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見聞読考録

2017-09-19

『すごい進化 - 一見すると不合理の謎を解く』

「すごい進化 - 一見すると不合理の謎を解く」

鈴木紀之(著)


ご本人にわざわざオランダまで送っていただいた(!)ノリさんこと鈴木紀之博士の一冊。

先日,ポーランドに向かう飛行機の中で読み終えました。


書評は後日,また改めて書くとして。ひと言。


最高でした。


まだ読んでない人は,早く読んだ方が良いです。

初心者から専門家まで,知的好奇心を満たしたい全ての人にオススメの一冊。


追記(2017/10/22)

Amazon に書評を書きました。どれが僕のコメントかは,内緒。


見聞読考録 2017/09/19

2017-09-04

書籍紹介,というタイトルの友人自慢

周りの人たちが続々と本を出版している。

いよいよ凄まじい冊数になってきた。


ナニゴトかっ!

であえ!であえーっ!


ちなみに僕はまだ一冊も読んでいない。

遥か遠方のオランダの地より,指を咥えてヨダレを垂らしているだけである。


唯一,鈴木紀之博士はわざわざオランダにまで自身の著作「すごい進化」送り届けてくださった。

ノリさんありがとう!ノリさん最高!


まだ途中だが,はっきり言って素晴らしい。

書評はいずれ,もう少し落ち着いたらここに書こうと思う。


とにかく。

とても嬉しいので,ひとつずつ紹介していきたい。


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まずは恩師,東北大学の千葉聡教授の本を紹介すべきだろう。

みんな大好き,チバちゃんの書いた一般書である。


歌うカタツムリ - 進化とらせんの物語

千葉聡(著)

岩波書店,2017/06/14


すでに読み終えたという妬ましい友人たちの談によると,後世に残すべき「傑作」とのこと。そりゃそうだろう。想像に難くない。


あれは,岩波書店の科学般誌「科学」2011 年 8 月号の記事だっただろうか。特集として小笠原諸島が取り上げられたときに千葉さんが寄稿したらしい文章を,何気なく読んだことがある。


それはまぎれもなく「傑作」の片鱗を見せるものだった。カタツムリのひしめく常夏の楽園とそこで繰り広げられる美しい進化の物語,そしてそれを襲った人為破壊と外来種の悲劇に,読者は皆,心を握りつぶされるような思いをしたことだろう。


文字の羅列に収まらない色鮮やかな世界に,あれほどまでに惹き込む文章の書き手はそう多くないだろう。思わず千葉さんのページだけを破いて,クリアファイルに保存した。


嗚呼,帰国後に本書「歌うカタツムリ」を読めることが今から待ち遠しい!


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あとは(ほぼ)時系列に沿って紹介していこう。

次は森林総研の川上和人博士の書いた「鳥類学者だからって,鳥が好きだと思うなよ」。


タイトルからしてもうね,どこのプロの物書きだとツッコミを入れたい。

川上さんの本業はあくまでプロの鳥類学者である,今のところは。たぶん。だよね?


鳥類学者だからって,鳥が好きだと思うなよ

川上和人(著)

新潮社,2017/04/18


とはいえ,川上さんとはそれほど深い間柄ではない。研究室の先輩と深い繋がりがあり,彼の口から様々なとんでもエピソードを聞かされたり,前作「鳥類学者,無謀にも恐竜を語る」を読んで,是非とも会ってみたいと思うようになった。言わば,ファンである。それ以降は幸運にも,何度か話す機会に恵まれ,先日もふらっと研究室にお邪魔したが,川上さんが僕をどれほど認識しているのかは定かではない。


こないだ話したあの感じ,僕にも思い当たるフシがある。


川:(ああ,このひと知ってるぞ,えっと誰だっけ,誰だっけ。)

川:(ああ,やばい名前が出てこない,誰?てか誰?!)

川:(ああ,こんなに馴れ馴れしく話されてもう今さら名前聞けないどうしようやばい!)

川:(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!)

川:(...ま,いっか。)


そう。きっとこんな感じだったに違いない。

もう良いっすそれでも。僕はこれからも勝手にファンやってますんで。


鳥類学者,無謀にも恐竜を語る

川上和人(著)

新潮社,2013/3/16


今ちらっと見てみたら,「鳥類学者,無謀にも恐竜を語る」はもはや前作ではなくなっているではないか。


そもそも島に進化あり

川上和人(著)

技術評論社,2016/07/08


全然知らなかった!ファン失格だぁ!

帰ったら買おう,両方とも買おう。


川上和人 × 高柳明音(SKE48)「鳥類学者という蛮族がいた!知られざるその生態,または鳥たちは誰についていくのか」


ついでにヘンなの見つけた。なんだよもう有名人じゃないか。てか,服装がすでにおしゃれすぎるんだよ。芸能人顔負けだよ。いつでもこんなにバシっと決めてるの,僕の界隈じゃ川上さんか五箇さんくらいじゃなかろうか。


あとは佑磨さんはそのポテンシャルがあると思うなぁ,あれはまだ化ける気がする。時間の問題ではなかろうか,今でも十分過ぎるくらいいろいろと凄いのに恐ろしい話だ。。


伝わるデザインの基本 増補改訂版

高橋佑磨,片山なつ(著)

技術評論社,2016/08/05


それに「鳥類学者,無謀にも恐竜を語る」は恐竜部門で,「鳥類学者だからって,鳥が好きだと思うなよ」は鳥類学部門で,Amazon のランキングのベストセラーを獲得してる!あんたバケモンか!


