コクーン歌舞伎『夏祭浪花鑑』

kenboutei2008-06-15

渋谷でコクーン歌舞伎、今年は『夏祭浪花鑑』平成15年の時のを観ており、また、大阪、ニューヨーク、そして最近はベルリンでも上演しているというから、串田和美コクーン歌舞伎としては、もはや定番の演目。
上演前、まだ客が席についていない頃から役者たちも会場内をうろうろしだし、いつの間にか芝居が始まっていく。芝居中も客席内を自由に行き来し、舞台と客席の境界をなくすのが、このコクーン歌舞伎の一つの特徴であったが、今回は芝居の開始時間そのものを曖昧にすることで、芝居世界の時間と現実の時間の境界をなくそうとする演出。こういう試みはとても素敵である。(以前買っておいた、平成16年のニューヨーク公演のビデオを観ると、やはり今回と同じような始まりであった。もしかしたら、平成15年のコクーンも同じだったのかもしれないが、二階席の端で観ていたせいか、出だしについては、あまり印象に残っていない。)
いつの間にか舞台では喧嘩が始まり、客席の中にいた役者たちが、慌てて舞台に駆け上がったりする。その中で、勘三郎の団七が登場、刃傷沙汰で捕まってしまうところを見せる。最初から勘三郎が出るので客席も盛り上がるのだが、その分、「鳥居前」で、むさくるしい髭面から、すっきりとした男前になる、いつもの歌舞伎での見せ場の効果が薄れてしまった部分もある。
鳥居前で、団七の倅市松が、久しぶりの対面で団七に抱きつく時、「パパ!」と言っていたように聞こえたのだが、気のせいだろうか。
その後の流れは、前回観た時とあまり変わらない。相変わらず、「長町裏」まで一気に突っ走る。
「三婦内」のお辰が勘太郎。歌女之丞の三婦女房おつぎとの会話で、お互いの台詞を被らせるなど、串田演出は今回も歌舞伎の骨法から外れようとしている。勘太郎と歌女之丞が一緒に「磯之丞様!」と声を揃える場面もあり、こういうやりとりは、従来の歌舞伎では絶対に起こりえない。その台詞の応酬は結構面白いのだが、逆に竹本の入る間が非常に難しくなっており、この場を語った鳴門太夫もさぞ大変だったのではないか。おそらくコクーン歌舞伎を現代劇の視点から追求していくと、だんだん竹本などは邪魔になるばかりであり、古典である義太夫狂言コクーン歌舞伎的演出の融合は、より難しい岐路に立っているのではないかと感じた。(その試行錯誤として、一方で和太鼓の多用などもあるのだろう。そのうち、この「夏祭」も、他のコクーン歌舞伎のように、トランペットやロックなどを使うようになるかもしれない。)
勘太郎はますます親父に似てきたなあと思ったが、お辰は平凡な出来であった。
「長町裏」では、笹野高史の義平次が見事。昨年の『三人吉三』での笹野高史は、歌舞伎の芝居から遠い現代劇であったことに大いに感心したのであったが、今日はその反対で、どんどん歌舞伎役者っぽくなっていることにまず驚き、そして、時に思い入れたっぷりの演技が、実に違和感なく芝居に溶け込んでいるのに、更に驚いたのであった。勘三郎との息もぴったりで、文句なく今日一番の出来。それにしても、「三人吉三」での笹野と「夏祭」の笹野。この二つの芝居における彼の演技の違いが、コクーン歌舞伎とは何であるかの、一つの解答なのかもしれないと、思うのだった。
殺しの泥場は、案外あっさり。泥があまりにもサラサラしすぎて、ただの汚れた水にしか見えない。もっと(文字通り)こってりした泥場の方が良い。
休憩を挟み、二幕目の田島町と捕物。特に捕物は、観客は大喜びだが、自分としては余計な付け足しにしか思えない。あのミニチュアセットも、どうも馴染めない。最後は、舞台奥が開き、パトカーも登場。当然のように、観客総立ちのスタオベで終わる。何となく、どこか見慣れた風景。人気のミュージカルを観ている気分にもなるが、コクーン歌舞伎にそういうものを求めているのではないという気持ちも、正直言って、自分の中にはある。
勘三郎、今回は団七一役だが、どこか印象が薄い。橋之助の徳兵衛、弥十郎の三婦、扇雀のお梶らも、もうお馴染みになったせいか、特筆すべきこともない。七之助琴浦も平凡。(どうも笹野高史以外の役者の芝居が面白くない。逆説的なようだが、そこが、コクーン歌舞伎の一つの進化なのかとも思うのだが。)
芝のぶの磯之丞は、ただの女形が演じる和事の役。全ての悲劇はこの男の好色・放蕩から始まるのであり、その危険な色気、香りが決定的に乏しい。
内田有紀が、椅子席最前列に。黒のワンピースのドレス姿が美しかったが、一番見やすい席なのに前のめりになるなど、あまりお行儀は良くなかった。
西の桟敷側で、串田和美が目立たぬように立ちながら、舞台を確認していたのが印象的だった。
会場入り口に、大阪から応援にきたという、くいだおれ人形が飾られてあり、カーテンコールの時には舞台に立っていた。(今日で最後だったとか。)

渋谷へ行くのに、いつもは半蔵門線なのだが、副都心線開通直後だったので、わざわざ都営新宿線新宿三丁目に行ってから、副都心線に初乗り。結構な人出で、アキバの事件や東北の震災などとは無縁の平和な風景に、ちょっと複雑な気分。
渋谷に着いてから少し時間があったので、パブ風の店でギネスを一杯ひっかけてからコクーンへ。
帰りは大人しく半蔵門線で帰る。疲れた。