三月新橋演舞場・昼夜

kenboutei2013-03-03

歌舞伎座控櫓(?)としての新橋演舞場公演も今月が最後。今日は、地下鉄とつながったばかりの新歌舞伎座の地下ロビー(木挽町広場というらしい)で幕の内弁当を買ってから来場。
今月の演舞場は、菊五郎劇団若手中心+αの座組。最近の菊五郎劇団の充実ぶりを知らしめると同時に、結果として、これからの歌舞伎を語る上では、案外一つのターニングポイントになるような気もする興行であった。(コストパフォーマンスは度外視。)
 
昼の部
『妹背山婦女庭訓・御殿』菊之助のお三輪、松緑の鱶七。
菊之助初役のお三輪は、独吟がなく、いじめ官女に花道まで運ばれる、いわゆる玉三郎型。昨年のルテアトルの再現のよう。
最初の花道の出の美しさに、まず見とれてしまった。まさに旬の花形の魅力。七三で立ち止まった時の堂々とした佇まい。最近の結婚会見でも感じられた、歌舞伎を支えていこうとする自負と、今の自分への揺らぎのなさが、この七三での立ち姿にも顕れているようであった。内面の心の充実が、美しさにもつながっていたのではないだろうか。(贔屓の勝手な思い込みだが。)
本舞台に入り、五代目半四郎ゆかりの「お留守かえ」の後ろ姿の形は、案外平凡。
官女のいじめは、テアトルの時と同じく、最近の中では控え目。さらに菊五郎劇団ならではの脇のうまさで、面白かった。
疑着の相は、玉三郎ほどの凄みはなく、ここはまだこれからという感じ。
しかし、刺されて殺される場面の哀感はなかなか良かった。菊之助のお三輪は、まず持っていた苧環をすっと落とす。糸が一本指に残っており、その糸を手繰り寄せて苧環を戻し、そこに残っていた糸を二三回巻き、そして苧環を愛しそうに抱きかかえ、死んでいく。その手順が自然で、最後まで求女を想うお三輪の気持ちが、ストレートに伝わってきて、強く印象に残った。
総体的に、菊之助のお三輪は、前半の娘の愛らしさ、純粋さの方に良さがあり、玉三郎雀右衛門歌右衛門のような、疑着の相からの情念や異形の魅力には乏しい。これは淡白でサラサラした芸質である音羽屋の血筋なのだろう。『御殿』は六代目や梅幸も演じており、できれば玉三郎型とは違う、音羽屋のやり方でのお三輪も観てみたい。(『合邦』の玉手についても同様。)
松緑の鱶七は、テアトルでも観たが、前半はテアトルの時より悪い。特に台詞廻しがまずく、何とも聴きづらい。義太夫の語りを意識しているのは伝わってくるが、言葉の頭だけを強くして、その後が平板・単調なので、音痴のように思えてしまう。松緑の台詞は、昔からこんな感じで、なかなかクセが取れないのが残念。隈取りもややキツめで、アニメの妖怪人間(ベロ、もしくはベラ)の顔に似ているように思えて、いただけない。
「どれ、聞きやんしょう」の前に、下手から中央に移動する時、スキップを踏むような動きとなり、これも軽すぎて違和感があった。
後半の金輪五郎になってからは、台詞も顔も多少立派となり、ここで挽回した感じ。
右近の橘姫もテアトルの時と同じだが、こちらは前より良かった。松緑とは対照的に、求女役の亀三郎とともに台詞廻しが良く、この二人でようやく丸本歌舞伎っぽさが出てきた感じとなった。
亀三郎の求女は意外な配役。見た目の華やかさに欠けるのは是非もないが、やはり台詞はうまい。願わくば鱶七役で観たかったところ。(劇団内の力学では難しいか。)
団蔵の豆腐買いは、岩藤を観ているような感じ。
冒頭の彦三郎の入鹿が、顔、台詞、身振りと古怪、奇怪、痛快。座頭格の立派さ。
『暗闇の丑松』松緑の丑松、梅枝のお米。
梅枝の上手さに驚嘆。年齢に似合わない落ち着き。達者。そして、毎度思うことだが、古風な顔の作り。
梅枝のお米は、ただの薄倖な女性ではなく、情の強さがある。時蔵福助扇雀で観た時とは違う、新しいお米像であり、同時に、この古風さと情の強さは、梅枝という女形の持つ魅力でもあろう。今の若手女形では、極めて貴重な味わい。
松緑は、亡父の持ち役でもある丑松役に熱演ではあったが、空回りの感あり。梅枝とは真逆で、古風さや落ち着きが足りず、感情を発露する度、どうしても幼く感じてしまう。
萬次郎のお熊、権十郎の当四郎、団蔵の四郎兵衛、高麗蔵のお今と、菊五郎劇団がしっかり脇を固めて(高麗蔵は違うか)、松緑・梅枝コンビを支え、劇団のレパートリーを新しい世代に引き継いだのは素晴らしい。(といっても、個人的にはあまり好きな芝居ではないけれど。)
松太郎の板橋の使いも、ぶっきらぼうだが自然で、本当に当時はこういう人がいたんだろうなと思わせた。

夜の部
『一條大蔵譚』昨年末に国立で吉右衛門、つい先月も文楽で観たばかりなので、多少食傷気味。
染五郎初役の大蔵卿で、「檜垣」と「奥殿」。
「檜垣」の最初の出は、バカ殿に見えないようにするのはなかなか難しいところ。染五郎の場合、やはりバカ殿であった。それもかなり度の強いバカ殿。(もともと染五郎は、普通の白塗りで口を開けると、多少、そのイメージがあるので、想像はしていたのだが。)
吉右衛門に教えてもらったそうだが、まだまだ発展途上と思うが、後半も飽きさせずに最後まで見ることができたので、今後に期待。
松緑が鬼次郎で、今月は松緑奮闘である。
壱太郎のお京が、梅枝とは違った意味合いの古風な色があって良かった。こちらは、上方の匂いとおっとり感が漂う。大蔵卿に所望されての舞が、しっかりしていて良かった。
芝雀常盤御前は、この座組ではさすがに格上の存在感。
幸太郎の茶屋亭主が、プロンプに「え?」と聞き返すが、それもまた一つの芝居になっていて、面白かった。
『二人椀久』染五郎菊之助。おそらくは富十郎雀右衛門バージョンなのだろうが、全然そんな感じはしなかった。何の印象も残らない。この二人なら、仁左衛門玉三郎バージョンの方が良かったのではないだろうか。
それにしても、これは昼の部のお三輪でも思ったことだが、菊之助の化粧顔は、玉三郎そっくりである。ここまで似せる必要はあるのだろうか。教わっていると、自然にそうなるものなのであろうか。綺麗であることには間違いないが、菊之助自身の個性が埋没していきそうでもあり、それが気がかり。

これで追い出し?と驚くほど早く、午後7時30分前には終わってしまった。(夜の部の開演は、いつも通り午後4時30分なのだが。)