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研幾堂の日記

Quemadmodum desiderat cervus ad fontes aquarum,
ita desiderat anima mea ad te, "Veritas".

Noli foras ire, in te redi,
in interiore homine habitat veritas.

An invenisti, anima mea, quod quaerebas?

ΛΕΓΕ ΑΥΤΟΣ ΚΑΙ ΠΕΡΑΙΝΕ

ex magna luce in intellectu magna
consequuta est propensio in voluntate.

最新タイトル

歴史的罪なるものを個人の意識レベルに位置付けてはならない
歴史と罪悪・・・、そしてそれへの謝罪なるものを・・・
自衛隊違憲、安保法案違憲、そんな違憲論よりもさ
人文学の・・・
久しぶりに
 

2015-10-04 歴史的罪なるものを個人の意識レベルに位置付けてはならない このエントリーを含むブックマーク

 しばらく間が空いたが、前回の続きである・・・その前回のもの、読み返すと何かと足らぬところばかりで多々不満があり、あちこち書き直したいが・・・。ともかく、前回の轍を踏まぬよう、今回は一つのことにだけ集中しよう。

 その一つは表題に表したことであって、これを面倒な書き方に陥らぬよう注意しながら説明的に述べ表すと、何十年も前の戦争で日本軍が犯した犯罪残酷行為などなどについて、個人の良心において己が罪悪を認めるがごとくに、歴史的罪なるものとして意識するようなことはしてはならない、ということである。

 ・・・そうする必要もないと述べることも目指したいし、前回のはその準備のつもりであったが、それがどうもまだ私の頭の中では整理しきれていないようで、また不満の残ることになりそうだから、今回はそこまでを目指さない。目指すのは、そんなことをするなという一点である。


 今の我々が我々自身の行為について、また今の我々の社会の中での諸々の行為について、それを罪悪として認識したり判断したりするとき、我々はそうした認識や判断の根拠となることども、例えばそれは良心でもあろうし、倫理観でもあろうし、より素朴な感情でもあろうし、また何か明確な意識態度であろうが、これらの何かに基づいて罪悪の認識を行う。これら根拠として働くものは、さらに、もし何らかの罪悪が自らの犯したものであるならば、いわゆる謝罪反省に勉めることを自らの課題とも義務ともすべきことを教える。

 こうした認識や判断、そして贖罪的な自覚は、今の我々各人が生きてきた中で形成し構築するものであり、またそこにしか起源を持たない。この生きてきたところなるものに特記すべきものがあるとすれば、その起源的な場には今共に生きる人々が含まれていることである。

 これはすなわち、我々各人が自分がそこに属している(と意識される)社会のことである。各人の意識は、共に生きる他の人々によって、あるいはそれらを通じて、またそこに生きる社会によって、あるいはそれらを通じて形成され、構築されるものであると言うこともできる。

 この構成にあたって、個人と社会とはいわば相関して関わっていて、社会的に形成された罪悪概念や罪悪感情といったものと、個人がそれとして持つものとは、互いに互いの土台ともなり、互いに互いを変化させる原因として働くものでもある。

 相互に契機となって、今の我々各人の自己理解が深められ、今そこに生きている社会理解が持たれていくが、この相並んで営まれる理解は今そこにある現実(として捉えられているもの)に即して展開される。そしてそこから外れないし、外れてはならない。

 と言うのも、自己自身や人間、社会や文化といったことどもの現にある通りのその姿(として把握されるもの)に定位しないでいるならば、言い換えれば、実在的でない非現実の自己や人間、空想的で仮構的な社会像に自己理解および社会意識の構成を導かせるならば、我々は実際はどこにも存在しない人間になろうとし、どんなにしても成立しない社会を目指していくことになってしまうからである。


 前回からの話題に関して言えば、歴史的な罪なるものをして、自己理解の進展や社会像の展開を導かせることは、もしその歴史認識なるものが現実認識たるものとして十全なものである場合以外は、(このことが不可能であることを示してみたいと前回は目指していたつもりなのであるが・・・)その非現実性の程度に応じて、実在しない人間、出現しない社会を目指させるものになってしまう。


 悪や罪に関して、我々銘々が持つところの、すなわち自己意識的な理解も、社会的に共通(的なものとなるよう目指され、その結果)共有される理解も、今の我々の現実認識及び実在的姿として妥当とされところ、せめて常識的な通念となっているところから作り上げられていくべきである(し、そうした仕方以外の構築は不可能であると私は思っている)。


 そうした土台からでなく、例えば歴史といった(、あるいは社会学等でもそうしたきらいがあるが、)再構成されたものを土台とすることがおかしなことであるのは先に述べたが、前回からの話題たる歴史的罪、歴史的反省、そして歴史認識なるものを政治的要求のために重視し、政治的主張の根拠に意義付け、そして政治的理念、それどころか社会的指導理念あるいは価値観として位置付ける議論にあっては、問題がまた別の仕方で現れている。

 その議論では、悪や犯罪の内容、あるいは概念をまず以て措定し、繰り返すがしかもそれを我々の現有の自己理解や社会像とは全然に別のところから作り出して、そしてそれを絶対的に固定して出発点として、我々が自ら作り上げ、また作り上げられて有している自己理解や社会像を改変するように働かせるし、そうすることにその議論の意義があるとするところである。

 しかし、客観的な歴史認識の所産だといくら言われるものであっても、かような断定的に措定された過去なるものをして現在の現実を認識し理解することは、現在の経験からは与えられないものによって、現在の経験を意味付けていこうとすることであって、一般に観念的とも虚構的とも言うべきものである以上に、それが悪なるものを基軸とするものであることで、一種のカルト宗教的な意識変容を生じさせる働きをするものとなってしまっている。

 すなわち、戦争時の日本人はかように残虐で悪なるものであったと言いながら、今の日本人はかように残虐なものであると言うのに移り、戦争時の日本国侵略的で野心的で軍国主義的な国であったと言いながら、今の日本国はそうした国であると言うのに移り、そして今の我々がそんな日本人にならないように、またそんな日本国ではないようにと言いながら、次のことが肝心な問題点である、そうしながら我々が有しているし、これまで積み重ねて作り上げてきた自己理解と社会像とを、全く別のものに作り変えようとするのは、これまた次のことが最も忌むべきところである、人をして罪や悪の意識を肥大化させ、彼に自己否定や現実からの逃避を生じさせて、その否定したものの代わりに、教祖・教団の教理を彼の心に植えつけ、避けるべき悪世界から逃げ込むべき幸福で善なる世界であるぞと、教祖・教団のための生き方に隷従させる、かようなカルト的性格を十二分に帯持っているのである。


 だから私は、歴史的罪だとか、歴史的反省だとかいったことを、個人の意識レベルのこととして受け止めるなんて、絶対に、してはならないと言うのである。

 

 ・・・とりあえず一つことはこれで言ったことになろうか。他にも言いたいことや、書いてみようかと思うことはあるが、整理の悪いものになりそうだからここで終わり。


 Mac の新しい OS をインストールした。日本語変換も新しい方式のものになった。入力するそばから自動漢字へと変換されていくのに、最初は戸惑ったが、まだ少し慣れただけだけれども、意外と文章を作りやすくなった気がする。辞書ソフトに、ドイツ語英語フランス語―英語のものが加わっていて、これはまあ正直言って簡略なものに思うが、それでもあればあったでありがたい。メモソフトの刷新は、確かに使い出があるものになっている。画面を分割してのウィンドウ表示とやらは、今のところはまだ、何に良いんだか分からない。最後に、私はよく再起動するのだが、以前のバージョンの時よりも、時間がかかるようになったと感じる。・・・と、感想を書き付けて終わり。

2015-08-28 歴史と罪悪・・・、そしてそれへの謝罪なるものを・・・ このエントリーを含むブックマーク

 歴史と罪悪とはまったく別のものであって、これを合成して例えば歴史的な罪といった概念とはなり得ないこと、そしてまた、そうした歴史的罪への謝罪なるものを今の我々が行うものとして理解することはできないこと、いやそうしてはならないことを、以下で述べる。


 さてまずは。歴史上の出来事に、何かしらの意味で罪や悪なるもの、しかも今我々が所持している善悪の理解や倫理観でのそれらが指摘できるかどうかと言えば、そんな指摘を含んだ記述は歴史的記述とはなり得ない。歴史的な事象と言わずに、過去行為とか過去に行われたことと言うならばどうかと言えば、行為の正義や罪悪を言えるところよりそれを可能であるとするならば、それは歴史的認識の態度をやめて、現在の倫理観を持ち込む態度を許すときのみであろう。

 それ故それもまた歴史的記述ではないと言えそうだが、ここは私にも分からない。価値理念や関心、もしくは視点の設定をまったく排除することなど、どうもできそうにないことだから。しかしはっきりと言えるのは、倫理観や善悪の判断基準、関心のあり方、視点の立て方に反省を加えることが拒まれているならば、つまり絶対的なものとしてそれらが持ち込まれているならば、まずは学として疑わしいと言われようし、さらにはおよそ人間の認識の限界否定した傲慢さを言われよう。

 ところで問題なのは、歴史と善悪とを合成した認識があって、しかもそれは我々の意識形成規定する力を持つ、あるいはそうした働きをさせるべきである、とされることである。

 そも善悪、正義不正義、適正と不当、倫理的な価値、もしくは文化的な価値を含んでの是非の区別は、今の我々が可能な限り明確にするよう努めねばならないものである。そして、倫理的なものも含めて価値判断一般は、我々が様々な価値を帯びた世界を形成する主体であるためのものである。ところで反省というものは、今何かを為している(、また為す能力のある)主体に関して行うところのものを言う。また反省とは、かかる自己対象とする考察によって得られたものを、自己理解の一部とすることでもある。

 この反省によって、我々の主体的意識が、複雑で多様なものを、その持てる能力によって、何かしら統一的に把握する能作によって構成されていることが知られてくる。さらに反省的自己理解より明らかになるのは、およそ歴史にせよ世界にせよ、この能作者たる存在によって、初めて存在するのであって、この逆ではないということである。我々の主体たる意識は、世界の特定の事物によって、当然にまた過去の特定の事象(過去為された行為も含む)によって指示され、規定されるものではないのである。また特定の事象を優越的な契機とするのでも、決定的な原因とするのでもないのである。

 しかるに指示力、規定力、契機性、原因性を誤って措定して、歴史も含めて、多様で複雑な事象よりなる世界から、およそ何か一つの特定のものによって、我々の主体的意識が出現するとみなして、我々が(反省的に自己理解される)主体的意識ならざるものをそれとして誤認するならば、主体的意識よりするもの、例えば我々の様々な行動をおかしくしてしまう。いかなる価値判断も不明瞭なものにしてしまい、あるいは必要な限りもしくは当面に利用しうる限りでの基準として役立たないようにしてしまう。またその転倒した自己理解は、我々が様々な行為によって作り出し、またそこに依拠する秩序(例えば文化、社会、国家、世界)を理解させなくさせる。我々は自分を見失い、それによって世界を、当然に歴史をも失うのである。


 以上のことが、以下に記すものどもの趣旨、もしくは前提となる考え方である。で、調子をここから変えて、最近のもののように長いのを記していくことにしよう。


 話の順序としては、歴史的な罪なるものは概念として存在しないし、それゆえに、そんな罪なるものを巡って反省や謝罪が、個々人の意識レベルまでのものとして、求められたり、あるいは贖罪といった責務が、同じく個々人の意識レベルまでのものとして、課せられることなどないと示した上で、次のことを述べるべきであるが、歴史認識、歴史反省、あるいは歴史謝罪なるものを唱える人やその主張を受容している人にあって、これが背後に意識されてしかも隠されていると、歴史とはどんなもので、罪とはどんなことかを明らかにするつもりで何を言っても、そんな考察などなんの効き目もないので、まずはそれを取り除いておきたい。


 さて、植民地支配侵略痛切な反省、そしておわびという四タームをキーポイントとする歴史認識、あるいは歴史反省は、この四つの語が中国韓国からの要求項目であったことから自明なように、日本との国家関係一定の方向に作り出していこうとする、外交的政治的意図からするものであって、それ以外のものではないという点を確認しておこう。