嗚呼,帰国後に本書「鳥類学者だからって,鳥が好きだと思うなよ」を読めることが今から待ち遠しい!


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男前の前野ウルド浩太郎博士とは,数回お酒を飲み交わした程度のつきあいだが,それでも大切な友人だと主張したい。例え,向こうが僕を覚えていなかったとしても,だ。


忘れられていたらどうしよう。


処女作「孤独なバッタが群れるとき」も非常に面白かったが,今作「バッタを倒しにアフリカへ」はそれを上回るとの話も聞く。とはいえ前野さんも川上さん同様,その奇抜なキャラクターで今や一躍有名人となりつつあるようだ。僕がここで紹介をする必要ももはやないのかもしれない。今作「バッタを倒しにアフリカへ」も,Amazon のランキング(昆虫学部門)でベストセラーに選ばれているし。凄いなぁ。


バッタを倒しにアフリカへ

前野ウルド浩太郎(著)

光文社新書,2017/05/17


孤独なバッタが群れるとき - サバクトビバッタの相変異と大発生(フィールドの生物学)

前野ウルド浩太郎(著)

東海大学出版会,2012/11/11


ご本人の綴る,抱腹絶倒のブログもおすすめ。


砂漠のリアルムシキング

http://d.hatena.ne.jp/otokomaeno/


嗚呼,帰国後に本書「バッタを倒しにアフリカへ」を読めることが今から待ち遠しい!


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修士論文執筆の際に苦楽を共にした戦友,小塚拓矢氏の本も凄い。


怪魚大全

小塚拓矢(著)

扶桑社,2017/08/02


いや,まだ中身を見たわけじゃないけど,絶対凄いに決まっている。何しろ処女作にして「怪物狩り」のあのクオリティだ,今作はどれほどカオスなものになっているのだろう。本を開いた瞬間に爆発するかもしれない。楽しみすぎる。


怪物狩り - 世界“旅的”個人釣行ビジュアルガイドブック

小塚拓矢 (著)

地球丸,2010/08/01


それにしても,小塚さんもすっかり有名人だなぁ。

書籍もものすごいペースで出版しているし,凄いことだ。


ちなみに小塚さんは自身の立ち上げた株式会社 Monster Kiss で,オリジナルのロッドや関連商品も販売している。海外に簡単に持って行ける,いかなる怪魚にも耐えうる,コンパクト&タフがコンセプトであると僕は理解している。買ったことはないが,素晴らしいロッドであることはわかる。そういう人生を送ってきた小塚さんにしか作れない,そういうロッドなのだろうと思う。凄いことだ。


Monster Kiss

http://monsternet.base.ec


嗚呼,帰国後に本書「怪魚大全」を読めることが今から待ち遠しい!


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さらに農研機構の林健太郎博士。僕をオランダ王国,果ては北極圏のスピッツベルゲン島へと誘った張本人である。一昨年からの付き合いだが,なんだかもっとずっと昔からの友人のような気がしている。我ながら馴れ馴れしすぎてもはや笑うしかない。が,林さんはそんな小生意気な若造の不遜な態度に,口うるさく小言を言うような方ではない。いかなる無礼な行いすらも大らかに包み込んでしまうような,そういう懐の大きなたいへん素敵なジェントルマンなのである。なので,大丈夫である。


そんなビッグなナイスガイこと林さんがこの度,本を出版した。

なんと,ホッキョクギツネを主人公にした絵本である。


薫風のトゥーレ

林健太郎(著)

幻冬舎,2017/08/18


それこそ内容は全くわからない。想像すらできない。

どんなストーリーになっているのか,楽しみで仕方がない。


考えても見てほしい。


ミツユビカモメの鳴き交うコロニーに,ホッキョクギツネが住んでいた。

巣穴から出てきたのは可愛らしい小ギツネと,それを見守る凛々しい母ギツネであった。


...それで?


子育てにはどのくらい時間がかかるのだろうとか。

巣穴はどの程度の規模なのだろうとか。

うっかり落っこちてしまう可哀想なミツユビカモメの雛を,どの程度の頻度で得ることができるのだろうとか。


そういうことではない。

そういうことを考えていても,絵本は書けない。


絵本を書くには,全く新しいストーリーを想像しなければならない。

何か根本的に思考の軸を変えなければならないのではないかと思う。

とても真似できたものではない。凄い。


嗚呼,帰国後に本書「薫風のトゥーレ」を読めることが今から待ち遠しい!


