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延原時行著作集ブログ公開分

2012-04-20

延原時行著作ブログ公開4冊目『称名キリスト教に向けてー称名は原風景の回想の只中よりぞ立ちのぼるなり』(第10回)

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                延原時行著作ブログ公開4冊目第10回


               称名キリスト教に向けて


                称名は原風景の回想の只中よりぞ立ちのぼるなり
    

             第三部 原風景――私の無者修行のなかから               


      第十章 友達づくり
          ――「無→者」のための新時代における社会的インテグレーション・マニフェスト



       序 ある日の会話から

 ある日、私は一人の友人と話していた。彼が一日の労働を終えて疲れたからだをアパートで休めている頃、塾(加茂塾)での授業を終えた私が出掛けていって話しこむ、といった習慣が何時しか出来ていたのだ。

 私たちは何でも話す。突っ込んで話す。人生はここ川西の町の一室で、時には激しく火花を散らして燃え上がり、時には重く沈むのである。

 君は言ったではないか。「心に嘘がないと何でも聞けるし、何でも話す。話がどんどん発展して終ることがない」と。また「本当のことを言っている人の眼は何か血走っている」と。それらは今も、掛替えのない私の教訓だ。

 君はかつて言った。「キリスト教は馴染めない。キリスト教は分からない。神さんのことは分からない」と。その時、私はしかと心に決め、また君にも話したのだった。「そうだ。君に答えるような文章を私は書こう」と。「私の信仰の核を披瀝しよう」と。

 私の信仰の核――それは、「叫び」と「友達づくり」なんだ。これらはそれぞれ、私の苦闘を通じて生れた二人の子どもだ。いや、神様から賜わったという意味では、「子宝」と呼ぼうか。

 ここに「友達づくり」についての文章――「無→者」のための新時代における社会的インテグレーション・マニフェスト(宣言)――を置く。この中には、以前書いたものもあるし、今書くものもある。が、等しくそれぞれの時の現在における私の闘いの成果である。君よ、読まれよ。

(注。右に、1965年現在における私の序文を記す。あれから、ほぼ45年の星霜を見た。今という時は、リーマン破綻を見た時だ。日本では、「派遣切り」が大きな話題となった。経済評論家たちが「派遣切りが何故悪い?」と抗弁する。

 「派遣切り」は、実は、日本の製造業の経営者が、突如世界を襲った「消費不況」に対する対策として実行しているに過ぎない。むしろ、企業経営の安定を確保しようと必死に努力している姿そのものなのだ。かつての「終身雇用制」における雇用の安定を生産コスト削減の「障害」として捨て去り、「派遣労働者」システムを考案したのは、比較的雇用しやすい労働者を可能な限り低賃金で雇用することにより、一種の「緩衝材」をもたらすためだった。これにより、景気の変動に伴なう経営の難点を克服することが可能になった。

 この方法が平成に入ってから本格化し、日本企業の「不況対応力」を著しく向上させた。今は未曾有の不況の時、不況対策としての「派遣切り」のどこが悪い?(長谷川慶太郎「派遣切りは悪か」『Will』2009年3月号、48−51頁)――と、例えば、こう言うのだが、そこに一点、ない物がある。世界的な大不況=リーマン破綻時代における「時代精神に合致したモラール、時代の合言葉」がないのだ。

 今、連合の組合組織率が伸びているという。派遣労働者たち(「派遣切り」経験者を含む)は、連合に駆け込み、新しい時代精神を見つけたという。「私は生れては初めて『仲間』という言葉に感動を覚えた。今まで、(労組特有の)空疎な響きの掛け声だと無視していた私だったのに」と、若者たちが「仲間意識」に目覚めつつあるという。私の(「無→者」の新時代における)社会的インテグレーション・マニフェスト「友達づくり」はその時を今、迎えたのかも知れない。発想後、四十五年の正念場である。

 経済評論家諸氏は、俯瞰図で物を考える。「日本が今まで培ってきた競争力を維持して最強国家を目指したいのであれば、労働市場を自由化し、個々人がスキルを磨かなければならないことは当然だ。教育をやり直し、競争に勝たなければ飢え死にするかもしれないというくらいの気概をもたなければならない」という「適者生存の原則」が、俯瞰図からは出てくる(大前研一「『最強国家ニッポン』の設計図・第21回:新聞、テレビの『年越し派遣村』報道が日本の雇用を危うくしている」『SAPIO』2009年2月11・18日号、44頁)。    