 それは、日本と中韓との間に国家的関係の枠組みを作るものであり、その外交的関係性が定まったならば、さらにその関係性を根拠にして、具体的な種々の要求を課していくのを意図したものであって、我々はこうしたある国家の他の国家に対する外的欲求を、端的には、権力の欲望であると認識すべきである。それ故また、道徳的言辞論理という虚飾を帯びた権力的言説、かようにも言われるべきものである。

 またこの関係性は、被害者加害者なるものとして言われることがある。しかしながら、他方で中国は、また何故か韓国もまた、日本に対して戦勝国なる地位に自らがあると高らかに謳い上げている。勝者にして被害者とは、それぞれ文字通りの意味を明確に保ちながら受け止めるに努めたなら、いかなることの有り様を言うものであるのか、おそらく誰も明瞭に整理された理解を与え得ないであろう。

 多大なる被害を受けつつも、その苦境を乗り越えて勝利したという風に両者を結合させて、被害者にして勝者であるとの二性格が同居していることになんら不思議はないという人もいようか。しかしそれは、勝者を戦争の勝者として十分に解していない。一般に戦勝者には、戦争を仕掛けてきたものに対して、懲罰的な、時には報復的な要求を発することできる立場、あるいは権利というものがあるとされるのであり、かような強力な権利の内容を顧みれば、勝者はもはや被害者ではないのである。もしなおそれでも被害の様態が強調、重視されるとすれば、それはかかる権利を有する勝者の要求を、それに応じて大きなものにする根拠としてのみ意味を持つであろう。

 相手に加害者性を認めさせ、自らに被害者性を承認させて生じるところの関係性は、報復や復讐の履行以上のものであるところの、被害の回復に必要な資金および物資を相手に要求する権利を自らに与えるのであるが、この権利の行使およびその権利の実現には、いわば宥和や和解、あるいは贖罪的な意味を与えることもできる。そしてこの意味を与えうるのは、唯一、勝者のみであって、ここからすればいわば広い意味での道徳的優位性までもが、勝者には付帯するのである。

 さらに戦争の勝者と敗者という相互関係は、国家的地位の上下の性格をそれぞれに与えるものである。そこから見れば、歴史反省や歴史認識の要求は、日本に対して優越性ある両国間の国際秩序を作り出そうとする狙いを持ったものである。さらには東アジアで中国が覇権的な地位を占めること、アジア圏の中華秩序、あるいは古い言葉で華夷秩序を構築しようという野望の、その取っ掛かりとも言えよう。歴史認識、歴史反省に纏わされている、すべての表面上の装いを剥ぎ取るならば、権力の欲望の表明に他ならないのである。


 続いて、もう一つ先んじて退けておくべきものを、しかし同じく、話の順序としては後に述べるべきものを、早々に記してしまおう。

 日本国内にあって、日本人より発せられる歴史反省、歴史認識を求める声も、私には、権力の欲望の声にしか聞こえない。ただしそれは、端的な政治権力とか国家権力の欲望ではなく、強大な力に翼賛することで、その力に与ろうとする、そうした欲望である。また、強大な力に翼賛して自らに分け与えられた力を、より弱いものの支配に向けて行使する、そういう醜い、しかしごく普通に見られる権力行使である。・・・こうした翼賛言説という日本の悪癖は、まだ広く了解されていないか。しかも左翼やリベラルにも深く根付いているのに、それがまつたく反省されていない病癖は。

 あらため、一般に罪、加害、過失、あるいは不注意といったことに無反省である者に向かって、その無知をたしなめる者は、ある種の道徳的優越に立つ。この優越性は、多くの人に是認された価値に立脚してのものであるならば、容易にかつ自然に生じてくる。それによる優越性の否定は、是認された価値の否定に通じることから、先の容易さと自然さに反比例して、困難なものとなる。それによって、我々は価値の意義を認めると同時に、その価値に立脚する者の優越性を認めざるを得なくなる。

 ところでこの道徳的優越者は、私の感ずるままに言ってしまえば、道徳性を真に備え持っているのは稀である。しかし多くの場合、それによって得た優越性を利用することにのみ長けている。それを利用する様は、あたか権力者の力のように、命令する力を持ち、束縛する力を持ち、そして時に懲罰することすらある。

 この道徳的優越者は、自分の言葉が無視されると、道徳性など微塵もなく、無様に激昂する。それはまた、自分の上位性が否定された憤りでもあるかと感じられる。そんな感情を体験する我々は、価値を怠過していることが責められているのか、価値への無理解が非難されているのか、それとも彼の優越性、上位性、あるいは権威を認めないでいることをなじられているのか、まったく区別することができない。

 結局区別することなど出来ず、道徳的優越を得る言説を発する者は、何かしらの価値を根拠に、なすべき行動の様を命令し、束縛し、そして懲罰しているのである。そんな者に見つかってしまった我々は、何かしらの価値にことよせて、命令され、束縛され、そして懲罰に処せられているのである。つまりは、彼は権力者のごとくに、そして我々は権力に服従するもののごとくにある。

 かくして、歴史的罪なるものがあるとしても、その認識や反省を彼らの言説に強制されておこなうべきではない。およそ認識や反省は、権力に命じられて行うものではなく、権力に束縛された中でするものではなく、権力の望むとおりのものを得られなかったからといって、懲罰されるようなものではまったく無いのであるから。


 そしてようやく本題。さて、歴史とはそもそもなんであろう?。私なりにもう長い間、これについて考えて来たが、いまだに明瞭にできていない。完備された理解など、はるかな山また山の彼方のものである。どこを目指して、どうした道を辿っていけばよいのか、その見当もおぼつかない。見慣れた里山、いや、整備されしつらえられた公園小山スケッチぐらいのつもりで言うならば、さしあたってはこうしたものであろう。

 すなわち歴史とは出来事の系列を捉えたものである。その系列は、因果に準じた関係で諸事象を連関づけたものであって、しかもこの諸事象は、無数にあるものの中から、何かしらの観点から、時には関心から、また時には価値観に従って選びとられたものであり、またその系列は、この選択と連関づけを何かしらの理念的なもの(本質、理念型)に照らし合わせることで与えられるものである。まことにラフなスケッチであるが、ともかく、歴史認識というものもまた、選択、連関づけ、理念、因果関係、そして系列の把握によって得られるもののことであるとしておく。

 歴史は諸事象の系列よりなる。それがどんな系列として得られたものであるかは、上のとおりとして、さてここで悪や罪なる性格が、あるいはそうした視点を事象の認識に持つことや、そうした性格へ強い関心を持って事象認識に臨むことが、何かしら積極的な関与をするかどうかを見るならば、少なくとも系列的連関を与える限りのところでは、不要であるところか排除すべきものであるのは明らかである。何となれば、この系列連関はある種の因果関係になぞらえられたものであるが、そこでの因果的概念には善も悪も属しないからである。

 (・・・なぜ両者は属さないのか、またそれを含めさせてはいけないのか、しばし沈潜して考えてみたいところであるけれど、ラフスケッチの範囲を外れるから、ここは我慢。)

 一旦、系列的な構成をした上で、その後でさらに、それを善なり悪なり、その他の倫理や道徳的な価値から批評、評価することはできようが、事象の系列の構成自体においては、それらは必要不可欠な契機とはなっていない。安易なやり方でそれを示すなら、善なるもの、悪なるものが歴史に出現するのは、いわば偶然的であって、いつでもどこでも歴史とは無関係に出現するからである。我々の有する、それなりに妥当な内容の歴史、どの地域、どの時代のものでもよいが、その歴史の中には、善も悪もとりどりばらばらに散見されていよう。

 標準的な、もしくは基準的な歴史的系列を踏まえて、それら関連付けられた諸事象のあれこれに、善なるもの悪なるものを見出すことも出来ようし、さらに元の系列の構成にあたって重視されなかったか、あるいはそも無視された事象をあらためて取り込んで拡張したうえで、善なるもの悪なるものをそこに言うこともできよう。しかし、この逆のことを我々は行わない。

 これは今我々がいる世界を、我々が認識したり、意識したりするときとよく似ている。我々は世界の中に、善と悪、あるいは罪なるものを、とりどりばらばらに見出すことはできるが、その逆のことはしないし、また不可能である。何かしらの善行最初見出し、そこを起点にして世界の認識や世界の意識を構成することはなく、何かしらの罪を最初に確定的、特定的に見出して、そのうえでそこから出発して多様な世界を理解するといった道をたどることはしない。

 もちろん、再解釈としてなら行われる。すなわち世界をそれなりに了解したうえで、それを罪あるものとして解釈したり、悪なるものに貫かれていたり、それに強く支配されていたりする様子のものとして捉え直すことはあろう。しかし我々は誰も悪を最初に知って、そのうえで世界を知るようになったりはしないである。世界の中に悪はあり、世界の中に善はあるのであるから。

 ・・・とはいえ、世の中には変わったことを試みる人もいて、再解釈や再構成であることをあくまで否定して、形なき悪をなぜだか最初に捉えてることができるとして、その悪の中に万物を置こうとする人もいよう。また、原初の悪から全てが生まれたといった神話や、グノーシス派のごとき神学を持ち出す人もいようか。さはさあれ、あの戦争での罪ある行為のいずれにせよ、それを万物の根源として扱う人は、よも居まいて。

 ・・・万物の根源とはなり得ないとしても、歴史の事象系列の中で、あるものが罪あるものであるとして、それに続く系列はどうなるのであろうか?。罪ある事象は、後に続く系列をやはり罪あるものにするのであろうか?。そうした力のごときを、その罪なるものは持ち得るのであろうか?。ことは少し違うが、罪人の子孫はやはり罪人であるのだろうか?。だがそれは、生まれによる差別をしないという我々の現在の原則抵触しないか?。

 話を戻そう。世界の理解、例えば物理学といった科学的理解と歴史的理解とはよく似ていて、またよく似たよものにしようと努められてきた。そして科学的世界理解では善なる世界の把握とか、悪なる世界を発見するとか、そうしたことをしないように、罪ある歴史世界といったものを構成する歴史認識は行われていない。

 けれども、いかなる世界史研究とも異質なことに、近代日本史は、特に戦争を挟んでの期間の歴史研究は、罪ある歴史世界の構築のために研究されている。それは非常に特殊な歴史学となっている。いや、歴史学者のかなりの人は、そんなつもりで研究していない。とりあえずはそう認めよう。その歴史は、左翼やリベラルによって罪の歴史世界なるものとして、政治的に利用されているだけなのである、ひとまずそうしておこう。

 政治的に利用された歴史であるとしても、我々にとって鬱陶しいのは、罪ある現在という形で我々個人個人に、その歴史像を押し被せてきていることである。ではその歴史像が言う通り、我々の所与が罪によって形成されたものであるとして、何が為されるべきなのであろうか。何が我々に為し得るのであろうか。

 罪を違法というところで捉えることにするなら、一般に違法に獲得されものは所有権を認められない。それに従えば、罪による所与はすべて放棄すべきであるということなろう。では、何をどこまで我々は放棄すべきなのであろう。あの戦争に関してならば、終戦と同時に不法な領地は放棄され、侵略した土地資産の権利も放棄された。いわば違法な部分は、ほとんど取り除かれたのである。それでもなお、今の我々は、何かを不法な所得として奪われるべきなのであろうか。

 いまだなお取り除かれるべき不法なものがあると言うのを認めるとして、それならば近現代の日本の歴史世界そのものが罪あるものであるとするなら、我々から取り去られるべきものはこの日本の現在の世界すべてである、ということになるのではないだろうか。だが、かかる要求は現実的で、良識的なものであるだろうか。そもそもその極端さは、かえってその要求が不当であることを示していないか。

 私はそれは非現実的であって、不当なものであると思う。かつ為し得るところのものでもないが、それ以上に、為してはならないし、そうした理解を持ってはならないものであると思う。


 今しばらく、世界を罪あるものとし、そこに我々が生きているとしよう。あるいは悪に満ちた世界であるとして、我々は悪に圧倒されているとしよう。このとき、罪や悪を持たぬこと、それから免れてあることがまた別に存在するとしよう、つまり、それを我々は目指さねばならないとしよう。そうしないと、罪ある世界であって、また悪に満ちた世界であって、共に、その中に生きている我々もまた罪人であり、悪人であるとするなら、罪も悪も我々にとって何者でもなく、いかなる意味も持たないから、

