knjrの日記

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たのしいプロパガンダ

たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)

たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)

  • プロパガンダ(本書では、政治的な宣伝、とりわけ公的な機関が自分たちの都合のいいように民衆を誘導しようとする類の宣伝活動と定義)は退屈なものではなく、「楽しさ」を目指して作られてきた。銃で脅しながら宣伝しても、民衆を心の底かあ服従させることはできないが、質の高いエンターテイメント作品に政治的なメッセージを紛れ込ませ、ソフトに宣伝し、民衆はそのエンタメ作品を楽しんでいるうちに、知らないうちに影響されて特定の方向へ誘導される。つまり、「楽しいプロパガンダ」こそ最も効果的なプロパガンダ手法のひとつ。
  • 歴史を振り返っても、驚くほど世界中で「楽しいプロパガンダ」が重視されていることがわかる。戦時中の日本、ソ連ナチスドイツ、欧米諸国、北朝鮮、韓国、中国、台湾なのど東アジアから、最近はイスラム国までも。


■戦時中の日本の例:

  • 日中戦争勃発時、陸軍省新聞班と海軍省軍事普及部を中心に、「楽しいプロパガンダ」が行われた。当時のエリート将校の1人(松嶋慶三氏)は、武力一辺倒になりがちな軍部の中で、プロパガンダの重要性を認識し、早くからその研究を進め、自ら多くの軍歌の作詞を手掛けたり、落語家の噺や浪曲に吹き込ませたり活動したが、宝塚歌劇団では数々の原作を手掛け、民衆に娯楽を通じて軍部の宣伝活動を行っていた。こうした活動をした軍人は他にも何人かいたが、軍人たちの作った歌や歌劇は所詮や素人の作品であり、娯楽としてはほとんど流行しなかった。
  • プロパガンダというと、政府や軍部が一方的に国民に押し付けたと思われがちであるが、実際にはそんなに単純ではない。民間企業は利益に敏感で、満州事変や日中戦争が勃発すると、「愛好歌」「国策映画」「愛国浪曲」「愛国琵琶」「国策落語」「軍国美談」などと冠した、時局便乗的な商品を次々と売り出していった。軍部も後衛や推薦をしてお墨付きをあたえ、時に発禁処分や呼び出しなどをおこなって規制し、自分達の都合のいいように民間企業の商品をコントロールしようとした。民衆もそれを受け入れ消費していた。
  • その他にも、軍歌の歌詞、国策スローガンやポスターの図柄を国民から募集して賞金を与えて射幸心を煽る。ビジュアル・メディア(絵画、写真、切手、ポスター、ビラなど)の活用。特に『写真週報』『FRONT』といった写真誌は大きな影響を与えた。映画は1930年代に最初の絶頂期を迎え、膨大な数の戦争映画が作られた(中には特撮の円谷英二氏が海戦の特撮シーンを手掛けたものも『ハワイ・マレー沖海戦』や、アニメ映画『桃太郎の海鷲』まで)
  • 優れたプロパガンダは、政府や軍部の一方的な押し付けではなく、むしろ民衆の嗜好を知り尽くしたエンタメ産業が、政府や軍部の意向を忖度しながら、営利のために作り上げていった。こうすれば政府や軍部は仕事を効率化できるし、企業は儲かるし、民衆も楽しむことが出来る。戦時下に山のようなプロパガンダが生まれた背景には、このような構造があった。


■欧米の例


■現代の日本の状況と、今後の展開

  • 最近は『ガルパン』のような自衛隊と民間企業のコラボなども見られるが、これ自体は直ちに問題になるものではない。こうした作品は他にも無数に存在している。問題は、そこにどのような利害関係が発生しているのか、そこにどこに政治的なプロパガンダが紛れ込んでいないのか、我々主権者がしっかりチェックすること。アニメだから、娯楽だから、といって何も考えないのは、責任放棄の誹りを免れない。
  • 現代日本における「楽しいプロパガンダ」は過去のそれと比べて未成熟で恐れに足りない状態ではある。ただし政府から「政策芸術」なる言葉が誕生するなど、我々は安穏としてはいけない。既に行政機関と民間企業のコラボ体制はできあがっており、プロパガンダのノウハウは広告会社に沢山蓄えているはず。それゆえ、今後より効果的かつ効率的な政府の後方が繰り出される蓋然性は極めて高い
  • 我々はすべきことは、歴史を参照し「思考実験」すること。過去の「楽しいプロパガンダ」の中で、そのとき、いかに政府は統制を行ったのか、いかに企業は作品を送り出したのか、いかに民衆は扇動され、また扇動したのか。我々はそのような構図を取り出し、現代社会にあたはめてみなければならない。例えば、日々親しんでいる「クールジャパン」のコンテンツが戦争動員のプロパガンダに変化していないだろうか、と。