュエーション登場人物にこっちの感情のトリガーが勝手に引かれて共感するパターンがほとんどだと思うんですけど、そうじゃなくてすべての恋に当てはまるラブソングにしたいと思っていて。

そうであれればと思う。

これが幸せってものだろう、という型から自由であるつもりでも、時々は自分からその中に入って苦しみを感じることがあるから。自信を持って、恋するものを恋することができれば。

この人の自由さって、親がおもしろかったり、子供のころから、けっこう日々がしんどかったり、現実よりも深くさまざまな物語音楽になじんでいたり、というところから来るものも大きいのかなと思う。演劇音楽、文筆と二足以上のわらじを、多分すごく忙しい生活の中で、履いてるというのも、自由寄与しているんじゃないかな。星野もずいぶん、一足にしろって言われたみたいだけど。

蘇える変態

蘇える変態

そして生活はつづく (文春文庫)

そして生活はつづく (文春文庫)

私は一足目のわらじからは逃げ出して、また新たに一足目を履きなおした。また別のわらじも履くことがあると思う。きっと中途半端だろうけど、それでもそのことで、見えてくる世界もあると思うし、「自分をなくす」ことにも一役買うんじゃないかと思うし、この世界にとどまる理由にもなるんじゃないかと思うんだよね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/keiko23/20161203

2016-12-01

ついこないだまで慌てていたくせに、だ

はじめての頃は、いろいろ慌てたりするんだけど、だいぶ慣れてくると、既に消化試合のようなところもあって、情熱をもって自分にとって新しいことをしていかねばならない、と思う。なんとなく、どう動けば、どういう先があるというのがわかってきて、その先に行きたいのかどうか。もうちょっと面白い世界を見たいという気持ちもある。

洋服選び

結婚式に呼ばれたので、服装を考えていたのだけど、女性だから華やかに、みたいな暗黙の了解があって、華やかなんかじゃないのに華やかっぽくしないといけないことに、無理難題だろそれは、という気持ち

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/keiko23/20161201

2016-11-27

仲よくなりたかっただけ

同性と運命的な恋のような友情もつことがあったり(それでひどい別れ方をしたり)、異性と気が合って仲よくなりたいけど既婚者だとごはんに行くのも難しかったり。性別なんてなければいいのに。

空ぶりのパーティ

11月におうちパーティするからお誘いしますね、と言われていて、けっこう楽しみにしていたのだけど、11月が終わろうとしている。切なし。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/keiko23/20161127

2016-11-26

今日ちょっと遠出してみる

なんとなく、美術展に行ったりすることは、教養のためにする、みたいなところが私はずっと、大なり小なりあった気がするけれど、今日もどこか美術展に行こうと計画しているときに、これは私に教養を与えるためでも、私を磨くためでもなくて、私を救うためにしていることなんだと気づいた。

普遍性求めないこと

いまさら、その場にいただれともつながっていなくて、だれがいたのかもはっきりわからないから確かめられないんだけども、小説を多くの人数で読んでいたときに、「普遍性」を読み取った学生に対して、「普遍性を読み取る必要はない」と言った先生がいて、その文脈がどんなだったか忘れちゃったのだけど、そのとき「そうか普遍性は読み取らなくていいのか」みたいに思って、その言葉がずっと頭の片隅にある。ある個別のことがらに対して普遍性という意味を与えることはできるけれど、ただそれっきりになっちゃうということだったのか。普遍的であることにどれほどの意味がある? どういうことだったんだっけ。物語を読んで教訓を読み取りがちな若者へのいらだちだったのか。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/keiko23/20161126

2016-11-20

愛と欲望の。

f:id:keiko23:20161120144838j:image:left

正しい日曜日の過ごし方、といえば、コーヒーと一冊、というところなんだと思う。

愛と欲望の雑談 (コーヒーと一冊)

愛と欲望の雑談 (コーヒーと一冊)

