2008-04-25
■[旅行]パリ滞在17日目 再びCSIへ
今日は、CSIの科学史図書館へ。葉山に居れば、手を伸ばせば本棚においてある本をわざわざパリで、メトロに乗って見に行くのは能率がはなはだよろしくない。しかし、今読みたくなったのでやむをえないのである。
本を読む、という行為は、闇雲に行うわけではない。研究者の場合、アイデアがまずあって、それに関する本を読む。何らかの関心を持って本を読むのでなければ、読書という行為は行われない。しかし、関心を持つためには、アイデアを持たねばならない。そのアイデアはもちろん、いろいろなところから発生する。もちろん、本を読むことによってアイデアを得ることもある。しかし、一番、効果的なのは、口頭での討論である。いや、討論といわなくても、雑談でも良い。だから、そういう討論や雑談をする場所が存在しないところでは、本を読むという行為は発生しにくいし、研究は発生しにくい。そして、パリにきてみるとそういう場所になっていることを感じるのである。
研究者として本来すべきこと、二次文献を渉猟し、アーカイブズを漁り、インタビューを実施し、論文を投稿して、本を書く、そういう活動をすることが自然に起こらねばならない。そういったことが自然に起こるためには、同じようなことをしている人間が一定数、あつまってグループを作っているのが一番良いのである。
なぜこのようなことを書くのかといえば、これこそが今の私の関心だからだ。こういった、研究を生み出すのは、グループの持つローカルな文化の力であり、それはよりマクロには、そのグループが所在している組織の構成や、人的なネットワークに支えられている。いま私が明らかにしたいのは、そのような文化の持つ科学的知識の生産力を歴史的により詳しく明らかにすることである。それは経験的にすでに科学者自身がいろいろと語ってきたことではある。だが、それを歴史的に解明したいと考えているのである。
SCIでは、まず、展示を見てみた。子供向け、だと思ったが、常設展は案外、面白い。あまり時間がないので、数学のところをちょっと見ただけなのだが、大人でも結構満足できそうな展示である。私にとってはフランス語の勉強にちょうど良い。一番印象深かったのは、正面にあったTurbulance Fountainだ。これは、大きな車輪が上から落ちてくる水によって回転するという簡単な機構なのだが、その回転が、極めてランダムにおこる、というのである。これは車輪の輪の部分に等間隔で、水をうける入れ物がついており、その入れ物は、一番高いところで、うえから水をうける。それぞれが、一定の速度で、水を漏らすようになっている。中心の軸の左右で入れ物に入っている水の総量の違いによって、輪が左右に回転するモーメントを受けるわけである。別にランダムな要素は何もなく、有限個の方程式を立てればよいはずだが、当然厳密解は存在せず、コンピュータシミュレーションをしても、あまり先までは計算できない、という代物であるらしい。
SCIの前のParc de Geodeで、弁当を食べる。ひろびろとした芝生でとても気持ちの良いところである。明らかに同じようにピクニックに来ている人たちが大勢いた。
午後は科学史図書室で勉強。MSHに比べて、こちらのほうの利用者はだいぶ年齢層が低い。リセの学生たちだろうか。この図書室だけなのか、CSI全体なのか、無料の無線LANをつけた。これは良くも、悪くもある。MSHでも無線LANは入っているのだが、そちらのほうは登録しないと使えないので、あえて登録する気はない。インターネットが使えると、ある種の調べ物をするのには良いが、同時に気を散らせる原因にもなる。
案の上、うっかり届いたメールを見てしまい、完全に思考が停止してしまった。
この日は、Ursula Kleinの化学記号について本で確認したいことがあったので、それを見に来たのだった。ついでにKleinとWolfgang Lefèvreの去年ででた本があったので、ちょっと見てみた。こちらのほうは、今私のやっていることには関係がないが、科学史の通史的な授業をするときに、関ってくる本かもしれないと思い、オンラインでチェックしてみると、Newmanが書評を書いているようなので、それもオンラインジャーナルで見つけて立ち読みしてみた。
Kleinらの本は、18世紀から19世紀初頭の化学を、理論的・哲学的な側面から、実用的・日常的な側面まで、多様な側面をもつ物質についての探求として捉え、とくに、これまであまり注目されてこなかったらしい、実用的な面、すなわち、薬や、その他の物質を作る分野としての化学に注目している。その観点から、いわゆるラヴォアジェによる「化学革命」によって、化学者の分類方式や、存在論には変化が生じたのではなく、ラヴォアジェを、18世紀の化学者が一世紀にわたっておこなってきたことの結実として捉え、いわゆる「化学革命」を革命的で、非連続的な飛躍として捉える歴史観を修正しようとしている。
この方針には、基本的に賛成である。科学史における「革命」なるものは、たいていの場合、研究が十分進展していないことを告白するに等しい。いわゆる「革命」なるものの前史をより詳しく調べれば、より連続性が浮かび上がるはずなのだ。
たが、科学史のヒストリオグラフィーにいつまでも「革命」なるものがはびこる理由は存在する。それは簡単だ。「革命」といったほうが、そうでないよりも、重要に見えるからである。いわゆる17世紀の「科学革命」がいまだに言われているのは、そのためにほかならない。
それに対する、Newmanの批判は、Kleinらが、18世紀の化学者を持ち上げて、アルケミーを無視していることに対し、それではラヴォアジェによる化学革命を言うのと、五十歩百歩ではないか、というもののようだ。Newmanによれば、Kleinが示したような18世紀の化学者の考えというのは、別にさほど新しいものではなく、すでにその前からいわゆる錬金術の伝統のなかで言われていたことらしい。
おそらくNewmanの批判は正当であろう。ただ、私にとっては、誰が最初であったかということはどうでも良いように思われるのである。NewmanにとってはKleinがアルケミーを無視したことがいらただしいのは無理もない。だが、別に科学史家は誰が最初であったのかを判定する審判である必要はない。もちろん、これは、KleinとLefèvreの主張のスコープを良く確認しないといけないことだが。だが、それには、この本を詳しく読まなければならない。それはとりあえず私の関心ではないし、そもそも図書室がしまる時間になったので、やめにした。
