山の上から

by kenken321

2017/04/09 (Sun)

[][]有機体的世界観 00:21


20歳の頃から時間が経つのが遅いと感じているのですが、この1週間も割と長い時間に感じました。

大抵の方は歳を重ねるに従い時間が早く流れると言われるのですが、そういう意味では私はちょっと歳の重ね方が人と違うのかもしれません。

先日5年ぶりの更新をした際には、4月第1週の手帳はほとんど白紙だったのですが、振り返れば色々と考えさせられること、そして得ることの多い1週間でした。

思い返せば年明け早々に日吉大社で御神籤を引いた頃(というのがとても前に感じますが)から、今年はぐっと堪えてここ10年間の総括にしようと決意したのですが、そこから次男1歳の誕生日があり、妻と私の誕生日があり*1、そして割と精神的に大きな出来事もありました。

三十数年生きてきて、自分の後輩を見送るなんて考えてもみなかったのですが、これも何かの機縁なのだろうと思います。その前後から考えていたこと、出会ってきた人のことに思いを巡らす、本当に大きな機会になりました。

そしてこれは良くも悪くも私の性格というか、やはり有機的に物事を捉えて繋げていくことしかできないと思っているのですが*2、こういう出来事に出逢うとその思いを強くします。

 

少し話が前に飛びますが、私が今の会社に「異動」した*3のが、東日本大震災の1ケ月半ほど前のことでした。同年9月に結婚を控えていた私にとって、とても複雑な心境だったのを、今振り返ってもとても鮮明に覚えていますが、実はこの結婚式の日は、今では震災の影に隠れてしまった豪雨災害が紀伊半島を襲った日でもあります。1年半後、熊野三山を中心にした小旅行をしましたが、傷痕なんて言葉では足りないほどの惨状で、山も河もその姿が豪雨の前どうであったか、想像もできない有り様でした。

 

有機的という話に戻りますと…この2011年という、日本にとって深く刻まれてしまった年に聞いた音楽が、この3月に私に起きた出来事にとっても、とても意味深いものに感じたのですね。それが、前回の追伸に記した熊木杏里の『and...Life』でした。この冒頭に収録されている『Hello Goodbye & Hello』という曲こそ、私やその周りでこの出来事を受け止め切れなかった皆さんに必要なのじゃないか、と。

この曲は震災直前に封切りが発表されていた、新海誠監督『星を追う子ども』の主題歌として書かれたものです。映画をほとんど見ない私は当時、この映画をリアルタイムでは見ていないのですが、今回のことがあって何故か思いだされたこの曲を改めて聴き、そしてそれが映画と分かち難いことを今更ながらに知って、先週末初めて見ることとなりました。

震災と無関係に作られた映画とその主題歌が、こんなにも震災後の世界にとって意味深いものであることに驚くばかりで、当時この映画と音楽に救われた方がとても多かったのではないかと思います。長野県出身の新海誠と熊木杏里が紡ぐ美しい描写と、それに反して異常なテンポで進む不条理なストーリーを、私は不思議というよりはむしろとても自然な気持で見ました。

自然に見られた理由には、世界で起きている出来事とそれを受け止める人間との間にある埋め難いギャップなのではないか、と感じたことがあります。人智で計ることなど到底できない世界があって、それは天変地異のような大きな出来事であろうが、身近な人の生死であろうが同じなのだと。また悦ぶべき事柄であろうが、哀しむべき事柄であろうが同じなのだと…こんな当たり前のことが、繰り返しの日常の中ではつい忘れられがちです。「時の流れなどない、ただ人間の心が流れているだけだ」と聞いたことがありますが、まさにその通りで、結局きっちりと日々の出来事に“Hello”や”“Goodbye”ができているかどうかなのです。

時計を前に進めるために、今できることを、と思いを新たにしています。日常を急に変えても歯車は噛み合いませんが、気持ちを変えることで世界は違ってくるはずです。前回の覚書に少し加筆し、前述の『星を追う子ども』ともう一つ、新たに手元に置いて繰り返し聴いている音楽があるので、これを記して今日の更新と致します。

私が稀代の雨男だということは有機的に繋がりますでしょうか(笑)

<最近聴いている音楽

・『Change your mind』雨のパレード

*1:女性の本厄にあたるので、厄除けもいきました。
吉田神社http://www.yoshidajinja.com/

*2:「有機的世界観」を卒業論文の題材にしたのも遠い昔のことのようです。
諮問の際には「良くできたブックレポート」と卒論として惨憺たる評価を賜りました(笑)
『科学と近代世界』アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドhttp://shoraisha.com/main/book/9784879840141.html

*3:前職の会社代表からは「出向」と言われましたっけ…いずれにせよ、普通の所謂「転職」とは少し違う形での「異動」であったのだと、捉えて今は働いています。

灰色な人灰色な人 2017/04/09 00:44 けんけんけーん!