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最後はカリフォルニア大学の鈴木紀之博士。通称,ノリさんである。僕が博士課程を過ごした東北大学の研究室で隣の席に座っていた,ダンゴウオのような愛らしい顔をしたまっちょでおちゃめでかっこいいお兄さんである。


ノリさんと過ごした博士課程の 3 年間は,それはそれは素晴らしいものであった。ノリさんがいなかったら,今の僕はない。今にも増して幼いままだっただろうと思う。僕にとっては大切な友人であると同時に,師匠のような存在でもある。


隣の席でノリさんが頭を抱えている。

そしてゆっくりとこちらを向き,持ち前の重低音を効かせて問いかける。


ノリ:...モリーちゃん,なんでこの世には男と女がおるんやろう。


僕:な,なんででしょう。。


明くる日,またも隣の席でノリさんが頭を抱えている。

そしてゆっくりとこちらを向き,持ち前の重低音を効かせて問いかける。


ノリ:...モリーちゃん,なんでヒトはバンジージャンプをするんやろう。


僕:なな,なんででしょう。。


こんなたわいもない,それでいて深い深い議論を,僕らは毎日のように繰り返していた。


すごい進化 -「一見すると不合理」の謎を解く

鈴木紀之(著)

中公新書,2017/05/19


嗚呼,帰国後に...,違う!


本書はすでに手元に届いている!

ノリさんありがとう!ノリさん最高!


Amazon にもいずれ書評を載せよう。絶対,載せよう。

贔屓目抜きで「星 5 つ」確定だし,ここで宣言しても問題ない。


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他の方々もオランダでひとり寂しくブログを書いている僕に,著作を送ってくださっても良いですよ!アドレスは下記ですよ!


Arctic Centre, University of Groningen, Aweg 30, 9718 CW Groningen, The Netherlands


送ってくれたら Amazon に書評も書きます!むっちゃ書きます!

面白くなかったら書きませんけど!


見聞読考録 2017/09/03

2017-09-02

THE LAB

科学研究における不正を防ぐためのプログラムを受けた。


研究活動に関する不正防止研修(2017 改訂版・日本語)という DVD を見て,内容を理解し,テストに回答するというものだった。海外に出張中の身の上なので,DVD という処置が取られたのかもしれない。


研究活動というものは往々にして,科学とは関係のない様々なしがらみを伴い,様々な摩擦の中で行わなければならないものである。他の研究者との競争もあるだろうし,研究室のボスからの重圧もあるかもしれない。金銭的な支援を受けている企業からの圧力だって考えられる。


そんな中でも科学に対して誠実に,科学倫理に則って研究を行うことは,研究者として何よりも重要なことである。というより,それができないのであれば,研究をしてはいけない。どんなに素晴らしい発見をすることよりも何よりも,まず第一に守らなければならない科学研究の大前提である。


それは良い。それはわかっている。そして,ヒトは過度のストレスにさらされた時に,その大前提すら守れないことがあることも,理解しているつもりである。問題は,なぜそういうことが起こってしまうのか,どうすれば起こらないようにできるのか,ということである。


違うだろうか,いやそのはずだ。


なのに,このプログラムの内容はなんだ。


例えば,選択式のテストに記載されていた下記のような「誤り」の文章。


・科学の発展を進めるためには,さまざまな研究活動に関して,法令や規程,ガイドラインを守らないことも,時には必要である

・寄附金を財源とする研究においては,寄附者の了解があれば,捏造は認められる

・万が一,悪意の不正行為の申し立てがあった場合に,調査が実施できないよう,論文発表後は速やかに関係する研究資料を処分する必要がある

・科学者の名の下,研究の自由は無制限に認められており,科学者は何をやってもよい存在である


いったいどこの誰が,これを選択するというのか。

ふざけるな,馬鹿にしているのか。


読まされる身にもなって欲しい,人様の時間をなんだと思っているのだ。

まさに時間のムダ,そのものである。


不正が起こる背景にある問題は,内容を理解しているかどうかとか,そういう小手先の問題ではないはずだ。


例えば,指導教官が怖すぎて教官の言うことに逆らえず,ついには教官の提唱する仮説に沿うようなデータを学生が改ざんしてしまう,とか。

例えば,有名になりたくて,でかい発見をしたようなデータを捏造してしまう,とか。

例えば,お金が欲しくて,研究資金を私的に流用してしまう,とか。


3 つ目の動機などはもはや論外だが,それでもそういう事例は後を絶たない。 1 つ目なんかはあってもおかしくない,世界のどこかではきっと実際にあっただろう。2 つ目の内容などは STAP 細胞の事件などがまさにこれに近い,実際の動機など知らないが。


そういう背景にある動機に着目しなければ,不正を防ぐことなどできはしない。


例えば,北大でちょっと前にとんでもない不正をやらかした研究者がいたが(動機は 3 つ目),彼(彼女)なんかが研究者の倫理を理解していなかったとは思えない。理解した上でやっていたのであろう。


人を殺しておいて,「人を殺してはいけないと知りませんでした」なんていう囚人はまずいない。人間社会のルールを知りながらも,何らかの理由で殺してしまうのが普通だろう。研究倫理についても,それを理解しているかどうかなどもはや問題ではない,いかなる理由があろうとも絶対にやってはいけない,ということを理解させることが重要なのだ。