 だが、今、スキルの練磨だけでは、時代を荷いきれない。時代を荷いきるモラールと合言葉がなくてはならない。私の合言葉は、「マイナスのヒューマニズム」に立脚した「友達づくり」マニフェストである。)


       第一節 遺棄性の超克とヨブ記耽読

 友達づくりは、私の実存的な体験から生れた私の生活の智慧なのである。私自身にとっては、それは新しい回心であった。人間がこの地上で生き抜かねばならぬことを、1960年の我家の火事(類焼)の経験以来、虚無と絶望、不幸と孤独にもかかわらず生き抜かねばならぬことを、堪え難いほどに人生によって教授された青年の、それは、新しい窓であったのである。私というモナド(単子)の窓はひらいた。

 私は、人生はそのものに即して見るならば「遺棄性」(みすてられていること)だと言う。古来、多くの哲人賢者が驚きを以って認識しなければならなかったもの、――それは、実は、「遺棄性」ではなかったのか。それを「被投性」《Geworfenheit》と呼ぼうと、「限界状況」《Grenzsituation》と名付けようと、「輪廻」《samsara》と諦めようと、「不安」《Angst》と規定しようと、「絶望」《Zerzwiflung》と命名しようと、「艱難」《tribulatio》と記述しようと、はたまた「霊的試練」《Anfechtung》と畏怖しようと、畢竟するに、これらは皆、遺棄性の多様な経験とその表現ではなかったのか。

 ある日、私は遺棄性に堪え難く、燃えるような胸をもって歩いていた。その時のことを今でもはっきりと覚えている。私の胸が覚えている。確か私は、神の前で泣きながら自分が三つの方向に遺棄性を逃避したがっていることを認めたのだった。一つは、物の世界に欲望に駆られて身を投ずることによって、遺棄性を忘れようとするもの、気晴らし(divertissement)であり、二つ目は、観念の世界に哲学的自負心をもって蟄居し、そのことによって遺棄性を抽象化しようとするもの、突き放し(detachment)であり、三つ目は、虚無の世界にすべての意味を諦めて屈服し、「どうせ人生は遺棄性なのだから」と自己をも他者をも虚無化しようというもの、諦念(resignation)であった。

 しかし、それが私に出来たであろうか。否である。私の燃えるような胸は余りにも堪え難さと嘆きと憤り(神への怒り!)に動かされていたため、このような窮状を神に訴えざるを得なかったからである。いや、それ以上である。遺棄性あるが故に、この人間存在は謎そのものとなった。その答は、安易に世界内的に見出せはしない。自己自身が問となって、「何ぞ我を見棄てたまひし」と訊くほかないのである。この際、これは認識論的な方法的懐疑(デカルト)ではなく、私自身が一丸となって問う実存的問なのだ。思うに、一も二も三も沈黙の道である。表現というものがないのだ。叫びが! 私は火事の経験の中でヨブ記を読んだ。そして、叫びこそが遺棄性からの突破口であることを学んだ。

 私はヨブ記を読んだ。『ヨブに関する若干の詩的断片』という覚え書を作りながら読んだ。そして、次の二つのコトバに出くわし、自分が挑戦されているのを感じたのである。二つのコトバと私の感懐を順次記す。

 「無知の言葉をもって、神の計りごとを暗くするこの者はだれか?」(『ヨブ記』38・2)

 《神の追求! お前はだれか? 何者か? 一体何者かであるのか? そうだ! 僕は自分を何者かと思っていた。何者か、と。僕は自尊心のゆえにこそ燃えるような腹立ちを覚えたのだ。「私が地の基を据えた時、どこにいたか?」(38・4) 主よ、どこにもいませんでした。即ち無でした。それが今此処に「無き者」(『Iコリント1・28)として生かされています。それが僕の正体です。この発見、自分が無であったのにここに在る者として選ばれ召され生かされ赦されているという逆説的恩寵の発見、それは無限に教化的である。存在することそのことが既に神の恵みなのである。であるのに、何故、存在の形式,いかにあるかを問題にしたのか? 存在することそのことに感謝しないで、どうして<いかに>に正しく対処することができよう?》