Facebookでは見てますがこちらではといった感じでご挨拶。お久しぶりでございます。
相変わらずの飲んだくれでございます。ご家族皆様壮健そうでこれからもお元気でいて頂きたいところです。
ちなみに吉田神社は私の祖母が空襲後に過ごした家の近くなのであります。一度祖母やら家族と訪れたところ、ご存じな方がいらして驚きました。

最近はyoutubeで「SAVAN URBAN CHORD」、「椎名恭平」をよく聞いております。
SAVANのカホンプレイヤーと椎名恭平さんは我々と同い年なのであります。
よろしければ是非にー!!!

2017/03/31 (Fri)

[]新年度の計画

ご無沙汰している方もそうでない方もいらっしゃいますが、皆様お元気にされていますでしょうか。

私はいろいろありながらも、おかげ様で何とかやっています。


2017年の3月が終わり4月を迎えるにあたって、自分と自分の周りにいてくださる皆様へ、書き留めておきたい思いがあって、言葉を探しているところです。

戯言になるかもしれませんが、後になって振り返るためにも記しておこうと思います。


大学を卒業してから10年目の春を迎えましたが、相変わらずこうして言葉を綴っているのも、何かの宿命なのかもしれません。こんな人間が営業と書かれた名刺を持ち続けていることが今でも不思議でなりませんが、言葉を傍らに何とかやってきたように思います。

物事の良い面を表現するのが営業だとしたら、あまりにも私は営業向きではないし、余計なことばかり言葉にしてきたように思います。表があれば裏があり、光があれば影ができることを感じつつ10代を過ごし、20歳の頃に哲学を通った(通り過ぎた、くらいか)ためか、私は疑わしいことに敏感で、裏側を見て、反対の面まで伝えないと気が済まない。30歳を越していくらか面の皮が厚くなったとはいえ、今でも所謂売り込みは大の苦手です。

でもこの余計な言葉たちを携えて行くしかないのだと、開き直れるようになったのも齢を重ねたおかげかもしれません。面倒な人間には面倒な人間にしか進めぬ道がきっとあるのでしょう。どうぜ先の見えぬ世の中です。真っすぐ行ったら落とし穴、なんてこともままあるのだから、どちらが正解、どちらが楽、など考えても致し方ありません。


さて、そこで面倒に面倒を重ねた道を、勝手気侭に描いてみます。

皆様からどんなご批判を受けるのか、何も反応されないのか、はたまた奇特な賛同者が現れるのかは乞うご期待ということで、下記の計画をご笑覧いただければ幸いです。


<2017年度事業計画>

事業年度:2017年4月1日〜2018年3月31日

事業予算:0円(2017年3月31日現在)

事業目的:滋賀県の生産者と消費者との情報交換を行ない、活性化を図る

事業対象:滋賀県の生産者ならびに消費者。

事業形態:組織化,企業化は、「現段階では」前提としない。

     既存組織の従業員や個人事業主、その他の個人に対し、参画にあたっての必要要件は設けず、あくまで情報交換とそれに伴う活性化に資する人材を広く募る。


お堅くなってしまいましたが、平たく言うと「滋賀県の魅力をPR」なんてお題目は、良くも悪くも滋賀県人には不向きでしょう、私もそうです、ということ。良いものがたくさん埋もれているのはどこの土地でも同じことですが、発信力や自信の無さはもはや性格として付き合っていくしかないのだと思います。

良いものがあって良いものが欲しい人がいる、そんなシンプルな構図を捉えなおしたら、無理に売ったり無理に買ったりすることなく、自然に良いものが残るのではないでしょうか。良いものが途絶える前に、良いものを手に入れられなくなる前に、やってみたいと思います。



追伸という名の本当の覚書

<最近聴いている音楽

・『Silent Passage』大野愛果

・『Fantôme』宇多田ヒカル

・『daybreak』Aimer

・『and...Life』熊木杏里

・『HEPTAGON』Goose house

<最近読んでいる本>

・『十一面観音巡礼』白州正子

2012/05/14 (Mon)

[]中欧旅行 part3 00:11

2012年3月12日(月)

ほんの少し続き


ホテルへチェックイン

ものすごく巨大なホテルだった。1000室,会議の収容人数は5000人らしい。

スポーツ団体の少年少女達が団体用フロント(一般のフロントと別!)にごった返し、なかなか入れなかった。

ポーター対応できず自分達でスーツケースを部屋に上げる。狭いエレベーター(4人くらいが限界),自動で消えてしまう照明の廊下を抜け部屋に入る。

5〜6人は入れるかと思える部屋にベッドが2つだけ。洗面所も広大で、共産圏のパワーをまざまざと感じる。色々と落ち着かない部屋だったが、自由時間によく歩いたことと、そして何よりPrahaの力に圧倒され疲れていたので、そのまま眠りに落ちる。