だからテストなどやっても意味はない。

DVD を見せるのなら,見た,という証拠さえあればそれで十分なはずだ。


それに DVD の内容も散々であった。

極めて正確に,相当に難解な文章で,非常に事細かく,それでいて雑多に説明されている。


正確なのは良い。それは良い。


難解な文章で表現するのは,良くない。せっかく画像を見せているのに,文字の羅列ばかりというのも芸がない。あるいは,今回のような場合では仕方のないことかもしれない。これほどシリアスな内容を平易な言葉や図で説明するのは,確かに難しいだろう。


事細かく雑多なことは時に非常に問題がある。北大のシステムがどうだとか,どこどこの部署がなんだとか,そういう細部をいちいち説明して必要以上に分量を多くしては,本当に重要な話の肝が見えなくなってしまう。たったの 10 だけ知っておけば良かったものを,100 も無理やり詰め込まれたせいで,最も大切な最初の 10 が抜け落ちてしまっては意味がない。終いには何も頭に残らないということにだってなりかねない。


一介の研究者が知っておくべきことと,事務員や管理者が知っておくべきこと,あるいは研究室の責任者や総長のような人物が知っておくべきことの全てを,ごちゃっと一括りにして,数年先には北大にいるかどうかもわからない若造に見せてどうしようというのか。


何のために。


何 の た め に !!


本当に防止する気があるのか,と首をかしげずにはいられない。

ちゃんと考えて欲しい。


すぐに目的を見失って,手段が目的になってしまうのは,日本人の得意とするところである。

北欧にいるとそう感じることが多い。


恥ずかしいことである。

自分が愚かであるということを,端的に示しているのだから。


恥ずかしいことこの上ない。

作成者は反省して欲しい。


かたや,U.S. Department of Health & Human Service の提供する,不正防止プログラム "THE LAB" などは極めて秀逸である。


それぞれの立場の葛藤や不正の動機,研究室内外の摩擦と,その先に待ち受ける未来を上手く表現している。それから,その悪夢のような未来を避けるにはどうすべきかもきちんと提示されている。どういう研究機関がどのようなサポートをしているのか,どのような手段が有効なのかも。


驚くべきことに日本語版もある。素晴らしい。なんと親切な。


THE LAB, U.S. Department of Health & Human Service

https://ori.hhs.gov/thelab


f:id:kenbun:20170902011950p:image:w640


これを見れば,研究不正というものが決して他人事などではない!と誰もが思うことだろう。全ての研究者が見ておいて損はない。いや,是非とも見て欲しい。物事の選択肢が増えどんどん複雑になっていくこの社会において,科学に誠実な研究者であり続けるためには,他人事ではないと個々人が認識することが何よりも重要なのかもしれない。


これと比較して,北大のは非常に残念な出来であった。

ついには 3 択の問題が羅列されたテストって。はっ,馬鹿馬鹿しい。


僕には北大の DVD は,研究者が不正をしたときに北大が言い訳をするための布石にしか思えなかった。


見聞読考録 2017/09/01

2017-06-04

『働かないアリに意義がある』

北大農学部の進化生物学者,長谷川英祐博士による話題作。部屋が向かいで,飲み仲間でもあるということで,せっかくなので購入して読んでみた。


「働かないアリに意義がある」

長谷川英祐(著)


端的に言って,素晴らしかった。まぁベストセラーになるほどの話題作だし,普段の会話を思えば,そんなことはわかりきっていたのだけれど。


まずは,タイトルにもある「働かないアリ」についてのレビュー。アリを始めとする真社会性生物のコロニーがどのように維持されているのか,個体の「反応閾値」が異なることが,コロニーの存続にいかに寄与し,ひいては「働かないアリ(=働きたいのに働けないアリ)」の存在がいかに有意義であるのか。などと言った,真社会性生物に関する網羅的な研究の紹介。


例え話を使って非常にわかりやすく書かれているし,不慣れな研究分野を俯瞰するような達成感があった。


もちろん科学書としても良質だったのだが,僕にとって殊にこの本が素晴らしかったのが,強烈な社会的メッセージを発していることである。「身につまされる最新生物学」という売り込みの通りであった。


さらに,主義主張があることも素晴らしい。ただのレビューではない,その先の面白さを鮮やかに提示していた。特にダーウィンに挑むまでのくだりは,画期的ですらある。何気なく書かれていたが,そんな次元の話ではない,世界が変わるほどの話に思えた。


著者あとがき「変わる世界,終わらない世界」には心が震えた。


私は,普段人々が気にも留めないちっぽけなムシたちを主な研究材料にしています。実学的な意味ですぐに役に立つことはありません。しかしムシ眼鏡を通して人間の世界を見ると,実に面白い。様々な環境が変わりつつあり,いままでのやり方が通用しなくなりつつある日本という人間の社会が,どうしようとしていて,それはどのような結果をもたらすだろう,など,普通に行きていたのではまったく見えないであろう世界を,ムシのグリグリ眼鏡は私に見せてくれます。


心理に出会えた瞬間はとても感動的で,良質な芸術がもたらしてくれるのと同質な感動を与えてくれます。基礎科学は,すぐ役に立たないという意味で働かない働きアリと同じです。しかし,人間が動物と異なる点は無駄に意味を見出し,それを楽しめるところにあるのではないでしょうか。お話してきたように,生物は基本的に無駄を無くし,機能的になるように自然選択を受けていますから,無駄を愛することこそがヒトという生物を人間たらしめているといえるのではないでしょうか。


科学の中に短期的なムダを許さない,余力のない世界をつくってしまうとどうなるのか?