 「ヨブがその友人たちのために祈ったとき、主はヨブの繁栄をもとにかえし、そして主はヨブのすべての財産を二倍に増された」(『ヨブ記』42・10)。

 《ヨブに敵対し、ヨブを軽蔑する者が、最後には、「われわれのために祈って下さい」と、この一番悲惨な人間、無き者のところにやって来る。ヨブは、悲惨のなかから、ただに自分のためのみならず、彼らのためにも叫びを挙げなければならぬ。人間にどれ程の自殺があると言っても、執成し程の自殺があろうか? 何故ならここではヨブはヨブの最後のもの、即ちヨブの自尊心を投げ出さねばならないからである。一番哀れなはずの者が強いはずであった者たちのために、頼られて祈る。そして世界はこの一番小さな者によって支えられる。しかもこれをあほらしいとも思わず、ヨブが歓んで彼らのために「執成し」の仕事に励んでいる。これがヨブのユーモアだったのである。》

 この時、私は知った。私の悲惨の持つ「仕事性」を! 私の悲惨、私の遺棄性、私の実存がここでは他者のために叫ぶため、他者のために実存の底の底から叫ぶため、一番深いところで彼のものも我のものも人間の悲惨と悲惨の中でこそ顕わに悟られる人間の罪とを体験しながら、その体験の共感から出発して叫ぶため、用いられているのを発見したのである。かくて、私は実存的に牧師であることがどんなことであるかを学んだのである。そうして、かくすることによってイエスの受難に自分も組み入れられていること、むしろ、イエスの受難に私が組み入れられるためにこそ、遺棄性が与えられていたことを悟ったのである。これが私の「反復」(キェルケゴール)――己が人生を神の御手から受け取りなおすこと――であり、「現実への信頼」(キェルケゴール)――-すでにそこにあって生活してきた現実への、事新しい自覚的信頼――の形式であった。

 いずれにせよ、かくして私は自己という密閉された世界から出る窓を発見したのである。その際、他者と結びつく場は、私が一番恐れ嫌悪し軽蔑していた「世間性」ではなく、私の実存がそれでしかない「遺棄性」なのである。表面的にはともかく、人間は誰しも遺棄性を隠し持って、それからの逃避線上を生きているのだ。だから私は、もう恐れる必要はない。この隠された人間との共感に生きればいいのだ。こう悟るところに解放がある。

 私は遺棄性において人間を信頼する。いくらその人の表面が反対しようとも。むしろ、表面的世間性は遺棄性逃亡の諸形態・諸現象であるに過ぎないのだから、私はそこに人間の切ないまでの人間性、罪の人間性を感じるのだ。何故かくまで人間は遺棄性から逃避しようとするのか、と。考えてみれば、宗教も哲学も、一般に文化文明と呼ばれるものも皆、遺棄性からの人間の自己解放の諸実験ではないのか。そう了解したとき、私は確かに世界解釈の私独自の哲学を手に入れたのであった。

 (注。2008年9月15日のリーマン破綻を通して見れば、米国金融文明のここ数十年の試みは、ことにサブプライム・ローン住宅金融を中心にして、生産の実質的価値を土台としない作り事の金融商品CDOCollateralized Debt Obligation」という債務担保証券による、遺棄性隠蔽工作にすぎなかった。私の遺棄性の哲学によれば、「グローバル資本主義はなぜ自壊したのか」の解析は根本的には難しくはない。経済学的分析は、中谷巌著『資本主義はなぜ自壊したのか』[集英社インターナショナル、2008年]ほかの最近の優れた業績に任せるとしても。)

  
       第二節 イエスは友(=共)である

 私は、遺棄性の「気晴らし」、遺棄性の「抽象化」、遺棄性の「諦め」などの試みが数限りなく人間によってなされてきたことを知る。一は、物質主義、二は、観念主義、三は、虚無主義に至る。これらはそれぞれイエスの三つの誘惑に対応する。「石をパンに変える」誘惑、「宮の頂上から飛び降り、神の助けを試す」誘惑、「悪魔にひれ伏して、この世のすべての国々とその栄華を得る」誘惑(『マタイ』4・1―11)である。

 だが、これらの誘惑に、イエスは、先ず、『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』(『申命記』8・3)を典拠に挙げたうえで「言の創造的力」により、次に、『主なるあなたの神を試みてはならない』(『申命記』6・16)とする「神への至誠心(謙り)」により、第三に、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』(『申命記』6・13)と書いてある」と言う「礼拝の心(イエスの霊性)」によって、反撃した。そして、事実、悪魔の誘惑へのイエスの反撃は、彼の公生涯を通じて、創造的言の力(例えば、『マルコ』2・1―12に記された「起きよ、床を取り上げて歩け」との力ある言葉)、受難の謙り(例えば、『マルコ』8・31―38に記された「自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう」との自己投与の心)、さらに最後には、十字架上での絶叫「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」(我が神、我が神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか)、――の三段階の姿を取って表わされた。