 ここでさらに、罪や悪を免れるべき我々は、畢竟は、世界から罪や悪を消さねばならないものともなるであろう。これが課題として、あるいは責務として我々に課せられているとするならば、我々にはそうした力があるということにもなろう。その力がないならば、罪や悪から免れるということ自体に何の意味もなく、それはまた罪にも悪にもなんらの意味もないということになるから。

 もしかかる力があるとするなら、他方で、世界そのものは変更できるものとなろう。世界は罪や悪から免れたものへと変化するものでもある。・・・無駄に手数かけて書いているようなので、話を早めに進めよう。このことを歴史に、ことに罪ある歴史に置き換えて考えてみよう。謝罪や反省は、それを求める人たちではそんな意味で言われていないが、それを要求されている我々にはそう聞こえるところで解するならば、罪や悪を改める行動を我々に命じるものである。ところで、この力がもし発揮されるなら、その力が言われる通りの効力を発揮するならば、歴史は修正されることになろう。

 だが言うまでもなく、彼らは歴史の修正は許されざることであるとしている。それはおそらくまた、歴史世界とは変更不可能なものであるとも考えていると言えよう。すると、何をしても変わらないならば、罪ある歴史の中の罪人であることが、それまでずっとそうであったようにこの先ずっと何も変わらないならば、この罪や悪にそもどんな意味があるのであろう。我々はそう出来上がっている世界の中で、そう出来上がっている我々のあり方のままに生きていればよいということになろう。

 ・・・これはまったくの無駄に思うがともかく記すと、人々のうちある一部は罪ある歴史世界の住人であるが、また別の一部は罪なき歴史世界の中にあるとするならば、同時に同じ世界の中にいるはずのすべての人々に対して、しかし何故か並存的に二つの歴史世界が存在しているということになろうが、こんなあり方はどうやって理解できるものであると言えるのだろうか。私にはまったく理解できない。

 ・・・もひとつ無駄書き。罪や悪がそこに言われない、端的な世界の中で、すべての人のうち一部は罪なき者達であるが、別の一部は罪ある者達であって、この区別は永遠に変更されないとするならば、これを変更することが不可能であるとするならば、解決策はひとつしかない、すなわち、それぞれそのままに生きていくというだけである。また罪の有無が対立や相互の否定を意味するなら、世界はそう出来上がっているのであるから、その作用がもたらすままにあるより他はない。謝罪や反省といった行動が、そこに何かを和解や共存を生み出すと言うっても、実質的な変化は生じないのであるから、謝罪や反省も実質的には無意味で、無駄で余計な行動でしかないことになろう。


 もう少し無駄でないところに話を進め直そう。その前に。罪ある世界、悪に満ちた世界にお前は生きていると言って、罪や悪といった圧倒的なもので重圧をかけて、そしてその罪や悪をお前は消さねばならないという方向に人を誘導していくのは、カルト宗教によく見られる手法である。罪や悪といったものにセンスティブな者、特に真面目な若者女性がこの論法の餌食になりやすい。思春期や何かしらの体験で穏当な自己肯定の安定を得られない者も、罪や悪との対決、対峙といった構図に自らを置くことで、先の不安定を感じないですむことから、そこに落ち込みやすい。今はただこのカルト性を確認しておいて。


 さて、歴史という地平での話は、とりあえず以上までとして、今度は倫理的なところをみていこう。より正確に言えば個人の意識に関与しようとするところに、である。さて歴史的な罪なるものについて謝罪や反省が云々されて、我々にとって憂鬱なのは、それが個人の意識でのこととして、つまり我々一人一人が反省し謝罪しなければならないかのように語られていることである。実際、歴史反省を求める人たちの多くは、どうもそのつもりで言っているようである。

 まず明瞭な事実を記すなら、我々日本人のおそらく八、九割方の者は、戦争中の犯罪行為の本人ではない。それで、歴史反省や謝罪と言われる時、今指摘したすべての人にとっては、過去に他人が犯した罪悪について反省し謝罪せよ、と言われることでしかない。ところでまた、歴史認識より反省と謝罪をと言われる時、その反省や謝罪は、個々人が何かしらの過失、責任ある加害、そして時に犯罪について、個々人が行うところの反省と謝罪の営みを十二分に思い描かせている。

 問題は、過去の他人の犯罪について、このような意味の反省と謝罪の意識を個人が持ちうるだろうか、というところにある。人の自己意識の形成において、過去の他人の犯罪が必須の契機とされねばならない、しかもそれは特定の地域の特定の時点でのものであって、それゆえに、特定の、つまりは中韓の人々に対して、我々は謝罪的意識を持たねばならない、そのように自己意識を作り上げねばならない、かように言われることが、果たして適切なことであるだろうか。

 私の答えを早々に記せば、そんな意識構成は不可能であるし、その要求は不適切であるし、特定のものを必須の契機とするなら不当なものでしかない、というものである。このとき視点は個々人の自己意識のところにあるのを忘れずにおいてもらいたい。

 およそ世界には、過去までを含めて言えば、犯罪は無数に行われているし、犯されてきた。その無数の悪事を、一個人が自己意識に取り込むことなど不可能なことであるから。犯罪や悪事以外のことどもを閑却させて、ただにそれらへの注意と関心を要求することも、世界への関心の持ち方としては不適切としか言い得ない。まして場所と時点とを特定してとなると、何故に無数にあるものの中からそれが特別にそうであるのか、その根拠も理由も与えようがなく、いかなる妥当性も与えようがない。

 歴史世界という枠組みを利用して、この特定性を根拠付けようとするのが、歴史認識、歴史反省論者のやり方であるが、歴史と反省や謝罪は無関係なものであることは、上の方で不十分ながら述べたから、それはもう退けておこう。

 不愉快、そう正直に言って、そうした感覚を覚えざるを得ない、歴史認識・歴史反省論の問題であるところは、過去の特定の事象が、どうした特権性からか、我々の謝罪と反省の対象とされ、我々の自己意識の必須のものと不当にも位置付けられていることである。その要求の不可能性と不適切さにも、多くの言葉を費やしたいが、それ以上に不当性のことがまずもって扱われるべきと思うので、以下はそれについて記していく。

 不当なる特権性、かように指摘する理由は、日本の戦争犯罪の数々も、戦争における野蛮な犯罪という類型にくくるならば、類例が無数に他の地域他の時代に存在するのであって、我々に反省と謝罪とを要求する権利を有するものは、他にも沢山あり、またそれのどれも同等の権利を有するからである。反省と謝罪とを求めるものは、どうしてあれらについてのみを言い、他のケースのものを無視しているのであろうか。

 念押しに言うが、私の今の議論は、歴史という枠組みを切り離し、あくまで個人を視点の中心にするものである。そしてもう一度問おう、我々のある誰かに対し、もし過去の他人の犯罪について反省と謝罪とを課し得るものだとして、無数の類例のどれかをとせずに、特定のケースのみを反省と謝罪の対象とすべき理由は、一体、どこに存在するのであろうか。反省と謝罪の義務は、どうして類例のすべてに対してでなく、特定のものについて行われるべきものと言えるのであろうか。

 私はそんな課題となる理由はないと思う。義務をかように規定する根拠もないと思う。もし理由と根拠とを与えうるとしたら、その対象が極めて特殊で、特別で、異質な、隔絶して単独の、類例なきケースである場合であろうか。だが私はまた、この世界で、またそこでの歴史にあって、単独無比の出来事など一つもないと思っている。

 ・・・ところで、そうしたものがあるとする立場もある。例えばキリスト教がそうであって、イエス・キリストの死と復活を中心にした出来事は、単独無比のものとされ、それへの注意と関心はキリスト教信徒の意識形成に必須のものとされる。また他の例もあろうが、いずれにせよ、宗教や神話といった方面のことである。

 個人の意識形成にとってもし特権的と位置づけられるものがあるとすれば、それは個々人が直接に経験するもの、過去経験し今経験し、そして将来経験するであろうもの、まとめて体験と呼ぶことにすれば、直接に体験されることどもは、個々人それぞれにとって特権的なものであり、そして個々人それぞれにおいて異なっている。

 この特権性を否定して、また各人の差異を捨てて、経験されざるもの、体験しなかったもの、しかも経験も体験もし得ないものに、特権的な重要性を与えることは、個々人に彼の経験を捨て去ることを求めることであり、個々人それぞれの差異ある体験内容をひとしなみに無価値なものとすることであって、言って見れば、個人の否定と言うべきものであろう。

 それはさらに人間という存在の否定である。かような経験物や体験内容を捨てさせて、特権的なものを中心にして、何者かであらんとさせることは、もしそれによって出現するものがあるとして、それは少なくともルネッサンス、近代以降、人間性の理念のもとに了解されてきたところとは別のところへと導くものであり、我々それぞれを指して、それを人間として理解することから我々を引き離すものである。


 謝罪や反省と言うなら、普通は、罪を犯した本人が自己の責務を自覚していくときに行うことである。またそれらは、通常、その人本人が直接に経験し体験されてきたことどもを基盤にして行われる。そうでないならば、その謝罪も反省も、その人個人の意識形成として行われなかったことになり、従ってまた、一般的に我々が了解している謝罪でも反省でもなくなる。

 ・・・歴史認識やそれにもとづく反省、そして謝罪を行えと求め、またそうして当然であるとする者達の話を聞いていると、私は気分が悪くなるほど鬱陶しく、気持ちの悪さに悪酔いしているかの思いをさせられる。それは、普通に我々がそれをしていて、また実際にそれしか行い得ないところの反省と謝罪とに重ね合わせて、あたかもそれらのごとくに彼らの求める反省と謝罪をせねばならないと彼らは告げているからである。ごとくではない、まさにそれとして行えと彼らは命じているのである。そして普通に考えるなら、そんなことはできっこないとしか思えないのだが、それはできるし、やらねばならないと彼らは命じ続けている。が、こんな風に感情を吐露しても・・・

 戻って、個人レベルで行われる反省とそれによる謝罪的意識あるいは謝罪的な姿勢の形成は、個々人という起点から目を外さずにいれば、この世界それ自体の多様さと対応して、銘々それぞれの多様な内容を持ったものである。意識における反省や謝罪の心的、内面上の端緒、展開、そして意識としての成立までのプロセスは、何かしら一定の類型で捉えられるか、や一般的な概念で分析されるとしても、その主題となる出来事は、十把一絡げに、すべての人に同等、同質的なものでもないし、決して同内容のものでもない。

 我々は、銘々それぞれ、異なったものごとに出会っていて、銘々それぞれ特異な出来事に関わり、巻き込まれ、それぞれ異なった行動をする。この行動を、それなりの多数の、しかし決してすべての人に通底する普遍的なものでない、我々の総数に比すればごく一部のケースとして、やはり類型的に、一般的な概念で捉えることはできよう。しかしながら、出来事そのものは、たった一個の個別的なものである。一つの出来事に、我々すべてが関与するといったことは、そもあり得ないことなのである。

 メディアの発達を踏まえて、我々すべてがその目撃者であるとも言われたり、特に社会的言論での関心喚起的な表現法や、そこでの主張への抵抗感を薄めて受容される工夫から、国民共通の体験といった言い方がなされる。けれども、メディア視聴者と言って、すべての人のことが指し示されているであろうか。また、国民体験なるものは時間と場所について規定され得ない。時間と場所を限定された事象を、なおかつ、国民すべてが体験することなど現実的に不可能なことであるから。

 こうした無規定に集め合わされたものの共通物なる概念といったものは、どんな領域の議論にあっても、おしなべて厳密な定義の与えられないものであり、それゆえ、とりわけ人文社会科学領域では、そうしたものの使用に注意が払われるところのものである。さりながら、我々日本の人文社会科学は、学として如何に成り立つか、まさしくこの点への反省がながらくおざなりになってしまっていて・・・

 そんなことよりも、我々個々人が、くどいが私の視点は個人のところに集中し、そこを起点としている、その個人のレベルですべての人が反省し謝罪する主題となるべき、唯一のケースといったものは、そもそも存在し得ない。過失や罪の現場居合わせるのは、そんなに多数の人がではなく、著しい災害的な事故といった場合にはより多くなるとしても、やはりそれは一部の人がであって、すべての人では全くないし、そんなことはあり得ない。もしあるとすれば、そんな出来事は週末的破局とでも言うべきものであって、それはもう罪だの悪だの反省だの謝罪だとといったことを超えたものであろう。

