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Cerebral secreta: 某科学史家の冒言録 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-04-19

[]「素人」はどの「専門家」を信用すべきか判断できるか(Novice/2-Expert problem).

Alvin I. Goldman, "Experts: Which Ones Should You Trust?" pp. 14-38, in Evan Selinger and Robert P. Crease, eds., The Philosophy of ExpertiseNew York: Columbia University Press, 2006.

The Philosophy of Expertise

The Philosophy of Expertise

先日紹介した論文の著者の一人、Evan SelingerがRobert P. Creaseと編集した論文集にThe Philosophy of Expertiseというものがある。これは専門知の問題についての理論的な論文を集めたものである。その最初に収録されているのが上記のGoldmanの論文で、もともと2001年に出版されたもの。この論文は「探索型」論文で、問題の答えを与えるものではないが、概念を整理する上で役立ちそうなので、現在の日本の状況、とくに原発事故の問題にすこし絡めて紹介してみる。

この論文で扱うのは、「果たして素人が、ある問題に関して、二人の専門家が異なる見解を持つ時、一方が他方より信頼できると、合理的に判断することができるか、そしてそれができるとしたら、そのような判断にはどのような認知的根拠があるか」というもの。これはここでは"Novice/2-Expert"問題と呼ばれている(この論文ではNoviceという表現とlay personという言葉が同義的に用いられている)。

この問いは、原発事故以来、日本で盛んに論じられ続けているものである。原発事故のような、専門的な知識がかかわる問題に関して、専門知識のない市民は、いったいどの専門家を信用して良いのか、という問題は、現在においても切実な問題であると言える。

これに対して、著者は、判断する事ができるかどうか、ということはさておいて、どのような根拠がありうるかについて考察し、一応四つにわけている。

 討論に基づいた証拠 (Argument based evidence)

第一の場合は、二人の専門家が討論する、その討論の仕方に基づいて判断する、というもの。ただし、これにも二通りあって、「討論に直接基づいた正当化(direct argumentative justification)」と「討論に間接的に基づいた正当化(indirect argumentative justification)」。前者の場合は、判断する側が、専門家の前提と、それから結論への導出の仕方を信じた上で、専門家の結論を信じるという形での正当化であり、つまりは、専門家の議論の中身を理解した上で、判断するという場合である。それに対して、「討論に間接的に基づいた正当化」とは、討論における一方の専門家の弁論上の優位を元に、一方の専門家のほうがよりすぐれていると判断するような正当化である。議論の中身の専門的な内容は分からないけれど、討論の様子を見て、たとえば、一方が、返答に窮したりするのを見ることによって、どちらかが討論で優位に立っているか判断する、というわけだ。

他の専門家の同意(Agreement from Other Experts)

第二のものは、他の専門家の判断に基づいて、二人の専門家を比べるというやり方である。二つの形があり得る。一つは、二人の専門家のどちらに対して、他の専門家がどれだけ賛成しているか、というもの。その場合、どのぐらいの数の専門家が、どの程度賛成しているのかを考えることになる。これは、ようするにどちらの専門家が学会の主流に属しているのかを判断することになると思われる。ただし、単純に賛成している人たちの数を数えるだけでは、正当化できるしかたで判断しているとは言えない。例えば、ある教祖的な人が、大勢の信者たちを従えているとしたら、その教祖の考えを多くの人たちが同意しているだろう。あるいは、噂で広まったことが多くの人たちによって支持されているかもしれない。他方で、もし、複数の専門家がそれぞれ独立に調査したり、考察したりした結果、同じ見解に達したのだとしたら、彼らの見解の採用することはより正当化できるように見える(Goldmanはこの議論をベイズ統計を用いてしているのだが、ここでは省略)。

もう一つは、専門性についての専門家、すなわちメタ専門家にどちらの専門家が優れているかを判断してもらい、その判断に基づくというもの。この場合は、研究者評価の専門家を想定してると思われる。たとえば、出身大学や、研究歴や、所属機関や、出版物の評価等から、どちらかの専門家のほうがより信頼できるのかについての判断を下すようなやりかたである。

 利害関係と偏見からの証拠(Evidence from Interests and Biases)

第三のものは、専門家の主張の背後にありうる、利害関心や、偏見に基づくものである。これは、現在の日本人にはおなじみだろう。原子工学の関係者が原発についての何を言っても、「御用学者」として、原発政策に関して何らかの利害関心があると考え、専門家としてあまり信用しないだろう。そのような利害関心は、専門家としての権威や、権力だったりすることもあるし、純粋に金銭的なものであることがありうる。