 イエスの生涯は、人間の抱える普遍的問題性に対する三段階の解答を示していた。すなわち、遺棄性が物質主義的自己中心(内攻)の形を取った疾病の場合には、創造的言による解放を示し、弟子たちの宗教的高揚に隠された高慢な観念主義の危うさには、受難の謙りを以って対応し、人間究極の絶望と逃亡の時には、一人「何ぞ、我を?」と絶叫しつつ、遺棄性を「我が神」へと超脱したわけである。

 そこに初めて顕わとなった――遺棄性は(今イエスによって叫ばれる中で)人間の「我が神」との不可分の一体性の裏返しの表出であることが啓示された! 人は、不可分の一体性に従って生きようとしない限り、間断なく遺棄性へと投げ出され続けるのだ。それというのも、いかに人間の不従順が極まろうとも、不可分の関係が断たれることはないからである。「無知は、覚りの否定であって、その逆ではない」(鈴木大拙)。悟りの否定形である遺棄性を誰かが絶叫的に表現する時、この表現の中で覚りが、一体性の認識が、回復される。

 (注。先に、イエスの生が、この究極的な人間回復即ち救済のみならず、普遍的人間的諸問題に対する個々の解答をも示すものだ、という私の見解を聊か示したのだが、詳しくは46年かけて執筆中の『受肉の神学――救済論と形成論』でやがて公開するはずである。)

 私は、イエスにおけるほど、(人間の遺棄性「気晴らし」「抽象化」「諦め」に抗して)遺棄性がそれとして究明され、体験され、超脱された例を知らない。遺棄性が彼によって直面され,嘗められ、叫ばれた時、遺棄性からの逃亡がはじめて「罪として」私に迫るではないか。

 エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ。私はそこに何を聴くのであろうか。私の実存的問題が最も深いところ、深淵から発見され、発見されるだけでなく体験され、体験されるだけでなく叫ばれている(「我が神」の前で表現されている)ことを、である。

 人間にとって、自分の悩みを「外からなのに内からするように」発見し、同じように体験し、いや、そればかりか自分のために、その同じ体験の中から叫び泣く人を発見するほどに、感動的なことがまたとあろうか。私はその人を「友」と呼ぶほかないのである。

 イエスは、私にとって「友」である。勿論、それは彼のへりくだりのなせる業――宗教改革者マルティン・ルターの言葉を借りるならば、「深淵にまで自らをへりくだらせること」《sese in profundum humiliare》(『詩篇講義』)――であるのだが、従って、私としては畏れ多いのみなのであるが、しかし、やはり、有難いことに「友」なのだ。

 「わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである。わたしはあなたかたを友と呼んだ。わたしの父から聞いたことを皆、あなたがたに知らせたからである」(『ヨハネ』15・15)。

 「友」という形の奥に、彼の「主」は隠されている。信仰のみがそれを発見し、畏れかしこみ、喜ぶのである。

「友」は根源的な「共」、すなわち、「インマヌエル」(神我らと共に在す)なのである。イエスを通じて、イエスおいて、「インマヌエルの原事実」(滝沢克己)が一人の人として生き、悩み、苦しみ、語り、愛し、祈り給う。そして、この世の苦しみと喜びの一切は、彼を通じて、彼において「我が神」に知られる。

 (注。この意味で、ホワイトヘッドの次の一節は意義深いのだ。「この世において為されるものは、天国の実在性へと転換され、天国の実在性は逆に、この世へと移行していく。こうした交互関係のゆえに、この世の愛は天国の愛に移行し、そしてふたたび、この世に還流する。こうした意味で、神は偉大な仲間――理解ある一蓮托生の受難者[the great companion—the fellow-sufferer who understands]である」『ホワイトヘッド著作集 第11巻:「過程と実在」(下)』山本誠作訳、京都松籟社、1985年1、2000年3、625頁。)