変わる世界,終わらない世界がどのようなものになっていくかは誰にもわかりません。しかし願わくは,いつまでも無駄を愛し続けてほしい。短期的な効率のみを追求するような世界にはなってほしくないと思います。ちっぽけなムシが示しているように,そういう世界は長続きしないかもしれませんし,なにより無味乾燥で,生きる意味に乏しいと思います。


社会が息切れしそうになったとき,働かない働きアリである私や,他の生物の研究者たちの地道な基礎研究が,「人間」が生き続ける力となればいいなぁ。確かなことはわからないけれど。


ちゃんとした研究者が,ちゃんとしたメッセージを,科学だけでなく社会に対しても発信することは,今の日本を,あるいは世界を鑑みて,極めて重要であると思う。長谷川さんは,ちゃんと哲学してるなぁ。。


留学先のオランダで先進国のなんたるかを否応なく見せつけられ,日本の不甲斐なさに気付かされるにつれ,勇気を持って発言することの尊さを思わずにはいられない。本書の放つ,正しい科学に基づく強烈なメッセージを,全ての日本人が理解すれば,もしかすると世界が変わるかもしれない。


ルクセンブルクへ向かう車窓に映る山間の河の流れを追いながら,そんな慰めにもならない妄想を膨らませた。


見聞読考録 2017/06/03

2013-10-05

『震える牛』

震える牛

相場英雄(著)


ここに書かれていることは過去に実際に起きた痛ましい事件の暗示かもしれない。

あるいはこれから起こる暗い未来の予言かもしれない。


そう思えるほどに、現代社会の闇を生々しく描写している。


“幾度となく、経済的な事由が、国民の健康上の事由に優先された。秘密主義が、情報公開の必要性に優先された。そして政府の役人は、道徳上や倫理上の意味合いではなく、財政上の、あるいは官僚的、政治的な意味合いを再重要視して行動していたようだ”


上記は、この小説の冒頭で引用されている、エリック・シュローサー(Eric Schlosser, 1959/08/17-, アメリカのジャーナリスト)の著書『ファーストフードと狂牛病』の文章。この小難しい文章を、誰にでもわかるように、現実よりもリアルに、何よりも雄弁に、描き直されたものがこの『震える牛』という小説だといえるだろう。


“直面している大きな課題は、市場の道徳観念の欠如と効率性とのあいだで、しかるべき落としどころを探ることだ。事由を謳う経済システムは、しばしばその事由を否定する手段となってしまう。二十世紀の特徴が全体主義体制との闘いであったとすれば、二十一世紀の特徴は行き過ぎた企業権力をそぐための闘いになるだろう。極限にまで推し進められた自由至上主義は、おそろしく偏狭で、近視眼的で、破壊的だ。より人間的な思想に、取って代わられる必要がある”


“そもそも消費者とは、われわれ全員のことだ。この国最大の経済的集団であり、どんな経済的集団であり、どんな経済決定にもことごとく影響を受ける。消費者は重用視すべき唯一の集団である。しかし、その意見はないがしろにされがちだ。政府はいかなるときも、消費者の|里蕕気譴觚⇒、∩ぶ権利、0娶を聞いてもらう権利、ぐ汰瓦魑瓩瓩觚⇒を擁護しなくてはならない”


現代社会の闇に目をつむり、大人の嘘を鵜呑みにしてしまう、楽観的で馬鹿正直なあなた(俺もか?)には、ぜひ読んでいただきたい。


世の中、「知らなかった」では済まされないことがある。

知らないということは、ただそれだけで、時に罪深い。


アフリカで起こっている紛争の実態。中国で起こっている迫害の実態。メキシコで起こっている麻薬戦争の実態。東南アジアで起こっている森林破壊の実態。日本のコンビニやファストフード店で起こっている食品廃棄の実態。あるいは、原子力ムラの実態。

知ったところでどうにもならない、と人は言うかもしれないが、知れば誰でも嫌悪するこれらの問題を、誰も知らないままに解決することは絶対にできない。


何も知らないままに安穏と生きていられないこの世界を、非常に不愉快に思う。だが同時に、このような救いのかけらもない真っ黒な事実を勇気をもって直視することこそが、この世界に生きる人間の最低限の義務なのかもしれない、と思うようになってきた。