 反省も謝罪も、再び注意書きするが個人のレベルに視点を据えるならば、少数もしくは一部の当事者関係者によって行われることであって、そしてそれはまた、世界の人々と同じ数だけの多様さを持つ。ここでももちろん、類型化することは可能であろう。そうしなければ、我々の理解の対象とはならない。そして、そうした分析や把握の対象として扱われたならば、同時にまた、反省と謝罪ももはや個人の行う、行っているところのものを捉えているのではなくして、一般的な議論でのものとなるし、ならざるを得ない。

 すなわち、罪が犯されたとして、あるいは悪なるものの出現があったとして、それが個人の意識形成に対して反省と謝罪の契機となるのは、ごく一部の人にとってであって、それ以外の人にも等しく同じ契機として関わることはない。我々すべてが反省し、謝罪する、しかも個人の意識のこととしてそれを行なうべき、かような罪なるものも悪なるものもないのであり、だからまた、そんなものについて我々は、我々個々人は、反省や謝罪をすることはなく、そもいくら要求されようとも為し得ないのである。


 我々に言われるものがあるとしたら、それは出来事と個人の個別性を捨象した一般的な議論においてである。もしこの一般的な議論なる性格を、こんな漠然としたものでなく、少しでも踏み込んで実相的なものとして捉えるに努めるなら、・・・ちょっと疲れてきたので、別の機会に。


 簡単に振り返ろう。まず学としての歴史学にあって、罪という概念は歴史記述にも歴史分析にも存在し得ないし、必要もない。歴史的な罪と言うなら、それは歴史とは別の文脈においてのみ意味を与えられる。次に、過去の罪なるものがあるとして、それへの反省や謝罪は個人の意識契機として関わるようなものとはまったくならない。そうしたことが言われるとしたら、こもまた別の文脈の別の意味のものでり、個人の心の問題とは全く別領域の事柄としてのみ言われよう。

 以上のことを踏まえて、加害者と被害者といった関係より、それをめぐる感情という視点から云々する論法ついても触れておけば、まずはこの議論の加害者性なるものが、国民すべてに言われるものとなっていて、集合的・共通的に設定された概念であるところに問題があるが、それ以上に個人の意識という地平には入り込めないものであることで、感情という事柄自体が所在不明なものとなる。一般的な議論における感情とは、一体いかなる感情のことなのであろう。それはどんな意味を持つのであろう。こんな得体の知れないものの探索に、私はもう時間を費やしたくはない。

 が、ともかくそれなりに気持ちを向けてみれば、感情という個人の心的様態なり、意識体験の内容なり、心理的現象なりを言う言葉を使っていながら、この感情の語を持ち出して歴史認識、反省、謝罪と唱えるものたちは、国家同士の関係の地平でその感情なるものを持ち出してくる。

 ところでこの国家間の関係というものは、すぐれて政治的な思考、判断、そして理解力の地平の事柄である。ここで歴史認識、反省、そして謝罪云々と執拗に要求する者達が、日本の政治について批評する時にしばしば、ナショナリズム愛国心、そして軍国主義的野心といった感情に左右されないことを重視していることを思い起こしてみよう。また彼らが、感情と欲望に盲目となった大衆による日本の右傾化といった現状認識を持っていることも思い合せてみよう。

 さてそうしてみれば、このような彼らの政治運営における指針、感情排除の姿勢あるいは感情抑制の原則を、国家間の関係、すなわち外交においてもまた貫徹すべきであろう。感情に振り回されてはいけない、なるほどそれが尊重すべき政治的知恵だと言うのであれば、外交関係の構築の考察も、その知恵か心掛けかの教えの通りにおこなうべきであろう。・・・そうでないとしたら、自分たちの主張のためには、ある感情は頭から否定するのに、また別の感情は都合よく重視して振り回しているといった、議論として信用のならないことをしているとのみ彼らのことを見据えてしかるべきところである。


 ・・・さらに被害者の代弁者となったり、罪の意識の所持を促す者になったりすることについても、いくらか書こうと思っていたけれども、もうだいぶ長くなったので省略。今回はここまでとして、つづく。

2015-08-07 自衛隊違憲、安保法案違憲、そんな違憲論よりもさ このエントリーを含むブックマーク

 朝日新聞憲法学者に対して行ったアンケート結果による記事が、アンケート回答の一部を伝えていなかったと、ネットの中でちょっと話題になっていた。なんでも朝日の記事では、安全保障関連法案が違憲であると答えた学者の数はこんなにもなるとしているのだが、同じ回答者122人のうち77人が、自衛隊存在もまた憲法違反であると答えていたのを、紙面にまったく記さなかった、というのである。

 それへのネットでの反応は、或るものは朝日新聞がいつものように自己の批判に都合良いよう材料を取捨選択しているのを批判し、或るものはまた安全保障関連法案がその違憲性のゆえに否定されるならば、同じく違憲であるところの自衛隊もまた廃止すべきものとなるが、これについては今回の安保法制に反対する者達からは、明瞭にどころか一言も主張されていないのは、いかなることかと疑問を投げかけている。

 私自身の感想は、それだけの数の憲法学者がまだ自衛隊違憲の理解を保持していることを、とりあえずはホッとして受け止めた。なにせ今回の安保法制の反対キャンペーンで憲法学者がなにかと引っ張り出されるのに、そこではなぜかこの点について触れられることがなかった、いや少なくとも私の目や耳に入る限りでは、自衛隊と日米安保について違憲かどうかについて、あらためて言うものがなかったから、昨今の憲法学者たちってそこんところどう考えてるんかねぇ、と見当がつかなくなっていた。

 しかも、安保法制批判の論法の一つに、従来の自衛権の行使で間に合うのだから、殊更に新しく安全保障関連法案を制定する必要は無いとするものがあって、そしてそんな必要無いものを敢えて提案してくるのは、むしろそこにこれこれの野心や野望があるからであって云々といったものがしばしばよく聞かされるものだから、しかもまた、この批判論に幾人もの憲法学者が口添えしているものだから、こちらの想像では、ひょっとすると日本の憲法学者たちのほとんどの者が、いつの間にか、自衛隊および日米安保を合憲と解釈する(か、あるいはなんらかの意味で許容的に是認している)ようになってしまったかと思っていた。


 ・・・従来の安全保障体制で対応できるという指摘は、昨今の安部批判にあって、重要な役割を果たしている。と言うのも、既存の法律で間に合うのに、それにもかかわらず必要ないものを熱心に実現させようとしていると言うことによって、どこか未知の動機から安保法案が構想されてきたと感じさせ、それによって、これまでの日本の戦後民主主義的体制を破壊して、かつての軍国主義に源のある、しかし新たな極右思想による日本の政治体制の形成を目論んでいるとする批判を説得的なものにするからである。

 ・・・ついでにもう一つよく見られる論法も同様のものである。すなわち、現在の国際環境下にあって、今回の安保法案が想定しているような情勢は存在せず、あるいは将来出現することはなく、その意味でこの安保法案には必要性も、課題性も、ましてや緊急性もないのに、それでも敢えてかつあんなに熱心に法案の実現を目指しているには、国際政治の現実にまったく由来しない、どこか別の根拠、それは他ならず極右的な思想信条があるからであって云々、と言う訳である。


 そんな想像からあれこれ思うあまり、最近の憲法教科書の幾つかにあたったりもした。と言っても、教科書の性質上、様々な論点(問題点)を概観し、それらのどれかに重点を置くかまたは組み合わせての諸説を解説するものであるから、著者が自衛隊を違憲とするかどうかは即座にわからない。この分かりにくさもまた、先のモヤモヤな想像に輪をかけるもので、結局は多くの教科書の著者は、最近では違憲とまでは思ってないんではないか、そんな気にもなってしまう。

 ・・・最近の教科書、解説書で、そこそこはっきりとしていると言えるのは、自衛隊は「戦力」にあたると明記している芦部信喜「憲法」岩波書店である。とは言え、九条について教科書らしく列挙されていく諸問題点を踏まえて、総合的にどうかとなると、どこにも明言されていない。総合的に分からないと言うのは、論点があまりにも多岐、多方面であって、理解力のない読者たる私が整理できないからではない。違憲である自衛隊に対して、では憲法学的には、いかなる対処、措置を行うべしと指示するのか、それをまったく記さないが故である。

 戻って、そんな気分のところへ、憲法学者は、ごく数人を除いて、今回の安保法制での集団的自衛権は違憲であると判断しているなる「報道」に接していると、しかも従来の自衛権で対応できるのに、なぜ新たな安保法制が必要なのか、そういう論法の批判を繰り返し目にしていると、自衛隊と日米安保についても、今となっては七割、八割がた、下手をすれば九割近くの憲法学者が、合憲であると容認するようになっているのだろうかと思われたりもした。


 朝日新聞が報じなかったアンケート結果を見てホッとしたと先に言ったのは、まだ半分ぐらいの学者は(それだって相当に少ないと思うが)、一応は、学としての筋を通そうとしている(あるいは学んだ通りのことを繰り返すのに努めてはいる)と思えたからである。私は、集団的自衛権だけが違憲であるといった違憲性は、そもそも言えないと思っているからである。

 何故といって、自衛権を九条に即して合憲的なものとして法律構成することなど、どうしたって出来るものではない。通用説であるところの、自衛隊を容認する見解は、戦後の憲法運用の特異な姿を示すもの、またその意味で、戦後政治の特異な事実を告げるものであって、合憲違憲の概念地平上あるものではない。(これについては下の方で触れる。)さらに、安保法案だけを違憲とする主張が通るなら、それは自衛権を(自衛隊・日米安保を)容認して構築された特殊な憲法解釈から逸脱するのは不当であり、許されないとすることであって、このような特殊な違憲性の基準は通常の違憲性概念とは異なるものとならざるを得ないのである。(これについても下の方で触れる。)

 だから安保法案だけを違憲とするのは、自衛権の憲法解釈のみならず、憲法理解そのものをどこかおかしなものにする。ここで言う憲法理解とは、純然たる条文解釈とか、憲法的概念による理解とかだけを意味するのではない。憲法を現実政治に適用していく憲法理解である。こうした眼差しを透徹したものにするためには、九条の条文からすれば自衛隊・日米安保は違憲であり、それでも七十年近くそれが存在してきたという事実を共に受け止めることが、昭和憲法と日本政治との関係を冷静に理解して、ことに政治の現実理解そのものを誤ったものにしないために必要不可欠、必須のものなのである。


 自衛隊が違憲であることを常に忘れずに意識することで、まずはともかく、今回違憲だとされている(安保法案が立脚しているとされる)集団的自衛権の、その違憲性なるものの意味合いが初めて理解されてくる。なぜなら、自衛隊の違憲性と集団的自衛権の違憲性と、両者がそも同義、同効果のものであって、その意味理解に於いて連動し、関連し、いわば地続きのものでないならば、この後者の違憲性は一体どう理解したら良いのであろう。前者の違憲性は、例えば自衛隊解体、日米安保破棄を求めないのに、後者の違憲性は法案の廃棄を命じるといった、こんな相違はどうして生じてくると理解すべきなのだろうか?。

 学んだ通りの筋を通すこと以上に大事なのは、事柄の理解の筋を一貫させることである。前者が学習時に修め取られるよう配慮されるのは、後者の力をそれでもって養成せんとするからである。そして後者のことができないでいる限りは、何かを学んだ人とはとても呼び得ない。すなわち、学者なぞとは呼び得ない者でしかない。また後者の理解力あって、初めて、様々な事柄をめぐる議論が、複数の事柄が絡み合った事象の議論ができるようになる。それなくして行われる批判は、どんなに声高に熱心にされようと、何を論じているのか当の論者自身にも分かっていないものと聞かざるを得ない。そして当然にその声の大きさと執拗さとに辟易されられるばかりである。