2012年3月13日(火)

<Czech Cesky Krumlov〜Austria Wien>


レストランは「一般の」フロント奥にあったが、廊下の長さが尋常ではなかった。サイズと味は当然比例しないが、何となく多く食べるくせがついてしまい、結局腹いっぱいに食べる。

前日は出発ギリギリだったので、早めに部屋を出てフロントへ。スポーツ集団(イタリア人らしい)を脇目にバスへ。

一路Cesky Krumlovへ。前日の疲れもあり半分くらいうとうとしながら、バスは徐々に高度を上げていたようだ。道の脇には黒っぽく固まった雪も残っている。


予定より少し早くバスは村の外の駐車場へ。

降りた雰囲気は昨年行った信州と似たようなところがある。郊外避暑地(のシーズンオフ)といった感じで、駐車場も閑散としている。

谷間のアーチは城(Cesky Kromlov城)のためのアーチだったようだ。アーチをくぐると箱庭というか宝石箱というか、本当にこじんまりとしたそして本当に美しい町並みが見える。Prahaも上からの眺望が素晴らしかったが、Cesky Kromlovのそれは凝縮感というか、何もかもその景色を作り出すために存在するようなものであった。ヴルタヴァ川に抱かれた小さな小さな町はそこへ入る前からこの旅でのハイライトに近づいたことを予感させる。


狭く曲がりくねった路地を抜け、メインストリートと思しき通りに出る。ヴルタヴァ川にかかる木の橋から見上げる城は、そこに建てた手法を考えたくなるような、緻密な計算の上に建っていた。

皆で路地裏(この町は全てが路地裏と言っても過言ではない)のレストランへ行き、昼食を取る。本当にどの路地を切り取ってみても可愛らしく美しい。

現地のガイドさんが遅れていたため、添乗員さんのおすすめスポットを案内してもらう。中心の広場から少し坂を上がったところにある小さな広場は、ヴルタヴァ川を挟んでCesky Kromlov城が一望できる絶好の撮影スポットだった。パノラマにして残しておきたい景色。ガイドさんが到着するまで退屈することはなかった。


展望スポットの向かい、HOTEL ROUGE(ぜひ泊まってみたい!)の隣にある聖ヴィート教会へ。Prahaを見た後では特に何か特徴があるような教会ではなかったが、郊外の教会ということで古ぼけた趣きがある。静かな空間だった。


中心の広場そしてメインストリートというには少し小さな通りを抜け、城へ上がる。

内部は冬期閉館と言われていたのでさほど期待していなかったのだが、いくつかの中庭を通り抜けるなどほとんど内部と言っていいところを通りとても楽しめた。城もPrahaに比べればずっと傷んでいたし、また装飾などもそこまで目を瞠るものではないが、山を登りながら近づきその中をまた登っていく道々はとても印象的で前も後ろもずっと見ていたい、そんな道のりだった。

城を上がりきると先程下をくぐってきたアーチの上へと出る。町そしてヴルタヴァ川を眼下に一望できるその場所はCesky KromlovそしてCzechの中でも5本の指に入るのではないだろうか。

しばらく写真を撮ったり景色をのんびり眺めたりして過ごし、町ではほんの少し自由時間。迷った後にピエロマリオネットを買いCzechの記念品とする。


バスへと戻りWienへ向かう。

道は相変わらず山の中を進み、Swissへと亡命したトラップ大佐映像が思い起こされた。国境はごくごくシンプルに通過。昔は検査所があったようだが、今は建物が残るのみだ。

Czechで買ったルートマップを見ながらAustria最初の街Lintzを通っていることが分かる。車が圧倒的に増えたように感じる。町にはScodaのディーラーもあったが、ドイツ車の割合が増えているようだ。ハイウェイから見える景色も少しずつ変わってきた。ドイツ風なのか黒い屋根に小さい窓、白やピンクの壁の家々が目立ち、オレンジ色の屋根はほとんど見られなくなった。


夕闇が迫りバスはWien市内の環状道路都心部へと進んでいく。ゴシック調の建物が多く建ち並んでいるがPrahaの後では麻痺してしまう。


ホテルは市内の中くらいの通りに面していて分かりやすい場所。綺麗なロビーにはバーもあり、この旅行で最も都会的な趣きだった。

夕食の前に荷物を部屋に上げる。部屋は内角部屋とでも言うべきか。少し広く隣がいない部屋でゆっくりくつろぐことができそうだ。


食事はバーの奥にあるレストランスペース(ここもおしゃれ)で、Wienner Schnizelをいただく。仔牛肉あるいは豚肉を薄く薄く伸ばしたカツレツはかなりのボリュームだったが、一流はもっと皿いっぱいになるほど拡げるらしい。衣の量ばかりが増えるではないかと思ったが、レモンと塩だけであっさりとした味付けではあった。デザートはザッハトルテ風のケーキ。スーパーは閉まっていたのでここでワインを呑んだ。白ワインはAustriaでは美味しいと聞いていたので白にしたが、確かに美味しかった。

