『心中天網島』

kenboutei2009-03-14

神保町シアターは、今日から新しい企画、「浪花の映画の物語」。大阪を舞台にした映画の特集。
さっそく、11時の回の『心中天網島』を観る。篠田正治監督。
篠田監督が、脚本の富岡多恵子に、ラストの心中場面のロケ地のことを電話で話している場面から始まる。
その時映し出されているのは、実際の文楽の上演の舞台裏。黒衣が大勢動き回っている。(演目は、『妹背山』かな。)
その中の一人の黒衣に、浜村純。一見すると、本当に人形遣いの技芸員のようである。
そして、大夫らしき声で、『心中天網島』のタイトル・コール。
ようやく文楽の舞台から離れ、実写の物語が始まるのだが、その後も、黒衣が劇中に普通に登場し、主人公たちの行動をじっと見つめていたり、必要な小道具を手渡したり、舞台転換に動き回ったり、最後は心中の手助けまでする。映画というより、演劇的手法。物語に黒衣が割り込むやり方は、コクーンの串田歌舞伎でもよく観られるが、舞台ではなく、映画の方で既にこういう演出をしていたのが、ちょっと意外であった。
台詞もできるだけ原作通りで、近松の文学性に近づこうとする、いかにも芸術好みなATG映画(音楽も武満徹だ)という感じだが、浄瑠璃文楽の上演を知らなければ、「河庄」と「治兵衛内」への転換などが唐突すぎて、かなりわかりにくい映画であったと思う。
しかも主演の吉右衛門岩下志麻は、上方の味が薄いので、近松の詞章を味わうには物足りない。このキャスティングだったら、ストーリー中心の正攻法的な映画作りの方が良かったと思う。(今の歌舞伎にしても、吉右衛門で治兵衛をやることなど考えないだろう。)
一方で、素晴らしかったのは、おさんの両親を演じた、加藤嘉河原崎しづ江。この二人の芝居を観られただけで、今日は来たかいがあった。
特に長十郎の妻である河原崎しづ江の、堂々たる悪婆ぶりは凄い。今の歌舞伎役者でもここまで演じられる者はいないだろう。どこか歌右衛門の万野を彷彿とさせるところがあった。
この映画は1969年の作品で、当時の長十郎は前進座から除名された直後でもあり、演劇界では孤立していた頃だと思うのだが、同志でもあった妻が、こうして映画で活躍していたというのが、非常に興味あるところだ。
加藤嘉の方も、確か共産党員だったはずで(いつまでそうだったのかは知らないが)、既に共産党も除名されていた長十郎との関係を考えると、これもまた興味が尽きない。そもそも、こういうキャスティングをした篠田監督も凄いなあ。(まあ、河原崎しづ江の出演は、岩下志麻の実の叔母であったということの方が大きいのだろうが。)
岩下志麻は、いつもクール・ビューティーのイメージが強いのだが、この映画では可憐さ、可愛さがあった(特に二役のうちの小春の方)。
吉右衛門の治兵衛が小春の下半身にむしゃぶりつく描写が大変良い。
シャープな白黒画像は、心中で突き刺された小春の血のドス黒さを表すのに、とても効果的であった。
心中天網島』に対する実験的な試みは、以前紀尾井ホールで、今は亡き呂大夫が、スライドを使って語ったことがあり、時々、それを思い出しながら観ていた。

心中天網島 [DVD]

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