偏見に関しては、Goldmanは二つの場合をあげている。一つはフェミニストが指摘するような、専門家集団における社会集団の代表性による偏見である。たとえば、科学者コミュニティにおいて白人男性が支配的あれば、それはそれなりの偏見が発生するだろう。もう一つは、ある専門家集団におけるコミュニティの政治や経済によって発生する偏見だ。たとえば、原子力工学者のコミュニティは、全体としては、原子力工学を縮小するよりも、発展させる方向に偏見が発生するだろう。

 過去の実績の使用(Using Past Track Records)

第四のものもおなじみである。問題となっている専門家の過去の実績を調べ、そこでどれだけ成功しているかに基づいて判断する、というものだ。その場合、素人に専門家の過去の実績を判断できるか、という問題が生じるが、これは、かならずしもできないわけではない。素人が理解できない言明を秘教的言明(esoteric statement)、できない言明を開放的言明(exoteric statement)と区分すると、専門家の言明を理解できないのが、素人であるはずだから、専門家の言うことは秘教的言明であるはずだが、問題は、専門家の実績が秘教的であるかどうかというのは、時と場合に依存する、ということである。Goldmanは、例えば日食の予言の例を挙げている。専門家が2030年に日食が起ることを予言したとき、その言明が正しいかどうかは、2012年の段階では、素人が直接に判断できるわけではない。しかしながら、2031年には、その予言が成功したか失敗したかは、素人にも明らかである。同じことは、たとえば原発の安全性についても言うことができる。日本の原発が安全かどうか、という問題は、それが100%安全だという主張もまた、かつては専門家の領域にあったと言って良い。しかし、福島第一原発の事故以降は、たとえ専門家がどのように言い繕うとも、日本の原発が100%安全だいう主張が否定されたことを判断するのに専門知識は必要でない。したがって、問題の専門家の過去の主張や判断がどの程度成功したか、ということについては、必ずしも専門知識を必要としない場合がありうるのである。

 まとめとコメント

以上が、Goldmanの分類だが、最初に述べたように、この論文は、このようにすれば素人が信用できる専門家を見分けることができる、とういことを示すものではない。Goldmanは、それを達成するために考え得る方法を幾つか提示し、どの程度の妥当性があるかを検討しているだけである。ここで示された類型は、記述的なものであるというよりは、理論的なものであり、実際に人々がそうしているということを主張するものではない。そうであっても、実際になされていることについて、それがどのような類型に属し、どのような理論的根拠があるのかを考える上で、Goldmanの分類は有用であるように思われる。

他方で、Goldmanの分類には、大きな問題が幾つかあるようにみえる。STSの観点から明らかに指摘できる問題は、専門家と素人という単純な二分法である。もちろん、Goldmanがしているのは理論的な議論であって、専門家と素人を理論的な構築物として想定することは一応、妥当であるとしてもよい。ただ、そうだとしても、そのような理論がどの程度、現実の問題に適合するかについては、詳しく検討されなければならないだろう。

もう一つの問題、ないし、課題は、そもそも、ここで出されている問いがどのような種類の問いであるのか、という問題である。Goldmanは、これを認知的、哲学的な問いとして、想定しているのだが、果たしてそうなのだろうか。Goldman自身はこの論文の結論部分で次のように書いている:

専門家の過去の実績の記録を確立することは、決して不可能なことでも、現実性のないことではない。それができれば、今度は、より広い範囲の専門家の信用可能性をうちたてることができ、そうして専門家を選ぶときに、賛成者の人数を数えるというやり方を正統なものとして基礎づけることができる。

これが本当にそうであるかはともかく、このような推論の方向性が示唆していると思われるのは、この問題は実は社会的なプロセスのなかで解決が得られる問題であるかもしれない、ということである。つまり、素人がどの専門家を信用すべきかをどう判断すべきか、という問題は、一般には解くことができない、しかし、そのような問題を解くことができるような社会状況を考えることはできる、ということであるように思われるのである。

そして、それはまた、そのような判断が可能であるような社会的状況が、なんらかの突発的な要因で、崩壊したり、そのような状況の問題点が露呈したりすることがありうるということも意味する。それがまさしく我々が経験していることであるように思われる。

