ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

Downtown Nomad - 下町ノーマッド このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-07-27

アジャイルに関する記事を書いたら、反響が大きくてびっくりした。

既存ビジネスの枠組みの中でも、アジャイル開発が差別化の突破口になるはずと思いながらも、なかなか上手い具合にかみ合わなくて試行錯誤のモヤモヤが数年。

最近おもいもかけず、モヤモヤの一端を自分なりに整理できた気がした。

以下の3つの自分的衝撃がたまたま重なったのが原因。

パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則 (WEB+DB PRESS plusシリーズ)

パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則 (WEB+DB PRESS plusシリーズ)

そこで、自分の整理がてらまとめて公開してみた

アジャイルは二度死ぬ(Agile Only Live Twice)その1:トム・デマルコ氏の蹉跌とその誤謬

ら、なんと当の平鍋さんからに記事を紹介していただいてしまった。

RB: アジャイルは二度死ぬ -- 山根さんの記事

平鍋さんの記事に意見する、といった、なんというか生意気なかたちであるのに、意見として快く受け止めていただいた平鍋さんの懐の深さに感謝です。あまつさえ紹介までしていただいてありがとうございました。

おかげさまで一気にPVもブクマも増えたけど、少し気になるのは、この後の記事の流れが、第一回を読んでいただいた多くの方々の期待と若干ずれているかも、、と思うこと。

なぜなら、この後に書こうと思っていることは、『銀の弾丸』では全くない、からだ。問題解決の糸口はつかんだつもりが、想像していたよりも、その糸をたどるのは難しかった、みたいなのが今の自分の心境。

自分の意見の間違いを指摘されたり、別の意見を頂くことは、むしろウェルカムなのだが、単純に、『あーそれって結局どうにもならないってことじゃん。。。』みたいにがっかりされたらちょっと辛い。

とはいえ、第2回目『アジャイルは二度死ぬ(Agile Only Live Twice)その2:ライフサイクル・イノベーション』は、ほぼほぼ、ビジネス戦略とかビジネスケースの話になる予定。

2009-07-15

人をわかるってどういうことですか?ー『ミツバチのキス』と『アンダーカレント』

面白いマンガや本は、年に何冊も当たるけど、『えぐられる』ものは、年に一回あるかないかだ。

伊図 透の『ミツバチのキス』はまさにそんな、『えぐられる』マンガ。大傑作。

ミツバチのキス 1 (アクションコミックス)

ミツバチのキス 1 (アクションコミックス)

ミツバチのキス 2 (アクションコミックス)

ミツバチのキス 2 (アクションコミックス)

触れた人の過去と未来が『わかって』しまう主人公の少女・草野慧が、宗教団体の生きた神託に祭り上げられたり、国家諜報機関の飛び道具となるよう狙われるのを逃避行する、という身も蓋もないベタなシチュエーションがあらすじ。

この手垢がつきまくってそうなプロットは、筒井康隆の七瀬シリーズ(『家族八景』・『七瀬ふたたび』・『エディプスの恋人』)という金字塔が存在する。超能力を持つ主人公が美しい少女で、自らの能力を隠すために、割と地味な仕事を転々としていくところまで一緒だ(七瀬は家政婦、草野慧は町工場だったり、路線工事の力仕事だったり)。

しかし、『七瀬シリーズ』が、王道のSFミステリ(それ故古典なんだけど)だとすれば、『ミツバチのキス』にとってSFというのは体裁に過ぎない。

思うに、『ミツバチのキス』は、『人をわかるってどういうことですか?』という人間誰しもが持つ普遍的なギモンを、ひたすら愚直に・丁寧に、考える物語だ。

人の過去と未来を正確に知ると言うことは、その人の闇も光もまんま、受けとめると言うことだ。『ミツバチのキス』の中で、主人公の慧は、それを「いろんなものが混ざった、全部を吸収した黒」といい、触れた人間の「喜びも憎しみも快感も傷みも激烈なまま、彩度の高い原色のように混じって」いる、「だからこその激しい黒」を強制的に受け入れてしまう。

自分が好意を持つ相手であればあるほど、そんな「黒」をわかりたくない。しかしそんな主人公も、その能力以外は、良くも悪くも普通の少女だ。自分が好意を持つ相手であればあるほど、『わかり合いたい』。

もう一人重要なのは、草野慧を追う、国家諜報機関の駿河という人物だ。腕は良いが、常に傍流を好む、ノリの軽いとりとめもない男だ。しかし、その男もまた、誰にも言わない「激烈な黒」を抱えて生きている。

そして、二人は、監視と交渉の会話を重ねるうちに、お互い好意を持っていく。

『わからずに、わかり合いたい』

『わかってもらわずとも、わかり合いたい』

という二人の想いが行き着く先は、『わからないままでも、未来にゆだねる』という行為だった。



ミツバチのキス』を読んで真っ先に思い浮かんだのは、『人をわかるってどういうことですか?』ということがテーマの、もう一つの『えぐられる』傑作、豊田徹也の『アンダーカレント』だ。実は『人をわかるってどういうことですか?』というセリフは、この『アンダーカレント』の中のキーメッセージだったりする。