       第三節 課題としての友達づくり

 私の課題はなにか。イエスが「友」であられることをこの地上で、人々の間で、即ち遺棄性たちのなかで、表現し、発見することである。私自身が遺棄性に在るだれかの友達になることによって。私は、私の知っていることはすべて、生命的に表現すべきである。しかし、それですべてではない。私はイエスの一部分、イエスの隠された基底であるキリストを含んだ全体性の一部分、しか知らない。だから、いつもこの「友」なるイエスの全体性を他の人々(他の諸宗教諸思想を含む)とのコミュニケーションを通じて再発見しようとしなければならない。これが「友達づくり」の目的であり、醍醐味である。

 「友達づくり」は折伏を嫌う。なにびとも力づくで改宗させようとはしない。むしろ、すべての人の自由を(それが遺棄性に至るままに任せられるほどに)尊重する。悲惨な経験に至る自由も、その人の思想の現象として、認知する。苦悩も、犯罪に至る誤った自由も、彼また彼女の何らかの「思想の表現」という限りでは、これを考察する。ドストエフスキーの『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフの思想実験としての犯罪を、他の思想実験者の悪行(ルージンの策略としての結婚やスヴィドリガイロフの虚無思想からの手込め)とともに、思想の現象学の埒内で、承認しないが認知する。いかなる人物のいかなる行為も、いつも一本しかない人生の道を選び取って歩む人間の姿として、厳粛に受け止める。手厳しい批判の眼を禁ずることなしにだ。しかし、他面、私自らは、イエスは私の「友」だ、という実存的信仰を生命的に表現する自由を行使しようと欲するのみである。ここに、「友達づくり」は、新しい、自由な、生命的信仰告白として、表わされるのである。

 さて、表現する以上、素材が必要となる。私は思う。状況が素材だと。であれば、イエスの「友」であることを表現するために、状況の「選び取り」が必要となってくるのである。そして、選び取られた状況との同一性の中で、私の生は生きられねばならぬ。(この同一性に、事実的と作用的と意味的の三者があること、これらの原点には根源的同一性が控えていること、――そうした考察については、『雄鹿』第四号所載のエッセイ「同一性の意味について」で聊か展開してみた。)

 キリスト教は、この世のキリスト教化とその拡大(教勢拡張)を志した。そのことにより、新約聖書の中で最も重要な人生態度としてイエスによって指摘されているところの、「状況の選び取り」を忘れたのである。イエスは、病人、犯罪人、社会の決まりからの脱落者を選び、漁師と徴税人の中からその弟子たちを選ばれた。パウロはさらに、新たに「異邦人」を伝道対象に選んだ。彼は、愚かな者、弱い者、身分の低い者や軽んじられている者、すべてこの世で「無きに等しき者」の選びについて語っている(『Iコリント』1・27―28参照)。これが何を意味するか、我々は十分に考えてみなければならない。

 私の信ずるところによれば、かくしてこそ初めて「真理の自己表現」は可能であったのである。しかるに、今日、キリスト教の教勢拡張が求められている時、言葉(観念、神学)だけは福音的であるが、生活は状況の選び取りを知らぬため全然変えられようとはしていない。所謂「伝道」は、「自分自身に信仰的確信がないのを心もとなく思い、キリスト教活動で以って思い込みのキリスト教を得て安心しようとしている、キリスト教的バベルの塔建立」としか思えない場合も、あるのである。19世紀の西洋哲学者ニーチェの言ったように、キリスト教界にはひたひたとニヒリズムが蔓延していまいか、と我々は鋭く内省すべきである。

 さて、状況は遺棄性が顕わに露呈されておればおるほど、選び取られねばならない。これが、状況選択の基準である。ここで、イエスの次の言葉が傾聴される。「あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである」(マタイ福音書25章40節)。

 「最も小さい者のひとり」との関係は、隠されたイエス(彼の基底であるキリストを含んだ全体性としてのイエス)との関係なのである。この世の社会的インテグレーションの支点はそこにある。つねにそこにある。だとすれば、つねにそこにあることを、我々は繰り返し繰り返し思い出さねばならない。時代の激変と不況は、人類のそうした想起のためのチャンスなのだ。

 ところで、遺棄性の選び取りというのは、特別に公認キリスト教的な課題ではなく、人間的な課題である。善きサマリア人の譬話(ルカ福音書10章25節−37節)を熟読すれば、そのことはよく分かる。ここに見る。倫理の規範は、祭司の神学(イデオロギー)でも、レビ人の福祉思想(善意)でもない。強盗に襲われて倒れている人の遺棄性の事実なのだ。この事実の事実性は、時代が変わり、時代のイデオロギーが変わり、指導的政府経済状況が変わっても、変わることなく、そのまま人間に対してうめいている声、呼びかけている招きである。つねにこの声、この招きに聴き入り、その前に「裸」(至誠なる人間の姿)になることこそ、肝要なのである。


       結語 「裸」(至誠なる人間の姿)となって生きる!