 で、筋を通すのに勉めるとすれば、どうすべきであろうか。自衛権上の自衛隊も違憲、集団的自衛権による自衛隊の活動も違憲、こう言われる時この二つの違憲なる指摘をほぼ同じもの(同内容、同意義、同効果)にするのにはどうしたらよいであろうか。一番最初に思い浮かぶ解決策は、それと言うのもこれをよく目にするからであるが、と言っても今時の憲法学者でこれを言う人は見たことはないが、さてそれは後者の違憲性より安保法案を廃棄するならば、等しく自衛隊もまた解散させるべし、と答えることである。なるほどこれは、一見、筋が通っている。

 筋は通っているようだが、しかし、理解を欠落させたものがあり、見て見ぬふりをしているいるものがある。それは約70年の間、自衛隊が違憲でありながら創設され、拡充され続けて、そして今も存在しているという事実である。(日米安保も同様である。)ここでの違憲性の意味が、どんなものであったかの理解を、先の答えはまったく持たないのである。それは言ってみれば、安保法制を否定する姿勢を固持して、勢い、自衛隊も解散だ!と口にしただけにしか見えない。・・・とは言え、拒絶の姿勢を墨守するという意味では、それもまた筋を通しているけれども、しかしそれは、私たちが今目指している筋とは、全然別筋のものである。


 無駄口は控えて、さて、先の事実について見るべきは、自衛権上の「戦力」としての自衛隊について言われる、しかも九条を根拠にして言われる違憲性が、いかなる効果を果たしてきたかである。実効性と言っても良い。規範的規整力と言っても良い。つまり何を(どんな方向に)修正させたのか、あるいは今回の安保法案について要求されている廃案のごとく、何を政府、立法府に対して行わしめたのか、この意味での働き具合である。

 何故これを見るべきかといえば、今回の安保法案に違憲性が存すると言い得るとして、その違憲性の効果は、自衛権に根拠づけられた戦力としての自衛隊について言われる違憲性が有する効果と、ほぼ同じ内容を持つはずであると理解されるからである。・・・くどいが記すと、私は自衛隊が違憲であると言われる時の違憲なるものと、安保法案が違憲であると言われ時のそれとは、ほぼ同一の概念である、あるはずであると考えている。この前提が正しくないとしたら、どう考えたらいいのかこの私にはまったく想像できない。


 さてそれで、自衛隊について言われる違憲性の持つ実効性をして、安保法案について言われる違憲性もまたそれを有するものとすると、つまり前者のそれを後者へと持ち込むことにするとどうなるであろうか。それをこれへ当てはめると、どんなことになるであろうか。・・・ん、そのそれなるものがどんなものかまだちゃんと記していなかったか。 

 記すまでもないと思って、話を先に進めたくなってしまったが、やはり一言しておくべきであろう。自衛隊について言われた違憲性は、この70年の間、いかなる実際的効果も生じさせなかった。自衛権行使に必要な実力としての自衛隊は、必要な限り整備され、着実に拡充され、嘘か本当か、今日では世界諸国の上位に位置する軍事力となっている。九条より言われた違憲性は、かかる実力整備に対して、なんらの規整力も持たなかったのである。


 ・・・だがこうした観察に対して、自衛隊は結局のところ今でも軍隊として認められておらず、かような存在として行動することもできず、軍隊および軍事行動つまり戦闘に関する法律上の整備を何一つ施されていない、この点で、九条よりする違憲性は抑制的効果を果たしてきたと言われるならば、これに対して私の答えは、そうした自衛隊の軍隊、軍事力としての法整備の不在は、九条よりする違憲性のゆえに行われなかったと言うよりは、むしろ政府が自衛権のための実力であると自衛隊を性格付けた、その根拠と規定に従っただけである、とするものである。

 ・・・それでも、自衛権行使のための実力という制約の中で政府が服してきたのは、九条違憲の故にではないのか、だからその制限こそ自衛隊九条違憲とする指摘の効果であったのである、かように反論されるならば?。私の答えは、かかる制約、制限、あるいは枠組みは、違憲性の故に課せられたものではなくして、再び先と同じく、政府が自衛権は認められるとした、その設定そのものに由来する、とするものである。昭和憲法は自衛権について何も定めるところはなく、そこにはなんらの規範性も求めようがなく、そして政府がその所有を主張するところの自衛権は、憲法のいかなる規定とも無関係に、政府より主張されているものなのである。

 ・・・九条は自衛権ならびに自衛権の行使を否定するものでないとする、従来からの政府による説明は、憲法が規定するところの中に含まれていないということであって、とどのつまりは、憲法とは無関係なのである。もし強いて関係性あるところを言うならば、自衛権を主張する政府そのものは、確かに昭和憲法に根拠を有する存在であり、それによって設立された国家機関であるというところにのみあろう。そしてそういう存在であるからには、九条の規範に従って政府は行動すべきである、ということになり、ようやくそこで初めて、憲法との関係が生じてくる。

 ・・・とは言え、この関係においても、政府が戦争をしないと言う限りは、あるいは自衛隊をどう行動させても、それは戦争ではなく、あくまで自衛権による行動であると説明する限りは、そう説明できるものにしている限りは、(自衛権上の合法性を備えさせる限りは、)九条の規定はなんら関与してこない。上の段落に記すように、九条の関係するところは、昭和憲法上の存在である政府に対してであって、直接に自衛隊に対してではないのである。九条は、自衛権をどうせよとも、どう行使せよとも、それがどんな規範に服すべきかも、これらについてなんら規定していないのである。

 ・・・そこで言ってみれば、九条平和主義の議論や批判の向かう先にあるのは、ただ政府があるのみである。九条が自衛隊に対して(また日米安保に対して)直接に関係せず、我々の国は戦争をしない国と憲法は記してますよ、武力を放棄した国なのですよ、と政府に対して思い出させているのである。(日本政治が、実質的にまた実態的に、議会制民主主義であるならば、議会や代議士に対して、とも言えるけれども、これは実相に反するので、残念ながら補足的に記せるだけである。)


 なんだか脇道を長々と辿っている気分だったけれども、まったく無駄でもなかったようである。と言うのも、自衛権上の実力たる自衛隊を違憲とする、その違憲性の効果について、この脇道めいたところから見えてこなくないでもないからである。

 すなわちそれは、自衛権に対して直接にではなく、政府に対して九条の規範に服するように求め、そうして政府(の行動)を牽制することによって、間接的に自衛権の行使に、言い換えれば、自衛隊の存在および諸活動に関する法律に、九条に基づく批判の妥当な限りの、あるいは政治的牽制が効果を持つ限りの制約を生じさせるのが、自衛隊の九条違憲性の実質的内容である。

 これはまた、自衛隊が九条より違憲であるとする理解が、実際上、どんな(政治的)議論になるかをも示している。直接には政府に対してであることから、よく知られているところの、九条平和主義的な言説が生まれてくる。それは一方で、九条の理念に背くか、それを失念した政治家の発言や発想への厳しい批判となり、他方で、九条の精神を尊重しないか、その趣旨に反する発言、発想、それを疑う態度、そして時にはちょっとした検討ですら、厳しくたしなめる国民(人々)への説教となる。九条違憲論は、まずはこうしたところに展開さぜるを得ないし、実質上もここに終始して、自衛隊には直接に関係することはない。

 だがそれが目指すところは、自衛隊のあり方である。そこに影響を及ぼすのをやはり目指してはいる。そしてその目標があるために、先に展開された政府、具体的には政治家批判と国民への説教という直接の展開地平を基盤にして、そこから自衛隊への様々な制約を実現させるという、いわば間接的なものとなっている。

 この最終的な目標に向けての批判は、自衛権に関し九条自体は何も規定していないのであるから、いかなる議論として構築しようとも九条に基づくとは決して言えず、そのために、直接には政府を批判して、間接的に自衛隊に関して何からの制約を生じさせるという二段階の構造となっている。この二つの目の段階で、いわば遠隔的に意図するものを生じせるものとならざるを得ないのである。

 ・・・さらに、この間接的に派生させて実現を目指すしかないものを実現するために、様々な補助手段が必要となり、そのために端的な議論であるよりは、政治的やりとりよりなる牽制が顕著にならざるを得なくなっていく。


 集団的自衛権の違憲性もまた類似の構造であって、それを確認しようとも思ったけれど、今見たところの、違憲性をテーマに展開される議論が、直接的間接的の一種の二重性、あるいは二つの地平をなんとか重ねようとして出来上がっている事情を、もう少し見ておきたい。

 九条の憲法学的解釈・議論の地平と、政府による自衛権を根拠にした法整備が展開されている地平とは、同じものでなく、そのままに重なり合っているものでもない。非武装・非戦の地平と、自衛権の地平とでは、どうしたって同じものにはなり得ないのである。

 だからまた、自衛隊は違憲である、この言明は一見単純に憲法論的に構成されているようでいて、実情は政治的現実と憲法論との混合物であって、自衛権は前者に足場があり、違憲概念は後者に由来する。そして違憲性が実質的な意味を持つようにあろうとすれば、前者に対して、あるいは前者に於いて、何かしらの規範性、指導力を実際に発揮しなければならない。だが、その規範性自身は、自衛権に関して言えば、九条に由来するものではない。

 しかしまた、憲法論であろうとする以上は、憲法の規範性が見いだされねばならない。そう出来なければ、憲法論としての権威を失墜することになる。そこでどこかで両者を架橋する工夫が必要になる。しかも、憲法の政府に対する指導性が保証される仕方で。

 昨今頻繁に持ち出される立憲主義という語は、まさしくこのために用いられているものである。九条によってでは、憲法としての指導性を発揮できないので、憲法そのものが有する政府への指導性にまで立ち戻らねばならなかったのである。

 立ち戻って、あるいは言って見れば、そこまで後退してようやくに、憲法論と政治的現実とを繋ぎあわせようとしているのであるが、この後者の政治的現実は、論者が日本政治をどう理解しているか、どのような政治的仕組みをしているか、どんな政治像を持っているか、そうした論者自身の理解がそこに持ち込まれる。


 憲法学者に於いて、政治的現実の認識が必ずしも昭和憲法の通りである訳ではない。この憲法の指し示す国家がどんなものかの描像が、彼らそれぞれの持つ憲法解釈次第で異なっていくというだけではない。憲法の指し示すものと、政治の現実とは、全くの別物なのであって、憲法学者であっても、後者についてはそれ自体で独自の認識を持たざるを得ないのである。

 ・・・もしそれを持たず、ただ憲法からのみの表象しか持たないならば、その者の議論はせいぜい純然たる憲法論であると取りなしに言えるかもしれないが、現実について我々に何かを教えるところあるとは決して言えないものである。

 ・・・昭和憲法の理念的な諸要素だけから、あるべき日本国を思い描いて、かような空中の理想国になるべしとばかり説く議論は、例えば九条と前文とを材料にした平和国家論などがそうであるが、いい加減もう止めにしたらどうだろうか。

 ・・・現実と理念とを対置させただけで構成される議論は、大概が、現実を否定すべきものにし、理念を目指すべき目標とし、そしてこの目標へ向かう行動を人々に示すものとなる。ところでここで最初の現実の否定にあって、理念にどれだけ相違するか、あるいは理念通りのあり方からどれほど離れているかを確認することでもって、現実認識を持っていると誤認させる。そして、目標の価値に、その輝きに幻惑されるあまり、現実認識が不完全であることを気付かせない。

 ・・・そうしたものであることによって、その議論は現実にあってどう進むべきかを、本当には教えるところのないものとなっていく。我々は現実を捨て去って理念や理想へのひたすらなる上昇や飛翔を行えるものではない。社会、政治、そして文化の現実は、なんなら歴史の現実も入れてしまっても良いかもしれないが、そんなことを我々に許すものでは全然ない。

 これらの現実にあって、我々が進むべき道、選ぶべき道、行えることども、そして目指し得るものを教えるのは、端的なる理想ではなくして、あるいは強烈なる理念の墨守的な(、あるいは株を守るばかりの)堅持ではなくして、現実の認識である。

 ・・・そこにあって理念や理想が何者でもなくなるわけではない。なんの働きをしないわけでもない。理念や理想は、現実認識を形成する手段としての働きをする。理念を介して構成される現実認識によってこそ、しかもその認識形成を反省的に批判できる意識よりしてこそ、我々は現実にあって進む道を見出せるのである。これを進むべき道と言うことになるか、あるいは進み得る道と言うことになるかは、反省的批判の原則がどのように意識されているかによって異なるであろう。