アンダーカレント  アフタヌーンKCDX

アンダーカレント アフタヌーンKCDX

アンダーカレント』は『人をわかる』ということを、『ミツバチのキス』と真逆から切り込む。「わかっている」と思い込んでいたものが実はまったく「わかっていないのでは?」という話。

銭湯を経営する主人公かなえは、ある日唐突に夫に蒸発される。事故や事件の可能性がほぼなくなり、どうやら夫は自分の意志で蒸発したようだった。

それまでなんの問題もなく結婚して生活を共にしていたのに、なにが原因なのか?友人の薦めで興信所に依頼をしてみると、自分の知らない夫の過去を知ることになる。といっても大きな秘密ではない。齟齬と言えば言える範囲だ。夫婦でもそれくらいの隠し事はあることも多いかもしれない。

でも、と、主人公は考える。『自分は夫の何をわかってたんだろうか?』そもそも『人をわかる』ってどういうことなのか?

・・・と自分で書いといてなんだが、これもベタな昼ドラみたいですな。でも、これホント面白いんですよ。まさに『えぐられる』大傑作。西川美和監督の『ゆれる』なんかがツボにはまった人は間違いなくハマることを請け負う。

この物語の中で、主人公は『人をわかる』どころか『自分すらわかってない』ことに気がついてしまう。

『わかっていると思っていたら、わかっていなかった』主人公達が、最後に取った行動はやはり、『わからないままでも、未来にゆだねる』という行為だった。

これらの作品にあるような非日常の事件や能力がなくても、自分たちは皆、多かれ少なかれ『わかったつもり』でいて何もわかってなかったり、いらんところまで『知ってしまったり』して日常を過ごしている。で実際、無自覚にやっていることは、『わからないまま、未来にゆだねる』という行為の連続だ。そしてこれらの作品を読むと、『わかりすぎること』と、『わからなすぎること』を突き詰めた上で、やはり『わからないまま、未来にゆだねる』ということが素晴らしいと改めて自覚できる。

ミツバチのキス』にしろ『アンダーカレント』にしろ、地味で重いテーマと裏腹に、ところどころ軽いコメディタッチの描写で和ませ、それがなかなか上手い。そんなところも、これらの作品の魅力を増している。しかし、なにより『わからないままでも、未来にゆだねる』という主人公達の結論が、少しだけ明るい方向に向かう予感を漂わせ、重いテーマをすがすがしいものにしているところがすごい。

事あるごとに、読み返したい本。おすすめします。

2009-06-18

自分の仕事をきちんと定義する。

大学院時代の先輩が、わざわざヨーロッパまで実験をしにいっている。

なんでも、そこにしかない、バカでかい量子加速器?を使いたいからで、はるばる日本から実験機材一式を特別便で運んだそうだ(税関の手続きが機密情報規制とかでとにかく大変だったらしい)。

当然、ムツカシイ実験なので、そのバカでかい実験機械の調整だけでも酷く手間取って、なかなか良いデータが採れない。

何時間も挑戦し、もう打つ手がない・・・、と煮詰まったギリギリのところでひらめいたセッティングがばっちりはまって、最高のデータが採れたそうだ。

先輩はそのときのことをmixiの日記に書いていたんだけど、その内容がふるっていた。(強調は自分。)

天井をみつめながら頭をぼんやりと動かす。かなり始めのころに試した条件を思い描き、らせん状に思考をフェードアウトさせたりフェードインしたり。またフォーカスを合わせたりわざとぼかしたり。(あくまであたまのなかのイメージです。わかりにくくてすいません)

で、確信。始めから三番目に試した条件が解答にちがいない。

同行者に宣言。もう一度三番目に試した条件にします!

反応は冷ややか。それは試してだめだったじゃないか!!

冷ややかな反応を押し切って試した瞬間!

天使が舞い降りた

データの隅々にローランのだした完璧なセッティングのいぶきを感じ、今までみたことのない美しいデータが現れました。

「アメイジング!!」

もちろんまだスタートラインに立ったという意味しかありませんが、私達にとって感動することはなにより大切。

感動に合理性を付加して人々に届けるのが私達の仕事だと思います。

多くのひとに感動を!!

自分は研究者ではないけれど、これほど『研究者』の仕事の定義が明確になった文章は、お目にかかったことが無かった。

研究っていうと、とかくロジカルな部分だけ注目されるし、一般的にそういう印象があるけど、その核には『感動』がないとダメだと。

そんな個人の感動を、誰もが納得するロジックに落として発表することこそ、研究者の仕事。

この定義に一点の曇りもない。定義自体が感動的でかつ、ロジカルだ。

さて、自分は、自分の『仕事の定義』を明確にできるだろうか?

その定義は、研究者の定義である『感動に合理性を付加して人々に届けること』と同じぐらい、シンプルで、かつその仕事の全容を完全に表せる言葉だろうか?