本書はその「真っ黒な事実」の一部を、エキサイティングかつ安全に案内してくれるだろう。

逆に、エリック・シュローサーの上の文章を完全に理解できる人にとってはただの娯楽にしかなり得ないかもしれない。そのような方に本書を勧める理由は特にない。


この相場英雄という人物、小説家の他にジャーナリストとしても活動しているようだ。

『震える牛』とも関連した記事がこちらのサイトで読める。


相場英雄の時事日想


見聞読考録 2013/10/05

2013-06-19

『旭山動物園のつくり方』

旭山動物園のつくり方

原子禅(著)


旭山動物園の華々しい成功とその裏に秘められた努力と苦悩の物語。そのへんに置いてあったので読んでみた。どうすれば人が動くか、どうすれば世界を変えられるか、そのヒントが秘められているように思う。


2012年度の年間来館者数160万人超。日本一の人気を誇る有名動物園だが、ここまでの道のりは平坦ではなかったという。

1994年、エキノコックス症が園内の動物に発症。一時閉館を余儀なくされる。翌年再開するも来館者はそれまでの最盛期の半分にも満たない、28万人に留まった。旭川市議会では旭山動物園不要論も持ち上がったらしい。

旭山動物園の今の姿は、いったいどうやって形づくられたのか。


"やっていることは以前からまったく変えていないし、これからも変わらない" -p4

日本一の来園者数は、長年の取り組みの結果だということだ。


背景にあるのは、"失敗を怖れない" ということ。"怖くても挑戦を止めない" ということ。飼育する動物を基準に設計されたが故にあまりに奇抜で、業者がついにはさじを投げるような建物を、「園が全ての責任を取るから」と言って、作らせてしまうこともあるというからすごい。公営の施設なのに、である。挑戦することに対して、全員が積極的でなければできない離れ業だ。形骸化した仕組みに疑問を投げかけ、自由な発想を尊重する素晴らしいやり方だ。研究やビジネスの世界にも通ずるものがある。


例えば、日本人がノーベル賞を受賞すると、日本中がお祭り騒ぎになる。すごいすごい、と囃し立てる。来園者数が多い、工夫を凝らした新施設が良い、と囃し立てられる旭山動物園の状況によく似ている。

でも、考察するべきはそこではないだろう。なぜ来園者数が増えたのか、なぜ新施設に工夫を凝らすことができたのか、という背景こそ、考えるべきことなのではなかろうか。ノーベル賞の受賞者の苦労話も聞く価値はあるけれども、そういう人間が成長した過程、つまり受賞したときから遡ること数十年前の研究環境や、その発想力の原点といった背景こそ、考えるべきことだと思う。世間ではそれが不足している気がする。


そこを考えることなしに、第二の旭山動物園は生まれないし、次代のノーベル賞学者は育たない。目の前の数字に惑わされず、本質を見抜く能力が求められる。


ただ、最後の旭山動物園の園長だか誰だかの対話記録みたいなの(p119~)は、ちょっと怪しい感じがした。ので、まともに読んでない。


見聞読考録 2013/06/19

2013-04-25

『兵隊を持ったアブラムシ』

兵隊を持ったアブラムシ

青木重幸(著)


"社会生物学 Sociobiology" という学問がある。その名の通り、生物の社会行動の機能や進化的なメカニズムを扱う。親が子を守るのはなぜか、群れはどのようにしてできるのか。そういう問題を扱う分野である。

その中でも、巨大なコロニーを作り、カースト分化を起こす社会性生物は、社会生物学の花形と言って良いだろう。そのような生物を真社会性生物という。代表的な真社会性生物の例として、アリやハチ、シロアリなどが分かりやすい。女王がいて、ワーカー(労働者)がいて、兵隊がいる。時期により雄も出現し、次世代の女王が巣立つ。だいたいこんなシステムが、典型的とみて良いだろう。こんな説明では専門家が見たら怒り出すかもしれないが。近年では、それ以外にもハダカデバネズミ、テッポウエビなんかも真社会性をもつことが分かっている。


特筆すべきは、典型的な真社会性生物では、女王以外の個体が子孫を生産しないということである。生物を生物たらしめている一要素ともいえる自己複製を、ワーカーや兵隊が放棄しているようにみえる。このことが、長らく多くの科学者を悩ませて来た。種の起原を記し、自然選択説を唱えたダーウィン(Charles Robert Darwin)も、ついにはその謎に適切な答えを与えられずにいる。今でこそ、多くの知見が得られている真社会性のシステムだが、その昔、真社会性生物の存在は、その存在自体が大きな謎だったのだ。

かの有名なハミルトン(William Donald Hamilton)が血縁選択説を提唱し、現在でも多くの人々に指示されるもっともらしい説明を与えたのは、1964年のこと。ダーウィンの時代から実に100年近くも解かれずにいたということになる。それほどの難問だったといえるだろう。そして、ハミルトンによる血縁選択説は、今なお議論の対象になるほどの大きな論争を科学界に引き起こした。


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さて、前置きが長くなった。『兵隊を持ったアブラムシ』の著者、青木重幸博士は、アブラムシ類でも真社会性が存在することを最初に発見した、業界では知られた超有名人だ。本の内容は、青木さんの行った研究と数々の大発見を綴った自伝といえる。お隣さん曰く、「数ある自伝の中でも最高傑作」とのこと。