2012/04/01 (Sun)

[]中欧旅行 part2 01:29

2012年3月12日(月)

<Czech Brno〜Czech Praha>

天候:Czech Praha…曇りに次ぐ曇り


起床

前日と同じように8時に荷物を出す。綺麗な部屋,ホテルだったが荷物の集め方なども手際よく安心できる。

食事は夕食を食べた「0階」から階段を上がったフロアで、高級感漂うレストランビュッフェスタイルだった。

ひとつひとつがやはり洗練された雰囲気で都会的。

ホテル内で会議があるのか、ビジネスライクな人が多く見られ、昨日までの朝食とは少し違う空気感だった。

コーヒーも美味しくいただき、時間ギリギリ集合場所へ。


私たち2人が最後になってしまったが、無事定刻通り出発。

ハイウェイはどんどん高度を上げ、山の中を進む。途中から霧が立ち込め小雨も混じる中、木陰には少し残雪もあった。

標高をかなり上がった所に位置するサービスエリアで休憩。水とスナックチェコ全図のロードマップを買い求め、車内で眺めながらPrahaへ向かう。


渋滞もなくスムーズにPrahaへ入る。

街並みは今まで通ってきた中欧各国,各都市と比べて破格に美しい。

古い建物の美しさは当然のことながら、新しい建物調和が保たれ、大通からの景色はどこを切り取っても絵になる。

Praha城を目指しバスは市内を抜けていく。

途中でヴルタヴァ川に沿って走り、Smetanaを思い出す。

オレンジの屋根、薄い緑色屋根などを眺めているとCzechそしてPrahaに来たのだという感が強くなる。

旧市街を脇目にバスはヴルタヴァ川を越え、Praha城へ登っていく。遠くから見ても美しいPraha城は近づくにつれその緻密さが顕わになり、目を瞠るものだった。


衛兵が2人城門に立ち、微動だにせずに(と言いたいがカメラや人の動きに目だけ反応する)城を守っている。

城内(?)のレストランにて昼食。グヤーシュと豚肉,ライスの付け合せ。グヤーシュはHungaryのものより幾分マイルドだった。ライスはタイ米のようなパラっとした米。


食後は現地の日本人ガイドの方とともに市内観光

昨日のBratislavaのガイドさん同様、東欧的なウィットに富んだ方だった。聖ヴィート大聖堂の内部へ入る。圧倒的な上への意識,天へ通じる空間を感じる。気が遠くなるほど長い年月と財をかけ築かれたPraha城は宗教的にはもちろん、政治的にも大変重要なものだったのだろう。戦争の度に破壊と再建を繰り返したというその姿は、ただただ息を飲むしかなかった。

たくさんの聖人像や壁画(フレスコ画),ステンドグラスと合間合間にある美しい装飾とそれらに守られて眠る墓の数々…ひとつひとつの歴史を知っていなくてもその力を誇示されると訪れる人間はひれ伏すのが自然ではないだろうか。


城の外へ出て歴史的な建造物群の中を歩く。

王宮現在の外観を一瞥しただけでは良く分からないが、下層から順に何世紀にもわたって建てられ、今もそれぞれの時代の建築を受け継いで幾層かに積み重ねられている。時代を反映した様式がミックスされている様は聖ヴィート大聖堂とも通じるところだ。

中へは入らなかったが、聖イジー修道院やイジー教会もゆっくりと見てみたい旧跡のひとつだ。こちらもロマネスク様式以降のいくつかの時代の建築が重層的になっており、壁の造りひとつ取ってみても部分部分で異なる様相を見せている。


続いて駆け足に黄金の小道へと入る。

ここは元々衛兵達が守っていた城壁であったところを、後に衛兵の住居、また更に一般の貸物件として時代下りながら使われていた建物で、現在土産物屋や小さな展示スペースなどになっている。

非常にかわいらしい雰囲気だが、土日ともなると人がごった返し治安の悪いCzechの中でも特に注意すべき場所のようだ。

土産物屋でブックマーククリップ,クルテクのぬいぐるみなどを買い求める。コルナは意外と早く無くなりそうだ。

自由時間いっぱい見物に費やし城壁の外へと出ていく。ここは景色が素晴らしく旧市街の建築物が一望できる。有名なカレル橋はもちろんのこと、麓の宮殿や橋向こうの劇場など整った街並みは他の中欧諸国と比べても段違いの美しさだった。一箇所真っ黒な壁が聳えているが、これは中世時代グロテスクな趣味が流行した際、貴族が自分の屋敷に作った人工的な壁だそう。近づくとより不気味な様相を呈しているそうで、これは次回のお楽しみか。