 そこで、「裸」(至誠なる人間の姿)になることが人生であることを、断じて忘れてはならない。そこを離れて、人生はないのである。人があの、倒れている人を見過ごしにして、自分の宗教的なお勤めへと――これを「口実」にして、あるいはこれにかかわる自分の「自尊心」のゆえに――立ち去った祭司のように、この事実とこの声以外の所に「務め」を発見していることも、多いかも知れない。しかし、それは何も生産的な「務め」ではない。その「務め」がどのような権威筋から保証されようとも、そしてそのことでもってどのように自分を「必要な仕事をしているんだ」と納得させようとも、事実的にはそれはつねに、具体的に果たすべき責任の回避なのである。

 世界は広い。しかし、世界のどの地点といえども、(自分を含めて)「強盗に襲われた人が倒れている場所」でないところはない。そのような場所以外の何か甘い「務め」の場所を想定するのは、その人の眼がまだ現実に向って開かれていないからなのである。しかし、思えば、キリスト教は――また仏教と言い、共産主義自由主義のイデオロギーと言い、様々な宗教・思想を含めて――ひとつの架空の仕事を人間のなすべき務めとして描き、人々に強制してきはしなかったか。これ即ち悪しき「祭司職」である。世界史に普遍的に見られる悪しき「祭司職」である。

 この悪しき「祭司職」に対応して、悪しき「信徒職」があり得る。祭司が倒れている人から立ち去ったその同じ方向にレビ人は行く。それも架空の礼拝を守るために。聴衆となるために。聴衆となって酔うために。よって現実を忘れるために。

 悪しき「祭司職」と悪しき「信徒職」、ここに架空の礼拝によって結び付けられた、一つの現実逃避組織が出現することとはなるのである。それが時には「キリスト教」と呼ばれ、時には「天皇制」「マルキシズム」「仏教団体」「国家公務員」等々どういう組織名で呼ばれようとも、もしも、「強盗に襲われて倒れている人」からの逃避行線上にあるものならば、もはやおなじ官僚組織である。これを言うのも、私は(私自身の属するキリスト教も含めて内省しながら)社会的インテグレーションの成り立ち得る批判的契機を確かめているわけである。この批判的契機の確認の中で、「強盗に襲われて倒れている人」の事実との関係性が、事実的同一性、作用的同一性、意味的同一性、そして最後に根源的同一性を巡って、検証されることが求められる。「同一性の検証」が「友達づくり」による社会的インテグレーションの成否を吟味する手続きなのである。

 現実は、もう一度繰り返すが、どういう時代になっても、「強盗に襲われて倒れている人」を中心にした生活圏(このなかに、全地球共同体が含まれる)の現実なのである。それ以外の夢物語は、現実逃避者の自己弁護にすぎない。そして、一番襲われ倒れ見棄てられたところに、イエスが居られる。隠されたイエスの遺棄性が、倒れた人たちの遺棄性を通して輝く。

 捨てよ、高慢を。破れ、口実を。思想と言い、学問となり、イデオロギーと化し、宗教と崇められている口実を、破れ。ただ現実、遺棄性の現実への探究と苦悩の連帯と喜びの分かち合いの道だけを、「生」と呼べ。「学問」と名付け、「宗教」と覚えよ。これが遺棄性の現実への「裸」(至誠なる人間の姿)となることである。

 「裸」となることである。これこそ肝要なのである。現実に対して「裸」(至誠なる人間の姿)となることによって、自分自身が現実化される。これこそ人間の健康ではないか。そこでは、様々の空想・妄想が打ち消され、偏見と高慢と野心が追放せられるのである。これこそ、人間が人間として健康になること、人間化のプロセスではないか。
そこでは、もはや、甘い「愛」や「奉仕」などという自己評価は第一義的位置を占めない。このような自己評価への意欲は、人間の健康を誤解し、疎外するウイルスだ。「愛」や「奉仕」の団体の救済専門業は、現実と遊離した所に架空の宮殿を築くが、(人類救済機関である「教会」、革命の前衛である「党」などと自称しようとも)現実とは何の関係もない「思想的宗教的政治的広告代理店」に堕することを、つねに深く自省しなくてはならない。