で、早速読んでみたわけだが、、これは本当にすごい。34歳という若さで書かれた内容とはとても思えない。


まず何より研究内容がすごい。タイトルにもあるアブラムシの兵隊の発見、幹母(アリでいう女王)による定住型と分散型の子の生み分けと分散型の分散のメカニズムの解明(面倒なので説明略)、アブラムシにそっくりな形態を持つ捕食者の発見。Nature,Science 級の研究成果をバンバン出している。あまりの成果に、ハミルトンが感激し、青木さん個人宛てに手紙まで出しているということからも、そのすごさが分かるというものだ。


加えて面白い。30年も前に出された本とは思えないほど、新鮮に感じられる。学生時代の失敗、新しい考えに至るまでの経緯、大発見をしたときの興奮。研究論文には決して表れない裏舞台が赤裸々に語られている。研究の酸い甘いがギュッと凝縮されたような一冊だ。


また研究意欲を刺激されるという点も特筆に値する。これまで、どちらかというと社会性昆虫というものがあまり好きではなかった。アリとかハチなんかと野外で見ていると、社会性であるが故の反則的な強さが卑怯に思え、げんなりしていたのだと思う。そのげんなり具合は、実際に虫採りをしてみればわかる(もちろんアリやハチを採りにいくのであれば話は別だ)。昆虫を探してわくわくしながら倒木を起こす。そんなとき、そこにアリがびっしりとついていたりすれば興ざめだ。

そんな僕でも、社会性アブラムシの面白さに魅了され、気づけば真社会性昆虫の世界に引き込まれていたのだから驚く。それほどまで魅力あふれる著作だった。そしてついには、自分でもこの生き物を研究してみたいと思わされてしまった。


最近、これと似たような本をたくさん読んでいるような気がする。前に紹介した細将貴さんの『右利きのヘビ仮説』や、これから紹介する(予定の)前野ウルド浩太郎さんの『孤独なバッタが群れるとき』と丸山宗利さんの『アリの巣をめぐる冒険』などはまさに青木さんの著作と同じく、若くして書かれた自伝といえよう。どの著作からも、それぞれに独自に、それぞれに信念をもって研究に取り組んでいる様子がうかがえる。成果だけ見ても、いずれも相当なものだ。本当に良い刺激になる。


そういう研究者に自分もなりたい。


見聞読考録 2013/04/25

2013-04-07

マクロレンズな日曜日

ついにミラーレス一眼を買ってしまった。


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選んだのは、Panasonic LUMIX DMC-GH2

最近、後継機 GH3 が出たこともあって、だいぶ安くなっていた。高かったけれども、お得感たっぷりなお買い物。


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2011年の中国での調査の前日に購入した愛機、RICOH の GX200 は素晴らしい働きをしてくれている。けれども、画像を拡大したときなんかに、やっぱりコンデジの限界を思い知らされ、物足りなさが募ってきていた。欲望ってのはそうやって、抑えられなくなっていくものなんだろう。


最後に後押しをしたのは、コレかな。

僕もこんなふうな写真を撮りたい!と、ついに我慢ができなくなった、というわけだ。


それはそうと、この『アリの巣の生きもの図鑑』、ものすごく良い。毎年毎年呆れるほどたくさんの図鑑が出版されるこの日本において、他と一線を画す個性的な図鑑だと思う。

まず、写真のクオリティが異常に高い。クシケアリヤドリバチがシワクシケアリの運ぶ幼虫に飛びながら卵を産みつける瞬間とか、体調 2mm ほどのアリクイノミバエがクロオオアリに寄生する瞬間とか、ミツバアリの女王がアリノタカラをくわえて結婚飛行に飛び立つ瞬間とか、そんな信じられないような決定的な写真が惜しげもなく載せられている。

それから、著者陣が著者陣だけに、とても信頼できる。第一著者の丸山宗利さんの他の著作『アリの巣を巡る冒険』を途中まで読んだが、分類学者とはこういう人達のことか、と思い知らされた。好蟻性昆虫(アリと関わりのある昆虫たち)、特にハネカクシ類に、世界で最も詳しい人に違いない。分類学者とは、つまりそういう人達ということだろう。そんな人達が書いた図鑑が信頼できないわけがない。必然的に、それぞれの解説も素晴らしかった。

さらに、日本国内だけでなく、世界をも見据えている点も良い。日本語で書かれた解説のすぐ下に、英語での解説も書かれている。世界中の人に、しかも未来永劫に渡って色褪せることなく、読み継がれる名著になるのではなかろうか。

最後に、コラムも面白い。これだけ個性的な若手の研究者が書いているのだからそれこそ面白くないわけがない。著者のうちの一人、「俺」さんとは、僕も話したことがある。向こうは覚えていないかもしれないが。


曰く、

結局昆虫撮影で最後に物を言うのは虫に関する知識と経験、さらに各人が生来もつ「虫と通じる能力」(これを「フォース」と呼ぶ)の質だ.肝心の被写体発見能力なくして、撮影も糞もない.