道が一部塞がれていて立ち往生したりしたが、無事に城のある丘から麓へ下りる。ここでも街の景色は十分に美しいが、カレル橋のたもとから更に雰囲気は一変する。

聖人像などが立ち並ぶカレル橋はPrahaの中でも人気スポットのようで、観光客と大道芸人,物売りなどが平日にも関わらず賑やかだ。人形遣いの男は日本の『サクラ』を演奏する。

橋の石畳,ヴルタヴァの流れとそれを見下ろすPraha城。この景色はどこをどう切り取っていいのか分からなくなるほどだ。切り取ると全部が絵になってしまう。


橋を渡って旧市街の中心部へ。

道が入り組み先がよく見えない街並みはヴルタヴァの曲がりくねった流れのせいかそれとも外壁に対する備えなのだろうか。どちらを向いているのか分からなくなってしまう。

観光案内に有名な天文時計がある旧市街広場にてガイドを受ける。

広場から放射状に道が路地が拡がり、どちらへ行っても見るべきもので溢れている。『プラハの歴史』で目にかかりたいと思っていた聖アネシュカ修道院場所をガイドの方に尋ねる。そんなところをガイドしたことはないと驚かれるが、お奨めしたい場所ではあるとのこと。路地の先で少し難しそうだが行けそうに思えた。

天文時計が動く時間が近かったので皆で見物。仕掛けはとても複雑だが、かなり小さなもので、真正面に陣取らないとよく見えなかった。1時間毎に動くらしいが、おそらく四半時間前には場所を確保しないと、あの人だかりでは難しいだろう。


ボヘミアングラスのショップへ行き、小休止の後1時間半ほどの自由時間。聖アネシュカ修道院を目指す。道すがら重ねていないバウムクーヘンのようなお菓子を食す。素朴だが美味しいと言えるかどうか…砂糖まみれになってしまった。

アネシュカ修道院がなかなか見つからない。どう見ても地図と実際の道が違うのであった。行きのバスからそれと思しき建物を見ていたので、一旦ヴルタヴァ沿いまで出てみると、やはりそれで間違いないようだが、今度は入口が見つからない。もう一度よく見てみると裏へ回るよう書いているようだと、奥様が見つけてくれた。裏へ回るのも少し難儀したが、なんとか正面へ辿り着く。

扉が閉まっている様子…悪い予感がするが近づいてみると、なんと休館日であった。残念だが仕方なく門からの写真だけ収めて中心部へ戻った。

中国人のやっている日用品店で水とワインを買い、土産物屋などを見て回った。天文時計を模した時計を買ったが、店主の兄弟が日本でDJをしているとかで丁寧に応対してくれた。ボヘミアングラスの小さなグラスを3セット買い、自宅そして両家へのプレゼントにする。


夕食はPrahaの繁華街、ヴァーツラフ通り沿いのパブへ。付け合せの「クネドリーキお腹を膨らませるためにあるのだとか)」はパンを丸めて団子にしたような雰囲気。完食はしたが、残している人が多いのは推して知るべし。

2012/03/20 (Tue)

[]中欧旅行 23:08

2012年3月11日(日)

<Hungary Budapest〜Slovakia Bratislava〜Czech Brno>

天候:Hungary Budapest…曇りSlovakia Bratislava…曇り時々小雨Czech Brno…晴れ 気温:12〜15℃


起床

気持ち良く過ごしたホテルで荷物をまとめる。

BBC NEWS3.11の特集を見ながら準備をした。1年前のあの日は本当に信じ難く忘れ難い一日になったが、それは日本に限らないのかもしれない。野田総理や天皇陛下哀悼の言葉をHungaryでライブで見ることになるなんて1年前には夢にも思わなかった。

レストランで食事を取り出発。


初日,2日目に続いてチェコナンバーのバスVOLVO)で出発。

カレルさんというドライバーさんの名前プラハの「カレル橋」で有名な英雄名前から来ているそう。

BudapestそしてHungaryとはこれでお別れ。また来たいという人が多い国だそうだが、気持ちは良く分かる。この国独特の空気感は日本人にとって心地よいものだった。


ハイウェイSlovakiaへ向かう。

道中、最後にハンガリーの通貨フォリントを使えるサービスエリアに停車。ちょっとしたリキュールと水などを買い求める。アロエベラ入りのジュースブラックカラント味)は独特の香り。美味しいとは言い難いが、ちょっと日本人には考えつかない味だった。


国境越えはごくごくあっさりしたものだった。以前はゲートがあって中間地帯を挟みしっかりした審査があったらしいが、今はゲート跡が残るのみ。少し速度を緩めて通過しただけだった。