(世界の「自由」を守ると自称するお節介で傲慢なアメリカ合衆国軍隊のした、最近のチュライ皆殺し作戦は、如何にしても理想主義的「暴虐」と言われなくてはならない。架空の宮殿「自由」を目論む者は、現実を破壊しても、現実を助けない。)

 救済者たちは決まって、全世界を心配している口振りなのだ。しかし、それは全世界の「像」を頭に描いて、その中で実は自分を愛しているだけではないかどうか。全世界など心配する必要はない。またその閑もない。心配すべき現実は、つねに此処にあるのだから。此処にうめいているのだから。此処で私は「裸」(至誠なる人間の姿)になるべきなのだから。此処で、私は現実化され、健康に成るべきなのだから。

 「此処」の集まりが「世界」ではないのだろうか。数々の救済機関のリーダーたちが「像」として彼らの脳裡に描くもの、――あれは世界ではなくて、世界「像」という虚構なのである。「此処」からの声は記す、「苦しみの中にも幸福があり、努力する中に幸福があり、助け合い手を取り合って生活する中に、その生き方の中に幸福は潜んでいるのです」(金本晴彦「大阪機工集ろう会について」『こだま』創刊号、1963年3月13日、12頁)。

 (注。時代は巡った。新たな声が聞こえてくる、「今日の低賃金・不安定雇用者の山を生み出したのは九九年と2004年に改正された労働者派遣法だが、さらに元をたどると1995年に当時の日経連が出した「新時代の『日本的経営』」に行き着く。めぐりめぐって百年前の労働環境に戻ってしまったような日本。だからといって「いまこそマルクスを読め」みたいな野暮(やぼ)をいうつもりはないし、共産主義革命なんてさらに論外。だが巷(ちまた)では「超訳資本論』」や「マルクスる? 世界一簡単なマルクス経済学の本」みたいなお手軽入門書が売れているのだそうである。脱イデオロギー、脱教養主義の時代の意外なブーム。昭和四年の空気までがいっしょに戻ってきたんだろうか。複雑な心境である」[斎藤美奈子「むき出しの資本主義――100年前の労働環境再び」、新潟日報2009年2月7日付]。)

 いつも新たに産み落とされてゆく遺棄性(誰かの不幸)の前でその都度「裸」(至誠なる人間の姿)になって手を取り合って生活する者同士が「友達」であり、「兄弟」である。教会とは、見棄てられた人間、イエスに向ってつねに「裸」(至誠なる人間の姿)になる者たちの輪(=和)のことではないのか。十字架に独り見棄てられたイエスの前で、我らのすべての高慢が崩れるということを、我らは経験しなければならない。この根本的な経験なしに、何が教会か、何が礼拝か、神学か。「裸」の人間(無→者)だけが、神の力に満たされるのである。

                   *

 「肉体――物体ではない、《彼のもの》でもなく、また《彼女のもの》でもない、お前の行動なり欲望なりの道具ではない、その究極の裸形における――人間」(ダグ・ハマーショルド『道しるべ』)

「ああ、あなたがわれわれの中に満ちたもうためにはわれわれはどんなにか歓んで空しくありたいことぞ!」(マルティン・ルター『ローマ書講義』)


付記

『友達づくり』は”Tomodachi-zukuri: Die Kunst Feunde zu machen”として、フリッツ・ドマムート博士による紹介記事とともに、スイス東亜ミッションの機関誌『Ostasien』1965年3・4月号に掲載された。拙稿ははじめ洋子ドマムート夫人が英訳され、それと別に私が用意した部分的独訳をもとにして、ドマムート先生自身の「パトスによる自由な独訳」を試みられた由である。損得勘定なしに、日本の現実に「裸」になって真向う先生の自由と正義感と勇気、そしてその底に煌く「啓示現象学」から発する英知、――稀有なる宣教師(同志社大学神学部旧約学講師)ドマムート先生からご教示頂いた教恩は測り知れない。ここに心からの敬意と感謝を表わすものである。スイスと日本のキリストにある宣教的友情が結ばれた。本稿はその証しである。

                                   (『雄鹿』第七号、1965年11月)

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