もう一つの課題は、ほかにはないのか、ということ、あるいは、もしこの四つのカテゴリーのどれか、だとしたら、その理論的根拠は何なのか、ということである。

そして、それに関連した課題は、この四つのカテゴリーに収まるもののなかにも、さらにいろいろなケースがありうるだろうということである。例えば、上の三つ目の、「利害関係と偏見からの証拠」という判断の仕方の亜種に入ると思われるものに、「当事者性」とでもいうものが考えられる。ある専門知がかかわる問題で影響をうける素人が、もしある専門家がその問題に関して自分達と同じ利害関係をもつと知れば、その専門家をかなりの確からしさで信用できるだろう。

london0629london0629 2012/06/25 23:14 伊藤憲二先生

初めてコメントをお送りさせていただきます。
本来ならば名前を明かした上で問い合わせをさせていただくべきなのですが、恐らく不特定多数の方がご覧になるのだと思いますので、名前を名乗らず、失礼をお許しください。メッセージを非公開にできるブログ、もしくは先生に直接問い合わせをさせていただけるような連絡先を探したのですが見つからなかったのでこちらのブログに問い合わせをさせていただきます。
Googleで寺田寅彦、鶴田賢次と検索しましたところ、2012年3月23日の先生のツイッターに当たり、寺田寅彦、長岡半太郎両先生とともに鶴田賢次の名前を見つけました。鶴田賢次は私の曽祖父で、昨年他界しました祖父の遺志を継ぎ、現在調査研究を進めております。曽祖父は、祖父が幼少時に他界してしまったこともあり、家族なのにお恥ずかしいですが曽祖父のことをほとんど知らず、科学・物理学史の研究をご専門とされている先生方の記事を頼りにするしかなく、偶然に伊藤先生のツィッターを拝見しました。3月23日のツィッターの内容を拝読させていただきたいと検索してみたのですが見つからなかったのでお伺いしたく、また、もし何か鶴田賢次についてご存知のことがあればご教示いただきたくご連絡させていただきました。突然の問い合わせ、失礼を重ねてお詫び申し上げます。ご多用のところ誠に恐縮ですがよろしくお願いいたします。

kenjiitokenjiito 2012/06/26 18:39 コメント有難うございます。私自身は鶴田賢次についてはほとんど何もしりません。時期としては物理学科の大森房吉、水野敏之丞、天文学科の木村栄と同期ですね。専門は熱力学でしたが、山川による日本でもっとも早い時期のX線の実験の一つにもかかわっており、私自身、もっと知りたいところです。
この時期の日本の物理学史について、もっともよい本は、板倉・木村・八木『長岡半太郎伝』ですが、鶴田についての記述が数多くあります。3月23日のツイートも、この本の記述から紹介したものです。とくに225頁がもっとも参考になると思います。1890年代にかなり活発に論文を出していましたが、なぜか留学に出た1900年以降、一本も論文を発表しておらず、1911年に休職、1918年に逝去、というのは留学のときに体を壊してしまいでもしたのか、気になるところです。また、1900年代には、サミュエル・スマイルズの書籍の翻訳や、物理学の一般向け解説書などを書いているのが興味深いと感じています。私自身、興味がありますので、調査が進みましたら、いろいろご教示いただければ幸いです。

london0629london0629 2012/06/27 09:20 御多用のところ、早速にご返信くださりありがとうございました。
ご教示いただきました『長岡半太郎伝』、それから渡辺正雄氏『日本人と近代科学』、日本物理学会編『日本の物理学史』に曽祖父に関する記述があるというのは祖父が書き残しておりますので図書館で確認してみようと思っていたところでした。
また『スマイルス翁の自伝』は入手し、その他の書物はコピーで入手し資料は少しずつ揃ってきているように思います。
ご教示いただきました225頁の記述をまだ読んでいませんので何と申し上げたら良いのか分からないのですが、例えばどういう論文を発表したのかとか、論文を一本も発表しなかったこと、また、長岡先生、山川先生との関係など、どういうところに当たれば調べることができるのでしょうか。
先日思いがけず、東大博物館経由で理学部に問い合わせをしていだたけることになったのですが、まずは人事関係では見つからなかったとのことで、専門分野である熱力学の研究の方から何かわかるかもしれないと調べてくださっているところなのですが、まだご回答がありませんので見つからないのかもしれません。本籍地から辿ろうと区役所に問い合わせをしてみたのですが、戦火が激しく焼失してしまっているとのことで調べることができませんでした。
有名な学者ではありませんでしたが、インターネットで検索しますと思いの外、賢次の名前を見つけることができましたので調べればいくらかは手がかりが見つかるのだと思うのですが、どこをどういうふうに調べていけばよいのか分からず困っております。
調査結果として纏めることができましたら、ぜひ先生にご報告させていただきたく存じます。ご返信くださり誠にありがとうございました。

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