Slovakiaに入って景色が変わるということはなかったがBratislavaは少し離れたところからでもそれと分かる街だった。


高層ビルやマンション群などが立ち並ぶ新市街はとても都会的。BudapestのPestも都会だったがBratislavaの方がずっと近代的だった。展望タワーがある橋を渡り中心部へ。

観光センター一角のようなところで昼食をいただく。

ブロッコリークリームスープと牛肉の煮込みニョッキ付、カスタードケーキというメニュー。日曜日ということもあり建物の中も暗かったが外の景色も曇天でぱっとしない。

中欧,東欧だなという雰囲気はとてもあったが青空を期待する声も。

目の前をドナウ川を流れる、というと美しい風景を想像するが実際は実に東欧らしい鈍色の風景だった。

ニョッキそして「ういろう」のようなケーキはなかなか無くならず、ほとんどの人が残していた。


食事を終えて現地ガイドの方とともに市内観光へ。

まずは高台にあるBratislava城。昔の戦争で破壊されてしまったそうで、今は19世紀頃に建てられたとのこと。現在博物館への改装工事中で正直あまり雰囲気のある場所ではなかった。

Bratislava城に続いて旧市街へ。

旧市街はBratislava城から見るとオレンジ色の屋根が美しいが、実際に間近へ来てみると少し寂びれて破れた壁などが目立つ。

ガイドの方も再三スリやジプシーの話をされていたので、実際あまり治安なども良くはないのだろう。

目印になっている塔(これも色が剥がれておりあまり綺麗ではない)をくぐって、旧市街の中心部へ。日曜ということもあり一部のカフェや土産物屋をのぞいて店は閉まっている。時折黒っぽい服装の人間が睨みを利かせているが、これだけ人通りが少ないと仕事にならないようで恐怖心は少ない。

中心の噴水(冬期は止まっている)がある広場まで行き、小一時間の自由時間。

市庁舎裏の有料トイレでは母娘が番をしている。とても綺麗なトイレは80cent。US POPが流れていた。


二人で旧市街をぶらぶら散策する。風が強く気温よりもかなり寒く感じる。マクドナルドへ入りコーヒーをテイクアウト(€1-)。

路面電車はあまり人を乗せずに走っていた。

少し街外れに近い土産物屋へ入りBratislavaのガイドブック。奥様は猫のブローチ(中欧テイスト満載)を買う。

広場へ戻り再集合、旧市街を別ルートで戻る。とても寂びれた教会を写真に収め、風の吹かない路地を抜ける。アパートの裏庭といった感じ。

バスへ戻って一路Czechへ。景色はあまり変わらない。


Czech Brno

インターチェンジに近づくと車の量が増える。Skodaの車が一気に増え、Czechへ来たことを実感する。一般道は日本の郊外と同じように大きなショッピングセンターや車のディーラーが目につく。

BrnoはCzech第二の都市だそうだが、いわゆる都会とい感じの印象と郊外雰囲気がそれぞれ合わさっているような気がする。

ホテルへ着きバスを降りる。外観もおしゃれだが、ロビーはいっそう鮮やか。オレンジ色の内装は派手というより優しい色使いで、中欧というより北欧に近いイメージのセンスを感じた。

部屋もチェックの床やストライプ椅子など隅々まで気の利いた作り。

ここもバスタブや服を乾かす温水パイプがあり嬉しい。

夕食までの時間をガイドブックなどを読み過ごす。


夕食は酸味の効いたサラダ(野菜のカットが細かい)と鶏肉のソテー,ライス付そしてバナナ味のケーキ。ソテーはマッシュルームの味がソースに良く出ていて美味。

ライスも美味しく、皆が平らげていた。ケーキも悪くない。


食事の前に他のツアー参加者の方からスーパーを教えてもらっていたので、散策がてら行くことに。営業時間に余裕があったので、ゆっくり店内を見て回る。

物価はHungaryに比べると割高。物によっては日本とさほど変わらないが、ビールチーズは安かった。合わせても日本ではビール1本買えるか買えないかの値段。

りんごビール(500ml),チーズジャム,水(ガス入),キャンディー24個を買って160Kc強。

部屋に戻って風呂上がりにいただく。Pilsner Urquellは缶ビールとは思えない泡。チーズウォッシュ系の匂いが強く鼻についたが、とても美味しかった。



[]中欧旅行 17:06

ご無沙汰しております

3月9日から16日までお休みをいただき、中欧旅行へ行って参りました。


せっかくですので少しずつ更新しようと思っております

個人的な覚え書ですので、文体等統一感がないですがご了承いただければ幸いです。



2012年3月9日(金)