 さて戻って、純粋論理的に昭和憲法から構築される国家制度、より実際に沿った言い方をすれば昭和憲法的なと認め得る性格を、他のものより比較的に多く帯び持つ国家制度の描像と、政治の現実の認識とは異なっている。しかもこの後者は、内容上当然前者と連関するものであるとはいえ、その成立背景からすれば独自に形成され、所持されるものである。そしてこの後者が、前者の憲法的描像よりも優導されるか、もしくは後者が、暗黙に、無意識に前提とされ上で導き出される憲法解釈がある。

 ・・・下の方で触れるが、先んじて記すと、例えば「国権の最高機関」を政治的美称だと「解釈」するのがその一例である。

 ここまで自衛隊を違憲とし、同時に、安保法案もまた違憲とする、そう、全面違憲性の考え方ばかりを見てきたが、これとは別に、安保法制について違憲性を指摘し、自衛隊ならびに日米安保については違憲であるかどうか言わず、また合憲であるかどうかすらも触れない、さっきの言い方に合わせて言えば、片面違憲論の見解もある。ここから少しの間、それを見ていくことにしよう。


 この片面違憲論の代表的な見解は、次のようなものである。すなわち、安保法案が違憲であるのは、内閣法制局が行ってきた解釈より逸脱するから、しかもそうした変更を首相や国会が行うからである。あるいは法制局が自衛権について構築してきた論理より外れるから、とも言う。そしてこれを憲法学者が口にしているのを目にするし、また学者も含めて多くの人が、これを立憲主義の否定であると言うのも耳にする。

 ・・・こうした違憲性は、自衛権からの逸脱としてのみ解されるのであるから、当然自明的に、片面違憲論者は自衛隊(、ならびに日米安保)を合憲のものとみなしていると言い得るであう。朝日新聞のアンケートで見れば、122人引く77人、すなわち45人に及ぶ憲法学者が、自衛隊は合憲の存在であると「解釈」しているわけである。だが、安保法案違憲論を言う者達の多くは、このことを明言しない。

 さて戻って、私は、法制局の解釈に変更を加えることが違憲論として成り立つのが、どうにも理解できない。そこで言われる内閣による法案提出、それを受けての議会による議決という意思形成のどこが違憲なのか分からないし、なぜそれが立憲主義の破壊になるのかピンとこない。正直なところ、そんな点で違憲性なんてことが言えるはずがないと思っている。

 昭和憲法を見るならそのどこにも、この憲法の解釈は内閣法制局が与えるものが正当なものであって、首相、政党、そして国民はすべからくその解釈を尊重すべしなどとは書いていない。そんなことを言ってしまったら、憲法尊重義務とは、他ならず、法制局尊重の義務となってしまうではないか。・・・いや、どうしてそう思うかをまっしぐらに述べるよりも・・・

 もっと戻って、こうした《違憲》議論は、憲法に足場を置いてなされるものでなく、日本政治の理解にこそ根ざしている。内閣法制局に憲法解釈の最高の権威を認めることから気づかれるように、これらの論者らは、官僚が指導性、主導性を持つ政治を望ましいものとしている。そこから必然的に、政党による支配は歪んだものにしかならないと見ており、そしてまた国会をして「国権の最高機関」とは認めない。よく知られているように、憲法学上の通説に言う、政治的美称でしかないと受け止めている。

 それでさらに言えば、彼らは国民主権を認めてはいない。とはいえ国民主権否定は憲法に即して、ではない。憲法解説では、シレッと、国民主権を口にする。彼らが国民主権を認めないのは、それとは別次元の、それとは無関係の、独自の認識土台としての政治像、政治理解に於いてである。彼らは、政治の主権ならぬ実権を持つのは、国民であってはならない、もとより政党なんかであってはならないとも表象している。国民主権の政治をあるべからざるものと表象し、日本国に秩序と安定を与え、そこよりする発展をもたらす政治を実現し得るのは、国民大衆なんかではないと固く見据えている。

 つまり、こうした国政・政治理解が、暗黙裡に、あるいは無意識に前提されて、・・・それとも無批判にとも言うべきか、いや彼らの様子よりして、何かしら絶対的な真理として据え置かれ、すべての憲法解釈はそれに適合するようなものとして紡ぎ出される。ここにもまた、純然たる、概念上の、あるいは議論上の憲法解釈の地平と、政治の現実認識の地平との二重性が彼らの議論の背景にあるのであるが、ところで彼らにあっては、先の全面違憲論者におけるのとは、この二重性の中でのありようがいささか異なっている。

 自衛隊違憲かつ安保法案違憲の全面違憲論者は、憲法に軸足があり、憲法の理念に現実を合わせようとするという意味で、そこに重心があるのに対し、政府、より正確には、内閣法制局によるこれまでの自衛権に基づく解釈構築を正当視し、それゆえ自衛隊について暗黙に合憲的なものとして問題視せず、今回の安保法案の集団的自衛権的な拡張部分のみを違憲だという者達は、彼らの有する政治理解の地平の方に足場を置き、そこに語られざる重心を置いている。


 片面違憲論者の違憲性は、私の理解する限りでは、憲法に基づく違憲ではないと思う。全面違憲論者の違憲性概念の方が、まだ余程、憲法議論の地平上に近づいていよう。それでもとかもく、片面違憲論者の違憲性なるものを、彼らの言う違憲という言葉を使いつつ、しばらく考えてみよう。

 この違憲性を言う議論における最大のポイントは、従来の内閣法制局の解釈との非整合であるが、しかし語られざる要所があって、この違憲なる不整合的な拡張を、あるいは歪な付加を法制局に外部から働きかけて行わせたことが、違憲なる問題性の核心となっている。自衛権概念自体の修正や、自衛権に即した法論理の守られていないといった、内容形式上のことを指して違憲と言っているようで、実際は、法制局の官僚でない、首相という政治家、自民党という政党が、この修正や変更に関わったというあり方こそが、違憲と言われているのである。

 ・・・もう一度言うが、こんなことを指して違憲などと私は言えないと思うし、違憲性という概念はそんなことを意味していないと思うが、彼らは今記したことを違憲と言っているので、そのまま違憲という言葉を使うことにしよう。


 さて、内容形式上の修正や変更、あるいは拡大といったことが、そも問題視されるべきことかどうか、今一度考え直してみよう。自衛権に視点を限定せず、憲法上の様々な事柄に視野を広げてみよう。特に分かりやすいのは、憲法の人権規定の所条項の事柄であろう。

 これらにあっては、憲法施行以降、修正や拡張が絶えず行われてきた。裁判所の判決を通じてのみならず、立法的に行われもした。そこまで行かずとも、法学者によって学説や、あるいは弁護士による議論、そしてそれらを受けて一般の評論論説では、新しい人権といったものが続々と提案されてきている。そしてそれらの中には、憲法制定時点では想定されていなかったような内容のものもある。

 すると、権利概念の内容上の変化を引き起こすことを指して、違憲と言ってしまうなら、我々が今有しているとされる様々な権利は、違憲的なものと言えてしまうのではないであろうか。もしまた、権利概念の拡充や付加を導く論理や法思想のなんらかのものが、違憲的と言わしめるのだとしても、そういう基準や原則は果たして明瞭に定めることのできるものであろうか。

 人権規定一般に関して、どんな権利概念、権利思想に即しているならば合憲・違憲であると言えるのだろうか。今更、自然権的なものならば、と限定することなどあり得ないであろう。プログラム的概念とやらを持ち出すなら、乱暴に言えば、なんの枠組みも定めていないと言うべきであろう。昭和憲法が前提としているもの、そんな形で明確に出来ると言うなら、よしやそれが明瞭に把握されるものだとして、我々は七十年前の権利思想の枠組みから、一歩も出られないということになろう。


 権利の拡大という方向とは真逆の、権利の制限という歩みもある。公共の福祉のゆえに制限されるというのを根拠にするとはいえ、まるでそれを一度言及しさえすれば良いというばかりに、実際の権利制限の理屈は様々な仕方のものがある。そしてここでも、それのどれをやったら合憲で、どれをしたら違憲であるかを、はっきりと言える基準は存在しない。

 先ほど定められた秘密保護法があるが、これより政府の秘密権が定められたとでも言うとして、果たしてこうした権利は、昭和憲法があらかじめ想定していたものと言えるであろうか。しかしまた、どんな根拠で違憲であると言えるのであろうか。ここで問題となのは、知る権利の制限はどうこうというコンテキスではなく、それ以上の民主政治のあるあり方を巡る事柄であり、それは憲法以前の、いや憲法とは別次元の、どんな政治の成り立ちをよしとするかという地平である。

 この政治思想的な地平にあっては、違憲だの合憲だのという概念は何の意味もない。もともと、ある政治思想は合憲であり、あるものは違憲であるなどといった区別が、そこで立てられる訳ではない。どんな憲法も、何かしらの政治思想上の所産、実現物であるとからすれば、思想上の(?)順序で言えば、政治思想の後に憲法があるのであるから、後からできるものを先行して存在しているものに持ち込むのは話がおかしいのである。

 ・・・つい記したくなるが、短く終わらせる。九条護憲論者は、およそ全ての人が、このバカバカしい遡行的持ち込みを無反省に行っていて、九条的な平和思想を持たない者を、それから外れる発想を、執拗にまた激しく、違憲的な思想と言い募っている。百歩譲って九条平和主義を政治思想だと言うとして、(私はそんなものだとは全然思っていない。)政治思想そのものは、違憲か合憲かをあらかじめ慮って持たれるものでも、形成されるものでもないのである。

 ・・・昭和憲法的な政治思想というものがあるとして、そういうものしか我々は持ってはならないなどと、そも昭和憲法は命じてなどいない。そんなことになれば、この私は憲法尊重擁護義務なぞを持ち出されようと、糞食らえと言い捨てるであろう。

 ・・・今はやりの立憲主義なる言葉があって、今使いから解される意味では、憲法は権力を縛るものである、だそうである。しかしこの言葉を使う者達が繰り返し発するのを聞いていると、政府を束縛すること以上に、人々の思想を縛ることにも、むしろこの後者の点にこそ、憲法の働きがあると考えているようである。個人としての私は、そんな縛りは鬱陶しいものにしか感じない。公言されている説明どおりに、権力にだけ向けていてくれとお願いしたいし、それができないなら、思想警察的な権力行使をするお前の暴力的な(、いや翼賛的な)醜悪さよ、とでも言おうかしらん。


 さて戻ることにして、権力を縛るとか抑制するのが立憲主義思想だというこの文句は、九条平和主義的思想統制武器であるばかりでなく、片面違憲論者の好むものの一つでもある。ところでこの片面違憲論者の多くの憲法観は、先に言ったように官僚の指導する政治を土台とも背景ともして持たれているものである。そして彼らの憲法解釈、あるいは憲法に従うこと(合憲性)についての説明の狙いや目標は、政治家や政党を、ひいては国会や国民を、官僚政府の体制に基づく憲法観に従わせることにある。

 つまり、九条平和主義者が、立憲主義云々と言うことで、国民をして彼らの統制の直接の対象とするのに対して、片面違憲論者の多くは、政治家や政党をして、彼らの理解する政治体制の中にあるよう制御しているのである。それが、権力の抑制と彼らの言うとき、実際上、具体的に思い描かれているものである。

 それで、立憲主義の破壊と言うと同時に、安保法案だけを違憲だとする議論は、違憲性のゆえに法案を破棄させることを目指すものであるよりは、(・・・片面違憲論の違憲性にだけ、法案破棄の効果があるとすれば、違憲概念自体が片面、不完全なものになってしまうであろう。そしてそれもまた、こう言うと多義性や空疎性を増幅させるが、憲法自体の意義や効力を薄めて、尊重義務に反するという意味で、違憲的な憲法論議となってしまうであろう。)違憲の烙印を後々に残るよう、強く焼き付けることで、今後の政治家や政党による安保法の運用を抑制するか、制御していくのを意図している。

 立憲主義の破壊と言うと同時に、安保法案だけを違憲とする者達の多くは、真意として、安保法案の破棄までは目指していない。違憲という印象を国民に意識させ続けることで、今後の安保法制の運用上の枠組みを議論するときの、・・・なんと言えばよかろう、ハンドルとか device と言えばよかろうか、そうした論法構成上の仮設的問題点とするのを狙っている。マスメディアを使った政治批判で、絶えず違憲性の刻印を人々に思い出させて、政治家や政党を、一種の無資格者、能力欠落者、思想的危険物かのように思わせることで、政治家や政党を日本政治の主人にはせず、日本政治は官僚が主導して構想するものの中に留めさせるのである。