とのこと。


写真一枚で、世界が仰天する、なんてことは科学の世界にはザラにある。走査型トンネル顕微鏡を使って原子を並べて書かれた文字の写真とか、去年の NHK スペシャルで放送されたダイオウイカの映像とか。

写真というものは、科学的に有力な証拠となりうるのだ。


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チャンスを確実にものにするためには、準備を怠らないことが重要だ。生物の見せる一瞬の振る舞いを確実に捉えるために、写真の腕を日々磨いておくのも悪くないだろう。それから、「虫と通じる能力(=フォース)」を最大限に引き出す努力も。


そんなことを考えながら、市場に出回るマクロレンズのラインナップを眺め妄想を膨らませた雷雨の日曜。まさにマクロレンズな日曜日。


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あまりに浮かれすぎて大事な用をすっぽかした。

うわーこれはヤバい。


見聞読考録 2013/04/07

2012-10-24

『ミレニアム1』

ミレニアム1 ドラゴンタトゥーの女

スティーグ・ラーソン(著)


見聞読考録 2012/10/24

2012-04-24

『右利きのヘビ仮説』

右利きのヘビ仮説ー追うヘビ、逃げるカタツムリの右と左の共進化

細将貴(著)


著者の細将貴さんは以前、僕と同じ研究室に所属していた。その先輩が単著の本を出版したのは、今年の2月のこと。


本を手に取ったのは3月の中頃のことだったか。読み切るまでに3日とかからなかった。これほどまでにのめり込むように本を読んだのはいつぶりだろう。

僕が本を読むペースには周期性がある。寝ても覚めても読書に耽る時期と、ほとんど本に手をつけない時期とを、いつからか繰り返している。この『右巻きのヘビ仮説』の本を読むまでの数ヶ月は本を読むペースの遅い時期が続いていた。しかし、この本をきっかけにまた読書熱が再発したようだ。次から次へと新しい本に手が伸びる。旅の間はさすがに控えたものの、ここ7日間で3冊の単行本を読んでしまった。昨日も書店に並ぶ本を購入する衝動を抑えきれず、5冊もの単行本を手に大学生協のレジに並ぶ自分に呆れたばかりだ。困ったものである。きっかけを意識したことはこれまでなかったが、今回は明らかにこの本が原因だ。面白い本との出会い(と、おそらくは面白くない本との出会い)が、僕の読書の周期性を形成しているのかもしれない。


内容は詳しくは書かないが、簡単に言えば、カタツムリしか食べないヘビと、その捕食から逃れるために進化したカタツムリの話。・・・表題のまんまだな。

でもこの本の面白いところは、その現象の面白さに留まらず、それを考えたとき、証明したときの、経緯や感動までが事細かに書かれていることだ。主人公である著者の苦楽を追体験するような、小説的な要素が含まれている。しかも、研究者らしい簡潔な文章で、コネタまで挟んで。

学術的に面白い、あるいは、読み物として面白い、という本は多いが、その両方を達成している本はそれほど多くないと思う。そんな本に出会ってしまっては、こうして書き留めておかずにはいられない。


僕が今の研究室に所属してから3年の間に、研究室にいた先輩のうち2人が単著の本を出したことになる。もう1人は、『怪物狩り』を出版した小塚拓也さんだ。

ジャンルは異なるが、どちらも素晴らしい本だ。意欲的で、躍動感あふれる、面白い作品だ。本当に面白い。ぜひいろんな人に読んでもらいたい、と僕が思うまでもなく、どちらも十分に売れているんだろうと予想する。


身近な人が、それも年齢の近い人が、本を書くというそれだけで、自分にとって良い刺激になる。自分がもし本を書くとすれば、それはいつになるだろう。そもそも書けるだろうか。


自分には小説は書けないだろう。それほどまでの文才も想像力も持ち合わせてはいない。

経験、あるいは冒険に基づくノンフィクションはあるいは可能かもしれない。これまでに経験した、無謀な冒険やドジな失敗はそれなりに多い方だと自負している。でもそれでも、『怪物狩り』には適わない。同じジャンルでは、遥かに見劣りすることを避けられない。

よって、もし本を書くとすれば、学術的な専門書か、『右巻きのヘビ仮説』のような一般書か、いずれにしても今の研究に基づいた本ということになろう。低い可能性の中ではそれが一番ありそうに思える。


その点を鑑み、この『右巻きのヘビ仮説』の本は自分を焦らせた。当たり前のことだが、サイエンスのような専門性の高い内容で優れた一般書を書くことは、同じ内容で専門書を書くことよりも遥かに難易度が高い。一般書と専門書では目を通す人の数が違う。専門的な内容を一般書として出版するためには、誰もが理解できる言葉で、退屈しない文章で、満足できる内容を書く必要がある。この本は間違いなくそれを達成していた。

自然現象を説明する仮説を観察や実験によって検証しようとする自分のスタンスは、著者によく似ていると思う。だからこそ、悔しいと思う気持ちを抑えられない。これを超える本を書けるだろうか、と自問する。無理だ。考えるまでもない。


・・・少なくとも今の僕には。


見聞読考録 2012/04/24