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つれづれBOOK随想

2008-09-18

『二十一世紀の平和と宗教を語る』

ハービー・コックス、池田大作潮出版社/1500円

  二十一世紀の平和と宗教を語る

 ハービー・コックス氏はキリスト教の神学者であり、世界的な宗教学者であり、ハーバード大学教授である。しかも、アメリカ公民権運動の指導者マーチン・ルーサー・キング博士と行動をともにした行動者である。

 池田大作氏は、言うまでもなく創価学会インタナショナル会長であり、地球平和のために貢献する世界的な行動的仏教指導者であり、創価大学アメリカ創価大学創価学園などの創立者、すなわち教育者である。

 本書は、いうなればキリスト教仏教の対話でもあるという、画期的な試みといえよう。

《コックス:私がいつも思うのは、社会的にも効果のある精神的・道義的な生活を送ることは、自分一人では、なかなか難しいということです。「単独飛行」であっては、決してならないのです。……さもないと、困難な事柄への挑戦は、ひどく孤独で、意気消沈しがちなものになってしまいます》

 まったくその通りだと思う。たしかに「単独飛行」で困難に挑み、乗り越えることは難しい。支え、励まし、勇気づけてくれる人と一緒に活動することが不可欠である。

 宗教とは何か。

《コックス:かつて私の学んだ教授が、こう語ってくれたことを思い起こします。

「……じつは人々が参画するのは宗教や宗派ではない。人々が参画するのは、実際には(礼拝などの)『集会』(コングレゲーション)なのだ」……少なくとも私の宗教観では、こうした「集会」が宗教の基本をなすものと考えています》

 納得である。その「集会」が人々を魅了するものであるかどうかが重要なのだ。

 原理主義者(ファンダメンタリスト)という言葉をよく耳にする。とくにイスラム原理主義は、テロとの関係において、糾弾される。ファンダメンタリスト根本主義者、原理主義者)とは何者か。

《コックス:ファンダメンタリストとは、ある特定の時代や、ある特定の聖典に立ち戻り、その特定の部分を「選択的」に取り出して復活させ、現代の「戦い」に利用する人たちのことです。

 したがって、ファンダメンタリズムは、近代的な現象なのです》

 それは、トラディショナリズム(伝統主義)とはまったく違うものである。

《池田:コックス博士はかつて、私に、キリスト教イスラムの橋渡し役として、仏教への期待を語ってくださいました。

 また、著書では、次のように述べておられます。

仏教が、紛争解決にどのように取り組むべきかという苦悩の中から生まれた宗教であるということは、宗教の紛争解決能力に関心のある人の心を引く事実であろう」》

 この著書は、橋本光平・畠山圭一監訳『宗教と国家』(PHP研究所)として邦訳されている。

  

 よく「寛容」ということが強調され、「寛容でない」という言葉が非難の礫となることも少なくない。しかしながら、コックス博士の指摘するように、「大目に見る」ことを「寛容である」と誤解してはいないだろうか。真の「寛容」とは何か。

《池田:ただ単に他者に干渉しないという消極的な「寛容」ではなく、「他者への前向きな評価を生み出していく」という視点は極めて重要です。

 さらに、一歩進めて、自身とは異なる他者の多様性を受け入れ、その差異に学び、自他ともの成長を目指していく――そういう積極的な、真の意味での「寛容」の精神を、互いに薫発していくことが大切ではないでしょうか》

「他者」と「多様性」と「差異に学ぶ」がキーワードである。

 コックス博士も「他者」について、こう述べている。

《私たちは対話において「他者」に遭遇するのみならず、「自分自身」と遭遇するのです。私たちは対話において人間になるとさえ言えます》

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