 ・・・最近いつも記すようになってきたが、マスメディアを通じて設定される議論に乗っかると、つまらないことになるばかりである。こんな問題があって、それに無関心であるのは云々と煽るように、メディアから言い募られるものだから、それを目にし耳にしてつ気持ちが動くのだが、かといっていつの間にか、事態の推移ばかりでなく、議論のやりとりも不毛なものとなり、そのあまりにそれについての関心が生じたこと自体が、なんだかとても無駄なことであったかのように、心が荒み気持ちが萎む。

 ・・・今回の話題のことだって、賛成と言おうと反対と言おうとどちらにしても、今設定されている議論の枠組みの中では、広く人々の間で多様な意見が発表され、それらが議論されて、洗練されて、そうして最終的に議会を通じて、政治的に意思形成がされる道は否定されている。そこでは、そうした政治のあり方はまったく思い描かれていないのである。我々はただに、政治家の役割を否認し、為し得ること限定し、議会の役割を国権の最高機関とはみなさずにあるよう強いられる。そして主としてこの二点を不可欠の要素として、後は幾つかのバリエーションがある程度で、国民の議論は一定の枠の中に封じ込められるばかりとなる。

 ・・・してまたここでサヨクもまた、例えば首相と与党とが国会審議によって立法を行うことを、独裁とかなんとか言い騒いでいる。そしてこう言うと開き直った暴言視するけれども、国会が最高機関であるならば、内閣提案にせよ、議会の発議にせよ、憲法次元に遡りもして、諸権利、諸制度の修正変更拡張を行うものであって、そのこと自体に議会制民主主義としての問題は何も存在しない。

 ・・・もしそれが許されないならば、我々はどうやって政治を改めていけるのであろう?。そもサヨクだってそれを封じてしまったら、どうやって彼らの目指すものを政治的に実現させることが出来るのであろう?。


 そんなことよりも。憲法施行以来およそ七十年間、絶えずまた様々に行われた権利の拡大や制限において、そのこと自体が違憲とも合憲とも言われることはない。個々の新設的拡張や制限のそれぞれは、もちろん、合憲的なものして行われたと言えるが、しかしその理屈はそれぞれ事柄に即して異なっていて、合憲・違憲といった大きな基準がキーポイントになっているものでなく、それぞれの多様な議論の中にいわば埋没して、合憲性・違憲性が端的に判明なわけでもない。

 そして本来の話題の自衛権であるが、これは違憲か合憲かがすぐさまに決せられるような議論になっているけれども、自衛権概念を中心に据えた議論をするとなれば、憲法から違憲か合憲かをはっきりと言うことはできないものとなる。と言うのも、昭和憲法は自衛権に関して、なんらの規定もしていないからである。

 昭和憲法の思想的は背景とか文脈とかを探り出して(想定して)、そこから違憲性・合憲性を言うという面倒な手順を踏むか、自衛権の行使に伴う様々な様態・事態に対して、九条に規定されているものを適用して論ずるといった形にならざるを得ない。自衛権の「交戦権」的な様態が問題視されたり、自衛隊の実力が「戦力」であるか否かといった指摘となるのである。で、ここで見落としてならないのは、九条の交戦権も戦力も、自衛権上のものについて言っているのではない、ということである。

 交戦権は、自衛隊が他国の軍隊と、国内でか国外でか、干戈を交えたとき、それが交戦に該当するとしてようやく九条と交わるのであり、戦力は、自衛隊の軍事力としての能力や規模やに着目して、そこで初めて九条の力が関わるのであるが、かと言って、九条は自衛権上の交戦権も自衛権上の実力も、どんなものであれとも言ってはいない。

 従って、自衛権に根拠を置く自衛隊の活動及び実力は、厳密に言えば、憲法のいわゆる立憲主義的な権力抑制力によるのではない、と言うべきことになる。そしてそこから、それは何か別のものによったと言わねばならくなるのであるが、果たしてそれは何であろうか?。


 長々と書いて、再び脇道にそれたことを記すが、先日ある代議士が、法的安定性への配慮よりも集団的自衛権の必要性を重んじるべきだ、と(いった意味合いのことを)講演で言ったやらで、その法的安定性の軽視、あるいは無視の姿勢が、随分と非難されている。

 何度も記してきたように、私はメディアでの批判の筋道には、まったく興味はない。そうした騒ぎ自体は、ただに騒がしいものとしか感じない。この法的安定性云々なども同じで、たかだか一代議士がたとえ法的安定性を無視する姿勢であったとしても、あるいはよしや積極的に破壊するつもりであったとしても、法的安定性がそんなことで揺らいだり、歪んだりすることなど、まずほとんど起こり得ないのに、何をみんなはあんなに騒いでいるのだろうかと思う。(・・・いや、分かるといえば分かる。法的安定性を重視せよと言うのと、安保法案だけを念頭に違憲と言うのとは、同じ考えから出るものなのである。)

 この法的安定性、前半の法的と形容詞・限定詞がついているけれども、法律だけを念頭にする場合以外に、法律的表現・規定を与えられたもののこと(行政的諸制度とか、時に権力者恣意的な意思)や、法律が関与している事柄(例えば社会生活上のことども)やが、より強く念頭に浮かべられて、その安定性を意味することもあるし、後半の安定性という部分も、意味合い次第では硬直性とか、変更のしにくさとか、適用の例外を排除する厳密性といったことが思われている場合もあり、また時には法理や法律思想の普遍的な要素(時間空間に局限されず、歴史を一貫し世界に通用するもの)を指したりしていて、つまりは多義的なものである。

 ともあれ、新しい法律(的規定)は、従来の法律体系に取り込まれて、その中でようやく法律として存在しうるものであって、また体系の中に組み込めないものは、端的に法的な力を持てず、あるいは廃棄されるか、あるいは既存の体系に即して修正されざるを得ない、こうしたことを法的安定性で理解することにするならば、これは極めて強力なものであって、一時の浅薄な発想でもっては、太刀打ちする以前に、咳払いすら必要とせずに、退けてしまうものである。一個人ではどうしようもないのはもとより、社会や政治やのレベルで多少の勢力を有した者共でも、この強力さに比肩する力を持つことはない。



 だからあんな発言など、我々は自信をもって、落ち着いた対応をすべきところであろう。・・・だが、何について、何を根拠にした自信を?、またその自信は、そこから何が為されるものであるのだろうか?。


 で、この長く記してきたものは、やっとここにきて、最初に記そうと思っていたことに到達した。・・・辿るべき道を全部辿り切って、見るべきものを全部見尽くして、と言う訳ではない。もうそろそろ書き終えたくなったから、というのが本心で・・・、いかにあろうとも、ここから終局である。

 法的なとは必ずしも言われないが、政治にもまたある種の安定性がある。ある見方次第では、(ある意味での)法的な安定性は、政治的な安定性に基づいて、またそこに由来して生ずるものである。(法的安定性あるがゆえに、政治的安定がある訳では決してない。)広い意味で、つまり政治もそこに含まれるものとして、社会という語を使うことにすれば、社会が絶えず存続し続けようとするところに、この安定性が見出される。

 社会は決して潰え去ることはなく、一時の崩壊や根底的な混乱があろうとも、やがて再生し、修復し、再形成される。一つの社会が大きく衰退し、一旦、地上から姿を消したとしても、その後にまた一つの社会が構築され。それが当面は、先在するものと共通するものを持たないぐらいに相違していたとしても、後存の社会が継続して発展していくと、いずれいくつも類似するものを持つようになる。

 ・・・話は闇雲に大きくなるが、ままよ、終局に向けて最後の一山を乗り越え・・・

 例えばローマ帝国と西ヨーロッパとは、文化、宗教民族、そして言語も別性格であって、西ローマ帝国の衰退から中世ヨーロッパまでの時期を隔てとし、明らかに異なった社会である。でありながら興味深いのは、代表的な名前を羅列して、マキャベリから、モンテスキュー、そしてルソーあたりまで政治学法律学、そして政治思想の初期の形成において、古典著述家の残したローマ史を紐解き、ローマの社会や政治を対象にした考察を通じて、彼らの理論や思想を構築したことである。

 こうした理論構築が可能であるのは、社会というものが、どんな時代の文化的特異性、また政治な相違性を有していたとしても、他方またどこかで通じ合う何かを常に有していることによろう。先に名前を挙げた者達によるのを初めとして、近世近代社会思想的考察が、現代の日本の我々にも、何かしらの参考とも、導きともなることもまた、社会が維持され、(考察者が価値あるとする方向に)変化していく、ある普遍的なものが存在していることによる。

 ・・・そして我々は、これを今、我々の社会において発見し、それによってあるべき道筋を見出さねばならない。これを認識する努力は必ず実るものであり、その所産によって社会を方向づける議論が必ず為し得る。今回の議論は、社会のことではない?。まあひとまず、その通りであるとは言っておこうか。


 イギリスという国は、西ヨーロッパの国々にあって、法律において特にそうであるが、政治についても、自国の現実と歴史とを、反省と考察の対象にし、そこから得られるものをして、法律や政治に関する理論や思想を構成してきたところが多分にある。・・・今回の書付の話題は憲法であったから、それに関連するに努めよう。

 その憲法なるものであるが、これはもう誰がどう言おうとも、英国の特産物である。そしてよく知られているように、あまりにも特産品すぎて、他の土地にはなかなか持ち出しにくいものであった。それは英国人達自身にとってもある意味そうであったようで、さる英国憲法史的研究書によれば、19世紀も半ばを過ぎてダイシーが、”our political institution” は斯く斯くのものであってと、かなり特定的に断言する以前、遡る17世紀、18世紀にあっては、”fundamental laws” という言葉を使う誰もが、この語には正確な意味が欠けていると意識していた。

 ところでここで、アメリカ大陸の者達がそういう事情にお構いなく、英国の著述家達を通じて見出したのが、憲法というものである。もとより英国人も ”fundamental laws” や “fundamental rights” と言って、一義的定義できないと意識していたとはいえ、それでもそれによって何か一つのものを考えていたのであり、二世紀、三世紀と議論を積み重ねていくことで、彼らの間でも、その何か一つのものが徐々に定まっていく。

 が、それ以前にアメリカでは(そしてそこ以外の国の人々も、)、彼らが ”fundamental laws” と呼んでいるものは、こういうものであり、こういう役割を果たすものだと解したものがあり、そしてそれを実現させたものが、合衆国憲法であった。それがまたフランスなどにも影響を与えていき、のちに各国でも憲法が定められるようになった。

 さてこれによって憲法は、一方で特産品は特産品でも、他方でどこにでも適用できるものにもなったのである。すなわち、普遍的なものとしての憲法なるものが、英国の憲法理解とは別に、しかしそれと密接に結びついて、存在するようになった。我々の知っている憲法も、このアメリカで仕立て直された憲法概念に、大きく拠っているものである。


 この二つの憲法、いや憲法理解を、文字表記のちょっとした工夫で、constitution と Constitution とでそれぞれ書き分けることにしよう。ところでこの小文字の方は、普通名詞的に使うならば、構造、構成、組織といった意味であり、国についてこれを用いれば、国体なり政体なりと訳してもおかしくないものである。それで例えば、バジョットの名著 “The English Constitution” のですら、その題名を英国の政治組織や統治構造の意味に止めて、英国憲法とまでは解さないでおくべきか、戸惑うところがある。

 ・・・ちなみに代表的な邦訳はイギリス憲政論となっていて、「憲政」という日本語の最も適した用い方となっている。

 しかし、平たい言い方で国の成り立ちを論じているものだとして、そのつもりでバジョットのを読めば、特に不明瞭なものはなく、論じられている事柄は極めて明確である。英国の政治はそういう風に出来上がっているし、政治の仕組みはこんな風に動いているのだなと、バジョットの時代の英国の姿を思い描かせてくれる。