<日本 大阪〜Holland Schipol空港〜Hungary Budapest>

天候:日本…小雨 Holland…曇り Hungary…晴れ


江坂発の御堂筋線にて出発。

ホームにてスーツケースの鍵を忘れたかもしれないことに気付く。


はるかに乗車。

自由席だが席はまばら。ゆるゆると天王寺を通過して関西国際空港へ。


出発ロビーを通過。

見送りに来た両親は間に合わず、ウイングより電話のみ。


搭乗手続き開始。

飛行機は10分遅れの11:25出発予定。

空色の機体は雨に煙り綺麗に見えず。

TwitterFacebook,Mailを一通りチェックして電源OFFに。


ようやくテイクオフ

雲で景色は全く見えず。


眠ったり起きたり繰り返して気付けばあと3時間程。

食事は思ったより味もボリュームもまともで、これくらいなら続いても大丈夫かな、という感じ(ただ離陸直後の焼きそば(?)は不思議な味)。

オランダ航空(以後KLM)のJukebookを50曲いっぱいまで入れて、POPROCKJAZZを雑多に聴きながら本を読んだりうたた寝したり。


Amsterdam Schipol空港着。

5時間余りのトランジット空港内のショップ,美術館(国立美術館の別館だそうな)などを見て過ごす。

黒パンのサンドウィッチ美味。


乗り換えで改めてKLMへ。

小型便はほぼ定刻に出発。


Budapest国際空港からバスでホテルへ。

郊外工業地帯のよう。

Pest側から市街地へ入る。

街並みはとても整った感じ。路地には駐車の列がぎっしり。

ドナウ川沿いに走り、川向うに王宮などを望む。

とても美しくライトアップされていた。

Buda側はもう少し街並みが入り組んでいる。

中心地のターミナルから5分程でホテルへ。


有難いことに部屋にはバスタブがあったので入浴。

部屋はツインで広さも十分。空調は効き過ぎるくらいで、消しておくことに。



2012年3月10日(土)

<Hungary Budapest>

天候:Hungary Budapest…快晴 気温:9~12℃


起床

部屋の中は暖房を切っていたが、十分に暖かだった。

窓の外に拡がる斜面の景色は朝の光で独特の色彩を帯びていた。


朝食

「R」F(日本では2Fにあたるフロア)にて朝食バイキング

自由に出入りできるのが不思議な感じ。今回のツアー以外にも日本人観光客が多く、日本語とドイツ語がほとんどを占めていた。

ポテトサラダキャベツの酢漬け(というか酢「和え」という感じ),ラタトゥイユウインナー2種,ハム2種,パン4種,フェタチーズ牛乳と採り過ぎる。ウインナーが美味。

食事のときにバルコニーに見えた鳥が、大きくて驚く。

食事後少し外へ出てみるとかなり冷え込んでいた。


出発

昨晩に続いてHungary人のガイドさんと市内観光

午前中はドナウ川に霧が立ち込めているため、高台のBudaは後回しにしてPest側から

英雄広場」スケールが桁違いに大きい。

立っている銅像の高さもさることながら、広場の広大さがとても印象的。

中央に向かって左右に美術館。EUでの指折りのコレクションらしい。


「聖イシュトバーン聖堂」どちらが正面と言われても分からないほど一面趣向を凝らした壁面。向かいの銀行までも芸術的だった。

聖堂はとても屋根が高く、内部も縦方向の空間が強調されていた(90数メートル)。

ただ、思ったほどの神聖さは感じられなかった。


ハンガリー刺繍の店

聖堂からほど近い路地にある小さな店。

日本人の店員さんがいて丁寧に説明してくれる。製作の実際はとても細かなもので、一本一本線を紡いでいく作業、そして糸を切っていく作業に気が遠くなる。

両家の祖母と自宅用に色彩豊かなタペストリー(?)を買い求める。


王宮の丘」

昼近くなり「漁夫の砦」,「マーチャーシュ教会」がある王宮の丘へ向かう。

「くさり橋」を渡りBuda側の山(丘?)へ上がるが、麓のケーブルカーそして王宮の丘直下を貫くトンネルが何より目につく。とても大きなトンネル

相変わらず駐車車両がいっぱいの坂道を登り、漁夫の砦の真下へ。

階段を上がり、写真を何度も撮りながら徐々に高みへ。

上がりきると観光客が大勢いて、鷹匠なども。€6-で手にオオタカを乗せてくれるらしい。階段のところにいた、鳥の鳴き真似をする大道芸人も面白かった。大変賑やかしいが、さすがというかギターバイオリンの奏でる二拍子はなんとも中欧らしかった。

砦の城壁上から一番の絶景を眺める。先程までいた川向こうの大聖堂国会議事堂(これも素晴らしい建築)を一番手前にしてPest側の大平原がかなた遠くまで見渡せた。


マーチャーシュ教会は先程の大聖堂よりもその歴史を遥か遡る。

内部は大改修中だったが、厳かな空気はひしひしと感じられた。

ステンドグラスが極めて鮮やか。色がとても濃く、昼の光を浴びて神秘的に輝いていた。それを宗教に取り入れた先人はよく思いついたものだと思う。

2階(3階?)へと狭い階段を上がる。宗教的な品々が改装のため外されており、逆に間近から見物できた。十字架にかかるキリストはとても生々しく、血などは今でも流れているのではないかと思うくらいに赤黒かった。