岸政彦さんのtwitterで「愛と欲望雨宮まみに見える」と読める、というツイートを読んだときは、結局読むのが著者が亡くなった後になることなんて思ってもみなかった。人生の取捨選択は絶えず行っていて、一旦外れた後は、正解もしていないけど大きな外れはないように帳尻を合わせて生きているような気がするけど(それでも世間の正解からは大幅に外れているだろうと思うけれど、許されなくてもかまわない)、読むべきものを読んでいなかったり、遅かったな、と思うことが時々ある。これからもあるだろう。なんだか間違えることが多い。

読んでいて、いくつか腑に落ちたり、ちょっと自分の考え方に風が通ったような、そういう体験をしたんだけど、一つひとつあげるのも面倒なので、詳細は省こうかな。自分自身欲望に蓋をすることが私にはあるし、欲望していないふりもするし、一方でよく考えたら欲しくもないのに欲しがることもある。欲望してないふりは卑怯だと思う一方で、自分が本当は何が欲しいのかがよくわからないところもあって、他者欲望にあおられる弱い自分もいる。人が欲しいもののために時間を割くのはまっぴらごめんだけれど。

日曜日にちゃんと休めて、机になんて向かわずに床でごろんとなって、熱いコーヒーをなみなみと注いで、好きな本を読んでいる。一時期お金がなかったときは本も買えなかった。いまは手堅い仕事もしている。それは確かに私が欲しいものの一つや二つではあると思うんだけど、あといくつか。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/keiko23/20161120

2016-11-14

おまじない

私はときどき、お祈りだとか、おまじないだとか、そういう気持ちでものを買うことがあるのだけど、また一つ、毎日を生きるために、手に入れたものがある。買ったものは絵。素敵な絵が2枚あった。

1枚は、自由であるために必要と思った。もう1枚は、愛をもつため。前者に惹かれるのはいつものことだけど、このところ、後者も、ひとと喧嘩したり、変わらず仲がよかったり、昔からの友達に大切にしてもらったり、いろいろあったので、後者を手に入れることにした。前者あっての後者かもしれない。感謝を忘れないように。ときどきは言葉にして伝えるように。

気持ちを伺う

恋愛カタログで、いじめられた経験のある郷右近さん・・だったかな、が、主人公のみかちゃんが、彼女気持ちを、びくびくして、伺ってくれることについて、自分の機嫌を伺ってくれることに、うれしいと思っていたようなエピソードがあったように思う。手元にないからセリフがわかんないけど。ひとの気持ちをびくびく伺うなんて、最近ではずっとしていなかったと思うけど、最近ちょっとあることで、気持ちをそっと伺うということをしている。怖がっているというのでは全然ないんだけど。そういうことをしている自分に気付いて、ここ最近ずっと好き勝手にやってきたんだなぁという思いもある。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/keiko23/20161114

2016-11-12

そのひとを見つけて

このひととわたしは似ているー、と思うときあんがいそのひとを好きだったりして、あんがいわたしわたしのことを嫌いじゃないんだな。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/keiko23/20161112

2016-11-03

[]ばかげた思いだってわかってるんだけど。

なるようにしかならなかったってわかってるんだけど、何かが違ってたらこれも違ったんだろうかとか。いやでもまた違う、思い通りじゃない未来が待っていただろうとか。

そういう不安定気持ちになるなんて本当に本当にばかげたことなんです。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/keiko23/20161103

2016-10-24

[]いい言葉

相手を喜ばせるためにわざと言ってるわけでないのに、なんだか最大の賛辞というか、もう本当にありがとうって思いを伝えたい、という気持ちをかかえきれず、もう、すごいすごかったです、みたいな思いをぶつけてしまった…

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/keiko23/20161024

2016-10-18

[]ちょっとひどい思い出。

東京での生活のことで、たまに思い出すんだけども、私の、田舎で育った叔父が来たときに、書店店頭で「くじ」をしていて、叔父は「当選しましたよ!」と携帯電話を渡されていた。きっとそれで契約させられたんだと思う。そういうのって本当にひどい商売だな…と思うし、田舎の純朴な叔父(もちろん成人していたし、そのとき50歳くらいだったと思う)について思って、なんだか切ない気持ちになるのだ。もちろんもうそ携帯電話は、契約していたとしても契約は切れているだろうし、だましたほうも、だまされたほうも、もう終わった話なんだと思うんだけど。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/keiko23/20161018