明確なビジョンとミッションが、良い仕事をするための最重要ポイントである、と教科書的に分かってるつもりだったけど、今思うと、自分の仕事の定義とは、仕事をする上でのミッションそのものだ。

目の前にある仕事をこなすことばかりにいっぱいいっぱいになりがちだけど、たまに、自分の『仕事の定義』を考えてもいい。

もし、それが曖昧だったり、キチンとしていたとしても、その定義とは全くかけ離れていることに翻弄されているとしたら、

それは、自分の仕事ではない、ということだ。

2009-06-10

狂気の止揚と残念な日本のWEB。

前のエントリで、

常に、意識的に、この4つのポイントをベンチマークにしてソフトウェアの開発をするべきだ。そしてそれは常に引き算のデザインを迫られる。なんの機能を足すか、でなくなんの機能を引くか、に注力することになる。そう、重要なポイントはもはやソフトウェア工学の話から、『デザイン』の話に移ってきている。

このあたりのデザイン戦略が宗教的に上手く行っているのが今のアップルなんだろう。

ソフトウェアの進化の方向

って書いたあと、そんなアップルの本質をMADに分析したエントリにぶち当たった。

以下引用。

関係あるか怪しいが、ジョブスはベンチャー企業とかビッグビジネスの世界にロックンロール的世界観を持ち込んだ初めの人間だと思う。全体的にもちおの手に負えないクレイジーさとかがあるジョブスだけど、特にはその美への偏熱狂に退廃を感じる。光速を超えて膨張する宇宙の傾向の香りがする。観察のかなわない領域を邁進する盲目の。「もうこれ以上美しくしたら会社つぶれますよアート作品になっちゃう!」って、美もわからないモチオがちびりながらさけびそうなジェットコースター的加速度がiPhone製作プロジェクトにはあったと邪推する。ジョブスが何人の優秀な人たちを無礼にもちびらせてきたか。この力と、それをなんとかビジネスとして成り立たせようっていう力の、緊張感とその止揚が、アメリカのネットカルチャーをつくってきた作り手の側にはあると思う。

I am gathering you

マイケル・ルイスの『ニュー・ニュー・シング』の中で吠えまくっていたジム・クラークもまさしく、狂気?を止揚して巨額のビジネスをドライブする人種だった。

確かに、アメリカのネットカルチャーの作り手たちの中には、そんなMADなビジネスピープルが存在する。

そういえば、この本を知ったのは梅田望夫氏のエントリだったな。

→『ニュー・ニュー・シングを読もう

日本のWEBがサブカルばっかで残念』的な発言をしながらも、そういうサブカル狂気の止揚の結果生まれた巨大なものに憧れる思いってのはよく分かる。確かに残念だもん。もっと巨大になっていいのに。ひろゆき氏はなんかご隠居だし。やる気出したホリエモンは潰されちゃったし。

ニュー・ニュー・シング

ニュー・ニュー・シング

2009-06-09

ソフトウェアの進化の方向

Safari4が発表されたので早速使ってみた。

速い。とにかく速い。Google Chromeを触ったときに感じた開放感を再び感じた。

Firefox3.0.1は、del.icio.us プラグインや、Emacsキーバインドプラグインなど、いくつかキラーアプリがあるので、使わなくなることはないだろうけど、デフォルトのブラウザはSafari4に変更してしまった。Xmarksがあるから、少なくともブックマークのシンクロはできる。カジュアルに使う分にはこの超速は捨てがたい。

ソフトウェアの進化の方向性

使ってみて、しみじみと、『この進化の方向性は正しいな』 と思う。

現在、Google Chrome, Firefox, Safari, だいぶ差をつけられてIE、といったライバル同士がその競争を繰り広げているけど、その進化の方向は基本的に

  • 速いこと。
  • 安定していること。
  • ベースはシンプルであること。複雑な機能はユーザーが好きに追加・カスタマイズできること
  • 安いこと。

という4点に絞られている気がする。なんともシンプルだ。

あらゆるソフトウェアの既定路線になっても不思議ではない(むしろなって欲しい)ポイントなのに、マイクロソフトなんかはこのポイントをことごとく外してくることが多い。OfficeシリーズやVistaがいい例だ。商用アプリケーション(Oracleやらなんやら)にも同じようなへんてこ進化をとげてしまい、袋小路に陥っているものも多い気がする。

常に、意識的に、この4つのポイントをベンチマークにしてソフトウェアの開発をするべきだ。そしてそれは常に引き算のデザインを迫られる。なんの機能を足すか、でなくなんの機能を引くか、に注力することになる。そう、重要なポイントはもはやソフトウェア工学の話から、『デザイン』の話に移ってきている。

このあたりのデザイン戦略が宗教的に上手く行っているのが今のアップルなんだろう。WWDC2009の発表で、iPhone3Gs やNew MacBookProの披露の陰に隠れて、地味な発表になっていたけど、Safari4やSnow Leopardの発表に、アップルのデザイン戦略の恐ろしさを感じた。Snow Leopardなんて、速くなって、安くなって(Leopard Upgrade Userで29$って!)、その上6GBもOSサイズが減っているのだ。