 他方、我々がよく知っている憲法についての本だというつもりで読むと、予想にそぐわないところが多々あって、非常に困惑する。日本の憲法の教科書への態度でもって、その本に期待して接したとしたら、おそらく、そんな人の意にはまったく沿わないもので、名著だぞと先んじて注意されていなかったら、なんだこれはと失望の言を無邪気に口にしてしまうかもしれない。

 だが、日本の憲法書で名著からスタンダードなものまで、どれであっても、バジョットの本のようなつもりで読むと、失望と不満足しか覚えない。遠慮しない私なぞは、なんだろうこれは・・・、いや、言いたいことはだ、日本国の政治の仕組みや成り立ち、どう動いているかが、日本の憲法学にあっては、その探求や考察の constitution の中のどこにも組み込まれていないようなのである。

 最後の回り道は、ここで終わる。こんなお話を通じて何を言わんとしたか、それはすなわち、日本の憲法学は、Constitution を知っていても、constitution についてはどこかおざなりな取り組みしかしていない、と言いたいのである。・・・これに関して、イギリスでは面白いことに、どうも俺たちってさぁ、constitution のことばかりやっていて、Constitution を知らなかったんじゃね、と言いだしているそうである。・・・これが本当に最後の脱線


 今回の最初からの話題であった違憲性という概念、またその議論地平は、しかも自衛隊を違憲と言い、安保法案をも違憲とする全面違憲論的なものなど、まさしく大文字の憲法から論じるものであり、その大所高所よりことの是非を決めようとするものであって、またまるで国民が平和主義を奉じていさえすれば、日本政府のみならず諸外国も平和の政治をしてくれると言わんばかりの説教になっていたりするのなども含めて、程度の差こそあれ、日本国の政治の constitution についてまったく見ようとしない。

 この無視しているとする最大の要素は、今回の話題に限定して言えば、日本政府は七十年近く自衛隊(と日米安保と)を一定の枠組みの中で存在させ、また一定の限界の中で運用してきたという事実であり、そういった安定的な運用を生じさせたメカニズムの解明である。全面的な違憲論者が言う通りの違憲性は、これをまったく視野に入れず、これをまったく自己の議論の射程に収めず、ただに大文字の憲法学上の違憲性の意義に依るばかりのものである。

 もし全面的違憲論者の違憲性が、安保法案を破棄せよと命ずる、その効果のままに自衛隊の違憲性としても理解されるのだとしたら、現在、数十万人の人員がおり、相当額の予算があり、それらが防衛《省》という最高位の官庁を通じて組織され、そして日々運用されている、この政治的事実を前にして、それは一体どんな意味を有するのであろうか。

 また一方、片面違憲論者の違憲性も似たようなことであって、自衛隊が存在するという政治的事実を、この片面違憲論者はどう説明するのであろう。なるほど片面違憲論者のその片面性から想像して、自衛隊を政治的事実あるいは現実として是認しているのかもしれない。その違憲論がいやしくも憲法論として行われているのだとしたら、この暗黙の是認に沈黙しないで、憲法学的に解明すべきであろう。それをしないならば、なんの中身もない是認を彼らはしているとしか言い得ない。

 繰り返そう、現在、数十万人の人員がおり、相当額の予算があり、それらが防衛《省》という最高位の官庁を通じて組織され、そして日々運用されているのであるが、全面違憲論の憲法議論も、片面違憲論の憲法議論もいずれも等しく、この政治的事実をどんな constitution のゆえにそうなっているのかを解明することも、分析することもしていない。そして当然それゆえにまた、日本国の constitution の自衛隊・日米安保に関わる部分を、どのように批判的に扱うかを、まったく教えないでいるものである。


 立憲主義という語は、昨今好んで口にされるものである。ところで、この語の理解を、憲法に権力(具体的には政府)が規律されるというところに、またその仕方にのみ視点を集中すると、日本の憲法学が平和主義や九条に立脚する時にしばしば、いや必ず落ち込むところの、昭和憲法(より解釈上、あるいは理論上構想される国のあり方)通りになっていないと現実政治を否定するために、立憲主義を持ち出すことになってしまう。

 しかしまた立憲主義が、ある時点(ま)での国の構造、成り立ちを分析して取り出されたものをして、同じその時点での、また将来に渡っての国家運営の指針としていく考察仕方であること(これがこの語が先の意味を有する背景でもある)に注意を向けるなら、(とかく非難されがちな)日本政治の少なくとも数十年間を捉えて得られるもの、その様々な事例から引き出されるもの、そして何かしらの価値基準に従って、その価値とはごく簡単に言えば我々にとって良い政治といったものであるが、それに従って原理的として据えられるもの、これらより構成された立憲主義的把握なるものもあるのであって、この場合、立憲主義的な理解は、日本政治の現実より得られ現実に即した導き手となり得るのである。

 ・・・気づかれないとつまらないので蛇足的に記すと、この意味での constitutionalism は、先の小文字の constitution と同じところに立脚するものであって、それゆえに英国人が長く constitution として探求してきたものは、英国政治の分析であると同時に、それを規律したり、政治的な是非の判断を下すものともなり得たのである。


 今回の話題の事柄と結びつけて言えば、およそ七十年近くの自衛隊の存在と日米安保は共に、日本国の立憲主義的把握の重要な一構成要素となるものであって、自衛隊・日米安保がどんな枠組みに置かれ、どんな統制を受け、どんな変化を何によって生じさせ、そしてどう統御されてきたかを、日本国の政治的な仕組みの全体(像を捉えて、それを通じて、またそ)の中で捉えたならば、それが我々の立憲主義の内容ともなるのである。

 ある政治信条の立場からは、また良識を装った道徳的優位のからする論評からは、どんなに悪し様に言われていようとも、自衛隊も日米安保もこれまで不当な暴走や暴発はおろか、著しく侵害的な暴力を生じさせたことはない。それはある程度の抑制と制御との中に置かれ続けてきた。そして我々が現在認識すべきは、それを分析すべきは、そしてそこから何かを引き出すべきなのは、この抑制と制御とをもたらした仕組みであり、その働き具合であり、そしてその有効適切な活用方法である。

 ・・・これまた思い出してもらえないと、せっかく振っておいたのが、ただの無駄話に思われるので記すと、法的安定性がそうそう滅多矢鱈に損なわれないのと同じく、一国の constitution もまた、そうそう簡単に変質しないし、またし得ない。そしてもっと大事なことは、それが長期間有してきた機能と効果とは、さらに長きにわたって発揮されるし、させ得るのである。

 自衛隊に関する七十年の政治的実績は、自衛権による自衛隊を今ある形のものにしてきたまさにそのままに我々の立憲主義の実績であり、もしそれをより根本より取り出すならば、それによってまた、安保法案による自衛隊のあり方を留めることを見つけ出させてくれるものである。私が思うに、安保法制の議論はかように行われるべきであり、またそうすることは可能である。


 憲法という言葉を使うことにしよう。我々は日本政治の現実をよく観察して、そこから得られるものをして、昭和憲法の統治機構の部分の理解を持つのに努めるべきである。昭和憲法が民主政治を目指すものであるとしても、こうした理解を持たないならば、民主的な仕方で統治の力の方向をどう決定するのか、どうそうさせるのかを、我々は思い描けないままであるから。ましてやもし統治の力を非戦・平和の実現に用いようとするならば、そんなことなど夢のまた夢であろう。


 で、ここからようやく結び。さて私は、従来の政治システムに任せていれば、何もおかしなことは起きないから安心だ、などと痴呆な見通しを長々と記したことを通じて言ってきたのではない。私は、そも、そんな風には全然思っていない。見通しだけを言えば、いやなことも起きもしようさ、とちょっと悲観的である。だからと言って、違憲だの、立憲主義の破壊だのといった仕方の議論には組したくないのである。なぜそう思えないかは、上に記してきたとおりである。

 ではどう論ずべきか、何を手掛かりにするか、どこに道を見つければよいか、それが終局部で記したところである。

 自衛隊に関することだけでなく、我々の政治認識は、たとえ憲法と関連したものであったとしても、いやそれを持ち出すと往々にますます、統治機構のメカニズムやそこでの意思決定の経路やがどうなっているかが、著しく不明瞭なものに終始している。

 そして違憲論や、九条平和主義やが関与してくると、現実の姿がどうであるかを見極めずに全否定的に、いや否定以前に、そんなことに注意を向けることをしない。昂ぶる感情をぶつけるばかりになり、相手にそれを受け止める様子がわずかにもないと、輪を増して暴風的に感情を発散させる。

 日本政治のとにもかくにも実際に機能している様は、彼らの目にはまったく入ってこない。なるほど一応はもっともらしく、評価の対象めいた扱いはするが、しかしいかなる評価も与えてはいないのである。評価しないのはそればかりでなく、国民一般にまで、日本人人間性にまで及ぶ。これについても、何かしら評価の対象のような言い方をするけれども、評価以前に感情的に否認しているだけである。


 自衛隊も日米安保も含めて、およそ統治の主題ともなり、また対象ともなるものどもに対して、日本国の統治権力は、一般に、それなりに抑制され、制御され、限界の中で行使されてきた。我々は、そうしたあり方を生じさせた原因、そういう仕方になっているメカニズム、そういう働き方をする機構、そこへと導いていく社会的、文化的、そして人的諸要素、これらをきちんと認識し、そしてその認識を通じて、日本の統治の成り立ちを理解すべきである。

 この理解あることで、すなわち統治の力を制御するもの、それを抑制するもの、そしてそれを限界づけるものが何かを知ることで、自衛権において、また集団的自衛権においても、統治の力をどのように方向づけるかの方法を見出すことができるようになるのである。

 我々は、ごく普通の社会的地位にある限り、権力などを持つことはできない。また、有力者のように権力に影響を及ぼすこともできない。だが、どのように方向づけるか、あるいはそれはどう行使されるべきか、いかなる規範に服すべきか、どんな価値を目指すべきかを唱えることでもって、たんなる服従者で終わらない存在となり得る。

 もともと立憲主義も憲法も、そのような仕方で権力の柄を握るのを人々に可能とするものなのであり、そして立憲主義や憲法が我々に示しているのは、それらをうまく使うならば、我々は服従者以上のものであるだけでなく、主権者とも呼びうる存在ともなれるのだ、ということである。

 念押しに繰り返して、それで終わりとしよう。この私は、九条平和論だとか、違憲論だとかの議論は、我々を今述べたような性格の存在にしてくれることは決してなく、そこに導くこともそもそも目指しておらず、たかだかせいぜい、政治への嫌気、あるいは無関心を生じさせるものでしかないと思っている。そしてそうしたあり方をする人は、まるで無知な者も数言えば真実を含むことがあるかのように、サヨクが口にする通り、服従者以下の何者かにさせられることもあり得るのである。

 

最新タイトル

歴史的罪なるものを個人の意識レベルに位置付けてはならない
歴史と罪悪・・・、そしてそれへの謝罪なるものを・・・
自衛隊違憲、安保法案違憲、そんな違憲論よりもさ
人文学の・・・
久しぶりに
サヨウナラ サヨク
2015-05-03
2015-05-01
2015-03-20
2015-02-06
2015-01-02
前回までの続きも書けず、今年は終わる
選挙だ、ということで久しぶりに少し書いてみる 三
選挙だ、ということで久しぶりに少し書いてみる 二
選挙だ、ということで久しぶりに少し書いてみる
2014-10-14
2014-10-01
憲法破壊だの立憲主義否定だのと騒いでたのは、どうなったの?
なんと言うか、ぶっ飛びすぎてて・・
安保法制懇報告書を読みながら 三
安保法制懇報告書を読みながら 二
安保法制懇報告書を読みながら 一
自衛権は政府見解によって構成されたもの
Max Weber の Wissenschaft als Beruf から 六
Max Weber の Wissenschaft als Beruf から 五
Max Weber の Wissenschaft als Beruf から 四
Max Weber の Wissenschaft als Beruf から 三
Max Weber の Wissenschaft als Beruf から 二
Max Weber の Wissenschaft als Beruf から 一
Mazower の Governing the World 六
Mazower の Governing the World 五
Mazower の Governing the World 四
Mazower の Governing the World 三
Mazower の Governing the World 二
Mazower の Governing the World 一
2014-03-03
Q と A の会話
細川候補の為に共産党候補に身を引くことを求めて Q & A 五
Q & A 四
細川護煕都知事候補応援のつもりの Q & A 三
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