王宮の丘を後にし山を下りる。登りとは逆に西側へ下り、先程くさり橋のたもとから見た大きなトンネルをくぐり、くさり橋から再びPest側へ渡る。

インターコンチネンタルホテルの前でバスを降り、皆で近くのヴルシュマル広場にて解散。


から夕飯までは自由行動。

ガイドブックなどで調べていた「中央市場」へ。

繁華街を抜けてひたすら南へ向かうと突き当りが中央市場建物の立派さに驚く。

ここに限らずやはりHungary、そして今回回った中欧は「石の文化」だと思う。何とは名前もついていないようなビルも様式は非常に重厚であった。

中央市場は14時までというのに多くの人々でごった返していた。

添乗員さんに教えてもらった揚げパンを食す。とても素朴に生地を伸ばし、油に放り込んだ(文字通り放り込むのだ)ものトッピングをする。奥様はマッシュルームとチーズ,ハムの乗ったおかず風のもの、私は砂糖をまぶしただけのシンプルものを選び、市場内のベンチで食べる。とても大きい上に具もたくさん乗っていて、これだけで十分に満腹になった。

途中トカイワインと一緒にスーパーで買ったガス入りのミネラルウォーターが美味しい。

市場は2階がフードコートのようで1階が市場本来の店々になっている。チーズやサラミ,青果パプリカ(Hungaryではパプリカをスパイスとして用いる)の店が目立つが、どれもボリュームが多く、小さなフォアグラ(こちらでは庶民的な値段からある,高級品はもちろんそれ相応のお値段)とサフラン(こちらもとても安価)のみ買っておいた。


朝の「英雄広場」から見えていた美術館が気になっていたので、中心地の広場まで戻り地下鉄で移動。

この地下鉄は19世紀からのものということで、大陸では最古の地下鉄らしい。独特な紙(紙切れ、という趣)のチケットを使い公共交通機関は利用できる。

切符を買ったら脇にある小さな黄色い機械にチケット差し込み(つまりこれで改札したことになる)入場した証明にするのであった。チケットの端が切り取られるだけで非常に心もとないが、特に検札などを受けるわけでもなく車内へ。

小さな2両編成の黄色い車両は音がとても大きく、ドアが閉まる度、発停車する度、目が覚めそうな音を立てる。

8駅ほど乗って、英雄広場の脇へ到着。


西洋美術館」

人影もまばらな正面の階段を上がりゴシック調の建物へ。

チケットは1,800Ft。買って入場すると荷物をクロークへ預けるよう促される。地下のクロークに荷物とコートを預け館内へ。

展示室までの回廊とも呼ぶべき大階段の通路を延々と歩く。中は吹き抜けになっていてとても広い。

スペイン関連のコレクションが有名と聞いていた通り、中世ヨーロッパの絵画が気が遠くなるほど続いていた。キリスト受難だけで何点だけで何点あったろうか…迷路のようになっている部屋部屋を進んでいく。

奥様が少し前に七藝へ見に行ったという映画『ブリューゲルの動く絵』、そのBruegelの絵画を見つける。自然や動物を対象にしたJan Brueghel the Elderの作品と人物を対象にしたPieter Bruegel the Elderの作品は対照的であった。奥様は後者、私は前者を気に入る。

スペインコレクションを越えるとオランダコレクションが始まる。オランダは色彩がスペインより柔らかい感じで個人的にはこちらの方が好み。

Camille Corotを思い起こすような絵があり、「Corotはオランダ?」と奥様に聞かれるが曖昧…(調べてみるとフランスらしい)。しかし、似たような色彩の作品が多かったため探していると2点収蔵されていた。

写実的なようでぼんやりとしたCorotの絵はここでもやはり綺麗だった。

後半は時間と集中力限界から駆け足で鑑賞。

それにしても巨大な美術館で、絵画に造詣の深い人にはぜひ進めたい場所だった。


地下鉄でPest中心へ戻ってGERBEAUDのカフェへ。ガイドさん曰く19世紀からの歴史あるカフェということで価格も一流だったが、チョコレートケーキは抜群に美味しかった。ただ量が多く満腹になる。


夕食のため待ち合わせのホテルから船へ移動。名物料理のグヤーシュをいただく。

船は係留されており動かないが船での食事ということで友人の船上ウエディングを思い出した。

食後はドナウ川クルージングのため、「動く」船へ移動。両岸の歴史的建造物やBudaとPestを繋ぐ橋々を見ながらだったが、季節柄甲板は冷え込み、折り返しの手前で船内へ降りる。J.シュトラウスを聴きながら30分程うたた寝した。

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